無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~ 作:三毛猫丸
手当たり次第、目についた部屋に踏み込んでは室内を物色するという一連の流れが生まれた。
食堂であったり、来客用の宿泊部屋であったり。
ハズレばかりで手応えは無い。
焦る。
もしかしたら俺の手の及ばない遠い地へと身柄を移されてしまったのか?
国外でなければいいのだが……。
それは、考えづらいか。
時折、ラトレイア家の私兵の捕縛行為もとい襲撃に遭遇するが、大した苦労もなく返り討ちしてやる。
中には屈強な衛兵も居て、腕の太さが俺の腰回り程もあった。
そういった手合いには、さすがに魔術で対処させてもらった。
急を要するというのに傍迷惑なものだ。
クレアに対して辛抱強く対話を継続し、もっと腹を探るべきだったか……。
いや、考えるのはよそう。
過ぎた事を振り返っても、事態は好転しない。
自分の足でしらみ潰しに家族を捜すのだ。
小一時間ほど歩き回り、私兵を撃退し、こっそりトイレを借りたりしつつ、時間は流れていった。
そんなある時、背後を尾行する小さな影の存在を察知する。
ピタリと動きを止め、こちらを見詰める幼い女の子。
年の頃は5~6歳程度。
どこかで見かけた事のある金色の頭髪に、これまた記憶に残る
顔立ちはパウロにも、そしてゼニスにも似ている。
俺とその子が姉妹だと言われれば10人中10人が肯定する程度には似ている。
こうも面影があれば問うまでもない。
その幼女は、ブエナ村のグレイラット家次女ノルンだ。
「お姉ちゃん?」
「ノルン……」
10歳の誕生会以来に見る妹の姿は、記憶よりも少し成長していた。
食事をきちんととれているらしく、発育に過不足は無さそうだ。
体調も良さげで、仕立ての良い衣服を着用している。
そうか、軟禁状態とはいえ屋敷内の移動であれば、厳しい制限は設けられていないってわけか。
動き回る年頃の子どもだ。
ひとつの部屋に押し込むなど土台無理な話だ。
俺の腰にしがみついて密着を強める。
こちらの顔を覗き込むように、純心に満ちた
「お姉ちゃん、迎えに来てくれたんだね」
「うん、そうだよ。ノルンとお母さんを迎えに来たのさ」
俺の事を覚えてくれていたようで安心感を得る。
ようやく触れ合った家族の温もり。
じんわりと身体中に染み渡る。
屈んでノルンと視線の高さを合わせる。
片膝を床について、胸の中に抱き寄せる。
子ども特有の温かさが、荒んだ精神に安らぎを与えた。
「お胸、大きくなったね」
「母さまに似ちゃったみたいだね。ノルンも将来はきっと、大きく育つだろうね」
乳房に頬擦りするノルンをギュッと抱き込む。
「お祖母ちゃんと喧嘩しちゃったの?」
「恥ずかしながらね……」
どちらが悪いのかを吹き込むつもりはない。
立場が違えば価値観も異なる。
意見が違えば衝突も起きるだろう。
ただ気に入らないのは、自分の考えを押し付けようとする傲慢さだ。
人の感情を、勝手な思い込みで動かそうとしないでほしい。
「仲直りしないとダメだよ」
「いつかはするよ。でも、お姉ちゃんは弱いから。時間が掛かりそうなんだ……」
「私も一緒に謝ってあげる!」
「はは、頼もしいね。ノルンは優しい子だ。そしてお姉ちゃんよりも、ずっと強いね」
この子の前では弱さは見せられない。
けれど隠し事もしたくはない。
だから本心を少しだけ出してみた。
「ところでお母さんが何処に居るのか分かるかな? 私も会いたいんだ」
「お母さん! うん、お母さんもお姉ちゃんに会いたがってるよ!」
はつらつとした声。
ゼニスの下で健やかに育った証拠だ。
よかった。
ノルンは不幸では無かったのだ。
祖母の教育方針は、まだ幼いノルンには及んでいないらしい。
あの人も、幼子には母親が必要なのだと理解する良心が残っているようだ。
親元から離された子どもの末路は、ボレアス家のフィリップ達の子で察しはついている。
時間を置いて気持ちに落ち着きを取り戻す。
なぜ俺は、あの場面で逆上したのやら……。
無茶な要求やら押し付けは確かにあった。
でも一つずつ懇切丁寧に説き伏せてしまえば、話し様はまだあった筈だ。
これは反省だ。
ただ、クレアを説得する程の話術も根拠も持ち合わせてなどいない。
人の道理などを説いたところで、それもまた俺の思想の押し付けに他ならない。
意見は対立し続けるかもしれない。
肉親だというのに分かり合う事すらままならない世に、嘆きの声を上げてしまいそうだ。
「ついてきて。お母さんの居る場所、知ってるから」
「ありがとう、ノルン」
小さな案内人に手を引かれて、ゼニスの下へ急行する。
通路では衛兵とすれ違ったが、ノルンの存在を認めると、一向に手を出して来なかった。
既にノルンはラトレイア家の子として認知されているのだろう。
良くも悪くも俺とは違い、この家に染め上げられてきたのか……。
いいや。
彼女は俺を導いてくれている。
余計な詮索は無しだ。
小さな妹の優しさを疑っちゃいけない。
家族だけはぜったいに信じよう。
──
ノルンの小さな歩幅でも、ゼニスが軟禁されている部屋までは数分と掛からなかった。
両番の大きな扉の前までやって来ると、ノルンは『お母さん! お姉ちゃんが迎えに来たよ!』と部屋の外から伝える。
程なくして、扉の鍵が開けられる音が短く鳴った。
『どうぞ』という単語の聞き慣れない声が返ってきたので、ドアノブを掴み、そっと開いてみる。
部屋の隅にはメイドがお行儀良く立っていた。
ゼニスの世話役だろう。
室内に目を向けてみる。
豪奢な絨毯が敷かれ、最高等級であろう調度品の数々。
部屋の中は照度が不足しているのか、やや暗い。
カーテンは締め切られ、陽光は射さず。
健康的な生活を送れる環境とは言い難い。
テーブルに俯き、両手を顔の前で組む女性の姿が、其処にはあった。
身動き一つ取らないが、呼吸に合わせて肩が上下している。
焦点は定まらず、朧気な意識。
生気が薄れて久しくない、脱け殻のような妙齢の女性。
その顔を知っている。
けれど、母親と呼び慕っていた頃の活気は、全くと言っていい程、感じられなかった。
「母さま……」
あぁ、ゼニスだ。
俺の母親だ。
目の前に居るし、ちゃんと生きている。
それなのに……俺の呼び掛けにも反応を示さない。
なるほど、クレアの言葉の通り。
母は精神を病み、人の心を失いかけている。
「あら、ノルン……。どうしたのかしら……? お祖母ちゃんに遊んでもらえたの?」
彼女には俺が見えていないのだろうか。
「お姉ちゃんが来てくれたよ」
ノルンが俺の来訪を伝える。
「お姉ちゃん……? えぇ、わかってるわよ。ルディの事よね。もうすぐ会えると思うのだけれど……。ふふ、楽しみね」
これは……。
精神を磨り減らしている。
心神喪失という状態だろう。
正直、母親のこんな姿は見たくはなかった。
だけど現実だ。
形はどうあれ親子の再会なのだ。
俺の方から歩み寄らなければ──。
「母さま、私です。ルーディアです。ただいま戻りました」
母の下へ帰ってきた。
その事実を簡潔に話す。
「ルーディア……なの……? ルディ……。私の愛しい子……」
ぶつぶつと呟き、虚ろな瞳。
僅かに瞳孔に動きが生じた。
光を取り戻したと表現すべきか。
俯き加減の顔は角度を上げて、その眼はしっかりと俺を見据えていた。
「ル、ディ……。夢じゃ、……、ないのよね……」
「たしかにルーディアは目の前に居ます。母さまの娘は、ここに──」
荒れた手を握ってやる。
ノルンとは違い、温もりは無く、冷え切っていた。
だが、こちらの行動に対して応答してくれた。
弱々しいながらも、ギュッと握り返してくれる。
「あぁ……よかった。ルディ……本当に来てくれたのね」
「生きていて下さって──。本当に良かった。私はずっと、母さまに会いたくて頑張ってきました」
「無事でいてくれて、ありがとう……。私は、ずっと貴女の事が心配で……」
ふくよかな胸の中に誘われる。
かつては、ふざけて不意打ちで揉んだりもした。
母性の象徴の名に相応しく、俺の身体を受け止める柔らかさに、母の存在を全身で感じる。
「ごめんね……。母さん、何もしてあげられなくて……」
「ノルンのそばに居てあげたじゃないですか。それだけで母さまはご立派です。母親の責務を果たせていますよ」
「うん……。でもルディも私の娘よ。だからこれからはずっとそばに居てあげる」
母親としての自分を取り戻したゼニスは、心身共に再起した。
この数分のやり取りで、確かな感触を得る。
とどのつまり、ゼニスはただ不安だったのだ。
キッカケさえあれば立ち直れる程度には、
心の原形が残っていた。
それはひとえにノルンという娘が、彼女の腕の中に居たから。
どれだけ傷つこうと、絶対に倒れるわけにはいかない。
娘を愛する為に生きて、そして娘の愛に支えられて。
そして俺がやって来た。
なら後は元通りだ。
ブエナ村でパウロの奥さんをやっていたゼニスの帰還である。
「ぐすっ……あはは……。すみません、母さま。ちょっと離していただけませんか?」
「どうしてよ? そう簡単に離すものですか!」
「ちょっと目の辺りが濡れてきまして……」
「泣いてもいいのよ……。ほら、母さんも泣いてるもの」
そう、泣いている。
俺もゼニスも外聞など気にせずに、感情の赴くままに。
すぐ隣で不思議そうに眺めているノルンの視線を受けながら、俺の涙はゼニスの胸元を濡らす。
ゼニスの涙もまた、ふと見上げた俺の顔に、頬へと目掛けて落下して湿らす。
もう俺は何もかもが決壊した。
これまで我慢し、気付かないフリをしていた全てを、母にぶちまける。
泣いて、嗚咽を漏らして、ただひたすらにすがり付く。
母との日々を思い出しながら、これからも母娘の日常を紡いでいこうと決めて。
「うあぁぁぁぁん……!」
「う、あ、……ふっ……あ……」
俺は大声を上げ、母は堪えるように泣き続けた。
しまいには空気に中てられたノルンまでもが、貰い泣きする有り様。
とにかく泣いて、気持ちの整理を図る。
部屋にいた筈のメイドは、気を利かしたのか、随分と前から席を外していたようだ。
やがてスッキリとした面持ちで3人共、顔に笑みを浮かべていた。
悲しいときも嬉しいときも泣けばいい。
そしてその後は笑うのだ。
あの魔王様も言っていた。
いつだって笑ってりゃあ、いいんだ。
「フハハハハ! ルディちゃん! 大復活っ!」
告げる。
ルーディア・グレイラットの復活を世界に宣言するのだ。
「き、急にどうしちゃったのかしら? ウチの子は……。もしかして旅の途中でツラい事があったの?」
「ツラい時こそ笑えって、とある人物に言われました。母さまとノルンにも会えましたし、すべて彼の手柄ですよ」
「そ、そうなのね。うん、でも公衆の面前では、その笑い方は、母さんもどうかと思うの」
「TPOは弁えておりますので」
ゼニスには受けが悪いようだ。
逆にノルンは無邪気に手を叩いて笑っている。
よし、ここは一つ姉として妹に指導鞭撻してあげよう。
「ほら、ノルンも笑ってごらん? どんな苦難に直面しても、乗り越えられるようになる魔法のおまじないだよ」
「うん!」
台詞は俺考案。
数秒ほど置いて──。
「フハハハハ! ノルンちゃん! お姉ちゃん大好き!」
ラトレイア家では決して教育されないであろう、淑女に似つかわしくない所作。
クレア祖母さんの教育思想に真っ向から挑む覚悟だ。
ノルンは愉快げな反応から一転して、羞恥心に悶えているのか、顔を真っ赤にして俯いていた。
ノリは良いが、恥を捨て切れていないらしい。
「そんな笑い方しちゃいけません。ルディもノルンに可笑しな事を教え込まないでちょうだい」
「すみません。はしゃいでいたようです」
ゼニスに叱られるのも懐かしい。
やっぱり子どもというのは親に叱られて育つものだ。
俺の場合、両親の前では極力、良い子であろうとした。
しかし、今は違う。
家族団欒の時間に酔いしれるのだ。
それに、ようやくノルンに対して姉らしい事をしてやれた。
普段は尊敬されて、時々こうやっておちゃらけた一面を見せる。
そんな親しみやすいお姉ちゃん像を作り上げたい。
──
さて、ゼニス達にはこれまでの旅の経緯を話しておこう。
面白おかしく脚色して語り聞かせてやった。
途中、苦い経験をした事も含めて包み隠さず話した。
どんな内容でも相づちを打ち、時には共に怒り、時には悲しみ。
俺の過ごした時間を擬似的に共有する。
そんな幸せなひとときを過ごす──。
だが忘れちゃならない。
ここラトレイア伯爵家は、俺にとっては敵地であると。
「感動の再会は済みましたか?」
突如、会いたくもない人物の声が、俺とゼニスの会話を遮った。
「クレアお祖母さま……」
思い出した。
この人の目を盗んで、この広い屋敷で家族を捜索していた状況を。
違う、この見計らったようなタイミングでの闖入から察する。
ノルンが付き添ってくれたから見逃されていたんじゃない。
おそらく、クレアの指示であえて俺は泳がされていたのだ。
ゼニス再起への刺激に繋がるとして……。
「これはすべて貴女の描いた絵というわけですか?」
「どうでしょうか。私の預かり知らぬところで起きた事です」
白々しい。
背後に衛兵を引き連れて準備万端じゃないか。
俺をゼニスから引き剥がそうという魂胆か?
……いや、落ち着け。
喧嘩腰でいるから、邪推を重ねてしまうのだ。
クレアとて人の親だ。
親子の仲を引き裂こうとまでは考えてはいまい。
OK、俺は冷静だ。
同じ過ちを短期間に繰り返さない。
「先ほどの数々の非礼をお詫び申し上げます」
まずは頭を下げておく。
自分が悪いとは考えたくもないが、下手に出ることには慣れている。
その場しのぎでも構わない。
ゼニスとノルンさえ連れ出せれば、後はこっちのものだ。
「殊勝な態度です。よろしい、貴方の血に免じて不問といたします。私も孫娘に対して強く当たりすぎましたね。ただ、淑女としての自覚をお持ちなさい。貴女の口調や言動は、どうも男性的に感じます」
「追々、改めさせていただきます。貴族の子女の礼儀作法などには疎くて」
ほらな?
話せば分かり合えるのだ。
「当家に身を置けば、淑女に相応しい教育も不備なく受けられます。無論、このように家族の時間を過ごせます。なればこそ、貴女はラトレイア家の一員としての意識を持つべきなのです」
「魅力的な提案ではありますが、別にラトレイア家で無くとも、家族との時間を過ごせますよ。それに、まだ見つけていない家族だっています」
パウロはアスラ王国で捜索の指揮を執っているとして、リーリャとアイシャの消息を掴めていない。
まだ家族は揃っていないのだ。
「リーリャとアイシャの事でしょうか? その心残りが貴女の判断を鈍らせると──」
「鈍るも何も、はじめから私は家族を探す旅をしているのです。ここに一時留まるのもその一環。元より長居する予定はございません」
認識の違いを埋めなければ。
毅然とした態度で話せば、いずれはクレアも認識を改めてくれる。
そう期待して、なるべく自分を落ち着かせながら会話を続行する。
「貴女の気掛かりを取り除けば、ラトレイア家に籍を置く気になるという訳ですか。では、こうしましょう。リーリャとアイシャの捜索に着手する条件として、ルーディアにはグレイラット家の名を捨てる事を要求します」
おいおい、そりゃ極論過ぎやせんかね?
「どのみち貴女の父パウロは、ノトス家を出奔した身。頼る事など叶わぬこと。ボレアス家も風前の灯火。であれば、ラトレイア家くらいしか居場所はありません」
一応、理屈は通っている。
ただそこに当事者の意思が介在する余地が無いことが問題だ。
旅の行き着く先が、すべてが失われた大地だとしても、家族一丸となって復興すればいい。
口で言うは易し何てことは百も承知だ。
「父への相談無しに私の一存では決めかねます」
「父親への義理立てなど考慮する必要はありません。噂通りの男なら、とうに他の女に心移りしている事でしょう」
「うっ……それは……」
パウロには前科がある。
正確には心移りしたわけじゃないが、妻を持つ身でありながら、メイドのリーリャとまぐわっていたのだ。
痛いところを突かれたもんだね。
親父殿には隙が多いんだよ。
「手塩に掛けて育てた大事な娘を裏切るような男など信用なりません」
いかん。
さっきは猛反発したが、段々とこの人の言葉が正しいようにも思えてきた。
リーリャとアイシャも捜してくれると言うし。
いや、俺にはエリスを送り届けるという使命があるじゃないか。
「時に──。貴女は月の物は来ているのですか? 見たところ、発育は良好のようですが」
「いえ、まだですけれど」
おっぱいはバインバインだが、生理はまだ来ちゃいない。
来るとしたら来年か再来年辺りだろう。
うわぁ、なんかヤダなぁ……。
「ゼニスは12の時に迎えました。ルーディアも体調に変化が有れば申し出なさい」
急な話題の転換に訝しげる。
クレアの中で、一人だけ話が纏まってきたかのような発言だ。
「ミリス神聖国での女の価値は子を産めるかどうかで決まります。貴女もラトレイア家の女ならば、子を産む覚悟を決めなさい。最低でも5人産むことを推奨します。私がそうでしたから」
「え、私は産みませんけど? だって男性は恋愛対象に入りませんし」
「恋愛など不要です。夫婦として寝食を共にする内に、自然と家族の情も芽生える事でしょう。私の目で吟味した相手であれば、きっと幸せになれます」
論点が違う。
とは言っても、クレアは俺の事情を知らない。
前世が男であることは、誰にも打ち明けていないのだ。
それは
「そこのゼニスは、母である私の忠告を無視したが為に不幸となりました。パウロという男に捨てられ、子どもを抱えたまま実家へ戻るはめになったのです」
クレアの口撃がゼニスにも及ぶ。
ビクッとしたゼニスは、視線を下げて黙り込む。
復調したばかりの娘にこの手酷い仕打ち。
見過ごせるものじゃない。
「お母様……。私は別に不幸というわけではないわ……。ルディだって会いに来てくれたのだし……」
「お黙りなさい! 自身を傷物にした男を庇い立てるなど、いつからあなたは、人としての尊厳を失ったのですか!」
「いいえ!
もう考えるまでもない。
パウロが居たからこそ、ゼニスは温かい家庭を築き、女の幸せを手にした。
それなのにクレアは頭ごなしにその事実を否定し、不幸だと断定し続ける。
「これまでか……」
諦めよう。
クレア・ラトレイアという人物に常識は通じない。
いや、正しくはアスラ王国とミリス神聖国の国家間で、価値観に大きな隔たりがあるせいで通じ合えないのだ。
だからお互いに納得する形での解決は不可能。
その価値観の差が、俺にとっては有害なのだ。
ここに留まっていては、ゼニスもノルンも幸せになれない。
なぜクレアはそれを理解しようともせずに、一方的に押し付けるのか……。
もう和解なんて考えるな。
2人を連れて逃げる事に専念するのだ。
国外に逃れて、それから金輪際関わらないでいよう。
「母さま。少々、荒っぽい手段に出ますが、ご容赦下さい」
ゼニスに確認する。
何もクレアに直接危害を加えるわけじゃない。
精々、衛兵を蹴散らして2人を連れてラトレイア家から脱出するだけだ。
「荒っぽいって、どうするの……?」
「こうするんです──」
手に
強硬手段だ。
脅しだって辞さない。
解りやすいやり方で、この場を切り抜ける。
「クレアお祖母様。貴女に恨みはありません。しかし、私にとって実の祖母は敵にしかなり得ないようだ」
「唐突に何を言い出すのですか?」
「見て解りませんか? 邪魔立てするというのなら、こちらも相応の対応をさせて頂くという事です」
「力ずくで意見を押さえつけるというわけですか」
あんたがそれを言うのか?
散々、俺の言い分にも取り合わず、祖母の立場で孫娘をねじ伏せようとしたあんたが──。
「では、ラトレイア家としても貴女に対して武力行使を選択しましょう。貴女の価値は、家柄の良い殿方へと嫁ぎ子を産むこと。責務を全うしない孫娘が不憫でなりませんので」
「意見が合いますね。私もラトレイア家にはいい加減ウンザリしてきたところです。やり合うって言うのなら、大歓迎ですよ」
先ほどとは違い、精鋭らしき衛兵が対峙する。
流派は判別出来ない。
剣術の三大流派以外、つまりは戦士あるいは騎士と呼ばれる武人だろうか?
ミリス神聖国固有の基本となる型でもあるのだろう。
「この者達はラトレイア家の分家の人間です。現役の神殿騎士であり、こういった事態に備えて待機させていました」
すべて計算ずくか……。
はじめから俺が実力行使に出ると踏んでいたらしい。
身辺調査でもしていたのだろう。
俺が一筋縄ではいかない人間だと知っていたのだ。
「私は身内である孫娘を見捨てません。いずれ理解する事を期待しています」
見捨てない?
いや、ただ自分の都合の良い風に
意見はぶつかり合い、力は衝突する。
母と妹を守る為、祖母と対立する道を選んだ。