無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~ 作:三毛猫丸
雨期の終わりを迎える。
その事象が意味するのは、旅を再開するということだ。
出発は明日。
前日である本日は旅支度。
村の人達が馬車や馬の手配、旅費の提供などをしてくれるそうだ。
ザントポートには1週間程度しか滞在出来ず、冒険者ギルドの依頼も受けられなかっただけに、ありがたい申し出だ。
情けは人の為ならずとは、この事だと深く実感する。
巡りめぐって徳は返ってくるのだ。
全て順調かと思われた矢先。
1つトラブルが発生してしまう。
エリスとトーナの間で喧嘩が起きてしまったのだ。
村を出ると言うエリスを引き留めようと、トーナがしつこく付きまとったのだとか。
エリスとしても数少ない同年代の友だちだ。
離れるのは彼女をして心情としては嫌な筈だ。
けれどアスラ王国には帰らなければならない。
家族だって依然として行方が知れない。
その足で捜すのだ。
そんな事情を考慮せず、年相応に子どものワガママでエリスの旅路を邪魔立てするトーナ。
荒っぽい手に出てしまった。
端的に言えば、トーナがエリスをビンタしたのだ。
お前は友だちを置いていくのか、友だちだと思っていたのは自分だけなのか。
そういった旨の罵声を添えて。
これにはエリスも腹を立てる。
俺の教育の賜物で殴り返す事こそなかったが、すっかり、へそを曲げてしまった。
やれやれだぜ。
俺が仲裁に入ってやらないと。
そう判断して、争う2人の間に割り込ませて貰った。
そばにはあたふたしているテルセナの姿。
おっぱいが揺れてる。
「2人とも、落ち着いて」
「ルーディア……。聞いてよ! この子ってば、聞き分けが無いのよ!」
「エリスだって、あたちを置いていくなんて薄情者ニャ!」
「別に置いていくつもりじゃないわ! トーナは家族がそばに居るでしょ! 私は居ない! だから捜しに行かなきゃいけないのよ! 分かりなさいよ!」
「そんなのあたちに関係ないニャ! 家族ならあたちがなってあげるニャ!」
ふむ、そういう流れで話しは平行線をたどり、ヒートアップしたと……。
厄介な問題だ。
家族が絡むとエリスの意見の正当性が実証される。
そうでなくとも旅立ちは当初より確定している。
トーナには我慢してもらう他にない。
「トーナ? 寂しい気持ちは分かるけど、別に今生の別れというわけじゃないんだよ。生きてさえいれば、また会えるよ」
「そんな事を言って! ルーディアもエリスみたいに、あたしらを見捨てるつもりかニャ!」
「それは違うよ。見捨てるくらいなら、はじめから友だちになんてならないって」
俺にまで噛みついてきた。
なんて強情な子なんだ。
ギレーヌもガキの頃は、周囲の言葉を一切聞かない乱暴者だったそうだし……。
まぁ、トーナはまだマシな方だろう。
「こほん。あのね、トーナ。行方不明の家族にはギレーヌ叔母さんも含まれているんだ。君のお父上の大切な家族だよ?」
「ギレーヌおばさんかニャ? ねーちゃんが尊敬してる人ニャ」
ねーちゃんとは、外に留学しているというリニアーナを指している。
そのねーちゃんが尊敬する人物とは、ドルディア村では一族の面汚し呼ばわりされるギレーヌだが、姪達にとっては強さの象徴であり、憧れの対象なのだろう。
「そうよ! ギレーヌは私の大事な家族なの! だから見つけ出してあげないと!」
「……みつけたら、また会いに来てくれるニャ?」
光明が見えてきた。
「当たり前でしょ! トーナとテルセナの事だって好きだもの!」
「あたちもエリスとルーディアのことが好きニャ……。でも居なくなるのは寂しいニャ……」
ショボンとするトーナの肩は力なく下がる。
そんな彼女の肩を、テルセナがそっと抱く。
「私も寂しいわ……。無理は承知だけれど、貴女たちを旅に連れて行きたいくらい……」
「私も同感です……」
悲しい気持ちは同じ。
言い争う事なんて必要なかったのだ。
きっとこの感情なら分かち合える。
「ぐす……あぁ、寂しいなぁ」
真っ先に泣いたのは俺だ。
他の面々も涙ぐむ。
だが大粒の涙を流しているのは、やはり俺だけだった。
泣き虫になってしまったらしい。
「なによ、ルーディアが一番悲しそうにしてるじゃないのよ……」
「いえね……。なにぶん、女の子ですから」
「私だって女よ。でも姉だから泣かないわ」
「私は妹だから、泣かせて頂きます……」
決して大声を上げるような泣き方じゃない。
けれどシクシクとじわりと涙が溢れ出る。
その後しばらくは、エリス、トーナ、テルセナの3人に慰められる。
喧嘩の仲裁のつもりが、ルディちゃんを慰める会へと転じてしまった。
結果オーライというとこで、ひとつお目こぼし願いたい。
──
出発点直前。
ギュスターヴとギュエスらがお見送りに来てくれた。
それにトーナとテルセナも。
名残惜しい気持ちを乗り越えて、各々握手を交わしてゆく。
「2人ともお元気で」
「うんニャ!」
「また会おうね?」
「いつかきっと会いに来るわ!」
言葉は少ない。
でもその一言に多くの感情が込められていた。
いつかの再会を誓って──。
「行くぞ。旅はまだ長い」
「空気を読んで下さいよ、ルイジェルドさん」
「む、すまん」
水を差されて苦言を呈する。
悪気は無いのだ、きっと。
「もう行くね。またね、トーナ、テルセナ」
「私たちが居ないからって泣くんじゃないわよ」
「もう泣かないニャ!」
「バイバイ、また遊ぼうね」
お互いの姿が見えなくなるまで手を振り続け、俺たちは、ドルディア村での3ヶ月を終えた。
そして俺はガルスの事を忘れない。
あんたの生き様を、俺がどこかで語ってやるとしよう。
──
聖剣街道の移動は平穏なものだ。
前評判通り、全く魔物と遭遇しない。
ミリス教団の開祖・聖ミリスの奇跡などと言われているが、その真偽は定かではない。
しかしその恩恵に与っているのもまた事実。
魔大陸とは比較にならない快適な旅を満喫しよう。
「ひとつ気になるのですが、ギースさんはルイジェルドさんの事が怖くないんですか?」
ルイジェルドはスペルド族だ。
ドルディア村では英雄として歓迎を受けたが、他の土地や、部外者にとっては変わらず恐怖の対象。
魔大陸じゃデッドエンドの活躍で、悪名は薄れつつあるが、ここはミリス大陸。
現地で出会ったギースの認識を知っておきたい。
「怖いっちゃ怖いが、実際に話してみると旦那は良いヤツじゃねえか。怯えるのも馬鹿げてやがらあ」
「へぇ?」
人懐っこい性格の彼が言うのだ。
事実なのだろう。
「それに俺は過去に旦那に命を救われた事がある。知らないだろうが、俺は旦那と同じビエゴヤ地方の出身でな。冒険者として駆け出しの頃に恩がある」
「すまん、俺には覚えがない」
「無理もねえ。もう30年以上も前の話だ。人助けが趣味の旦那にとっちゃ、数ある救助者の1人に過ぎねえよ」
なんであれ、ルイジェルドの人間関係の輪が広がった。
こういった人脈が後々に効いてきたりする。
思わぬ場面で助けられたりな。
──
街道では一定距離毎に野営地に最適なスポットが点在する。
俺たち一行も日が暮れる前にテントを設営して、夜が明けるのを待つ日々を繰り返す。
ギースの思いがけない特技として料理がある。
店でも開けば繁盛する事は受け合いだ。
食事に対しての満足感は生活の幸福にも繋がる。
それに加えて、彼は話上手で、どんなに小さな話題でも大きく広げてしまう。
話していて全く飽きが来ないのだ。
口下手なルイジェルドでさえ、彼が相手ともなれば、普段の3倍は言葉数が増加する。
俺やエリスだってギースとの会話を日常の娯楽として位置づけていた。
ただ、エリスは彼に対してひとつだけ不満を漏らす。
その料理の腕を見込んで、指導を願い出たがどれだけ粘っても最終的に断られていた。
何でも女に料理を教えると、不幸な未来しか訪れないのだとか。
聞いたことの無いジンクスだ。
推測だが、冒険者時代にゼニス辺りに料理を教えたのだろう。
その後、パウロと結ばれて温かい家庭が築かれたが、転移災害でバラバラに。
不幸と言えば不幸だ。
「エリス、料理なら私が教えてあげますよ? あまりギースさんを困らせるものじゃありません」
「ルーディアに美味しい料理を振る舞いたかったんだけどね……。うん、貴女に直々に教えて貰えるのなら文句は無いわね」
「そのやり取りを見てると、どっちが姉か分からねえな」
「茶化さないで下さいよ。エリスが機嫌を悪くします」
とはいえエリスには以前、付きっきりで料理を教えた事がある。
俺の10歳の誕生日の直前だったと記憶している。
なおも料理の上達を望むとは、見上げた向上心だ。
「あれ、この石碑は──」
キャンプ地にて見慣れない石碑を発見する。
大きさは膝程度の高さで、中央には奇妙な文字と紋様が刻まれている。
いや、文字は読める。
闘神語だな、これは。
意味は数字の7だ。
その周囲を一周するように紋様が刻まれていた。
「そりゃあ、七大列強の序列を示す石碑だ。順位の変動は魔術で自動的に反映されて表示されんだ」
ギースが補足を入れてくれた。
七大列強か……。
パウロが昔、概要を教えてくれたな。
上から順に、技神、龍神、闘神、魔神、死神、剣神、北神だ。
ん?
この石碑に刻まれている紋様の序列七位が、北神流の紋様とは異なるぞ?
「ギースさん。この石碑、いつの間にか登録者に変動があったみたいですね」
「あん? お、マジだ。北神流とは縁もゆかりもねえ紋章だな」
紋様しか刻まれない為、異名までは読み取れない。
しかし、この紋様には見覚えがあった。
「ブエナ村の村章だ──」
石碑に刻まれるのは、各列強当事者に所縁のある家紋であったり、流派の紋章だったりする。
つまりブエナ村出身の何者かが、北神を打ち負かして入れ替わったのだろう。
「七大列強とは懐かしいな。俺もかつては七大列強に名を連ねるべく、修練に励んだものだ。しかし、長らく変動は無かった筈」
ルイジェルドが懐かしむ様に、遠くへ視線を向けた。
「そりゃあ、最近になって北神と誰かがやり合ったってこったな。旦那も列強の座を狙ってみるか?」
「今は興味は無い。この子達を守る力の方が重要だ。先のドルディアの村防衛戦では、不覚を取り不様を晒してしまった」
ギースの冗談にも真面目に返す。
しかし、血気盛んな奴も居たものだ。
大きな戦争も無いこのご時世に、命のやり取りなんてするとは酔狂なことだ。
だが俺には関係ない。
きっとチート染みた力を持った狂った武芸者なのだろう。
関わったら命が幾つあっても足りない。
パウロに会ったら言い含めておこう。
七大列強の事など記憶の片隅に追いやって、聖剣街道を進む。
1ヶ月ほどで大森林を抜け、青竜山脈へ到達。
そこも3日ほどで踏破し、やがて俺たちは人族の領域、ミリス神聖国の国土へと足を踏み入れた。
─フィットア領捜索団・本部設営地─
北神三世アレクサンダー・C・ライバックは、義憤に駆られてフィットア領を訪れていた。
中央大陸全土より、人々が不当に拐われ、この土地へと送られているという噂が広く流れている。
英雄志望の彼としては見過ごせない悪事。
悪の首魁パウロ・グレイラット。
彼の首を討ち取り、悪虐に苦しむ人々を救い、誰もが認める英雄となりたい。
子ども染みた絵空事だが、本心から人々を救い出したいと思い、遠路はるばる参ったのだ。
パウロの本拠地であるフィットア領捜索団の名を借りたアジト。
目の前まで来ると、いよいよ気を引き締まる。
其処には人が居た。
年齢層は様々。
捜索団本部と共に難民キャンプも併設されており、上は老人から下は赤子までと様々。
彼らはきっと、パウロによって無理やり連れてこられて、その上で労働を強いられているのだろう。
なんて不遇だ、なんて不憫だ。
一刻も早く悪の親玉を討ち、彼らを解放してあげねば。
敵に関する事前調査は済んでいる。
パウロ・グレイラットは剣神流の剣士であり位階は剣王。
その実力は剣帝をも超える域にあるのだとか。
他にも水神流と北神流にて上級認定。
剣士としての理想形だ。
北神流の長たる己にとって相手に不足無し。
英雄になる足掛かりとしては最適な相手だ。
敵が強大であればあるほど、撃ち破った時の名声も高まるというもの。
胸が踊り、血肉沸き立つ想いである。
夢心地でいる自身の精神性は幼稚だと自覚している。
されど悪党を打倒するという目的に、貴賤など問われまい。
蛮行を止めねば。
そして息の根を断たねば。
使命感がアレクサンダーの思想を操る。
まず視界に入るは、青髪の少女。
杖などを携えて魔術師然とした風体。
眠たそうな瞳をしているが、それは日々課せられた強制労働による疲労故か。
あぁ、なんて可哀想なのだ。
彼女のようないたいけで麗しい少女が、このような劣悪な環境下で、自由と精神を縛りつけられているだなんて……。
尚更に、アレクサンダーに大義名分を与える。
この国に巣食う非道に及ぶ悪達者を成敗してくれよう。
さて、手始めに彼女から情報の聞き取りを行うところから行動を始めよう。
初対面の自分では中々に信用を得難いとは理解している。
さりとて、君たちを悪鬼より解放すべく馳せ参じたのだと伝えてしまえば、あとは快く事情を話してくれる筈だ。
地獄の中の希望であろう。
救済を以て幸福の未来へと引き上げるのだ。
「やあ、お嬢さん。君の時間を少し僕に分けてくれないかい?」
怪しい者ではないと主張するように、意識的に笑顔を心掛ける。
外見にして十代後半のアレクサンダーは、爽やかな好青年を演じた。
「もしかして貴方のご家族の方が被災されたのですか?」
不審者ではないとまずは認めてくれた。
好感触を得て、思いがけず笑みを強める。
「いや、別件でここを訪ねたんだよ。僕はアレクサンダー。君に聞きたい事があって声を掛けさせてもらったんだ」
「はぁ……。わたしはロキシー・ミグルディアです。あなたのご用向きは?」
「なあに、時間は取らせないよ。この場所について、詳しくお尋ねしたくてね」
「見ての通り、フィットア領捜索団本部ですよ。あちらに案内板があります」
冷然としたロキシーの態度に、対応を誤ったのでは?
瞬時にそう思うに至ったが、もしや監視の目を気にして、あえて素っ気ない態度を取っているのだと判断する。
ならばもたついている場合ではない。
この一秒すらも彼女の心を蝕む悪夢の時間。
機を待たずして、こちらから打って出るのが最良の選択。
「単刀直入に訊こう。パウロ・グレイラットの現在の所在を知っているかい? もしそうであれば、この僕に教えて欲しい」
所在確認だ。
この地を活動の拠点としている事実に、誤りが無いかを問う。
欺瞞情報であれば、誘い込まれたということだ。
アレクサンダーのような命を狙う輩に対しての防御策。
敵にそれだけの知恵があるとすれば、目標の達成は困難を極める。
パウロ・グレイラットは、ここでは無い何処かで悪徳を積み重ね、まだ見ぬ民達を慟哭に追い込んでいるのだ。
想像するだけではらわたが煮えくり返る。
「……はぁ。そういうことですか……」
「解ってくれたのかい? 良い子だ。不安になる必要は無い。全て僕に任せてもらえば、万事解決だ」
話せば通じ合える。
会話の重要性を今一度確認する。
「あなたはパウロさんを狙う刺客ということですね? では、わたしに倒されて下さい」
が、望んだ答えは返ってはこなかった。
反抗の意を込められた言葉。
あろうことかアレクサンダーは、宣戦を布告される。
「ウォーターボール──!」
詠唱はしていた。
しかし、アレクサンダーの知る詠唱文より、幾らか文節が短縮されていた。
眼前へと迫る水弾は、身を半歩退くだけで避けられる。
けれど肉体への傷は皆無でも、精神に負った傷は、見た目以上に大きい。
「危ないじゃないか。僕でなければ、怪我をしていたよ」
抗議する。
子どもだから混乱しているのかもしれない。
大丈夫、自分は英雄だから子どものイタズラくらい、寛容になってあげよう。
そんな心境で彼は、ロキシーへと歩み寄ろうとする。
「その場から動かないで下さい。貴方にはアスラ王国に対しての敵対行動の疑いが掛けられています。大人しく投降する事をオススメいたします」
「敵対行動だって? それは違うさ。この国は悪人に脅かされている。僕はそれを断罪しに来たんだ」
「容疑者はどうとでも言います。パウロさんから託されたこの任務。わたしは全うします!」
語尾を強めたロキシーが、持ち得る限りの攻撃魔術をアレクへと放つ。
初級から上級まで。
ことごとくが詠唱の短縮化が施されており、魔術師の限界値を容易く超えた。
「仕方の無い子だ。手荒な真似は控えたかったんだけどね?」
必要に迫られて、アレクサンダーは背負っていた大剣を抜いて構える。
実父・北神二世より譲渡された王竜剣カジャクト。
名工ユリアン・ハリスコが生み出しし魔剣。
重力操作の能力を秘めし武装ではあるが、目の前の少女に使うまでもない。
あくまでもこの剣を振るう理由は、少女の放つ魔術を真正面から両断する為。
それが証拠に、アレクサンダーは剣を盾にしてロキシーの下へ駆ける。
高威力の魔術に対しては、膂力を用いて上方から下方へと振り下ろし斬り裂いて突破。
十分に距離を詰めた後に、少女の背後へと身を転じる。
首後ろに手刀のひとつでもくれてやれば、容易く意識を刈り取れた。
力無く倒れる少女を優しく受け止めてやり、丁重に地面へと横たえる。
「悪漢パウロに洗脳されていたのか。奴を倒して解放してやらないとな」
眠るロキシーに呟いてから、周囲の状況を視覚ではなく肌で察知する。
一流の武芸者たる己が闘気による超感覚がそうさせた。
「来たか……。パウロ・グレイラット」
その者の出現を確信する。
強引に配下に加えた
自らの手で敵を討たんとして出張って来たと見る。
そして獲るべき首は現れた。
人族の青年だ。
30歳前後で無造作に伸ばされた茶色の頭髪と、長く放置された無精髭が粗野な印象を周囲へと与える。
「坊主……。ガキの遊びに付き合ってる暇なんざ、無えんだがな。ウチの
「娘……? この子とあなたとでは種族が違うようですが?」
「娘同然だ……」
事情は知るよしも無い。
けれど悪逆非道な行いを続ける限りは、世界から排除すべき大敵である事実は揺るがない。
「僕は不治瑕北神流、北神三世アレクサンダー・カールマン・ライバック! 正義の名の下に、パウロ・グレイラットを成敗しに参った! あなたを倒し、英雄になるんだ!」
「英雄だぁ? くだらねぇ……。てめえみたいな若造が北神様とはな。北神流ってのも程度が知れるぜ……」
「言っておくが僕には不死魔族の血が流れている。見た目通りの年齢と侮らない事だな」
両者見合って剣を構える。
合図も無しに戦端が開かれた。
──
妙な少年だと思った。
魔族の血を引くであろう者こそが、現在対峙している北神三世。
自分──パウロ・グレイラットよりも幾らかは長く時を刻んでいるだろうに、その精神性はまだ歩行を覚えたばかりの幼児に同じ。
思慮深さとは縁遠い短絡的で浅はかな考えを以てして、自身を討伐すべく赴いたのだと言う。
苛立つ。
歯軋りは止まず、焦燥感が身を焦がす。
こんなところで時間を浪費している場合ではないのだ。
家族の居場所を探し当てるべく、24時間体制でほぼ不眠不休の中での襲来。
普段であれば適当にあしらって、即座に捜索活動への従事に戻っていた。
だが奴の肩書きは無視は出来まい。
北神カールマン三世──。
世界に名を轟かせる七大列強が末席に連なる強者。
列強と対峙するのは龍神オルステッド以来だ。
油断など許されない。
彼も話していたように見た目が幼いからといって侮りは大敵だ。
であれば殺すつもりで、全力の闘気を開放する。
触れればそれだけで万物を破壊させる剛の気。
全身を鋼鉄の如き硬度にコーティングし、握力、腕力、脚力……総じてを鬼神の域へと昇華させる。
常軌を逸した身体能力と卓越した技量を武器に、パウロは北神三世を迎え討つ。
初手より光の太刀を繰り出す。
序盤より終局の奥義を発動した。
手加減する理由など無い。
彼にはここで人生を終了していただく。
剣王程度の自分に敗北を喫し、あの世で懺悔でもしていてくれ。
だが討てなかった。
鋭い刀身が少年の肌に触れる寸前、ピタリと剣筋に歯止めが掛けられる。
力で押し込んでも目に映らぬ抵抗により、動きを阻害される。
仕方無しに剣を戻し、地を蹴って距離を確保する。
後退の際、彼の大剣が追尾する。
パウロの闘気を貫いて表皮を裂いた。
傷は軽微。
されど技量の差を突き付けられる。
「驚いたかい? これが王竜剣カジャクトが力。あなた程度の能力では突破は叶わないよ」
「北神流のお坊ちゃんは武器頼りの甘ちゃんかよ……」
歯噛みする。
技量に加えて魔族の血に裏付けされた身体機能。
その上で極上の武装を装備ときた。
鬼に金棒。
対して己は脆弱な人族の肉体を闘気で補強したに過ぎない。
握る刀剣とて一級品とは言い難い。
全てが敵対者に劣っている。
実戦経験だって魔族である彼には負けるだろう。
だからどうした?
家族を救わんとする己の障害として立ちはだかるというのなら、そのことごとくを斬り伏せよう。
彼我との差など考慮に値しない。
武装の差など戦局に影響などさせるものか。
気の持ち様で条理ごと砕くのも一興だ。
「目障りだ、坊主……」
「同意見だ。僕もあなたを斬って悪を滅する」
「ならオレは正義を斬り、家族を救う」
覇道だ。
義を踏みにじり、前途有る若者の屍を越えて先を行くのだ。
再度衝突する。
パウロは進撃する。
魔剣カジャクトの重力の波に圧されながらも、闘気で助走のつけられた肉体は、損傷しつつも着実な前進を見せた。
「な、なにっ……!」
「うおぉぉぉぉっ……!!」
虚を突いた猛進にアレクサンダーは驚愕し、平静を崩される。
大剣を握る手に力が入り、恐れを抱いたままにパウロを切り払わんとした。
鼻先に迫る剣先。
パウロは咄嗟に、下方向より天へと刀身を上昇させる。
王竜剣カジャクトは、人族程度の筋力にはねのけられる。
突如として起きた抵抗に北神三世は、表情を強張らせる。
隙が生じた。
死を予感した北神三世は、土砂を巻き上げながら後退する。
今放てる最高の技で返り討ちにせんとして大剣を握る。
「右手に剣を──左手に剣を──」
放てば死を免れぬ一撃。
重力を以て敵の身体から自由を奪い、無防備となった肉体へ超火力の一閃を走らせる。
奥義の名を重力破断とする──。
迎撃の準備は整った。
瞬きの内に北神は勝利をもぎ取り、悪辣の存在パウロは討ち取られる。
そう未来視したアレクサンダー。
パウロもまた、その死の一撃を感知する。
アレを受ければそこで全てが終わる。
だが、既に回避出切る間合いではない。
進むのだ、前へ、前へと──。
斬る、倒す、殺す──。
己が命を繋ぎ、最愛の家族との再会を渇望せんとして、握る剣に魂を宿らせた。
パウロの光の太刀が炸裂する。
神速に迫ったそれは、北神流の長の動体視力すらも置き去りにして、大剣を握る両の手を断ち切った。
本来ならば剣帝程度の技量のパウロであったが、龍神との戦闘経験、北神三世との死闘、そして家族への愛が神をも滅ぼす絶技を生み出させた。
娘を守る為に手にした力は、僅かな年数で神の領域へと達したのだ。
生涯で斬った最初の神域の人物──北神カールマン三世。
腰を抜かして無様に倒れ、地から天に立つパウロを見上げていた。
「馬鹿なっ……! どうして! どうしてだ! この剣があれば誰にも負けない! 負けないはずなのに!」
子どものように喚くアレクサンダーに容赦などしない。
続いて右脚、左脚を斬り飛ばし、達磨にしてやる。
天を仰いだアレクサンダーの胸を踏みつけ、パウロは問いを投げ掛けた。
「選べ、坊主。このままくたばるか、それともオレの軍門に下るか……。二つに一つだ……」
「ふざけるなっ! 僕は死なない! ましてや悪党に与したりもしない! 僕は負けてないんだ! 王竜剣カジャクトの本領はまだ発揮されていないんだっ!」
「幾ら剣が優れていようと、てめぇは性能を引き出し切れなかった。その程度の実力だったってことだ。潔く敗けを認めやがれ……」
「奥義だってまだ発動してなかった! 重力破断さえ使えば、お前程度すぐに殺せたんだっ!」
会話にならない。
選択肢など与えず、いっそのこと無言で殺すべきであったか。
だが、この者は使える。
利用するだけの価値はあるのだ。
「ここから逆転してやるっ! 英雄はいかなる逆境でも立ち上がるものだっ……! あなた程度、首に食らいついてでも殺してやる……!」
「おい、坊主………。温情だ。オレに北神流を教えやがれ。てめえの弟子になってやるよ」
「なにを……言ってっ……!」
胸を踏む脚に力を入れる。
圧迫により北神三世の肺から空気が押し出された。
「が、はっ……」
「最後通告だ。オレの部下になれ。手となり足となるんだ。お前の力は斬り捨てるには惜しい。龍神オルステッドへの武器にもなる……」
「ぐっ、……。オルステッド……だと……?」
七大列強序列二位龍神オルステッド──。
その名はアレクサンダーの琴線に触れたらしい。
わめく声はなりを潜め、パウロの続く発言をまっていた。
「龍神こそが全ての悪の元凶だ。お前が勘違いを起こしてオレを襲った事は不問にしてやる。まずはオレに北神流を教えろ」
「僕はあなたという人間を勘違いしていたのか……? どの国を訪れてもパウロ・グレイラットは民を拐い、虐げる悪人だって……」
「それこそ誤解だ。知ってんだろ? フィットア領転移事件ってのを」
パウロは事細やかに説明してやる。
お前は、奴隷となったフィットア領民を奪われた各国の権力者の言葉に、ただ踊らされていただけなのだと。
自分は転移災害の被災者をただ救済しているだけなのだと、理解するまで根気よく伝えた。
「僕は……なんて勘違いをしていたんだ。あなたこそが、僕の追い求める英雄の理想の姿だ!」
「で、どうする? オレは英雄だとかはどうでもいい。だが龍神オルステッドの奴はいずれぶっ殺してやるつもりだ。お前にはその手助けをしてもらいてぇ」
「龍神オルステッドはこの世界に仇する敵です。その打倒を掲げるあなたに、僕は尊敬の念を抱いています」
急に物分かりが良くなった。
力ずくで子どもを従わせるのは、パウロの趣味ではないが、目の前に得られる強大な力があるのだ。
己の価値観など、今は掃いて捨ててしまえ。
「僕は──。アレクサンダー・カールマン・ライバックは、今日この日より──。主君パウロ・グレイラット様の配下に加わりましょう」
その日、パウロ・グレイラットは北神カールマン三世を打ち破り、配下へと引き入れた。
同時に──七大列強序列七位に──。
龍滅パウロの名が刻まれた──。
王竜剣カジャクトを操る北神カールマン三世を下し、龍神オルステッドを滅ぼさんとする魂の叫びが、龍滅の名を生み出したのだ。
北神カールマン三世撃破の報は瞬く間に中央大陸全土を駆け巡り、龍滅という新たな列強の名は、世に知れ渡る。
それは彼の龍神オルステッドの下へも──。
第4章 少年期 渡航編 - 終 -