無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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53話 前哨戦2

 ナナホシと過ごすことはや14日目。

 光陰矢の如しという言葉を思い浮かべ、このままでは彼女と熟年夫婦のような関係性を築いてしまうのでは……

 なんて風に、アホみたいな妄想にうつつを抜かす程度には心の余裕が生まれた。

 

 そして今日も今日とて続く検査の日々。

 ナナホシも辟易とした様子で、俺の身体を弄くり回していた。

 ちょっと語弊があるな。

 彼女はオルステッドの指示で職務を全うしているだけなのだ。

 

 

「あのぅ……。そんなところまで確認するんですか?」

 

 

 言葉にすることすら憚れる、大切な人にしか見せられない部分までも、まじまじと観察されてしまう。

 筆舌にし難い羞恥心が意識を朦朧とさせた。

 いやまぁ、俺も沐浴の際にエリスの、その部分を頻繁に目にしてるけど。

 

 

「私だってそんなつもりはないのよ。オルステッドが無茶な指示を出すせいよ……。断じて私の意思じゃない」

 

 

 身の潔白を訴えている。

 仮面越しにも感じる、やや熱の籠った視線がその弁明を打ち消していた。

 言い訳がましいとは思わん。

 ナナホシだって本意じゃないんだ。

 もし俺が彼女と同じ立場にあれば、嬉々として美少女の身体をまさぐっていただろう。

 これ以上、話を進めてしまうと生々しい描写に入ってしまうので、ここらで打ち切る。

 

 

「体調はどう? だいぶん良くなってきたでしょう」

 

「ええ、魔力の方は半分くらいは回復しましたかね。オルステッドの封印術で魔術は扱えませんけど」

 

「その腕も魔術が使えれば治せるの?」

 

「3日くらい掛ければ元通りです」

 

 

 今ならば、もっと早くの治癒が可能かもしれない。

 得難い経験をしたのだ。

 オルステッドに心臓を潰されたにも関わらず、数秒の内に再生された。

 死の直前に瀕して、生存本能が治癒力の急激な上昇を促したのだと推察する。

 漫画的な覚醒だ。

 逆境は人を強くする。

 

 以前にも似たような事例はあった。

 たとえばエリス誘拐事件。

 人攫い達に両腕を切断された際、無意識に座標指定魔術の基となる技能を発現させた。

 窮地に在る人族は、思いがけぬ急成長を遂げるらしい。

 過去に起きた人魔大戦でも、その手の人間は数多く確認されていた。

 書物にそう記されている。

 俺程度の人間が、そんな偉大な先人達に肩を並べるなんて思えんが。

 分不相応である。

 

 

「ところで、この腕輪。どうにかなりません?」

 

「無理ね。力になれないわ」

 

 

 ここ数日間、右腕に嵌められた腕輪を外そうと、どうにか片腕で奮闘したが諦めた。

 そこまでがっちり嵌まっている感覚ではないのに、不自然なまでに吸着している。

 オルステッドが何か細工を施したんだろう。

 マジでこの腕輪、何の効果があるのか。

 疑問は尽きない。

 

 

「オルステッドいわく、悪い神様のお告げをはね除ける効果があるようね」

 

「悪い神様……?」

 

 

 龍神はヒトガミと深く対立している。

 そういった類いのアイテムを、過剰なまでに取り揃えているのかも。

 

 

「ナナホシさん。隙を見てオルステッドから逃げ出しましょう! 奴の言いなりになる事はない!」

 

「え、どうしてよ?」

 

「え……? いや、どうしてって……」

 

 

 意表を突かれたかのような声で、俺の発言を理解しかねるナナホシ。

 てか、素っ裸でいるものだから肌寒い。

 そろそろ服を着させて欲しいものだ。

 本日分のデータ採りは完了した筈なのだが。

 俺が逃げ出さないように、あえて真っ裸を強いているのか……。

 これもまた……オルステッドの命令なのだろう。

 彼女を恨んだりはしない。

 心持ちは裸族に近付きつつある。

 

 

「彼には恩があるの。今でも色々な場面でお世話になっているし。彼はああ見えて面倒見が良いのよ」

 

「あれぇ……?」

 

 

 認識に差異がある?

 いや、あの男から受けた仕打ちを忘れるな。

 おっぱいを貫かれて、心臓(ハート)鷲掴み(キャッチ)にされた──。

 俺は殺されたのだ。

 この怨嗟を手放すな。

 

 

「この話は聞かなかった事にしてください」

 

「そうね。オルステッドの耳に入りでもしたら、一騒動へ発展しちゃうもの」

 

 

 人質の逃亡を許した、あるいはその企み見逃したともなれば、彼女が吊し上げられる。

 一方的な感情かもしれないが、ナナホシは大事な友だちだ。

 友人の身に及ぶ危険を予見しながら逃げ出せるほど、俺は情無しではない。

 とはいえ、悲しいことにナナホシは未だに仮面を外してくれない。

 素顔をまだ知らないのだ。

 

 

「ところで服を……」

 

 

 この女、俺のあられもない姿を鑑賞している?

 そんな疑いの目で見つつ、着衣の許可を求める。

 

 

「あ、いけない。うっかりしてた。あなた、裸体が様になってるものだから。ついね。似合ってるわよ」

 

「どういう感想ですか、それ」

 

 

 俺も服を脱ぐ事に違和感を覚えず、自然体になりつつあった事は否めない。

 だが親しき人間に指摘されては正気に戻る。

 

 

「今すぐ着させてあげるから、許してちょうだい」

 

 

 テキパキと、彼女は床に無造作に転がる衣類をかき集める。

 ショーツから始まり、ブラジャーといった下着姿へと早変わり。

 

 隻腕じゃ未だに自力での着替えは難儀する。

 なのでナナホシのサポートが不可欠だ。

 

 

「何度見てもあなたの身体ってホント綺麗よね。肌には透明感があるし、それに美人だし。顔の造形が整っているというか」

 

「それはどうも」

 

 

 褒め殺しにするつもりか?

 まぁ、この身体は大した肌のお手入れをせずともスベスベを維持している。

 自動治癒(オートヒーリング)によって、常に肌の状態が最適に保たれ、美肌効果を生み出している。

 そもそもまだ12歳とうら若き乙女。

 シミ一つ存在しないし、毛穴なども見えぬ程に肌理細かな素肌をしていた。

 

 自動治癒(オートヒーリング)の副産物でアンチエイジング効果も望めるか──。

 キシリカが以前、勧誘してくれたっけな。

 彼女の配下として第二次ラプラス戦役への参戦を。

 期せずして、魔神ラプラス復活の時まで俺の寿命が延びているかもしれない。

 

 

「あなたを間近にすると、女としての自信を無くしてしまいそう。これでも地元では、そこそこ可愛いってモテていたのよ」

 

「へえ? 逆に私はそこまでモテませんね」

 

「あら意外ね」

 

 

 そもそも同年代の男子との接点が無いのだ。

 長旅を続けている性質上、一つの場所に留まる事が少ない。

 学校にでも通っていれば、その限りではないが。

 現状の自分はというと未就学児である。

 そもそもこの世界のどの国にも、義務教育なんていう義務は存在しない。

 強いて俺の魅力に惹かれてくれる人間を挙げるなら、身近な人物ならばエリスくらいなものか。

 その他大勢は容姿を褒めてくれはすれど、惚れ込んだりはしちゃいない。

 

 ようやく服を着ると、ナナホシは興味を無くしたかのように視線を外した。

 裸じゃない俺に価値は無いとお申しか?

 

 ガチャッ……。

 

 と、自身の価値とは何か──。

 納得のいく解答を導き出そうと、思考の海にドップリと浸かっていると、扉の開閉音が聞こえた。

 

 闖入者の姿に目を移す。

 彼だ。

 ルディちゃん誘拐犯の龍神オルステッドである。

 威圧感を纏わせた彼の表情は……。

 以前見かけた時よりも弱々しく映る。

 何事か気に病むような出来事に遭遇したのか?

 

 

「あら、早いのね。期日まで戻って来ないのかと思った」

 

「予定変更だ。交渉決裂となったからな」

 

「パウロ氏とは話がまとまらなかったの?」

 

「取り付く島も無かった」

 

 

 奴らしからぬ憮然とした態度。

 その声は小さく、悲しみを帯びていた。

 何となく彼の喜怒哀楽が読めてきたぞ。

 

 

「一応、事情を聞いてもいいかしら」

 

「そうだな。ルーディアにも関連する話だ」

 

「え、私に?」

 

 

 パウロとの交渉。

 関係は大いにあるか。

 さて、どんな失敗をしでかしてきたのやら。

 オルステッドの行動原理は未だ不透明だが、他者への害意だけは揺るぎ無い事実。

 どんな言葉が飛び出るのか恐々としてしまう。

 

 

「結論から言おう。俺はパウロを半殺しにした。だが、息はある。最低限の治療魔術は施しておいた」

 

 

 1度ならず2度までもパウロをコテンパンにしたってのか……。

 

 

「あ……? てめえ。いまなんつった……」

 

 

 自分でも驚くほど低い声が出た。

 いや、見た目通りの美少女ボイスで、無理して怖い声を絞り出したって具合だ。

 しかし、それでも普段の声色とは段違い。

 

 オルステッドの目の前まで駆け寄り、その胸ぐらを掴もうとつま先立ちになって手を伸ばす。

 が、届かない。

 妥協して、鬱陶しそうにする奴のコートの袖口を握り締める。

 

 

「落ち着け。お前の父親は生きている。少々、手荒な真似に出てしまったが、手心は加えた」

 

「そういう問題じゃないだろっ! 俺の父さまに、なんてことをしやがったんだっ!」

 

「奴に悪いことをした。すまんな……」

 

 

 謝罪する態度ではない。

 それに謝る相手が違うじゃないか。

 俺にではなく、パウロへ頭を下げやがれ。

 

 

「誓って殺してはいない。理解しろ」

 

「なんだその横柄な態度はっ……! 許せねぇっ……!」

 

「噛みつき方は父親そっくりか。やはり親子。血は争えんか」

 

 

 場の空気を読まず、よくもそんなことをっ……!

 こいつ、ぶちのめしてやろうか──。

 

 

「殺してやる……。お前なんかっ、俺が……俺がぁ……!」

 

 

 龍神の身体を押すが、一ミリも動かん。

 眉尻が僅かに動いた程度か。

 

 

「止めておけ。今のはお前は非力だ。魔術を使えねば、お前など多少剣術を齧っただけの小娘だ」

 

 

 ただ事実だけを告げられる。

 否定する材料は持ち合わせない。

 負け犬の遠吠えの精神で掴み掛かる。

 

 

「ナナホシ。ルーディアを落ち着かせろ」

 

「人任せにしないでよ。それにあなたの物言いは喧嘩を売っているようにしか聞こえないわ。まったく……。悪気は無いのは理解しているけれど、少しは学びなさいよ」

 

「性分だ。しかし……。俺にも問題があるのだろう。改めねばな──」

 

 

 こちらに見向きもせず、さりとて反省の色を浮かべる。

 どういうことだ……?

 それに、意識して2人の関係性を熟視すると、これまでとは違った見え方がした。

 

 

「お前はルーディアに過保護だな」

 

「妹みたいなものね。実際、私には下に弟が居るし、似た感覚よ」

 

「……ふむ。やはりナナホシに任せて正解だったか」

 

 

 険悪な間柄とは言えない。

 洞察力に乏しいから確証は持てんが、むしろ良好な関係とも呼べる。

 洗脳でもしている?

 そうでなければナナホシの境遇と、オルステッドへと接し方との辻褄が合わない。

 

 

「無理を承知でお願いするけど、落ち着いて。あなたのお父さんはきっと大丈夫」

 

「信じられませんよ、そんなの……」

 

「困ったわね。私の手には負えない」

 

 

 言いながら彼女は、そっと腕で俺の身体を絡めとる。

 自然とオルステッドから引き剥がされた。

 重々しい空気の中、これ以上の反抗心は保てまい。

 

 

「ほら、オルステッド。この子にちゃんと謝ってあげて」

 

 

 すまんな──の一言では不満は解消されない。

 

 

「そうだな──。ルーディア、今回の件は俺の不手際だ。心より謝罪する」

 

 

 彼はあっさりと頭を下げた。

 その心情は如何様なものか。

 けれど、悪意は微塵も感じられない誠実さに満ちていた。

 まぁ、ナナホシの言葉が無ければ頭など下げなかったんだろうが。

 それはそれとして──。

 

 

「どういうことだ……? あんたは悪いヤツじゃないのか……?」

 

 

 心の動揺が咄嗟の質問を生み出した。

 

 

「対立する者達にとってはそうだろう。俺には敵が多い」

 

 

 短い言葉に全ての意味が込められているように感じる。

 続く言葉は無く、彼の主張は極めて単純なもの。

 俺は重要な何かを見落としているのかと、自らの落ち度の有無を確認する。

 うーん……わからん。

 

 

「俺はパウロを味方にしたい。ゆえにヤツの娘を無下にするつもりはない」

 

「じゃあ、この腕輪を外してくれ」

 

「それはならん。ヒトガミの干渉は看過できん。俺の傍に居る間は我慢してもらう。それにお前を介して間接的とはいえ、奴に動向を探られては不都合だ」

 

 

 ヒトガミは手段はともかく、俺の為になる道筋を提示してくれた。

 龍神は、俺の家族を害し、態度を翻して頭を下げた。

 

 どちらが信用に値するのか。

 考えた時に俺が選ぶのはやはりヒトガミか。

 尤も、ヒトガミのヤツも心から信頼しているわけじゃないのだ。

 ただ俺にとって今のところ、都合の良い存在だから、助言にも傾聴しているわけで──。

 要するに神の名を冠する輩は、全員漏れなく関わらない方が身のためなのだ。

 成り行き上、俺は関わってしまったし手遅れだけど。

 

 

「こうなっては、パウロ勧誘も成されんだろうがな。せめて、お前の身を父親の下へ送り届けよう。今しばらく時間を戴くがな」

 

 

 本来であれば、俺をフィットア領まで守ってくれる役割はルイジェルドのものだ。

 彼の想いも踏みにじるような行為に、腸が煮えくり返る。

 

 

「拠点を移す。この場所を嗅ぎ付けられたかもしれん」

 

 

 静かに彼は言う。

 嗅ぎ付けられたと話すが、どういった意味か。

 

 

「パウロの敷いた捜査網にこの場所も掛かった恐れがある。よって直ちに此処を発つ」

 

「急な話ね」

 

「状況は切迫している。次の拠点は距離的にはフィットア領に近付くが、まだ位置が割れていない」

 

「あなたに従うわ」

 

 

 場所を移すらしい。

 この森の奥地の家屋も見納めか。

 特に思い入れはなくとも、直近2週間の記憶が蘇る。

 

 

「ルーディア。お前には負担を掛けてしまうな」

 

「なんだよ、突然……。そんな風に気遣われたって、あんたを許さないぞ」

 

「構わん」

 

 

 ナナホシが同席すると、この男は態度を軟化させるようだ。

 今さら謝意を受け入れる気など毛頭無いが。

 

その後、ナナホシとオルステッドが手分けして撤収作業を始める。

 必要最低限の物だけを荷物に纏めて、持ち出す準備を整えていた。

 その間、俺はオルステッドから与えられた飴玉を舐めていた。

 決して餌付けされたわけじゃないぞ。

 何でも舐めると気分が良くなる代物らしい。

 ヤバい成分が含まれてたりしないかしら?

 

 そして出発の時。

 逃げる隙を見出だそうとしたが、オルステッドの睨みが鋭く、進路方向とは別の方角へ顔を向けることすら許可されなかった。

 

 

「オルステッド、もう突っかからないから聞かせて欲しい。父さまとの間で何が起きたのかを」

 

「ああ、詳しく事情を話しておくべきだな。俺としても、もう誤解など懲り懲りだ」

 

 

 そして移動を開始しながらも、オルステッドの口からパウロとのやり取りが語られる──。

 

 

 

 

 

──オルステッド視点──

 

 ロアの町での前哨戦。

 開戦は唐突に──。

 

 パウロの放つ光の太刀。

 迫り来る刃を前に、オルステッドは極めて沈着冷静に対処を図る。

 

 素手にて行うは水神流奥義・流。

 殺意の乗った剣の軌道を読み取り、手の平が受け止める。

 が、ヌルりと滑るような感触。

 

 

「む……。なるほど──」

 

 

 瞬時に察知し、理解に至る。

 パウロの剣はオルステッドの流に対して、即座に流を仕返してみせたのだ。

 一瞬の攻防。

 されどループを百度以上繰り返して来た龍神にとって脅威足りえない。

 膨大な戦闘経験と鍛練期間により洗練された術技が遺憾なく発揮される。

 

 

「これならばどうだ──」

 

 

 返された流。

 重ねるように手刀による光の太刀をパウロへと被弾させる。

 が、彼は受け止めた。

 本来ならば必中にして必殺のそれをだ。

 崩れた体勢から、手刀を魔剣・鳳雅龍剣の刀身で防いでのけた。

 

 されど衝撃までは殺せまい。

 あえなくノーバウンドで数十メートルもの距離を飛ぶパウロ。

 その様子を冷ややかな目で龍神は見送る。

 

 

「争う事になろうとは。ナナホシを帯同させるべきだったか? それともこの場にルーディアを連れてくるべきだったか」

 

 

 いずれにせよ、事は起きてしまった。

 話し合いの場は次に設ければ良かろう。

 まずはパウロの鎮静化が第一目標。

 とある事情から魔力の使用を極力抑えつつも、七大列強七位・龍滅パウロへと向き合う。

 

 怒りを爆発させたパウロが、懲りずに突貫する。

 されど技に弛みは無し。

 なるほど、龍神への対抗心から己を相応に鍛え上げたらしい。

 全力は出せぬが、さりとてオルステッドは本気の心意気で龍滅へと臨む。

 

 刹那の内にパウロから投擲の発生。

 放たれし凶弾は魔剣。

 己が剣を捨て石にしたのか。

 否──北神流の奥義による刀剣の投擲であった。

 

 

「誘導のつもりか」

 

 

 意図を見抜く。

 龍神の意識を別へ向け、本命はパウロ身一つ。

 何も目論むか、しかして見誤らず、見定めの時に備える。

 魔剣を弾き、パウロを視線の先へと捉える。

 

 

「オルステッドォォォォッ……!」

 

 

 憎悪が弾ける。

 目先に迫る猛犬──。

 オルステッドをして、その迫りに警戒を余儀なくさせた。

 

 龍聖闘気を身体の芯から噴出させる。

 身を包み込むオーラが体表に龍の鱗の硬度を再現する。

 

 やがて到達するパウロ。

 迎撃は素手による光の太刀にて。

 予備動作も無しに飛ぶ手刀。

 その溢れんばかりの闘気の纏い。

 

 だが流された。

 繰り返し行われる流の応酬。

 怒涛にして苛烈な死闘は続く。

 

 次なる瞬間、龍神はパウロの行動を目に留める。

 それは神への反撃。

 それは龍へもたらす討滅の撃。

 

 片手による視認を認めぬ速度にて放たれる手刀。

 紛れもなくそれは、龍神の持ち得る神業そのもの。

 

 

「目視にて術技の模倣か──」

 

 

 たったの2度の観察で技を盗んだ才能を称える。

 しかし龍神は焦燥感など芽生えさせない。

 その程度の技巧など猛威とせず。

 

 

「くたばれっ……」

 

 

 くたばらぬ。

 ただ対応を必要とされたから行動に移すのみ。

 

 

「痛むだろうが、意識を保て──」

 

 

 死の宣告──。

 そんな香りを匂わせた声をパウロへと届ける。

 血走った目がオルステッドへ視線を固定させていた。

 

 奥義・流の受け流しと同時に手の平から発生させた衝撃の波の連続。

 隙を晒した猛犬の反応の遅れを認める。

 ダメ押しの猛攻に出る。

 絶大なる脚力による大地への踏みつけ。

 土砂が巻き上げられ、粉塵が立ち込める。

 視界は両者ともに塞がれた。

 されど気配より相対者の居所を掴むオルステッドは、さしたる影響を受けぬ。

 

 地盤がめくれ上がった。

 津波の如く龍滅を呑み込み、地平線の果てまで押しやらんとする。

 

 

「があぁぁぁッ……!」

 

 

 叫ぶパウロ。

 見届けるオルステッド。

 

 

「弱くはあるまい。手駒として採用したいところだが──。いかんせん、獰猛に過ぎる……」

 

 

 惜しみ、悔やむ。

 その力を求め、歩み寄りの姿勢を見せたが、いかんともし難き誤解がそれを阻んだ。

 そういう星の下に生まれた自身の運命に嘆きの感情を走らせる。

 

 果たしてパウロの安否は──。

 

 息絶えにあらず。

 しかして虫の息に等しきか細き呼吸音。

 身を案じつつ、龍神は距離を詰める。

 地に伏すパウロは、動かぬ身体ながらにして鋭利な眼で龍神を睨む。

 

 

「言葉は聞こえるか、そして通じるか? 俺はお前を殺さんし、娘も返してやる。確約しよう」

 

「ぐっ、……て、めえ……」

 

「時間を貰いたい。しかるべき調査を終え次第、ルーディアの身をお前の下に帰そう」

 

「そんな保証があるってのか……?」

 

「さてな。だが俺は嘘はつかん。信じろ」

 

 

 ヒトガミとは異なり、龍神は嘘をつかない。

 虚言や妄言とは無縁にして誠実。

 身に抱え込んだ呪いゆえか、人々からの信用に欠いてはいるが……。

 

 

「てめえはオレの娘に何をしたっ……! 言ってみろっ……」

 

「先ほど話した通りだ。ふ、お前の娘は大したものだな。あれだけの事を経験して気丈なものだ。やはり。あれぐらいの年頃が一番活きがあって良い」

 

「食べ頃の女とでも言いてえのかっ……」

 

「……ん? お前は何を言っている」

 

 

 会話に通じぬ部分が生じた。

 違和感が膨れ上がる。

 

 

「よくもオレの娘を……ルディを犯しやがったなっ……!」

 

「身に覚えのない事だ」

 

「とぼけるなよっ、くそったれっ……」

 

 

 謂れなき罪を問われ、さしもの龍神も当惑する。

 だが反論くらいはさせてもらう。

 

 

「お前の娘ルーディアは確かに見た目は麗しく、体も年の割には発育が良好だな。既にヤツの身体は子を孕む準備を整えている」

 

「誰が感想を言えつったよ……!」

 

 

 怒気ゆえか龍滅パウロは自身の足で大地へと立つ。

 しかし……ルーディアは高い魔術資質を持つ。

 母胎として申し分無い。

 しかるべき子種を仕込めば、その腹から強き子を産むだろう。

 それはさておき──。

 

 

「そう()くな。話は終わっていない」

 

「あぁ……?」

 

「俺は人族などに懸想しない」

 

「つまりアレか……? 性欲の発散の為だけに、オレのルディをっ……!」

 

「お前とは違う。それはお前自身が散々、過去に女へしてきたことだろう。自身の行いを俺に当て嵌めるな」

 

 

 龍神はパウロの過去を把握している。

 度重なるループの中で、人族一人の人生を観測し続けた事もあったのだ。

 例によってパウロは性欲が強く、女癖の悪い男だ。

 悪評の立つほどに、多くの女性を強引に抱いてきた。

 かつてはリーリャという少女に夜這いを掛け、同意無くして身体を繋げた──。

 まぁ、リーリャに関してはどの世界であっても、妻として迎え、子宝にも恵まれてはいたのだが。

 それは論点より外れよう。

 

 

「殺す──」

 

「お前にできるのか?」

 

 

 誅罰を与えんと駆けるパウロの行く先は、地面へと放り投げ出されたままの魔剣。

 すかさず拾い上げると、彼はオルステッドに対して構えを取った。

 

 

「剥奪剣界か──」

 

 

 当代水神の編み出し秘奥義。

 身動きひとつが命取りとなる殺戮の飛ぶ刃。

 だが龍神は躊躇しない。

 構わず一直線にパウロを目指す。

 剣閃が飛来する。

 黄金の尾が残像として中空に残っていた。

 

 

「無駄だ。その技は見飽きている」

 

 

 止まらぬ斬の波。

 素手が弾き、幾度も火花が散る。

 闇夜に浮かぶ閃光。

 馬鹿の一つ覚え……。

 だが龍滅の顔に敗走の気配は現れず。

 何やら隠し持つ手管の存在を窺わせた。

 

 

「単細胞ではないらしい。ますますその力、我が配下に欲しいものだ」

 

 

 手元に置けば、今後のヒトガミに対する切り札として十二分に機能することだろう。

 ここで手放すには惜しい男だ。

 是が非でも……部下に迎え入れたいが、この有り様ではその希望を潰えたも同然か。

 

 

「うん? 来るか──」

 

 

 技の起こりを予感する。

 距離にして2、3歩ほど。

 パウロの肉体に加速的に練り上げられた闘気が、周囲の大気を押し退ける。

 踏み込み1歩──。

 懐へ飛び込んできた。

 空を薙いだ魔剣より顕現せし、世界への進撃。

 龍神の五感へ干渉する英雄(パウロ)の闘気──。

 半歩引き、剣の軌道からは逃れた。

 皮一枚を掠める。

 が、異変を捉えた。

 

 

「龍聖闘気を貫いた……?」

 

 

 魔剣に秘されし能力か、それともパウロの技能か、はたまた両方による合わせ技か。

 いずれにせよ、龍神の防御の崩しに成功する。

 この局面にて初めてオルステッドは、パウロの本領を知る。

 

 だが立て直しは容易。

 防御力は減退させられたが、攻撃手段は健在。

 追撃を受けるより前に、素早くパウロの両腕を断ち切った。

 噴き出す血液、そして散らされる絶望の声。

 

 

「ぐっ、ちく……しょぉ……」

 

 

 後、一歩及ばずか。

 違う、オルステッドはただの身体能力のみで対応せしめた。

 秘めたる術技の数々を開帳するまでもなく。

 余力を過分に残した上での完勝。

 止めの一撃は踏み締めた足先より生成した岩盤。

 蹴りつけてパウロへと叩き込んだ。

 

 ドゴォッ──と鳴る。

 

 ゴムボールのように激しく地面を跳ねながら飛ぶ。

 擦過傷に打撲傷に骨折に内臓破裂。

 枚挙に暇ない負傷の群れがパウロの身を苛んだ。

 

 

「不味いな。やり過ぎたか……」

 

 

 途切れる寸前の意識下にあるパウロに追いつき、即座に治癒魔術での治療を試みる。

 予定外の魔力の消費だが、背に腹は代えられまい。

 

 

「見上げた精神力だ。未だ──意識を保つとは」

 

「返してくれ……オレの家族を……ルーディアを……。みんなを……」

 

 

 無論、返すし──帰す。

 言うに及ばぬこと。

 だが誠意を持って伝えるべきか。

 

 

「パウロ。貴様の願いは聞き入れよう」

 

「返してくれ……」

 

 

 聞こえておらぬのか、戯言のように繰り返すパウロ。

 左腕を繋げてやった以後も、パウロの一心不乱に家族を想う心の叫びをオルステッドは浴び続けた。

 

 

「わからない奴だ。補足しておくが、俺はルーディアの件にしか関与していない。その娘とて身の無事を約束しているのだがな」

 

「どうして……オレなんだ。なんでオレから家族を奪う……」

 

「お前は少しは人の話を聞け。会話になっていないぞ」

 

 

 龍神自身の至らない部分もあろう。

 けれどパウロの思い込みの強さも大いに影響している筈だ。

 龍神の迂闊な発言だけで、事態はこうも悪化すまい。

 

 

「いずれおまえにも解る。俺が転移事件とは無関係であると。何ならば、お前の家族を捜してやっても良い」

 

 

 和解は遠い。

 だが、家族を第一とするパウロにとって、悪い話ではあるまい。

 相互理解の一助となり得る。

 

 

「やめろ……。これ以上、オレの家族に手を出すな……」

 

「出さん。……まあいい、1ヶ月以内に再度この地を訪れよう。その時、お前と娘との再会は果たされよう」

 

 

 治療はまだ不十分だが命は繋がった。

 切り離されたままのもう一方の片腕は……。

 パウロの右腕を傍に横たえておく。

 両腕が繋がれば、回復しつつあるが未だに風前の灯火同然の命であっても、憎悪を糧に飛び掛かってくることを予測して。

 温情として地面に転がっていたルーディアの左腕を、パウロの千切れた右腕に添えておいた。

 一足早い、片腕同士の親子の再会である。

 意図したわけではないが位置関係上、その腕は手を取り合っていた。

 

 踵を返す。

 振り返りはしない。

 この顔を見せてはパウロも気が休まらないだろう。

 気遣いのできる龍神は、以後の行動を拠点への帰還のみを考える。

 他事に意識を取られれば、事をややこしくしかねないがゆえに。

 

 

「待てっ……!」

 

 

 呼び止める者が居た。

 もはや周辺の地形は変わり、谷まで形成されている中での乱入者。

 谷の向こう側にその人物は立つ。

 

 

「あなたが龍神オルステッド……か」

 

 

 まだ若い。

 少年のような見た目、しかし実年齢はパウロとそうは変わらないだろう。

 

 

「いかにも。そういうお前は北神三世アレクサンダー・ライバックだな?」

 

 

 その者は良く知っている。

 パウロ以上に数多き交戦回数。

 今回の世界では初めての邂逅ではあったが、既に数十もの戦闘を重ね、その力量の全てを把握済み。

 奥の手すら熟知しており、それを含めても真正面の戦いであればパウロ以下の存在に過ぎぬ。

 この舞台に立つには、いささか早い未熟者。

 

 

「よくもパウロ様をっ……」

 

 

 あれほどの激戦。

 寝静まった深夜であっても聞き付ける者は居るだろう。

 見やれば、アレクの周辺には複数の人影。

 

 

「ガル・ファリンオンに、ロキシー・ミグルディア──。ふむ、この世界ではパウロと徒党を組んでいるのだったな」

 

 

 谷間で隔たれようと、その姿を見間違える事は無い。

 とりわけガルなどは、果敢にも自身へ挑み掛かってきた過去がある。

 数あるループの中でも、最も多く龍神オルステッドへ敵対してきた人間の一人だ。

 

 

「よお、何年ぶりだァ? オルステッドォ……!」

 

「さあな。だが貴様は……多少なりとも腕を上げたようだな」

 

「ハッ……! てめえには届かねえだろうがなっ。で? パウロをどうするつもりだ。まだ生きてんだろうな」

 

「心配には及ばん。息はある。使徒でなければ殺さん。それにこの男は俺にとって有用だ」

 

 

 対峙する彼らはどうも自分を目の敵にしている。

 パウロとの失敗から、ますは対話から始める龍神。

 

 

「パウロさんから離れて下さい!」

 

 

 ロキシーが叫ぶ。

 心外だ。

 既に龍神はパウロから距離を取り、拠点へ帰投する最中であったのに。

 

 

「ロキシー・ミグルディア──。お前はたしかルーディアの師だったな」

 

 

 共通の知り合いの話題から切り込む。

 これで警戒心をほぐすのだ。

 我ながら妙案だとしてほくそ笑む。

 

 

「ルディに何をっ……! わたしの弟子ですっ! 指1本でも触れたら、ただじゃおきませんからっ……!」

 

「案ずるな。お前の教え子は無事だ。世話の者を付けて、丁重に保護している」

 

 

 ナナホシならば、既にルーディアと打ち解けているだろう。

 むしろ待遇としては配慮が行き届いている。

 不満など生じ得ない。

 

 

「その言葉には嘘しか感じられません……。パウロさんをそこまで痛めつけておいて、何故、そのような言い訳が通じると?」

 

 

 おかしい。

 なにゆえ自分の言葉を疑う一方なのか。

 人族も魔族の少女も、誰も龍神の言葉に耳を傾けず、取り合ってくれぬ。

 繰り返す世界を万年単位で生きるオルステッドの抱える最大の謎だ。

 いや、答えは出ている。

 己を苛む呪いの影響が強いのだ。

 何かしら自分にも過失はありそうな気もするが……。

 

 

「邪魔したな……。ここでお前らと矛を交えようとは思わん。互いにとって損失にしかならんからな」

 

 

 早々の撤収を決断。

 呼び止められたがゆえに居残ってしまった。

 これ以上留まれば、事態がどう急変するのか読めたものではない。

 前例に対しては強くとも、例外に対しては観察する癖のあるオルステッドにとって、この場は好ましくない。

 

 

「逃げるのか、龍神オルステッドッ……」

 

 

 アレクサンダーが叫びをぶつける。

 無視だ。

 

 

「おーおーっ……? 龍神様ってのも臆病風に吹かれんのか?」

 

 

 ガルの挑発。

 聞くに堪えん。

 

 

「わたしのルディをどこにやったんですかっ……!」

 

 

 教え子の身を案じるロキシー。

 尊いものだ。

 

 

「そんなに弟子が大切か……」

 

 

 その有り様に何を思ったか龍神は尋ねる。

 

 

「あなたには聞かせても解らないことでしょう……」

 

 

 望む回答は無し。

 ならば用はあるまい。

 龍神は静かにロアの地を去る。

 空気に融けるように跡形もなく──。

 

 

 

 

 

 

──パウロ視点──

 

 届きえぬ刃の無力さを痛感したパウロは、周囲に集う仲間達へと吐露する。

 顔を覗き込む彼らの顔に浮かぶ不安の色。

 

 

「オレは……奴に傷ひとつ付けられなかった。オルステッドの野郎は、まるで本気なんかじゃなかった……」

 

 

 負傷の大部分は癒えた。

 が、十分な治療が施される前に中断され、身体の各部位に残る傷と痛みが思考を乱す。

 意識もか細く、途切れるのも秒読み段階。

 内臓の損傷が尾を引いている。

 闘気にて強度を増強したとて、龍神の攻撃は強烈で防ぎ切れず、多大なダメージを置き去りにした。

 

 

「ルディ……。すまん……。こんなにも弱い父さん(オレ)で──」

 

 

 懺悔を言い残し、パウロ・グレイラットはひとときの眠りについた──。

 

 

 

 

 

──ルーディア視点──

 

 

「いや、何もかもツッコミどころ満載でしょ……」

 

 

 淡々と事実のみを話す無機質な口調のオルステッド。

 失策に失策を重ねて、交渉の‘こ’の字すら見えてこなかった。

 

 

「俺のミスか。やはり──」

 

「呆れた……」

 

 

 仮面の上から額を押さえるナナホシ。

 げしげしと彼の脛を蹴っていた。

 なんて恐れ多い……。

 その振動が俺にも伝わってくる。

 何故って?

 そりゃあ、俺が逃げ出さないようにと、右手をオルステッドの左手に繋がれているからだ。

 

 ヤダなぁ、こわいなぁ。

 龍神オルステッドと手を繋いで歩くなんて、悪い意味で心臓の鼓動が速くなる。

 トキメキなんて生まれようがないわ。

 ただ冷たい人間に見えて、奴の手にはきちんと生物としての温もりがあった。

 摩訶不思議だな……。

 この世界に極少数だけ存続する龍族とやらも、正しく人間の一種なのだろう。

 オルステッドは除外すべきだろうが。

 

 

「そういうわけだ、ルーディアよ。戦闘後、奴の容態も快方に向かいつつあるだろう」

 

「俺相手みたく腕を切断しておいて回復も何もあるかよ……」

 

 

 上級治癒魔術を使えば腕は繋がるだろうが……。

 オルステッドにこっぴどくやられた記憶までは消えて無くならない。

 パウロにとっちゃ、一生もののトラウマを植え付けられたわけだ。

 

 

「ていうか、ロキシー先生が父さまと一緒に?」

 

「ああ。そのようだ。この目で確認した」

 

 

 オルステッドの話に出てきたロキシー。

 シーローン王国から出国後の足取りを掴めていなかったが、そうか……パウロに協力してくれていたのか。

 

 

「ん? どうやら──尾行されているようだ」

 

 

 不意に立ち止まり、跡を誰かにつけられているのだと話すオルステッド。

 ロキシーの話をもっと聞きたかったのだが、水を差す者が現れた。

 不機嫌を露にして俺は背後へ振り向いた。

 ガッチリと結ばれた右手をそのままにして。

 

 

「え──? ロキシーッ……!」

 

 

 懐かしい人が居た。

 背格好は記憶の中の彼女と同様に小さい。

 今の俺と同じくらいか、やや高い程度か。

 青い髪が愛おしい。

 微かに漂うロキシーの香りが、鼻腔を通じて体内へと取り込まれる。

 ああ、良い匂いだ……。

 

 

「ルディ……!」

 

「先生……!」

 

 

 杖を携えた師匠は、俺だけをジッと見詰め、瞬きの後に憎き龍神オルステッドへ敵対心を発露させた。

 愛弟子を救わんとする気概に溢れている。

 俺なんかの為に、ロキシーは死を振り撒く者(オルステッド)の行く手を阻もうとしているのか。

 死を恐れない彼女の愛と勇気に心打たれる。

 

 

「転移魔法陣を使用したか──」

 

「まさかあのような物がこの時代に現存していたとは。しかし、わたしにとっては好都合でした。おかげでルディの下へ辿り着けましたので」

 

「侮れんな。フィットア領捜索団の組織力は」

 

 

 パウロの指揮下で敷かれた捜索網あるいは情報網がオルステッドを捕捉。

 ロアの町から立ち去るその足跡を、団員らが探知したのだろう。

 だが彼女は単独か?

 あまりに危険だ。

 ロキシーの様子を見ると、膝が震えていた。

 やはりオルステッドに対して恐れをなしている。

 恐怖心と嫌悪感が同居し、しかし俺を助ける為になけなしの勇気を振り絞っているようだ。

 

 

「貴様は独りか?」

 

「さあ、どうでしょうかね。その質問には答えかねます。即刻、ルディを解放すれば穏便に事は済ませましょう」

 

「断る。ルーディアはまだ渡せん」

 

「なぜです……?」

 

「パウロが話していなかったか?」

 

「彼はすぐに意識を失いました。ただ、あなたにルーディアが拐われたとだけ伝えてくれましたよ」

 

「ならば弁明させろ。ルーディアは近く返す予定だ」

 

「戯れ言はもういいです。黙ってルディを解放しなさいっ!」

 

 

 世渡り下手だな、オルステッドは。

 頭ごなしに自分の意見だけを遠そうとする。

 説明をすっ飛ばし過ぎなのだ。

 人質に取られている俺ですら、彼の目的の全容が知れぬ状況だ。

 現実逃避として、呑気に一連の流れの観測者に徹していた。

 

 

「ナナホシ、ルーディアを頼む。この者に言葉は通じん」

 

「ちょっと! また不要な争いを起こすつもり?」

 

「やむを得んだろう。だがロキシー相手に加減を誤ることもあるまい。先に言っておく、ルーディア。お前の師の命は保証しよう」

 

「いや、待てっ! ロキシーに手を出すというのなら、俺も黙っちゃいないぞ!」

 

「お前、少し黙れ──」

 

 

 う……、凄まれた。

 寒気が走り、身体が縮こまる。

 怯える仔犬のルーディア──。

 空気を読まずに言わせてもらうと可愛らしい。

 

 

「ほら、危険だから離れていましょう」

 

「いや、でもナナホシさん。あの人は私の師匠なんです。やられるのを指を咥えて見ているだけなんて! そんなのできないっ!」

 

「あなたって自分のことを私って呼んだり、俺って呼んだり忙しいわね。使い分けしているにしても、もしかして俺っ娘だったりする?」

 

 

 それはいま関係あることかいっ!

 

 ナナホシの疑問に答えてやる義理などあるか。

 だが結局のところ、俺にできる事は何も無かった。

 

 

「ルディ……。いま助けてあげますからねっ!」

 

 

 師匠の意地を見守る。

 その勇姿を目に焼き付けることでしか、弟子として応援してやれなかった。

 

 頑張れ、ロキシー──。

 どうか死なないでくれ……。

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