無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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1話 魔術の鍛練

 2歳を迎え、足腰の成長も滞りない。

 走る事も容易となった頃。

 ひとつステップアップすることにした。

 

 母が見せてくれたような魔術の習得だ。

 たしかヒーリングとかいう魔術だったか。

 明らかに医療技術の低い世界だ。

 習得する魔術としては、治癒魔術を最優先すべきだろう。

 

 擦り傷程度ならともかく、こんな世界で骨折とかしてしまったら治癒までにどれほどの時間を要するものか。

 

 というわけで書斎にある魔術教本から知識を得る。

 内容としては初級、中級、上級の攻撃魔術について記されていた。

 

 あれ? 肝心の治癒魔術に関してはノータッチかよ。いきなり壁にぶち当たったしまった。

 直接、母親(ゼニス)に指導してもらうしかない。

 

 やむを得ない、手始めに攻撃魔術の習得を目標に立てる。

 ともあれ、もっと年齢を重ねたら、当初の方針通りに治癒魔術の習得に専念しよう。

 

 どうやらゼニスは村の診療所で働いているらしいし、愛娘が自分と同じ仕事をしたいと言えば喜んで教えてくれるはず。

 親に憧れる子どもという構図である。

 

 ああ、あと魔術の練習は家族の前では行わない方向でいくつもりだ。

 もしかしたらこの世界の魔術とやらは、未成年者の使用を禁じられているかもしれない。

 

 英国の某魔法使いの少年が主人公の小説のごとく。

 

 現代日本における自動車の運転と似た立ち位置で、免許制という線も有る。

 どんな物でも使い方によっては、危険性を孕むものだ。

 

 そうでなくも、まだ身体の出来上がっていない子どもには、魔術がどんな悪影響を及ぼすのか皆目検討もつかない。

 

 しかし、ここで止まるつもりはない。

 何事も始めるタイミングは早い方が望ましい。コツコツと努力を積み重ねていきたい。

 あくまでも慎重にだが。

 

 さて、魔術教本を読み進めていく中で理解した事が幾つかある。

 まず魔術を使うには魔力が必要だ。ファンタジー世界の例に漏れない常識ってやつ。

 

 ゼニスが治癒魔術を使っていたところを鑑みると、俺の身体にも魔力は備わっているはずだ。

 親父の方は知らんが。

 

 そして魔術を発動する方法は大雑把に分けて二つ。

 詠唱か魔方陣。

 これから学ぶ方式としては、詠唱によるものを選択する。

 

 魔術教本には魔方陣について載っていたが、複雑な形状の線を引く必要がある。

 それと魔方陣を描くある程度のスペースも。

 

 大掛かりな準備が必要そうなので今回は見送りだ。

 現状、詠唱魔術一択ってわけだ。

 

 そういや、ゼニスは治癒魔術を発動させる際に詠唱していたっけ。

 好奇心旺盛ゆえに家中を走り回っては頻繁に転ぶ俺。

 

 生傷も絶えないことから、ゼニスの治癒魔術には日常的に世話になっている。

 

 俺自身が治癒魔術を使ったわけではないが、体内に流れ込む魔力の感覚は何度も感じた。

 

 詠唱文だって暗記したし、空で唱えられる。

 そんな自信があった。

 試したことはないけど。

 

 本題に入る。魔術教本の入門編の中でも、一番簡単そうな魔術を選ぶ。

 

 水魔術のウォーターボール――。

 

 名前からして水を生み出すのだろう。

 この世界は現代世界と違って文明そのものの水準が低い。

 安全な飲み水を確保出来るという点では、習得して損はない。

 

 まずは詠唱とやらをしてみよう。

 教本の読み込みが足りず、原理はまだ理解していないが、物は試し。教本を片手に、単純に詠唱文を言葉でなぞる。

 

 

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん――」

 

 

 まず一文目は淀みなく唱え終える。この調子で進行していく。

 

 

「清涼なるせせらぎの流れを今ここに――」

 

 

 うん、初級魔術とはいえ詠唱には、そこそこ時間が掛かってしまう。

 仮に剣士であるパウロと模擬戦に挑んだとしても、攻撃する間もなく斬り伏せられそうだ。

 

 さて詠唱も大詰め――。

 

 

「ウォーターボール!」

 

 

 最後は気合いを入れて叫ぶように言いはなった。

 直後、突き出した右腕から手の平に掛けて、妙な感覚を知覚する。

 

 表現するとしたら身体中の血液が手の平に集束していくような感覚。

 視線を向けると、こぶし程の大きさの水弾がフヨフヨと浮かんでいた。

 

 

「マジかっ!」

 

 

 思わず感嘆の声が漏れる。

 まさか夢にまで見た魔術を、この手で再現できようとは。

 神様になった気分だ。

 

 と、気を散らした瞬間、水弾は支えを失ったかのように床へと落ちた。

 ポチャンッという音と共に水溜まりが生まれる。やべ、早く処理しないと。

 

 部屋の片隅に畳んで置かれていたベッドのシーツで、ゴシゴシと水気を拭き取る。

 うむ、水量が多くて吸いきれないか。

 

 どう対応すべきか思案する。

 が、ここで一つドジを踏む。

 シーツに足を取られて転倒してしまったのだ。

 

 ゴンッ、と頭をぶつける音。鈍い痛みに襲われる。

 とんだアクシデントだよ。

 

 

「ぐえっ! い、いてえっ!」

 

 

 頭を抱え込んで床をゴロゴロと行ったり来たり。

 当然ながら、そんな動きでは痛みは紛れない。

 しかし、どうにかして痛みを取り除こうと奮闘し、苦し紛れに治癒魔術をイメージする。

 

 詠唱など唱えている余裕は無いのだ。

 ゆえに体内を流れる魔力と、神秘的な光が患部を包み込むような光景を頭の中に浮かべた。

 

 右手を頭に添えてみる。

 すると、どうしたことか。

 あれほど転げ回っていた痛みは瞬時に消え失せ、俺の意識は明瞭になっていた。

 

 

「あれ? 今のって……」

 

 

 詠唱をすっ飛ばしたのに不備なく治癒魔術が発動した。

 すなわち無詠唱。

 詠唱破棄と言い換えれば漫画やラノベみたいで中二病心をくすぐられる。

 

 ただし、無詠唱が出来た理由に、ひとつだけ心当たりがある。

 治癒魔術を日常的にゼニスから受けていた俺は、たぶん無意識に魔力の流れを熟知していた。

 身体に残る感覚のみで魔力の流れを再現し、治癒魔術を発動出来たんだろう。

 

 それでも自分への驚きは隠せない。

 

 もしかして俺って魔術の才能がある?

 それも治癒魔術に特化しているのかも。

 ゼニスの得意系統でもあるし、遺伝したと考えるのが妥当だろう。

 

 まさか魔術の特訓一日目にしてここまでの成果を挙げられるとは。

 異世界生活も意外とチョロいもんだ。

 

 ……おっと、いかん。生前を思い返せ?

 

 前世では、人より多少はパソコンの知識があるからって調子に乗った。

 その成れの果てが向上心を失くして怠惰に生きるニート。

 

 1度躓いただけでこれ以上の伸びは無いと諦めたのは誰だよ。

 俺自身だろ?

 

 同じ轍は踏まない。

 ひたすら練習しよう。

 余計なことは考えるな。

 努力のみが成長への近道である。

 

 それに今の治癒魔術だって所詮は見よう見まね。

 無詠唱=成功ではない。

 何かしら効力として足りない部分があるかもだ。

 

 基礎についてはいずれゼニスから学ぶとしよう。

 

 

 というわけで練習を再開。

 次は水弾(ウォーターボール)を繰り返し発動させる。

 それも無詠唱で。床にこぼさない様に、今度は窓から外へと向けて。

 

 1発撃ってみる。

 よし出来た。無詠唱魔術を身に付けたと言っても過言ではない。

 

 

 更にもう1発――。

 

 ん? 急に疲労感が出てきた。

 もしやMP切れってやつ?

 

 教本によると、生まれ持った魔力量は大きくは変化しないそうだ。

 だとしたら俺の魔力量って初級魔術数発で尽きるくらい少ないってことになる。

 

 残念だ。やはり調子に乗るべきではないのだ。

 分相応に生きよう。

 卑屈になった俺は、疲労感に身を任せる。

 気絶する寸前、ついでとばかりに、水弾を最後に1発だけ放っておいた。

 

 着弾点は分からない。もうどうにでもなれだ。

 

 

 

 

 

 目を覚ました時には大惨事になっていた。

 というのは子ども目線での話。

 どうも最後に放った水弾は、運悪く仰向けに眠る俺の下半身に落下したようだ。

 

 ずぶ濡れになったおパンツ。

 眠っていた俺を発見したゼニスとリーリャは短絡的にも、俺が寝小便したのだと判断する。

 

 いや、いいけどね? まだ2歳だし、おねしょくらいは許される。

 幼女の粗相だと思えば、むしろ愛嬌が有って良いじゃないか。

 

 恥こそ掻いたが、収穫は有った。

 水魔術と治癒魔術の無詠唱での発動。成果に不足無し。

 

 魔力量に関しては不満が残るが、せめて咄嗟に魔術を発動出来るくらいにはなろう。

 護身術的な意味合いで。

 

 翌日以降も魔術の練習を続ける。

 そこですぐに気付いた。

 水弾の弾数が少しだけ増えていたのだ。

 具体的には5~6発ほど。頑張れば10発はいけそうだ。

 

 また気絶するとマズイので控えておく。

 けれどこれで理解する。

 俺、魔力量が増えてんじゃん。

 

 まだ検証が必要だろうけど、ひとつの仮説が立つ。

 

 どうやら潜在的な魔力量というのは、成長期に鍛えれば鍛えるほど、伸びていくのかもしれない。

 それもまだ生物としては弱い幼年期に限って。

 このペースでの成長的に十分あり得そうである。

 

 これは俺の推測にしか過ぎないが、この世界の人間は魔術を鍛え始めるのが遅いのだろう。

 

 通常、物心がつく6歳頃から学び始め、しかし長い詠唱を終えなければ魔術を発動出来ない。

 

 時間的及び気力的な事情から魔力を使い切るまでの数をこなせず、伸び代を潰している。

 おそらくは正解だ。

 

 俺自身について考えてみる。

 前世の記憶を持つ俺は、生まれつき物心がついている。

 だから魔術の練習だって自発的にするし、意識して魔力を使い切ろうとする。

 

 まさに俺にだけ許された抜け道。

 卑怯な気もするが、神様からのギフトとして受け取っておこう。

 まあ俺は無神論者だけどな。

 

 そして連日に渡って魔術を使い続けた。

 たちまち水弾の弾数は増加し、今や30発を超える。

 

 ただし上達しない点がある。

 ウォーターボールの効果としては、前方へと射出する筈なのだが……。

 なかなか前へと飛んでいってくれない。

 

 さすがにへこむ。

 何が悪いのかわからん。

 でも止めない。諦めるにはまだ早いだろう。

 

 食事中以外は魔術教本を片時も離さずに読み込み、自分のやり方に間違いが無いかを探り続ける。

 試行錯誤していく内に2ヶ月が経過。

 

 そこまで粘ってようやく実りがあった。

 詠唱有りでも無詠唱でも、水弾を飛ばすことが出来たのだ。

 

 人生で最も長くひとつのことに心血を注いだ気がする。

 これまで望んでも何も得られなかっただけに、より一層感動が際立つ。

 

 ふむ、魔術の詠唱の仕組みとやらが見えてきたぞ。

 

 詠唱とは、発動までの流れを自動化してくれる機能だ。

 そして魔術の種類の選別や形づくりを自動でやってくれる。

 

 詠唱による『生成』から始まり、魔力による『サイズ設定』、『射出速度設定』、そして『発動』とくる。

 

 この内、術者が関与する部分はサイズ設定と射出速度設定。

 

 この仕組みを、俺がやり続けていた無詠唱に置き換えてみる。

 全行程を手動で行う必要が生まれるが自由度は高い。

 

 これまで俺は魔力を込めるだけ込めてサイズ設定の部分にだけ力を入れていた。

 つまり射出速度が未設定だから飛ばなかったらしい。

 

 未解明部分が明かされればあとは容易い。

 サイズ設定だけでなく射出速度に魔力を回してみた。

 

 その際、詠唱では設定が固定されるところ、無詠唱ならば任意に設定に弄れる。

 

 慣れさえすれば詠唱するよりも無詠唱で魔術を発動した方が何秒も早くなるだろう。

 無詠唱のメリットを強く実感した。

 

 生成の部分でも無詠唱なら調整が効く。水弾を氷弾に変化させたり。

 突き詰めれば無詠唱魔術とは想像力の具現化。

 と言うのはさすがに誇張が過ぎるか。

 

 なんにせよ俺は、魔術師としての道を大きく前進した。

 これに慢心することなく継続していきたい。

 

 そうして、他の属性の攻撃魔術を勉強しつつ、魔力量を伸ばす鍛練を毎日続けていった。

 

 

 

 

 見習い魔術師としてある程度形になってきた頃には3歳を迎えていた。

 

 生まれ変わってから3年……。

 長いようで短い日々だ。幼女ボディも様になってきたのを実感する。

 

 姿見で我が肉体を凝視する。

 なるほど、幼くはあれど母親(ゼニス)と瓜二つ。 

 胸はまっ平らだが、将来は有望。

 

 もっとも、女としては明るい未来でも、男の自尊心が年々削られてゆく。

 葛藤とは切っても切り離せない。

 

 とはいえだ、どう足掻こうと性別なんて変えられない。

 だったら有意義な生き方をしようじゃないか。

 空元気風味に張り切り出す。

 

 試しに姿見の前でセクシーポーズを取ってみる。

 グラビアアイドルがやるような際どいやつ。ウッフーン! とか言ってみる。

 

 ふむ、色気は無いが、幼い女の子が必死に背伸びしている姿が鏡面に映し出されている。

 これはこれで可愛らしい。

 頭、撫でてもいいですか?

 

 ぐふふ、ルディちゃん超プリティー!

 

 なんて風にバカな真似をしていると、部屋の外からリーリャが可哀想な子を見る目で、俺を見ていた。

 

 

「あ……、違うんです! リーリャさん!」

 

 

 取り繕おうとするも――。

 

 

「いえ、お嬢様。お可愛いですよ」

 

 

 言い訳は通用しない。

 しかし彼女は雇い主の娘に恥を掻かせまいと気を遣ってくれている。

 

 

「うう……。母さまたちにはナイショですよ?」

 

「承知しております、お嬢様」

 

 

 顔が熱くなるのを感じる。

 鏡で確認すると、トマトのように赤く熟れた顔。

 ふむふむ、第三者目線であれば非常に萌える。

 

 

 

 

 そんなやり取りもありつつ、ある日の昼下がり。

 居間から庭先で剣を振り回すパウロを眺める。

 20歳を過ぎてガキ臭さの消えた父親(パウロ)は、立派な青年だ。

 

 たしか俺の生まれた頃、彼は19歳で現在は22歳か。日本基準なら大学4年生である。

 

 一方でゼニス。彼女は俺を17歳で出産していた。

 外見から漠然と若いと思っていたが、出産当時は未成年だったのか……。

 

 夫婦の年齢からして学生結婚みたいなものだ。

 (もっと)も、この世界の成人年齢は15歳。

 結婚適齢期にドンピシャということで世間的には問題ない。

 

 やはり未成熟な文明ほど、人間は若くして子を生み育むのだろう。

 もしや俺も15歳を過ぎた頃に、お見合いでもさせられるのか?

 

 それは全力で拒否りたい。

 野郎とまぐわって子を孕むなんて寒気がする。

 なぜ男に生まれなかったのか……。

 

 いや、よそう。

 この考えはパウロとゼニスに対して侮辱に等しい。

 彼らにとって初めての子どもなのだ。

 男女の違いで不満こそ漏らしても、否定までするのは間違いだ。

 

 さて、話を戻そう。

 華麗な剣裁きを披露するパウロは、どうやら()に父親の威厳だとか、カッコ良さを見せつけているつもりらしい。

 

 見え透いた本心に笑ってしまう。

 

 お、いまパウロのやつ野性的な笑みを浮かべ、歯をキランとさせていた。

 しかしDQN顔なのでマイナス100点の評価を下す。

 

 だがそんな間抜けな行為が祟ったのだろう。

 鞘に剣を納めようとした際に手を滑らせて、取り落とす。

 落下した剣先はパウロの足の甲に触れてしまい、グサリッと、刺さってしまった。

 

 これにはパウロの奴も不意を打たれたというのか、その場で尻餅をつく。

 

 てか、ヤバくないか? 刃物が刺さるなんて冷静に考えて大怪我だ。

 

 

「すまん、ルディ。母さんを呼んできてくれ!」

 

「は、はい!」

 

 

 と、家の中でリーリャと共に家事をしているであろうゼニスを呼ぼうかと声を出しかける。

 が、思い出す。今日に限ってゼニスは急患が出たということで、村の診療所に引張りだされていると。

 

 困ったな。

 今から呼びに行ったんじゃ、俺の小さな身体じゃ小一時間は掛かりそうだ。

 

 リーリャを頼るか?

 いや、彼女も食料の買い出しで不在だ。

 ゼニス同様、呼びに行くには時間が掛かる。

 

 いやいや、それ以前の問題がある。

 

 怖いんだよ、外に出るのが――。

 

 父親の窮地だってのに足がすくむ。

 敷地内である庭くらいであれば、まだ足を踏み出せる。

 現にいま、パウロのそばへ駆け寄っていた。

 

 

「しまったな。いま、母さんは診療所か。まだ小さなルディに診療所まで走らせるわけにもいかんしな」

 

「ごめんなさい、父さま……」

 

「気にすんな、父さんがバカだったせいだよ」

 

 

 痛いだろうにニッと、歯を剥いて笑う。

 娘に心配を掛けまいと強がっている。

 さしもの俺も申し訳なさで脳内一色だ。

 

 どうすれば良い? 何をすれば正解だ?

 

 自問自答などしても埒が明かない。

 

 だって外の世界に出られるわけがないだろ?

 

 俺にとっての世界はグレイラット家の邸宅で完結しているんだ。

 パウロが怪我をしているのは頭ではわかっている。

 しかしそれでも、手足が震え心臓がキュウッと締め付けられる。

 

 何も考えられない。

 何も見たくない。

 身勝手な感情が縛り付けてきやがる。

 

 でもやっぱり何かしなきゃいけないと思って――。

 

 

「ヒーリング――……」

 

 

 怪我の患部へと手を添え、治療を試みる。

 

 そうだ、俺には魔術がある。

 なぜ忘れていたのか……。

 

 無詠唱での発動ゆえに、ノータイムで治癒していく。

 その光景をパウロは、虚を突かれたように凝視していた。

 

 やがて傷口は塞がり、跡ひとつ残さず完治する。

 ホッとした。

 基礎もろくに身に付いていない咄嗟の治癒魔術が効いたことに。

 

 

「ル、ルディ?」

 

 

 パウロが俺の名を呼ぶ。

 なんだよ、急に。

 

 

「お前、魔術が使えるのか? それも無詠唱?」

 

「はい、そうですけど……。もしかしてまだ痛みます?」

 

「いや、痛みはねえよ。完璧に治ってる。ルディのお陰だ」

 

 

 あ、失念していた。

 未成年者の魔術の使用の実体を確認せずに、不用意に使っちまったよ。

 これは不味い状況なのか?

 

 

「ごめんなさい……」

 

「どうして謝る? 父さんはルディに感謝してるんだぞ」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「もちろんだとも。どこで学んだかは知らんが、母さん顔負けの治癒魔術だったよ。いや無詠唱な分、母さん以上か?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 杞憂だったようだ。

 魔術の使用に年齢は関係ないらしい。

 

 

「母さまの見よう見まねでやってみました。(つたな)い腕かもしれませんけど、お怪我が治ったのなら良かった」

 

「マジか! 誰にも教わらずに見ただけで?」

 

「もしかしてダメですか?」

 

「ダメなわけないぜ。むしろ親として誇らしい!」

 

 

 歓喜の声を挙げながら、パウロは俺を抱き寄せる。

 逞しい腕による抱擁。

 ちくしょう、男に抱き締められてるってのに心地好いじゃねえか……。

 

 この温もりの正体がわからん。

 ハッキリとしないが……、この感覚、最高かよ!

 

 親に褒められたのはどれくらいぶりだったか。

 前世の所業からすれば、親に何もしてやれなかった。

 むしろ心労ばかり掛けて、親孝行とは正反対のことばかりしてきた。

 

 だから俺はずっと心残りだった。

 もう前世の両親には返せない恩。

 

 しかし代わりと言っては失礼だが、今世の親であるパウロには子として、こうやって親孝行をしてやれたのだ。

 

 その充足感が全身を包み込む。

 笑みが顔に貼り付いて取れんわ。

 

 

「やっぱり親子だな。笑ってると母さんそっくりだ」

 

「はい、私は母さまみたいに美人ですからね」

 

「こいつぅ、調子に乗るなあ!」

 

 

 コツンと、額を小突かれる。

 でもパウロも笑っていた。

 俺も笑っている。

 

 おいおい、なんだよ!

 この和気あいあいとした親子の団欒(だんらん)

 

 

「よし! 後で母さんにも教えてやろうぜ! うちの娘は天才だってなあ!」

 

「天才だなんて、そんな……」

 

 

 いかん、いまの俺、笑顔が止まらない。

 我ながら、だらしないぞ。

 柄でもない、しかし悪くない気持ちだ。

 

 散々、挫折してきた人生。

 ようやく報われた気がした。

 まだ判断するには早いだろう。

 けれど、この人の子に生まれてきて良かったと心底思うのだ。

 

 テンションの上がった男は幼女を肩車する。

 そして庭中を走り回る父娘が、そこには居た。

 

 はい、俺とパウロです。




ちなみに原作のルディは、治癒魔術を無詠唱では発動出来ません。
性別と環境の違いによる、魔術の資質の変化です。
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