無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~ 作:三毛猫丸
─シーローン王国宮廷にて──
アレはなんだ?
シーローン王国にて、第七王子パックス・シーローンの家庭教師を務める青き少女は、疑問の解明に思考を巡らせる。
が、見ただけでその現象の正体を突き止めるには至らない。
ただ疑問を強めるだけに過ぎず、ロキシー・ミグルディアは不安の中で、愛弟子の身を案じる。
ルーディアなら大丈夫、きっと。
根拠の無い確信で、自身の懸念を押し潰す。
しかし……何かあってからでは遅い。
であれば、己が足で調査に赴くべきか。
そう判断を下したロキシーは、シーローン王国第七王子に見切りをつけ、足早に去っていった。
「ルディ、待っていてくださいよ……」
─赤竜山脈にて─
彼の者は最強と謳われし百代目『龍神』オルステッド。
西の空の異変は、
これまでの世界には存在し得ぬ事象。
前触れなど無かったはず……。
「この目で確かめる他にあるまい……」
赤竜を葬りながら、最強の名を冠する只人ならざる者は行く……。
─
『甲龍王』ペルギウスの目に映るは、北の空の異変。
実害を想定される災害を予見する。
であれば配下に調査を命ずる。
「アルマンフィ、怪しき者は即刻葬れ」
「御意に……」
─剣の聖地にて─
「おいおい、ありゃなんだぁ?」
『剣神』ガル・ファリオンは南の空に目を釘付けにされる。
直弟子らの相手をしながら、この頃送り出したばかりの剣王を想う。
「パウロのヤツ、死なねぇだろうな?」
─魔大陸のどこか─
「おお! けったいなモンもおるもんじゃ!」
東の空を見上げるは『魔界大帝』キシリカ・キシリスその人。
かつては魔族の将として軍勢を率いたが、現在は幼女。
空の異変は魔大陸からならば西方に位置するが、当人の所持する魔眼に掛かれば、方角など考慮する必要なし。
「見えん! 妾の魔眼を逃れるとは、バーディみたいなヤツじゃな! ファーハハハ!」
─同時刻・ルーディア視点─
これから行われるのは、エリスよりプレゼントされた新たな杖『
親に恥をかかせないよう、全身全霊で挑むところ。
詠唱はバッチリ暗記済み。
何なら無詠唱でも発動可能だが、今回は雰囲気を重視して、きちんと詠唱で発動するつもりだ。
さて見物客の紹介だ。
まずはブエナ村のグレイラット一家から。
家長のパウロ、正妻ゼニス、側室リーリャ、次女ノルン、三女アイシャだ。
続いてボレアス家から。
領主サウロス、ロア町長フィリップ、町長夫人ヒルダ、令嬢エリス、食客ギレーヌだ。
みんなをアッと言わせる、とびきりのデカいヤツを見せつけてやろう。
と、その前に試運転。
基本スペックを知ることは重要だ。
いきなり魔力制御を誤って破損とか、エリスに顔向け来ん。
見物客の皆さんをお待たせして大変申し訳ない。
だが念には念を入れてだ。
手抜かりにならぬよう、加減を身体に覚えさせる。
消費魔力を維持して魔術攻撃の威力を上げる。
あるいは、消費魔力を抑えて通常威力の攻撃魔術を発動。
細かい制御を要するが、慣れさえすればコイツは戦闘に重宝しそうだ。
ゲームの序盤で最強武器を手に入れたかのような全能感。
精々、力に振り回されない様に制御に努めよう。
「良いですねぇ、これは。使いようによっては、王級規模の水魔術だっていけますよ。エリスは見る目があります」
「ホントに!」
金に物を言わせて高価な素材を用いたのだろう。
だがそこには真心も込められているはず。
その割には昨晩、服を破られたまま放置されたが。
「さあ、お立ち会いっ! 此れより御見せしますは一世一代の大舞台! 皆様の目に奇跡というものをご覧に入れましょう!」
ハイテンションで始めた口上に対し、ノリの良い反応を示したのは、エリス、ノルン、アイシャの子ども組。
拍手と共に目を輝かせて杖を持つ俺を注視していた。
大人組は、かろうじてゼニスとギレーヌが微笑を浮かべる程度か。
いや、ゼニスは足をバタつかせてその場でステップ擬き、ギレーヌの尻尾もユラユラと左右に揺れていた。
見た目以上に内心では、盛り上がっているとお見受けする。
天へと杖の先を向けて数節の詠唱を唱える。
魔力の集う瞬間を知覚し、全身で制御する。
キュムロニンバスが完成するまで、あと十数秒を待つばかり。
「え……?」
途端に、膨大な魔力による妨害を察知する。
とても人為的とは思えぬ圧力。
俺が注いだハズの魔力が何かに消費されるような感覚。
雨雲が散らされない様に抵抗を試みる。
ダメだ、押し切られそうだ。
誰もが天を仰ぐ。
禍々しい異色の天空。
まるで世紀末に恐怖の大王が降り立つのではと、錯覚さえ起こす。
大規模な異変は皆に恐怖を与える。
等しく不安を被り、されど眼を離せない。
眼を逸らせば、即座に食い殺されかねない死の香り。
「む、アレはなんて高圧的な魔力だ……。これは不味い」
ギレーヌが右目の眼帯をズラし、空の色味を視認する。
その上で、異質な魔力の存在を認めた。
「フィリップ様、これ、ヤバいですよ。早く町の人たちを避難誘導しないと」
「あぁ、そうするよ。父上、同伴を願います。貴方の声の方が町民に響きやすい」
「心得ておる。ゆくぞ、フィリップ!」
後にはヒルダも続いた。
「ノルン、お母さんと一緒に居なさい!」
「うん……」
ゼニスがノルンを抱き抱える。
「アイシャ、何が来るのか分からないので備えて」
「うん、母さん!」
リーリャはアイシャの肩を抱く。
そして、俺、エリス、パウロ、ギレーヌは変わらず、空の異変と対峙する。
やがて数秒後の訪れに、事態が急変する。
「危ねぇ、ルディっ……!」
パウロに抱き寄せられる。
先ほどまで俺の身体の在った空間に風切り音が鳴った。
視界に映ってはいない、何らかの存在が俺の命を刈り取ろうとしていた。
狙われる理由に心当たりなど無いというのに。
数度、大気中を駆けずり回ったソレは、地面へと直立していた。
キツネの面を着け制服のような白装束の男。
細身だが、決して軟弱な印象を持たせない鋭さと冷たさ。
金髪のそいつは、おそらくは人外。
殺しきれなかった俺を睨んでいる様にも感じる。
その視線は真っ直ぐと俺を狙い続けていた。
「何者だ、てめぇは! 人の娘に手を出すなんざ、どういう了見だ!」
「さて、それは戦って聞き出すと良い」
「そうさせてもらおうかっ! ギレーヌ! 俺に合わせろ!」
「言われずともっ!」
2人の剣王が仮面の男へ殺気と共に、剣先を向ける。
両者構えた光の太刀──。
挟み撃ちにされた仮面の男は、瞬きの合間に、立ち位置を変えていた。
不発に終わる光の太刀。
が、不発のはずの太刀筋は、軌道を反転させて敵の首を互い違いの方向から挟み込む。
いや、アイツ、避けやがった!
転々と居場所を変える男は、手に掴む剣を軽やかに振るう。
直後、光の尾が空間に走る。
縦横無尽に宙を舞い、急降下。
標的は俺のようだが──。
「遅せぇ、軌道が丸見えなんだよっ!」
パウロの剣が、光速化した仮面の男を押し留める。
力勝負ではパウロに軍配が上がり、弾き返す。
着地の瞬間をギレーヌは逃さない。
彼女が獣の如く咆哮を飛ばす。
仮面の男は直撃を受け、両腕で顔を庇う。
「隙だらけだ、間抜けっ!」
パウロの一太刀。
がら空きの胴に触れた瞬間、またもや瞬間移動。
回避される事も想定の内なのか、パウロは着地地点に先回りし、再度、胴へと刃先を薙ぐ。
斬りつけられた男の体表からは血は流れない。
代わりに光の粒が流出し始める。
本で読んだことがある。
彼はきっと使い魔という存在に違いない。
痛みに喘ぐ事もなく、粛々と傷口を撫で上げると、光の粒子の流出は止まる。
「不気味な野郎だっ! 身のこなしは剣聖程度だってのに、珍妙な移動能力でこっちの認識を狂わされる」
「パウロ。ヤツはもしや、ペルギウスの」
「だろうな、察しがついたぜ」
パウロとギレーヌの間では、敵の正体に行き着いたらしい。
光の速度で世界を駆ける存在とあれば、2つと無い。
そう言わんばかりに、警戒を強めていた。
「剣王2人を相手取るともなれば、さすがに分が悪い。だが、我とて退けぬ」
仮面の男は自らの不利を悟りながらも、パウロたちへと光の筋となって強襲する。
カウンターを目論む2人だが、敵さんも想定済なのか、急ブレーキからの反転を幾度も繰り返す。
ここまで人間離れした挙動を目の当たりすれば、俺にだって理解が及ぶ。
仮面の男の正体とは──光輝のアルマンフィ。
英雄ペルギウスの配下の1人。
おとぎ話の存在がどうして俺を狙うってんだ?
パウロとギレーヌが居なきゃ、俺なんかとっくに死んでる。
薄ら寒いね。
「この異変を止めに来た次第。ペルギウス様の命により、そこの娘を処分しに参った」
「あぁ? てめぇには、オレの可愛い娘が悪さしてる風に見えてんのか!?」
「あの空とあたしらは関係ない。たまたま居合わせただけだ」
憤慨するパウロと弁明するギレーヌ。
アルマンフィとやらは、一応は耳を傾けているようだが、その動向に注目せざるを得ない。
「潔白を証明出来るのか? でなければ処断は免れぬ」
「潔白も何も言い掛かりだろうが。てめえの方こそ、怪しいんだよ」
パウロの意見はもっともだ。
あんな襲撃をされちゃ、堪ったものじゃない。
妹たちだって怖がってる。
「埒が明かんな。パウロ、ここらで一気に方を付けるぞ」
「あぁ、ペルギウスの手下だか何だか知らねぇが、生かしておいたら、また娘を狙われる」
やがて放たれる光の太刀の連打。
底知れない体力を以てして、2人の剣王が力押しを図る。
アルマンフィも、形勢が逆転したのか、防戦に徹する。
もしかすると、本来ヤツは戦闘向きの精霊じゃないのかもな。
それでも立ち回れるところを見るに、さすがはペルギウスの従僕ってとこか。
「ルーディア! 私たちも加勢しましょう!」
「ダメです。私たち程度じゃ、邪魔にしかなりません!」
エリスの手を掴んで踏み留まらせる。
あのギレーヌが仕留め切れない敵を、まだ成長途中の剣士がどうして対抗出来ようか。
その後も決着はつかず、両者の体力と気力を削るだけの結果となる。
いや、精霊に体力の限界とかってあるのか?
「膠着が続いてはペルギウス様もお嘆きになられる。聞こう、貴様達が無関係であると師と一族の名に誓えるか?」
アルマンフィの問いに、まずはギレーヌが答える。
「我が師、剣神ガル・ファリオンと、ドルディア族の名に誓おう!」
その相棒の姿を目にしたパウロも、渋々といった佇まいで後に続く。
「我が師、剣神ガル・ファリオンと、ブエナ村のグレイラット家の名に誓ってやるぜ!」
本来の師は剣王なのだが、この場では信用を得る為に、剣神の名を出したようだ。
認定試験の際、立ち会ってもらった上に、合格後はしばらく手解きを受けたと言うし、あながち間違いではないだろう。
「良かろう。後の沙汰はペルギウス様のご裁量次第だ。心して待て」
そしてアルマンフィは光となって天へと消えた。
「謝罪も無しに消えやがったか……。ルディ? 怪我してないよな」
「お陰さまで傷ひとつありません。しかし、父さまは強いですね。あの光輝のアルマンフィ相手に1歩も退きませんでした」
「あぁ、ありがとな。逃げられちまったが、守れたんなら結果オーライだ」
消化不良って面のパウロだが、父親の3年間の成果を強く実感する。
この父ちゃんは、俺なんかの為にこれほどまでの力を物にしたのだと、誇りに思うと同時に照れてしまう。
「パウロさん、強いのねっ!」
「おう、何なら俺が剣の手解きをしてやろうか?」
「お願いするわっ!」
エリスの目は、ギレーヌを見る時同様にキラキラしていた。
どうやら俺の親父をご所望らしい。
ヤダよ、俺の父さまだよ、あーげない!
「ルディ、災難だったわね。あとでお母さんが慰めてあげるからね」
ノルンを抱っこするゼニスの言葉。
久し振りにおっぱいでも揉ませてもらうとしよう。
たまには母性だって求めたいのさ。
「しかし、先ほどの者はなぜルーディアお嬢様を」
アイシャの手を引きながら近づいてきたリーリャの疑問。
アルマンフィとかいうヤツには俺が、この異変の発生源に見えたらしい。
「何であれ、この場に留まるのは危険だ。とっとと、避難するぞ。ルディはもちろん、エリスの身に何かあっちゃサウロスの叔父上たちに殴られちまう」
パウロ主導で俺たちも避難行動へ移行する。
ロアの町からは馬で来ていたので、早々に股がろうとしたが──。
俺は眼にする。
真っ白に染め上げられた空に浮かぶ赤い珠。
全ての不幸の根源とも思えるそれから、一筋の光が地面へと流れ落ち──。
地面へと触れた瞬間、急速に世界を呑み込む。
すさまじい速さだ。
視認してからでは取れる行動も皆無。
音はしない、しかして絶望の警鐘が誰しもの脳内に鳴り響く。
それは全てを奪う光のカーテン。
それは全てを無に帰す破壊の波。
それは全てが等しく乱される混沌の衝動。
呆然と構える。
けれど抵抗する術は誰も持ち得ない。
エリスは腰に力が入らないのか、地面に尻餅をついてた。
せめて彼女だけでも助けたい、そんな一心から覆い被さる。
パウロが俺に手を伸ばしていた。
俺もエリスと密着しながらも、手を差出し──しかし、届くことはなかった……。
その日、フィットア領からは全てが失われた──。
後の世に大規模魔力災害と呼ばれる『フィットア領転移事件』の幕開けである。
─中央大陸南部北方─
諸国乱立するこの土地の情勢は、いつの世も不安定。
戦乱に溢れ、死とは隣り合わせ。
力無き者はただ蹂躙されるのみ。
力有る者もいつしかその命を消耗し、消失する殺伐とした世界。
そこに彼は居た。
サウロス・ボレアス・グレイラット
「何事だ……。なぜ儂はここに
─中央大陸南部北方─
サウロスとは別地点。
されどそう遠くない国境線近くに、彼女は居た。
「エリス! ルーディア! パウロ! ゼニス!」
必死に呼び掛ける剣王ギレーヌに返答する者は現れない。
しかして、彼女の耳は捉える。
聞き慣れた歩行音。
自身の主であるサウロスが近くに居る。
「サウロス様か……。いま行きますっ……!」
─シーローン王国宮廷内─
少し前までは水王級魔術師ロキシーが滞在していたこの国では、混乱の真っ只中。
何処からともなく、アスラ王国の貴族夫妻が宮廷内に現れたのだから。
「あなた、ここはっ!」
「信じられないかもしれないが、シーローン王国だ。ルーディアの師であるロキシー殿にお取り次ぎ願おう」
フィリップとヒルダだ。
既にロキシーは発った。
しかし、彼女を狙うこの国の第七皇子パックスは、そばで聞き耳を立てていた。
そして自身の親衛隊に命じる。
「こいつらを捕らえよ。そしてロキシーを釣る餌にするのだ!」
─ミリス神聖国・ラトレイア家前─
「ここは……私の実家?」
愛娘ノルンを抱き抱えながら、十数年ぶりに図らずも帰省するゼニス。
門兵がゼニスの姿を確認、すると、ラトレイア伯爵家夫人であるクレアが飛び出してきた。
「貴女はゼニス……?」
「お、お母さまっ……!」
その後、ゼニスは実の母の手によって保護され、軟禁生活を娘と共に送る。
外の情報は以後、遮断された。
─アスラ王国・ミルボッツ領ノトス家邸宅─
王都での政争に心労が重なり、一時帰宅のピレモンは、突如現れた2人組に詰問する。
「いま何と言ったっ……!」
「パウロ様に連絡を取り次ぎ願いませんでしょうか」
愚兄パウロの側室リーリャと、その娘のアイシャ。
よりにもよって自分へパウロと引き合わせるように要求している。
「ふざけおって……!」
リーリャとアイシャは、パウロの弱味として数年に渡る人質生活を送る事となった。
─アスラ王国内──
パウロは気づく。
目の前の巨悪は、全ての生きる者達の敵対者。
そして自身の目の前に立っていることに。
「お前は、パウロ・グレイラット? なぜここに。ノルン・グレイラットは元気にしているか?」
「ノルンが元気かだと……?」
全てを察する。
目の前の存在が、自分から愛する妻子たちを奪ったのだと。
「てめぇだけは許さねぇ! よくもルディ達をっ……!」
そして剣王パウロは、家族を取り戻さんとして、龍神オルステッドへと挑む。
─魔大陸北東部─
ルイジェルド・スペルディアは上空に子どもの姿を確認する。
自由落下する小さな身体を受け止めると、介抱してやった。
茶髪の人族の娘と、赤毛の人族の娘。
今はまだ眠っている。
夜は冷える、ゆえに焚き火で身体を暖めてやる。
何故、空から降って来たのかは理解は及ばない。
されど誇りあるスペルド族の名に掛けて、必ず助けてやると誓う。
─無の世界─
その存在は突如として知る。
自身の観測する未来にこれまで現れる事の無かった世界の異物。
視ていたはずの未来は全てが狂い出す。
数万年先までは確かに安定していたというのに、その異物は全てを破綻させる。
殺さねば。
その者を生かしておいては、龍神オルステッドに敗れてしまう。
その者は、どういう訳か女性でありながら、女性との間に子を儲ける。
その子ども、あるいは子孫がオルステッドと手を組み、自分を滅ぼそうというのだ。
看過など出来ない。
であれば、接触を図ろう。
利用する手立てはいくらでもあった。
全てが順調に事が運ぶように仕向け、そして最後に裏切るのだ。
絶望したその女の肩に手を置いて──。
想像するだけで心が踊る。
さて、まずはルーディア・グレイラットの夢に干渉しよう。
ヒトガミは独り、計画を始動する──。
第2章 少年期 家庭教師編 - 終 -