無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~ 作:三毛猫丸
パウロから受けた宣告は、まさに青天の霹靂ってやつだった。
予想外の言葉に口をポカーンと開けたまま、数秒ほど固まってしまう。
「どういうおつもりですか、父さま……」
「それなんだがなぁ……。母さんとも良く話し合って決めたことなんだ。念のために言っておくと、これはお前の身を案じての決断だ」
「分かりませんね……」
なぜ俺をグレイラット家から突き放そうとするのか。
何か気に障るような事をしたのか。
フィットア領主のサウロス氏の下へ俺を預けると、彼は言った。
苦渋の決断といった感じの辛そうな顔ではあったことから、本心では気乗りしないのだろう。
でも俺の為ではあるらしい。
とはいえ、納得のいく回答が欲しいものだ。
「おそらく、今回の件で糸を引いていた奴は、まだ諦めちゃいない」
「でしょうね」
「先日は運良く間に合ったが、この先……。ノルンとアイシャも抱えた状況で、お前を守り切れる自信が正直なところ無いんだ」
なるほど、パウロは強いが1人の人間に守れる者の数には限界がある。
俺も妹たちを巻き添えにはしたくない。
でも、いざその事実を父親から告げられると悲しい。
愛されていないわけじゃない。
見捨てられたわけでもない。
しかし、俺は家族と離ればなれになる事を強いられるのだ。
これほど悲しいことはないだろう。
時期も悪い。
せっかくノルンとアイシャに懐かれ、シルフィの授業も再開しようというタイミング。
ゼニスにもリーリャにもまだ甘えたい。
だから俺は、大好きなハズの父親へ強く当たってしまう。
「はっ! 私が弱いから愛想を尽かしたんでしょう?」
「違うっ……! オレはお前が生まれた時から、いまこの瞬間まで愛しているっ……!」
「だったらなぜ、最後まで私を守ってくれないんですか! ちょっと焦ったからって、無責任に他所へ預けないでくださいよ!」
「落ち着けよ。オレにも考えが有ってのことなんだ」
「どうだか……。あぁ、ノルンとアイシャたちの方が可愛いから、私は要らなくなったんですね?」
くそっ……。
こんな事、言いたくねぇのに止まらない。
自分の意思に反して、パウロへの罵倒が続く。
「見損ないましたよ、父さま。私が憧れた父親なんて、どこにも居なかったんだ……」
「ルディ……。頼む、オレのことを信じてくれ。お前の為ってのは本当なんだ」
信じているさ。
パウロは決して俺を裏切らないだろう。
ゆえにいま取れる最善の選択をしたにすぎない。
俺の精神が幼稚だから駄々をこね続け、父親を困らせているのだ。
「あーあ、どうして私はこの家に生まれたんでしょうね?」
俺にとっては何気ない一言のつもりだった。
でも父親にとっては決定的な一言だった。
「…………ルディ、オレがどうしようもなくダメな父親だってのは自覚してる。でもよぉ……そんな事をお前の口から言わないでくれ……」
心底、悲し気な眼をしていた。
普通の親なら怒号を上げて叱りつけるだろう場面で、パウロはただひたすらに泣きそうな顔をしていたのだ。
「あ、……ちが、……」
俺は失言に気付く。
金魚のように口をパクパクとさせて、それ以上、喋る事が叶わない。
あぁ、殺してしまいたい程に自分が憎らしい。
「いや、お前も本心で言ってるわけじゃねえって分かってる」
だがパウロは親として子の心などお見通しだったようで、理解を示した。
「ルディが一番ツラいんだ。こんな思いをさせちまうことを親として申し訳なく思う」
彼は頭を下げた。
俺が散々、悪く言ったというのに……。
「ごめんなさい、父さま。取り乱してしまって……」
「いや、こっちこそ悪かった。いきなり他所へ預けるなんて言って、不安にさせちまった」
「いえ、あんな事件があったのですから。父さまなりの判断があったのでしょう」
ぎこちないが仲直りは出来た。
彼は前世の俺よりも、よっぽど大人だ。
まだ26歳だってのに。
父親としても1人の人間としても立派だ。
頭が上がらないよ。
そして、互いに息がついたところで、彼の提案の詳細を説明される。
「オレの推測なんだが──。ルディを狙っている貴族ってのは、ダリウスって男だ。ヤツには黒い噂が絶えない」
「どういった人物なのですか?」
「このアスラ王国の上級大臣だ」
王国の中枢の人間。
政治的権力者ってやつか。
「ヤツは今の国王を王座に就かせた立役者。国王も無下には出来んし、この国で幅を利かせてやがる」
「そんな貴族が私を?」
「あぁ、いつだったか貴族の娘が誘拐されてダリウスに売られたらしい。証拠不十分で不起訴で始末がついたがな」
エグい話だ。
俺は助かったが、助からなかった被害者は居るということか。
本当に俺はギリギリだったのだと実感する。
「ヤツには私兵が多くいるし、金だってあるから、いくらでも人材を用意出来る。対してオレはそれなりに剣術が使えるとは言っても、上級剣士止まり」
三大流派で上級ならば、総合的には更に上の実力者に思えるのだが?
パウロにとっては不安の種のようだ。
「だから一旦、ルディをオレの叔父の下へ預けようと思う。サウロスの叔父上はこの国の大貴族で真っ直ぐな男だ」
「随分と買っているんですね? サウロス大叔父さまを」
「あぁ、叔父上は乱暴な部分が目立つが、曲がった事を嫌う。アスラ王国の大貴族だから、ダリウスもおいそれと手を出してこないだろう」
「なるほどですね」
「それに今、ボレアス家にはオレの知人が居る。剣王ギレーヌって言う女なんだがよ」
「強いのですか?」
わざわざ名前を挙げたのだ。
パウロですら認める実力者なのだろう。
「あいつはオレよりも遥かに強い。剣神流でも五指に入る剣士だ」
剣神流自体は三大流派の中でも現代最強を謳う流派だ。
その流派の五指に入る剣士ともなれば、先日の人攫いくらい一瞬で斬り伏せてしまうだろう。
「叔父上と剣王の庇護下で、しばらく過ごしてくれ。もちろん、迎えに行く。それまでにオレも自分を鍛え直すつもりだ。胸を張ってルディを守れるくらいにな」
その為の時間稼ぎというわけか。
なら俺も自衛手段を身に付けなければ。
対剣士を想定した訓練が必要になるが、そこはギレーヌとやらに指導を申し入れよう。
「そうだな、10歳の誕生日には1度会いに行く。迎えに行けるようになるのは、もう少し先かもしれんが、祝いにくらいは行くさ」
「はい、待っています。父さまが強くなるのなら、私も強くなれるよう頑張りますね!」
「あぁ、じゃあオレとルディで競争だな!」
競争心が刺激される。
もはや先ほどまでの不和な空気は霧散した。
喧嘩をするほど仲の良い親子の典型例である。
感情が振り切って、パウロへ自ら抱きついてしまった。
「おいおい、ルディ! どうした、急に?」
「しばらく父さまに会えないから、充電中です!」
「じゅう……なんだって?」
おっと、この世界には電気が存在しないから充電も通じないか。
「つまり父さまの温もりを忘れないように、今の内に甘えているんです」
「そーか、そーか! ならいくらでも甘えてこい!」
娘に甘えられて嬉しいのか、パウロの顔はだらしなく緩んでいた。
相変わらずDQN顔だが、今は愛嬌さえ覚える。
「今日だけは父さまを独り占めしちゃいます! ノルンとアイシャにだって渡しません!」
「……っ! はぁ……。オレの娘はなんでこんなにも可愛いんだよ」
やっぱり俺は
だからこの人との約束を信じよう。
また会える日を待ち続けるのだ。
そしてボレアス家に出発するまでの数日間を準備や別れの挨拶に
まずはシルフィからだ。
事件の影響で会うのも数日ぶりである。
「え、ルディ! どこかに行っちゃうってホントなの?」
「あぁ、なんか悪い奴らに狙われてるみたいでさ。父さまと私が強くなるまで、このブエナ村を離れることになったんだよ」
「そ、そんな……。イヤだよ! ルディが居なくなったら、ボク……、友だちが居なくなっちゃうもん!」
うーん、迷いが生じる。
シルフィは魔術を使えるから、もういじめられることは無い。
けれど友だちは俺もそうだけど、たった1人だけ。
村を離れるということは必然的にシルフィは独りぼっちになるのだ。
俺も彼女は置いていきたくないし、連れていきたいと考えた。
しかしそれは甘えだ。
いつまでも誰かに寄り掛かるのは、俺とシルフィ双方にとって為にならない。
であれば、心を鬼にしてでも、シルフィを置いていくしかないのだ。
ごめんよ、シルフィ。
「いかないでよ、ルディ!」
ドンっと衝撃を感じる。
シルフィが抱きついたのだ。
さながらパウロに甘える俺のような光景。
「うぇ、う、えぇぇ~ん」
泣き出すシルフィは、不謹慎ながら可愛らしい。
まるで俺の妹のようで愛おしくなり、背中に手を回してギュッと抱擁する。
てか、シルフィって良い香りだなぁ。
髪に顔を埋めてスーハーと深呼吸。
いかんいかん、邪な感情を弟子に向けるなよ。
「いつかは戻ってくるんだ。永遠の別れってわけじゃないよ」
まぁ、3年は確実に戻ってはこれない。
場合によってはそれ以上の期間。
その頃にはシルフィも俺の事など忘れて、きっと独り立ちしているだろうね。
良い機会なのだ。
シルフィは俺に依存し過ぎていた。
俺もそんな彼女を可愛がるだけ可愛がって手放すつもりはなかった。
だからパウロが与えてくれたこのチャンスを活用しよう。
一応、シルフィも中級魔術までなら無詠唱発動可能だし、巣立ちとしても悪くはない。
「じゃあ、シルフィ。約束して欲しいことがあるんだ」
「ぐすっ……なあに……?」
「私が戻ってくるまでに上級魔術の無詠唱を身に付けること。これを約束してくれよ」
「出来たらまた友だちになってくれる……?」
「ずっと友だちだよ」
死が2人を別つまで──。
それくらい、俺は本気だった。
そして俺の
「じゃあ、約束を守ったら……ボクと結婚してよね?」
「あー……うん」
その約束、まだ生きてたんですか?
シルフィさん、記憶力良いのね。
そうしてシルフィへの別れの挨拶を済ませた。
次はゼニス──。
「あぁ、ルディちゃん! 可哀想な私の子! 本当に行ってしまうのね!」
「母さまも話し合いで決めたんですよね?」
「そうだけれど、それでも悲しいものは悲しいのよ!」
シルフィ以上にスキンシップの激しい俺のママ。
豊かなおっぱいを俺の顔に押し付けて両腕で拘束してくる。
相変わらず柔らかくて気持ちいいわ。
俺とノルン、2人の子を生んだとは思えないエッチな身体をしている。
「私の10歳の誕生日には母さまも来てくれますか?」
「当たり前じゃない! 大事な我が子の大切な日なのよ! あぁーん! もう! お母さんも付いていこうかしら!」
愛情深い母親だこと。
まぁ、そんなゼニスも俺は好きだよ。
おっぱいだって大きいし。
「それは困りますね。もし母さまが一緒だったら置いていかれるノルンが悲しみます。子どもには母親が必要なんですよ」
「そうね、でもルディだって、まだ子どもよ」
「私は平気です。なんていったって2人の妹のお姉ちゃんですから」
「強がっちゃって、この子は……。でも、貴女は遠くに居ても私たちの子よ。それだけは忘れないでね」
「はい、母さま!」
熱いキスをおでこに受ける。
よっしゃー!
気合い注入っと!
次にリーリャ──。
「寂しくなってしまいます。それに、私はルーディアお嬢様に何も恩をお返し出来ておりません」
畏まったリーリャが申し訳なさそうに視線を落とす。
「いえ、アイシャを生んでくれたことが最高の恩返しですよ。ありがとう、リーリャ!」
あえて、さん付けはしない。
もう他人ではなく家族なのだから。
「っ……。アイシャは必ずや、ルーディアお嬢様にお仕えさせます。貴女に救われた命、決して無駄には致しません」
「そんな、私に固執しなくても……。アイシャには自由にさせてあげてください」
「お嬢様の意見とはいえ、そのような……」
意地でも退く気はないらしい。
まぁ、仮にアイシャが将来、俺に仕えたいというのなら、待遇については良くしてやろう。
「では、私の居ない間、父さまと母さまをよろしくお願いしますね」
「はっ! このリーリャ、謹んで拝命いたします!」
膝をつき、胸に手を当てて誓うリーリャ。
この人、生粋のメイドなんやなぁ。
最後にノルンとアイシャ──。
ベビーベッドに仲良く隣合わせで寝かされる妹たち。
「お姉ちゃん、ちょっと遠くに行くからさ。ノルンとアイシャも元気でやっていくんだぞ」
「あー、あー」
「うー、うー」
前者がノルンで、後者がアイシャ。
まるで俺の言葉を理解したように声を漏らした。
たまたまそういう風に映っただけなんだろうが、それが堪らなく嬉しくてニヤついてしまう。
ゼニスも似たような笑い方をすると、パウロが言ってたっけ。
2人の頭をそっと撫でてやると、キャッキャッと、笑っていた。
うん、次に会う頃には物心がついているかもしれない。
成長に立ち会えないのは残念だが、再会した折りには姉妹の仲を深めたいものだ。
そしてその日の晩にはロールズとその奥さん、そしてシルフィも呼んで、グレイラット邸で俺の送別会が開かれた。
シルフィとは別れの挨拶を済ませたつもりでいたので気まずい……。
ただ向こうはそうでもなく、送別会の最中はずっと俺の隣を陣取っていた。
オマケに手まで握ってくるし、可愛い過ぎかよ!
で、一夜明けて、迎えの馬車が来るとかで、玄関先で待っていた。
そしてパウロとの最後の会話を交わす。
「ルディ、風邪とか引くなよ」
「治癒魔術の使える私なら、不要な心配ですよ」
「親心として言ってんだ」
「冗談ですよ。愛しています、父さま」
「おう、オレもだ……ぐすっ」
僅かに目尻に涙を溜めるパウロ。
「あれぇ? 父さま、もしかして泣いてますぅ?」
「泣いてなんかねぇやい! ちょっと目にゴミが入っただけだ!」
「あはは、そういうことにしておきましょう!」
「ホントに泣いてなんかねぇからな!」
と言いながら、鼻をすする素直になれない父親。
しまいにはポロポロと涙を流し始め、外聞も器にせずに大声で泣き出した。
「うおぉぉぉ! さびしいぞ、ルディィィィ!」
この男、少しうるさいですね?
「そんなに泣いてると、ノルンとアイシャに泣き虫なお父さんだって思われますよ?」
「あぁ、もう泣き虫でも何でも構わねぇ。ルディ、絶対に強くなって迎えに行くからな!」
馬車が到着した。
親子の会話を見て、気を利かしてくれたのか、しばらく待ってくれるらしい。
「えぇ、待っていますよ。次に会う時は、10歳。もしかしたら私も、少しはおっぱい大きくなっているかもしれません。いやらしい目で見ないでくださいね」
「娘にそんな不埒な真似はしないさ。まぁ、10歳の誕生日にはプレゼントを用意して行く。何年後かの迎えの日には、ロアの街で旨いメシでも食いに行こう」
そして俺はパウロ、ゼニス、リーリャと順に固く握手を済ませ、馬車から降りてきた、長身の女性に向き合う。
「お前がルーディアか。なるほど、一目でゼニスの子だと分かるな」
「貴女はもしやギレーヌさん?」
「あぁ、お前の親とは古い仲でな」
褐色肌で獣の耳と尻尾が生えている。
自前だろうか?
右目には眼帯を着けている。
「あら、ギレーヌ! 久しぶりねぇ。元気にしてたかしら!」
ゼニスが興奮気味にギレーヌに駆け寄る。
「あぁ。そういうゼニスも元気そうだな」
「えぇ、幸せな家庭を築いたもの!」
惚気るゼニスに別段、顔色を変えることなく適当に相づちを打つギレーヌ。
「よぉ、ギレーヌ。最後に抱いてやったのは何年前だぁ?」
「黙れ、殺すぞ……」
ねーちゃん、ブチ切れやんけ!
どうやらパウロとギレーヌの過去に、何かしら険悪になる出来事があったようだ。
薮蛇なのでつつかないでおこう。
「あ、あぁ……すまん。この子は見ての通り、オレとゼニスの子だ。お前と、あとフィリップの娘に読み書きや算術を教える代わりに、ボレアス家に置いてやって欲しい」
「ふむ、家庭教師とやらに、ゼニスの娘が来ると。そうか……ゼニスの子か」
微笑を浮かべて何だか嬉しそうなギレーヌさん。
クールな印象を受けるな。
露出の多い格好をしちゃいるが、晒されている腹筋はバキバキである。
セクシーというよりは、筋肉ダルマって具合だ。
「オレの子でもあるんだぞ?」
「ルーディア、母親似で良かったな?」
「はい、まったくです! でも私は父さまのこと、大好きですから、あまりいじめないでください」
「ふんっ……愛されているようだな、パウロ」
「あぁ、俺もルディを愛してるからおあいこだ」
小さく舌打ちを打つギレーヌ。
パウロはいちいち彼女の癪に障る達人らしい。
「ギレーヌ、過去のことは本当にすまなかった」
腰を曲げて、頭を下げて謝罪するパウロ。
険しい表情のギレーヌは眉尻を上げて、動向を窺っている。
「オレの娘は悪いヤツに狙われてる。オレが守ってやりたかったが、実力不足だ。だから、お前に代わりに守ってやって欲しい」
「お前の頼みは聞きたくはないが、ゼニスの子なら別だ。その頭をかち割られたくなければ、さっさと上げろ」
「お、おう……。恩に着る……」
引き受けてくれたって事で良いのかな?
「パウロ、強くなりたいのなら、あたしが剣の聖地に居る
「それってつまり……?」
「そいつから剣神流を一から学び直せ。今のお前は、あたしから言わせれば半端者な剣士にすぎん」
「お、おう! ギレーヌ! マジで助かる! 礼としてその内、抱いてやるからよ!」
「……殺すぞ?」
仲がよろしいことで。
何はともあれ話はまとまった。
「では──行ってまいります。父さま! 母さま! リーリャ!」
「おう、達者でな!」
「向こうでもムチャだけはしないでね、ルディ!」
「留守はお任せくださいませ、ルーディアお嬢様」
3人の抱擁を順に受け、踵を返す。
そしてギレーヌと共に馬車へと乗り込み──。
生まれてから7年間を過ごした故郷ブエナ村を出発した。
第1章 幼年期 - 終 -