無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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第2章 少年期 家庭教師編
12話 いざ、ロアの町へ


 馬車に揺られながらギレーヌと交流を深めることにした。

 これから向かう先のロアの町への到着は夕方ごろ。

 時間だけは、たっぷりとあるのだ。

 

 

「ギレーヌさんは、剣王とお聞きしています。それも当代剣神流の五指に入る実力だとか」

 

「そうだが、何か気になるのか?」

 

「恥ずかしながら私は、ブエナ村の外から出たことが無くて。色々と知識不足です。そこで気になったのですが、魔術師は剣士には勝てないのでしょうか? 剣王の立場からの意見が聞きたいです」

 

「ふむ……。間合いによるな」

 

 

 間合いによる、か……。

 闘気の存在が魔術師たる俺の天敵。

 数メートル程度の距離ならば、瞬きの間に詰められ斬られておしまい。

 

 出会い頭に斬られようものなら、自分が死んだ事にすら気付かずにあの世行き。

 魔術で出来る事は沢山あるが、戦闘に関しては弱者というポジションに押し込められる。

 

 なんとも不遇な職業だ。

 けど現実には俺はその魔術師であり、不利を強いられる事は、避けては通れぬ道だ。

 

 

「ルーディアは魔術師と聞いている。そして北神流剣士に手酷い目に遭わされたとも」

 

「えぇ、父さまが助けてくれなければ、どうなっていたことやら」

 

「次に備えたいのだろう?」

 

「はい。同じような状況に再び直面した時、手も足も出せずに殺されたくはないので」

 

 

 失敗から学ばなければいけない。

 また次があるとは限らない。

 死んでしまったら、次など永遠に来ないのだから。

 

 

「その姿勢は悪くない。だったら、ルーディアも剣術を学べ。あたしに学を授けるのなら、こちらも剣術を教える」

 

「ほう」

 

 

 敵を知るにはまず己からって事ですかい?

 ふむ、パウロは剣術を全く指導してくれなかったからな。

 ギレーヌのこの申し出は渡りに船だ。

 

 

「それと、あたしのことはギレーヌで構わん。さん付けは余計だ」

 

「では、ギレーヌ。今後ともよろしくお願いします」

 

「ああ、ルーディア。こちらからもらよろしく頼む」

 

 

 あら、この人ってば意外と社交的?

 パウロにはキツく当たっていたが、ゼニスとのやり取りを見る限り、相手によって態度を変えるのだろう。

 

 俺はゼニス似だから気に入られたのか。

 

 

「ところで、ルーディア。お前は親に愛されているのだな」

 

「そりゃあ存分に!」

 

「あたしは家族とは折り合いが悪かった」

 

「と、言いますと?」

 

「ゼニスが母親で良かったな」

 

「あ、はい」

 

 

 要するにギレーヌは羨ましかったのだろう。

 獣族の文化は知らんが、知性ある生物である以上は家族だっている。

 見るからに不器用な性格のギレーヌは、過去に家族間でトラブルを起こしたと見た。

 

 そこに家族仲の良いグレイラット家を目の当たりにして、つい俺に羨望の気持ちを晒け出してしまったと。

 

 ふふん、結構可愛い一面もあるじゃないか。

 後でその頭の上のキュートなお耳を触ってあげよう。

 

 

「しかしお前は、本当にゼニスに似ている」

 

「そんなにですか? まぁ、自覚はありますよ。今も美人ですが、大人になればもっと磨きが掛かるはずですよ」

 

「調子に乗るな、と言いたいところだが。否定はせん。しかし、性格はどちらかと言えば、パウロに似ているな」

 

 

 貶しているのだろうか。

 

 

「私にとって父親似というのは褒め言葉ですよ」

 

「そうか。あの男も、子を持って変わったという事か」

 

「あー、若い頃はかなりヤンチャだったみたいですね。何かそういうエピソードとかって知ってます?」

 

「いくらでも知っている。ヤツは所構わず、目にした女を口説いて回っていた」

 

 

 さすがはパウロ。

 俺の期待を裏切らないスケールで、多くの女性を泣かせてきたようだ。

 

 

「ルーディアには面白くない話だろうが、子の1人や2人、どこかで孕ませているかもしれん」

 

「うっ、急に生々しい事を言いますね」

 

「それほどまでにパウロは見境が無かったのだ。ゼニスがヤツの毒牙に掛かった時には……。いや、何でもない」

 

 

 えぇー?

 本当に俺の親父は何をやらかしたんです?

 

 

「興味本位で聞くが、ルーディアはどんな魔術を使うのだ?」

 

「あ、気になります?」

 

「人並みにはな。ゼニスは治癒魔術を使っていた。娘のお前も、もしやと思ってな」

 

 

 鋭いね、ギレーヌは。

 ご明察、俺の得意系統は治癒魔術である。

 

 

「母さまと同じく、治癒魔術を中心に使います。他にもオーソドックスな魔術は上級までなら修めていますかね。水魔術だけは聖級ですけど」

 

「驚いたな。まさかパウロの種からそれほどまでの魔術師が……。いや、ゼニスの子でもあったか」

 

 

 いや、パウロさん?

 貴方、どれだけ信用が無いんすか!

 

 

「魔術師としては自信があります。でも、先日は剣士相手に無様な姿を見せましたよ」

 

「それはこれから改善していけば良いだろう。あたしが鍛えてやる」

 

「お世話になります、姉御!」

 

「あたしはお前の姉貴分ではないのだがな。しかし、その顔で言われると、悪い気分ではない」

 

 

 おぉ!?

 ゼニスフェイスの俺にデレるの早くない?

 ギレーヌってチョロインなわけ?

 

 と、あんまし調子に乗ると、どこかでしっぺ返しにあう。

 程々にしておこう。

 今は優しいけど、怒らせたらお尻をペンペンされそうだ。

 

 と、ここで馬車が停まる。

 敵襲でもあったのかと、ギレーヌに目配せするが、特に慌てた様子ではない。

 

 

「休憩だ」

 

 

 ボソッと一言だけ言って彼女は、馬車を降りる。

 俺に対しても顎でしゃくって下車を促した。

 既に3時間以上は馬車に揺られていたし、いい加減お尻も痛くなってきた。

 ベストタイミングである。

 

 

「用を足したいのなら、今の内に済ませておけ」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 

 茂みに入り、スカートをまくり上げる。

 パンツを脱いで尿意の解消に努めた。

 

 背後ではギレーヌが周囲を警戒してくれていた。

 剣王による警護は安心感が凄い。

 

 しかし……。

 野ションベンなんて、この世界に生まれて初めての経験だ。

 

 ブエナ村じゃ人目もあったし、淑女としてはしたない行為には及ばなかった。

 が、ひとたび外の世界に出れば、女の子の野ションベンも(まか)り通る。

 

 なんとも言えぬ背徳感に酔いしれる。

 そんな性癖、持ち合わせちゃいないんだけどなぁ。

 俺もアスラ貴族の血を引くという事だろうか。

 たしかノトス家の血筋だったか?

 

 もしかしたら、他人の前で失禁して興奮する貴族や王族も居るかもしれない。

 

 

「ギレーヌはよろしいので?」

 

「あたしは構わん。剣王の名は伊達ではないという事だ」

 

「んんー?」

 

 

 剣王ともなれば尿意すら我慢出来るのだろうか?

 いや、理屈が分からんよ。

 それにしても尻が痛い。

 

 

「あと3時間は掛かる。良く休んでおけ」

 

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 

 へぇ、ギレーヌって優しいのね?

 女の子相手だから?

 それも母親(ゼニス)似のとびっきり可憐な少女。

 

 たしかギレーヌもパウロたちと同じ冒険者パーティーのメンバーだったハズ。

 S級冒険者パーティーの黒狼の牙とか言ったな。

 

 どうもゼニスは、そのパーティー内ではいたく可愛がられていたようで、反対にパウロは毛嫌いされていたらしい。

 

 相反する2人が結ばれたのだから、世の中にもロマンチックな物語が存在するわけだ。

 

 

「喉が渇いただろう、水だ。飲め」

 

「では、戴きます」

 

 

 水筒を投げ渡され、喉を湿らせる程度に飲む。

 貴女はあれですか?

 俺のお世話係ですか?

 

 ギレーヌの何げない優しさに触れて、ドキッとする乙女な俺が居た。

 

 

「では旅路を再開だ」

 

 

 馬車へ乗り込み再出発。

 正直、まだ尻は痛むが、あまり悠長にしていては日が暮れてしまう。

 俺の為に休憩を挟んでくれたこと自体に感謝せねば。

 

 

「ところで、これから向かうボレアス家──ロアの町とは、どういった場所なのですか?」

 

「フィットア領主サウロス様がお住まいだ。そこに大きな屋敷がある。そこでは息子の1人のフィリップ様も暮らしている」

 

「たしか私の教える生徒はギレーヌと、そのお屋敷のお嬢様ですよね?」

 

「あぁ、サウロス様の孫でフィリップ様の娘だ。年もお前と近い」

 

「へぇ、そりゃ楽しみだ」

 

 

 シルフィとは離れる事にはなったが、同年代の女の子と友だちになれる機会が巡ってきた。

 どうアプローチを掛けようか。

 

「ただ先に忠告しておく。エリスお嬢様は、同性であろうと、気に食わなければ平気で殴る」

 

「えぇ? いったいどんな獣なんですか!」

 

「少なくとも犬や猫の類いではないな。アレは盛りのついた猿よりも狂暴だ」

 

 

 獣族のギレーヌが言うと説得力がある。

 

 

「ギレーヌは殴られないのですか?」

 

「あたしは寝込みを襲われたが迎撃した。以来、あたしの言うことに良く従う」

 

 

 夜討ちを掛けるとか、どんだけだよ。

 いきなり不安になってきたわ。

 そのエリスお嬢様とやらに、気に入られるよう、へりくだった態度で臨まなければ。

 

 

「ちなみにエリスお嬢様は、周囲から赤猿姫と呼ばれている」

 

「女の子に付けるべきではない渾名ですね」

 

「見た目は麗しいのだがな。いかんせん、手が出るのが早い。お前も殴られぬよう、気を付けろ」

 

 

 まだ到着もしていないのに辟易とする。

 果たしてそんな狂暴な獣をしつけられるだろうか?

 家庭教師としての責務を全うする自信が早くも打ち砕かれる。

 

 

「あたしも目を光らせておく。ゼニスの娘を傷物には出来んからな」

 

「おぉ! それは頼もしいですね!」

 

 

 きゃー! 惚れちゃいそうだぜ、ギレーヌ!

 

 実際に、ギレーヌはクールビューティーな長身の女性だ。

 褐色肌とケモ耳、ケモしっぽの複合型。

 パーツ的には猫っぽいな。

 

 

「ギレーヌはどこの出身ですか? 中央大陸ではなさそうですよね」

 

「ミリス大陸の大森林にあるドルディアの村だ。あたしは、デドルディア族の長の一族の出だ」

 

「え! じゃあ、ギレーヌってもしかしてお姫様?」

 

「もうそんな年じゃない……。それに兄の娘──姪だって居る」

 

 

 それでも元お姫様か。

 礼儀を尽くすべきか?

 いや、彼女の性格上、今さら態度を変えるのは嫌がりそうだ。

 そもそも呼び捨てを要求してきたしな。

 

 

「それは失礼いたしました」

 

「たしか姪の1人はお前とも年が近かったな。名前までは覚えていないが」

 

 

 それから彼女は少しずつ自身の事を語る。

 故郷では乱暴者扱いで、それこそ知性の無い獣同然の存在だったのだとか。

 

 自分と同じくらい頭の足りない兄と比較しても、愚妹として手を焼かれており、旅の剣士に連れられて故郷を出たと。

 

 

「もう十数年は帰っていない。これからも帰省するつもりはないがな」

 

「姪御さんのことは、どこで耳にしたのですか?」

 

「風の噂だ。姪の1人があたしに憧れていると人伝いに聞いた。こんなたわけ者に憧れる物好きな姪がよく居たものだな」

 

 

 その割には嬉しそうに口元を緩めている。

 人間味溢れる女性だ。

 思わず視線で彼女の表情の変化を追ってしまう。

 

 

「ルーディアの事も聞かせてくれ」

 

「私ですか?」

 

「パウロとゼニスの事は良く知っているが、お前のことはまだ深くは知らん。だから聞きたいのだ」

 

「えぇ、それじゃあ──」

 

 

 俺が生まれてから、便宜的に物心が付いてからの話を面白おかしく脚色して話してやる。

 とりわけゼニスの話題になると熱心に耳を傾けており、猫耳がピコピコして可愛かった。

 年はパウロたちとそう変わらないハズなのになぁ。

 

「そうか、ルーディアは既に弟子を持つほどの魔術師か」

 

「と言っても遊びの延長線上で教えていただけですけどね」

 

「それにしては本格的だった風に聞こえたが?」

 

「教えることには本気を出したかったので」

 

 

 シルフィとの師弟関係にも興味を持ったようで、根掘り葉掘り聞かれた。

 

 

「あぁ、家庭教師のついでに魔術も教えて差し上げますよ」

 

「いいのか?」

 

「もちろん! これから私もギレーヌのお世話になるので、お互い様です」

 

「感謝する、ゼニス……。あぁ、いや、ルーディア」

 

 

 感極まって俺とゼニスとで呼び間違えたらしい。

 ふふーん、嬉しいねぇ。

 それだけ俺がゼニスそっくりの美人だって事だ。

 ギレーヌのお墨付きってわけだな。

 

 

「お前さえ良ければ、エリスお嬢様にも魔術を教えてやってほしい。お嬢様は勉強こそ嫌いだが、魔術には興味をお示しだ」

 

「それは構いませんがね。仕事である以上は、きちんと読み書きなども教えますよ」

 

「あぁ、あたしも説得に手を貸そう」

 

「はい、お願いしますね。頼りにしているんですから」

 

「頼られよう」

 

 

 微笑み、トンっと豊満なおっぱいを手で叩くギレーヌ。

 胸筋こそ凄いが、ちゃんと女性のようでプルンッと震えた。

 

 

「お前……。匂いは薄いが発情しているな?」

 

「え? なんのことです?」

 

 

 驚いた。

 ドルディア族ってのは人間の発情を匂いで嗅ぎ取れるのか。

 匂いが薄いというのは、俺の肉体が女の子だからか。

 実際、男の時ほど性欲は強くないんだよな。

 

 

「いや、構わん。ゼニスの子とはいえ、パウロの血を引くのだ。そういう事もあるだろう」

 

「あははー、すみませんね。胸が大きいと、つい視線が吸い寄せられてまうんですよね」

 

「ルーディアは女が好きなのか? 男なのに男を好む知り合いはあたしにも居るがな」

 

「さぁ、自分でもよく分かりませんね」

 

「恥じることない。貴族連中には同性愛者も多く居る。アスラでもミリスでもな」

 

 

 そういった性癖には寛容な人物で安心した。

 いやー、嫌われるかと思ったよ。

 俺の性癖の大半はパウロの娘だからという理由で説明がつきそうだな。

 

 そして、そうこうしている内に、もう一度休憩タイムへ突入。

 今度はギレーヌも茂みに隠れて用を足していた。

 あれー?

 貴女、剣王の名は伊達じゃないとか話してましたよねぇ?

 

 排尿音に聞き耳を立てながら俺はほくそ笑んでいた。

 うん、パウロ以上の変態かもしれん。

 オマケにゼニスの顔をした痴女ときたか。

 我ながら始末に負えんよ。

 

 

「ルーディア……。今度の匂いは……かなり強いぞ」

 

 

 茂みから出てきたギレーヌに苦言を言い渡される。

 

 

「どうやらこれが私の性分のようで……」

 

「落ち込むな。アスラ貴族の大半よりはマシな方だ」

 

「そうですか?」

 

「あぁ、中には女のおりものを食らう変態貴族も居ると聞く」

 

「うわぁー、キモッ!」

 

 

 なんですか、その変態!

 それは俺も変態度では完敗だわ。

 

 いやぁ、俺もシルフィの汗の染み込んだ上着の匂いをクンクンと嗅いだことはありますけどね?

 だってあの子、スゲー良い香りがするんだもん。

 俺の変態行為を見ても嫌な顔ひとつしないし、良い子だよ?

 

 

「さあ、もうひと踏ん張りだ。尻が痛むとは思うが我慢してくれ」

 

「はい」

 

 

 そして再度、馬車に乗り込み1時間ほど経過。

 やがて見えてきたのは、7~8メートル超の高い城壁。

 ご立派な城壁の中には町が広がっているらしく、通用門を通り抜けると一気に活気が増した。

 

 目に入る建物について、あれはなんだ? これはなんだ?

 と、ギレーヌに質問し、その都度、武器屋や酒場、果ては冒険者ギルドの支部などを教えてもらう。

 

 ギレーヌも博識なものだ。

 脳筋っぽく見えて、中身はしっかり者だ。

 ちょいとバカにした感想か?

 

 

「あ、なんですか、あれ!」

 

 

 町の中央には一際高くそびえる建物。

 

 

「あれが領主の館だ」

 

 

 どうやら俺たちの目的地らしい。

 館などと彼女は言ったが、建物としての有り様はまさに城といった感じだ。

 

 そういやぁ、ここは城塞都市ロア。

 かつてのラプラス戦役でも防衛の地としての役目を担っていた。

 ボレアス家先祖代々が暮らす由緒正しいお城なのだろう。

 

 

「ふ……。ルーディアも年相応に子どもなのだな」

 

「それはそうですよ! あんなお城を見れば誰だって興奮しますって!」

 

 

 ましてや田舎出身だ。

 ブエナ村で最も高い建造物と言えば風車だ。

 次点で2階戸建てのグレイラット邸だな。

 それらと比較すれば天と地の差である。

 

 

「気持ちは分からんでもない。あたしも初見は圧倒されたものだ。あれを超える物と言えば、国内では王城くらいなものだ」

 

「いずれ王都にも行ってみたいですね」

 

「いや、お前は止めておいた方が良い。あたしは政争の事は分からんが、ルーディアのような見た目の良い娘は、拐われて人質にされるのがオチだ。ボレアス家の弱みとして握られかねん」

 

「あ、そうですよね」

 

 

 おっと、自分がボレアス家に預けられるに至った理由は、ダリウスとか言う貴族に狙われているからだったな。

 次期国王の派閥争いではダリウスも、ボレアス家も第一王子派と陣営こそ同じだ。

 しかしダリウスは、ボレアス家当主のサウロスを煙たがっているらしい。

 

 派閥も一枚岩じゃないから、俺を材料にボレアス家を切り崩しにくるかもしれん。

 俺の都合で、これから世話になる人達に迷惑は掛けられまい。

 

 

「だが、どうしてもと言うのなら、あたしが護衛して連れて行ってやらんこともない」

 

「ありがとうございます、ギレーヌ」

 

「尤も、自衛手段を身に付けてからだ。今のお前では心許ない」

 

「おっしゃる通りで」

 

 

 ちゃんと俺の事を考えていてくれてるようだ。

 ふむ、パウロたちも良い仲間をお持ちだ。

 

 

「もうじき到着する。サウロス様は気難しい方だが、多少の無礼も、無知であるのなら寛容だ。ただ誠実な姿勢を見せることだ。そういう人間をサウロス様は好む」

 

「心得ました」

 

 

 ギレーヌの忠告を頭の中で繰り返す。

 パウロから聞いた前評判とだいたい一致するな。

 俺の父親も昔はボロくそ言われたらしいが、人間としては嫌いではないらしい。

 

 やがて馬車は停まり、ボレアス家の敷地内へ。

 約6時間にも及ぶ馬車旅を漸く終えられた。

 腕を上げて背筋をグッと伸ばす。

 

 身体が凝り固まっていたのかボキボキと鈍い音が鳴る。

 負傷とは認識されていなかったのか、自動治癒(オートヒーリング)は発動しなかった。

 

 

「準備は出来たか?」

 

「バッチリです」

 

 

 ギレーヌに促され、歩みを進めるが──。

 

 

「あぁー! やっと帰ってきたわね! ギレーヌ!」

 

 

 耳に突き刺さるような声量で、少女がギレーヌの名を呼ぶ。

 

 

「エリスお嬢様だ。ちょうど良い。先に挨拶をしておけ」

 

 

「はぁ……?」

 

 

 声の主を見る。

 なんていうか……ナマイキそうなガキだ。

 鋭くつり上がった眼は、獲物を狙う獰猛な肉食獣のようで、エリスお嬢様とやらの背後に獅子の姿を幻視する。

 

 

 真っ赤な髪はウェーブを描いているが、髪質自体は良さそうだ。

 本人が無頓着なのか、寝癖が残っている。

 

 年齢は俺よりも2つ上だと、ギレーヌとの会話の中で聞いたような気がする。

 そして何よりエリスは苛烈な印象が強いながらも、美人だった。

 

 ロキシーやシルフィとも系統の異なる凛々しい顔立ち。

 しかし不機嫌そうにして、しかめっ面を隠そうともしない。

 

 よし、第一印象が大切だ。

 挨拶しよう。

 

 

「はじめまして、ルーディア・グレイラットです」

 

 

 が、彼女は俺の姿を視界に認めると、歯ぎしりをして、ことさらに不機嫌さを強めた。

 

 

「フン!」

 

 

 ありゃ?

 嫌われてしまったのかな?

 

 

「あんた誰よ!」

 

「え、いま名乗ったのですが、お聞きにならなかったので?」

 

「うるさいわね! 生意気よ、あんた!」

 

 

 うわぁ、理不尽だー。

 

 

「年下の癖に私のギレーヌを連れ回して! どういうつもり!」

 

 

 かぁー、キーキー喧しい子どもだよ。

 

 

「既に耳にしておいでかもしれませんが、本日よりボレアス家でお世話になりますルーディアです。ギレーヌにはお迎えを依頼していまして」

 

「そんな理由でギレーヌを連れ出したの!」

 

 

 ギレーヌのことが好きらしい。

 エリスにとってのギレーヌは、俺にとってのロキシーといったところか。

 気持ちはよーく分かるってばよ。

 

 

「とにかく私に謝りなさいよ!」

 

「えぇー? ギレーヌ、どうにかなりません?」

 

 

 ギレーヌに助けを求める。

 だが彼女は肩をすくめてお手上げアピール。

 けれども渋々、エリスに言葉を投げかける。

 

 

「エリスお嬢様。ルーディアは我々の家庭教師としてやって来たのです。それも親元を離れて。ボレアス家は雇い主ではありますが、もてなすべきかと」

 

「そうかしら? ギレーヌがそう言うのなら、怒鳴ったことは謝るわ」

 

 

 罰が悪そうに、角度にして15度程度、頭を下げるエリス。

 しかしものの数秒後には怒りが再燃して──。

 

 

「なに見てんのよ!」

 

「ぐぇっ……!」

 

 

 よく分からんけど顔面を殴られた。

 くそう、こんなメスガキに負けるとは……。

 

 てか、普通、同性とはいえ年下の女の子の顔にグーパンするか?

 今回は自動治癒(オートヒーリング)が発動したらしく、骨折した鼻の骨が修復された。

 

 つーか、ためらいなく鼻の骨を砕きにくるとは、赤猿姫の異名は確からしい。

 

 終始不機嫌なお嬢様は、気が済んだのか館の中へと消えていった。

 嵐のような女の子だったよ……。

 

 

 

「エリスお嬢様はあんな感じだ。これまで何人もの使用人や家庭教師を自主退職に追いやった」

 

「身に染みて…わかりました」

 

 

 とはいえだ。俺は実家には戻れない。

 エリスにどれだけ殴られようと、このボレアス家に居続けるしかないのだ。

 

 この程度の事でめげない。

 音をあげるには早いのだ。

 

 

「あたしもサポートする。ゼニスから託されたお前を見捨てん」

 

「はい、私もここで頑張っていきますから!!」

 

 

 かくしてルーディア()のボレアス家での家庭教師生活は開幕した──。

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