無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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51話 仮面の少女ナナホシ

 夢を見ているのだろう。

 自覚した時点で、これが明晰夢というやつだと理解する。

 現実味に欠けていて、理想のみを凝縮した世界。

 都合の良い幸せが転がっていて、疑う事すら惜しくなる。

 現実なんていう無情さに溢れる辛い世界から、ずっと目を逸らし続けていたい。

 目覚めれば待ち受けている試練を恐れて、甘えた意識から、そのまま寝入ってしまいたい。

 

 今回は──ヒトガミのヤツは現れなかった。

 人生観を変える程のアクシデントに見舞われたってのに薄情なもんだ。

 こんな惨めで可哀想な俺に見向きもしないとは……。

 それはまあいいか──。

 

 夢の世界での俺は──。

 ブエナ村で平穏な日々を送っていた。

 

 パウロ、ゼニスという両親の下でのびのびと育ち、リーリャというもう一人の母親に生活の世話を見てもらっている。

 妹のノルンとアイシャと遊んでやって、お姉ちゃんと慕われる。

 

 幼馴染みのシルフィに魔術を教え、弟子を鍛える俺の姿。

 親戚のボレアス家の人達が村を訪れる。

 サウロス、フィリップ、ヒルダ、エリオット。

 そして義姉のエリス。

 彼女の傍にはギレーヌも居た。

 剣術の稽古をつけてやると張り切っている様子。 

 

 俺とエリスが剣を振るっていると、興味津々のシルフィが加わる。

 遠巻きに見ていたロキシーも、ウズウズした様子で近寄ってきた。

 仲間に入れてあげよう。

 

 ルイジェルドもいつの間にか参加し、ギレーヌと模擬戦闘を繰り広げる。

 それを眺めるギースとエリナリーゼとタルハンド。

 

 クレアお祖母さんとテレーズ叔母さんも居た。

 ミリスから遠路はるばる来てくれたらしい。

 ありがたいことだ。 

 

 トーナとテルセナもはしゃいだ様子で、手を叩きながら観戦中。

 

 娘にカッコいい姿を見せつけんと、パウロも参戦。

 あのギレーヌとルイジェルドを、一人でまとめて倒してしまう。

 龍滅パウロの真価を見た。

 強き夫に惚れ直すゼニス。

 俺もまた、父親の勇姿に惚れ込み、剣の才能など無いのに指導をあおぐ。 

 

 いい気になったパウロは喜び勇んで、手取り足取り剣を教えてくれる。

 そんな父親に俺は屈託の無い笑顔を向ける。

 

 あぁ、何もかもが幸せな世界だ。

 ずっとここで暮らしていたい。

 何も失わずに済む空間。

 嫌な事なんて何一つ無い。

 誰も泣かず、誰もが笑う優しい世界。

 

 でもこれは所詮──夢だった。

 

 

──

 

 

 目が覚める。

 ゆっくりと瞼を上げていく。

 陽光が眩しく、せっかく開いた瞳を閉じてしまう。

 明かりに慣れるまで、しばしの辛抱。

 

 明瞭となった意識で思う。

 夢心地から一転、最悪の気分だ。

 意識を失う直前の記憶が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 

 俺はたしか……龍神オルステッドに敗北を喫したのだ。

 一度は胸を貫かれ、心臓を潰されてしまう。

 死んだ筈なのに死の淵から甦って再び立ち上がった。

 しかし、それでも呆気なく終わる。

 意識を奪われ、泣く姉を置き去りにして悲しませてしまった。

 くそっ……。

 

 それに──アスラ王国を目前として俺は敵の手に落ちてしまった。

 故郷にも帰れず、エリスを送り届けられず、何も成し遂げられない無力感。

 今度こそ、この世界で本気を出すのだと意気込んだ結果がこれでは、何の為に生まれてきたのか。

 生きる意味を見失ってしまう。

 

 

「目を覚ましたか──?」

 

「ひっ……!」

 

 

 平坦な声が呼び掛けてきた。

 その声を決して忘れない。

 俺を一度殺した男のものだ。

 また殺される……!

 そんな危機感から逃走を図ろうとするが、身体を苛む脱力感に阻害される。

 

 そして気づく。

 視界に飛び込む景色に。

 銀髪だ。

 人族には存在しない輝くような色彩。

 目の前にオルステッドの後頭部がある。

 つまり自分を殺した存在に背負われているのだ。

 

 逞しい背中から伝わってくる温もり。

 だけど安寧など感じられない。

 命を脅かされる物恐ろしさを直に体感する。

 悪魔から逃れたい一心で身をよじり、龍神の背中から飛び降りる。

 着地らしい着地は出来なかった。

 肩から地面へと落下して、衝撃と痛みに表情が歪む。

 

 

「いっ……」

 

 

 地を這う蟻のような矮小な俺。

 巨象が俺を踏み潰さんと標的に定める。

 いや、彼の目は憐れみだ。

 生かすも殺すも彼の手の平の上の些末な出来事。

 

 

()を殺すのか……?」

 

「お前は殺されたいのか……?」

 

 

 誰が死にたいもんか。

 パウロに会えないままじゃ、俺の魂は浮かばれない。

 

 

「誰かっ……! 助けてっ……!」

 

 

 恐怖する。

 先の遭遇戦の折、アドレナリンの分泌に伴い、恐怖心に打ち勝って反抗の意思に燃えた。

 だが事が過ぎれば熱を帯びた身体は冷えきり、容易く戦意は手折られる。

 今の俺は見た目どおりの小娘でしかない。

 触れれば折れてしまう繊細さがある。

 華奢で可愛らしいだけの女の子。

 

 身体の自由が利かない。

 魔力枯渇を起こしたがゆえか。

 体力の消耗も激しい。

 

 

「父さまっ……。助けてっ……」

 

 

 腹這いになって地面を遅々として進む。

 オルステッドは追ってこない。

 ただ俺の成り行きを見守るばかり。

 なんだ?

 殺す価値すら無い虫ケラとでも言いたげな顔をしてやがる。 

 視線を彷徨わせると、こちらの顔を覗き込む仮面の女ナナホシを発見する。

 

 お前も俺を蔑むのか?

 泣きたくなる。

 というか涙が零れ出してきた。

 戦う力すら残されていない非力な柔な肉体。

 捕まれば蹂躙される。

 

 

「落ち着け。もうお前は殺さん」

 

「来るなっ……。近づいたらあんたを殺すっ……!」

 

 

 弱いくせに吠える俺の姿は、さぞ滑稽に映ったことだろう。

 もはや神頼みしか手は残されちゃいない。

 

 

「神様助けてっ……。ヒトガミ、俺を助けてくれっ……」

 

 

 ヒトガミでも構わない。

 俺をこの死神から守ってくれるのなら、魂だって売ってやる。

 

 

「その名を口にするなっ……。虫酸が走る──」

 

 

 オルステッドの額に青筋が浮かぶ。

 苦々しい顔で、声には憎悪と殺意が含まれていた。

 あたかも俺に向けられたかのようで……。

 下半身が濡れるのを感じた。

 生暖かくて、それでいて不快。

 失禁をしてしまう。

 

 

「あ、あぁ……ぁぁ……」

 

 

 本気で死ぬと思った。

 殺気に呑み込まれ、生きる希望さえ断ち切られた。

 

 

「ん? 怖がらせたか。許せ、お前に危害を加える気は無い」

 

 

 表情と声は和らいだが──。

 嘘に決まっている。

 信じられるものか。

 だがオルステッドの語り口は、どこか人の感情を探るような慎重さがあった。

 逆に俺は恨み言の一つでも吐きたかったが、恐れの心が強く出てしまい、口を噤ませていた。

 

 

「腕はまだ治すわけにはいかん。治療時期はパウロへ引き渡す直前とする」

 

 

 左腕は失われたまま。

 治癒魔術で復元を……と思ったが、魔力が枯渇している。

 復調まで待つとなれば、月単位の時間を費やす事になる。

 放っておいても、いずれ龍神は俺の腕を治すつもりらしいが。

 

 さて……残された右腕には、見慣れない腕輪がはめられていた。

 魔道具あるいは魔力付与品(マジックアイテム)の類いだろうか。

 ヒトガミの夢のお告げを阻んだのも、この腕輪の効力ゆえか。

 真実はわからない。

 

 

「あなたは何がしたいんだ……」

 

 

 湿った下半身の不快感に堪えながら問い掛ける。

 

 

「お前が知る必要はない。だが、父親とはもうすぐ会える。もう泣くこともあるまい」

 

 

 目に溜まった涙を指で拭い去る。

 それでもじんわりと尚も溢れてきた。

 

 疑心暗鬼になる。

 いや、そもそも悪人の言葉を真面目に受け取るなんて可笑しな話だ。

 そういう輩は都合の良い甘い言葉を囁き、隙を見せたその瞬間に毒牙に掛けてくる。

 油断ならない相手だ。

 惑わされるなよ、俺。

 

 耳に残る言葉があった。

 父親とはもうすぐ会えるだって?

 もしかして既にパウロを殺したのか……。

 すぐに会えるというのも、あの世ですぐに会えるという意味合いか。

 そうとしか解釈のしようがない……。

 俺も後を追うように殺される……?

 なんとも皮肉の効いた脅し文句だ。

 

 

「自力では動けんだろう」

 

 

 そう言っておもむろに龍神は、俺の身体を腕に抱える。

 お姫様抱っこの格好だ。

 

 

「湿っているな。漏らしたのか……?」

 

 

 わかりきったことを聞くな、この変態!

 

 

「下着を脱がしてやる。濡れたままでは不快だろう」

 

「嫌だ……。放っておいてくれ」

 

 

 親切を装って、俺のパンツを奪うつもりか?

 龍神オルステッドは筋金入りの変態らしい。

 断られた彼は、どこか悲しげに見えた。

 気のせいだな。

 

 

「下ろしてくれっ……!」

 

 

 拒絶する。

 コイツの手の中にあっては首をへし折られかねない。

 

 

「魔力の枯渇を引き起こしたのだ。その身体では歩けん。野垂れ死ぬつもりか?」

 

 

 あんたに殺されそうになったんだよ、こっちは……。

 

 

「私はナナホシ。あなたはルーディアだったわよね?」

 

 

 不意に、オルステッドの付き人らしき仮面の少女が語り掛けてきた。

 改めて聞いてみると声が若い。

 ナナホシとやらは、俺とそう年の変わらない少女なのだろう。

 幾らかは年上だろうが、オルステッドよりは話の通じそうな相手である。

 

 

「はい、あなたは……いったい」

 

「私は単なる同行者よ。彼の身内ってわけじゃないわ。恋仲でも何でもないから、誤解の無いようにね」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 一瞬、ナナホシとは龍神オルステッドの情婦か何かだと邪推してしまった。

 余計な口を叩かなくて良かった。

 機嫌を損ねれば、何をされたものか……。

 

 

「先に言っておくけど、私に戦う力なんて無いから。魔術だって使えないし」

 

 

 だから怯える必要は無いと?

 無理だ。

 だって君の傍のお兄さん、超怖いもん。

 見た目はルイジェルドと同等の筋者系の顔立ち。

 俺は外見で人を区別しないし、容姿だけを基準にして怖いとは思わん。

 けど、しでかした事と言えば、殺人未遂。

 はじめは不殺を誓っていたくせに、約束を反古にした殺人鬼。

 いわば爆発物のような存在だ。

 炉心の近くで何をどう落ち着けというのか。

 刺激は避けたいところ。

 

 

「あなたの心配には及ばないわ。オルステッドはもうあなたを殺さないって、私に約束したもの」

 

「それを信じろと……?」

 

「疑う気持ちもわかるわよ。でも殺せるのなら、すでにルーディアはこの世にいない筈でしょ?」

 

 

 否定はしない。

 殺すチャンスなど幾らでもあった。

 たとえばいまこの瞬間だって、命を絶つことなど容易い。

 それでも凶行に及ばない。

 何かしら理由があるのだと察した。

 だが事情や根拠を示してくれなければ、おちおち眠ることも出来ん。

 

 

「とにかく泣いてばかりも疲れるでしょ。ここは私の顔に免じて納得しなさい」

 

 

 顔も何も、ねーちゃん、仮面を被ってますやん?

 

 

「ここは……?」

 

 

 言われたからってわけじゃないが、平常心を取り戻す。

 まずは状況を知りたい。

 現在地を尋ねる。

 

 

「アスラ王国よ」

 

 

 アスラ王国だって?

 ああ、なんとも悔いの残る帰国だ。

 本来であればエリスらと共に帰郷の喜びを分かち合い、明日への希望を胸に抱いていただろうに。

 しかし、アスラ王国──。

 赤竜の下顎から国境に越えるまでに3日ほど要するというのに、どれだけの時間が経過したのやら。

 もしや数日間にも渡って昏睡状態にあったとか。

 

 

「あれから何日が経ちましたか……? 私の仲間は、行き先は……」

 

 

 力無い声で質問する。

 ナナホシはどの質問にも嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。

 仮面を被っているから想像でしかないが。

 

 

「3日が過ぎたわね。あなたのお仲間はたぶん生きているわよ。オルステッドは容赦ない様に見えて、加減は上手い方だから。行き先はフィットア領ね。あなたのふるさとなんでしょう?」

 

 

 ただ単純に故郷へ送り届けてくれるってわけでもなさそうだ。

 目的があっての行動だろう。

 先ほど、パウロに会えるだとか話していたような。

 つまりパウロに用件があるというわけか。

 ついでに俺の身柄を引き渡すと。

 意図が読めん。

 

 

「私をどうするつもりで──。それに父さまに何を要求するんですか?」

 

「悪いけど、あなたの身体を調べさせてもらうわよ。結果的に服を脱いで貰うことになるけど。でもオルステッドは指示を出すだけで、直接対応するのは私だから。裸を見られるのは恥ずかしいかもしれないけれど、我慢してちょうだい」

 

 

 龍神様の探究心は、俺のセクシーボディを掴んで放さない。

 直接、俺の身体を診るのはナナホシらしいが、同性とはいえ恥じらいは消せん。

 

 

「あなたのお父さんの事だけれど、オルステッドってば、私にも詳しくは話してくれないのよね。パウロ氏を自分の陣営に引き入れたいようだけれど」

 

「そうですか……」

 

 

 何を画策しているのか。

 パウロの手を必要とする程にヒトガミに追い詰められているのか。

 

 それは見過ごせない。

 世界に対する悪辣な行いに父を加担させるわけにはいかない。

 龍神オルステッドの目的をハッキリと本人の口から聞いたわけではないが、どうせろくな事じゃない。

 このナナホシという女も、もしや弱味でも握られて従わされているのか。

 だとしたら不憫な。

 

 龍神オルステッドへの悪づきは口には出さないでおく。

 今は(だんま)りを決め込んで、成り行きに任せる事にした。

 

 

──

 

 

 途中休憩を挟みつつ、オルステッドにお姫様抱っこされながら歩みを進めること5~6時間。

 どこの領地の、どこの辺境かも見当もつかない秘境へと景色は変わる。

 やがて森林の奥地にポツンと佇む家屋へと到着する。

 築年数は浅そうだが、廃墟のような陰鬱さと静けさに包まれていた。

 

 

「ここは──」

 

「拠点のひとつだ」

 

 

 オルステッドが疑問に答える。

 その口振りからして、大陸各地に幾つもの拠点を所有しているようだ。

 

 

「ここは数ある拠点の中でも新しい方よ。私の名義で購入したの」

 

 

 補足するナナホシ。

 購入資金はどこから出たのやら。

 オルステッドの悪事で得た金銭か。

 

 

「指示を書面にまとめておいた。記載の項目と手順に基づいて検査を進めろ。備品などは屋内に保管してある」

 

 

 オルステッドは俺の身体を地面に下ろすと、懐から紙の束を取り出す。

 ナナホシに手渡すと、どこかへ向かう素振りを見せた。

 

 

「俺は交渉の準備に移る。パウロにも通告せねばいかん。お前の娘を預かっているとな──」

 

「いってらっしゃい。また変な騒動を起こさないでよね? この前みたいに、割りを食うのはもう御免よ」

 

「あれは不可抗力だ。向こうから勘違いを起こし、攻撃してきたのだ」

 

 

 直近でもトラブルに遭遇したらしい。

 オルステッドが何かやらかしたのだろう。

 初対面の俺を殺そうとする程の危険人物。

 各地で諍いを起こしてきたのだ。

 

 

「では、ルーディアを頼む。期日を迎え次第、また来る」

 

 

 俺に数秒間だけ視線をやると、背を向けて森の奥深くへと消えていった。

 方角的にはフィットア領とは正反対。

 奴は方向音痴らしい。

 

 

「転移魔法陣って便利よね」

 

 

 ナナホシが何気なく漏らした一言。

 転移魔法陣だって?

 

 

「あの転移魔法陣とはいったい……」

 

 

 しまった、という仕草で口を押さえるナナホシ。

 仮面の上から押さえる所作は、なんともヘンテコだ。

 

 

「今のは忘れてもらえる? バレたら彼にどやされてしまうわ。いえ、下手をしたらもっとヒドイことをされるかも」

 

 

 冗談めいた口調。

 年下の俺を不安にさせまいと、あえて明るく振る舞っているのだろう。

 この事が露見すれば、罰を受けるのかもしれん。

 

 

「安心してください。告げ口なんてしませんから」

 

 

 俺の予想は的中か。

 やはりナナホシはオルステッドに脅迫されて、部下として労働を強いられているのだ。

 人質のようなもので、俺と同類の立場ってわけか。

 

 

「あぁ、それとね。今のあなたは魔術を封印されているから」

 

「え?」

 

 

 言われて気づく。

 相変わらず魔力は体内を巡っている。

 しかし、いざ魔術を発動しようと魔力をかき集めようとするも──上手くいかない。

 形になる前に霧散してしまうのだ。

 

 

「オルステッドがあなたに封印術を施したようね」

 

 

 つまり何か?

 今の俺は魔術を使えない、か弱い小娘ってこと?

 丸腰では一般的な中級剣士にも勝てん。

 剣の1本でもあれば撃退くらいは可能だろうが、それでも素手では心許ない。

 それに魔力枯渇状態の現在、本調子とも言えない。

 傲慢なる水竜王(アクアハーティア)や剣も、龍神の襲撃地に残したまま。

 御神体(ロキシーのパンツ)も──。

 エリス達が回収してくれているだろうけど。

 それでも無い無い尽くしである。

 

 クラっときた。

 これでは逃亡も叶わない。

 行く先で魔物と遭遇しようものなら、ろくな抵抗も出来ずに胃袋の中だ。

 

 へたりこむ俺の脇に手を差し込むナナホシ。

 屋内へと俺の身体を運びたいらしい。

 筋力不足なのか持ち上げる必死さを見せる割には、この軽い身体ですらびくともしない。

 ちゃんとメシを食って運動しているのかも疑わしい。

 

 

「ごめんなさい、自分で立てるかしら?」

 

「強い倦怠感がありますけど、肩を貸してもらえればどうにか」

 

 

 消耗の激しい身体に渇を入れて力を込める。

 ナナホシの肩に右腕を回して、家屋の中へと移動する。

 屋内は意外と手入れされているのか、外観の割にはホコリっぽさを感じなかった。

 

 

「近隣の村の人に管理してもらっているのよ。オルステッドは怖がられるから、代わりに私が家主としてお願いしてるの」

 

 

 ふむ、龍神オルステッドはその悪逆から各所より恨みを買っているらしい。

 表に出てこられないオルステッドの代理人として、彼女が事務手続きなどを請け負っているわけか。

 

 ベッドに横たえられて天井を見詰めながら、ナナホシの心労を思う。

 きっと彼女は、オルステッドに家族と引き離されたか、殺されたに違いない。

 機会があれば、ナナホシも逃がしてやりたいが。

 

 

「今日はもう休みなさい。おトイレに行きたくなったら遠慮なく言うのよ」

 

「はい……」

 

 

 トイレと耳にして早速、尿意を催す。

 ナナホシに介助を頼む必要があるが、うら若き乙女が他人に排尿姿を見られるのはやや抵抗感が強い。

 

 

「その様子だと、すぐにでもおトイレに行きたいみたいね」

 

「すみません……。手伝って下さい」

 

「謝らなくてもいいのよ。でも私の力だと支えきれないから、尿瓶にしてもらうことになるけど。我慢してね」

 

「え、あ、はい……」

 

 

 きっと彼女は、この3日間も俺の下の世話を見てくれていたのだろう。

 尿瓶を取り出し、慣れた手つきで下半身の衣類を剥ぎ、女性用尿瓶を局部に押し当てた。

 男性用よりも、やや口の大きく開いた尿瓶の密着を感じる。

 

 羞恥心から尿意の強さの割には中々出てきてくれない。

 数秒後、ようやくナナホシに見られている緊張感がほぐれてきたのか、溜まっていた水分を排出し始めた。

 

 

「うぅ……ひ、う……」

 

 

 人としての尊厳を失った気がする。

 いや、それは介護を必要とする方々に対して失礼か。

 

 男の頃であれば、異性に小便を見られる状況(プレイ)に興奮したものだが……。

 女の子として生まれ、その上このシチュエーションともなると顔から火が出てしまいそうなほどの恥辱。

 

 

「う、ぅ……ひぐっ……」

 

 

 年甲斐もなく泣いてしまった。

 啜り泣く程度の軽いものだが、それでも泣いた事実は否定できない。

 あれ、俺はどうしちゃったんだ……?

 

 

「ちょ、泣かないでよ!」

 

 

 慌てながらも尿瓶を放さないナナホシは仕事を全うしている。

 程なくしてトイレタイム終了。

 濡れたタオルで秘部を拭われて、下着とズボンを履かせてもらう。

 この際、行き掛けに失禁して汚したショーツを取り換えてもらった。

 

 

「ずっと我慢してたの? けっこう出たわね」

 

「ぐすっ…………うあぁぁっん!」

 

 

 今度は盛大に泣く。

 

 

「あ、ごめんっ!」

 

 

 余計な一言が追い討ちとなる。

 蒸し返しやがってっ!

 なんなの、このお姉さん!

 失礼しちゃうわ。

 

 それはそれとして俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 まさかの伏兵である。

 オルステッド以上に、ナナホシは俺の自尊心をへし折りに来やがる。

 戦う力が無いと話しながら、大した口撃力だこと。

 

 泣き虫な妹をあやすように俺を抱き締めるナナホシ。

 背中に回された腕。

 ポンポンと軽く叩き、慰めの言葉を耳元で囁く。

 

 

「配慮が足りなかったわね。あなたが辛いのは良くわかるもの。大切な人と突然離ればなれになって。その上、殺されるかもしれない状況。そこにおしっこする姿まで見られちゃって……。うん、泣きたくなっちゃうわよね」

 

「ひぐっ……すみ、ません……。私、お、()……ぜんぜん泣くつもり、なかったのに……」

 

 

 難しい顔をした彼女は、ハンカチで俺の涙を拭い言葉を零す。

 

 

「私はあなたの味方よ。オルステッドからも守ってあげる。だから安心して」

 

「味方……ですか……?」

 

 

 精神的に弱っている部分も大きかっただろう。

 何か縋るものを欲していたというのもあるだろう。

 だからその言葉を信じてみようと思えた。

 

 ナナホシは本心から力になりたいと言ってくれている。

 藁にもすがる思いで、その救いの手を取った。

 

 

「ありがとう、ナナホシさん。ようやく落ち着きました……。もうすぐ13歳なのに私は……トイレくらいで号泣するなんて」

 

「気にしなくてもいいのよ。私だって同じ境遇なら泣いていたもの」

 

「ナナホシさんも大変ですよね? オルステッドにコキ使われて」

 

「そうね。アイツ、人使いが荒いのよね」

 

 

 口振りとは裏腹に悲壮感は薄い。

 なぜだ……。

 禁止ワードに反応する呪いでも掛けられているのだろうか。

 批判的な発言をした瞬間、頭が弾け飛ぶとか。

 ポロっと迂闊な発言が飛び出さないように、悲しみの感情を押し殺しながら話していると……。

 ふーむ、あり得る。

 あの邪神オルステッドならばやりかねん。

 

 悩ましげなナナホシと会話を続ける内に、疲れ果てていた俺は眠る。

 次に目覚めた時に、俺の身体の調査とやらも開始するのだろう。

 ナナホシも悪の盟主オルステッドに課された仕事を全うしなければ制裁されかねない。

 ここは彼女の身を案じて受け入れよう。

 

 

──

 

 

 翌日、年上のお姉さんに服を脱がされた。

 丁寧な手つきで一枚ずつ……。

 下着姿に至った時点で、肌寒さよりも身体の火照りが強く感じられた。

 

 

「あなた幾つだっけ? 胸、大きいわね」

 

「まだ12歳ですけど……。すぐに13歳になります」

 

 

 ブラとショーツだけの格好の俺に対し、ナナホシはまじまじと見つめ、コンプレックスになりつつある胸のサイズについて言及した。

 豊かな双丘は彼女の瞳に射止められ、羞恥からプルプルと震えだす。

 

 

「傷痕は──見当たらないわね」

 

 

 先日、オルステッドに貫かれた胸。

 胸元に痕が残ることを懸念していたが、俺の自動治癒(オートヒーリング)は不備なく発動してくれた。

 お椀型の丸みを帯びた乳房は滑らかな肌を維持している。

 その効力の程を、この肉体が実証してくれた。

 

 

「さ、下着も脱がすわね」

 

「や、優しくしてくださいね……?」

 

「そんな恥ずかしそうに言われると戸惑うじゃないのよ……。変なことしてるみたいで後ろめたいわ」

 

 

 エリス以外の女性に裸を見られるとは……。

もうお嫁にいけないのではと、将来への不安を募らせる。

 

 ブラのホックを外され、ショーツも脱がされ、身に何も纏わぬ素肌だけの姿が晒される。

 両太腿をキュッと閉じ膝を曲げて、隻腕で両乳房の先端を覆い隠す。

 我ながら扇情的なポーズだ。

 さぞ異性の情欲を誘うことだろう。

 

 

「隠さないで、よく見えないから」

 

「で、でも……」

 

「オルステッドから言いつけられてるのよ。男の自分では細部まで調べられないから、女のお前が隅々まで確認しろって」

 

 

 幾つかの検査用の魔力付与品(マジックアイテム)を手に、申し訳なさそうにナナホシは言う。

 うぅ……。

 彼女も命懸けなのだ。

 俺の身勝手で死へ追いやるのは、望むところではない。

 そっと両脚を開いて、胸への視線を遮る腕も下ろした。

 

 

「無理強いしちゃってごめんね。でも、綺麗よ。女の私が嫉妬しちゃうくらいにね。絵画みたいだわ。何て言うか芸術的」

 

 

 大きく息を吐いて見惚れるナナホシさん。

 芸術品を鑑賞する有識者のような感嘆を漏らす。

 ジロジロと下半身のある一点や、胸の膨らみを眺める彼女は、興奮に鼻息を荒くしているように見えた。

 

 

「見たところ身体に魔法陣が刻まれているわけじゃないようね。魔力の流れも通常の人族と同じ」

 

 

 魔力付与品(マジックアイテム)をかざしたり、身体に当てたりして魔力を測定している。

 魔力の流動も検知出来るのか、全身の各部位へ順に接触させていった。

 地肌にヒンヤリとした感触、反射的に震えあがる。

 

 

「あなた、もう生理はきているの?」

 

「はい、約1年ほど前に」

 

「そう」

 

 

 検査項目に含まれていたのだろう。

 デリケートな質問に踏み込んできた。

 

 

「男性経験は? この場合、処女かどうかを質問しているのだけど」

 

「ありません。純潔です」

 

「女の子同士での経験は?」

 

「あるのかな……?」

 

 

 エリスと添い寝したり、汗だくで抱き合ったりはした。

 

 

「いえ、やっぱりありません」

 

「やっぱり? ってこと、経験は無くはない? いえ、深くはつっこまないでおきましょう」

 

 

 助かる。

 人には言いづらい内容だし。

 どうしてもというのなら、赤裸々に話さんでもないが。

 需要は無さそうだ。

 

 ……それにしても羞恥心を中々克服できない。

 それに視線を感じる度に、下腹辺りがむず痒くなる。

 ちょうど子宮の位置する周辺だ。

 キュンキュンくる。

 

 これは……新たな性癖を開拓しつつある?

 人に見られて興奮する露出狂には成りたくないんだが……。

 噂のアリエル王女じゃあるまいし。

 

 その後も検査は続く。

 頭から爪先までスキャンする謎の道具にかけられたり、採尿されたり、ちょうど周期だったので経血まで採取された。

 然るべき機関に回すのだとナナホシは語る。

 魔術関連に強い団体に調査を依頼するのだとか。

 

 

「あなた、潜在魔力総量が桁違いに多いのね。このマジックアイテムの測定結果なのだけど、目盛りが振り切っているもの」

 

 

 首を傾げながら見せつけてきた物は、円形のメーター。

 目盛りの針に目を向けると、確かに上限まで振り切っている。

 どうやらこのマジックアイテム、魔力枯渇状態にあっても、潜在的な魔力総量を測れるらしい。

 要するに空っぽの器の大きさも測定対象なのだ。

 

 

「オルステッドは、あなたの魔力が魔神ラプラスと同等か、それ以上だと評していたわね」

 

「魔神ラプラスってあのラプラス戦役の? 魔族側の大将でしたよね」

 

 

 俺の魔力及び魔術は魔神ラプラス並。

 かつて魔大陸で、バーディーガーディやキシリカにも同様の旨を伝えられた。

 

 

「そうね。あのラプラスよ。人族の肉体でそれだけの魔力量を内包して生まれるてなんて稀よ」

 

「どういう事です?」

 

 

 全裸の状態で質問を繰り返す。

 うーん、背徳的!

 

 

「ほとんどの場合、肉体なり魂なりが耐え切れなくて、死産になってしまうものよ。あなたは、そう──。運が良かったのね」

 

 

 運が良かった──かぁ。

 まぁ、そうだろう。

 元々、前世で事故死して転生してこられたこと自体が奇跡的だ。

 その上、死産が当たり前の状態で新たな身体を得て、この世界に生まれ落ちた。

 何か作為的なものを感じる気もするし、逆に全くの偶然の産物のような気もする。

 神のみぞ知るってやつだ。

 

 一番の功労者はやはり俺を産んでくれた母ゼニスである。

 次に会った時、改めて礼を言わせてもらおう。

 生を実感し、命の尊さを知る。

 

 

「今日のところはこれでおしまい。明日以降も、裸になってもらうから」

 

「え、まだ続くんですか!」

 

「一定期間、データを取らなきゃ意味がないでしょう? あなたには悪いけど、私も首が懸かってるから」

 

「いや、その……。女の人に自分の裸を見られるのが癖になっちゃいそうで怖いなぁーなんて……?」

 

 

 もちろん、ジョークだ。

 

 

「え?」

 

 

 しかし、ナナホシは冗談とは受け取らなかった。

 

 

「え? いや、何でもないです」

 

 

 これもオルステッドの罠か?

 俺に屈辱を与えて、痴女に変えようという策略だな。

 恐ろしや、龍神。

 由々しき事態である。

 

 なんであれ、俺は誘拐こそされたものの、ナナホシという仲間を得る。

 まだしばらく、この生活は続きそうだ──。

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