無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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30話 魔界大帝キシリカキシリスと予見眼

 目覚めると朝。

 まだ空が白んでいる。

 寝相の悪いエリスはベッドから転げ落ち、彼女に抱き枕にされていた俺も道連れで床に転がっていた。

 落下の際、よくもまぁ目覚めなかったものだ。

 

 ルイジェルドは壁に背をつけ、胡座をかいて眠っている。

 あ、俺がジロジロと見ていたら目を開いた。

 

 

「おはようございます、ルイジェルドさん」

 

「あぁ、目覚めが早いのだな」

 

「夢見が悪くて……」

 

 

 ヒトガミなんていう生物学的な分類も定かでは無い奴に一方的に押し掛けられたんだ。

 あまり気持ちの良いものではない。

 

 

「睡眠は必要だ。特に成長期のお前にはな」

 

「頭では分かっちゃいるんですけどねぇ」

 

「今日はどうする? 密輸人のアテが無いのなら、俺も探すが?」

 

「今日は自由行動という事にしましょう。エリスに特訓でもつけてあげて下さい」

 

「心得た。子細は任せる」

 

 

 彼も理解したようだ。

 俺に任せれば、物事がスムーズに運ぶと。

 今回の件に関しては、ヒトガミの吹き込んだアドバイスに従うだけなんだけどな。

 くそ、信頼を裏切るようで心苦しいぜ。

 

 そんなわけでふて寝。

 外が明るくなるまで二度寝だ。

 ルイジェルドも再び眼を閉じて眠る。

 

──

 

 

 日が上り、小鳥のさえずりも聞こえ始めた頃。

 宿を出た俺は、露店が開くまでの時間をブラつく事にした。

 エリスとルイジェルドは浜辺で模擬戦闘を行うそうだ。

 

 ふむ、俺が提案した事だが、デートのようで嫉妬してしまう。

 後でエリスに可愛がってもらおう。

 こちらから甘えれば、お姉ちゃんもイチコロである。

 

 そんな浅ましい考えに耽っていると、俺の宿泊先とは別の宿から、女性の喘ぎ声が盛大に響いていた。

 こんな朝っぱらから盛る輩がいるらしい。

 まったくけしからんな。

 

 こちとら禁欲的生活を送っているというのに。

 女の身に生まれてから自慰行為すらした事の無い俺は、恨み節で『バカタレ』と呟く。

 

 そんな不貞を働く連中を思考から排除し、市場の方へと足を運んだ。

 店を出す準備に精を出す商人たち。

 露店も組み立てられ、調理が開始されるのを待つ。

 そう言えば小腹が空いた。

 宿を出る前に朝食を摂ったが、育ち盛りのこの身体には不足気味。

 

 どれ、串焼きでも戴こう。

 ルイジェルドの渡航費は捻出出来ずとも、買食いするくらいの小金は所持している。

 

 財布の中身の金額が記憶と一致するか(あらた)めて、購入分とぴったしの硬貨を手に握り、露店で衝動買い。

 

 港町だけあって海産物を中心とした串焼きだ。

 ひと齧り目で美味と確信。

 3本ほど買っていたが、ものの数分で平らげてしまった。

 摂取した栄養は、全て胸に吸収されそうだ。

 

 この味ならきっと魔界大帝キシリカキシリスとやらの舌を満足させ空腹も解消出来るだろう。

 何かしらの褒美を得られそうだ。

 同じ店で20本ほど買い足し、機嫌の良い店主に丁寧に包んでもらう。

 

 早速、裏路地へと足を運ぶ。

 今朝、女性の喘ぎ声の響いていた道も通る。

 まだ盛ってやがった。

 

 窓辺から顔を出す金髪のねーちゃんと目が合う。

 縦ロールの巻き髪が特徴的。

 てか、昨日見かけた長耳族(エルフ)の女性だ。

 一瞬、彼女が俺の顔をマジマジと見詰めたかと思えば、驚いた表情で口を押さえた。

 

 なんだ?

 俺が生き別れの知り合いにでも似てたのかい?

 直後、背後から情事の相手である男が女性を揺さぶると、恍惚とした表情で俺の事など置き去りにして、部屋の中へと引っ込んだ。

 なんだったんだよ、あの人……。

 

『ゼニスの娘ですわっ! あぁーんっ!』とか嬌声混じりに聞こえたような、聞こえなかったような……。

 あの手の人間には関わらないでおくのが吉である。

 

 

──

 

 

 路地裏をさ迷うこと数分。

 件の人物らしき人影を発見する。

 ボロ布に身を包み、ハエの(たか)る不衛生極まりない小柄な身体。

 バーディガーディの婚約者というから、豊満な肉体の女性かと思い込んでいたが、ところがどっこい、幼女サイズではないか!

 

 道行く人に物乞いをしては蹴り飛ばされて哀れなものだ。

 人違いか?

 いや、物は試しだ。

 意を決して声を掛けてみる。

 

 

「失礼、貴女様が魔界大帝キシリカキシリス陛下であらせられますか!」

 

「む……なんじゃ、お主! 食い物を持っておるではないかっ! 妾にくれっ!」

 

 

 手に持っていた串焼きの包みを引ったくられる。

 フードを深く被っているので顔は見えないが、声は幼女らしく高く可愛らしい。

 どこかアホっぽさが滲み出ているが、愛嬌の内だろう。

 

 あっという間に完食すると、ボロ布を脱ぎ去り、中身がお目見え。

 やたら露出の多い黒のレザー系ファッション。

 若い女の子がするような格好ではない。

 端的に言えば、はしたない。

 幼女だから許されるといったところか。

 

 紫髪の頭部の両側には山羊を思わせる角が生えている。

 とりあえず魔族であることは確定だな。

 

 

「礼を言うぞ! お主、名を何と申すっ!」

 

「ルーディア・グレイラットです。貴女の事は、バーディ様より聞き及んでおります」

 

「なんとっ! バーディの知己であったかっ! よし、ルーディアよ! 褒美を取らせようっ! ファーハハハハ!」

 

 

 彼女がバーディガーディの知人であることは証明出来た。

 やはり魔界大帝キシリカキシリス本人らしい。

 話もトントン拍子で進む。

 

 

「ん、んんー! なんじゃ、お主。物凄い魔力総量じゃのう! ラプラスのヤツ以上だな」

 

「は、はぁ……ラプラスですか?」

 

「ラプラスのヤツには辛酸を舐めさせられたのでな。あまり良い印象を持っとらんが、バーディの紹介なら相応の扱いをしよう! お主がラプラス本人というわけでもあるまいしな」

 

 

 この幼女大帝、魔神ラプラスとの交戦歴があるらしい。

 左右で色彩の違う瞳で、俺の顔を凝視しては『気持ち悪いのう』と悪口を吐いてきた。

 この可憐なルディちゃんを捕まえておいて、気持ち悪いとはなんだっ!

 

 

「お主、奇っ怪な体質をしておるのう。肉体と魂の不一致が激しいぞ! 男のような魂が、女の身に宿っておるようじゃ! 真実は妾も知らんがなっ!」

 

「お、おう……?」

 

 

 もしや魔眼持ち?

 魔界大帝の保有する魔眼というのは、魂まで識別可能なのか?

 曖昧にしか言わなかったことからすると、割と精度の低い魔眼なのかもしれない。

 

 人生で始めてだよ。

 魂と肉体の不一致を指摘されるのは。

 

 

「まぁ、魔族の中にはそもそも性別など存在せん者も居るし、逆に両性具有の種族も居る。お主が別段珍しいということもないのう!」

 

「はぁ、左様ですか」

 

 

 魔族というのは多種多様だな。

 今の話からすると、スペルド族のルイジェルドは標準的な種族にも思える。

 戦闘力はやたらと高いが。

 

 

「おっと! 褒美の話をせんとな! 何か望みはあるのかのう?」

 

「うーん、お金とか? いま私は、とある事情でお金に困っていまして。陛下の懐から幾らかの謝礼をと」

 

「生憎と妾も()(かん)(ぴん)じゃ」

 

 

 ヒトガミの奴、嘘こきやがったな?

 ルイジェルドの渡航費問題が解決するなんて風に言ってやがったのに。

 じゃあ、切り口を変えてみるか。

 

 

「では世界の半分を下さい」

 

「うん? 世界征服でも目論んでおるのか。その割には半分とは謙虚じゃのう」

 

「過ぎたる物は身を滅ぼしますからね」

 

「すまんのう。妾も世界を獲ったことは無いんじゃ! 褒美として与えるのは無理じゃのう。過去、ラプラスのヤツは魔大陸を平定しておったがな。妾のお株は若手イケメンに奪われてしまった!」

 

 

 魔大陸では表向きじゃ、魔神ラプラスこそが魔族にとっての大英雄だ。

 なにせ第二次人魔大戦後の奴隷扱いである魔族を鍛え上げて、一定の地位に押し上げた立役者なのだから。

 ルイジェルドにした悪辣の行為は断じて許せんけどな。

 

 

「では究極のパワーを望みます」

 

「それもちっと無理じゃな。妾の知る最強の人族と言えば、第二次人魔大戦後期に突如として現れた黄金騎士アルデバラン。あのレベルとなると不可能だっ!」

 

「黄金騎士アルデバランですか? おとぎ話の人物ですけど、実在したんですか?」

 

「実在しておったとはハッキリとは言えん複雑な事情がある。しかし、()()()を装着した人族は、妾の当時の配下を瞬殺する程じゃったぞ! 1万の兵力も単騎で潰しおった。それこそ過ぎたる力。お主が望むべきものではないな」

 

 

 黄金騎士のモデルとなった人物は存在するらしい。

 英国のアーサー王みたいなものだ。

 

 

「まぁ、どうしても望むというのなら、その究極のパワーの隠し場所を教えてやらん事も無い。特殊な鎧ゆえに、装着すれば絶大な力と引き換えにまず死ぬがな! ファーハハハハ!」

 

「いや、要らないですよ。そんな恐ろしいの」

 

 

 魔神ラプラスがスペルド族に押し付けた呪いの槍のようなアイテムか?

 一時の力の為に破滅すると知っていて欲しがるわけがない。

 

 となると、この幼女大帝にどう俺の悩みを解決してもらえばいいのやら。

 ヒトガミの言葉に素直に従った自分が憎々しい。

 ガキじゃないんだ。

 もう少し自分の頭を捻るべきだったよ。

 

 

「はぁ……。キシリカ様、貴女には何が出来るのですか? いっそ貴女の身体を戴きましょうか?」

 

「なんじゃお主、同性でもイケるクチかのう? 妾は別に構わんぞ」

 

「え、本気ですか?」

 

 

 見た目7~8歳の幼女の身体を凌辱する権利を得てしまった。

 いや、俺にはエリスが居るのだ。

 浮気はいかんよ。

 パウロじゃあるまいし。

 

 

「どれ、場所を変えるのも面倒じゃしな。ここで済ませよう」

 

「ゴクリッ……」

 

 

 お、おぉ!

 幼女のストリップショーが開幕する。

 ホットパンツに手を掛けたキシリカの様子を見守る。

 欲望が理性に打ち勝った瞬間だ。

 

 

「ほれ、お主も脱げ。妾にだけ恥ずかしい思いをさせるでないわ」

 

「は、はい!」

 

 

 俺も脱ぐのか?

 

 

「なんじゃい、生娘か! 女同士の睦事は心得ておろうな?」

 

「はい! エロゲーで予習しております!」

 

「えろげーとな? よくわからんっ!」

 

 

 と、言いつつ足首辺りまでホットパンツは下げられ、黒いショーツが露となった。

 もう一枚脱げば、そこには桃源郷が──。

 

 

「おっといかん! 此度は婚約者のバーディが居ったな。すまんが、お主に処女はやれん」

 

「あ、はい。ですよね……」

 

 

 ホットパンツを履き直し、ストリップショーは中断される。

 何を落胆しているのだ、俺は。

 

 

「代わりと言っては何じゃが、この魔界大帝キシリカキシリスより魔眼を()()してやろうではないか」

 

「え、そんな物をくれるんですか!?」

 

 

 棚からぼた餅である。

 違うか、当初の問題は解決しちゃいないんだから。

 だがこの際だ。

 貰えるものは受け取っておこう。

 

 

「妾のイチオシの魔眼をくれてやろう。予見眼と言ってな。魔力を込めると少し先の未来が見通せる」

 

「そりゃスゴいですね!」

 

「あまり先の未来を見ようとすれば、負荷で脳ミソが弾け飛ぶから気をつけよ」

 

「なにそれ、超怖いっ!」

 

 

 なんつーもんを押し付けようとしやがる!

 けど使い方次第か?

 負荷にならないラインを見極めれば、非常に有用な能力だ。

 剣士相手を不得手とする俺の弱点を補うにはうってつけだな。

 

 

「与えるに際して苦痛を伴うが、短時間じゃし良いな?」

 

「力を得る代償としては軽いものですよ」

 

「よう言った! さすがはバーディの友じゃな! ファーハハハハ! ゴホッ……ゲハッ……!」

 

 

 高笑いの後に咳き込むアホな幼女大帝。

 さて、苦痛の程はいかに?

 

 

「よし、屈め。30秒も掛からんぞ」

 

 

 言われるがままに膝を曲げて、キシリカの目線に合わせる。

 すると、おもむろに彼女は──。

 俺の右目に指を突っ込んだ。

 

 (がん)()にまで到達したであろう指先が、クチュクチュと眼球を弄くり回す。

 嫌な感触と同時に激痛が脳を駆け巡る。

 

 

「あぁぁぁっ……!が、は、……あ……!」

 

 

 倒れ込み、足をバタつかせるが……。

 キシリカは尚も、俺の眼球をこねくり回す。

 激痛に鈍痛、鋭痛。

 何重もの波となって押し寄せてきた。

 重くもあり、鋭くもあり、滲むようであり。

 ありとあらゆる痛み方を短時間の内に体験する。

 

 代償とやらをら甘く捉えていたようだ。

 だが堪えろ、我慢だ。

 この苦しみを乗り越えた先に、望む力があるんだ。

 

 

「よしよし、良い子じゃ。お主ほどの我満強い娘は、そうは居らんじゃろうな。もう、終わったぞ!」

 

 

 スポッと、彼女の指が抜かれた。

 激痛は収まったが、右目にはジンジンとイヤな感覚が残っている。

 

 

「視界を確認すると良いぞ。既に魔眼の効力は出ておるでな」

 

「え……?」

 

 

 キシリカの言葉通り、右目の視界に注目する。

 右目に映る物体が二重に見える。

 正確には生物であるキシリカだけが、残像がチラついていた。

 

 

「お主の才能なら1週間もすれば制御も可能じゃろう。しばし見辛く歩くのもままならんと思うがなっ!」

 

 

 幼女のあどけない笑顔で楽しげに言う彼女の肩が、呼吸に合わせて上下する。

 その僅かな動きにさえ、残像は付きまとっていた。

 なるほど、未来が見通せるっていう話は事実か。

 

 

「ふう……。ちょっとキツいですね……」

 

「魔力を常に消費しておるからな! なぁに、すぐにオンオフの切り替えくらい可能じゃ!」

 

 

 彼女の予想を信じるしかあるまい。

 右目を押さえつつ立ち上がると、キシリカは馴れ馴れしく俺の腰に手を回した。

 

 

「弱ってるお主は妙にそそる物があるなっ! バーディが居なければ、添い寝くらいは許してやったものをっ ! ファーハハハハ! ファーハハハハ!」

 

「はは……。楽しそうですね」

 

「妾はお主を気に入ったぞ! 溢れんばかりの才能と資質。もしやバーディも言っておったのではないか? お主なら神域にも到達すると!」

 

「似たような事は言われましたね。バーディ様同等の不死性に到達するのだとか」

 

「ファーハハハハ! ラプラスめの対抗馬と成り得るな! 人族の寿命の限界を超えてみせよ! そして妾の配下となり、いずれ復活するであろうラプラスのヤツを共に倒そうではないかっ!」

 

 

 なんか魔界大帝様に勧誘された……。

 貴女、簡単に言いますけどね、人族の寿命の限界を超えるなんて事、俺の生涯を通じても不可能でしょうね。

 俺程度で人族に定められた寿命を克服出来るのなら、歴史上の天才魔術師の誰かがとっくに成就させている筈だ。

 

 

「さて、妾はもう行く。困った事があればバーディを頼れ。奴を通じて妾とも連絡を取れる筈じゃ。手を貸してやろう」

 

「はい! それと、魔眼を頂戴いたしまして、ありがとうございます」

 

「構わん。青田買いというやつじゃ。次のラプラス戦役では、宜しく頼むぞ! ファーハハハハ!! ファーハハハハ!! ガホッ……ガハッ……オェ……」

 

 

 むせながら彼女は跳躍して、路地裏を囲む建物の屋根の向こうへと消えていった。

 てか、次のラプラス戦役とか話していたよな?

 魔神ラプラスが復活する前提らしい。

 

 英雄ペルギウスも、魔神ラプラス復活に備えて各地を空中要塞(ケイオスブレイカー)で巡回して監視しているようだし、確かな情報かも。

 そんな戦争、ルイジェルドの護衛があっても、命が幾つあっても足りないだろうが。

 

 

──

 

 

 右目の違和感に気を取られながら、ふらついた足で宿への道を戻る。

 足下がおぼつかん。

 

 何もかも眼の不自由に依るものだ。

 使いこなせさえすれば、便利な能力だが……。

 現状では足を引っ張ることしかしない役立たずの力である。

 

 実像と未来像に惑わされ、目測を誤っては転倒したり、人とぶつかったり。

 平謝りと持ち前の愛嬌でやり過ごしたが、中にはそう簡単には許してくれない相手だっている。

 

 そいつは粗野な男だった。

 ただのチンピラにしては筋肉質で引き締まっているし、身のこなしも只なら無い。

 たぶん、北神流の剣士だろう。

 低く見積もっても上級、高く見て北聖辺りか。

 

 今の俺じゃあ、予見眼に振り回されてロクに闘えない相手だ。

 とにかく頭を下げて許しを乞わねば。

 

 

「すみません、つい最近になって眼を患いまして」

 

「チッ、なら仕方がねぇか。悪かったな、虫の居所が悪くて嬢ちゃんに八つ当たりしちまった」

 

 

 意外と物分かりが良いというか、話が通じるというか。

 運が良かったのだと考えておこう。

 

 

「ん? その顔、何処かで見た覚えが……」

 

 

 男は懐から紙の束を取り出して、俺の顔とチラチラ見比べている。

 そして何やら気付いたらしく、卑しい笑みを浮かべた。

 

 

「ブエナ村のルーディアだな? この人相書きと同じ面してやがる」

 

 

 コイツ……人攫いの類いか?

 アスラ金貨2千枚の価値を持つ俺がノコノコと目の前に現れたのだ。

 たぶん、逃がすつもりは無さそうだが、果たして。

 

 

「フィットア領転移事件の際に被災して行方不明とは聞いちゃいたが、こんな場所で見つけるとはな。嬢ちゃんにはラトレイア家から捜索願いが出てんだ」

 

「は……?」

 

 

 人攫いではない?

 ラトレイア家と言えば、俺の母ゼニスの実家だ。

 ラトレイア伯爵家から正式に捜索願いが出ていても、何ら可笑しくは無いが……。

 この目の前の男を信用しても良いものか。

 

 

「お、信用出来ねぇって顔だな。まぁ、分かるさ。デッドエンドのお仲間にも相談すれば良い」

 

「そこまで割れてるんですね、私のこと」

 

「ラトレイア家は嬢ちゃんに王札5千枚の褒賞金を出すと言っている。勿論、丁重に扱わせてもらうさ」

 

 

 王札5千枚だと日本円換算で、2億5千万円くらいか。

 ダリウス上級大臣が懸けたアスラ金貨2千枚=2億円をも上回る額だ。

 

 

「裏を取りたいと思います。それまでは私は貴方を信用しませんので」

 

「あぁ、構わねぇさ。しばらくはこの町に滞在してる。決心がつけば、声を掛けてくれ。お仲間のスペルド族の渡航の件も世話を見てやるよ」

 

 

 その後、男は『ガルス・クリーナー』と名乗った。

 密輸組織の構成員であり、根城にしている倉庫の場所を伝えられ、その場は別れる。

 背後から突然、襲われやしないか不安ではあったが、どうにか宿に到着。

 

 ふむ、ヒトガミの奴はこの為にわざわざ魔眼を手に入れさせたのか?

 足下をふらつかせて、ガルスとぶつかるように仕向ける。

 回りくどいやり口だ。

 スマートなやり方を希望したってのに、見事に約束を反古にされたな。

 

 

──

 

 

「魔界大帝キシリカキシリスより魔眼を賜った上に、密輸人相手に密航依頼の仮契約を結んだと? この1日で見事な成果だ」

 

 

 エリスとルイジェルドに、今日1日の出来事をぶちまける。

 魔眼の制御訓練の為に、しばらく宿に引きこもること。

 ガルスの話を信用しても良いのかを相談。

 細かい部分まで話を詰めると、議題は尽きない。

 

 

「ガルスという男には、俺が直接話をつけてくる。信用に値しなければ無視をすればいい。それでも食い下がるようなら痛い目を見てもらう」

 

「ルイジェルドさんに一任します。ラトレイア家の件はミリス大陸に渡るまでは確証が持てませんし」

 

 

 こういう荒事にはルイジェルドの存在は心強い。

 絶対的安心感が彼にはある。

 

 

「ねえ、ラトレイア家ってルーディアの母方の実家よね? もしかしてルーディアの家族も捜してくれてるんじゃないかしら?」

 

 

 エリスの意見に思案する。

 うーん、どうだろう?

 ゼニスもあまり実家については話してくれなかったが、母親の人格的にパウロのような男を毛嫌いするタイプらしい。

 妾であるリーリャや、その娘のアイシャについては、がん無視かもしれない。

 

 ゼニスとノルンは捜索対象だろうが──。

 

 ふと、思う。

 転移災害はフィットア領全域で発生したと、旅の道中で知った。

 ロアの町周辺だけに留まらなかったのだ。

 

 だとすれば──ブエナ村も被災地だ。

 つまりシルフィとその両親も、世界の何処かへとその身一つで飛ばされたってことになる。

 

 一年経って気付くとは、俺は大馬鹿者だ。

 

 いやでも、シルフィには俺直伝の無詠唱魔術があるし、ロールズだって剣王から手解きを承けていたと父からの手紙や、10歳の誕生日会で雑談の折に聞いた。

 悪い想像は無しだ。

 結果は変わらない。

 

 デッドエンド(俺たち)による捜索に不備が無ければ、シルフィとその家族は全大陸の中でも最も過酷な魔大陸には転移しちゃいない。

 きっと何処かで元気にやっている。

 そう考えていよう。

 

 

「お前はとにかく休むといい。俺の率いたスペルド族の戦士団にも魔眼持ちが居たが、最期まで制御出来なかった。ルーディアなら、制御は容易いだろうが、疲労を溜め込んではそうはいくまい」

 

「お言葉に甘えて、そうさせてもらいます。あ、私が引き込もっている間に、エリスを盗らないで下さいね。制御をマスターしたと思ったら、寝取られていただなんてイヤですからね」

 

「ふ、そんなことはあり得んさ。それに、俺の好みは、どちらかと言えばお前のような(おな)()だ」

 

 

 え、告白ですか!?

 耳を疑うような発言に彼の顔に熱視線を送ってしまう。

 

 

「冗談のつもりだったのだがな。場を弁えない一言だったか」

 

「ルイジェルドさんがジョークなんて珍しい」

 

「冗談でも何でも聞き捨てならない発言ねっ!」

 

 

 憤慨するエリスが、ルイジェルドのツルツル頭をペチンッとはたく。

 良い音が鳴るね。

 

 

「まぁ、ルイジェルドさんはカッコいいですからね。ウチの妹なら、貴方に懐きそうではあります」

 

 

 ノルン辺りとか彼を気に入りそうだ。

 パウロにも懐いていたし、優しくて強く、年上で包容力のある男性を好むことだろう。

 ルイジェルドとノルンの歳の差カップル。

 絵面がマズイことになる。

 

 実現はあり得ないだろうカップリングを妄想しつつ、翌日以降、魔眼の制御の訓練を開始する。

 

 

──

 

 

 最初の2~3日で予見眼のオンオフの切り替えを習得した。

 魔力制御を得意とする俺にとっては朝飯前。

 無詠唱魔術を使う要領で魔力量を調整してやれば、先読みする未来の範囲も変化するだろう。

 

 残り日数で、脳への負荷の度合いを判断する。

 1~2秒程度なら、ほぼ負荷は生じない。

 しかし3秒を超えると頭痛が増して、意識を保つ事が難しくなる。

 オマケに視界に映る未来像の数が飛躍的に増加する。

 常に未来は変化しているということか。

 

 近接戦闘を苦手とする俺には膨大な未来から取捨選択するなんて困難。

 迷っている内に、敵に斬られて終わりなんてケースも想像に難くない。

 

 そもそも魔術師は遠距離から、魔術を叩き込むのが常套戦法。

 至近距離で対峙しようという俺の戦闘スタイルそのものが異端なのだ。

 それでも闘わなきゃならんのが、この世界の常。

 成るように成れとばかりに、魔眼制御に没頭する。

 

 そして1週間が経過し、当所の予定通り、予見眼の制御権を我が物とした。

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