無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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26話 ルーディアの失敗

 冒険者としての走り出しは良好。

 ルイジェルドとも息が合うようになってきた。

 

 更に時間を掛けること3週間、ようやくパーティーはCランクに到達。

 これでBランクの依頼にも挑戦可能だ。

 

 そして掲示板を物色して、ある依頼を選択。

 

 『謎の魔物の捜索・討伐』という内容で、場所はリカリスの町の南に位置する石化の森。

 丸1日を移動時間に費やして到着。

 

 この森に生息する魔物はBランク以上と極めて獰猛で危険。

 ルイジェルドからは、気を抜くなと注意を促される。

 

 エリスはまだ見ぬ強敵にワクワクしているご様子。

 

 さて、森の入り口では3組のパーティーが鉢合わせる。

 

 Bランクの『スーパーブレイズ』

 Cランクの『デッドエンド』

 Dランクの『トクラブ村愚連隊』

 

 

 どうやらギルドの不手際で、酷似した内容の依頼が複数、掲示板に貼り出されたらしい。

 で、今回、三者共にタイミングが被ったと。

 

 不機嫌なスーパーブレイズのリーダーであるブレイズと、不満そうなクルト達との話し合いで、早い者勝ちという話で結論が出た。

 

 ちなみに、話を統括すると依頼対象の魔物は白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)という名だと明らかになる。

 

 ブレイズは去り際に『俺らの前に現れたら、魔物ごと殺しちまうかもしれねぇから、気を付けな』なんて風に念押しされた。

 怖いねぇ。

 後輩いびりは、およしなさいよ。

 

 かくして俺達は、それぞれのパーティーで別のルートで森を進むことになった。

 

 

──

 

 鬱蒼と生い茂る森の中は、日中だというのに薄暗く湿っぽく、足場も悪い。

 ルイジェルドの先導が無ければ、俺とエリスじゃ、まともに歩行すら無理だろう。

 足を取られながらも、森の深くへ差し掛かった際、ルイジェルドが話を切り出した。

 

 

「奴らが心配だ」

 

「クルト達のことですか?」

 

 

 まさかブレイズ達じゃあるまい。

 Bランクパーティーだし、腕は立つ筈だ。

 となれば、まだ若いクルト達だ。

 

 

「そうだ。あの子ども達は、お前達以上に未熟だ。この森では長くは生きられまい」

 

「じゃあ、後ろからコッソリ尾行して助けるとか?」

 

「それが望ましいが、ルーディアとエリスは構わないのか?」

 

「はい。恩を売るチャンスですから。横の繋がりは大切ですし。デッドエンドの名を売り込む良い機会でもあります」

 

「ルーディアが言うのなら、私も賛成よ!」

 

 

 話は決まった。

 ルイジェルドの額のセンサーでクルト達を捕捉。

 気付かれぬ程度に距離を保って、見守る事にした。

 

 

──

 

 

 後ろから眺めているとヒヤヒヤする。

 魔物や地形などにろくに警戒心を払わずに、我が物顔で進むクルト達一行。

 ルイジェルドの懸念は正しかった。

 

 彼らはエクスキューショナーなる人型の魔物と遭遇し、涙目で相対していた。

 高い剣技に勝ち目が無いと見るや、全力で逃走。

 背後から迫る魔物は、至近距離にまで迫っていた。

 

 しかし、火事場の馬鹿力の類いなのか、速度を上げてクルト達は逃げ切れそうだ。

 でも危険は排除するべきだと、ルイジェルドは主張する。

 

 

「まだ我慢です。もう少し追い詰められてからの方が、恩は大きくなります」

 

「正気か? お前は自分が同じ状況でそれを言えるのかっ……!?」

 

「う……。それでも堪えて」

 

 

 ルイジェルドの気迫に怯み掛けるが、意見をごり押しする。

 渋々、静観を決めた彼は、歯軋りをする。

 

 クルト達はというと、逃げた先に新たな魔物の姿。

 アーモンドアナコンダとかいう蛇の魔物だ。

 

 よし、いい具合に追い詰められてきた。

 後は、万事休すといったタイミングで助けに入れば、バッチリだ!

 

 

「あ、……」

 

 

 その声はエリスのものだ。

 何か不意を突かれるような悪夢を目撃した声色。

 つられて視線をクルト達へ向けると──。

 

 仲間の1人が──死んでいた。

 

 名前は覚えていないが、鳥型の魔族の彼は、エクスキューショナーの振るう剣に脳天から両断されていた。

 即死だ。

 

 え……。

 嘘だろ?

 いや、人が死ぬわけがないじゃないか。

 

 

「こうなると分かっていたっ……!」

 

 

 ルイジェルドが飛び出す。

 彼の背中が遠ざかり、エリスも後に続いた。

 その後の事は、あまり記憶に残っていない。

 ただ、魔物は殲滅されていたとだけ、話しておこう。

 

 

──

 

 

 戦闘後、俺は吐いていた。

 うずくまる様にして自身の犯した過ちの重さに堪えきれず、胃袋がキュウッと締め付けられて……。

 頭の中がグチャグチャだ。

 

 視界が霞む。

 グラグラして視線も定まらない。

 

 

「ルーディアッ! 貴様っ……!」

 

 

 兄貴分に胸ぐらを捕まれて宙吊りになる。

 いっそ、このまま殺してくれ。

 人を見殺しにした事実に、心が砕けそうだ。

 俺を……楽にしてほしい。

 

 いや、俺には治癒魔術があるじゃないか……?

 なぜ忘れていた。

 焦りのあまり、視野が狭まっていたようだ。

 

 

「お前が招いた事態だっ……!」

 

「離せよ……。()がアイツを助けなきゃならないんだ……」

 

「奴は死んだっ……」

 

「いいから離せよっ……! 俺じゃなきゃアイツを治せねぇんだよっ……!」

 

 

 自棄っぱちになって座標指定魔術で、ルイジェルドの背後から昏睡(デッドスリープ)を撃ち込む。

 意識は奪えなかったが、胸ぐらを掴む手の力が、一瞬だけ緩む。

 

 隙を突いて抜け出し、二つに裂けた魔族の少年の下に駆け寄る。

 左右の身体を断面に合わせて密着させて、聖級魔術を必死に掛け続けた。

 

 

「治れ! 治れ! なおれ! ナオレ! 治って……くれ……」

 

 

 魔力が無駄に消費されてゆく。

 効果が現れない。

 治る気配が無い。

 あれ?

 おかしいな、俺には治癒魔術の才能がある筈なのに。

 どうしてだ?

 本調子……じゃないから?

 

 くそっ……転移事件なんて無ければ、じきに王級治癒魔術を習得出来たというのに。

 ……いいや、無理だ。

 王級では精々、失った手足を再生するに留まる。

 

 頭では理解しているさ。

 もう手遅れだってことくらいは。

 でも、認めたくないじゃないか。

 俺が殺した様なものだ。

 救えた筈の命を、みすみす取りこぼした。

 

 かつてブエナ村に居た頃に誓った使命を、自ら破ったのだ。

 ああ、俺はとんでもない大罪人だ。

 

 その後も俺は壊れたラジオのように、治癒魔術を無詠唱及び有詠唱の両方で繰り返した。

 

 

「ルーディア……。もう止めろ。それ以上は、お前の身体が持たん」

 

「うるせぇよ……。俺だって必死なんだ! 出来ないと分かっていても、やらなきゃいけねぇんだよ!」

 

 

 わけが分からん。

 自分で何を言っているのか、サッパリだ。

 

「強く当たった事は謝る。ルーディアとて、俺にとっては守るべき子どもだっ……!」

 

「だったらっ……! 助けてくださいよ……。ルイジェルドさん……」

 

「その少年はもう死んだ。諦めろ。現実を受け入れるのだ」

 

「嫌だ、いやだ……。どうして俺は……。こんなにも……」

 

 

 治癒魔術を……止めた。

 もう目を逸らせない。

 直視するしかなかった。

 

 

「ルーディア……。貴女は頑張ったわ。もう休みなさいよ」

 

 

 エリスに肩を抱かれる。

 その優しさが俺を追い詰めるとも知らずに。

 

 

「だってエリス……。俺は……。いえ、私は……」

 

「ルーディアは時々、自分の事を『俺』って呼ぶわよね?」

 

「それが今、何の関係が……」

 

「いつもは痩せ我慢していて、今のルーディアが素の自分なんでしょ? ツラい時まで、自分を騙そうとしないでよ。見てる私まで不安になっちゃうでしょっ……!」

 

「あ……う、……」

 

 

 エリスは見抜いていたのか。

 俺の歪な在り方を。

 

 

「この前は私のことを慰めてくれたでしょ? だったら、今度はこっちの番よ! 大丈夫、ずっと私がルーディアのそばに居てあげるんだからっ!」

 

 

 その言葉に俺は、どれだけ救われたことだろう。

 独りでは堪えられない思い。

 でも彼女は俺の横で支えてくれると言う。

 それは、姉としての意識が出した言葉なのか。

 

 

「う、うぅ……。お願いだ、俺とずっと一緒に居てくれ」

 

「当然よ! 嫌って言っても、一生付きまとってやるんだからっ!」

 

 

 そうして俺は泣くことを止めた。

 もう立ち上がらなきゃいけないと覚悟を決めたのだ。

 

 

「町へ戻るか?」

 

「いいえ、ルイジェルドさん。()はもう大丈夫です。それよりもクルト達を森の入口まで送りましょう」

 

「あぁ。すまなかったな、先ほどは。誰にだって間違いはあるというのに、俺は……」

 

「謝らないで」

 

「しかし、俺は自分を棚上げして、お前を責め立てた」

 

 

 ルイジェルドも律儀な男だ。

 謝る理由など有ってたまるものか。

 

 

「ルーディアは俺と違って、間違いを認識して正せる人間だ。それは、尊敬に値する」

 

「そんな殊勝な人間ではありませんよ、私は……」

 

「いや、この一件で俺は何も出来なかった。しかしお前は治そうとした」

 

 

 死んだ者を蘇生しようなんていう無理難題に挑戦して、案の定、失敗しちまったけどな……。

 

──

 

 

「あんたら、助けてくれてありがとう。仲間を1人失ったけど、冒険者なんだ。覚悟は出来ていたよ」

 

 

 クルトは嗚咽混じりの声で礼を言う。

 やめてくれ、俺はお前の仲間の仇みたいなもんだ。

 

 

「クルトと言ったな。俺はお前を子どもだと侮っていた。お前にも冒険者としての矜持があるというのにだ」

 

「いいよ、そんなこと。オレのせいで仲間割れさせたみたいで、悪かったよ」

 

「気にしていませんよ。パーティー内で方針の対立なんて日常茶飯事ですから」

 

「そうか。ルーディア、お前って良いやつだな」

 

 

 それから森の入口まで送り、彼らは仲間の亡骸を背負って町の方へ帰還した。

 なんていうか、やるせない気持ちだよ。

 

 さて、依頼の遂行に戻ろう。

 今度は打算なんて考えない。

 この森では命なんて軽く吹き飛ぶ。

 今しがた経験したことである。

 

 やがて森の深奥部へと到達する。

 空気が変わった。

 心なしか匂いも。

 

 

「戦闘が起きている」

 

「ブレイズ達でしょうか? 助太刀します?」

 

「いや、奴らは子どもではないし、クルト達同様に覚悟は済んでいる筈だ」

 

 

 ふむ、ルイジェルドの掲げる正義による救済対象の基準は、子どもであるか否か、ってところか。

 Bランクパーティーなら、俺達よりもよほど集団での戦闘経験は豊富だろう。

 ラプラス戦役を戦ったルイジェルドは除くとして。

 

 視線を前方へ伸ばすと、ブレイズ達は壊滅状態だった。

 うん?

 いや、ブレイズだけが生き残り、そして奮戦しているな。

 

 片腕と片耳を失い、満身創痍といった具合。

 戦っている魔物は──。

 

 白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)ではなかった。

 似ているが別種。

 より強力で、より凶暴性の高い魔物。

 赤喰大蛇(レッドフードコブラ)という上位種。

 巨体と耐火性を誇り、牙には猛毒を備えている厄介極まりない生物。

 ランクにしてAに相当する。

 

 こりゃ、ヤバい。

 ゆえに先刻の二の舞にならぬよう、ルイジェルドに要請する。

 

 

「今度こそ助けましょう!」

 

「そうだな。お前なら、そう言うと思っていた」

 

 

 お見通しですか?

 だが好都合。

 窮地のブレイズを救うべく、死闘に横槍を入れさせてもらう。

 

 大蛇の頭突きがブレイズを狙うが、飛び込んだルイジェルドが、三叉槍の穂先でいなす。

 意識外からの乱入者に、大蛇は容易に捕食を阻止された。

 

 

「た、助かったのか……?」

 

「まだ気を抜かないで! 来ますっ!」

 

 

 ブレイズの首根っこをルイジェルドが掴んで下らせる。

 エリスは意気揚々と剣を抜き、巧みなステップで大蛇の猛攻を避け続ける。

 ただし、地面を叩いた尾が砂煙を生み出し、視界を遮った。

 一旦、距離を置くエリス。

 歯痒い思いをするも、地団駄を踏む暇すら与えられない。

 

 隙を突いて鱗を斬りつけようと試みるが、変則的な動作ゆえに全て外れた。

 

 俺も遠距離から攻撃魔術を片っ端から撃ち込むが、全て当たらない。

 座標指定魔術で視界の外から狙って、ようやく数発ほど着弾した。

 

 だが威力不足。

 火力を上げるのなら、座標指定魔術では不足気味。

 やはり威力の底上げを図るのなら、手から魔術を放つべきか。

 

 ひとまず初級水魔術の水弾(ウォーターボール)を発動し、手の先で溜めておく。

 後は必中の時を待つだけだが……。

 ウネウネと動く大蛇に当たる気がしない。

 

 だが、ルイジェルドが頭部と心臓をしつこく狙い、俺への注意を逸らす。

 エリスも負けちゃいない。

 尻尾を集中的に切り刻み、慣れてきたのか硬い鱗を力任せに破壊していた。

 

 やがて来るべき必中の瞬間。

 逃さず、人生最高の威力を誇る水弾(ウォーターボール)を傷口へ目掛けて撃ち込んだ。

 

 傷口から侵入した水は、内部で拡散し大蛇の身体の一部を破裂させる。

 すると断末魔を上げて、ピンと天に向かって数秒の硬直。

 そして力無く倒れ、息の根を絶やした。

 

 デッドエンドの戦術的勝利である、

 

 戦闘の様子を重傷を負いながらも観戦していたブレイズは、開いた口が塞がらないのか石像のように固まっている。

 数秒後には、自我を宿し、発声手段を取り戻した。

 

 

「すまん、恩に着る……」

 

 

 開口一番、感謝の意を表す言葉。

 ふてぶてしい態度から一転、命を救った俺達への印象を改めたらしい。

 

 

「ノコパラの奴が話してたな……。デッドエンドとかいう新人が、破竹の勢いで実力を伸ばしてるってよ」

 

「ノコパラさんとはお知り合いですか?」

 

「おう、昔はアイツとリカリス愚連隊ってパーティーで、色々と馬鹿な事をやってたんだ……」

 

 

 会話の最中に治癒魔術及び解毒魔術を施しておく。

 止血は完了。

 大蛇に噛み千切られたであろう片腕と片耳は、申し訳無いが諦めてもらおう。

 今の俺じゃあ、治せない負傷もあるのよね。

 

 ん?

 いま、意識の中に引っ掛かる単語が聴こえた。

 リカリス愚連隊とか言ってたよな?

 

 

「もしかして過去にロキシーっていうミグルド族の女性がメンバーに居ませんでしたか?」

 

「あぁ、短い間だが一緒に冒険者稼業をしてたがよぉ。もしかしてお前、ノコパラが自慢気に話していたロキシーの弟子なのか?」

 

 

 当たりだ。

 世間の狭さを垣間見る。

 とはいっても魔大陸じゃ生活圏はごく僅か。

 人脈も極めて狭い範囲で構築されるだろうし、必然のようなものだ。

 

 

「そうかぁ。アイツの弟子なら、その強さの理由にも頷ける。古い知り合いの弟子に救われるとはよお。奇跡ってのは本当に起こるんだな」

 

「ロキシー師匠に感謝してくださいよ。もし今度会うことがあれば、甘い食べ物でもご馳走してあげてください」

 

「おう、分かってらぁ。だが、まずはお前らに礼をしねぇとな。町へ戻るまでに考えとく」

 

 

 ロキシーの弟子という立場は、こうも人間関係を円滑にするらしい。

 宿に戻ったら、御神体(ロキシーのパンツ)に祈りを捧げよう。

 最近じゃ、エリスやルイジェルドの目が有るから控えていたりする。

 信仰心が足りんぞ、俺は。

 

 その後、死骸から剥ぎ取り作業と、ブレイズの仲間の遺体の火葬処理を実施。

 仲間と身体の一部を失ったブレイズは、今日を以て冒険者を引退するそうだ。

 

 リカリス愚連隊時代の仲間とは違い、さほど現在の仲間に思い入れは無かったようで、ケロッとした態度でいる。

 今後は実家の家業を継ぐと本人は口にしていた。

 それで飯を食っていけるのなら、まずまずの結末か。

 

 お礼の方は、魔大陸基準で少なくない謝礼金を頂いた。

 彼も今後の生活があるだろうに、義理深い奴だ。

 

 ともあれ、先を急ぐ俺達。

 このお金を有効活用させてもらおう。

 ありがとう、ブレイズ。

 

 

 

 

 

─ミリス神聖国・首都ミリシオン─

 

 

 ゼニス・グレイラットは、娘のノルンと共に実家に滞在していた。

 ラトレイア伯爵家こそが、ゼニスの生家である。

 

 本来であれば、帰省するつもりなど無かったのだ。

 フィットア領転移事件による被害で図らずも、母クレアの前に戻ってきてしまった。

 

 そもそもゼニスは成人して間もない頃、ラトレイア家の仕来たりであったり、母クレアの上から押さえ付けるような教育方針に嫌気が差していた。

 その弾みで家出同然に飛び出し、紆余曲折を経て夫パウロと運命的な出会いをしたという経緯がある。

 

 ゆえにもう2度と実家に戻る事はないと、高をくくっていたが……この有り様だ。

 

 現実に出戻りに到る。

 それも愛娘の1人を連れて。

 

 フィットア領で大規模な天変地異が起きたことは既に理解している。

 自身も被災したのだから当然だ。

 

 だが、続報を知ることは、現在彼女が置かれている環境下では不可能であった。

 というのも母クレアが、ゼニスの勝手な行動を制限する為に、意図して情報を遮断しているからだ。

 

 夫のパウロ、侍女のリーリャ、その娘アイシャ。

 そして3年越しに再会した長女ルーディア。

 

 家族の安否情報を望んでいるのに手に入らない苦しみ。

 幼い娘のノルンの手前、不安にさせる恐れがあるので、泣くことすら許されない。

 外出は認められず、良くて屋敷の敷地内の散歩までしか許可は降りなかった。

 

 仮に敷地外へ出ようと思い立ったとしても、厳重な警備体制を敷かれたラトレイア家の監視の目を逃れるなど困難だ。

 

 家族の無事を案じる日々。

 ゼニスとて何も行動を起こさなかったわけではない。

 ほぼ毎日、母クレアに情報開示や待遇の改善などを直談判しているのだ。

 

 

「ですからお母様! 私は既にグライラット家の人間です。ラトレイア家に留め置かれる理由も根拠もありません!」

 

「それは貴女の独り善がりの認識に過ぎません。そもそも家出などでラトレイア伯爵家の籍を抜けたなどと思わないことです。正式な手続きを踏まずに、何を他人面をしているのですか?」

 

「いいえ、私はもうラトレイア家の人間ではありません。何故なら、ボレアス家当主サウロス様の正式な辞令により、夫パウロはブエナ村の駐在騎士となりました。その妻である私がグレイラット家の者であることは明白です」

 

「それはボレアス家による独断でしょう? 嫁入りをするにも、何故、ラトレイア家に話を通さなかったのですか。これは不義理です。断じて認められる事ではありません」

 

 

 親子共々、口喧嘩はあまりに言葉が多くなる。

 傍目からは漫才のように映ることだろう。

 

 

「それにノルンはどうするのです? 家も夫も失った貴女では、養ってはいけないでしょう。ラトレイア家であれば成人までの教育、成人後の縁談まで全て世話を見れます」

 

「夫は……パウロは生きている筈よ。勝手に決めつけないで!」

 

「突然、伴侶を失った悲しみは理解出来ます。しかし、現実と現在の状況を鑑みればこそ、貴女はラトレイア家を頼るべきなのです。全て母に委ねなさい。無理に再婚しろとは言いません」

 

「お母様は義理の息子(パウロ)を捜して下さらないの? 私に何も教えず、満足するとでも思っているのですか!」

 

「貴女が気にする事ではありません。パウロ・グレイラット等という落伍者……。生まれは良くても、育ちには疑問が残ります。ラトレイア家が協力する価値も義理も感じられません」

 

 

 全ての意見に反論というプレゼント付きだ。

 こうなっては対話での解決に糸口を見出だせない。

 

 そして、パウロ・グレイラットの悪名は、中央大陸より遠く、ミリス大陸まで届いている。

 曰く、ゼニスを娶る以前は女癖が悪く、粗野な男であったとか。

 現在は剣王にまで至ったというが、人間性などそう易々と変わらない。

 クレアの認識としては変わらず、パウロ・グレイラットへの評価は最低値であった。

 

 

「ですが、もう1人の娘ルーディアであれば、ラトレイア家が総力を上げて捜索中です。これで満足なさい。妾のリーリャや、妾の子のアイシャは、アスラ王国側で捜すことでしょう。ラトレイア家が関与することでは在りませんので」

 

「ルディの捜索の件は感謝しています。ですけれど、リーリャとアイシャだって私の家族です! そんな風に冷たく突き放さないで下さる!?」

 

「我が娘ながら嘆かわしいことです。いい加減、聞き分けなさい。連日、こうも騒がれては、私も呆れてしまいます。かつては清廉で美しく、ミリス令嬢の鑑とまで呼ばれていた貴女は、何処へいったのですか?」

 

 

 ここでゼニスは、してやったり顔を浮かべる。

 これまでクレアの口から明かされる事の無かった捜索情報を会話の中で聞き出せたのだ。

 ラトレイア家は、捜索の手をルーディアにしか伸ばしていない。

 そしてパウロ、リーリャ、アイシャは依然として行方不明。

 

 最低限の欲する情報は入手した。

 事態が好転したとは、口が裂けても言えないが。

 

 

「お母さん……。お祖母ちゃん……。ケンカはダメだよ?」

 

 

 ゼニスにとっては娘、クレアにとっては孫娘であるノルンが、口論を繰り広げる2人に弱々しくも、注意の声を上げた。

 

 ハッとした両者は、ノルンに与えた不安を打ち消すように取り繕い始める。

 

 

「違うのよ、ノルン? お母さんとお祖母ちゃんは、いつも仲良しなのよ」

 

「おや、ノルン。怖がらせてしまいましたか? 貴女の母とオババは、喧嘩などいたしませんよ」

 

「ホント?」

 

 

 笑顔で頷くゼニスとクレア。

 あの堅物のクレアでさえ、4歳の孫娘に対しては、甘くなってしまうらしい。

 

 もしこの場に妾の子アイシャが居れば、比較でもして関係は悪くなっていたかもしれないが、今はその懸念もあるまい。

 

 なんであれゼニスは、数少ない情報を得た。

 これ以上、自らアクションを起こすことは難しいが、近くルーディアと再会する事を願うばかりだ。

 

 ルーディアならこの停滞した状況を、打破してくれる一助となる気がするのだ。

 

 

「ルディ……。早く会いに来てね……」

 

 

 ゼニスはルーディアとの再会をそう遠くない日に予感した。

 

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