無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~ 作:三毛猫丸
翌日の早朝。
寝苦しさに目覚めてしまった。
朝露が窓に張り付き、肌寒さに身震いする──わけでもなかった。
確認するまでもなく、エリスが俺を抱え込んで寝ていたのだ。
身を寄せ合って寝ていたお陰で、汗ばむ程度には熱が身体に残っている。
シャワーでも浴びたい気分だが、そんな文明の利器、この世界には見当たらない。
服をはだけさせて、だらしなく腹を露出するエリスをじっと眺める。
腹筋は浮き出してこそいないが、引き締まっている。
おヘソもチャーミングだ。
さて、昨日のあの一件があったせいか、彼女は俺との肉体的接触に安心感を得るようになったらしい。
これまで以上に強い腕力で一晩中、抱き締められていたので、全身に痛みが残る。
まぁ、
机に向かって早々とロキシー宛の手紙を執筆する。
この国に滞在していること、家族が行方不明で捜索中である事を記しておく。
何か知っている事があれば知らせて欲しいとも、付け足しておいた。
この文面は不味いか?
王宮を通して送るのだから、検閲が入るかもしれない。
それに加えて、ロキシーの教え子であるパックス王子は、俺を目の敵にしているって噂だ。
出来が悪く、ワガママで癇癪持ち。
ロキシーとのやり取りを妨害してくる可能性だって視野に入れるべきか……。
やりづらいなぁ。
ひとまずエリスが目覚めるのを待ち、手紙を出しに行こう。
路地裏でヒルダを探さないとな。
──
ルイジェルド、エリナリーゼ、タルハンドには町へ情報収集という名目で送り出す。
俺はエリスと行動を共にする。
遺憾ながら、ヒトガミの指示通りに動く形だ。
身の危険を感じたら即時判断の撤回を決めている。
尤も、ランドルフのような列強と遭遇でもしない限りは、俺とエリスの技量であれば、撃退ないし逃亡は可能だと見ている。
逃げに徹した俺はゴキブリよりも速い。
グレイラットだからネズミという表現の方がお似合いか?
冒険者ギルドにて手紙を出し終える。
後は兵士から逃げるヒルダを保護する段取りだが、エリスがやけにソワソワしている。
「どうしました?」
「私にも良く解らないけど、ざわついてるわね」
言われてみれば町中では民衆の喧騒に紛れて、緊迫した物騒がしさを感じ取れる。
目を凝らせば路地から路地へと駆ける少なくない兵士達の姿。
大捕物でも始まったかのような雰囲気。
あぁ、これのことか。
既にヒルダの逃走劇は開始されている。
「探ってみましょうか? ある筋から、エリスの家族の目撃情報が手に入りまして。居場所に繋がる情報を得られるかもしれません」
「え、ホント? この国へ入国してから調べる時間なんてあったかしら。うん、でも流石はルーディアね!」
疑う事を放棄した彼女はすんなりと納得し、こちらの提案を承諾する。
わざわざ手を取って握り締めてきたが、気にせず走る。
兵士達の背中を追い、数分ほど路地裏を駆けずり回っていると、円陣を組む兵士たちと出くわした。
円陣というよりは包囲網といった塩梅か。
中心地には──ヒルダが居た。
ヒトガミの見せた映像と状況が合致する。
赤子も抱いているようだ。
名前はエリオットと言ったか?
「お、お母様!」
2年以上も別離を強いられようとも実の母親を見間違える事もなく、エリスはヒルダの存在を察知する。
それは向こう側も同じく──。
「え……? エリス!」
ヒルダもまた2年越し対面する娘の名を叫ぶ。
悲壮に満ちた顔に、希望を灯らせる。
苦境に立たされながらも一筋の光に救われた者の声が、耳に届いた。
「ルーディア! 手伝って! 周りの兵士たちをやっつけるわよ!」
「了解! しかし、殺すのは無しですよ。彼らは末端とはいえこの国の正規兵です。殺せば犯罪者扱いは免れません」
「峰打ちね! わかったわ!」
逃走劇から救出劇へと演目は切り替わる。
不殺での制圧となればアレの使いどころだ。
彼らの死角となり得る足下や背後に生成と同時に着弾させる。
さほどの闘気を纏っていなかった事から、意識を奪うのに5秒も要らなかった。
だが数だけは多い。
俺の魔術による撃ち漏らしで、未だ多数の兵士が健在。
束となって押し寄せてくる。
今の攻撃で敵意有りと判断したのか、抜き身の刀剣を握り、間合いを詰めてきた。
こんなあどけない姉妹相手に凶刃を向けようとは、けしからん連中だ。
先に攻撃したのは俺だけど。
「任せて!」
意気揚々とエリスが俺を庇うように前へと出る。
鞘に手を当て、張り詰めた空気の中で地を蹴り、剣を振り払う。
光の太刀ではない剣神流にありふれた型のひとつ。
実力に劣る兵士らに手心を加えてあげたのだろう。
どう考えても光の太刀ではオーバーキルだろうしな。
的確な判断と言える。
既に剣聖上位相当の技量を俺の預かり知らぬ内に体得した彼女の一閃は、兵士らの迎撃すら認めずに斬り伏せる。
え?
いや、峰打ちって言ったでしょ!
「あれ、死んでないよね?」
「生きてるわよ。薄皮くらいは切れちゃったかもしれないけど」
「あ、そうですか」
腑に落ちないが……出血は僅か。
斬られた兵士は踞っているが、意識は保っている。
力の差を思い知ったのか、追撃の気配は見られなかった。
「お母様! こっちに来て!」
「あぁ、エリス! 来てくれたのね! わたくし、貴女の無事を信じていましたの!」
「奥様、再会の喜びは理解出来ますが、この場は安全な場所への退避が先決かと」
「ルーディアも来てくれていたのね? わかりました、従います」
ヒルダと、その胸に抱かれた赤子の保護に成功。
一旦、宿へと戻れば完遂だ。
フィリップ救出作戦はまだ先になりそうだが、ひとまずエリスの家族との再会は成し遂げた。
おっぱいの大きい赤毛のお母さんと合流し、一路帰宅の途につく。
帰り路の途中、次々に湧いてきた追っ手は丁重にお引き取り願った。
具体的には魔術と剣で蹴散らしただけなのだが、その勇姿をヒルダは呆気に取られながら視る。
俺もそうだけど、貴女の娘さんは強い子に育ったんですよ?
ところ構わず、妹の胸にエッチな視線を送るお姉ちゃんであることは黙っておこう。
──
宿へ到着すると、ヒルダは泣き崩れてしまった。
後生大事そうに赤子のエリオットを擁くのは変わらない。
ポロポロと流れ出した涙は、嗚咽と共に量を増す。
「エリス、寄り添ってあげたら?」
「うん……」
促してあげると、エリスは母親の肩にピタリと張り付く。
労いや慰めの意味合いか、肉親の情ゆえか愛情に満ちた眼差しだ。
感動の再会に酔いしれるというよりは、母の温もりを求める娘の発作的な行動だ。
エリスだってずっと家族と会えず心細かった。
ようやく俺はエリスの為に、何かしてやれたのだ。
「エリスも泣いて構いませんよ。ここに咎める者はいません」
「う……ん……そうね……」
俺の言葉を受け取って、数秒ほど口をモゴモゴさせた次の瞬間、我慢の堰を切ったように、わが姉は大声で泣き始めた。
赤子よりも幼げで、14歳というこれまでの人生で積み重ねてきた年月を放り投げる。
「うえ……ぇん……!」
「ごめんなさい……エリス……傍に居てあげられなくて……」
母親としての義務を果たせなかったとして、ヒルダは懺悔を始める。
不可抗力だと言い訳はしなかった。
ただ娘に対する申し訳なさが先行して、謝罪の言葉が紡がれていく。
そんなこと、エリスは気にしていなどいない。
ただ身体をくっつけて、母の存在の大きさを実感している。
同じ時間を過ごせるだけでも、何物にも代えがたい幸福であると、涙する事で訴えかけていた。
ひとしきり泣き終えたエリスとヒルダ。
ヒルダは赤子のエリオットを俺へと預けると、エリスを抱擁し始めた。
耳元で何かをささやいている様だが、こちらからは聞き取れない。
異国の地での2年半もの日々の思いを吐露したのか、エリスと再び巡り会えた奇跡を言葉にしたのか。
いずれにせよ、俺が問い質すというのも無粋な話ではある。
結果だけを述べるなら、ヒルダは持ち直した。
夫のフィリップと夫婦支え合いの関係があった為か、ゼニスよりはメンタルが落ち込んでいなかったらしい。
守るべき子どもを抑留生活の中で出産した影響なのか、気を強く持ったのだろう。
「改めて礼を言います。エリス、ルーディア──助けに来てくれてありがとう。わたくし、この子だけでなく貴女達も我が子だと思っていますわ」
曇りの無い表情で礼を言うヒルダは、心なしか色気が増しているようにも見える。
人妻の色香というやつか……。
不謹慎だがエロい。
そんな感想が場違いにも思い浮かぶ。
「まずはご事情をお聞かせ願えますか?」
話を切り出してみる。
着衣は王宮から慌ただしく逃げ出してきたせいか、乱れてはいたが、質自体は上等な物。
抑留されているという前情報から、不便で劣悪な環境での生活を強いられているものとばかり。
実態は異なるようだ。
「聞いていただける?」
ヒルダは語りだす。
これまでの2年半の出来事を。
──
フィットア領へ猛威を振るった魔力災害。
フィリップとヒルダが転移した先こそ中央大陸南部に位置するシーローン王国。
それも王宮内に忽然と現れる羽目になった。
当然ながら外部よりの侵入者として疑われ、兵士達に取り囲まれたのだが、そこに介入者の出現。
その者の名は第七皇子パックス・シーローン。
つい先日、国を発ったロキシーを求めて止まぬ男。
彼の一言で親衛隊がフィリップとヒルダを捕縛した。
あれよあれよという間に、王宮の一室へ押し込まれ、辛く長い監禁生活が幕開けたのだ。
幸いな事に、2人はアスラ王国における上級貴族。
それもボレアス家の本家筋の人間という事もあり、衣食住は保証され、生きていく上での不満は自由に外出が叶わぬ事くらいか。
ただその待遇はパックスが指示した事ではない。
かの愚皇子に、そのような事を考慮する頭は無い。
ただ親衛隊員の一人が諸侯貴族への捕虜待遇に配慮した次第である。
どうやらパックスは、2人を人質として幽閉し、ご執心のロキシーを誘き寄せる釣り餌としたかったらしい。
尤も、ロキシーにとって、フィリップとヒルダは面識の無い人間だし、思い入れも皆無。
強いて挙げれば愛弟子のルーディアの知人という接点くらいしか存在し得なかった。
ゆえに仮にロキシーの耳に、パックスが人質を取っている事実が入ったところで、ひとまずルーディアへ一報を入れて終わり何て事も想定出来た筈。
ゆえにフィリップとヒルダを捕えておく価値は低い。
その上、パックスは
全てはパックス皇子と親衛隊の中での出来事として内々に処理されていたのだ。
フィリップは宮廷魔術師待遇で雇われているロキシーへと連絡を取ろうとするも、親衛隊らの妨害で叶わず。
尤も、すぐにロキシーの不在を知ることになるが……。
監禁生活の中で精神をすり減らしながらも、傷ついた心を慰め合うように、ヒルダの身体を求めて愛し合った。
ヒルダもまた、夫の温もりを欲して、求められるがままに全ての行為を受け入れたのだ。
その結果として授かった子こそが、ボレアス夫妻第四子にして三男のエリオット。
奇しくもシーローン王国という異国の地での出産という事もあってか、ボレアス家の仕来たりに従う必要もなく、男児を取り上げられる事もなかった。
不幸中の幸いというものだ。
エリス以来の初めて我が子と実感出来る赤子。
それはもう大切にしている。
やがてエリオットを育てている内に思い立つ。
未来ある我が子を父母が傍に居るとはいえ、狭い檻の中へ閉じ込めたままで良いのかと。
人権を著しく損なった現状。
健やかに育つとは到底思えまい。
よってフィリップとヒルダは画策した。
エリオットだけでも外の世界へ連れ出そうと。
とはいえ、赤子を無責任に放り出したり、赤の他人へ託そうとは考えない。
協議の結果、母ヒルダがエリオットを連れて、王宮からの脱出を図る事となった。
決行の日。
フィリップは妻の体調が悪いと世話役の使用人へと申し出る。
医者を呼び出して欲しいとの要望に応じた親衛隊。
武の心得など無いフィリップだったが、開け放たれた監禁部屋の扉からヒルダ達を逃がす為に盾となった。
わざと騒ぎを拡大させ、第七皇子の息の掛かって無い者達へと自らの存在を喧伝し、親衛隊達による追っ手の足を阻害した。
今や王宮ではパックスが父王への釈明に足止めを受けていることだろう。
妙に言い訳の弁の立つパックスが、真実を闇に葬りかねない事が唯一の懸念か。
フィリップの素性が証明されるよりも前に、始末されてしまうのも時間の問題である。
──
ヒルダの口から語られた事の経緯。
つまりフィリップの身が危険ってわけかい。
事は一刻を争う。
シーローン王国の国王が、まともな人物であればパックスの暴走を止められる筈だが。
とはいえ、今は身動きが取れない。
俺とエリスだけではヒルダを守りつつ、王宮へ赴くなんて無茶だ。
ルイジェルド達の帰りを待つしかあるまい。
具体的な作戦を立てるのは後だ。
ロキシーの返事も待たんといかんし。
いや、ヒルダの話によると既にロキシーはこの国を旅立ってしまっている?
なんてことだ、神は不在か?
「ごめんなさい、エリス。貴女の父親を見捨てて、わたくしは……」
「いいえ、お母様は悪くありませんわ。お父様が身を挺して守ったんだもの。自分の身がどうなろうと覚悟の上よ」
「それはそれとして助けにいかなければ。手遅れになりかねませんね」
語るもおぞましいといった顔つきで、ヒルダは伏し目がちとなる。
そして俺の抱く赤子エリオットは、母親のおっぱいと誤認したのか、胸元をまさぐろうとする。
ダメだぜ、坊っちゃん。
ルディちゃんのおっぱいは、君のお姉ちゃんだけのものなんだ。
身持ちの固い俺は、それとなくヒルダへとエリオットを渡す。
無事に乙女の胸を死守した。
「ひとまず再会を素直に喜ぶべきです。エリスは奥様に会う為に、これまで我慢を強いられてきました。私も彼女にどれだけ甘えてきたことか」
「気を遣わせてしまったわね、ルーディア。それにエリスをここまで支えて下さって感謝します」
これまでの旅について、魔大陸への転移から中央大陸に渡るまでのアレコレを説明済みだ。
2年半もの苦労はお互い様だが、あの魔大陸から人族の領域まで辿り着く事は、誰の目から見ても過酷で至難の旅程である。
特にスペルド族のルイジェルドの話に内容が及ぶと、顔色を真っ青にして、エリスを抱き締めていた。
親ってのは不安になると、取り敢えず我が子を抱き締めるらしい。
「この赤ちゃん、私の弟なのよね──」
物珍しげに視線を送るエリス。
赤子は空腹なのかヒルダの乳に小さな手で触れて、飲み口を探る。
ヒルダは赤子の要求に応じて、衣類をはだけさせる。
お目見えになった真っ白な乳房。
その頂点が露になると、エリオットは一も二もなく吸い付いた。
懐かしいな。
俺にもこういう時代があったのだ。
ゼニス母さまのおっぱいにしゃぶりつき、腹を満たしたものだ。
不味くは無かったが、別段美味しいわけではなかったと味の批評を下す。
生ぬるいけど、どこか安心する。
そんな味わいだった。
「ルーディアのおっぱいからも、母乳って出るのかしら?」
突然、何を言い出すんだ、この子。
「妊娠すればまぁ、出るでしょうね。それともエリスは、私を妊娠させたいんですか?」
「もちろんよ!」
母親の面前で、妹を孕ませたいと宣言する姉。
危うい空気が漂う。
爛々としたエリスの瞳が、俺の乳へと欲望を差し向ける。
「エリス。婚前の淑女が、不躾にも好色を露にした視線を送ってはしたないですよ?」
「いいのよ。ルーディアとは婚約済みなんだから」
「それでもいけません。節度あるお付き合いをするのよ」
「はーい……」
不満たらたらで母親に従う。
狂犬のエリスもヒルダ相手には形無しか。
てか、エリスってば浮かれてる?
普段以上に子どもっぽいというか、素直というか。
ポロッと本音を溢す程度には素が出ている印象だ。
「先ほども紹介したけれど、この子はエリオット。わたくしの手元ですくすくと育つ息子よ」
次期当主ジェイムズの家に、お腹を痛めて生んだ2人の息子を取り上げられた苦い経験から、猫可愛がりしている事実は明白。
まだ生後数ヶ月といったところだが、何処と無くエリスの面影が感じられる。
将来は姉似のイケメン男子に育つであろう。
もしかしたら、フィリップあたりがボレアス家を乗っ取り後、自身の次代の当主として教育するかもしれない。
「ほら、エリス。抱っこしてあげなさい。貴女も姉なのだから」
「は、はいっ!」
義妹の俺とは違い、正真正銘の下の姉弟。
名実共にエリスはお姉ちゃんとなったわけだ。
触れれば壊れかねない繊細な物を扱うようにして、彼女は弟エリオットを両腕でしっかりと支える。
「うそ! こんなにも可愛いものなのね! 弟って!」
エリスにとっては事実上、初めての兄弟。
その感動の程は分かるとも。
ノルンとアイシャが生まれた頃を思い出す。
何かと気になって、用も無いのに構ってあげたっけ。
ノルンとはミリスで会ったが、アイシャはどうしているだろうか?
母親のリーリャの所在も不明だ。
「うん、この子の為にもお父様を救出しなきゃ!」
「それはエリスの為でもあるんですよ。貴女だってお父上に会いたいでしょう?」
お姉ちゃんだからって、我が身を押し退けてまで弟を慮って動く事はない。
上の兄弟というのは何でもかんでも我慢を強いられがちである。
まぁ、優先する気持ちは理解できる。
命に関わる場面であれば、俺だってノルンやアイシャを守ろうと、この身を盾にすることだろう。
それからエリスはエリオットをあやし続け、一向に飽きる気配を感じさせなかった。
夕方になる頃には疲れて眠ってしまったが。
ヒルダもエリスに寄り添うようにして寝た。
彼女だって必死に王宮から逃れて来たのだ。
心身共に追い詰められていたのだろう。
仲睦まじく眠る親子らを、そっと見守る。
──
やがて日が完全に落ちた頃、ルイジェルド達が宿へ帰ってきた。
何やら不穏な空気を漂わせて。
ひとまず情報収集とやらの成果を聞こう。
「エリスの母親を保護したのだな?」
「ええ。監禁生活の中で産まれていた弟さんも保護しました。ところで、3人揃って浮かない顔をしていますが、詳しく理由を聞いても?」
ルイジェルドを始めとして、エリナリーゼ、タルハンドも話しづらそうにしている。
「町で噂話を耳にしたんですのよ。アスラ貴族の男性が、パックス皇子を人質に立て込もっていると」
「なんですって……?」
それってフィリップが?
いやいや、あの賢そうな人がそんな強硬手段に出るわけがない。
誰かが焚き付けたのか?
それとも質の悪い罠にはめられて、そう仕向けられたとか?
いや、噂話など鵜呑みにするな。
確証を得られん情報なんて、唾棄すべき悪評だ。
「フィリップ・ボレアス・グレイラットという名前じゃったかのう」
「それは裏を取ったんですか?」
「いいや、あくまでも城下町で流布しておる噂に過ぎんのう」
タルハンドも半信半疑ではあるようだ。
誰かしらが意図して流した欺瞞情報だと睨む。
ボレアス家の人間を誘拐した事実を有耶無耶にすべく、自国の王族を害されたのだと捏造した事件を広めていると考えるのが自然か?
「すべき事は変わりません。エリスのお父上──フィリップ様を救う目的に揺るぎはありませんよ」
「だろうな。ならばフィリップを救い出し、この国を早々に去ろう。追っ手ならば、この面子であれば退けるのも容易い」
ルイジェルドの賛同を得る。
最悪、アスラ王国のまで逃げ切れば、向こうとて安易に手出しはすまい。
七大列強龍滅パウロの庇護下に入れば、難癖をつけられたところで、どうとでも言い逃れは可能だ。
「今晩は外出は控えますの。男を見繕うつもりでいましたけれど、町中は兵が闊歩していますもの」
自粛を申し出るとはエリナリーゼも事の重大性を理解しているらしい。
外出先で男と絡み合っている最中を襲われでもしたら、逃げ場は無いからな。
「というわけですし、ルイジェルド。わたくしと一晩いかがですの?」
「俺は女は抱かん」
「そんなごむたいな……」
一蹴され、しょぼくれるエリナリーゼ。
ルイジェルドはどうも亡き奥さんに操を立てているようだ。
再婚の考えすら発想として無いのか?
だとしてもエリナリーゼは相手として相応しくはないだろう。
彼女を悪く言いたくは無いが、少し目を離した隙に間男の子を身籠りそうだ。
とにかく続報を待とう。
そして、ムラムラしたエリナリーゼを他所に、デッドエンド+αは就寝する。
──
翌日のこと。
前日にヒルダ達を取り囲んでいた兵士達と似た出で立ちの女騎士が宿を訪ねてきた。
若干の差異が見て取れ、上級職なのかもしれない。
ヒルダ達の身柄を捕らえに来たのか?
部屋の中が見えぬよう、身体で視界を遮ろうとするが、俺の身体は胸以外はまだ小さい。
まるで隠し切れていなかった。
だが、ヒルダとエリオットの姿を一瞥しても、特に反応は示さない。
目的は別にあるのだろうか。
意図が読めん。
「自分はシーローン第七皇子親衛隊所属ジンジャー・ヨークと申します」
「どうも。私はルーディア・グレイラットです」
挨拶は大事だ。
第一印象を決める大事な儀である。
「単刀直入にお聞きしますが、貴女のご用向きは?」
「端的にお伝えします。我々第七皇子親衛隊の一部は主であるパックス・シーローンより離反致しました」
お、おう?
臆面もなく言うね、この人。
「フィリップ・ボレアス・グレイラット殿には、表向きには我々の指揮を執って戴いております」
「え? あの人が!」
まさかまさかの展開だ。
どんな話術を用いたか知らんが、パックスより戦力の一部を奪い取ったらしい。
それにしても武力行使に打って出るとは、あの人らしくもない。
「とはいえ、自分達から無理やりお願い申し立てた事です。フィリップ殿のご意志ではないのです」
あ、そういう事情ね。
親衛隊とは言っても全員が、主に忠誠心があるというわけではないのか。
ふむ、噂によるとパックス皇子は愚か者で横暴な人格と聞く。
臣下に対しても不機嫌顔で当たり散らし、無理難題を押し付けるのだとか。
そんな折にヒルダの逃走劇。
王宮は混乱の真っ只中。
好機到来ってことで、謀反を起こしたと。
ただフィリップを首謀者に仕立て上げるというのは、無視できぬ暴挙だ。
最悪の場合、彼の首を取って事態の収束に動きかねない。
「なぜフィリップ様を巻き添えにしたんですか? 返答によっては、私は貴女をただでは帰さない」
「我々にも事情があるのです。周囲を巻き込む現状に、たいへん心を痛めております」
「……一応、お聞きしますが。口には気を付けてください」
「寛大なお心に感謝を」
それよりジンジャーの口から、差し迫った状況を知る。
どうやらパックス皇子は親衛隊の隊員達や一般の兵士達の家族を人質に取り、脅しを掛けた上で言うことを聞かせていたようだ。
奴隷市場でツテを作っていたそうで、多くの奴隷を買い取って私兵化。
元々他国で名の知れた戦士らを手先として、人質の周囲に配置した。
そこに俺とエリスの起こした騒動と、ヒルダの脱走。
騒ぎに乗じて情報統制を敷き、現場を混乱させた。
パックスの手持ちの
今が人質救出作戦実行の狙い目ってことか。
そしてフィリップの件に話が及ぶ。
フィリップに対して、ヒルダ達を国外に逃がす見返りに、仮初めの首謀者として騒乱の矢面に立ってもらったという。
アスラ王国からボレアス家の私兵を招き入れたという偽情報を流した上で。
彼に脅され、渋々武装蜂起したという
そうする意味があるのかと尋ねたところ、あくまでも脅された上での謀反となれば、人質へ累が及ぶ可能性を避けられるとの判断らしい。
バカなパックス皇子程度であれば、こんな子供騙しの手管でも欺けるのだとか。
馬鹿にされ過ぎだろ、パックスとかいう奴。
「ご事情は解りました。ところでフィリップ様は現在どちらへ?」
表向きの指揮を任せていると話していたことから、実際に現場に立っているわけではないのだろう。
「シーローン国王の名の下で、手厚く保護させて戴いております。パックス殿下の手が及ぶ事はないかと」
根回しは済んでいるわけか。
国王もこの状況に頭を痛めているらしい。
アスラ王国という大国と戦争ともなれば、こんな小国など一瞬で吹き飛んでしまう。
まぁ、その場合は宗主国である王竜王国も出張ってくるので、そう単純な話ではないが。
だとしても戦争の引き金を引いたとして、王竜王国からの制裁も免れまい。
フィリップの事だから、その辺りに関してもシーローン国王と話をつけてあるかもしれない。
上手いこと戦争なり小競り合いなりを回避することを祈ろう。
「ルーディア殿には無理を承知でお願いがあって参りました。どうか我々の家族の救出にご助力を願いたい!」
「国王陛下からパックス皇子へ人質の解放令を出されないのですか?」
「あのパックス皇子の事です。たとえ身が滅びようとも、意地を張って解放などしないでしょう」
理屈の通らない人間ほど恐ろしい存在はあるまい。
そんなところか……。
既にこの国での立場は失墜したも同然の第七皇子。
されど破れかぶれとなって人質を害する危険性を孕んでいる。
「パックス殿下はこの国の奴隷市場を仕切っておられます。ゆえにその戦力は侮れません」
「具体的にはどの程度で?」
「
そりゃあ、油断出来んな。
聖級ともなれば、たった人で一般兵士1000人分相当の戦力。
そもそも聖級クラスの実力を持つ人間とは一国に1~3人程度しか仕えていない。
王級以上ともなれば、在野の冒険者であったり、剣士であればそれぞれの一門に属する。
よって、シーローン王国の正規兵では、パックス皇子の私兵には太刀打ち出来ないとの考えだろう。
だから俺たちを頼ったと。
「脅すつもりではありませんが、事態が収束するまではフィリップ殿の身柄をお引き渡ししかねます」
「まぁ、こんな情勢の落ち着かない中でフィリップ様だけ解放されても、要らぬ疑いを掛けられてしまいますしね」
少々、納得がいかないが、諸問題を解決してスッキリさせておくのがベストだ。
国王としても後顧の憂いを絶ってから、何かしらの声明を出したいだろうしな。
という下りで、俺たちはシーローン王国で孤立し、暴走するパックス皇子から、人質を解放する運びとなる。
話を耳にしたルイジェルドは、卑劣な手に気分を悪くし、殺気立っている。
エリナリーゼとタルハンドについては今回、ヒルダとエリオットの護衛という形でお留守番。
パックスの息の掛かった人間が、この宿にも目を光らせているかもしれんしな。
離反した一部の親衛隊については、全員が救出作戦に参加するとかで手は借りられないし、2人が頼み綱である。
エリスもまた、父親の解放を目前に気合いを入れる為か、自身の両頬をパチンッと手の平で打つ。
そうして俺、エリス、ルイジェルドの3人でこの国の騒乱の収束へ動き出した。
てか、ロキシーはどこ……?