無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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27話 魔王バーディガーディ襲来

 町でブレイズから謝礼金を受け取ってから別れ、ギルドへ依頼達成の報告と素材の売却を行った。

 貯蓄額的にもパーティーランク的にも、そろそろ次の土地を目指して出発すべきだ。

 出発までに、2~3日の休養と身支度などの準備期間を置く事に話し合いの末に決定。

 

 初日に関しては、俺は丸一日寝ていた。

 人の生き死にの瀬戸際を経験したばかりで、気づかない内に心労を重ねていたらしい。

 

 エリスは言葉も通じないだろうに、装備の新調の為にお使いに出掛けた。

 意外なことにトラブルを起こさずに帰ってきた。

 この話には裏があって、ルイジェルドが陰からエリスを見守っていたらしい。

 

 ついでに、そろそろルイジェルドの素性をミグルド族のロイスという設定で偽装する事に限界に感じてきたので、額の宝石を隠すべく、3人お揃いの鉢金を購入してきてもらった。

 髪を染めるだけじゃ見破る奴は見破ってくる。

 リカリスじゃ誤魔化し通したが、別の町では予想がつかない。

 

 それにしても面倒見の良い、子ども好きの兄貴分だ。

 本当にロリコンじゃないよね?

 

 2日目は3人で町を散策。

 リカリスの町も見納めとなるので、記憶に焼き付けておきたかったのだ。

 当初の予定より滞在期間が伸びてしまったせいか、第2の故郷のような愛着が湧いたらしい。

 

 一番に気持ちが落ち着く土地は、やはりフィットア領のブエナ村かロアの町という事実は変わらないが。

 

 そして休息の最終日。

 馴染んできた冒険者ギルドにて別れの挨拶。

 出発は明日の早朝だから、実質的に今日が諸先輩方に会う最後の日だ。

 

 この町へ来たばかりの頃にトラブルになったカエル顔の男も、別れを目前に寂しそうにしている。

 そんな彼よりも名残惜しそうにする男が1人居た。

 ノコパラだ。

 

 

「ついにリカリスを発つのか……。寂しくなるなぁ、おい」

 

「そうですね。皆さんには本当にお世話になりました。特にノコパラさんには、色々と融通して頂いて、感謝の気持ちが尽きませんよ」

 

「よせよ、照れるぜ。俺も子持ちだからよ。嬢ちゃんみたいな小さな子が頑張ってると、応援したくなるんだ」

 

 

 はじめの頃は、彼が家庭持ちという事実を疑っていた。

 言っちゃ悪いがアコギな商売をしてそうに風貌だったしな。

 だがつい先日、彼に良く似た馬面の妻子と仲睦まじげに歩いている姿を見かけたのだ。

 ホラではなかったようで、なんかゴメン。

 

 

「まっ、生きてりゃあ、またいつか会うかもしれねえな」

 

「その時はお酒でも飲みましょう。今は未成年なので、お酒は控えていましたし」

 

「そうだな。巡り合わせが良ければ、ロキシーも交えて浴びるほどの酒を飲もうぜ!」

 

 

 数分ほどの談笑を終え、残りの時間を宿でゆっくりと過ごそう。

 そう考え、エリスとルイジェルドを連れてギルドを出ようとしかけたその瞬間──。

 

 

 カンカンカンカンカン!

 

 

 リカリスの町中にけたましい鐘の音が鳴り響く。

 これは……警報?

 この場合は警鐘と呼ぶべきか。

 

 

「これは……いったい?」

 

「おいおい、マジかよ! この鐘の音が鳴るって事は、町の中にヤベぇ魔物が入り込んだっつうことだぞ!」

 

 

 ノコパラの口振りで、おおよその状況を把握する。

 リカリスの町はクレーター状に形成されており、円形になっている。

 周囲は厚く高い壁に囲まれ、出入口は限られている。

 各通用門は門兵が24時間体制で警備している筈だが、何らかの理由で魔物とやらに突破されたのだろう。

 

 これ、俺らの身も危ないのでは?

 

 迫る危険に神経を尖らせていると、町中に不用意な外出を控えるようにお達しが出た。

 魔物を外へ逃がさないように、町の門を封鎖するとも。

 

 それじゃあ、避難も出来ないじゃないか。

 封鎖令が解除されない限り、この町から旅立つ事すらままならない。

 

 

「どうします? ルイジェルドさん」

 

「俺が程度を見極め、可能であれば魔物を駆逐するというのはどうだ?」

 

「私は賛成よ! 街の衛兵なんか頼りにならないわっ!」

 

 

 好戦的でいらっしゃるよ。

 俺も賛成ではあるが。

 

 しかし、この地を治める魔王様とやらに、事態の収拾を頼んだ方が確実ではないか?

 いや、割と神出鬼没な人物らしいし、待つだけじゃ時間の浪費にしかならない。

 

 魔王バーディガーディは、ビエゴヤ地方の何処かを、ほっつき歩いていると噂で聞いたが、果たして……。

 

 

「やむを得ませんね。私たちで魔物を退治してしまいましょう」

 

「話が分かるじゃない、ルーディア!」

 

「承知した。だが、先陣は俺が切る。未知の敵相手にお前たちでは不安が残る」

 

 

 全会一致。

 意識を臨戦態勢へ移行する。

 冒険者ギルド内からは、既に人気は消えていた。

 まだ噂話の段階だが、町へ迷い込んだ魔物はAランク相当とのこと。

 

 この町の冒険者の手に余る強敵だ。

 トップ層のパーティーでもスーパーブレイズ辺り。

 残念なことに、そのパーティーすら、先日壊滅したばかり。

 

 さてAランクの魔物と言えば、赤喰大蛇(レッドフードコブラ)に匹敵するレベル。

 そうなれば、俺達にも油断ならない相手だな。

 一瞬の気の緩みが死を招く。

 

 

「お前ら、死ぬなよ……」

 

 

 唯一、職員以外でギルドに居残っていたノコパラからの激励の言葉。

 噛み締めて受け取っておく。

 

 さてデッドエンドの出陣だ。

 

 

──

 

 

「不可解だ。魔物の影一つ見当たらん」

 

 

 高所より額のセンサーで索敵するルイジェルドは、疑問を漏らす。

 彼ほどの戦士の目を逃れるような相手だ。

 俺とエリスじゃ、逆立ちしても居場所を特定出来まい。

 

 

「誤報という線はあり得ませんか?」

 

「ん? 待て……。魔物ではないが、異質な気配を感じる」

 

「異質……ですか?」

 

 

 魔物でないとすると何者だ?

 警報が発令される程の人物だとしたら、よほどの大罪人とか?

 念の為、備えておこう。

 アルマンフィの様な存在が襲来してきた可能性だって捨て切れない。

 ルイジェルドなら、遅れを取ることは無いと思うが、俺は彼曰く未熟者だから。

 

 

「接近してくるぞっ……! 速いっ……!」

 

 

 緊迫した空気。

 あのルイジェルドでさえ、油断ならぬ外敵。

 彼の額には冷や汗が浮いていた。

 

 

「腕が鳴るわねっ!」

 

 

 エリスは事の重大性に気づいていない。

 なんて鈍感でお気楽なお嬢様だ。

 フォローしてやらないと。

 

 俺は杖を、エリスは剣を、ルイジェルドは槍を構えて、接敵の瞬間を待つ。

 10秒もしない内に──。

 

 3メートル近い巨大な塊が、目の前に降ってきた。

 土砂が舞い、地面が抉れ、重量感を感じる。

 一様にデッドエンドの視線は、ソレに縫い付けれる。

 

 ソレは生き物だ。

 屈んだ体勢から立ち上がると、長身のルイジェルドでさえ見上げる程の巨体。

 これまでの人生で目にした中で、最も暑苦しそうで、筋肉隆々な偉丈夫。

 浅黒い肌に、紫髪が印象的な6本の腕を持つただ者ならざる魔族。

 

 その者はもしや──。

 

 

「フハハハハ、我輩は魔王バーディガーディである! デッドエンド出現の報を臣下より受け、いざ参った次第!」

 

 

 このビエゴヤ地方を支配する魔王様のお出ましだ。

 しかもデッドエンドの名を聞き付けての参上ときた。

 

 良くも悪くもデッドエンドの名を売り過ぎて悪目立ちしちまったのか?

 くそ……もう1日、早く町を出発していれば、出会す事は無かったのにっ!

 ランク上げに専念するあまりに、リカリスに長居し過ぎた。

 

 目的はやはり俺達か。

 デッドエンドを名乗る俺らを、偽物本物問わず、統治者として見過ごせなかったのだろう。

 

 裁きに来たのか……。

 俺達を殺すつもりなのか?

 

 

「その顔を憶えておるぞ。ルイジェルド・スペルディアだな。うむ、貴様がデッドエンドの正体であったとはな!」

 

 

 数ある腕の中で、上段で腕を組むバーディガーディ。

 敵意とは違う別の感情を感じる。

 半分くらい、俺の希望的観測だ。

 

 

「人払いの為に警報を発令したのだ! 魔物とはつまり、貴様らの事を指す! フハハハハ!」

 

 

 愉快そうに笑う彼の意図が読めない。

 魔王って言ったら、ゲームならラスボス級の存在だ。

 人生10年目という序盤で対峙する相手じゃない。

 

 

「ルーディア、エリス……。奴には決して手を出すな……」

 

 

 言われずとも迂闊に手を出して良い存在ではないことくらい察しはつく。

 分厚い胸板が、強者としての凄味を知らしめてくる。

 

 

「人族の娘らと行動を共にしておるようだが、まさか喰らうわけではあるまいな? 貴様がデッドエンドならば、疑わざるを得んのだ!」

 

 

 バーディガーディが俺とエリスを一瞥し、顎に手を当てて数秒ほど考え込む。

 

 

「俺は子どもは食わん。ただ俺は、この子らを故郷に送り届けると約束したのだ」

 

「ほう、例の転移事件の関係であるな。たしかに報告が上がっておるな。領内にて、人族の被災者が多数発見されたと。見つけ次第、ミリス神聖国に引き渡す手筈を整えている最中だ。アスラ王国は遠方ゆえ、引き渡し先を暫定でミリス神聖国にしておるのだ」

 

 

 なに?

 やはり魔大陸には、俺とエリス以外にも転移してきた被災者が居るのか。

 もしかしたら、俺達の家族も?

 後で救出済みの被災者を確認しよう。

 未発見なら、自分の足で家族を捜しつつ、魔大陸を南下だな。

 

 

「他意は無い。戦士としての誇りに懸けて、救うと決めたのだ。それに……俺は過去を悔いている」

 

「我輩の推察に誤りは無かったようだな! ならば我輩は貴様を()()を含めて咎めん。ルイジェルド・スペルディアの身の潔白はこのバーディガーディが保証しよう」

 

 

 あれ、知り合い?

 もしかしてピンチを脱する事を期待しても構わない?

 

 

「あのぅ……。お二人とも、お知り合いですか?」

 

 

 正直、この2人の会話を遮るのは躊躇われるが、好奇心を抑えきれない。

 エリスはそもそも、魔神語で行われる会話に理解が追い付いていない。

 

 

「うむ、人族にとっては遥か昔にな……。尤も、我輩はもう気にしておらん。不可抗力だったのだろう。ラプラスめにしてやられたな」

 

「バーディガーディ……。気を遣わせたな」

 

 

 過去、ルイジェルドはラプラス戦役の際、魔神ラプラスの策謀で、呪いの槍によって正気を失っていた。

 当時、殺戮の使徒に成り下がった彼は、おそらく……。

 バーディガーディの支配する領域に暮らす民を無差別に殺し回ったのだろう。

 

 魔王様的には、ルイジェルドの過ちに、本人の落ち度は無いと判断したってことか?

 根深い問題の筈だが、バーディガーディ自身は過去の出来事として、綺麗に水に流しているようだ。

 

 普通の人間ならば、不可抗力であろうと割り切ることは難しい。

 魔王様の価値観は人間の常識とはかけ離れているようだ。

 

 

「ところで人族の娘よ、名前を訊こう」

 

「あ、申し遅れました。私、ルーディア・グレイラットと申します」

 

「ほう、めんこい名前であるな!」

 

 

 名前を褒められるの、地味に初めてかもしれん。

 褒め言葉は常に容姿に対してだったし。

 

 

「そちらの赤毛の娘子は?」

 

 

 エリスに名を問うバーディガーディだが、返答は無し。

 だって彼女、魔神語を話せんし。

 

 

「そうか。では人間語ならばどうか。そこの娘よ、名をなんという?」

 

 

 あ、この人、人間語も話せるのか。

 さすがは知恵の魔王だ。

 そこらの貴族よりもよっぽど学が有り、博識で語学堪能だ。

 

 

「エリス・ボレアス・グレイラットよ! ルーディアとは姉妹ね!」

 

「姉妹であったか! 我輩にも姉がおる! ちっと知恵の足りぬ乱暴者だがな。フハハハハ!」

 

 

 良く笑う人だな。

 生きているだけで愉しいって感じの性格だ。

 あ、そうだ。

 俺の家族が見つかっていないか、確認しねぇと。

 

 

「魔王様! 質問、よろしいでしょうか!」

 

「何でも聞くが良い!」

 

「グレイラット姓の人族あるいはギレーヌという人物は、領地内で発見されていませんでしょうか!」

 

 

 なんとなく、この人と会話する際は、大きな発声が望ましく思える。

 

 

「現時点では報告に無いな。グレイラット姓の人族は、目の前に居る貴様らのみだ。フハハハハ!」

 

 

 いや、笑うとこちゃうって。

 こっちは家族の安否が懸かってんだから。

 

 

「お前も笑え! 赤毛の童もだ!」

 

 

 なんか指図された。

 断ったら殴られそうだし……。

 

 

「フ、フハハハハ……!」

 

 

 とりあえず、真似っこだ。

 エリスにも肘で横腹を突いて、笑うことを促す。

 

 

「フ、フ……フハハハハ……!」

 

 

 ひきつった笑顔で笑い声を上げるエリス。

 なかなか珍しい光景だ。

 一目で格上と判断出来る相手の誘いを、気の強い彼女とて無視は出来ない。

 

 ルイジェルドだけだ。普段通りの鉄仮面を維持し続けているのは。

 

 

「良い、良いぞ! 気に入った! どんな時も笑う! 我輩の婚約者キシリカもそう話しておった!」 

 

 

 キシリカが誰かは存じ上げませんよ?

 でも笑ってさえいれば、彼のご機嫌を取れるらしい。

 対バーディガーディ用の処世術だな。

 使い所が究めて限定的だが。

 

 それにしてもバーディガーディは、悪い人ではなさそうだ。

 魔王と聞いて身構えてはいたが、話の通じる人物である。

 こっちの質問にも出し惜しみすることなく答えてくれたし。

 嫌いじゃないタイプだ。

 

 

「ところで魔王様!」

 

「バーディと呼ぶが良い。我輩が笑えと言って素直に笑った者には、名前で呼ぶことを許している! フハハハハ!」

 

 

 従うしかない。

 この手の人に抵抗しても強引に従わせられるだけだ。

 長いものに巻かれろってね。

 

 

「ではバーディ様。実は私たち、旅路を急いでいまして。早急に町の門を開放して頂けませんか?」

 

「おっと、そうだな。もはやデッドエンドは脅威ではない。相分かった! すぐに封鎖を解除させておくぞ」

 

 

 いつの間にか周囲を取り囲んでいた衛兵、その中の1人に指示する。

 話の分かる人で助かる。

 

 

「それはそれとして。我輩は、俄然貴様らに興味が湧いた! どうだ! ひとつ手合わせ願えんか!」

 

「えぇ……。急ぎなんですが? 今日は身体を休めて、明朝出発予定なんですけど……」

 

 

 手合わせとやらで、無駄な体力を使いとうないです。

 

 

「ならば、我輩を満足させたら旅の移動用に、運搬トカゲを進呈する!」

 

 

 運搬トカゲとは、魔大陸における馬車馬のような生き物だ。

 人が軽く3~4人は背に乗れるサイズ感である。

 結構、値が張るし、バーディガーディの余興に付き合う褒美としては悪くない。

 

 

「そのお話、お受けします!」

 

 

 バーディガーディは魔王だ。

 ルイジェルドでさえ冷や汗を掻く程だ。

 最低でも帝級クラス、最高で神級クラスの力量が予想される。

 でもデッドエンドは3人で1人。

 チームワークで勝ちを取りに行こう。

 

 

「では決まりだな! ルーディアよ! 1対1の決闘で勝負をつけるぞ!」

 

「え、1人!?」

 

「当然である! 我輩は貴様との決闘を望む! ルイジェルドの技量はラプラス戦役にて把握済み。エリスの実力も闘気よりおおよそ読み取れる。未知数である魔術師のお前の力を見極めたいのだ! フハハハハ!」

 

 

 嘘だろ?

 魔大陸に来て最大の窮地だよ。

 ヒトガミの奴め、こうなるって分かってたんなら、助言のひとつでも寄越して回避させやがれってんだ!

 

 恨み節を頭の中で言いながら、目の前の魔王様(ラスボス)とサシでやり合う事になるのだった。

 

 

 

 

 

─フィットア領捜索団・本部設営地─

 

 大規模魔力災害により、フィットア領からは領民・物資共に根こそぎ失われた。

 復興の目処は立たず、現状は被災した領民の捜索が、ボレアス家の主だった方針だ。

 

 捜索の指揮を執るのはボレアス家次期当主であるジェイムズ・ボレアス・グレイラットその人。

 荒れ果てた不毛の大地に、捜索団の本部を設営し、少ない人員を使い捜索を指揮していた。

 

 本来であれば現当主たるサウロスが、全権を握り、事を動かすのだが──。

 今災害においては、そのサウロスまでもが被災し、依然として消息不明。

 

 そうなれば繰り上がりでジェイムズが、上に立たなければならない。

 だが資金不足は目に見えていた。

 王都に保管されていた父サウロスの私財を切り崩して資金に充てたが、焼け石に水である。

 

 ジェイムズの保有する財産の幾らかも投じたが、穴の空いたバケツに水を注ぐようなもの。

 これ以上の資産の投入は、ボレアス家の存続すらも危ぶまれる。

 

 かといって復興しないというわけにもいくまい。

 そうなれば領地は王家に接収され、爵位すらも剥奪。

 

 つまりジェイムズは平民に身をやつす事となる。

 いや、責任を追及されて投獄或いは打ち首なんて可能性も十分に考えられる。

 そうなれば家族も離散し、路頭に迷うのだ。

 ロクな解決策も見出だせず、いつしかジェイムズは酒に逃げるようになった。

 

 こうなれば取れる手段は、行方不明の姪エリスを保護した上で、ダリウス上級大臣へ資金援助を条件に引き渡す事くらいだ。

 

 あるいは、従兄弟のパウロの娘ルーディアでも条件としては同じだろう。

 ノトス家のピレモンが口出しする事も無いだろう。

 かの兄弟は不仲だと聞く。

 自身と弟フィリップの関係に通ずるものがある。

 

 さて、遅々として進まぬ捜索活動。

 頭を抱えながらも、グラスにワインを注ぎ、不安の誤魔化しを図る。

 

 が、口元でグラスを傾けようとする手は、視界の端から不意に飛び出してきた手に掴まれ、阻止された。

 

 

「誰だ……!」

 

 

 気分を害され、荒っぽく声を上げた。

 

 

「よぉ、ジェイムズの兄貴。ご無沙汰だな……」

 

「お前は……パウロっ……! なぜここに? 警備の目をどう掻い潜ったっ……!」

 

 

 幽鬼の如く眼光、やつれはしていたが、殺気と怒気にまみれた年下の従兄弟パウロが、目の前には居た。

 

 

「あれが警備だぁ……? ザル過ぎたんだよ。オレなら、何処からでも侵入出来る」

 

「何の用だ……? 私はお前の恨みを買うような行いはしていない筈だ」

 

「恨みはねぇよ。けど、領民捜索のやり方が温いと思ったんで、見かねて口出しに来た」

 

 

 領内の下級貴族に過ぎぬ身分で意見しよう等とは。

 ジェイムズは苛立ちを隠せず、喧嘩腰で応答する。  

 

 

「はっ! お前のような人間のクズが一丁前に私に指図か!」

 

「クズでも人の親のつもりだ……。言っておくがな、てめぇの手腕じゃ、この災害を乗り切るには荷が重い。フィリップの奴なら、もうちっと手際良くやれたろうなぁ……」

 

「奴は次期当主争いで、私に敗北した負け犬だっ……。私以上に適任者は居らんっ……!」

 

 

 王都での人脈も政事的手腕も弟に優っている。

 6歳下の弟に劣っている部分など皆無なのだ。

 

 

「てめぇの自尊心の擁護で死人が出続けるんだぜ……? ジェイムズ、お前分かってんのかよ」

 

「黙れっ……! その減らず口を閉じろっ……!」

 

「いや、黙るのはお前だ……」

 

 

 パウロの腰に提げられた鞘。

 カチャリッと、短く音が鳴った。

 彼の所作に視線が吸い寄せられるが、速度を増して視界から消えた。

 

 手に違和感を覚える──。

 トンッと執務用に設置された机が叩かれた。

 机上にはジェイムズの両手が置かれており、その内の右手に嫌な感触を味わう。

 

 

「とりあえず、指からいっとくか?」

 

「は……?」

 

 

 パウロの言葉の意味を理解するまでに要した時間は、ほんの一秒。

 手元に目を向ければ……。

 ジェイムズの右手の指の全てが、根元から絶たれていた。

 机には5本の指が当然のように転がっている。

 遅れて訪れる激痛。

 

 視界が明滅し、思考が乱され、身をよじって絶叫を漏らす。

 

 

「が、あぁぁぁぁっ……!!」

 

「オレはいつでもてめぇの首を落とせるんだ。口の利き方には気をつけろ。オレの言うことに黙って頷いてりゃあ、これ以上、痛い目をみることもねぇよ」

 

 

 こいつは……何者だ。

 自身の記憶の中に在るパウロ・グレイラットの姿と同じ見た目をしただけの別の何かだ。

 断じて人間などではない……。

 悪鬼の類いだ。

 悪夢のような人外が、このフィットア領に紛れ込んだのだ。

 

 

「ダリウスのクソ野郎と繋がりがあるんだってな? あぁ、やっぱりオレはてめぇに恨みがあったわ。ウチの娘に手を出しやがったよな?」

 

「あ、あれは……。あの娘が勝手に巻き添えに遭っただけだ! 私の意思ではないっ!」

 

「だとしても、どの道、お前は自分の姪を差し出そうとしたゴミクズだ。言い逃れは出来ねぇな」

 

 

 早く止血しなければ……。

 だが眼前には鬼の姿が健在。

 逃れる隙など存在しない。

 

 

「このままお前の首をはねて、フィリップの奴を見つけ出し、当主をすげ替えちまっても構わねぇんだぜ? 無駄な口をたたくな」

 

「わ、わかった……! 要求を言え……!」

 

「ようやく、その気になったか……。手間取らせやがって」

 

 

 既にジェイムズには逆らう気力は残されていなかった。

 ボレアス家の存続など頭から抜け落ち、ただ己が命に執着するのみ。

 この瞬間、ジェイムズはパウロの傀儡と成る。

 

 

「手段は問わん。ダリウスから資金援助を引き出せ」

 

「そ、それは私では無理だ! 奴の欲しがる物など手元に無いっ!」

 

「てめぇの首でも賭けてこいよ」

 

「無茶を言うなっ……! 他の事なら何でもする! 頼む! 見逃してくれっ……!」

 

「そうか……。じゃあ、ジェイムズ。捜索団の全権をオレに移譲しろ」

 

「そんな事で良いのか……? 私は助かるのか……?」

 

「助かるかどうかはお前次第だ。資金調達の事だけを考えてろ」

 

 

 窮地を脱する活路を見出だせた。

 だが自分はこの死神染みた男に、常に背後を狙われ続けるだろう。

 生きた心地などしない。

 

 

「待ってろよ……。ゼニス、ノルン、リーリャ、アイシャ……そしてルディ……」

 

 

 ただひたすらに家族を想い、パウロ・グレイラットは、非道にも手を染める。

 願わくば、この腕で再び愛する家族を抱き締められるように。

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