無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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14話 エリスお嬢様

 さてボレアス家一同が会する食事会に俺ことルディちゃんは、お邪魔させてもらっている。

 

 上座には当然ながらボレアス家当主サウロス。

 後はフィリップ、ヒルダと続いて、エリスと俺は向かい合う様に席を配置された。

 フィリップの思惑が見え隠れする。

 

 顔をつき合わせて仲良くしなさいってことだろう。

 しかし視線を合わせてくれないエリスに、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

「では戴こう」

 

 

 サウロスの音頭で食事会はスタート。

 ミリス教徒ってわけじゃないので、祈りなどは無かった。

 実家じゃ、ゼニスがミリス教徒だったんで毎食、お祈りに付き合わされたよ。

 

 数口ほど実家じゃ見たことの無いご馳走を口にした後、フィリップが話を切り出す。

 

 

「ところでエリス。ルーディアとは仲良く出来たのかな?」

 

 

 直球過ぎる問い掛け。

 咀嚼中のエリスは数秒ほどして飲み込んでから、会話に参加する。

 

 

「仲良くなんて出来ないわよ……」

 

 

 ふてくさった顔で、しかし親に叱られる事を恐れたような声で答える。

 

 

「それは何故だい? ルーディアは良い子だよ。多くの教師が1日目で投げ出す中、まだ彼女は君に向き合おうとしている」

 

 

 お、なんか良い感じの論破タイムに突入したぞ。

 

 

「エリスの意見を聞きたいな。何が気に入らなくて、そして君自身がどうして欲しいのかを私に教えてくれないかい? 父親として、してやれることは何でもするさ」

 

 

 ほう、パウロとは従兄弟であるフィリップ。

 彼も子どもの目線に立とうという姿勢があるらしい。

 

 

「だってルーディア。私よりも女の子っぽいし、頭も良さそうだし……。全部負けてる気がするもの……」

 

 

 あ……。

 そうか、そうだったのか……。

 

 

「お祖父さまも、お父様も昨日からルーディアのことばかり褒めるし、お母様だって今日、私からルーディアを庇って叱ってくるし……」

 

 

 エリスは肩を震わせ、前のめりになる。

 直後、ポタポタと涙の粒をテーブル上のスープの皿へと落としていく。

 

 

「私だって……! みんなに褒められたいのに……! どうして他所からやって来た子ばかり良い思いをするのよっ……!」

 

 

 彼女は叫んだ。

 

 

「ギレーヌだってそうよ……。ルーディアを守るし、私には冷たくするし…」

 

 

 

 この場には居ないギレーヌについても本心をぶちまけていた。

 エリスは悲しみに(さいな)まれ、自分でも気持ちの整理がつかないらしい。

 

 

「私だってこんな自分がイヤなのよっ……。他の貴族の子達にはバカ扱いされるし、使用人にも哀れんだ目で見られるし……」

 

 

 その気持ちは痛い程に分かる。

 

 エリスは俺なのだ。

 生前の俺と同じく、根拠の無い自信に振り回されて、しかし、他人との比較に苦しんで……。

 

 暴力に訴える性格なのも自分を守る為の手段にすぎない。

 己をバカにする人間の口を塞ぐ為の、不器用な彼女なりのやり方。

 

 それを頭ごなしに叱りつけても押さえつけられるハズがないのだ。

 

 エリス自身も正体の見えない苛立ちにずっと苦しんできた。

 溜め込んだ鬱憤は解消されずに蓄積を続け、時おり暴発しては自己嫌悪に陥る。

 

 祖父や両親はきっとそんなエリスのことを愛している。

 

 けれどエリスは劣等感と自尊心から、自分から相談なんて出来やしない。

 仮に相談する気になったのだとしても、形の不確かな不満の塊を、どうして伝えられようか?

 

 くそっ……、なんで俺はそんな事に気付かなかった。

 自分だって経験したくせに、忘れるハズの無いトラウマとして今も魂に焼き付いているってのに。

 

 

「みんな、私のことを見てよっ……。う、あ……う、ああーんっ……!」

 

 

 泣く少女の声が部屋中に響く。

 サウロスは孫娘の悲壮感に動揺し、ヒルダは口を押さえて愛娘に歩み寄るべきか迷っている。

 

 そしてフィリップは、普段は眠たそうに細めている目を大きく開いて、ただエリスを見守っていた。

 

 ここは俺がエリスを助けなきゃいけない。

 俺だけが彼女と気持ちを共有出来るのだ。

 

 

「エリスお嬢様」

 

「ん、ひくっ……なに、よ……」

 

「エリスお嬢様はスゴいですよ」

 

「スゴい……? 私が……?」

 

 

 戸惑うエリスに構わず俺は続けた。

 

 

「だってそうでしょう? エリスお嬢様は、どんな相手にも果敢に挑み、そして勝ってきました」

 

 

 ギレーヌを除くとして、エリスが痛め付けた相手の中には、彼女をバカにした輩も居ただろう。

 

 周囲に広まったエリスを侮辱するような噂を真に受けて、端から彼女自身のことを見ようともしない奴らがきっと存在した。

 

 大の大人が居た、屈強な男も居た。

 

 全て俺の想像上の敵でしかないが、エリスはそんな奴らを徹底的に痛め付けてから追い出した。

 ならエリスの勝ちだ。

 

 

「貴女は強いんです。これは誇るべきことですよ」

 

 

 俺は暴力が嫌いだ。

 しかし、泣いている女の子を見過ごすような奴はもっと嫌いだ。

 

 あぁ、俺はクズだ。

 生前なら自分のことだけで精一杯で、他人の心配をする余裕なんて無かった。

 

 今でも余裕が在るなんて思っちゃいない。

 俺にだってエリスと同じように、やりたくてもやれない事は多々ある。

 

 前世も今世も、その点は変わらないのだ。

 

 でも、そんなクソ野郎な自分を殴ってでも、俺は立って歩き続けて、本気で生きている。

 

 本気で生きているのなら、寄り道して泣いてる女の子に手を差し伸べるくらいは許されるだろう?

 

 

「私は……弱いわよ……。あんたみたいに強くないわ……」

 

 

 しおらしいエリス。

 だが俺は挑み続ける。

 

 

「エリスお嬢様がご自身で力不足だと思うのなら、強くなれば良いんですよ」

 

「なによ、それ……」

 

「強くなる為にギレーヌを食客として招いたのでしょう?」

 

「それもあるけれど……」

 

 

 

 他にも理由があるみたいだが、この際、無視だ。

 

 

「私がもっと強くして差し上げますよ。読み書きや算術、魔術だって、私ならエリスお嬢様に教えられます」

 

「出来るの、そんなことが?」

 

「出来ます! だって私はエリスお嬢様の家庭教師ですから!」

 

 

 そしてエリスは、その言葉の意味を何度も考え──。

 

 

「あ、あんたねぇ! 嘘だったら承知しないんだからねっ!」

 

 

 恥ずかしそうに俺を家庭教師として認めてくれた。

 もう泣いてなどいない。

 弱気なんて微塵も感じさせなかった。

 赤猿姫の復活である。

 

 

「それとお嬢様なんて呼ばないでよ! エリスって呼ぶこと!」

 

「あ、はい。エリス」

 

 

 名前で呼ぶことを許された。

 可愛いところあるじゃねえか。

 

 やがて和やかなムードに食卓は包まれ、サウロスが酒の勢いでやたら俺にウザ絡みしたり、ヒルダも俺とエリスを順に膝に乗せてデザートを食べさせてきたりした。

 

 フィリップはそんな様子をニコニコしながら観察し、面白そうに笑い声を漏らす。

 

 ぎこちないながらも俺とエリスは打ち解けた。

 俺への嫉妬も忘れたのか、チラチラとこちらに熱い視線を送っては反らす。

 その繰り返しだ。

 

 形はどうあれ、楽しい食事会は幕を下ろした。

 

 

 

 

 そしてその晩、フィリップの私室にて、俺は呼び出しを受けていた。

 こっちも彼に用件があったのでちょうど良い。

 

 

「いやあ、私の想定を大きく超える結果を出してくれたね」

 

「またまたぁ、フィリップ様は、こうなる事を見越して食事の場を用意したんでしょう?」

 

「さぁ、どうかな。私にだって出来ないことはあるよ。しかしルーディア、君はそれをやってのけた。感謝しているのさ」

 

 

 この男、油断ならない。

 権謀術数に長けた人間だってことは昨日今日の2日間で、なんとなく感じている。

 どうやらボレアス家の次期当主争いにこそ敗北を喫したらしいが、その目はまだ野心を感じさせる。

 

 そんな鋭さが俺に刺さるのだ。

 それを俺は確かめたかった。

 

 

「あの子が何を悩み、何を欲していたのか。親である私でも聞き出せなくてね。しかしそれもルーディアのお陰で解決した」

 

「それはどうも」

 

「お、良いね、その素っ気ない態度は。ますます気に入ったよ。パウロには感謝しなければね。君のような出来の良い女の子を、我が家に送り出してくれたのだから」

 

 

 もう俺が何してもヨイショするんじゃなかろうか、この人は。

 

 

「ひとまずエリスの件は安心だ。今後は家庭教師の仕事を頑張りたまえ」

 

「承りました、フィリップ様」

 

「おっと、給金の話がまだだったね」

 

 

 そう言って彼が提示した額は、月に金貨2枚という破格だった。

 

 

「え、そんなに貰って良いんですか!」

 

 

 金貨1枚が日本円換算で10万円。

 それが2枚だから20万円だ。

 

 そして俺の衣食住は丸ごとボレアス家によって提供されるので、丸々20万円相当を小遣いとして使えるのだ。

 聞けば剣王という肩書きを持ち、剣術指南兼護衛という立場のギレーヌと同額なのだとか。

 

 普通、俺のような実績の無いガキなんざ、銀貨2枚で十分なんだけどな。

 ちなみに銀貨1枚が1万円相当だ。

 

 

「それくらい君を買っているのさ。働き次第では昇給と賞与も考えている」

 

「ははぁー、フィリップ様、万歳!」

 

 

 床に膝をついてフィリップを崇め奉る。

 土下座に近い格好だ。

 

 

「君の給金が高いのは将来性を見込んでだよ。エリスの教育は最後までやり遂げる事は前提としている。それとは別に君のその先についての話だ」

 

「つまり私が、ボレアス家を出た後の話でしょうか?」

 

 

 恩でも売りたいのだろうか?

 俺の身辺調査は済ませてあるだろう。

 最近、水王になったロキシーの弟子であることは、周知の事実だろうし。

 

 無詠唱魔術や特殊な治癒魔術だって使える。

 大成が見込める俺に先行投資ってわけだ。

 

 

「ルーディアは必ず歴史に名を残す魔術師になるだろう。そうなればアスラ王国に留まらず、他国からの干渉もあり得るだろうね」

 

「なので今の内に囲っておくと?」

 

「そうさ。それに君にだってメリットはあるんだよ。ボレアス家はアスラ王国を代表する武官貴族。君を手に入れようと手段を選ばない連中だって警戒する」

 

「つまり、後ろ楯になってくれると?」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 

 なんかすげぇ事を聞いちゃった気がする。

 大人に振り回されるというのは、あまり気持ちの良い話ではない。

 

 

「私の案としてはね。君の父パウロをノトス家の当主にすげ替えること。その為には君の名声が役に立つはずさ」

 

「でも跡継ぎ問題がありますよね。私も下の子も女ですよ」

 

「なぁに、パウロとゼニスはまだ若い。その内、男子だって生まれるさ」

 

 

 楽観的な考えだが、現実味がある。

 しかしフィリップの目的が読めない。

 ボレアス家の人間が、俺やパウロに与する理由としては弱い。

 

 

「まだ話は終わっていないよ。私の考えとしては、パウロを当主としたノトス家の力を借りること。そして私自身がボレアス家の次期当主になることだ」

 

「あ、なるほど……」

 

 

 合点がいく。

 要するに俺やパウロの為ではなく、自分の為なのだ。

 なかなかに腹黒い男だよ。

 

 

「となると、次期国王を争う派閥も鞍替えするという事でしょうか?」

 

「察しが良いね。私としては現在、ノトス家が推す第二王女アリエル殿下の派閥に移籍したい」

 

 

 現ノトス家当主では不都合があるのだろうか?

 ピレモンの助力を得られないから、パウロを利用するってことか?

 

 

「君が男子なら、エリスをあてがって無理やりにでも私の陣営に取り込むところだったけどね」

 

「それは……」

 

 

 そんなのはエリスが可哀想だ。

 好きでも無い男と夫婦にならなきゃならんのは。

 

 

「でも君、女の子に興味があるんだろう? ギレーヌから聞いたよ。彼女に欲情したそうじゃないか」

 

「え……なんのことですかねぇ!」

 

「惚けなくても良いさ。かのアリエル殿下でさえ、そういう噂があるくらいだしね」

 

 

 ちくしょう、ギレーヌ!

 余計なことをペラペラと話しやがって!

 だが主には逆らえんか。

 

 

「君が求めるならエリスはくれてやっても良い。でも今のルーディアにその気は無いようだから、そうだね、3年後くらいにもう1度意思確認しようか」

 

 

 3年後と言えば、俺は10歳だ。

 節目ということで、心変わりを期待しているのだろう。

 3年もあれば俺はエリスに情が移るだろうしな。

 

 そんな具合に、難しい話は終わった。

 家庭教師の件もあるし、今は他の事は考えたくはない。

 

 地道にやりたいことを進めていこう。

 その日の晩は、あまり眠れなかった。

 フィリップの話のせいでもあったが、御神体(ロキシーのパンツ)を、実家の自室に忘れてきた事に気付いたからだ。

 

 

 

 

 翌日、執事のトーマスとやらに言われて、エリスと町へ社会見学に出掛ける事になった。

 何でもフィリップの指示だとか。

 

 で、目的地は商業エリアの市場である。

 お金の相場を調べ、使い方をエリスに教えて欲しいとのことだ。

 

 家庭教師としての初仕事である。

 腕が鳴るってもんだ。

 昇給目指していざ!

 

 なんて意気込んでいたが、護衛のはずのギレーヌが不在で不安である。

 出発前、トーマスが何やらギレーヌに声を掛けていたが、急用が出来たのだろう。

 

 というわけで俺とエリスの2人っきり。

 デートみたいなもんだ。

 

 

「ルーディア! あっちには何があるのかしら!」

 

「ちょ、勝手に先へ行かないでください!」

 

 

 制止するが彼女は何かに興味をそそられたのか、駆け出してしまう。

 油断も隙もあったもんじゃねぇやい。

 

 

「て、居ない!」

 

 

 人混みに紛れてエリスを見失ってしまう。

 こりゃいかん、俺の責任問題に発展する。

 いや、単純にエリスの身が心配だ。

 

 慌てて周囲へ視線を右往左往させると、意外と近くにエリスは居た。

 露店に興味津々なのか、商品を手に取って眺めていた。

 

 

「見つけましたよ、エリス! 勝手な行動は謹んでくださいね!」

 

「細かいことでうるさいわね! 私の行動にケチつけないでよ!」

 

「貴女を心配してのことです。エリスの身に何かあれば、サウロス様やフィリップ様に顔向け出来ません」

 

「仕方がないわね。少しだけ大人しくしてあげるわよ」

 

 

 ずっと大人しくしていてくれよ。

 しかし、エリスは何に興味を持ったのやら。

 手の中にある物に視線を落とす。

 小瓶に入ったカラフルな香水?

 

 

「へえ、エリスもこういった物に興味をお持ちになられるんですね」

 

「お母様が淑女は香水で殿方を魅了するのよ、って言ってたわ」

 

「意中の殿方がいらっしゃるので?」

 

「居ないわね。でもこういうのも付けてないと、お母様がうるさいのよ」

 

 

 まあ、母親として娘が恋愛に興味が無いとなれば、将来を危ぶむだろうさ。

 

 

「では、これを買いましょうか。お金ならそれなりに持たされています。奥様に見せて、安心させてあげましょう」

 

「そうね、買っておいて!」

 

 

 店主に声を掛けて会計を済ませる。

 ちなみに値段は金貨1枚。

 日本円で10万円と高額。

 庶民向けの商品ではなかったようで、かなり値の張る買い物だった。

 

 

「次は何を見ましょうか?」

 

「小腹が空いたから食べ物ね」

 

「ではそのように動きます」

 

 

 エリスの空腹を満たすために、食品を扱っていそうな屋台群へ飛び込む。

 香ばしい匂いが漂ってきた。

 

 

「あれにしましょう!」

 

「ちょっと! 走らないでください!」

 

 

 また突っ走るロケットのようなお転婆娘。

 制御が利かず誤射連発だ。

 着弾点の指定なんて不可能で、被害想定すら困難を極める。

 

 で、エリスのお目当ては、焼き串屋だ。

 目の前で煙を出しながら焼いていて、視覚と嗅覚とで食欲を刺激する。

 

 

「何本食べます?」

 

「2本ね」

 

「了解です」

 

 

 自分の分も含めて計4本を購入。

 1本当たり銅貨1枚、計4本で銅貨4枚の会計だ。

 日本円で400円でお買い得価格である。

 

 歩きながら焼き串を食べ、喉が乾いたので飲み水を購入。

 こちらはペットボトルサイズの500mlで、焼き串1本と同じく銅貨1枚の価格。

 2人分の購入なので銅貨2枚だ。

 

 

「そろそろお金の使い方を理解出来ましたか?」

 

「ええ、なんとかね」

 

 

 俺としても勉強になった部分がある。

 ブエナ村を出る前にリーリャからある程度の市場価格を教えてもらっていた。

 が、実際に自分で買い物をするのは、今日が初めてだったりする。

 

 やはり知識と経験の2つが揃ってこそ身になるんだな。

 魔術に通ずるものがある。

 無詠唱技能も同様に。

 

 

「少し休みましょう」

 

「ルーディアってば、もう歩き疲れたの?」

 

「体力作りくらいは実家でしてきたんですがね。エリスほどハードな訓練はしていないんですよ」

 

「ルーディアもギレーヌに鍛えて貰えば、すぐに体力がつくわよ!」

 

 

 なるほど、エリスの体力はギレーヌの鍛練由来のもの。

 これは俺自身の成長も期待出来そうだ。

 明日辺りから、エリスと共に訓練に参加させてもらおう。

 

 とりあえず休憩すべく、広場へ移動。

 ベンチがあったのでエリスと並んで腰を下ろした。

 

 

「ふぅ、この町って賑かですね。故郷じゃ、人混みすら稀でしたよ」

 

 

 祭りでも無ければ喧騒とは無縁の土地だった。

 その代わり、出発前のグレイラット家は賑かだったけどな。

 両親に侍女に妹たち。

 まだホームシックには早いが、会いたくなってきたわ。

 

 

「すごいでしょう! お父様が市場を改革して、人が集まるようになったのよ!」

 

「そうだったんですね。さすがはフィリップ様だ」

 

 

 改革前の市場がどれほどの有り様だったのかは知らないが、エリスが自慢げにしていることから、確かな成果が出たに違いない。

 実際に市場を歩いてみて活気を感じた。

 これぞ人の営みってな雰囲気だね。

 

 

「そういえば、エリスは読み書きをどこまで理解していらっしゃるのですか?」

 

「全然ね」

 

「全然ですか」

 

 

 こりゃ、当初の想定より難儀しそうだ。

 けどこれも試練として捉えれば苦にならない。

 平坦過ぎる人生ってのも張り合いが無いだろうし。

 

 

「算術も?」

 

「算術もよ!」

 

 

 じゃあ、この子はなんだったら出来るんだ?

 あぁ、剣術か。

 昨日は相手がギレーヌだから地べたに転がったが、おそらく彼女は年の割に剣術の腕は良い方だろう。

 

 まだ剣神流の初級との話だが、もうじき中級への昇格が見えているらしい。

 

 

「こほんっ、ではそろそろ休憩を終えましょうか」

 

「わかったわ!」

 

 

 咳払いしてから立ち上がる。

 待ってましたとばかりに、俺の手を引いて走り出すエリス。

 引きずられるように、2人して人混みへと突入。

 

 が、手を繋いでいたにも関わらず、人の密集率の高さによって、はぐれてしまった。

 なんだあの子は、迷子の達人かい?

 

 焦っても意味が無いので平常心を保ち、彼女の姿を目で捜す。

 んん?

 普通に見つからず、焦燥感に襲われた。

 

 俺に対しては多少は態度を改めたエリス。

 しかし、根本的な部分じゃ人間はそう簡単には変わらない。

 あの瞬間湯沸かし器のように不機嫌に怒り出す少女のことだ。

 放置していては各所でトラブルを起こしかねない。

 

 逆に言えば騒ぎになっている場所を探せば、発見への近道か。

 そういった判断で耳を研ぎ澄ませ、エリスの声──口論とやらを探る。

 

 

「ちょっと離しさいよ! 汚い手で触るんじゃないわよ!」

 

 

 よっしゃー、早速ヒットしたぞ!

 判断は正しかったようだ。

 

 市場から少し外れた路地裏。

 そこに捜し人の真っ赤な女の子が居た。

 口論の相手はお世辞にも清潔とは言い難い男たち2人組。

 喧嘩なのか定かではないが、仲裁に入らねば。

 

 

「エリス! どうされましたか!」

 

「あ、ルーディア! こいつらがいきなり私を路地裏に連れ込んできたの!」

 

「それは本当ですか?」

 

 

 エリスは腕を掴まれ暴れていた。

 男から逃れようと殴ったり蹴ったりを繰り返しているが、相手は物ともしない。

 

 目を凝らして見れば、男らの身体は良く鍛え上げられていて、厚い筋肉の鎧を身に纏っている。

 いかに暴力的なエリスと言えど、易々と殴り倒せないほどに屈強な男たちだ。

 

 そして腰には──剣の鞘。

 すなわち2人組の男たちは、ただの乱暴者というわけではなく流派は分からないが剣士だ。

 下手に機嫌を損ねれば、その場で斬られかねない。

 

 冷静に呼び掛けを試みる。

 俺は剣士にトラウマがあるんだよ。

 

 

「失礼、その子から手を離していただけないでしょうか?」

 

「なんだガキ。ボレアス家の娘の関係者か?」

 

「はい、そうですが。いまボレアス家がどうとかおっしゃいましたよね?」

 

 

 この男たち、エリスの素性を知った上で荒っぽい手に出ている?

 あのサウロスに敵対する行為。

 もしかしたらエリスを拐って人質にし、単純に身代金でも要求するつもりか。

 或いは、どこぞの貴族の手の者で、エリスを餌にボレアス家に害を与えようとしているのか。

 

 いずれにせよ、ただの喧嘩ではなかったのは明白。

 これは……覚悟して事に当たらなきゃだ。

 

 

「ちょうど良い。お前も変態貴族に高額で売り飛ばせそうだ。セットで売れば、色を付けて貰えるだろうぜ」

 

「やはり貴方たちは、人攫い!」

 

 

 嫌な予感が的中した。

 こんな時にギレーヌが居れば窮地なんて有って無いようなものなのに。

 だが、そのギレーヌは執事のトーマスに足止めを受けている。

 

 いや、あまりにタイミングが良すぎやしないか?

 トーマスって奴もグルだったりしない?

 

 今は別事を考えるな!

 

 目の前のエリスを救出することだけに専念するんだ。

 幸い奴らは、俺の素性までは知らないらしい。

 剣士に通じるか分からんが、無詠唱魔術で不意討ちを狙う。

 

 そしてしまいには剣を取り出した男目掛けて『昏睡(デッドスリープ)』を撃ち込むが、剣先で軌道を反らされた。

 

 くそっ、ダメ元とはいえ、こうもあっさりと防がれちゃ自信を失くすぜ。

 パウロやギレーヌ以外の剣士が嫌いになりそうだ。

 

 

「おいガキ、お前魔術師か。これは思わぬ拾い物だ。高く売れるに違いねぇ」

 

 

 どうやら俺に付加価値を見出だしたのか、金目の物扱いをしてきやがった。

 虫酸が走るが、取り乱すなよ、俺!

 

 続いて、水と土の混合魔術で男の足元に泥濘(ぬかるみ)を発生させる。

 不意討ち成功!

 バランスを崩した男はエリスを掴んでいた手を離す。

 

 

「エリス! 走って!」

 

「うん!」

 

 

 エリスに声を掛け、誘拐犯たちから距離を取らせる。

 が、手持ち無沙汰であったもう1人の男が、エリスの長い髪の毛を乱暴に掴んで逃亡を阻止した。

 

 ちっ、マズッたか!

 

 すかさず中級風魔術『真空波(ソニックブーム)』を、エリスを拘束する男の腕に飛ばす。

 フレンドリーファイアーに細心の注意を払ってだ。

 

 男の腕を切り落とし、再びエリスを解放する事に成功。

 よし、俺はいまちゃんと戦えてる!

 

 油断したわけじゃないが、勝ち筋が見えてきた。

 別に倒さなくともエリスを連れて人混みに消えれば、追ってはこれまい。

 逃げに徹することも視野に入れ始めたその時だった。

 

 

「ルーディア! 後ろ!」

 

「え……?」

 

 

 エリスが指を差して叫ぶ。

 振り返ろうとするも──。

 

 ガンッ、嫌な音がして後頭部に衝撃を受ける。

 くそっ、仲間が他に……居た?

 目の前の敵に集中して背後への警戒を怠っていた……。

 

 やがて俺の意識は遠退く。

 ほくそ笑む人攫い達の顔を視界に収め、エリスが取り押さえられる姿を最後に気絶した──。

 

 人生2度目の誘拐被害である──。

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