無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~ 作:三毛猫丸
22話 胡散臭い神様
フワフワとした感覚。
ぬるま湯に浸かっているかのような生温さ。
密着するエリスの体温を感じて、生を実感する。
飛んでるようにも思える。
実際はわからない。
そんな不確かな認識だ。
これはきっと夢だろう。
俺も子どもだから、昼寝でもしているんだ。
前後の記憶は曖昧。
様々な景色が視界に移る。
海や山、荒野に森。
とにかく色々だ。
でも、沼地とか谷は怖い。
落ちたらなんかイヤだ。
だから場所を選ぶ。
なるべく安全そうで勾配の少ない地形を。
それから程なくして、夢の内容は変化する。
真っ白な世界。
視界がボヤけているのかハッキリとしているのかも区別がつかない。
でも身体は動くし、思考も明瞭。
うん?
こりゃ夢なのか?
それとも現実?
解答は導き出されないままに、ある事に気付く。
俺の身体は、生前の物であることに。
は?
いや、いや、嘘だろ?
俺はルーディア・グレイラットとして生まれたんだぜ?
なぜ今さら、この醜い身体に戻っているのか、吐き気がするほどに嫌悪感に満たされる。
そうか、俺はルーディアではなかったのだ。
これまで過ごした幸福感に溢れた日々は虚像。
パウロもゼニスも存在しない両親。
リーリャだって居ないし、ノルンとアイシャも。
だとすれば、ロキシーとシルフィ、エリスもだ。
ギレーヌも、サウロスも、フィリップも、ヒルダも……全員が、俺の夢の登場人物に過ぎない。
あぁ、くそ……。
短い夢だった。
本来の俺は、トラックに轢かれて生死をさ迷っている。
そして死の間際の夢がぬか喜びさせた。
嫌だなぁ。
俺、パウロのこと父親として好きだったのに。
ゼニスにも甘えたかった。
他にも色々な人達への後悔が湧き上がる。
あぁ、でも……全て手遅れだ。
夢なんて儚いものだ。
覚めてしまえば何もかも消えちまうんだからな。
──
目の前に何か居た。
のっぺりとした顔。
さながらマネキンのような無機質な見た目。
めちゃくちゃ怪しいぜ、コイツ。
怪訝に思いつつ、そいつが声を掛けてきた。
「やあ、はじめましてだね。ルーディアちゃん」
誰だよ、あんた。
いきなり慣れなれし過ぎやしないか?
「つれないことを言わないでおくれよ」
やかましい。
いま、俺は気分が悪いんだ。
お前のような得体の知れん輩に気を許してたまるかよ。
「まぁ、いきなり仲良くっていうのは難しいかな」
そうだよ。
俺はあんたとは仲良くしたくないね。
意味のわからない存在に警戒する。
印象的なのにモザイクが掛かったように、覚えられない不安定感。
コイツは悪いヤツだと、一目で認識する。
「ところで君、風変わりな人生を送っているようだね」
あぁ?
そりゃあ、男から女に生まれ変わったんだ。
数奇な人生ってもんよ。
まぁ、そいつも夢だったんだけどな。
「夢じゃないとしたら、君はどうするのかな? ボクに話してごらんよ」
そりゃあ、ルーディアとして生き続けるだろうさ。
ていうかお前、人の人生を覗き見してやがったのか?
そうなると俺の変態行為の全てもお見通しということになる。
腹の立つ話だ。
コイツを小突いてやりたいよ。
「大丈夫、君は生きているし、ボクは味方だ」
味方ってんなら、名前くらい教えてくれ。
いまいち信用出来んぞ。
「自己紹介が遅れてしまったね。ボクは人神、神様さ」
人神……ヒトガミか。
神様だぁ?
はん、そんなもんが実在するなんてな。
こりゃあ、拝んでおいた方が良いのか?
「拝まなくても構わないけど、ボクの話くらいは聞いてほしいよね」
そこまで言うんなら、話くらいは聞いてやるよ。
でも可笑しな事を言う様なら、金輪際関わってこないでくれ。
「可笑しいだなんて、手厳しいね。でも君の得になることだから、そこは安心してね」
ほう?
手っ取り早く話してくれ。
回りくどいのは嫌いなんでね。
ひとまずヒトガミとやらの言葉に耳を貸すことにする。
コイツなら、あの意味不明な光の詳細を知っているかもしれんし。
「君らを襲ったのは魔力災害さ。そしてルーディアは、魔大陸へ転移してしまった」
転移?
テレポート的なやつか。
魔大陸ってのは、本で読んだことはあるが、中央大陸からどんだけ離れてるってんだよ。
「残念ながら事実だよ。だから君はボクの助言を聞き入れた方が為になると思うんだよ」
俺の為ねぇ。
助けてくれるとでも?
は、ありがたいもんだ。
それで本当に助かるんならな。
「なかなか信用はしてもらえないか。でも信じざるを得ないよ。魔大陸は草木も育たない荒れた土地だからね」
そいつは過酷だな。
食い物も水も無いってことになるのか?
ヒトガミの話を吟味する。
魔大陸と言えば魔物だってウヨウヨいる。
他の大陸よりも強力で生命力も高い。
これはいよいよもって、ヤツの言いなりになるしかなさそうだ。
しかしそれにしても転移?
俺が転移したのなら、ロアの町周辺に居た人間は全員漏れなく何処かへと消えたことになる。
パウロやゼニス、ノルン、リーリャ、アイシャ。
サウロス達も心配だ。
生きていると良いが……。
ギレーヌ辺りは、その強さをよく知っているから、不安は無い。
彼女なら自力でフィットア領に帰還出来るだろう。
さて、エリスは──。
「君の
そうか、あの子は無事か……。
そいつは良かった。
って、おい。
俺の身体はこの醜い姿じゃないのかよ。
「うん、いまこの空間にいる君は、いわゆる精神体ってやつだよ。君の意識が具現化したものに過ぎない」
じゃあ、目を覚ましたら俺はルーディアなのか?
「そうだね。君はれっきとした女の子だよ」
どうせオカマ野郎とか思ってんじゃねえの?
「まさか。そんな悪口を言って何になるんだい?」
はぁ……。
俺とエリスはどうすりゃあ、助かるんですか?
なぁ、神様さんよぉ?
「簡単な話さ。目覚めた時に、君の近くに居る男を頼るんだ。彼はある事情で非常に困っていてね。でも手を貸してやりなさい。さすれば君の救いとなることでしょう」
ヒトガミの助言を最後に、この空間から俺の意識は遠ざかっていった。
そうか、俺はあの世界に戻れるのか……。
尤も、魔大陸とやらに放り出されちまったようだがな。
──
瞼が開く。
星空満天の空が俺をお出迎えし、ヒンヤリとした空気が顔を撫でる。
だが、近くには焚き火。
身体は……暖かい放射熱によってそれほど冷えていない。
毛布だって掛けられていた事から、誰かが介抱してくれたのだろう。
身を起こしてみると身体は軽い。
あの鈍重な身体ではなく、ちゃんとルーディアとして戻れたことに安堵する。
さてエリスは?
あぁ、居たよ。
スヤスヤ寝てる。
幸せそうな顔でな。
尻を撫でても目を覚まさない。
よほど疲れていたのか……。
てか、俺も気だるい。
身体から根こそぎ魔力を持っていかれたかのような疲労感を覚える。
なんだかねぇ、意味の分からん事になったよ。
まだヒトガミの言葉を全面的に信用したわけじゃないが、目に見える範囲じゃアスラ王国ではない別の土地であることは確実。
ということは近くに、俺らを助けてくれる存在が居るってことだ。
と、その前に身なりを確認する。
肌身離さず所持する物を列挙する。
・
・ミグルド族の御守り
・シルフィの御守り
・剣帯ベルトとパウロから貰った剣
それらはちゃんと身に付けてあった。
杖の方は、エリスの背後に転がっている。
せっかくエリスが仕立ててくれたんだ。
生涯の宝の無事に感謝する。
さて俺たちの命の恩人さんはどこだ?
辺りを見回し、捜索する。
数秒とせずに発見した。
距離を置いていたのだ、気付くのに遅れた。
あんた、そんな遠くだと焚き火の熱の恩恵に与れないぜ?
寒くないの?
そんな事を思いながら、ファーストコンタクト。
恐る恐る小声で掛けてみた。
「すみません、もしかして私たちを助けてくださったのは貴方ですか?」
こちらからは横顔しか見えないが、視線はこちらを見ている。
何か向こうは恐れているようで、真正面から対面というわけにはいかなかった。
「あぁ……」
逞しい男性の声だ。
無愛想に聞こえる、決して敵対的ではない。
むしろ身を案じている様にも聞こえる。
ひとまず返答はあった。
まだ人となりは分からないが、彼に近付いてみた。
徐々に風貌が見えてくる。
これは……スペルド族だ。
ロキシーの話してくれた全ての特徴と一致してしまう。
子どもを喰らう恐ろしい鬼のような存在であると。
いや、噂を鵜呑みには出来ん。
緑の髪をした白い肌の男の横に、無遠慮ながら腰を下ろさせてもらう。
よく目を凝らして顔を覗く。
額にはやはり赤い宝石が埋め込まれていた。
彼個人の特徴だろうが、顔には縦断する様に傷跡が刻まれている。
眼は鋭く、睨んでる訳じゃないと理解していても、チビりそうな程に怖い。
威圧しているつもりは、本人には無さそうなのが唯一の救いか。
見た目こそ恐ろしいが、他に頼るアテは無い。
魔大陸の過酷さは書籍の知識だけでしか知らないが、少くとも俺とエリスの様なメスガキ2匹で生存競争を勝ち残るなんてムチャだろう。
パウロやギレーヌでさえ苦戦を強いられる魔物だって居ないわけじゃないのだ。
そんな化物を相手には逃げることすら、ままならないだろうよ。
では会話を続行しよう。
「助けて頂いてありがとうございます」
真正面から礼を言うと、スペルド族の兄ちゃんはハッと驚いた様な反応を示す。
虚を突かれたかのような意外性に表情が崩れる。
「お前は、俺が怖くないのか……?」
「まさか! 命の恩人を恐れるなんて失礼じゃないですか!」
彼には人に嫌われる理由でもあるのか?
長らく他人と会話していないのか、あるいは会話する相手は居ても頻度は少ないのか。
とにかく動揺した風に、彼は俺の次の言葉を待っていた。
「私はルーディア・グレイラットといいます。以後、お見知り置きを」
「そうか。俺はルイジェルド・スペルディアだ……」
「では、よろしくです」
彼の手を強引に取って握手する。
殊更に、ルイジェルドと名乗った男は困惑の色を見せる。
「人族の娘だろう、お前は。なぜ俺を恐れない」
「先程も話したでしょう。恩人を怖がるなんて無礼は出来ませんよ。それにルイジェルドさんの外見が、多少厳ついからって、私は気にしませんので」
「変わった娘だ……」
そう言いながらも、俺の手を振り払う事はなかった。
「ところでここは? 魔大陸ということは何となく分かりますけど」
「魔大陸の北東部、ビエゴヤ地方、旧キシリス城近くだ」
「うーん、北東部ですか。私とそこで寝ている子の居た場所からは遠いですね」
「どこだ?」
「中央大陸のアスラ王国です。フィットア領のロアの町って場所なんですけどね」
「遠いな」
「まったくですよ、もう」
今さらになって彼の手を離すと、ルイジェルドは悲しそうな顔をした。
子どもが好きなのだろうか?
ロリコンでないことを祈ろう。
「帰りたいか?」
「もちろん。家族も居ますので」
「それで、なぜここに飛ばされた?」
「私にもいまいち分かりません。ただ光に包まれたと思ったら、魔大陸に。ルイジェルドさんが居なければ、そのまま死んでいたでしょう。改めて、礼を言います」
「構わん。子どもは守るべき存在だ」
ロリコンではなく、ただ単に親切な大人だったらしい。
キャー、惚れちゃいそうだぜ。
「どう帰るつもりだ。土地勘も金も無いだろう?」
「はい……。この魔大陸を生きる知識も力も、正直なところ……まったく有りません」
くそっ……。
そうなのだ、どれだけ魔術が使えようと、ここでは俺は無力だ。
飲み水くらいなら、魔術で確保は可能だ。
だが食料はどうする?
見渡す限り、腹に入りそうな物は無い。
仮に有ったとしても、それが人体に無害なのかも判別出来ない。
空腹に耐えかね口にして、毒であの世行きなんて笑えない。
そう思うと途端に、絶望が増す。
俺たち、ここで死ぬのかな……?
ヒトガミに従うのは癪だが、目の前のルイジェルドを頼るのが最良の選択に思えてきた。
「初対面で図々しいのも承知の上です。どうか私たちを、故郷まで送り届けてはくれませんか……?」
すがるようにルイジェルドへ、潤んだ瞳で訴え掛ける。
情に訴えたやり方だ。
我ながら卑怯極まりないやり口。
彼の膝に手をついて、顔を下から覗き込む。
幼い女の子の見た目を存分に利用してやる。
そしてその魅力が遺憾なく発揮されたらしく、数呼吸の後に、ルイジェルドは解答を出した。
「はじめからそのつもりだ。お前たちは何も心配することはない。俺がスペルド族の名に、そして誇りにかけて故郷へ送ろう」
そう言って、俺の頭にポンッと、手を置く。
馴れ馴れしいとは思わなかった。
ヒトガミとは違い、心底彼を信用しようと思える温かみがあったのだ。
ルイジェルドは誠実な男なのだろう。
けれど人に不馴れだ。
ちょっぴり不思議だが、やはりスペルド族への迫害が、この魔大陸でも強いのか?
まったく、誰だよ。
スペルド族は悪いヤツだって決めつけやがったのは。
俺にとっては可愛い女子2人を無償で助けてくれる、優しいお兄ちゃんって印象だぜ?
逆に俺の方が悪どい。
女の武器を利用してまでルイジェルドに歩み寄ろうとしてんだからな。
だがまあ、これも生き残る為だ。
エリスを守らなきゃ……。
なりふりなんて構っていられるかよ。
ともあれ、約束は取り付けた。
彼には今後、短くはない期間、守ってもらうとしよう。
俺も出来得る限りの協力を惜しまない。
ヒトガミも彼が困っているから助けろと話していたしな。
──
しばらくしてエリスが目覚めた。
視界にルイジェルドが入った瞬間、スペルド族だー!
とか言って、毛布にくるまってうずくまる。
ここまで怯えた姿を見るのはボレアス家に来て以降、初めてだ。
しきりに頼れる姉御ギレーヌに助けを求めてわめいていた。
ここまでくると不憫だ。
そろそろ事情を説明してやらねぇと。
「エリス、彼は私たちの恩人です。なんと、フィットア領まで送り届けていただけるそうです」
「ぐすっ……ホントなの?」
「もちろんです。このルーディアが保証します。それに話をしてみると、彼は真摯な対応をしてくれました。スペルド族の人は、アスラ王国の変態貴族や、ド変態な第二王女アリエル殿下と比べようの無い程に、誠実な方です」
「わかったわ、ルーディアの話、信じる」
長々と説明したが、素直に納得してくれた。
その間、ルイジェルドが俺の頭を撫でている姿が、好意的に映ったらしい。
まあ、撫でるように指示したのは俺だが。
エリスが怖がるだろうから、一芝居をお願いしたのだ。
「悪かったわね! 怖がったりして。私はエリスよ。エリス・ボレアス・グレイラット!」
「そうか。俺はルイジェルド・スペルディアだ。お前たち2人は姉妹なのか? 家名が同じのようだが」
「そうよ! 私とルーディアは姉妹なんだから!」
ちょっと、お嬢様。
正確には又従姉妹でしょう?
まぁ、義姉妹ってのは真実だ。
わざわざ改める必要もあるまい。
「お母様も噂を真に受け過ぎよ。スペルド族が悪いヤツなんて嘘っぱちじゃない! あのルーディアがここまで懐くなんて、さぞかし良い人なんでしょうね!」
俺を判断の基準にしているようだ。
話が円滑に進むんなら文句は無い。
「でもルーディアは私のものよ。ルイジェルドには渡さないんだからっ!」
あ、独占欲の塊なのね?
恩人に釘を刺すエリスに、辟易とする。
「心得ている。俺はお前たちを護衛するだけだ。断じて手は出さん」
「分かってるじゃない! 気に入ったわ、ルイジェルド!」
ルイジェルドはエリスから信用を勝ち取ったか。
これで穏便に事が運びそうだ。
護衛対象との不和は旅路に影響を与えかねない。
もうそれを憂慮することもなかろう。
「ふぅ、少し疲れました……」
「無理も無いだろう。この辺りの気候は人族のこどもには堪える」
「その割にはルイジェルドさんは薄着ですよね?」
上着を羽織っちゃいるが、両腕、胸部、腹部と空気に晒されている部分が多い。
彼の男性的な筋肉が惜しげなく、こちらから丸見えだ。
やはり筋肉のある男はカッコいい。
「俺は魔族だ。ここいらの気候には慣れている」
「そうですか。私たちは比較的温暖な気候の土地から来ましたからね。少し寒いです」
「じゃあ、私が温めてあげるわよ!」
張り切ったエリスが身を寄せてくる。
ふむ、確かに暖かい。
「仲が良いのだな。そうだ、家族は大切にしろ」
「えへへ、私とルーディアは、将来を誓い合った仲なのよ! 大切にするなんて当たり前よ!」
「ちょっと、エリス。いきなりそんな事を言っては、大きな誤解を招きます!」
「私、何か間違った事を言ったかしら?」
間違いだとは言えねぇな。
しかし、それをルイジェルドがどう思うかだが……。
「魔族の中には同性同士で
「え、なに! その話、詳しくっ!」
つい、がっついてしまう。
「ルーディアはエリスと子を成したいのか?」
「参考までにお聞きしたいだけです」
「そうか。では、何から話すべきか……」
その後、ルイジェルドの口から興味深い話が飛び出した。
種族名すら無い極少人数の種族らしい。
ゆえに同性あるいは近親で数を殖やすのだとか。
生殖方法は種族特有の体質と魔術が関係しているようだ。
だが、人族の俺には真似出来そうにない。
でも……魔術ってのは極めれば、何でも出来る。
夢を捨てるには、まだ早いんじゃないのか?
本気かどうかはさておき、暇を見つけて研究する価値はあるだろう。
この世界でも不妊の悩みは尽きない。
ゼニスもそうだし、不妊治療にも繋がるかもしれん。
パウロとゼニスもまだ、子どもを欲しがっているみたいだし、ここは親孝行として研究対象に加えておく。
とはいえ最優先事項は中央大陸アスラ王国への帰還。
あぁ、寂しい……。
パウロにも早く会いたい。
俺の父親は何て言うか、精神的には脆そうだ。
変な勘違いを起こして、先走らなければ良いが。
誤解に誤解を重ねて、格上相手に無謀な戦いとか挑みそうだ。
そんな有りもしない妄想をしつつ、エリスの膝枕でひと眠りする。
─アスラ王国内─
パウロ・グレイラットは、戦慄する。
鞘から剣を抜き、龍神オルステッドに突貫したのだが、
「待て。俺にお前と敵対する意思は無い」
「てめぇに無くてもオレにはあるんだよっ!」
咄嗟に光の太刀を繰り出すが、その刃は届かない。
止められた、それも素手で。
視線をやると思い知る。
オルステッドは指で刃先を掴んでいた。
「不可解な。パウロにここまでの剣技は無い筈」
疑問、そして困惑。
今回の世界は何かがズレている。
調べる必要が生じた。
「返せよ! オレの家族を返してくれっ!」
「俺は何も関与していない。それに……ノルンは運命に守られている。そう簡単には死にはすまい」
なおもパウロは挑む。
正直、実力の開きは自覚している。
そんな事も読めないようでは、剣王になど至れないだろう。
だがパウロは家族を諦めないし、見捨てない。
10歳を迎えた愛娘ルーディアの笑顔を思い出す。
戦う意思へと変えて、最強を打倒すべく剣を振るい続けた。
「ルーディアから笑顔を奪いやがってっ!」
「ルーディアとは何者だ? お前の子どもか?」
「オレから家族を奪っておいて、知らねぇと言わせねぇぞ!」
「パウロとゼニスの最初の子は死産の筈。なぜ、生まれる事が出来た?」
続く疑問。
されど解消されない。
謎は深まるばかり。
「訊こう、パウロ・グレイラット。ヒトガミという名に聞き覚えはあるか?」
「んなもん、知るかよ!」
パウロの刺突。
が、最速にして最小の動きが防ぐ。
常人であれば目にも留まらぬ高速。
パウロはこの戦いの中で図らずも成長していく。
剣王を超え、その剣術は剣帝の域へと達しようとしていた。
神の名を冠する者との戦い。
人族の父親を際限なく鍛え上げる。
だが、哀しいかな。
龍神オルステッドは、嘘偽りの無い最強の生物。
只の人から脱したばかりのパウロでは、遠く及ばない。
ゆえに疲弊する。
ゆえに恐怖する。
敵は消耗せずに己を、あしらい続けていた。
「ヒトガミとは無関係か……。では殺すわけにもいくまい。ノルンの運命は揺るがないだろうが、あまりに影響が大きい」
オルステッドはパウロを殺さない。
生かして野に放つと決めた。
だが、少しばかり遊んでやろうかとも思った。
この男を鍛えれば、ヒトガミに対する武器に成るとも予見したのだ。
「パウロ・グレイラットよ。これより俺は、お前を強くしてやる。軍門に下れ……」
「ざけんじゃねぇ……!」
「聞き分けの無い奴だ」
龍神の抱える
やはり、この世界はままならない。
「やむを得ない。今回は諦めよう。だが、お前が家族を助けたいのなら、俺の配下に成れ。いつでも歓迎してやる」
そして龍神オルステッドは、パウロ・グレイラットに業の数々を叩き込む。
死なぬ程度に加減し、その身に覚えさせるのだ。
そしてパウロは薄れゆく意識の中で、神の業を学び取る。
やがて十を超える業を数えた時、パウロ・グレイラットは龍神オルステッドに敗北を喫した。
「ルーディア・グレイラット……。何者だ? 調べる必要がある。それに、接触する必要も。ヒトガミの使徒であれば──殺す」
そして大地に伏せるパウロに最低限の治療を施した上で、龍神は去る。
「む? 何者かが転移してきたか……」
この世界ではない何処よりの訪れを察知する。
その者は十代後半の黒髪の少女。
果たしてその者は、オルステッドに益となる者か。
そして龍神オルステッドは、異世界より招かれし少女。
七星静香と邂逅する。
そしてパウロ・グレイラットは、絶望の内に龍神に敗北し、心身共に復調し、立ち上がるまでに1ヶ月もの期間を要した。
フィットア領転移事件は、1人の父親から全てを奪い、そして後の世に剣神をも超える──。
『