無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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48話 赤竜の下顎へ至る道

 エリスとフィリップの対面。

 部分的な違いはあるものの、ほぼヒルダとの再会に近い温もりに包まれる時間となった。

 数度の言葉のやり取りの後、フィリップがエリスの目尻に溜まった涙を指ですくう。

 

 イチャイチャを止める気振りを見せないので、放置する事を決める。

 微笑ましくはあるんだがなぁ。

 俺とパウロもあんな感じに周囲の目からは映っていたのだろうか。

 

 誰も気にしちゃいないが、一応は王の御前である為、対応は俺の方でさせてもらう。

 事務的な会話を交わし、王の沙汰の内容を聞かされる。

 パックスとザノバは国外へ追放、形式上は海外留学とのこと。

 2人とも死罪は免れた。

 

 前者はともかく、ザノバには新作フィギュアを贈る約束をしたのだ。

 命が繋がった事実に安堵する。

 俺なりに職人魂を込めて製作したフィギュアなのだ。  

 渡す相手が不在で宙ぶらりんでは可哀想だ。

 

 ザノバは北方の紛争地帯諸国から迫り来る侵攻に対する切り札らしく、国へ直接害する事が無い限りは大目に見るつもりらしい。

 

 で、パックスは体裁上、処刑は不味いとの判断。

 今回の騒乱、噂レベルとはいえフィリップの名前が市井に流れてしまった。

 そんな中で第七皇子を打ち首にでもしたら、妙な勘繰りをされかねない。

 ゆえに王竜王国へと人質として差し出すらしい。

 本件は既に王竜王国へも事の次第が伝達されているようで、何かしらの形で示しをつける必要があったのだ。

 

 そしてフィリップとヒルダ、そしてエリオットの身柄について。

 人質の身からの解放には承諾したが、国王は謝罪しなかった。

 今回の一件を無かった事にしたいらしい。

 対外的に外交問題に発展しかねない出来事など存在しないのだと、そう主張するつもりだ。

 事実の隠蔽である。

 

 相応の事情はある。

 フィリップの従兄弟にして俺の父親である龍滅パウロの影に怯えているのだ。

 この件が彼の耳に入りでもしたら、国ごと潰されやしないかと危惧しているらしい。

 

 被害妄想でしかないが、触らぬ神に祟りなしって言うし。

 その判断も解るし、同情するよ。

 

 慰謝料というか賠償金というか、多額の金銭がフィリップ達へと支払われた。

 口止め料のつもりなのか非常に高額。

 俺の試算が正しければ、アスラ金貨換算500枚にも達する。

 

金で済まされる問題なのか疑問だが、フィリップとは何やら密約を交わしたとかで、双方納得済みではあるようだ。

 どんな要求をフィリップは通したのやら?

 

 それとフィリップ達には『護送』という名目で、ジンジャーが護衛に付く事になった。

 俺らとは別行動でアスラ王国まで送り届けるとの話だ。

 赤子を連れた状態で、俺たちのハイペースな旅には付いてこられないという判断だ。

 長引く軟禁生活で夫妻の体力も落ちているだろうし、妥当なところか。

 

 他にも俺たちの手によって人質を解放された兵士達が、恩に報いたいという意思を表明し、護衛に加わった。

 街道沿いに進むのであれば、魔物とはそれほど遭遇しないし、野盗などに襲われても戦力的に不足無し。

 

 彼らに任せれば、帰国後の再会も約束されたようなものだ。

 総合的に見れば最終的な結果は、まずまずといった感じだろう。

 

 

──

 

 謁見の間を出る際、国王にこってり絞られたパックスに絡まれる。

 自身の非を認めず、当たり散らしてきた。

 

 

「お前のせいで父上に怒られたではないか! どうしてくれる! ロキシーにも会えんし、余の収まりがつかん!」

 

「パックス殿下はロキシーの行き先をご存知で?」

 

「知らん! アスラ王国がどうとか言っておったがな!」

 

 

 怒鳴りながらも必要な情報をくれた。

 彼にその意図は無いだろうけど。

 

 

「腹いせに、貴様のそのエロい身体を蹂躙してくれようか」

 

 

 気色の悪い視線が全身を這う。

 鳥肌が立ってきた。

 女の子である自覚を持ち始めた俺は、男の視線にも敏感になってきたらしい。

 コイツの兄貴は人形に懸ける熱意が変態的だが、パックスもストレートに変態だ。

 

 

「あんたねぇ! ウチの妹を下品な目で見てるんじゃないわよ!」

 

「うるさいぞ! 余にケチをつけるつもりか? 口答えなど許さん」

 

 

 この2人、口喧嘩させちゃいけない組み合わせだ。

 エリスのパンチが飛びかねん。

 もっと発展して斬撃が放たれそうだ。

 血生臭い光景は、しばらく勘弁してくれ。

 未だに人の生き死を目の当たりにするのは、神経を磨り減らすんだから。

 

 

「ルーディアとか言ったな。余の性奴隷になると誓うのなら、ロキシー共々ペットとして飼育してやろう。そして世継ぎを5人は産ませてやる。栄誉なことだぞ?」

 

「冗談は顔だけにしてください」

 

「ぐっ……。ロキシーを捜しておるのだろう? 余のモノになれば、ロキシー捜索に手を貸してやらんこともない」

 

「これまでロキシーを見つけられなかった貴方に、何を手伝えるのです? 出来ない事を出来ると言い張らないことですね。それに、ロキシーなら自分で捜しますので」

 

「くそ! 少しばかり見た目が良いからといって調子に乗りおって! いまここで殺してやる!」

 

 

 やがて見かねた兵士達がパックスを取り押さえ、何処かへ連れてゆく。

 忌々しげな眼でこちらを睨みながら、彼は捨て台詞を残していった。

 

 

「覚えておれ! いずれお前に報復してくれる! その時がお前の最期だ!」

 

 

 尤も、奴とはもう会うことも無いだろう。

 せいぜい、王竜王国で人質ライフを満喫してくれ。

 あの国にはナナホシ焼き改め唐揚げというウマイ料理があるんだぜ?

 イーストポートまで足を伸ばせば、俺直伝の唐揚げを死神ランドルフがご馳走してくれる筈だ。

 

 

──

 

 

 パックスをあしらって、王宮を出た。

 表には出待ちしていたザノバが直立している。

 興奮冷めやらぬ様子で、今か今かとその時を待ちわびている。

 懐から例の品を出して、彼へと引き渡す。

 

 

「ザノバ殿下。お約束の品です。どうかお納めください」

 

「おぉぉぉっ! まさしくこれこそが! 余の欲していた至高の芸術品!」

 

 

 ルディちゃんフィギュアを手に取って大切そうに抱えながら地べたを転がる枯れ木のような男。

 事案化待った無しだ。

 

 

「ありがたき幸せ! この御恩、生涯忘れませんぞおぉぉぉっ……!」

 

 

 こと人形に関しては喜怒哀楽の激しいお方だ。

 生きているだけで楽しそうで結構な事だ。

 手を取って感謝の意を伝えたいようだが、ここは遠慮させていただく。

 

 ジンジャー曰く、彼の怪力はコントロールが杜撰なものらしく、日常生活すら支障をきたす域。

 握手一つでも手を万力の如き握力で粉砕されかねん。

 身を引いて回避した。

 

 悲しそうに行き場を無くした手を見つめるザノバ。

 なんか、ゴメンな?

 俺が悪いことをしたようで、ばつが悪くなる。

 

 

「ふむ、余の事などお気になさらずに。至上の芸術美を生み出すその奇跡の御手を、余の加減の利かぬ怪力で傷つけては、死んでも償い切れませぬ」

 

「決して無下にしているわけではありませんよ? 私もザノバ殿下とは今後も善き親交を深めてまいりたいので」

 

「おぉ! 余のような名ばかりの皇子に! それも面白味に欠ける人間に対しても、なんと慈悲深い!」

 

 

 ヨイショされるのも悪い気分ではないが、過ぎたるは侮辱にあたる。

 それとなく口頭で注意してやる。

 

 

「殿下に崇められるほどの人間ではありませんよ。ロキシー・ミグルディアのみが神としての存在を許されます」

 

「ほう、ロキシー殿ですか。師匠の恩師であらせられましたな」

 

「ええ。そして私がザノバ殿下の恩師にもなって差し上げましょう」

 

「と、言いますと?」

 

「次に会う機会に恵まれたのなら、僭越ながら人形の作り方を伝授したく存じ上げます。この技術を人に教えるのは初めてになりますね」

 

 

 師匠と呼び慕ってくれるザノバに対して、俺も師として何かしてやりたい気持ちになった。

 

 

「よろしいのですか? 一子相伝などではないのですか?」

 

「独占するなんて烏滸がましい。私としてもこの技術を世に広めたいのですよ」

 

 

 フィギュア製作の祖として、この世界の歴史に名を刻む──。

 ロマンがあるねぇ。

 

 

「余は感涙しておりますぞ……。この非才の身で師匠の一番弟子に成れようとはっ……!」

 

 

 涙をダラダラと流す彼は、全身を震わせていた。

 鼻をすすり、低い唸り声のようなものを漏らす。

 泣き止むのを待って、言葉を掛ける。

 

 

「では、殿下。私たちはこれで」

 

「師匠も達者で。余の留学先は未定ではありますが、いずれ出会いの時を予感しております」

 

「はい、御元気で──」

 

 

 差し出された手を思わず握ってしまう。

 そして1秒後にやってくるシーローン王国最高戦力による地獄の握力。

 手の骨が砕けました。

 

 

「ウギャアァァァッ……!」

 

 

 乙女にあるまじき絶叫。

 やっぱりこいつとはもう会いたくない!

 破門にしてやる……。

 

 

──

 

 事の顛末としては上々。

 人神(ヒトガミ)の言いなりになってみた割に結果としては悪くない。

 疑って掛かってはいたが、アイツも少しはまともな未来へ導く性根があったらしい。

 

 今回に関しては、余計な骨折り損とかせずに済んだ。

 無駄な労を費やす事なく、迅速な解決。

 はじめからこう手際の良い助言をしてもらえれば、変に疑り深くなる事もなかったのに。

 

 ヒトガミってのは根本的に性格が悪いのだ。

 だが、感謝くらいはしてやろう。

 

 エリスの両親は見つかった。

 弟のエリオットも、アスラ王国で健やかに育つ事だろう。

 その前にボレアス家でのお家騒動が待ち受けているが、そこはフィリップの手腕次第だ。

 

 エリスも活力を取り戻した。

 もう以前のように、唐突に弱気を見せる事も無くなるだろう。

 物足りなくなるぜ。

 あれはあれで、甘えてくるエリスは可愛らしかった。

 その分、宥めるのも大変だったが。

 

 なんであれ、これまでの助言も不幸な結末には繋がらなかった。

 実績としては信用に値する。

 全ての行動の指示を仰ぐつもりは無くとも、考えに組み込む程度なら、考慮するのもアリかもしれない。

 まぁ、ズブズブというのも、判断力を鈍らせる原因となるけど。

 自分の意見をもっと大切にしようぜ。

 

 これまでの傾向から言って、しばらくはヒトガミからの接触は無さそうだ。 

 慎重に応対するのは変わらず。

 でも喧嘩腰はもう止めだ。

 その上で、熟考して奴の言葉を見極めるとしよう。

 自分の為でもある。

 

 

──

 

 宿に待たせていた面々と合流し、首都ラタキアを出発。

 シーローン王国内を南西へと移動する。

 アスラ王国へと繋がる街道へと至る為だ。

 旅の途中までは行動を共にする。

 小さな町へと到着した。

 

 フィリップ達はここで、旅の疲れを癒す為に長期滞在。

 俺達はこのままアスラ王国へ向けて旅を継続予定。

 パウロへ一刻も早く、無事を知らせる為だ。

 ルイジェルドにも、この旅に長く付き合わせているし、早いに越した事はない。

 

 さて、エリスには束の間の家族の団らんを過ごして貰った。

 期間にして2日間。

 それも瞬く間に過ぎ去った。

 出発の馬車の準備は済んでいる。

 

 

「お父様……。もっと一緒に居たいわ……」

 

「私もさ。数年越しに会えたかと思えば、間を置かずに離ればなれ。親子の語り合いの時間すら、ままならないだなんてね」

 

 

 ギュッとフィリップにしがみついて離れないエリス。

 年頃を考えれば思春期であり反抗期に突入していても可笑しくはないが、置かれていた環境を鑑みれば自然な事だ。

 彼女がファザコンを発症するのも摂理である。

 

 

「ルーディア、改めて礼を言わせてもらうよ。ありがとう──。君の存在があったからこそ、この子は笑顔を失わずにいられた」

 

「私もエリスに救われる場面は多々ありました。孤独は人を殺すと言いますし、私1人では笑顔どころか命まで失っていましたよ」

 

「君も成長したね。身体だけでなく内面的にも」

 

 

 胸部に一瞬だけ視線を流してきが、不思議とパウロのようなイヤらしさは感じられない。

 従兄弟の娘に手を出す気は無いと言外に語っている。

 数日前、エリナリーゼに誘惑されていた様だが、ルイジェルド同様に見向きもしなかった。

 彼はボレアス家の男。

 性癖的に長耳族(エルフ)の女は趣味に合わなかったのだろう。

 好みは獣族の女性だったか。

 

 

「私はアスラ王国へ帰国次第、パウロと接触する。どうも彼は、我が兄ジェイムズを手中に収め、傀儡として操っているようだ。この国の王から情報を引き出してね。おおよその状況は把握しているんだ」

 

「父はボレアス家を乗っ取るつもりなんでしょうか?」

 

「それは無いよ。推測に過ぎないが、彼は家族の捜索の為に、あくまでもボレアス家を道具として利用しているだけさ」

 

 

 それはそれで質が悪くないか?

 フィリップ的にはセーフなのだろうかね。

 

 

「ジェイムズの力を削いでくれているんだ。後に控えている乗っ取りも捗るよ。あの剣神ギレーヌが、パウロと協力関係にあるというし、軟禁生活中に練り直した計画も、まずは成功するだろうね」

 

 

 色々と状況に変化が生じ、当初の計画から大幅な修正が必要だろうに、諦めの意思は無いと。

 ゆくゆくはエリオットを当主に据えるつもりか?

 愉しげに語るフィリップは、実に活き活きとしていた。

 

 ノトス家の当主をパウロへすげ替える計画も没案に終わったか。

 まぁ、パウロに貴族は似合わん。

 ブエナ村で平和に暮らすのが一番だ。

 あの村の復興の進捗が気になるところ。

 

 

「そういえばギレーヌ、剣神になっていましたね。今でも実感が湧きません」

 

「私も耳を疑ったさ。しかし裏取りは済んでいる。父上も彼女のそばに居るかもしれない」

 

 

 ギレーヌの忠誠心の高さは既知の事だ。

 主を放置して剣の聖地まで赴いて、前任の剣神に果たし合いなど仕掛けまい。

 きっとサウロスとは合流済みで、行動を共にしている。

 

 個人的な会話を済ませ、後はエリス達のターンだ。

 フィリップとヒルダがエリスの手を取り、しばしの別れを惜しむ言葉を告げる。

 同時に、アスラ王国もとい復興活動中のフィットア領での再会後の生活についても、軽く話し合っていた。

 

 俺も早くパウロに会いたいものだ。

 抱きついて、これまでの旅の苦労をぶちまけたい。

 そして、残る家族のリーリャとアイシャを一緒に捜し出し、落ち着いたらゼニスとノルンをミリスまで迎えに行く。

 クレアとの仲も取り持ってやろう。

 向こうは歩み寄る姿勢を見せていたから、上手くいく筈。

 もう少しでグレイラット家の在るべき姿へと戻れるんだ。

 

 

「それじゃあ、私達はもう行くわ。お父様、お母様、エリオット──また会いましょう」

 

「向こうで会えるのを楽しみにしてるよ」

 

「ルーディアとは仲良くするのよ。身体にも気をつけなさいね」

 

 

 話に区切りがついたようだ。

 濃密な家族の時間は、一度ここでお預け。

 

 

「ルーディア、今後も末長く娘を頼むよ」

 

「それって──」

 

「君たちの交際を認めるということだよ。今さらだけどね」

 

「うっ……。フィリップ様まで本気にしていらしたので?」

 

「以前言っただろう? ルーディアにエリスをくれてやるとね」

 

 

 むしろ彼が言い出したことだった。

 10歳の誕生日の晩にエリスをけしかけたのも彼である。

 仮に俺の方からエリスを遠ざけようとも、フィリップの強硬姿勢っぷりなら、寝てる間に寝床にでも放り込んできそうではある。

 まぁ、俺とエリスが寝床を共にするのは今に始まった話じゃない。

 結局、何も変わらないじゃないか。

 

 

「貰い受けるかはともかくとして……。エリスとは姉妹の間柄で、しばらくいかせていただきます」

 

「つれないね。まあ、いいだろう。当事者の同意なくして事を進めるのはお節介だったね」

 

「もう行きますね。アスラ王国でまたお会いしましょう」

 

 

 エリスと共に馬車に乗り込む。

 馬の手綱を引くルイジェルドが、乗車を確認すると同時に走らせた。

 地平線の向こう側にお互いの姿が隠れるまで手を振り続け、やがてエリスは俺の肩にもたれるようにして目をつむる。

 

 寝ているわけではない。

 今しがた別れた家族を想い、目蓋の裏に思い出を映し出しているのだ。

 大丈夫、すぐに会えるって。

 

 

──

 

 

 アスラ王国へ向けて馬車に揺られながら進む。

 西へひたすらだ。

 赤竜山脈の南側へ続く街道をなぞって一直線。

 

 横着して山を突っ切った場合、直線距離だけで考えれば最短距離となる。

 が、その考えは通用しない。

 ラプラス戦役の折に魔神ラプラスが、人族に対する戦略上の妨害工作で、夥しい数の赤竜を放ったからだ。

 長い年月の内に繁殖を重ね、生息数も頭が痛くなるほど増加し、もはや駆除などという案は考えられまい。

 

 ルイジェルドが言うには、七大列強下位程度の実力では、山脈を通行することすら叶わぬと。

 パウロやギレーヌでも途中で引き返す羽目になるわけか。

 現実的ではないルートは無視して、俺たちは安全な赤竜の下顎と呼ばれる道を目指す。

 

 遠目に輪郭の望める山こそが赤竜山脈。

 下顎部分すら、まだまだ道のりは長い。

 盗賊の襲撃や、ちょっとした魔物との遭遇といったアクシデントに直面したが、皆努めて冷静に対処した。

 

 日が暮れたら夜営し、暖を取ったり飯を作ったり、取り留めの無い旅の一幕の繰り返し。

 女子トークとやらも、イベントとして発生した。

 

 

「エリナリーゼさんの恋愛遍歴をお聞きしてもいいですか?」

 

「乙女の期待には応えられませんわよ? 星の数程の殿方に抱かれてきましたけれど、貴女達の求めるような恋愛劇なんて一度として経験してませんの」

 

 

 出だしから話の腰を折られた。

 

 

「ルーディアはどうなのよ。初恋の相手はやっぱり私?」

 

 

 自身を人差し指で示し、ほんのり頬を紅潮させる姉ちゃん。

 ちょいと自意識過剰じゃありゃせんか?

 

 

「実はエリス以前に結婚の約束をした子がいましてね」

 

「うそ! 誰よ、男?」

 

 

 俺の両肩を掴んで問い詰めるエリス。

 安心なさい。

 野郎相手に婚約はしないさ。

 

 

「女の子に決まってるじゃないですか」

 

「あら、貴女は生粋の百合っ子ですのね」

 

 

 エリナリーゼは百合っ子とは言うが、精神的には男女の関係だ。

 むしろ健全ではないかと、そう物申したい。

 

 

「名前はシルフィエット──私はシルフィと呼んでいます。長耳族(エルフ)の血が少し入っているみたいで、物凄く美形で……。そうですねぇ、エリナリーゼさんに顔立ちがソックリでしたね。そういう同い年の女の子が故郷に居たんです」

 

「そう……ですのね……」

 

 

 珍しく生返事だ。

 もしやシルフィとは親戚か何かか?

 面識もなく、名前も知らずとも、その可能性を考慮して気に掛かる事柄でもありそうだ。

 過去に親族トラブルがあったかどうかまでは知らないが、ここは触れないでおく。

 

 

 

「ちなみにその子の父親の名前は……?」

 

 

 あら?

 不運要素を解消することをご所望か。

 

 

「ブエナ村のロールッ──むぐっ……!!」

 

 

 言い終える直前にエリナリーゼの手によって口を塞がれる。

 なんなのよ、もうっ!

 

 

「あら、失礼。わたくしとしたことが、つい」

 

「やっぱり何かあるみたいですね?」

 

「ええ……。でも昔の事ですのよ。過ぎた事ですし、今さらほじくり返す事でもありませんでしたわね」

 

 

 人の過去はそれぞれ。

 俺だってやましいことのひとつやふたつ抱えてる。

 ならば問うまい。

 というか、エリナリーゼの方から詳細をせがんできたんだけどな。

 

 

「シルフィって子のこと、まだ好きなの……?」

 

 

 顔を寄せて尋ねる我が姉。

 しおらしい反応だ。

 俺に捨てられやしないかと不安に染まった顔色で、今にも崩れ落ちそうな雰囲気を漂わせている。

 

 

「友人としては好きですけれど、結婚の約束というのは、子どもの口約束のようなものです」

 

 

 エリスとの婚姻はフィリップに確約を戴いている。

 俺が受け入れるかは別として。

 

 一方、シルフィとの誓いは俺から冗談混じりに取り付けたに過ぎない。

 あれからもう6年近く経つ。

 シルフィだって記憶の引出しにしまい込んで、その存在すら覚えていないだろう。

 もしや俺の顔自体、忘却の彼方かもしれん。

 寂しい気持ちになる……。

 時の流れによって出会いも別れも曖昧ときたか。

 

 だが、シルフィの安否も気になる。

 子どもの頃だけの付き合いとはいえ、彼女は俺の弟子である。

 アスラ王国へ到着したら、シルフィに関する情報も集めよう。

 

 

「浮気はダメよ」

 

「はいはい。安心してよ、エリス」

 

 

 ポンポンと頭を優しく叩いてやると、目を細めてしなだれかかってきた。

 重みに負けて下敷きになってしまう。

 エリナリーゼの目もあるというのに大胆な女の子だ。

 

 その後は適当な話題で誤魔化し、エリナリーゼの茶々入れをやり過ごす。

 エリスめ、ご両親との再会を経てなお、妹への猛烈アプローチを止めないか……。

 このままじゃ、成人前に性的に食べられかねない。

 くれぐれも貞操を守るとしよう。

 

 

──

 

 

 着実にアスラ王国へと近づいてゆく。

 赤竜の下顎を抜ければ念願叶っての帰国だ。

 この山道は領土的にはどの国にも属さない空白地帯。

 地形としては渓谷となっている。

 高所ゆえに冷え込みが強い。

 通行するのであれば、体調などを整えて万全の準備で臨むべきだ。

 

 ゆえに赤竜の下顎を目前に控えながらも、一泊して夜明けを待つ。

 そんな中でも、エリスはルイジェルドとの鍛練を欠かさない。

 眺めるばかりの俺は、僅かばかりの劣等感に取り憑かれる。

 

 剣士や戦士としての素質はからっきしだ。

 魔術師として大成するだろうと周囲からは持て囃されているが、実戦で勝てねば無用の長物。

 溜め息の連続だ。

 

 

「どうしたルーディア。浮かない顔をしておるようじゃが? そんな時は酒でも飲んで気晴らしにでもしたらどうじゃ」

 

「タルハンドさん。私、まだ未成年なんですが?」

 

「酒に年齢制限なんてどこの国の法律じゃ? アスラ王国では合法じゃぞ」

 

 

 飲酒に年齢制限の無い世界だ。

 俺の主張もズレたものに聞こえるのか。

 怪訝な顔でタルハンドは、酒を一気飲みして顔を真っ赤にさせていた。

 二日酔いにならないか心配だが、見た目からして酒豪っぽいし杞憂か?

 

 

「あらあら、まぁ。あの日ですわね?」

 

「それも有るかもですね」

 

 

 シーローン王国を出発してから約4ヶ月。

 月の物も何度か経験している。

 俺も女の子として板についたもんだ。

 エリナリーゼの指摘も要因として数えられる。

 生理期間中なのだ、今は……。

 道理で気持ちの浮き沈みが激しいのか……。

 明日から峠道を越えようというのに、先行きが不安だ。

 俺の都合で旅程を延期してもらうべきか悩む。

 良からぬ失敗をしなければいいが。

 果たして──。

 

 暗い感情に囚われつつある中で、エリスとルイジェルドが訓練を終えて一息ついていた。

 ぽつりとルイジェルドが、愛弟子であるエリスに一言。

 

 

「お前は今日から戦士を名乗っていい」

 

 

 すなわち、エリスは一人前の戦士として認められたのだ。

 感情の起伏に乏しい男の言葉。

 されどエリスはその意を汲み取り、歓喜の声を上げる。

 その反応を受けて、すぐさま称えてやることにした。

 

 

「おめでとうございます、エリス。もう私の手の届かない域まで強くなりましたね」

 

「手なら届くわよ、ほら!」

 

 

 言葉の揚げ足を取って、手を掴んでくる。

 喜びが滲み出ているのか、力強さは普段の二割増し。

 ザノバに手の骨を砕かれたトラウマが再発しそうだ。

 

 俺とは正反対に清々しい気持ちで喜び勤しむ彼女は、手を握ったまま、ピョンピョンと跳ね始めた。

 巻き添えをくらって、一緒に踊る。

 次第に熱が入ってきて、5分間ほど姉妹共々ダンスに興じてしまった。

 エリスの10歳の誕生日パーティー以来の社交ダンスである。

 

 ふむ、確かにあの頃からの変化の過程を振り返ってみると、エリスの成長は著しい。

 肉体面でも精神面でも。

 投げ出さないで一途に努力を積んできた成果が如実に現れている。

 

 俺は追いつけるだろうか?

 並ぶことは叶わずとも、せめて背中を守れるくらいにはなりたい。

 これでもエリスの妹を自称する身。

 後ろ指を差されないよう、今後も努力を惜しまないでおこう。

 

 

──

 

 

「ルーディア、ひとつ訊くが──」

 

 

 皆が寝静まった頃、ふと目覚めた俺に向けて、見張り番をしていたルイジェルドが問いを投げ掛けてきた。

 

 

「お前は何を焦っている?」

 

「焦っているとは?」

 

 

 質問を質問で返してしまう。

 

 

「俺には生き急いでいるように見える」

 

「人族の寿命は短いですからね。長生きのルイジェルドさんにとっては、そう感じるかもしれません」

 

「そうではない。エリス以上に、強さに対する強迫観念を感じるのだ」

 

 

 ふむ、そうなのかな?

 何だかんだで俺は精神年齢的にはエリスよりも上だ。 

 前世じゃ社会にも出ていなかったので、立派な大人とは言えないが──。

 それでも大人として、まだ子どもであるエリスを守ろうと心掛けていた。

 

 その為の条件として力が求められる。

 俺は日々魔術を鍛え、力に貪欲な姿勢を取っているわけだが。

 その姿がルイジェルドの目には、焦りにも見えたというわけか。

 

 

「エリスを守りたくて……。だから必死なんです」

 

「エリスは既に一人前の戦士だ。守られるばかりではない」

 

「頭ではわかってるんですけどね。シーローン王国でも、むしろ彼女に救われました」

 

「ならば、もう子ども扱いしてやるな」

 

「考えておきます。エリスの意思を尊重しますよ」

 

 

 実際のところ、もう俺よりもエリスの方が大人なのかもしれない。

 変なこだわりにとらわれて、目が曇っているのだと言われれば、素直に頷くだろう。

 いい加減、自分が守ろうとか、何とかしなきゃとか抱え込み過ぎるのも悪癖だと自覚してきた。

 まぁ、パウロの下に帰ったら、その時は子どもに戻ってやろう。

 それまでは背伸びして大人ぶるのだ。

 

 そして訪れた眠気に任せて、意識を落とした。

 

 

──

 

 

 赤竜の下顎に足を踏み入れた。

 所によっては吹雪が舞い、視界の確保すら困難。

 火魔術で身体を暖めながら進行する。

 

 ただ──この先で俺たちは身の毛のよだつ地獄と対面する事になる。

 幸せな記憶なんて一瞬で吹き飛ぶ。

 笑顔なんてものは容易く苦悶に曇る。

 

 誰も想像なんてしていなかったし、妄想でも思い浮かべないような不幸を味わう。

 いや、不幸というか災害というか……。

 ただもう2度と明るい未来へ、希望を抱けなくなるような悪夢が唐突に襲ってきた。

 

 俺が迂闊だったわけじゃない。

 向こうから訪れてきたのだ。

 呼び掛けたわけでもない。

 向こうから声を掛けてきたのだ。

 

 その者との邂逅は、俺の人生を変貌させるキッカケとなったことだろう。

 生きるも死ぬも、その存在に左右され続ける生涯。

 幸か不幸かの判断は後々の自分自身に委ねるとしよう。

 

 その日、俺は──運命の岐路に立った──。

 

 世界的に見れば極めて限定的な範囲での出来事だろう。

 関わった人間の数も、全体的に見れば極少数だ。

 しかし確実に世界の転換期へと至らしめた発端。

 人類史に記録される戦いであった事はたしかだ。

 

 俺は後にそれを──第一次オルステッド戦役──と呼ぶ。

 世界の歴史と──俺とその周りの人々の運命を決める戦端が間もなく開かれる──。

 

 そしてその事は、直前になるまで知るよしもなかった。




第6章 少年期 ボレアス夫妻救出編 - 終 -
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