無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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54話 人質生活、ロキシーと共に

 始まってしまった戦闘。

 俺の予想だと勝負は一方的なものへと展開する。

 勝者はオルステッドで、敗者はロキシー。

 命運は既に定まっている。

 覆せるか──。

 

 

「もっと遠くに避難しなきゃ危険よ」

 

「いえ。ここに居させてください」

 

 

 引っ張るナナホシ。

 これより始まる戦いの空気に中てられたのか、肩に震えが見受けられた。

 俺だって怖い。

 けど、矢面に立たされているロキシーは凄まじい恐慌の中にある。

 弱音を吐くべきは俺ではない。

 

 

「はぁ……。巻き添えで死んじゃうなんて馬鹿げてるわよ」

 

「いえ、それでも私はっ……」

 

「ほら、言うこと聞かないとオルステッドに叱られるわよ。怖いでしょ、あの人のことが」

 

 

 それを言われると弱る。

 先ほど凄まれただけで、蛇に睨まれた蛙のように金縛り状態に陥ってしまった。

 俺からすれば龍神オルステッドは恐怖の象徴であり、やはり命を奪う殺人鬼。

 ナナホシとのやり取りで誤魔化され、忘れかけていたが──。

 奴の本質は変わらない。

 気を抜いたその瞬間、気紛れで殺されるなんて事も否定は出来ない。

 

 その場で踏み留まろうと脚に力を込めるが、やがて根負けしてしまった。

 手を引っ張られて、一定の距離を取ることとなった。

 ナナホシの行動に気を取られ、ロキシーとオルステッドの勝負から一瞬だけ目を離してしまう。

 戦場から距離を置きつつも、すかさずロキシーへと耳目をそば立てる。

 

 ロキシーはどうしている──?

 攻撃魔術の詠唱をしていた。

 無詠唱魔術の使えぬ彼女は創意工夫を凝らしたのか、短縮化された詠唱文を読み上げる。

 その技術の進歩は努力の証。

 俺やシルフィの無詠唱魔術の発動速度には劣るが、それでも尚、常ならぬ射出速度で放たれた。

 

 威力・規模共に俺の知るロキシーのそれを超越していた。

 その勇猛果敢さに滾る。

 ロキシーは強い。

 強くなったのだ。

 

 

「なるほど。この世界ではロキシーすらも変異していたか。ルーディアの存在の有無が流れを変えたか」

 

 

 観察癖のあるオルステッドは、その気になればロキシーを瞬殺できるにも関わらず防御側に回っていた。

 奴の悪癖だ。

 同時につけ入る隙にもなり得る。

 

 

「倒れてくださいっ……!」

 

 

 特大の火球がオルステッドの身を焼こうと飛来する。

 手の平から放たれた衝撃波が、炎の中央に風穴を開けた。

 ちょうどオルステッドの身体位であれば潜り抜けられるサイズ。

 その予想に違わず、龍神は穴に身を滑り込ませて回避してみせた。

 

 

乱魔(ディスタブ・マジック)は魔力消費が激しい。であれば使用を避けたいが──これほどの魔術。油断ならんな」

 

 

 乱魔(ディスタブ・マジック)とやらは、使用に際して魔力の消費量が多いらしい。

 以前見た感じ、相対者の発動する魔術に同規模の魔力をぶつけているようだ。

 魔術として完成する前に力ずくで散らすらしい。

 

 

水弾(ウォーターボール)っ──!」

 

 

 攻撃の手は止まない。

 間髪入れず放たれたのは水王級魔術師ロキシーの主要魔術(メインウェポン)

 詠唱文を改良したのか、その威力は初級魔術の域を逸脱していた。

 その攻撃範囲・威力・速度は王級並。

 初級魔術からの昇華っぷりに師匠への畏敬の念を強めた。

 

 

「ふんっ──!」

 

 

 神懸かりの進撃的な魔術。

 されど龍神は闘気で塗りたくった裏拳で弾き散らした。

 なんだ、こいつ!

 化け物かよ!

 とうに知っていたことだが、再確認させられた。

 

 

「龍聖闘気は帝級以下の攻撃を寄せ付けん。つまり、お前の底力がその程度であれば有効打は無いということだ」

 

「くっ……。それでも諦めませんよっ……! そこにルディが居る限り、わたしは負けませんっ!」

 

 

 不撓不屈の心を燃やすロキシー。

 まだ戦況は序盤。

 局面はまだ決していない。

 でも実力に詰め難い差があるのも事実であり、奇跡でも起きなければ因果は逆転しない。

 

 

「ふむ、ルーディアの師だけあって戦意は絶たれんか。気骨のある女だ」

 

 

 賞揚するオルステッド。

 されどロキシーは険しい表情で、その称賛を素直に受け取らず。

 彼女にしては珍しく舌打ちで応じていた。

 

 

水散弾(ウォーターショット)っ──!」

 

「お前の固有魔術(オリジナル・マジック)か」

 

 

 新魔術か。

 ロキシーは自作の魔術をお披露目する。

 

 水弾が三方向よりオルステッドへ殺到する。

 指向性を持つのか、逃げるオルステッドを追尾していた。

 魔術詠唱の短縮化に留まらず、新魔術の開発まで進めていたとは──。

 やっぱりロキシー師匠は偉大だ。

 俺のような前世の知識を活用し、ズルして天才と称される人間とは毛色が違う。

 真の天才魔術師とはロキシーを指すのだろう。

 

 

「正直なところ驚いた。ロキシー・ミグルディアよ。貴様は俺の出会ったどの魔術師よりも優れている。ルーディアと同等の才能だ。まったく──師弟共に興味が尽きんな」

 

 

 どうやらオルステッドの関心を惹いたか。

 だが余裕とばかりに、回し蹴りで三発の水弾を打ち消す。

 

 

「今のはお前の本気か? 評価に値はしよう。しかし俺には効かん」

 

「だったらなんです……。わたしはルディの先生──師匠なんです」

 

 

 師匠と呼ばれる事を嫌う彼女が、胸を張ってそう言った。

 その光景はかつて見たものだ。

 ブエナ村に居た頃に──外の世界に怯えていた俺を引っ張り出す為に、その呼び名を容認してくれた。

 

 

「ルーディアを介して磨かれた原石。その価値は俺の予想を大きく超えた。ならば敬意を払おう」

 

 

 前兆の無い雰囲気の変化。

 纏う闘気も急変したらしく、緊迫感が身体にひしひしと伝わってくる。

 オルステッドの今の見姿は、目にするだけで全身が焦げ付きそうなほどに灼熱のオーラに溢れていた。

 

 不味い、そう思った。

 オルステッドの行動が読めない。

 敬意を払うと話していたが、それは同時にロキシーの命を脅かすものであると本能で察する。

 だから止めなければ──。

 

 

「どこへ行くのっ……!」

 

 

 ナナホシの制止を振り切って走り出す。

 義務感──使命感──強迫観念。

 そんな感情が無理やり動かした……というわけじゃなく、ただ純粋にロキシーを失いたくは無かっただけだ。

 曇り無き想いで、ロキシーとオルステッドの間に身体を飛び込ませた。

 

 

「止めてくれっ……。師匠に手を出すなっ……」

 

 

 魔術の使えない俺に、何ができるのか。

 それでも熱情が俺に勇気を与えた。

 

 

「どういうつもりだ。言った筈だ。お前の師は殺さんと。俺の基本方針は不殺。使徒で無いのなら命を取る必要など有るものか」

 

「百歩譲ってそれは信じるとしよう。でも大切な人を傷つけられるって知って……。俺はそれを見過ごせない」

 

 

 一応の待ったは掛けられたか。

 背に守るロキシーは立て続けの魔術で疲弊している様相。

 それなりに魔力量の多い彼女だから、枯渇までにはまだ余裕はあるだろう。

 けれど疲労は着実に蓄積していく。

 戦闘続行は身の危険を呼び寄せる。

 

 

「ルディ……。ここに居ては危ないですよ。あなたはわたしに守られてください」

 

「いいえ、守られるばかりはイヤです。弟子が師匠を守っちゃいけませんか?」

 

「それは……」

 

「私だって成長したんですっ! だから──ここからは俺が戦いますっ!」

 

 

 封印術は変わらず解けず。

 魔力を練り上げては霧散させてしまう。

 この細腕だけで戦闘に身を投じなければならない。

 さて──オルステッドは……。

 

 

「そういうことか……。これまでの傾向から察するに、俺はこれ以上の攻撃を止めるべきか」

 

 

 あれ?

 意外にも手を引っ込めてくれた。

 

 

「俺の過ちは、いずれもこういった局面で生じている。ナナホシからの諫言でようやく気づいた」

 

 

 殺気が消失する。

 拍子抜けだ。

 彼の心境にどのような変化が起きたのか。

 甚だ疑問である。

 

 

「よかろう。降参だ。しかし、ルーディアはまだ渡せん。ゆえにロキシーよ。お前も同行するといい」

 

 

 何を言ってるんですか、この龍神様は?

 

 

「どういうつもりですか……。龍神オルステッド……」

 

 

 ロキシーが慎重に問う。

 

 

「お前が使徒でない事は経験則で知っている。無害であるのなら、こちらも計らおう。弟子が心配ならば付き添ってやるといい。俺を怖がるのであれば無理強いはしないが──どうする」

 

 

 その提案を受けるべきか。

 ロキシーは悩んでいる。

 視線は愛弟子と龍神を行ったり来たり。

 けれど最終的には俺へと歩み寄り、抱き締めながらオルステッドへと向き合った。

 それにしてもロキシーは良い匂いだ。

 首元に顔を押し付けて、その体臭を堪能する。

 

 

「本音を言えば、わたしはあなたが怖いです。ですが、このまま勝てない戦いで死にたくはありません」

 

「ほう──」

 

「ルディと一緒に居られるのなら、甘んじてその条件を飲みましょう──」

 

 

 彼女は選んだ。

 俺と共に在る道を。

 危険の伴う世にも恐ろしいオルステッドへの同行。

 されど後悔を感じられない、そんな顔つき。

 

 

「賢明な判断だ。決まりだな。ついてこい」

 

 

 顎で移動を促してから彼は背を向けた。

 今のいままで戦闘態勢にあった男の行動ではない。

 あいつの中じゃ戦いはもう終わっているのだ。

 こちらの感情に構うことなく。

 

 

「わたしは助かったのですか……?」

 

 

 生の実感、そして遅れてやって来た恐怖心に押し潰されそうになるロキシー。

 ペタンと地面に尻餅をついている。

 

 

「師匠……。よかった……。生きていてくれて、また会えて……」

 

「ルディ……。あなたこそ良くご無事で──。いえ、その腕の様子では、そう言い切れませんね」

 

 

 腕の切断なんて俺には怪我の内にも入らない。

 治そうと思えば治せるのだ。

 ただ少しだけ不便で、人を不安にさせてしまう。

 早いところ、オルステッドに身柄を解放してもらわねば。

 

 

「ねえ、あなたが交渉に成功するのって、わたしを保護して以降だと初めての事じゃないかしら?」

 

「ああ。だが頻度こそ少ないが、以前にも交渉の成功例はある」

 

「あらホント」

 

 

 ナナホシとオルステッドの会話から読み取る。

 あの男は、その攻撃性の強さから、交渉の成功率が著しく低いらしい。

 だが七大列強二位の肩書き──。

 そのネームバリューがもたらす恩恵は計り知れない。

 あんな怪物との取り引きに応じる者といえば、虎の威を借りたい弱者くらいだろうが。

 

 

「一国の王に協力を取り付けた事もある。ラノア魔法大学にも顔は利く。しかし、個人相手では俺の顔は好かれんらしい」

 

 

 なるほど。

 バックボーン無しの個人だと恐れゆえか攻撃的になってしまう。

 しかし組織・団体・国家といった集合体であれば、実態はともかく対抗手段を持つという考えで対話に臨める。

 ゆえに必要以上に敵対視することもないのだろう。

 強い者には媚を売り、益を取る事を優先して。

 

 

「ほら、行きましょう。私もあの男は信用なりませんがナナホシさんも居ますし、しばらくは大丈夫」

 

 

 そう思いたい。

 オルステッドはナナホシの言葉であれば、ある程度受け入れるみたいだしな。

 最低限の安全保障ではある。

 

 そして俺はロキシーを失わずに済み、奇妙なパーティーが組まれた。

 俺、ロキシー、ナナホシ、オルステッドといったメンバー。

 行き先は知らない。

 龍神いわく、別の拠点へ移動するとしか。

 

 なんであれ、生き延びた事を喜ぼう。

 

 

──

 

 

 旅の途中、転移魔法陣とやらを使用する事になった。

 けれど俺とロキシーには場所を見せられないということで、催眠魔術によって一時的に眠らされた。

 俺の知らない魔術だな。

 ヌカ族という、たった一人を残して絶滅した魔族の固有魔術だそうだ。

 

 目覚めると既に現地へ到着していた。

 建物の中で、壁に背をもたれさせる体勢。

 ふと隣を見ると、涎を垂らしながら心地良さそうに眠る恩師(ロキシー)の姿。

 ハンカチで涎の跡を拭ってやる。

 直後、彼女はパチパチと瞬き。

 キョトン顔で俺を視界に入れると、胸にもたれかかってきた。

 胸の脂肪がクッションとなって、優しく受け止める。

 甘えているのか。

 なに、この可愛い生き物!

 抱き締めても良いかな?

 

 

「おはようございます、ロキシー先生」

 

「あ、すみません。目覚めてすぐにこんな……。はしたないですよね?」

 

「いえいえ。私程度の胸であれば、いくらでも貸して差し上げますよ」

 

 

 

 約8年ぶりの師匠との再会だ。

 胸に込み上げるものは幾らでも有った。

 

 

「お互いのこれまでの事を話してみませんか?」

 

 

 話題を振ってみる。

 自分の事を話したいし、ロキシーの事も知りたい。

 そんな欲求が口を動かせた。

 

 

「そうですね。短時間では語り尽くせないでしょうけど。ルディのお話を聞かせてください」

 

「はい、是非。色々な事を経験しました」

 

 

 ウズウズする。

 俺の体験した苦楽を共感してほしい。

 慰めてもらって、それから褒めてもらいたい。

 子どものような気持ちで、頼れる先生に精一杯甘えてしまう。

 

 と、その前に状況確認だ。

 前回の拠点よりも広い。

 天井も高く、調度品も完備していた。

 ナナホシはソファーに腰を掛けて、本を読んでいる。

 こちらにチラっと仮面越しから視線を送ってきて、会釈を一つ。

 俺からも会釈で返しておく。

 

 オルステッドはこの場を留守にしている。

 所用で外出中というわけか。

 ロキシーも彼が居ては落ち着けまい。

 もしかしたらオルステッドなりの配慮か?

 いや、そんな思考があれば端から俺を拉致しないだろう。

 

 場所を移す。

 と言っても室内での範囲。

 ソファーは数脚有って、空いているソファーへと座る。

 テーブルにはティーポットとティーカップ。

 ナナホシの私物らしいが、自由に使ってくれと彼女は言ってくれた。

 自分とロキシー用に紅茶を入れる。

 

 ようやく準備完了。

 まずは何から話そうか──。

 迷った末に序章として選んだのは、ロキシーがブエナ村を発った直後、シルフィとの出会いから。

 ロキシーにとっての孫弟子だ。

 

 手紙のやり取りである程度の事情を知っているだろうけど、実際に対面しながら身振り手振りで語るのは味が違う。

 面白おかしく脚色し、話はボレアス家での日々へと進む。

 

 エリスの乱暴っぷり、そしてデレ期の到来。

 サウロス達に可愛がってもらったこと。

 現剣神ギレーヌに師事したこと。

 10歳の誕生日にはブエナ村から家族が祝いに来てくれたなんていう明るい話題にまで及んだ。

 

 しかしまぁ……その直後に転移災害があったわけだけど。

 旅の出来事も包み隠さず話す。

 スペルド族の戦士ルイジェルドに保護してもらったことを。

 ロキシーはビクついていた。

 幼少期よりスペルド族は子どもを食べる恐ろしい化物だと両親に教えられていたようだ。

 

 でも話す内に次第に認識を改めてくれたようで、会う機会があれば礼を言いたいとのこと。

 魔王バーディガーディや魔界大帝キシリカキシリスとの遭遇。

 魔族であるロキシーは大層驚いていた。

 人族の感覚だとアスラ国王と個人的な付き合いを持ったのと同義である。

 

 大森林では北聖ガルスを不本意にも殺めてしまった。

 耳にしたロキシーは涙を滲ませる俺を胸に抱き寄せる。

 小さいけど柔らかい──。

 ロキシーの確かに存在するおっぱいに安らぎを得る。

 心臓が鼓動を打っている。

 その心音をオルゴールに閉じ込めてしまいたい。

 

 ラトレイア家でのお家騒動及び祖母クレアの暗殺未遂事件については、複雑な表情を浮かべる。

 しかしゼニスとの再会が叶ったこと。

 妹のノルンと親しくなったと告げると、『よかったですね』と微笑んでくれた。

 

 パウロとゼニスの冒険者仲間であるエリナリーゼとタルハンド。

 2人についても語る。

 特にエリナリーゼの話は、ロキシーには刺激が強かったのか終始、顔を赤らめていた。

 町へ着く度に男漁りをするなんてハレンチなことだ。

 まあ、人の価値観など他人には計れんだろう。

 

 ここで一旦、ロキシーのターン。

 ロキシーのこれまでの軌跡が語られる。

 シーローン王国の宮廷より空の異変を観測。

 アスラ王国フィットア領へと到着する頃にはすでに被災後だった。

 

 パウロの下を訪ね、捜索団へ入団。

 各国から送られた刺客から団員を守るべく護衛に就く。

 北神三世の襲撃を切り抜け、捜索活動にも参加し、そして先代剣神ガル・ファリオンを仲間に加え、龍神オルステッドとの戦いに備えていた。

 

 その後の流れは、オルステッドから聞かされた内容とだいたい同じ。

 ロキシーは俺の為に、単独でオルステッドを追って救出に来たのだ。

 先代剣神と北神三世は、ベストパフォーマンスで次なる激化する戦いに備えるべく鍛練中。

 ロアの町にて待機中とのこと。

 

 ロキシーは敗北というか人質に加わるという妙な結果に終わった。

 お陰で俺は心の安寧は保たれたが。

 話は俺のターンへと戻る。

 

 中央大陸渡航後、シーローン王国での一件。

 パックス王子には嫌な思い出がつまっていたらしく、露骨に顔を歪ませていた。

 争乱の顛末を教えてやると、清々としたかのような顔。

 国外追放となったパックスに同情などしなかった。

 

 そして友誼を結んだザノバ王子。

 彼とは一度か二度程度しか会話する機会がなかったらしいが、怪力の神子と友人になった俺を『さすがはルディです』と称えてくれる。

 シーローン王国最高戦力との縁は、いずれ活きてくるとのこと。

 その辺の世渡りはいまいちわからん。

 

 そして遂に俺の物語の章は赤竜の下顎での悪夢へと到達する──。

 

 旅の仲間は龍神オルステッドになす術もなく倒され、粘ったエリスも失意の内に敗れた。

 俺なども胸を貫かれ、心臓を破壊された。

 超人的な治癒能力により命は繋がったが、そのまま拉致されて人質生活へと突入。

 数時間前にロキシーと合流し、いまこの環境へと至ったのだ。

 

 長い時間を掛けて語り終えた。

 飲み干した紅茶は5杯にも及んだ。

 飲みすぎてトイレに行きたい。

 

 

「ルディは楽しいことも辛いことも経験したんですね。それに比べてわたしは──」

 

「いえ、助けに来てくれただけで胸がいっぱいです。ありがとう、先生」

 

 

 感謝を述べ、どさくさ紛れにロキシーの首筋に顔をうずめて深呼吸。

 やっぱりロキシーの匂いは最高だ。

 こんなどうしようもない可愛いだけの弟子を、極楽へと誘ってくれる。

 

 

「ところでルディ」

 

「はい!」

 

 

 声色が変わる。

 なんだろうか?

 

 

「わたしがグレイラット家に忘れていった下着を返してもらえませんか?」

 

「あ……」

 

 

 絶句する。

 御神体(ロキシーのパンツ)の件は手紙にて知らせていた。

 最初は返すつもりでいたのだ。

 しかし、10歳の誕生日会の際にリーリャから箱入りで贈られて以降、ずっと俺の心の拠り所として支えてくれていた。

 だから手放したくはない……。

 

 

「すみません。今は手元に無くて」

 

 

 事実だ。

 オルステッド襲撃の折、ほとんどの荷物はその場に置き去りにしてある。

 エリス達が回収してくれているだろうから、紛失こそしちゃいないが、今や俺の手の届かぬ場所に在る。

 

 

「まぁいいでしょう……。でもわたしのあのパンツは……」

 

 

 ああ、染み付きのパンツだ。

 旅立つ前日の晩、パウロとゼニスの夫婦の営みをオカズにロキシーは自身を慰めていた。

 パンツにその行為の痕跡がある。

 それもウッカリで彼女は部屋に置き忘れ、俺の手元へと渡ったのだ。

 つまりロキシーは懸念している。

 自身の自慰行為を弟子に悟られていやしないか。

 安心してほしい。

 悟る以前の問題で、俺はロキシーのエッチな瞬間をこっそりと鑑賞していた。

 

 

「普通の女性用下着ですけど、何か気になることでも?」

 

 

 すっとぼけておく。

 師匠に恥は掻かせられん。

 ロキシーの顔を立てねば。

 

 

「あ、それならいいんです。はい、なんでもなくて」

 

 

 これでいいのだ。

 俺は正しいことをした。

 しかし、横で聞き耳を立てていたナナホシが一言。

 

 

「あなた達の師弟関係ってどうなのよ?」

 

 

 パンツ云々は、ナナホシの常識から外れているらしいね。

 

 

「それにロキシーさんの匂いを嗅いだりして……。ルーディアって少し変わった子よね」

 

 

 安心してくれ、自覚はある。

 でも人目くらいは気にするべきか。

 俺は一向に構わないが、ロキシーを俺の性癖に巻き込むのも問題だ。

 自重しよう。

 欲望に忠実になるのは淑女として相応しくない。

 

 

「ナナホシさんでしたか? ルディに親切にしていただいてありがとうございます」

 

「いえ。でもこの子って何だか放っておけないでしょう? つい構ってしまうのよ」

 

「わかります! ルディはしっかりしているようで抜けている部分がありますから」

 

 

 あら?

 話が弾んでいらっしゃるよ。

 意気投合って感じだ。

 

 

「ひとつ提案しても良い? ルーディアの検査だけど、ロキシーさんに手伝ってもらおうかしら」

 

「それを言っちゃうんですか……」

 

 

 恥ずかしくはない。

 だってブエナ村でロキシーと暮らしていた頃、一緒に背中を流し合った仲だから。

 裸の付き合いなど経験済み。

 今さら恥じ入る必要も無い。

 いやしかし……通常ではありえないシチュエーションで裸姿を晒すのは抵抗感があるか。

 ロキシーは変わらぬ姿だが、俺は女性的な体つきへと育ってしまっている。

 昔とは状況が違う。

 

 ナナホシが俺に対して実施している検査内容をロキシーへと説明する。

 みるみる内に顔を真っ赤にしたロキシーは、俺の顔を窺いながら意思確認の姿勢。

 期待を寄せている様子に、つい絆され頷いてしまった。

 

 

「心苦しいですが、わたしも弟子の為に一肌脱ぎましょう」

 

「脱ぐのは私ですけどね」

 

 

 そういった経緯で、明日以降の検査にロキシーも付き合う事になった。

 ナナホシも余計な世話を焼いてくれたものだ。

 

 

「ちょっとトイレに行ってきます」

 

 

 先ほどから催していた。

 会話に夢中でお漏らしなんて笑えない。

 

 

「ルディ、手伝ってあげます。片腕では不便でしょう」

 

 

 その申し出はありがたい。

 これまではナナホシに協力してもらって用を足していた。

 今後は名乗り出てくれたロキシーに任せてしまおう。

 

 

「私はお役御免ってことね。ルーディアの気持ちが楽になると言うのなら、反対はしないわ」

 

 

 ナナホシもその役を譲る事を快諾した。

 これ迄に介助してもらったこ感謝を伝えるべく、礼儀として一礼しておく。

 そしてトイレへ。

 具体的な内容の明言は控えておく。

 

 

──

 

 

 拠点を移してから数日が経過した。

 その間、ロキシーは献身的に俺を支えてくれた。

 食事の時も、着替えの時も、寝る時もずっと傍に居てくれて……。

 

 その優しさに触れて、徐々に彼女に心惹かれていくのを実感する。

 恋愛的な意味でなく、家族愛にも似たような感情。

 元々、姉のように慕っていた相手だ。

 そうなるまでには時間は掛からなかった。

 

 意味もなくロキシーを見詰めてしまう。

 後光が差しているかのような錯覚を起こす。

 常々、彼女を神のように崇め、その教えを守ってきた俺。

 そんな尊き人物が俺などに身を粉にして世話見てくれている事実。

 申し訳ない気持ちにもなるが、当の本人は嫌な顔ひとつしない。

 

 なので手を合わせておいた。

 神の寵愛を受けて矮小な我が身を恥じる。

 

 

「ここに来てからのルディは、おとなしいですね。元々、ヤンチャとは無縁でしたけど」

 

 

 そうかな?

 意外とお茶目な部分はあると思うが、まぁ恩師の前では猫を被りがちになってしまうか。

 

 

「先生には愛想を尽かされたくはありませんから」

 

「そんなことを心配していたんですか? 安心なさい。わたしは弟子を見放したりはしませんから」

 

 

 包容力のある言葉だ。

 姉のような女性に、ことさら心を預けてしまう。

 彼女の差し出した太股に頭を乗せて横になる。

 膝枕である。

 

 下から見上げるロキシーも可愛らしい。

 上から見下ろしてくるロキシーは美人だ。

 顔が寄せられ、生暖かい吐息が吹きかかる。

 鼻先がくすぐったい。

 

 

「あなたもまだまだ甘えたい盛りなんですね。大人びているのに不思議です」

 

「先生にだから甘えたいんです」

 

 

 背丈はロキシーに追い付いてきた。

 胸の大きさに至っては、はるかに凌駕している。

 魔術の腕は総合的にみれば俺がやや上か。

 それでも俺が目標とすべき人物に変わりなく、姉として敬う心は不変。

 同時に弱りきった俺の軟弱な心を、その温もりで抱き締めてくれる。

 だから心置きなく寄りかかってしまう。

 魔術師としては独り立ちしたが、姉妹としてはまだまだ巣立ちには時間が掛かりそうだ。

 いや、この関係を絶つ意味などあるまい。

 

 

「よく考えればルディはまだ成人していませんでしたか。子どもですね」

 

「子ども扱いするんですか?」

 

「大人のわたしからすれば、ずっと子どものようなものです」

 

「大人の先生は頼りになりますね」

 

 

 穏やかな顔をしたロキシー。

 まったりとした時を刻む。

 同室に居るナナホシは気まずそうにしながらも、読書で気を逸らしていた。

 チラチラと視線を感じる。

 時々、溜め息などついて呆れ気味。

 

 

「あ、ごめんなさい。ナナホシさん。イチャイチャを見せつけてしまって」

 

「謝らないでよ。別に文句をつける気はないわよ。時と場所を考えてほしいものね」

 

「ですね」

 

 

 ナナホシも寂しいのだろう。

 詳しい事情は知らないが、親元からやむを得ない理由から離れているっぽいし。

 それなのに砂糖を吐くような甘々とした光景を目の前にあっては、面白くはないだろう。

 俺は周りを見ていなかった。

 反省だ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 悲しげな吐息。

 彼女は──仮面を外し、目に溜まった涙を指で拭い取った。

 

 俺の視線はナナホシの顔へと留まる──。

 

 その顔はどこかで目にしたことがある。

 もう十数年も前の記憶。

 一瞬だけ見かけた、そんな短い記憶だ。

 馴染みのある顔立ち。

 知り合いってわけじゃない。

 顔の特徴が俺のよく知る世界のある国のそれで、無視などできなかった。

 名前や黒髪、ヒントは有ったというのに何故、思い至らなかったのか。

 

 そうか……ナナホシは──。

 

 ──日本人だったのだ。

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