無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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10話 誘拐、そして父の勇姿

 生まれてきたノルンとアイシャの世話をしている内に、俺は7歳になっていた。

 前世であれば小学校に通い始める時期だが、この国には義務教育なんて無い。

 

 尤も、この村で暮らす分には不足はない。

 読み書きや算術なら、既に十二分に身に付いている。

 

 というか、そもそもブエナ村にはまともな学校が無いのだ。

 通うとすれば、ロアの町まで行かなきゃならん。

 

 さすがに妹が生まれたばかりの時期に、この家を離れたくないしな。

 いまは進学とかは視野に入れていない。

 

 さて、幼い妹たちについての細やかな出来事を語るとしよう。

 ノルンもアイシャも、やたらに泣く。

 朝も昼も夜も、時間帯を問わずだ。

 

 その度にゼニスとリーリャが出動し、2人が手を離せない時は俺が、あやしてやった。

 抱っこして揺りかごのように、ゆっくりと揺らしてやるとすぐに泣き止んだ。

 

 お陰で抱っこを止めようとすると、またグズリ出す様になってしまったのは失敗だ。

 抱っこ癖がついたらしい。

 

 とまあ、俺自身が妹たちの可愛さに魅了されて、ゾッコンということも関係している。

 いや、マジで天使だよ。

 ノルンとアイシャは。

 

 で、抱っこしている際に、妹たちは俺の平らな胸を小さな手で無遠慮にも撫でてくる。

 まだ幼女の粋を出ない姉のおっぱいに興味をお持ちのようだ。

 

 惜しむらくは揉める程度の膨らみが無いことだ。

 一般的に二次性徴を迎え、乳房が膨らみ始めるのは早くて9~10歳頃。

 

 すまんな、ノルンにアイシャ。

 早くてもう2年の辛抱だ。

 なにゆえ、妹におっぱいを揉まれる前提で構えているのか、我ながら甚だ疑問である。

 

 なんであれグレイラット家は順調に回っている。

 シルフィも最近は午前中でも入り浸るようになって、ノルンとアイシャとも交流を重ねていた。

 

 嬉しそうに抱っこしていた姿が印象的だ。

 父親の種族柄、子どもが出来にくいそうで、シルフィは兄弟に飢えていたからな。

 うちの天使ちゃん達を存分に堪能してもらおう。

 

 話は変わるが、シルフィには読み書き及び算術を、魔術同様に教えている。

 ブエナ村基準で大人顔負けのレベル。

 

 ゆえに俺もシルフィも、特に学校へ通う必要は無いのだが──。

 パウロとロールズの間で何か話し合いがあったようで、もう数年したら1度くらいは、ブエナ村からロアの街の学校へ通ってはどうかと提案された。

 

 俺とシルフィの2人に対して、世間の事をもっと知るべきだろう、という話らしい。

 

 具体的な年齢としては12歳くらい。

 パウロが実家を飛び出した当時の年齢が、12歳という理由から決められた。

 

 ていうか、パウロは血筋だけなら上流で、アスラ王国有数の貴族の人間らしい。

 ノトス家と言ったか。

 

 つまりパウロの本名は『パウロ・ノトス・グレイラット』っていうわけだ。

 

 で、ゼニスの方も貴族の家出身。

 ミリス神聖国のラトレイア伯爵家の三女とのこと。

 

 って、こたぁ……。

 俺も血筋で考えるのなら、貴族としての地位を得られるのでは?

 まあ、男子として生まれていないので、微妙なところだが、政略結婚の道具としての価値はありそうだ。

 

 いや、男に嫁いだりはしないけどね。

 

 しかし、ノトス家出身のパウロがなぜ、ボレアス家の治めるフィットア領で辺境とはいえ駐在騎士を担っているのか。

 その疑問は割りと簡単に解消される。

 

 かつて冒険者だった頃のパウロは、ゼニスを孕ませてしまい、今後の生活も考慮して引退を決意。

 安定した生活を求めて、母方の伯父でボレアス家の当主であるサウロス氏を頼ったらしい。

 

 実家のノトス家とは縁が切れていたことから、援助先はボレアス家一択だったのだろう。

 実際には、パウロへブエナ村の仕事を斡旋したのは、従兄弟のフィリップ氏とのこと。

 

 そして着任したブエナ村の駐在騎士。

 間もなく生まれたルーディアちゃん()──。

 

 名前しか知らない親戚に感謝しよう。

 お陰さまで俺は生まれる事が出来たし、ノルンとアイシャも生まれた。

 

 ロアの街へ進学した際は、ぜひ挨拶に伺おう。

 

 

 

 

 将来を見据えて様々な事柄を考えていると──。

 

 

「よぉ、ルディ。お前に手紙が来てるぞ」

 

 

 という、パウロからの報せ。

 受け取った手紙の差出人を確認する。

 

 

「うおぉ! ロキシーからだぁ!」

 

 

 敬愛なる師匠ロキシーからのお便りだった。

 俺の舞い上がり様にドン引きするパウロを尻目に、内容に目を通す。

 

 要約すると──。

 

『中央大陸南部の東方にあるシーローン王国にて、王族の子息の家庭教師をしていること』

 

『水王級魔術師になったこと』

 

『冒険者として迷宮を踏破したこと』

 

 以上の事が記されていた。

 

 そうか、ロキシーは別れ際に魔術の腕を磨くと話していたが、有言実行したのか。

 俺も新魔術の開発の方が、割と順調なので、お互いの成長を喜ぶ。

 

 ちなみに最近開発した魔術は2種類。

 

昏睡(デッドスリープ)』と『地帯治癒(エリアヒーリング)』だ。

 

 前者は以前、説明済み。

 では後者の『地帯治癒(エリアヒーリング)』とは、どういった魔術かと言うと。

 ランクとしては上級の扱い。

 

 効果は、一定空間をまず魔力で満たす。

 その後、指定範囲内で任意の対象に対して、初級~上級までの治癒魔術を発動。

 複数対象の指定も可能といったものだ。

 

 うーん、これはチート級の魔術っすね。

 ただ欠点が有る。

 

 術の発動条件としてまず無詠唱である必要が有るのだが、複数人に治癒を掛ける際の消費魔力が大きい。

 その上、対象によって怪我の状態が違うから、治癒内容ごとの魔力の制御にも神経を使う。

 

 現状の俺の力量じゃ、戦闘中にはとてもではないが使えない。

 魔術自体は完成しても、肝心の術者たる俺が未熟なのだ。

 追々、使いこなせるように鍛練を欠かさないでおこう。

 

 あぁ、忘れちゃならない魔術がもう一つ。

 

自動治癒(オートヒーリング)』である。

 

 これまで無意識に発動していたこの技能を、理論化した魔術へと仕上げたのだ。

 常時、体内にて魔力を巡らせることで、負傷の都度、自動回復するといった効果。

 切り傷や刺し傷、骨折程度であれば即時回復。

 さすがに手足の切断までは対応していない。

 

 そこまでいけば、普通に上級魔術で治療すべきだろう。

 しかし、ゆくゆくは肉体欠損についても対応化したいものだ、

 

 というわけで、俺もロキシーに返信しよう。

 近況を記しておく。

 

『治癒魔術の方面で魔術の腕を伸ばし始めたこと』

 

『妹が2人、生まれたこと』

 

『シルフィという弟子が出来たこと』

 

 大きな出来事と言えばこのくらいか。

 手紙の最後に一つ書き加えておく。

 

『追伸:先生がお忘れのパンツを預かっています』

 

 なんて風にね。

 

 

 

 

 

 ──ロキシーからの手紙に喜んだ晩。

 

 自室にこもって今晩も魔術の研究に没頭する。

 時間帯的には深夜を回り、徹夜中である。

 

 魔術の探求は楽しい。

 理解すればするほどに、やれる事が増えていくんだからな。

 

 と、夜更しは美容の大敵と言うし、適当なところで切り上げて就寝に移る。

 一晩中、頭を使っていたので意識が徐々に遠のくのを感じる。

 

 もう数秒もすれば眠りに落ちる──。

 

 そんな無防備な瞬間を狙って……。

 

 ─奴はやって来た─

 

 物音がした。

 窓辺からだ。

 

 暗闇に浮かぶ人影を視認。

 背は高いが、細身。

 パウロかと一瞬思ったが、彼が窓から部屋に入って来るわけがない。

 

 身を起こして警戒する。

 寝巻きだから動きづらいが、魔術くらいは使える。

 

 掌を前に出して、人影に警告する。

 

 

「こちらに近づかないでください……! 私は魔術が使えるんですよ!」

 

 

 返事は無しで、沈黙だ。

 けれど着実に距離を詰めてくる。

 

「だからっ! 近づくなって言ってんだろっ!」

 

 

 言葉を荒らげ、語調を強めるが効果なし。

 こいつは……何者だ?

 

 

「抵抗してくれるなよ……。じゃねぇと、この家の人間は皆殺しだ」

 

 

 ついに奴は口を開いた。

 成人した男の声である。

 抵抗するなと言ったからには、俺の身柄の拘束が目的なのだろうか?

 

 いや、まずはパウロに助けを求めるべきか。

 

 

「父さま! たすけっ……ぐぇっ……!」

 

 

 奴の身体がぶれた。

 目にも留まらぬ速度を体現した挙動。

 

 抵抗する間もなく、腹部に拳を打ち込まれ酸欠へと陥る。

 くそっ、視界がぼやける。

 『自動治癒(オートヒーリング)』は外傷にしか効かないから、気絶してしまう。

 

 急速に足から力が抜けてゆき、床に俺の身は崩れた。

 男は……俺の身体を荒っぽく肩に担ぐ。

 

 程なくして、意識を手離した──。

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか?

 定期的に訪れる振動で眼が覚める。

 馬車にでも乗せられているのか?

 

 身体は……動かない。

 ロープと猿ぐつわで拘束されているらしい。

 

 魔術を使えば拘束から抜けることは容易い。

 が、自由になったからと言って、俺を誘拐した男が近くに居るだろう。

 再度、腹パンで気絶させられるオチが目に見えている。

 

 状況を確認しよう。

 

 俺は何者かに襲撃され、グレイラット邸から誘拐された。

 現在は拘束された上で、幌馬車(ほろばしゃ)でどこかへ移送中。

 

 しかし、何が目的だ?

 こんな片田舎に態々人攫いに来る理由でもあるのだろうか?

 

 皆目検討もつかない。

 

 

「よお、嬢ちゃん。目が醒めたようだな」

 

 

「んー! んー!」

 

 

 猿ぐつわで喋れない。

 やむを得ず、そばに居た男の言葉に耳を傾け、聞き手に徹する。

 

 

「突然で驚いたよなぁ? だが安心しろ。これから嬢ちゃんは、変態貴族に売り飛ばされんだからな」

 

「ん、んんー……!」

 

 

 なんかサラっと、とんでもない事を言わなかったか?

 

 何だって?

 変態貴族に売り飛ばすだと!

 

 

「辺境のド田舎に高貴な血を引く娘が居るって、巷じゃ噂が流れていてな。だが、そんな田舎のガキを連れ去ったところで、そう騒ぎにはならない」

 

 

 どこでそんな噂が流れたのか。

 もしやオレは悪目立ちしていたのだろうか。

 客観視すれば、弱冠7歳にして水聖級魔術師にして、他の系統の上級魔術までを無詠唱で繰り出す天才児だ。

 

 そりゃあ、噂にもなる。

 村に出入りしている商人を通じて、外部へも噂が広まったと考えるのが自然だ。

 

 そして素性を調査され、親の経歴も洗われた。

 見た目も麗しいことから、どこぞの変態貴族の琴線に触れ、金目当ての人攫いに狙われたと……。

 

 動機としては十分だ。

 しかし俺にとっては不条理極まりない仕打ち。

 

 

「悪いが嬢ちゃんには商品になってもらう。貴族様はお前に金貨2千枚も出すと(おっしゃ)いだ」

 

 

 おい、おい?

 これは本気的にマズくないか?

 俺、マジで売り飛ばされちまのか?

 

 い、嫌だ。

 エロゲーじゃないんだ、凌辱プレイなんてごめん被る。

 

 必死に活路を模索する。

 数は分からないが、目の前の男にはたぶん仲間が居る。

 運良く、この男を倒せたとしよう。

 そうするだけの手段はあるのだ。

 

 しかし、異変を察知した他の奴らに数の暴力で攻められたら、勝てる保証は無い。

 

 それに俺は、この世界に生まれてから1度たりとも命の取り合いなんて経験していない。

 争い事と言えば、ソマル坊たちとのガキの喧嘩くらいなものだ。

 

 じゃあ、負けてしまう。

 詰んでいるのかと、気落ちしてしまった。

 

 だけど俺とて、ここで黙って拐われるつもりは無い。

 両親から貰ったこの身体を、変態貴族に弄ばれる気など毛頭無いのだ。

 

 せめてもの抵抗を試みる。

 

 というわけで、後ろ手に固く結ばれたロープを火魔術で焼き切る。

 幸い、背中側の様子は見えちゃいない。

 

 大丈夫、バレていない。

 男の目を盗んで隙を窺う。

 ふと、視線を反らした瞬間──。

 

 『昏睡(デッドスリープ)』をお見舞いしてやる。

 

 指先から放たれた赤っぽい球体が、男の体表に触れると、音も無く意識を刈り取った。

 よーし、誰にも悟られていない。

 

 幸先の良さに希望を見出だした。

 これ、もしかしたら助かるんじゃね?

 

 家では腹パンで即オチしたが、入念に準備をすれば勝ち目だってある。

 安堵の心境で、馬車から脱するべく、猿ぐつわを外してから(ほろ)の外の様子を覗いてみた。

 

 馬車を取り囲むように数頭の馬に跨がった男たち。

 腰に剣を差していることから剣士か?

 

 粗野な印象を受ける外見で威圧的。

 そこいらの子どもなら、見ただけでチビってしまうことだろう。

 

 困ったな、この数じゃ逃亡を許してもらえん。

 一旦、幌の中へと引っ込む。

 

 しかしどうしたもんか。

 このまま見知らぬ土地に連れてかれちゃあ、帰るのもままならない。

 

 まずお金を所持してないから乗合馬車も使えない。

 次に土地勘が無い。

 最後に、売り飛ばされちまったら、監禁されて尚更逃げ出すことが困難になる。

 

 逃げるなら今しか無いのだ。

 チャンスは1度だけ。

 この世界の過酷さを痛感する。

 

 よし!

 覚悟を決めろよ、ルーディア。

 やらなきゃ地獄を見るのは自分だ。

 

 震える膝を叩いて恐怖心を押さえつける。

 俺はやれば出来る人間だ。

 そう自己暗示して行動を開始する。

 

 3・2・1のカウント後、勢いをつけて帆馬車から飛び降りた。

 

 

「このガキっ……! おい、コイツ、逃げ出したぞ! 無詠唱魔術に警戒しろ!」

 

 

 当然、察知される。

 そんなことは織り込み済み。

 戦闘経験なんて皆無だが、無詠唱魔術という特級の武器を持っている。

 

 手当たり次第、撃てるだけの『昏睡(デッドスリープ)』を周囲へと暴れ撃ちした。

 

 が……、馬から飛び降りた剣士たちは、俺の魔術を視認してから避けた!

 

 なんつー動体視力をしてるんだよ、この世界の剣士は。

 

 呆気に取られつつも、抵抗は止めない。

 剣を抜いた男たちに備えて、土系統魔術『土壁(アースウォール)』で、壁を地面から生やした。

 

 

 奴らから俺の姿が遮られる。

 今の内に次の魔術の発動準備に入るが──。

 

 ザンッ、という音と同時に土壁が両断された。

 

 は?

 剣士ってのは、こんな馬鹿げた真似を平然とやっちゃうのかよ!

 

 

「俺たちを甘く見るなよ、クソガキ。北神流の上級剣士1人、それに中級剣士2人から逃げられるとは思わねぇことだ」

 

「くっ……」

 

 

 北神流の剣士だったのか……。

 しかも上級剣士がリーダー格で、中級剣士2人を従えている。

 

 

 

「手足の1本、切り落としても構わねぇ。噂じゃ、自分で治せるって話だしな」

 

 

 治せても痛いんですよ?

 

 さて痛いのは嫌だ。

 じゃあ頑張れよ、俺。

 

 やけっぱちになりながらも、中級水魔術『氷柱(アイスピラー)』を発動。

 太めの氷の柱で奴らを牽制する。

 

 しかし、それも数秒と経たずに剣を振っただけで砕かれる。

 くそぅ、闘気ってのは魔術師特攻でも持っているのか?

 

 そもそも魔術師は剣士に対して近接戦は圧倒的に不利なのだろう。

 何よりも剣士は速い。

 そして闘気によって底上げされた身体能力による力押し。

 

 うん、シンプルに強いわ。

 

 勝ち目が薄い……。

 そう認識すると急に身体の動きが鈍くなる。

 気がつけば俺の両側に男たちが居て、2人ががりで両腕を掴まれ、地面に膝をつかされる。

 

 

「ちっと大人しくしてもらう為に腕を1本、落とさせてもらうぞ」

 

 

 いや、マジで勘弁してくれ!

 

 冗談抜きにして人生最大の危機だ。

 そして目の前の男は本気でやるつもりだ。

 眼が……イっちまってる。

 

 

「さあ死ぬんじゃあねぇぞ?」

 

「ゆ、許してください……! もう暴れませんからっ!」

 

「許してだあ? 別に俺らは許すつもりねぇんだがな」

 

 

 ダメだ、聞く耳も持たない。

 

 万事休すか?

 

 諦めかけ、迫る傷みに備える。

 こんな事なら、痛覚を遮断する魔術を開発すべきだったと悔いる。

 

 そして上級剣士の男が長剣を振りかぶり──。

 

 

「がああああっ……!」

 

 

 悲鳴が上がった。

 そして血が噴き出す。

 シャワーのよう流れるソレは、生命の流出を感じさせる。

 

 腕を断ち切られた()()()()()は、白眼を剥いて腕ごと剣を取り落とした。

 

 

「え……?」

 

 

 いま、何が起きた……?

 

 次に気づく。

 両脇の男たちの首がハネられ、地面に転がっていることに。

 

 キョロキョロと周囲を見回して俺は──。

 

 希望を視た──。

 

 

「すまん、ルディ! 助けに来るのが遅れちまって!」

 

 

 パウロが居た。

 俺の父親で、娘たちに気に入られようと日々、バカな事を積み重ねる男が。

 

 けれど今のパウロは、どうしようもなく──。

 

 カッコいい……。

 

 

「と、父さま……」

 

 

 正直、惚れた。

 親子じゃなきゃ、完全に惚れてたね。

 そのくらい、今のパウロは父親として勇ましかった。

 

 

「ぐっ、くそがぁっ! ヴェインの野郎! ガキを連れ出すのに気付かれてんじゃねぇよっ!」

 

 

 隻腕となった上級剣士が叫ぶ。

 ヴェインというのは俺を連れ去った男の名前だろうか。

 

 パウロは俺の叫び声に目を覚ました?

 

 そうか、俺の声はちゃんと届いていたのだ──。

 

 近くにはカラヴァッジョが居た。

 馬の準備に手間取って、遅れたのだろう。

 

 だけど間に合った。

 俺の腕は健在である。

 

 

「もう大丈夫だ。あとは父さんに任せろ」

 

「はい……。父さまも頑張って」

 

「おう!」

 

 

 子を不安にさせまいと無邪気な笑みを浮かべる。

 やがて一転、上級剣士に顔を向けると殺気を殺到させる。

 

 

「てめぇ、オレの娘に手ぇ出して、生きて帰れると思うなよ?」

 

 

「くそっ、冗談じゃねぇ! 黒狼の牙のパウロ・グレイラットとやり合うつもりなんざねぇってのによぉっ……!」

 

 

 唾を飛ばし発狂する男は、パウロを恐れているらしい。

 あぁ、そうだ。

 パウロは実力者だ、相当な手練れだ。

 

 三大剣術の全てで上級の腕前。

 対して敵は北神流のみ上級。

 

 つまりパウロが格上だ。

 

 

「誰の差し金だ? 口を割らないってんなら、お前の命は一秒後に終わる」

 

「……言えねぇ。言えば俺は消されちまう……」

 

「そうか……。じゃあ、オレが今ここで消してやろうか?」

 

 

 圧倒的強者の発言と佇まい。

 父親の偉大さを改めて知る。

 

 

「じゃあな、あの世でオレの子に手を出した事を侘び続けやがれ」

 

「……このまま死んでたまるかよっ……!」

 

 

 男は反撃に出た。

 残る片腕で剣を拾い、パウロへと突貫する。

 

 だがパウロは顔色一つ変えず冷静に対処した。

 出遅れこそしたものの、不利を覆してみせる。

 

 地面を蹴り、一歩分だけ後退する。

 その簡素な動作だけで剣の軌道から逃れた。

 

 攻守交代、次はパウロが仕留めに掛かる。

 風切り音すら聞こえない高速で振り抜かれた剣。

 視認なんて出来やしないが、その型の動きを俺は知っていた。

 

 疾風が吹く、否、パウロだ。

 彼の身体は速度を増して、目の前の男に斬撃を与えた。

 

 

『剣神流奥義・無音の太刀』

 

 

 彼が日々の鍛練で腕が錆びぬよう磨き続けた奥義。

 

 その技は剣神流としての極致には届かないまでも、一流の剣士として、たしかな技の研鑽の証を見せつけた。

 

 そうだ、パウロは強い。

 俺にとっては世界一強い父親なのだ。

 

 そして男は首を落とされ、背中から倒れる。

 パウロの完勝だ。

 メチャクチャ強いし、メチャクチャ速い。

 語彙力に乏しいから的確な表現は出来ないが、とにかくパウロの勇姿を俺は目の当たりした。

 

 

 

「父さま、強い……」

 

「親ってのはよ、子の為になら、どんだけでも強くなれるんだ。どうだ、ルディ! オレに惚れたか?」

 

「とっくに惚れていますよ。それに、お見それしました。今更になって、父さまの強さを認識するなんて」

 

「以前、シルフィを家に連れてきた時によぉ、オレの鍛練を見ていくのを断っただろ? 結構、根に持ってたんだぜ。でもまぁ、今ので父親としての威厳を見せられたよな」

 

 

 首肯する。

 もう尊敬しか出来んよ。

 

 

「さて、馬車ん中にもう1人居たよな? じきに近隣の街から衛兵が来る。引き渡して洗いざらい吐いてもらおう。裏で糸を引いてやがった野郎をとっちめねぇとな」

 

 

 ちなみに御者は既にパウロが斬り殺していた。

 生き残りは俺が魔術で気絶させた1人のみだ。

 

 

「あれ? すみません、私、力が抜けちゃって動けません……」

 

「怪我は無いんだよな? となると……」

 

 

 きっとパウロの想像通りだ。

 俺は初めて人が死ぬ瞬間を見た。

 

 自分が死んだ事はあっても、それでも他人の死は初めてなのだ。

 

 状況も落ち着いて来て理解した。

 俺は生き死にの瀬戸際に立っていたのだと。

 

 パウロがこうして救出に来てくれなければ、変態貴族によって性奴隷の身に落とされ、やがて命を落としていた。

 

 かくも儚い命だ。

 怖い、怖かった。

 

 色々な感情が湧き上がってガタガタと震えだす。

 

 

「ルディ、怖かったよな……」

 

「はい。でも父さまが、助けてくれましたから」

 

「こういう時は泣いても良いんだ。胸なら貸してやるから」

 

 

 そう言って片膝を地面につけて、両腕を広げるパウロ。

 涙腺の決壊した俺は、嗚咽を漏らしながら飛び込んだ。

 

 

「こわかったよぉ、父さま……」

 

 

 泣くのは久しぶりだ。

 記憶にある限り、ロキシーと別れた時以来だ。

 

 でも別れの悲しみと、死への恐れという感情は別物だ。

 こんな涙なんて流したくはない。

 

 

 

 

 

 その後、人攫いの生き残りは連行されていった。

 

 後日、証言の為に街へ出頭した。

 しかし、俺の誘拐を指示した人間は不明のままで、分からずじまい。

 憤慨するパウロだが、話にならないと言って、一緒にブエナ村へ帰った。

 

 俺も釈然とせん。

 また似たような被害に遭うケースだって否定出来ないのだ。

 

 帰宅後、大変な騒ぎだったぜ。

 特にゼニスの取り乱し様は、三日三晩、尾を引く形だ。

 常に俺に張りついて、事あるごとに『大丈夫?』なんて聞いてきたよ。

 

 実際のところ、あまり大丈夫じゃない。

 まったく……、自分の弱さを知る体験だったな。

 

 で、その後しばらくして──。

 

 

「ルディ、お前をフィットア領主のサウロスの叔父上のところへ預けることになった」

 

 

 そんな宣告を俺はパウロから受けたのだ。


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