無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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第5章 少年期 再会編
36話 ミリス神聖国とラトレイア伯爵家


 ミリス神聖国・首都ミリシオン。

 俺の母親ゼニス・グレイラットの故郷であり、生家であるラトレイア伯爵家の所在地。

 

 この都市に俺の家族──。

 母ゼニスと妹ノルンが居るのだ。

 再会の時を目前として気がはやる。

 

 とはいえ、長旅の直後だ。

 初日は休息日とし、疲労が抜け切ってからラトレイア伯爵家を訪問しよう。

 観光も少しくらいは許されるはずだ。

 

 大森林の代わり映えのしない景色にはウンザリしていたのだ。

 ギースのトーク力で、多少なりとも紛れはしたが、彼が居なければ退屈さに殺されていたかもしれない。

 変化の無い状態は人に心的負荷を与える。

 

 この都市にはグラン湖と呼ばれる湖がある。

 その中央には、荘厳で純白のホワイトパレスが建つ。

 俺らも通ってきた青竜山脈から続くニコラウス川が街の中を流れる。

 川のせせらぎに心が浄化される気分だ。

 

 金色の大聖堂に、銀色の冒険者ギルド本部。

 前者はともかく、後者については是非とも足を運びたい。

 冒険者ギルドの総本山ともなれば設備や人材も豊富だろうしな。

 人脈も築きたい。

 今や俺たちデッドエンドもAランクパーティーだし、有象無象に埋もれるような格じゃない。

 きっと周囲の目を惹くはずだ。

 

 首都ミリシオンは大きく分けて四つの地域に区分されている。

 北の居住区、東の商業区、南の冒険者区、西の神聖区。

 外部の人間が町へ入るならば、南の冒険者区の通用門が推奨される。

 

 他の地区では厳重な身元確認や検問体制が敷かれており、やたらと手間が掛かる。

  雑多な手続きを避け、手っ取り早く町へ入りたければ、一番管理の手が緩い冒険者区が狙い目というわけだ。

 

 もちろん、俺らは南口から町へと入った。

 ラトレイア伯爵家からお達しが出ていると思われるので、俺の人相書きくらいは出回っているだろう。

その為、南口以外でも顔パスで通行が容易かもしれない。

 

 だが、同行者には魔族であるルイジェルドとギースが居る。

 彼らと行動を共にするのなら、南口の冒険者区から入った方が都合が良い。

 

 さて、馬車を馬屋に預け終え、さぁ宿を探そうかと思い立ったタイミングで、ギースが話を切り出した。

 

 

「ここらでお別れだな。ドルディア村での3ヶ月と聖剣街道での1ヶ月、なかなか楽しかったぜ」

 

「もう行ってしまわれるのですか?」

 

 

 旅のパーティーからギースが離脱。

 計4ヶ月もの期間、ギースとは共に過ごした事となる。

 だが離別の時を迎える。

 至上の料理ともおさらばということだ。

 食卓からは彩りが失われてしまう。

 

 

「まだ見つかってねえ家族がいるんだろ? 乗り掛かった船だ。最後まで付き合わせてくれ」

 

「ギースさん……。貴方って人は……」

 

 

 両親の旧縁のよしみにしては、売ってもらう恩が大き過ぎる。

 果たして俺は、彼の望む物を返せるのだろうか。

 

 

「礼は要らねえよ。ただ、俺が危うい事態に陥ったら、ちょいと手を貸してくれねえか?」

 

「私に可能な事であれば、ご助力いたします」

 

 

 何処かしら旅へ出掛けるというのなら、タイミング次第だが護衛くらいは担ってやろう。

 そうでなくともギャンブルでイカサマがバレて、投獄なんて事態になったら弁護なり、保釈金を出すくらいはしてやっても構わない。

 

 

「あんたには最後まで料理を教えてもらえなかったわね。ルーディアに代わりに教わったから、恨み言は言わないけれど」

 

「わりぃなお嬢。俺はジンクスってヤツを信じるたちでな。旦那も風邪とか引くなよ?」

 

「風邪など引いたことはない。だが気遣いには感謝する」

 

 

 軽い挨拶だけ済ませると、ギースはあっさりと俺たちに背を向けて行ってしまった。

 人混みに消えたその姿を、もう目で追うことはかなわない。

 

 

──

 

 

 『夜明けの光亭』という宿に部屋を取った。

 大通りから外れている為か、料金設定は控え目。

 日当たりこそ悪いが、扉には鍵が付いているし、ベッドやシーツも毎日取り替えられており清潔。

 B~Cランク冒険者と、ある程度の身分が保証された客層でトラブルとは無縁。

 

 装備の手入れや、これまでの旅程のまとめ。

 今後の大雑把な予定などを話し合う。

 そんなことをしていたら時刻は夕方。

 冒険者ギルドには明日訪れる予定だ。

 

 パウロに無事を知らせる手紙を出したい。

 送り先はフィットア領捜索団。

 

 ラトレイア家のクレア婆さんは、意図的にパウロに対して情報封鎖をしているきらいがあるしな。

 魔大陸からの被災者保護については、素直にアスラ王国へ報告及び情報提供をしているが、ブエナ村のグレイラット家に関する情報は、全くと言っていいほど道中で耳にもしなかった。

 精々、俺の捜索願いが出されていたくらいで、ゼニスとノルンに関する事柄は、公には一切、明かされていない。

 それほどにパウロとは関わりたくないのだろう。

 

 さて、手紙の内容としては──。

 エリスと一緒に居ること。

 護衛にスペルド族だけど優しくて頼れるルイジェルドが付いていること。

 あとは、ラトレイア伯爵家でゼニス及びノルンと合流出来そうだという旨を記そう。

 

 尤も、ラトレイア伯爵家へはこれから赴くので、どう事態が転ぶかは分からない。

 ギースの話によれば、ゼニスとノルンは保護こそされちゃいるが、軟禁状態にあるらしい。

 俺の祖母であるクレアという人物は、実の娘や孫を束縛する癖でもあるのだろうか?

 

 偏屈な婆さんの姿が頭に思い浮かぶ。

 話が拗れそうだし、心して臨もう。

 まずは対話からだ。

 話し合いで解決可能であるのなら、それに越した事はない。

 

 手紙はやはり、ラトレイア家での用件が落ち着いてからにしよう。

 パウロにぬか喜びさせるわけにもいくまい。

 結果が出てからでも遅くはない。

 彼も既に一年半も妻子の安否を知らずに生きてきた。

 数日の誤差程度、我慢してもらおう。

 

 

「明日は自由行動にします。ちなみに私はラトレイア伯爵家を訪問します。エリスには申し訳ありませんが、一足先に家族と再会出来そうです」

 

「あらそう。家族水入らずの時間を邪魔するつもりもないし、ゆっくりしなさいよね。その代わり、私がお父様やお母様に再会したら、たくさん時間を貰うからね」

 

 

 彼女は肉親の無事を確信しているかのような口振りだ。

 勝手な偏見だが、サウロスやフィリップがそう易々と死ぬイメージが湧かない。

 ヒルダだってあのエリスの母親だ。

 気の強い性格をしているし、そう簡単に心が折れたりはしないだろう。

 

 

「エリスの予定は?」

 

「ゴブリン退治に行くわ! 町で耳にしたけど、この辺りに生息してるみたいね」

 

「ゴブリン……。エロゲーかな?」

 

 

 負けたら性奴隷まっしぐら!

 なんていうド定番の展開は、エリスには似合わない。

 というか俺がイヤなだけである。

 誰が好き好んで、自分の姉をゴブリンの苗床にしたがるのやら。

 

 

「私も同行しましょうか? ラトレイア伯爵家への訪問を遅らせても構いませんよ」

 

「ダメよ。家族は大事でしょ! きちんと会いなさい!」

 

「ですよね? うん、私も会いたくて仕方がありません」

 

 

 家族との再会は待ち焦がれてきた事だ。

 その想いが有ったからこそ、へこたれずに進み続けられていたのだ。

 初心を忘れるな。

 俺の目的は家族との再会であると。

 

 

「エリスならば問題無いだろう。俺が保証する」

 

「現役の一流戦士が言うのでしたら、反論の余地はありませんね」

 

「土産話を楽しみに待ってなさい! ゴブリンを千匹は狩るつもりよ!」

 

 

 そう豪語するエリスは、自身の豊かな胸にポンッと手を当てる。

 何気ない仕草の度に揺れる胸に俺の意識は向いた。

 しかしゴブリンを千匹狩るだなんて大きな見栄を張るもんだ。

 後に引けなくなって、本当に千匹狩るまで帰って来なさそうだぞ。

 

 

「ルイジェルドさんは、どうされますか?」

 

「この町には古い知り合いが住んでいる」

 

「お会いになるんですか?」

 

「あぁ、奴とは積もる話も有る」

 

 

 人族の知人か?

 どこで接点を持ったのか見当もつかない。

 魔大陸に長年閉じ籠っていたと思っていたが、俺の知らない過去など星の数ほど有るのだろう。

 ギースの件にしたってそうだ。

 本人でさえ忘却の彼方へと追いやったエピソードだってごまんとあるに違いない。

 

 何せ彼は御年557歳のご長寿さんだ。

 父性の塊であるルイジェルドは、お爺ちゃんでもある。

 魔族の中でも魔王などの有力な一族を除けば、種族そのものが長寿種。

 積み重ねてきた歴史の中に、どれだけの出会いと別れがあったろう。

 

 三者三様の予定が決まったところで、宿屋に隣接する食事処で夕飯にする。

 人族の国だけあって、食べ慣れた食材、既視感ある料理などがメニューに多数見受けられた。

 ギースの手料理には遠く及ばないが、今後は食事面での不満は減りそうだ。

 

 

──

 

 

 翌日、朝からエリスはゴブリン狩りに、ルイジェルドは知人を訪ねて不在。

 遅めの起床となった俺は、のんびりと朝食を済ませて外出の支度をする。

 

 ラトレイア伯爵家について下調べは済んでいる。

 爵位こそ伯爵位で上級貴族の中では中堅クラスだが、実質的な国内での影響力は計り知れぬほどに多大。

 ミリス教団にも深く食い込んでいる。

 教団内では、大きく二つの派閥に分かれている。

 教皇派及び魔族迎合派。

 枢機卿派及び魔族排斥派。

 

 日々、苛烈な権力闘争に明け暮れているという。

 この内、ラトレイア家は枢機卿派に属しており、魔族排斥活動にも率先して取り組んでいるのだとか。

 いわば鷹派の有力貴族だ。

 俺からすれば悪の走狗。

 

 その積極性はあまり褒められたものではない。

 誤った方向へと精力的だと言える。

 ここまでボロクソに批判する理由は単純。

 俺の知る魔族の人達は、みんな人格に優れた人物ばかりだからだ。

 ロキシー、ルイジェルド、バーディガーディ、キシリカキシリス。

 そんな人達が差別される謂われなど断じて無い。

 

 ルイジェルドなどは、この国では肩身が狭く、気苦労も多い事だろう。

 ここまで送り届けてくれた事実に頭が下がる思いだ。

 今後もデッドエンドの活動を通じて、彼には報いていきたい。

 

 

「服装は旅装でも良いのか……?」

 

 

 それとも貴族の子女に相応しい服装を整えるべきか。

 被災者という(てい)であれば、服装にケチはつけられまい。

 変に凝ろうとしても、ファッションセンスが皆無な上に、貴族向けの衣類を購入する資金も無い。

  気取った格好をせずに、自然体の自分で通すことにした。

 

 

──

 

 

 ラトレイア家のある居住区の貴族街までは徒歩で向かう。

 辻馬車──要するにタクシーの様な乗り物を利用すると普通に金が掛かる。

 服すら買えない俺が、街中の移動程度で贅沢はすまい。

 

 昼前頃になってようやくラトレイア家の前に到着。

 ゼニス達の件が無ければ、距離を置きたかった場所だ。

 まるで鬼ヶ島にやって来たかのような錯覚を起こす。

 あ、なんか……急に目眩がしてきたな。

 後でゼニスに甘やかしてもらおう。

 

 なんつーか、ラトレイア家の屋敷って超デカイ。

 正門は豪奢な彫刻が刻まれ、獅子が両脇に立っている。

 なんとも厳めしい門扉だこと。

 この門だけで、俺がボレアス家の家庭教師として稼いだ額に匹敵するんじゃないか?

 

 門を警備する門兵に一声掛ける。

 案の定、俺の顔を見た途端に、複数の衛兵らを巻き込んで相談を始め『ルーディアお嬢様、大奥様がお待ちです』と告げられる。

 

 屋敷に続く石畳の長い道には、両サイドに大勢のメイドが立ち並んでいた。

 白亜の屋敷から執事らしき男性が現れ、大奥様とやらの下まで案内してくれるらしい。

 大奥様よりも、早く母に会わせてくれよ。

 

 応接間に通され、ソファーに腰を下ろす。

 執事さんに入れてもらった紅茶を飲んでいる内にウトウトし始めた頃。

 俺にとって母方の祖母にあたる老女が慌ただしく扉を開けて入室した。

 

 神経質そうな中年女性といった印象。

 キツめの眼差しに、一瞬たじろいでしまう。

 ツカツカとこちらへ歩み寄ったかと思えば、口を開くよりも前に祖母に抱き締められた。

 

 え?

 どういう意図だよ?

 混乱しながらも初対面のお祖母ちゃんの抱擁に、不思議と抵抗する気にはなれなかった。

 

 

「よくぞ参られました。フィットア領転移事件については聞き及んでいます。さぞ遠方よりラトレイア家へとたどり着いたのでしょうね。長旅でお疲れの事でしょう」

 

「あ、は、はい……」

 

 

 労られているのだろう。

 その口調は見た目に反して慈しみに溢れている。

 

 

「一目で分かります。貴女は正真正銘、我がラトレイア 家次女ゼニスの子であると。ルーディアで相違ありませんね?」

 

「はい、私がグレイラット家が第一子、長女ルーディアです」

 

「幼い頃のゼニスに瓜二つです。私としたことが、申し遅れましたね。私の名はクレア・ラトレイア。カーライル・ラトレイア伯爵の妻です」

 

 

 自己紹介も滞りなく終える。

 身構えていたが、良い意味で拍子抜けだ。

 やはり肉親である俺には、家族としての接し方となるのだろう。

 この分だとゼニスやノルンに対しても、噂ほどの扱いはしていまい。

 ギースのヤツ、テキトーな事を言いやがって。

 

 

「お一人でミリシオンまで来られたわけではないでしょう? どのような御方が同伴になられたのです? ラトレイア家として褒賞金を贈らなければなりません」

 

「それは……」

 

 

 ルイジェルドというスペルド族の魔族の男性です。

 とは──即座に答えられなかった。

 敬虔なミリス教徒にして魔族排斥派の中でも真っ先に名の上がるラトレイア家の夫人。

 口に出した瞬間、態度を翻してしまう事は想像に難くない。

 

 

「その話はまた後で良いでしょう? それよりも母と妹が、こちらで保護されていると思うのですが──」

 

「おや、知っておいでなのですか。確かにラトレイア家では、ゼニスとノルンを保護しています」

 

 

 認めたか。

 その割には、再会の場を用意してくれないのか?

 いけずな人だ。

 

 

「貴女の母ゼニスは、情緒不安定となっていましてね。すぐには対面させられない状況にあります」

 

「情緒不安定と言いますと?」

 

「心を病み、塞ぎ込んでいるという事です」

 

 

 元々、ゼニスはヒステリックな部分の強い女性だ。

 愛娘のノルンが傍に居たとは言え、長らくパウロや俺の所在も知れぬ状況下に、さぞ胸を締め付けられたことだろう。

 そういった人間が事前準備も無しに、家族との再会を果たしたとき、溜め込んでいた感情や心労が一気に噴出して体調を崩しかねない。

 

 

「なるほど……。では出直しましょうか?」

 

 

 日を改めた方がよさそうだ。

 ひとまずこの話を持ち帰って、エリスとルイジェルドへ報告しよう。

 

 

「何を言っているのですか? 貴女の家は、本日より当家となります。以後、無断で外出することは一切禁じます」

 

「え? いや、それは困りますよ。私には旅の仲間だって居るんですから」

 

「では宿泊先を教えなさい。ラトレイア家として謝礼を致しますので。後の事は全て、この祖母が引き受けます。貴女は今日からラトレイアの庇護下に入るのです」

 

 

 あれ?

 何か思ってたんと違うんだけど……。

 俺の意見はどうなる?

 

 

「いえ、私には大切な目的があります。ボレアス家はご存知でしょう?」

 

「勿論です。アスラ王国を守護する四大地方領主であり上級貴族の代表格。ボレアス家の名を知らぬ者は国内外をおいて存在しないでしょう」

 

「ボレアス家の令嬢と旅を共にしています。名をエリス・ボレアス・グレイラット。私にとって父方の又従姉妹となります。彼女をフィットア領まで送り届けると誓いを立てています」

 

「おや、エリス嬢と。では、ラトレイア家より腕利きの護衛を付けましょう。当家が責任を持って、フィットア領まで護送致しますので、貴女は何も憂慮する事はありません」

 

 

 違う、そうじゃない。

 俺でなきゃ駄目なのだ。

 他でもない俺自身が彼女と約束を交わし、義務として定めた。

 それを後から放り出すなんて真似は出来ない。

 

 

「お言葉ですが、お祖母さま。私は水聖級魔術師です。エリスの護衛としては申し分無いと自負しております」

 

「なぜ貴女が護衛を引き受けるのです? ルーディアこそ、守護される立場にあるのですよ。ラトレイア家の高潔な血を引く淑女が、自ら身を危険に晒すなど言語道断です」

 

 

 あ、察したわ。

 この人、俺が苦手とするタイプの話が通じない人間だ。

 同じ堅物でもサウロスとは真逆な人格だ。

 ゼニスもこんな母親相手に嫌気が差して、実家を飛び出したのだろう。

 

 現在、面談する俺も短い時間でその片鱗を見た。

 これ以上、ここに留まって居ては何をされたものかも予想すらつかない。

 早々に宿へ帰宅し、エリス達と相談すべきだ。

 

 

「過分なお気遣い感謝致します。しかし、それには及びませんので。自分の行動方針くらい、他人の口出し無しで決められますので」

 

「はぁ……。嘆かわしいものです。ワガママを言うものではありません。ゼニスもそうでしたが、なぜ私の決めた方針に従えないのですか? 全ては貴女達の身を慮ってのこと」

 

 

 このお祖母ちゃんは、アレだな。

 自分の出した全ての決定に正当性があると主張する思い込みの激しい人なのだ。

 

 

「女の幸せを求めるのなら、私に従っていれば何も問題はありません。貴女は現在11歳。4年後には縁談の時期が来ましょう」

 

「縁談? いえ、結構です!」

 

「是非、ルーディアを妻に迎えたいという侯爵家子息からの縁談も持ち上がっています。貴女は自身の価値を理解していませんね。ブエナ村のルーディアとは、ミリス大陸にも名の知れ渡る程に、輝かしい才能を持つ治癒術師」

 

 

 治癒魔術の才腕目当ての貴族が居ると?

 俺は物じゃないんだ。

 そんな不純な動機に付き合ってやる道理は無い。

 

 

「先方のご子息は、貴女とは10歳以上、年の離れた殿方ですが、人柄と容姿も悪くはありません。ミリス教団内でも神殿騎士の有望株。将来を約束されています。貴女には女として幸せになる権利があるのです。遠慮する必要は何もありません」

 

 

 捲し立てる様な物言いに溜め息しか出ない。

 押し付けがましい幸せなんて不幸にしかなり得ない。

 自分の幸せは自分で見つけるものだ。

 ゼニスがそうであったように。

 

 

「話になりませんね……。どうやらお祖母さまと私とでは相容れないようです」

 

「何を言っているのか、私には分かりかねます」

 

「理解していただかないで結構。母と妹の身は、私が引き取ります。そして旅も続けます。ラトレイア家に縛り付けられる理由はありませんので」

 

「何をのたまうのかと思えば……。現実に目を向けるのです。貴女の様な子どもが母と幼い妹を抱えて、何処へ行くのです? 聞けばフィットア領は転移災害で荒廃したとの話。生活地盤も無ければ、家長であるパウロ等という落伍者を頼らざるを得ない状況。これを不幸と言わずして何と言うのでしょうね?」

 

「幸福か不幸かどうかを外野から言われる筋合いはありません。人の幸せをあんたに決めつけられたくないね!」

 

 

 口論が加熱する。

 

 

「何ですか、その言葉遣いは! 淑女にあるまじきことです。それに祖母に対する礼にも欠けます!」

 

「は! ()だってあんたを祖母だって思いたくないねっ! いいからゼニスとノルンを出せよ。あんたんとこに居たんじゃ、2人とも可哀想だ」

 

 

 頭に血が昇る。

 暴言も止まらない。

 もはや祖母に対しての身内の意識など霧散していた。

 この人は俺の敵だと、俺から家族を奪おうとする悪者だと心が囁いていた。

 

 

「おい、ババア! 大人しく俺の言う事に従え!」

 

 

 小悪党のような台詞が自然と漏れ出した。

 これが俺の本性なのだろうか?

 

 

「従わないのなら勝手に探させていただく! 俺の邪魔をしないでくれ!」

 

 

 クレアを振り切って応接間を出ようとする。

 背後からは祖母の咎める声。

 止まるつもりはない。

 一刻も早く、ゼニスとノルンの身柄を保護し、こんな家から離れなければ。

 この町にも長居は出来ない。

 追手を差し向けられるだろうが、俺とエリス、それにルイジェルドから成るデッドエンドの過剰戦力ならば、撒くことなど造作もない。

 

 

「誰か! ルーディアを取り押さえなさい! ですが傷跡の残らぬように! 縁談に支障が出ますので!」

 

 

 この期に及んで政略結婚の道具扱いとは恐れ入った。

 祖母は俺を孫娘として見ていないらしい。

 ラトレイア家に繁栄をもたらす為だけに存在を許された奴隷といったところか。

 

 

【ラトレイア家の私兵が3人、飛び掛かってくる】

 

 

 予見眼が敵の襲撃を警告する。

 だが……遅い、そして弱い。

 魔術を使うまでとなく、ギレーヌやルイジェイルドから授けられた徒手空拳のみで対応出来た。

 肩を逸らし、身を屈めれば容易に捌ける。

 がら空きの図体に拳を打ち込み、当て身などをすれば意識を奪うことなんて片手間で出来る。

 あっさりと無力化してしまった。

 

 レベルが低すぎるのだ。

 そこらのチンピラよりはマシな程度。

 身体能力だけ見れば、多少鍛えた程度の少女相手に此のザマとは……。

 

 魔術を使わない()()()を取り押さえられない水準の兵力で、よくもまぁエリスをフィットア領まで護送するなどと、大言壮語を吐けたものだ。

 

 扉を開け放ち、退室する。

 

 

「お待ちなさい、ルーディア!」

 

 

 クレアの声は意識に届かなかった。

 ただ俺は家族と会いたいだけだ。

 邪魔をするようなら、脅しくらいは躊躇わない。

 あんな人間でもゼニスの肉親なので、怪我をさせるつもりは無いが。

 

 そして俺は、母と妹の姿を求めてラトレイア家の探索を開始した。

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