無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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24話 リカリスの町

 一晩だけ過ごして、ロキシーの実家を後にする事にした。

 まだ滞在したかったが、家族たちの無事も依然として不明。

 一刻を争うので旅路を急ぐ。

 

 出発間際、ロインから一振の剣を受け取る。

 歪曲した刃、カトラスと呼ばれる刃物か?

 詳しいことは知らないが、俺はともかくエリスは丸腰。

 彼女に装備させよう。

 俺には5歳の誕生日にパウロから貰った自前の剣があるし。

 

 そして多少の食料と金銭を恵んでもらった。

 手持ちのお金と合わせれば、しばらくは困らないだろう。

 まぁ、アスラ硬貨では、店頭でそのままじゃ使えなさそうだが。

 たぶん、お釣とか子どもと見てチョロまかされそうだし。

 何処かで換金しないとだ。

 冒険者ギルドとかいう施設で換金出来そうだ。

 

 次の町までは徒歩で3日ほど掛かるらしい。

 ルイジェルド1人なら、もっと短いんだろうけど、残念ながら俺とエリスという荷物を抱えてる。

 

 道すがら、魔物との闘い方をレクチャーしてもらった。

 いつもかもルイジェルドが側に居るとは限らない。

 ゆえに戦闘経験を積むのだ。

 

 お陰さまで、数種の魔物との間合いの取り方や、弱点を学べた。

 エリスも俺が与えた剣を振り回し、身の丈3メートルを超えようかという魔物を、ルイジェルドの見守る中で単独撃破。

 

 この子の成長は著しく、俺も負けちゃいられない。

 

 それと、この魔大陸には草木がほとんど無い。

 荒野で暖を取るには、焚き火をすべきだが、薪なんて物も無い。

 

 だから代用品として、とある魔物の遺骸を使う。

 

 トゥレントという木に擬態する魔物だ。

 魔大陸の固有種として、今回はストーントゥレントを狩る事となった。

 

 ルイジェルド曰く、その遺骸は薪として十分に代用が利くのだとか。

 但し濡れたり燃やしたりすると台無しだ。

 

 というわけで、十八番の昏睡(デッドスリープ)をぶち当ててみた。

 すると一切の動きを停止して沈黙。

 よし、効いたみたいだぞ。

 

 止めはエリス達に任せる。

 俺は気ままに、目についたトゥレントを昏睡させるのみ。

 数分もすれば、一晩中は持つ程度の薪を確保出来た。

 アウトドア派に転向したみたいで新鮮である。

 

 で、狩りを終えた後のこと。

 ルイジェルドはこう切り出した。

 

 

「お前は魔術を詠唱無しで使うのだな?」

 

「えぇ、特技ですから」

 

「それに見たことも無い魔術だ」

 

「私のオリジナルですよ。門外不出です。でもルイジェルドさんになら、教えても構いません」

 

「いや、俺にはこの槍が有る」

 

「ですよね」

 

 

 歴戦の戦士ルイジェルドでさえ、無詠唱魔術は珍しいようだ。

 過去には居なかったわけじゃないだろうに。

 

 あ、でも魔術師なんてものは、近接戦闘には、ほとんど駆り出されない。

 最前線で闘い続けたであろう彼も、実際に目にした事はないのかもしれない。

 

 そして3日間の旅程を順調に進行する。

 途中、エリスが戦闘で負傷する場面もあったが、ヒーリングを掛けて治療。

 平常時であれば、地帯治癒(エリアヒーリング)で治療するのだが、アレは消費する魔力量が多い。

 

 なので、しばらくは直接手を当てて治療を施す。

 窮屈な思いだが、生き抜く為には我慢だ。

 早く万全の身体を取り戻したい。

 

 戦闘後は、武器の手入れの時間。

 ルイジェルドは懇切丁寧にエリスを指導し、俺も横で聞いておく。

 パウロから貰った剣も、必要とあれば使用するだろうしな。

 

 あっという間の旅。

 ミグルド族の集落から最寄りの町であるリカリスの町へ到着した。

 

 

──

 

 

 町の入口には厳重な警備。

 スペルド族のルイジェルドを素直に通してくれるとも思えない。

 

 

「変装を提案します」

 

「変装とはなんだ? 具体的にどうすれば良い。俺に出来ることか?」

 

「私にお任せを」

 

 

 懐疑心を感じつつ、土魔術でフルフェイスの兜をこしらえる。

 彼に被せてやれば、あら不思議。

 緑の頭髪も、おでこの赤い宝石も隠れてしまったではありませんか!

 

 

「呼吸がしづらいな」

 

「すみません。通気性の配慮をする余裕が無くて」

 

「なによ、ルイジェルド! カッコいいわね!」

 

 

 エリスにはこの兜がクールに見えるようだ。

 キラキラとした視線に、ルイジェルドも困惑の色を強める。

 顔は見えんけど。

 

 

「いや、助かる。いつもは町になど入れん。ルーディア、お前のお陰だ。世話を掛ける」

 

「それは言わない約束でしょ、お兄ちゃん?」

 

「俺はお前の兄ではないのだが……。しかし、悪い気はせん」

 

 

 ほう、ルイジェルドは妹属性をお好みか?

 時間があれば、そういうプレイにも付き合ってやろう。

 

 さて、変装のお陰で特に問題もなく町へ入れた。

 まず向かう先は冒険者ギルド。

 ここで冒険者登録をすれば、ギルドに寄せられた依頼を受注が可能。

 手っ取り早く、金を稼げるのだ。

 

 それについでと言っては何だが、ルイジェルドの名誉回復にも繋げたい。

 彼はデッドエンドの名前で人々から恐れられている。

 

 であれば、その偽者を名乗り善行を重ね、やがて本物と偽者の認識を曖昧にさせてゆく。

 噂なんてものは真贋混じるものだ。

 

 このやり方なら、いずれは恐ろしいデッドエンドなんて存在しないという噂も流れるのではなかろうか。

 

 冒険者ギルドへの道中、ルイジェルドの髪を染める為に染料を購入。

 耳付きのフードも購入して、エリスに着せてやった。

 

 で、ルイジェルドにも髪を染めて貰った上で設定をプレゼンテーション。

 彼には今日からミグルド族の青年ロイスを名乗ってもらう。

 ロキシーから貰ったペンダントを一時的に貸与。

 

 こうしてルイジェルドは、スペルド族からミグルド族へ様変わり。

 色々とツッコミどころの多い変装だが、背に腹は代えられん。

 

 

「このペンダントは師から貰った大切なものだろう? 一時的とはいえ、良いのか?」

 

「ルイジェルドさんなら雑な扱いはしないでしょう? でも壊したら割と本気で怒りますからね」

 

「あぁ。気を付ける」

 

 

 さて、愛しのエリスちゃんは?

 

 俺の買い与えたフードに夢中の様子。

 耳の部分がお気に入りのようで、ずっと指でコネコネしていた。

 あんまり触ると破れちゃうぜ?

 

「ルーディアもお揃いのを買いなさいよ!」

 

「お金には限りがあるので却下です」

 

「少しくらい平気よ。買わないと、寝てる時にイタズラするわよ!」

 

「エリス、私みたいな事を言わないで下さい」

 

 

 まさか彼女からセクハラ発言とは……。

 誰だよ、こんなにも可愛い女の子に悪影響を与えたのは。

 

 その後も駄々をこねるもんだから、根負けして財布の紐が緩んでしまった。

 先ほどの店にまだ在庫があったので、同じものを購入して着込む。

 

 トホホ……痛い出費だ。

 早いところ冒険者として稼がないと。

 

「お揃いね!」

 

「はい。エリスはしょうがない子ですね」

 

「いいのよ! お礼なんて!」

 

 

 褒め言葉として受け取るアホの子。

 先が思いやられる。

 ともあれ、身だしなみは一行全員整えた。

 

 手を繋ぎ出したエリスに引かれ歩く。

 ちなみにこの子、目的地までの道を知らない。

 なので俺が道順を修正しつつ、予定の5分遅れで冒険者ギルドに到着となった。

 

 

──

 

 

 扉を蹴破る勢いで我々は冒険者ギルドに突入した。

 ルイジェルドを兄貴と仰ぎ、俺とエリスはその弟分もとい妹分。

 

 啖呵を切ってデッドエンドの名乗りを上げた。

 すると偽者だの、ギャー怖い!

 そんなバカにした声で大歓迎を受ける。

 掴みはオーケーだ。

 

 バカ笑いする冒険者達を無視してカウンターの職員に冒険者登録をしたい旨を伝える。

 規約だのルールだの説明を受けてから同意のサイン。

 俺とルイジェルドは、手際よく記入したが、エリスは苦戦。

 横から口出しして、どうにか記入完了。

 

 後は職員の持ってきた魔方陣の刻まれた板に手を置けば、全ての登録料手続きが完了するらしい。

 よし、やってみるか。

 

───────────────

名前:ルーディア・グレイラット

性別:女性

種族:人族

年齢:10

職業:魔術師

ランク:F

───────────────

 

 

 へぇ、どういう仕組みかは分からんが、種族まで自動認識してくれるのか。

 便利だな、これ。

 いや、でもルイジェルドの種族がバレるのは不味い。

 

 止めようとするが、彼は既に登録していた。

 

────────────────

名前:ルイジェルド・スペルディア

性別:男

種族:魔族

年齢:556

職業:戦士

ランク:F

────────────────

 

 

 ん?

 種族欄は魔族か。

 あぁ、魔族の細かい分類なんて実質上不可能なのかもしれない。

 それこそ数百を超える種族が存在するっぽいし。

 魔大陸で暮らし、先祖が魔神ラプラス陣営側についていれば、大雑把に魔族の扱いのようだ。

 

 最後はエリス。

 

──────────────────

名前:エリス・ボレアス・グレイラット

性別:女性

種族:人族

年齢:12

職業:剣士

ランク:F

──────────────────

 

 つつがなく完了。

 最後にパーティー名を『デッドエンド』で登録しておいた。

 冒険者カードっていうのを受け取る。

 

 アスラ硬貨の換金も済ませておいた。

 こっちの基準で計れば、かなりの額になったものだ。

 けどまだ足りない。

 金は幾ら有っても困らないだろうし、稼げるだけ稼いでしまおう。

 

 次に依頼を受けるべく掲示板へ向かう。

 が、意地悪のつもりか足を引っ掛けられそうになり、避けた……つもりでいたが、疲労が抜け切れておらず、足を取られて顔面から転倒した。

 

 自動治癒(オートヒーリング)は魔力節約の為にオフにしていたので、鼻血が出てしまう。

 

 足を出した奴……カエル顔の男は、まさか俺が転ぶとは思っていなかったのか、はたまた愛くるしい少女に怪我を負わせてしまった罪悪感からか、青ざめていた。

 

 

「いてて……。すみません、センパイ。私がドン臭いから脚にぶつかってしまいました」

 

「お、おう。いや、す、すまねぇ」

 

 

 謝ってきた。

 まぁ、いたいけな女の子を過度に痛めつける趣味は無かったのだろう。

 変に騒ぎにするのもイヤだったし、下手に出て穏便な解決へと導く。

 

 しかし、そうは問屋を卸さなかった男が居た。

 我らの頼れる兄貴分ことルイジェルドである。

 

 

「貴様っ……」

 

 

 恐ろしく低い声で彼はカエル顔の男を恫喝する。

 その殺気たるや、ギルド内は静まりかえり、空気も凍りついてしまった。

 

 エリスは……彼の怒気に中てられて怯えていた。

 

 ヤバい、止めないと!

 

 

「待って、待って下さい! 彼は謝罪してくれました。鼻血が出るくらい、子どもにはありがちでしょう?」

 

「しかしお前は何も悪さをしていない……。なのに怪我を負わされたっ……!」

 

「だとしても私は彼を許します! もしこれ以上、彼を責めるのなら、私は貴方を軽蔑します!」

 

「む……」

 

 

 よし、怯んだ。

 畳み掛けるぞ。

 

 

「ルイジェルドさんが優しい事は十分知っています。貴方とはもっと一緒に居たい。だから、ここは抑えて下さい」

 

「ルーディアがそこまで言うのなら、この件はこれ以上、追及しまい……。だが、怪我は治しておけ」

 

「はい!」

 

 

 爆発物みたいな人だ。

 刺激は禁物である。

 とはいえ、彼も俺の為を想って怒ってくれたのだ。

 あとできちんと礼を行っておこう。

 

「ごめんなさい、皆さん。お酒が不味くなったでしょう? お金は有りませんが、何かお手伝い出来る事があれば、声を掛けて下さいね」

 

 

 一同は数秒の沈黙の後に──。

 

 

「やるなぁ、嬢ちゃん!」

 

「怖い兄貴分を一喝とはな!」

 

「可愛い上に肝も座ってるとは!」

 

「こりゃ大型新人(ルーキー)が来たもんだ!」

 

 

 絶賛の嵐である。

 カエル顔の男も改めて俺に頭を下げ、ルイジェルドにも酒を奢ってやると声を掛けていた。

 これには兄貴分も、苦笑い。

 申し出を断る気にもなれず、席に着いて酒を飲む事となった。

 

 ちなみに俺とエリスには、ここいらじゃ貴重な果汁のジュースを奢られた。

 かなり値が張るようで、カエル顔の男は空っぽの財布を見て嘆いていた。

 

 さて、チビチビとジュースを飲んでいると、馬面の男が声を掛けてきた。

 

 

「見てたぜ、今の。俺はノコパラ。よろしくな」

 

「これはご丁寧に」

 

 

 握手を求められたので俺とルイジェルドは応えてやる。

 エリスだけは胡散臭そうなその男を警戒してか、握手をしなかった。

 

 

「大したもんだ。お前、どこでそんな根性を身につけたんだ?」

 

「強いて言えば魔術の師匠のロキシーの影響ですかね」

 

「は? いま何て?」

 

「ですから、ロキシー師匠です」

 

 

 目をかっ開いてロキシーの名を繰り返すノコパラ。

 この反応、もしや知り合いか?

 

 

「ロキシーってのはミグルド族のか!」

 

「はい、ロキシー・ミグルディアは私の師匠ですが」

 

「マジか……。アイツに弟子が居て、しかもこの魔大陸に……」

 

 

 ビンゴらしい。

 しかしこの見るからに怪しげな男がロキシーの知り合いとな?

 

 

「ロキシーとは、どのような関係で?」

 

「あ、あぁ。ロキシーとは昔、冒険者としてパーティーを組んでてよ。結構、仲が良かったんだ」

 

「え、そんな関係だったんですか?」

 

 

 これには俺も衝撃を受け、ジュースの入ったコップから中身がこぼれる。

 

 

「当時はリカリス愚連隊っつう名前でやってた。ロキシーとは3年くらい一緒だったぜ!」

 

 

 えらく饒舌だ。

 いやまぁ、分かるよ。

 ロキシーは素晴らしい女性だから、さぞお前もメロメロになった事だろうよ。

 

 

「まー……。そん時の仲間の1人が死んじまって、パーティーは解散。ロキシーもミリス大陸に渡って、後は知らねぇ。でも今日、嬢ちゃんの存在がロキシーの健在を知らせてくれた。感謝するぜ!」

 

 

 なるほど、そういう経緯(いきさつ)か。

 人に歴史ありってことだ。

 馬面とか思ってゴメンよ、ノコパラ。

 

 

「かぁー! ロキシーに俺の可愛い子どもを自慢してやりたいぜ!」

 

「随分とご機嫌ですね?」

 

「まぁな、ヒドイ別れ方だったが……。冒険者なら誰にだってある事だ。今となっては時間が癒してくれたし、悪い記憶ばっかじゃねぇんだ」

 

「そうですか、それは何より」

 

「これも何かの縁だ。困った事があれば、何でも言ってくれ。俺は戦闘は出来ねぇが、それ以外の事なら大体の事はやれる」

 

 

 これは思わぬ助っ人になりそうだ。

 もしやこれもヒトガミには分かっていた展開なのか?

 だとすれば踊らされているようで不満だ。

 

 

「んー、初心者向けの仕事って分かります?」

 

「なら、オススメのがある」

 

 

 そう言って彼は、小走りで掲示板へと向かう。

 受付の人に2、3言葉を掛けると、依頼書を携えて戻ってきた。

 

 内容は迷子のペット捜し?

 この広そうなリカリスの町じゃ達成は難しそうだが。

 

 

「難しそうだって顔だな? まぁ、待て。俺にも考えがあってな。迷子のペット探しが得意な連中を知っている。そいつらにレクチャーしてもらえ。俺が別途で、そいつらに依頼料を渡しておく」

 

「え、そんな! お金を出してもらうなんて申し訳ないですよ!」

 

「でもお前らは文無しみたいなもんだろ? ここは一つ、先輩の顔を立ててくれねぇか」

 

 

 ロキシー効果ハンパねぇー!

 

 だがせっかくの申し出だ。

 断るのは勿体無い。

 エリスとルイジェルドに目配せをし、賛成を得る。

 手始めに受ける依頼としては良いだろう。

 

 

「では、お言葉に甘えて! よろしくお願いします、ノコパラさん!」

 

「おうよ! デットエンドの嬢ちゃん達!」

 

 

 こうして俺達は、ノコパラの仲介で最初の依頼を受ける事になった。

 まぁ、時間も遅いし、本格的な初仕事は明日からに、なりそうだが。

 

 

 

 

 

──シーローン王国宮廷──

 

 

「困った事になったね。まさかこの国の第七王子があそこまで知恵の無い者とは……」

 

 

 沈んだ声で妻に愚痴をこぼす男の名は──。

 フィリップ・ボレアス・グレイラットだ。

 そして妻のヒルダも、夫の意見と同じ感想を抱いていた。

 

 2人は宮廷内の一室に監禁され、食事にこそ不便は無いが、いつ終わるのかも知れない窮屈な日々を過ごしていた。

 

 

「エリスが心配だ。それに父上も」

 

「無事を祈りましょう、あなた。わたくし達がそうだったのですから、エリスだってきっと……」

 

「そうだね。あの子は強い。なにせ剣王ギレーヌの教えを受けた剣士だ。ルーディアからも多くの事を学んだ」

 

「そうですわ。2人とも無事です。わたくし達は、この状況を変える手立てを考えましょう」

 

 

 お互いを支えに心の平常を保つ。

 まさに夫婦に相応しい関係性だ。

 

 

「しかしあのバカ王子は、ロキシー殿を誘き寄せると言いつつ、国外に情報を流している気配がまるで感じられない」

 

「えぇ、これではロキシーさんにも、ルーディアにも伝わらないでしょう」

 

「困ったね。バカ過ぎて逆に手強い相手だよ。こちらの搦め手が一切通用しないんだからね」

 

 

 シーローン王国第七王子パックス・シーローンが愚か者であることは内外に周知の事実。

 フィリップ達の身の回りの世話をする使用人も、そんなバカ王子の勝手に振り回される夫妻に同情的だ。

 

 

「とはいえ、当面の間は命の危険とは無縁そうだ。待っていれば、必ず助けが来る。そう信じよう」

 

「はい、あなた」

 

 

 たった2人、お互いを頼りにして夫婦仲を深める。

 後年、アスラ王国でも有数のおしどり夫婦として語られる事となる。

 

 

 

 

 

──第七王子パックスの私室──

 

 

「なぜだ! なぜロキシーは来ない!」

 

 

 ロキシーのかつての教え子パックスは、苛立ちを親衛隊の騎士達にぶつけていた。

 身の近くにあった物を、手当たり次第に投げつける。

 

「父上の耳に入らぬように、あの2人を捕えたっ! 騒いでおった連中にも金を握らせて口を封じた! なのになぜ、ロキシーだけは来ないっ!」

 

 

 それはあんたが国外に情報を流さないからでしょ?

 とは、誰も言えなかった。

 

 父王(ふおう)にアスラ貴族を不当に監禁している等と知られれば、叱られる。

 だから情報を漏らさない。

 そんな子ども染みた短絡的な考えで、本末転倒なミスを犯しているのだ。

 

 仮にこの一件が露見すれば、外交問題に発展する。

 なにせボレアス家の本家筋の人間だ。

 パックス程度の首では償えない。

 

 実際にはボレアス家次期当主ジェイムズにとってフィリップは厄介者扱いだ。

 されど、外交問題を逆手に取って、シーローン王国に無茶な要求をする可能性も有る。

 

 ある意味では、パックスは戦争の火種をひた隠しにしていた。

 尤も、すぐにアスラ王国へ身柄を返還すれば、転移事件の被害者を、それもボレアス家の人間を保護したとして、国を通じての報奨となり得た筈だ。

 

 今なら時期的にもまだ間に合うのだ。

 

 だがパックスにその気は無い。

 そんな発想も、発生するであろう諸問題すらも頭の中には無かった。

 

 

「ロキシーめっ! それにルーディアとかいう女も! そいつが全部悪いのだ!」

 

 

 八つ当たりである。

 

 

「ロキシー共々、ルーディアとかいう女を犯してやる!」

 

 

 ろくでもない男である。

 だが、そんなことは万が一にもあり得ない妄想だ。

 ロキシーの話す弟子とは無詠唱魔術の達人。

 パックス程度、片手間で殺せる腕の持ち主。

 

 だから親衛隊の者達も本気にはしていなかった。

 水王級魔術師ロキシーの名は、彼女が去った後でも、その影響力は健在である。

 

 もしやそのルーディア女史が、このバカ王子をどうにかしてくれるのではと、淡い期待すら寄せる。

 

 この国は問題が山積している。

 パックスだけではない。

 第三王子ザノバ・シーローン──。

 怪力の神子であり、首取り王子と呼ばれる彼にも、王家は手を焼いていた。

 

 最近では残り1人となった彼自身の親衛隊員を、ロキシー殿に酷似したフィギュアと交換したという出来事が有名だ。

 交換の相手はパックスである。

 

 ロキシー殿のフィギュアのオマケに、彼女の愛弟子ルーディア女史の姿を模したフィギュアも付属していたとされる。

 

 何でもルーディア女史は高貴な血筋の両親を持ち、彼女自身もアスラ王国有数の美貌の持ち主であると、真しやかにささやかれる。

 

 

「仕方がない! 来るまで待つぞ! 余は諦めん!」

 

 

 ロキシーへの想いから、謎の諦めの悪さが発揮された。

 フィリップ達の監禁生活は、まだしばらく続きそうだ。

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