無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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42話 中央大陸へ

 ラトレイア家での滞在期間を終え、出発の日を迎えた。

 出発地点は町の南側の冒険者区入口。

 馬車に乗り込む直前、ゼニス、ノルン、クレアが見送りに来てくれていたので、しばしの別れの挨拶を交わす。

 ちなみにエリナリーゼとタルハンドが旅に同行することになった。

 少なくとも中央大陸に渡るまでは道中を共にする予定だ。

 

 

「もう行ってしまうのね。寂しくなっちゃうわね」

 

「また会えますよ。次は父さまも一緒です」

 

 

 

 再会の約束を結ぶが、悲しみに感情は揺れ動く。

 今でもゼニス達とは同じ時間を過ごしたい。

 晴れやかな天気に反して、俺の心は曇り模様。

 せっかくの旅立ちに影が差す。

 

 

「お母さんはもう大丈夫だから安心して。ルディの無事も分かったし、あの人(パウロ)もアスラ王国で頑張ってると分かったもの。きっとリーリャとアイシャも見つけてくれるはず」

 

「はい、父さまならきっと……」

 

 

 彼女は言った。

 もう自分の心は折れないと。

 娘である俺の前だから気丈に振る舞っているわけじゃない。

 心根からの言葉なのだろう。

 ノルンも居る。

 親子のわだかまりの解消されたクレアだって居る。

 だからきっと、ゼニスに心配など不要だ。

 母親の決意を疑ったりはしない。

 

 

「ほら、ノルンもお姉ちゃんにバイバイって」

 

「お姉ちゃん……。また会おうね」

 

「うん、約束するよ。次に会う時は、ノルンももっと大きくなってるだろうね。楽しみだ」

 

「お姉ちゃんもお胸が大きくなってるよね」

 

「う、……それって、セクハラだぞ?」

 

 

 誰に似たんだか。

 俺か?

 そもそも同じ親の血を引いているのだ。

 パウロの血筋が悪さをしちゃってるんだ。

 

 

「それでは。クレアお祖母さまもお身体には気をつけて」

 

「貴女の旅の無事を願っています。パウロ氏にも申し訳なかったと、どうかお伝えください」

 

 

 ゼニスの件をパウロへ知らせなかった事への謝罪だろう。

 既に謝罪文を手紙にしたためて何通も送ったらしいが。

 この世界の手紙の配達は遅い。

 それに確実に届く保証も無い。

 ゆえに俺が直接、パウロに伝えた方が確実だ。

 

 

「わかりました。父にはきっと伝えます。彼なら理解してくれる筈です」

 

「では、ルーディア。貴女に幸あらんことを」

 

 

 そしてルイジェルドが御者を務める馬車に乗り込み、ミリシオンを旅立った。

 クレアとは争い事にまで発展したが、最終的に相互理解に至れて良かった。

 家族はやはり大切にしないとだ。

 ルイジェルドも日頃から口癖のように言っている。

 

 ゼニスとノルン、それにクレアの姿が豆粒のように小さくなるまで手を振り続けた。

 旅はまだ続く。

 

 

──

 

 

 街道沿いにミリス大陸を西へ進む。

 魔物も出現せず、治安も良い事から移動は非常にスムーズだ。

 

 途中、幾つもの町に立ち寄り、旅の消耗品の補充や宿で身体を休めたりと、至って平凡な旅が続いた。

 平和な事は好ましいが、エリスは退屈そうにしている。

 

 エリナリーゼは俺の事が気に入ったのか、やたらと世話を焼きたがる。

 髪を編んでくれたり、夜の秘術を教えてくれたり。

 後者については参考にする気はサラサラない。

 殿方に対してのテクニックなど実践の機会などあるまい。

 

 タルハンドはルイジェルドと気が合うようで、町の酒場で飲みニケーションというやつを重ねている。

 炭鉱族(ドワーフ)も人族と比べたら長寿種らしく、大人の男同士で会話の話題も合うのだろう。

 

 エリナリーゼの件で気になった事がひとつ。

 あの人、町へ立ち寄る度に宿へ男を連れ込んでいるのだ。

 部屋は別に取っているので直接的な影響は無いが、男女が交わった後の特有の香りをプンプンと漂わせている。

 

 エリスなどは不快そうな顔でエリナリーゼを見詰めていた。

 年頃だし、性にふしだらな行いが癇に触るのだろうか?

 その割にはエリスも、俺の身体にベタベタと触れてくるけども。

 自分を棚上げするなんてよろしくない。

 お仕置きとしてエリスの乳をつついてみたら、揉み返された、なむ……。

 

 

──

 

 

 2ヶ月後、港町ウェストポートへと無事に到着した。

 名前からも分かる通り、ミリス大陸の最西端に位置する港町だ。

 

 ミリス大陸滞在も残り僅か。

 大森林の雨期に重なって随分と長居してしまった。

 期間にして半年程度になるか。

 エリナリーゼとタルハンドらに合流出来たし、良しとする。

 

 この港町は交易の重要な拠点。

 商人が多く、市場も栄えている。

 旅を急ぐべきなのだが、乗りたい船便が欠航していたので出発は翌日に持ち越された。

 関所での渡航の申請自体は済んでいる。

 対応した職員が二つの書状の宛名を目にすると、責任者と協議するとかで、手続きが長引いたが。

 ラトレイア伯爵家当主カーライル及び教導騎士団団長ガッシュのビッグネームを騙る胡散臭い詐欺師とでも取られたのかもしれない。

 

 奥から出てきたミリス大陸税関所長を名乗る男に、何やら犯罪者を疑うような視線を向けられた。

 が、俺の顔を見た途端に態度を翻す。

 ラトレイアの関係者だと判断したのだろう。

 

 スペルド族であるルイジェルドの渡航についても、渋々といった態度で許可された。

 この国の魔族迫害は根深いようだ。

 

 そして本日は翌日の乗船に備えて宿で休む。

 船には馬車を持ち込めないので、この町で売却する事にした。

 宵越しの銭を手にしたところで、別段使う予定もないので懐にしまっておく。

 

 エリナリーゼはまた男漁りとかで町へ消えていった。

 タルハンドは船が苦手とかで、乗船前から青ざめた顔をしている。

 エリスも船酔いが酷いので、ヒーリングを掛ける相手が2人に増えてしまったか。

 地帯治癒(エリアヒーリング)を使えば、同時に治療可能なので問題はあるまい。

 

 昼下がり、部屋を訪ねる者が居た。

 一度だけ会ったことのある人物で、叔母のテレーズ。

 左遷先が、ここウェストポートの大陸税関所だったらしい。

 

 デッドエンドのスペルド族の話題で職場は持ちきりだったようで、俺たちの滞在を知り、宿泊先を訪れたのだとか。

 

 

「母様とは上手くやれたみたいだね」

 

「お陰さまで和解致しました」

 

「いや、大した協力は出来なかった。ルーディアちゃん自身の手腕だな。ゼニス姉様も鼻が高いことだろう」

 

「あまり褒められると照れますね」

 

 

 俺はそんな大層な人間じゃない。

 テレーズの言うような手腕があれば、各地で余計なトラブルに巻き込まれずに済んでいただろうに。

 まぁ、災難の中で結ばれた縁もあるし、一概に悪いとは言えんが。

 

 

「船旅の準備は出来てるのかい?」

 

「ええ、おおむね。しかし、エリスと母の知人のタルハンドさんが船に弱くて」

 

「それなら酔い止めを用意しよう。ミリス神聖国は治癒魔術だけでなく、医薬品の開発力も高くてね。その分、高価だが」

 

「お心遣い、感謝します」

 

 

 テレーズより酔い止めの薬と、オマケ程度だが食糧まで提供してもらった。

 持つべきものはおっぱいのデカイ、叔母上さまである。

 軽装で宿を訪問したテレーズの胸は、姉であるゼニスとサイズに遜色なかった。

 彼女に背後から抱き締められ、その感触を背中でじっくりと堪能させてもらった。

 1ミリも性的に反応はしなかったが。

 肉親の上、生物学的には同性だしな。

 俺が興奮出来る相手は、現在のところエリスくらいだろうか。

 

 別れを告げたテレーズは、仕事へと戻る。

 名残惜しそうに最後に頭をナデナデしてくれた。

 その感触は、おっぱいの弾力よりも感覚が強く残る。

 つい、そばにいたエリスの頭を撫でてやったら、何も言わずになすがままだった。

 その上、俺の胸に頬をスリスリと擦り付けてきた。

 エリスってばお姉ちゃんなのに甘えたがり屋なんだから、もうっ……。

 

 

──

 

 

 船に乗り込む。

 酔い止め薬が効いたのか、エリスとタルハンドは吐くところまでは体調を悪化させなかった。

 快調とはほど遠いが、小康状態といったところか。

 ヒーリングをねだらないところを見ると、会話する余裕くらいはあるらしい。

 

 

「ようやくミリス大陸から離れるのね」

 

「聖剣街道の恩恵で旅の途中は安全でした。魔大陸とは天と地の差ですよ。大森林でもドルディア村の方々に良くしてもらいましたし」

 

「ゼニスさんとノルンにも会えて良かったじゃないのよ」

 

「エリスを差し置いてすみません……」

 

「気にしてないわ。それよりも捜索を続けなきゃ。お父様とお母様は、武道の心得が無いから、あんまり待たせちゃうと死んじゃうかも。お祖父様はなんだかんだで、元気そうね」

 

「ですね。サウロス様がそう易々と亡くなるとも思えません。案外、ギレーヌがそばで守ってくれてるかもしれませんよ?」

 

 

 希望的観測だ。

 

 

「だったら大丈夫ね!」

 

 

 

 仮の話にすぎないが、彼女は確定事項として扱う。

 不安な時こそ、希望を持つことも大事だ。

 それでも堪えられないのなら、バーディ陛下のように高笑いすれば良い。

 

 俺だってパウロに関して不安が付きまとう。

 でも、アスラ王国で頑張ってるみたいだし、パウロだってきっと元気でやっているさ。

 自ら危ないヤツに喧嘩を売ったりもしないだろう。

 喧嘩っ早い性格なのは否めないが。

 

 そうして2人して家族の無事を信じながら、ミリス大陸を後にした──。

 向かう先は、いよいよ中央大陸だ──。

 

 

 

 

──水神流宗家・道場──

 

 他流派の門戸を叩くは七大列強序列七位の座に就く龍滅パウロ及び北神カールマン三世アレク。

 鬱憤を晴らすなど建前に過ぎず、その真意とは水神流の技をその身に刻む為。

 

 親善試合などという生温い戦いなど求めぬ。

 真に迫った命の奪い合い。

 血を求め、肉を食らい、骨をも砕く。

 生死を争う闘争を渇望して参った次第。

 

 事前連絡も無しに土足で上がり込む2人の剣客。

 水神流の門弟達は歓迎などしなかった。

 さりとて干渉はしない。

 新旧列強相手に太刀打ちなど不可能だと、挑む前から理解しているがゆえに。

 

 果敢にも挑もうという気概のある者が居ない状況に、アレクは暇をもて余す。

 パウロは意にも介さず、ただ目的を果たせれば不満など無い。

 

 

「水神レイダ・リィア殿とお見受けします」

 

 

 アレクが代弁する。

 これより、主の意思を水神流の長へと伝えるのだ。

 

 

「そういうあんたは北神三世だね」

 

 

 返す水神レイダ。

 不届き者であろうと剣士は剣士。

 もてなしもせずに帰すのは忍びない。

 はたまた彼らの剣に興味を抱いたのか。

 

 

「いかにも。我が名はアレクサンダー・カールマン・ライバック。そしてこちらにおわすは御方は龍滅パウロ・グレイラット。当代最強の剣士なり!」

 

「最強は言い過ぎだろ? 他に言い方を考えろって」

 

 

 アレクの語りに訂正を求める。

 パウロとしては最強など不要な称号だ。

 家族を守り、龍神オルステッドさえ滅ぼせれば、それ以上は望まない。

 尤も、当代の龍神こそが最強の名を冠する武人であるのだが。

 

 

「改め、世界最強候補の1人……!」

 

 

 主の指摘に、言い直す少年。

 出鼻を挫かれた格好だが、まだ取り返しはつく。

 

 

「おい、もっと褒めろよっ……! 馬鹿やろうっ!」

 

 

 だが控え目な表現に物足りなさを感じ、つい叱りつけてしまう。

 脇腹を肘で小突かれたアレクは苦笑しつつも姿勢を整える。

 安穏とした雰囲気の中で、門弟達は真逆の剣呑とした香りにどよめき立つ。

 この2人には、決して手を出してはならぬと。

 

 

「おや、あんた……。先代のノトス家んところの倅じゃないか。あの悪童が今や七大列強とはねぇ。北神の言葉もふかしじゃなそうだね」

 

「なんだレイダの婆さん。オレのことを憶えてたのか?」

 

「リーリャん所の道場に居た生意気なガキだろう? 忘れるには印象深すぎてねぇ」

 

「水神様の記憶に残ってるとは、そりゃあ光栄なこったな」

 

 

 パウロがノトス家を出奔し、まだ青二才と呼ばれていたような時代。

 水神流の看板を掲げる道場へ入門し、剣術の研鑽に励んでいた。

 が、剣よりも女を好む彼は、鍛練などはそこそこに、街へ女を抱きに道場を抜け出す日々。

 なまじ才覚に恵まれていたが故に、同門の師弟達を置き去りにして、努力せずして瞬く間に上級の認可を得た。

 

 同時期、水神レイダはリーリャの父の経営する道場に短期間ながら逗留していた。

 道場内でも有望株の剣士とされていたパウロを、水神レイダは直々に稽古をつけてやった過去がある。

 

 

「ふん、あんた……。リーリャって娘を手篭めにして逃げたんだって? それで破門なんて馬鹿な男だね」

 

「リーリャには悪いことをしたと思ってる。彼女はいま、オレの嫁の1人だ」

 

「へえ? 男としてケジメを取ったってわけかい。見た目の割には男気があるねぇ」

 

 

 実際には不倫の末に身籠らせた責任を取っただけなのだが、都合の良い解釈をしてくれている故に口をつぐむ。

 

 

「過去はどうあれ。仮にあんたの娘に手を出した男が居たとする。どうする?」

 

「八つ裂きにして家畜の餌にでもしてやるさ。オレの娘の乳でも触れようものなら、なるべく死なねぇようにいたぶってから、最終的に首をはねてやる」

 

「は! 恐ろしい、男だことだ。自分の過去を省みず、人には厳しいときた」

 

 

 身勝手なのは自覚しているが、愛娘の大事な身体なのだ。

 己の過ちのせいで娘の身を案じてはならない。

 なんて道理は無かろう。

 

 

「で、なんの用だい。神級剣士2人で押し掛けてきて、お茶でも飲もうってわけじゃないだろ? おおよその見当はついてるけどねぇ」

 

「レイダさんに頼みがあってきた」

 

「頼み──ねぇ……。あたしが聞いてやる義理があるのかい?」

 

「無ければ土下座でも何でもする。あんたの実力と実績を見込んでここに来た」

 

「天下の七大列強様に頭を下げられちゃあ、箔付けとしては悪かぁないね」

 

 

 単なる手合わせの申し入れで済む話ではない。

 一門の長の胸を借りようというのだ。

 それ相応の対価を差し出して然るべきである。

 

 

「パウロ、あんたは何を代償にする?」

 

「片腕でも何でもだ」

 

「剣士が腕を失ってどうすんだい。馬鹿なのは変わらないねぇ」

 

「馬鹿だから美人な嫁さんと、可愛い娘達を手に入れられた。尤も、今となっては行方も知れんがな」

 

「噂が本当なら、少なくとも長女は死んでないんじゃないかねぇ。ブエナ村のルーディアってのは、王都にもその名を轟かせる稀代の天才魔術師として有名さね」

 

 

 やはり自分の娘は天才なのだ。

 自身の種の優秀さが末恐ろしい。

 いや、ルーディアは突然変異で生まれた超常的存在なのかもしれない。

 だとしても最愛の娘には変わりないが。

 

 

「まぁ、その名の大きさでダリウスの糞狸に狙われちまったんだが」

 

「あの男は黒い噂が絶えない。良くもまぁ、奴の手から逃れたもんだ。運も有っただろうけど、生存力が高い証拠だよ」

 

「その辺りはオレに似たんだろう」

 

 

 ルーディアは窮地にこそ本領を発揮する娘だ。

 突発的なアクシデントには弱いが、底力は侮れない。

 父親のパウロから見ても、その素質の程は未知数。 

 

 

「代償ってのは要らない。あんたの腕は娘を抱き締める為に取っておきな」

 

「恩に着る、レイダさん……」

 

「手合わせしたいんだろう? それも遊びじゃなく、殺し殺され上等のヤツをね」

 

「理解が早いな」

 

「伊達に歳を取ってないよ。命の取り合いなんて飽きるほどしてきた。ガル坊ともそれなりにねぇ」

 

「ガルさんか……。元気にしてっかな」

 

 

 剣神ガル・ファリオン──。

 パウロへ正式に剣王の位階を認めた人物。

 剣王に至った事で彼のお眼鏡に適い、短くない期間を直弟子のような待遇で扱かれた。

 

 いまでも純粋な剣神流剣術の練度では敵うまい。

 とはいえ、単純に剣速だけならばパウロに軍配が上がるだろう。

 その太刀筋は既に、パウロの部下である北神三世の目にも追えぬ域に達していた。

 

 

「殺り合う前に婆の雑談にちょいと付き合いな……。あんたは、流派にこだわりはないのかい? 節操無しさね」

 

「女と同じさ。色々な味を楽しみたい」

 

「あたしがとやかく言うのはお門違いだけど、女の敵だねぇ。間違ってもあたしの孫娘に粉ふるんじゃあないよ」

 

「オレが勃つとすりゃあ、ゼニスとリーリャを相手にする時だけだ」

 

「そりゃあ結構なことだよ」

 

 

 パウロは剣王でありながらも、剣王の位階以上に与えられる証、ファー付きコートを着用していない。

 格式張った物を嫌っているのだ。

 貴族社会と共通している。

 同じ剣王でもギレーヌは着用していたりするが。

 面識がある人物では、あとは2人存在する剣帝と、パウロの直接の師である名も無き剣王、そして剣神ガルが着用する。

 

 パウロという男は、剣神流のみに留まる人間ではないと存外に語っているようなものだ。

 補足すると現在の剣王の内上位3人は、パウロ、ギレーヌ、名も無き剣王だ。

 剣神流を代表する三剣王の一角がこれでは、剣神の顔が立たない。

 

 

「さぁて、そろそろ始めようじゃないか。別にあたしを殺すつもりで掛かってきても構わないんだよ?」

 

「そちらこそ殺す気で来ねえと困る」

 

「お互い死んじまったら泣く家族が居る。これこそ剣戟の醍醐味ってやつさね」

 

 

 両者、見守る者達の前で構える。

 

 龍滅パウロの見届け人に北神三世。

 

 対する水神レイダの見届け人は孫娘イゾルテ。

 騒ぎ立つ道場に足を踏み入れた瞬間に、祖母からのご指名だ。

 

 審判を務めるのは水帝。

 水神レイダの名の下に公正な判断を誓う。

 

 合図は無し。

 どちらかが動きを見せれば、その時点で決闘は開始となる。

 

 水神レイダは構えを取るのみで不動を貫く。

 龍滅パウロは柄を握り、攻勢の機を窺う。

 互いに読み合う。

 先手を取れば勝者と成り得るのか、後手に回れば敗北者の烙印を押されるのか。

 

 剣神流は先制により必勝を約束されし流派。

 水神流は受けることで必勝を掴む流派。

 性質は真逆で矛盾の関係性。

 となれば勝敗を決する要素は、個々の技量の差。

 

 先に仕掛けたのはパウロであった。

 初手より光の太刀──。

 高速より繰り出されし剣先は、一切のブレ無し。

 振り抜かれ、剣閃が死への道筋を描く。

 

 受けるレイダ。

 闘気より太刀筋を読み取り、軌道上に剣を乗せ受け止めた。

 水神流奥義・流──。

 

 瞬間、全ての衝撃がパウロへと跳ね返る。

 体勢を崩すも、咄嗟に踏み留まり次なる斬撃に備える。

 そして来た!

 レイダによる斬。

 さりとてパウロも隙を晒すだけにあらず。

 

 剣神流奥義・光返し──。

 

 本来の用途は対光の太刀専用の防御技。

 だが応用はどうとでも利く。

 剣を握るレイダの手首に最速で放たれる光の太刀によるカウンター技。

 

 崩れかけた体勢からのパウロによる不意の一撃は、かろうじて剣先で防いだレイダの小柄な体躯に、見た目以上に苛烈な震動を与えた。

 奥義を使う猶予すら与えられず、防御は不完全なままに終わる。

 

 

「あんた……加減してるね?」

 

「手を抜かなきゃ、あんたの技を身体に受けられないだろ? オレは水神流最高峰の絶技を身をもって学びに来たんだ」

 

 

 決闘は拮抗などしていなかった。

 龍滅パウロはあまつさえ水神レイダに対して手心を加える程度には余力を残していた。

 温存されし真価を問える者は、このアスラ王国に存在しまい。

 偽り無き実力を引き出すには、それこそ龍神オルステッドをこの場にあてがうしかない。

 

 

「あたしにも剣士としてのプライドがあってねぇ。意地でもあんたの死力を引き出さなきゃ、とてもじゃないけど気が収まらないさね」

 

「いいぜ、死ぬ気で来いよ。元より無傷で終わるつもりなんざねぇんだ」

 

 

 レイダは老骨に鞭を打ち、奥義・剥奪剣界の構えに入る。

 次にパウロが指ひとつでも動かそうものなら、その瞬間が命日となろう。

 先を取ったという認識は覆り、後手にてレイダが斬撃の嵐を叩き込む。

 

 パウロもその光景を脳裏に視たからこそ迂闊に剣を振るえない。

 だが彼は、必殺の剣を謳う流派で己を鍛え上げた。

 神速を以て、末路ごと斬り伏せよう。

 

 闘気を練り上げ、四肢に力が入る。

 光輝の精霊に並ぶ敏捷性の向上。

 かつて存在した王竜王の鱗を彷彿とさせる硬い肉体への変貌。

 鬼神にも迫る剛力にして怪力。

 常人を超え、超人をも超え、神の打倒さえも成し得かねない傑物の生誕。

 

 やがて龍滅パウロは──世界を斬った。

 

 剣の通り道に沿って空間が裂ける。

 得物より溢れ落ちた闘気が真空を駆け巡った。

 剣圧による業風が、構えを取る水神の全方位から殺到。

 レイダの五感に混乱を誘発し、誤認と遮断の二重苦に陥らせる。

 暗闇に閉ざされた水神は、剥奪剣界の構えをそのままに無防備となってしまう。

 これでは攻撃に合わせて剣閃を飛ばせない。

 

 パウロの剣が薙ぐ。

 されど斬撃にあらず。

 衝打がレイダの腹部へ叩き込まれる。

 直後、彼女は食道から逆流してきた血液を口の端からこぼす。

 

 

「峰打ちだ──」

 

「は……。困ったねぇ……加減された上に手も足も出ないんじゃ、言い訳のしようのない程に敗けだよ……」

 

 

 レイダは手から実剣を落とし、床に両手をついて倒れる。 

 久方ぶりの敗北の味に、歯ぎしりを起こす。

 審判を務める水帝は、長の敗北に動揺しながらも、龍滅パウロの勝利を周囲へと告げる。

 

 

「龍神オルステッド以来の敗けさね……」

 

 

 原理は単純。

 闘気により極限まで底上げされた身体能力にて、大気を斬り裂いた。

 真空となった空間へ、空気の流入と共に刀剣より溢れ出た闘気が走り、相対するレイダの五感を狂わせたのだ。

 

 技名すらない闘気によるゴリ押し。

 速度と筋力に物を言わせた力任せゆえに対応は至難。

 

 

「レイダさん、ヤツと闘った事があるのか?」

 

「ちょいと昔にね……。まるで歯が立たないままに地面に転がされて、挙げ句に見逃されたのさ」

 

「全盛期のあんたでも龍神には届かなかったのか」

 

「そうさね。ごほっ……」

 

 

 咳き込む水神の口から、なおも流れる血液。

 駆け付けた水神流宗家お抱えの治癒術師が治療し、手負いの身体は癒える。

 

 

「けどねぇ、パウロ。あんたなら或いは……」

 

「あぁ、だからオレは水神レイダに仕合を望んだ。得るものはあったぜ?」

 

 

 水神レイダは神級クラスの武芸者。

 かの龍神には及ばぬが、神域での死闘を再現するには不足なし。

 

 

「あんたになら野望を託しても良さそうだねぇ。打倒龍神オルステッド──」

 

「託されてやる、オレがオルステッドを殺す」

 

 

 元より抱いていた野望。

 水神レイダ一人分程度、余分に背負っても苦ではあるまい。

 

 

「ふん、言うようになったね。いいよ、今日からパウロ・グレイラットはあたしの直弟子さね。水神流の奥義を叩き込んでやろうじゃないか」

 

「オレなんかを直弟子に? それに破門を取り消してくれんのか?」

 

「こんな逸材を見逃す阿呆がいるってのかい? 技を伝えるのも水神としての務めだよ」

 

 

 かつて水神流一門より放逐された男が、他でもない当代の水神レイダに復帰を認められた。

 

 この日を以て、龍滅パウロ・グレイラットは──。

 ──水神レイダ・リィアの直弟子となった。

 

 その後、僅か2ヶ月の期間で水帝の位階を授かり、初代水神が編み出したとされる水神流奥義5種の内、3種を習得した。

 奇しくも当代水神と同じ奥義であり、幻の6種目の奥義・剥奪剣界すらも物にする──。




第5章 少年期 再会編 - 終 -
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