無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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55話 ナナホシの素顔

 ロキシーの膝枕でまだ寝ていたい、そんな内より湧き上がる欲を鎮め身を起こした。

 急な俺の慌てように、2人とも何事かと視座を定めてくる。

 日本人風の少女の顔をしたナナホシの前へと立ち、不躾にも凝視してしまった。

 俺の好みからは外れるが美人だと思う。

 

 

「え、なに?」

 

 

 戸惑うナナホシ。

 涙は止まったようだが、目の周辺を赤く腫らしている。

 

 さて、記憶に残るその姿を思い浮かべる。

 ああ、やはりそうだ。

 ナナホシはあの時の女子高生──。

 前世で俺が死ぬキッカケとなった交通事故。

 その現場に居合わせた女の子である。

 

 確か彼女は痴情のもつれか何か知らんが、男女で口論していた。

 突っ込んでくるトラックに気付かず、俺同様に事故に巻き込まれたものと判断していたが──。

 この世界に転生してたのか?

 

 うん?

 だとしたら不可解だ。

 なぜ、ナナホシは生前と同じ顔なのだろうか。

 転生であるのなら、俺然り別人として生まれ変わる筈だ。

 なのに彼女はまったく同じ見た目。

 それどころか12~13年経過しているのに、欠片も老化を確認できない。

 

 顔が変わらないのは、もしやトリップとかいう現象でこの世界に迷い込んでしまったからか。

 だとしても年を取らない理由は?

 まさか日本人が異世界で長寿化するというわけでもあるまい。

 

 

「すみません、あなたの素顔をはじめて見たもので。つい身を乗り出してしまいました」

 

「あら、そうだったかしら。私って、この世界じゃ珍しい顔立ちだから人目を集めやすいのよね。だから常日頃、顔を隠すようにしていたのだけど」

 

 

 仮面を被り続けていた理由は単純だった。

 この世界で日本人的な顔立ちは希少性が高いだろう。

 奴隷としての価値も高値がつきそうだ。

 人攫いなどの魔の手からの自衛の為にも、あの妙な白い仮面を装着し続けていたのだと推察する。

 

 

 

「美人ですね」

 

「口が上手ね。でもルーディアに言われても、言葉通りには受け取れないわね」

 

 

 少なくとも中央大陸ではお目にかかれない顔の造り。

 異国情緒あふれる女性とは魅力的に映るものだ。

 そうでなくとも、ナナホシの顔は美少女と言っても差し支えない程度には整っていた。

 クラスで3番目以内に入るくらいには可愛い。

 いや、この世界に来て美人な女性と多く接触してきた俺の目が肥えているだけだ。

 ナナホシはクラスで一番目を張れるレベル。

 この世界でも十分に別嬪さんとして通用するだろう。

 エリスやロキシーには敵わんがな。

 

 さてどうすべきか。

 俺が転生者であると打ち明けるのはリスクが高い。

 どんな化学変化が起きるのかわからない。

 なんつーか、前世の自分の正体をバラしたくないのだ。

 醜い無職の男。

 思い出すだけで吐き気がする。

 てか、前世ヒキニートの男だった経歴の持ち主ルディちゃん。

 そんな俺の下の世話をしたと知られたら、どんな罵倒を浴びせられたものか。

 想像するだけで目眩がする。

 

 それにだ。

 魔術か何かを用いてオルステッドが盗聴している可能性もなきにしもあらず。

 無闇矢鱈に俺の秘密を吹聴するものではない。

 転生した事実は両親であるパウロとゼニスにすら秘匿すること。

 俺本人以外でこの秘密を知るのはヒトガミだけだ。

 

 

「ナナホシさんはエキゾチックな方ですね。魔大陸出身のわたしでも、目が釘付けになります」

 

 

 この世界の住人であるロキシーをして、ナナホシの容姿は特徴的かつ魅力的なのか。

 好みのタイプは俺とナナホシのどっちかね?

 

 再びロキシーに身を寄せる。

 両太股を開いて空間を作ってくれた。

 すっぽりと身体を収めると、待ってましたとばかりに背中からロキシーの腕が回された。

 自重などもう忘れた。

 

 

「あなた達の前でまで素顔を隠すこともないわね。あの仮面ってけっこう息苦しくって」

 

 

 ナナホシは最近まで俺を警戒していたのか?

 まあ、むこうの認識としては俺って現地人だしな。

 とりあえず今は俺の正体は黙っておこう。

 お互いに心にダメージを受けるだけだ。

 

 

「ちなみにフルネームは何と言うのですか?」

 

「ナナホシ・シズカよ。変わった響きでしょ」

 

「ナナホシが家名で、シズカが名前──ということですね。中央大陸では聞き慣れませんけど、良いお名前だと思います」

 

 

 円滑な人間関係を築くにはお世辞から。

 お互い秘密を抱えた者同士だが、そんなのはどの人間でも同じ。

 ありふれた話だ。

 誰だって自分の秘密──例を挙げるなら性癖を隠しておくものだろう。

 ちなみに俺は匂いフェチだ。

 ただしエリスとロキシー限定。

 

 

「あれ、ひとつ気になったのだけど。どうしてナナホシが家名だと分かったの?」

 

 

 あ、しまったな。

 ポロッと失言してしまった。

 この世界じゃ家名なんて貴族や豪商くらいしか名乗っちゃいない。

 ましてや特殊な事情を除いて、名乗る際に名前+家名の順となる。

 

 なのに俺はナナホシ・シズカと耳にして、考える素振りもなく家名と言い当てた。

 日本人の名前の法則性を知る人間だと疑いを掛けられてしまったらしい。

 言い訳に困り果てる。

 当てずっぽうで答えたなどという弁明が通用するわけないし。

 

 

「細かいことは気にしなくてもいいじゃないですか。なんとなくで言ってみた結果のまぐれ当たりですって」

 

「怪しい……。嘘は為にならないわよ」

 

 

 目を細めて疑いを強めるナナホシ。

 勘弁してくれ。

 口を割るつもりはないのだ。

 

 

「そうね、確認してみようかしら」

 

 

 ナナホシはテーブルに紙を敷くと、羽ペンで文字を書き込んだ。

 文字を書く音が重々しく聞こえる。

 2~3分して書き終えたのか、紙を眼前に突きつけてきた。

 

 

「質問には正直に答えて。私はあなたを友人だと思っているの。だからお願い」

 

 

 真剣な眼差し。

 目を逸らせなかった。

 彼女の本気の覚悟が込められている。

 死活問題であるかのように追い詰められた表情。

 適当にあしらうのは躊躇われた。

 オルステッドによる盗聴への懸念も、この流れの中では些末な問題へと成り下がる。

 答えるしかないか。

 

 質問は3つ。

 全て()()()で記されている。

 

 1つ目の質問。

 

 『篠原秋人──黒木誠司。この名前に見覚えはある?』

 

 無い。

 しかし、予想はつく。

 あの事故現場に居た少年達の名前だろう。

 

 続いての質問、2問目。

 

 『この言葉は理解できる?』

 

 できる。

 何せ俺は日本人だったのだ。

 母国語である。

 この問いにどう答えるべきか──。

 

 視線をさ迷わせていると、ナナホシが手をギュッと握ってきた。

 正直に話せと、目で訴え掛けている。

 俺は──首肯した。

 

 

 ラスト、3つ目の問い。

 

 『あなたはどちら?』

 

 どちらでもない。

 前世での性別が男であるのは共通しているが。

 今度は首を横に振った。

 

 俺を抱えるロキシーは、不自然そうに顔を覗き込んでくる。

 更に抱擁を強めて遺憾の意を示してきた。

 嫉妬深いね。

 

 冗談は終いだ。

 ナナホシの要求に応じてやろう。

 そして発声する。

 懐かしい日本語で。

 

 

「私はどちらでもありませんよ。見覚えもありません」

 

 

 久方振りに話す日本語はやや発音が拙かったが、聞き取りに問題はないだろう。

 

 

「日本語は話せるのね。数日前の話によると、あなたの生まれはこっちみたいだけど転生者ってところかしら」

 

「そんなところです。そういうナナホシさんは?」

 

「トリップよ。わけも分からない内に、気が付いたらこの世界に転移していたの」

 

 

 認識は正解だった。

 ナナホシはトリップでこの世界に渡ってきたのだ。

 

 

「あの、お二人とも。その言語はどこの国のものですか?」

 

 

 ロキシーが頭に疑問符を浮かべながら問う。

 どう答えてやれば良いのやら。

 

 

「巷で流行ってる架空言語ですよ、先生」

 

「架空ですか? 誰かが創作したということですね」

 

 

 言い訳としては良い線行ってると思う。

 納得した様子で聞き手に徹するロキシー。

 まるで理解なんて出来んだろうけど。

 

 

「オルステッドはあなたを知らないと話していた。だからもしかしたらって予感はしていたけれど、転生者だなんてね。やっぱり前世の記憶があるのよね」

 

「記憶はありますけど、生前は子どもでしたよ」

 

 

 社会にも出ていないニートだったのだ。

 精神年齢はガキのまま。

 口が裂けても大人とは言えまい。

 親にワガママ言い放題で幼稚な人間だった。

 

 

「そう……。お気の毒に。幼い内に亡くなってしまったのね」

 

 

 勝手に都合の良い風に解釈してくれた。

 

 

「生前のお名前は?」

 

「言いたくありません。嫌な思い出しかありませんから。苛められていたんです……」

 

「辛かったでしょう。ごめんなさい、あなたの過去をほじくり返して」

 

 

 苛めを苦に自ら命を絶ったのだと思い込んでいるのか、視線を落として項垂れている。

 いやまぁ……苛められていた過去は事実としてはある。

 だが死亡した原因との直接的な因果関係は皆無。

 ニートになった切っ掛けではあるが。 

 

 

「日本語を話せるのはどうしてかしら」

 

「今はこんな西洋風なナリですけど、前世ではれっきとした日本人でした」

 

「同郷というわけ? 親近感が湧くわね。でもあなたの事情を鑑みれば、私への協力は無理強いできないわ」

 

 

 頼みごとでもあったのか、思惑が外れて声のトーンが不安定だ。

 

 

「元の世界に戻る為に手を結んで欲しかったのだけど、その様子だと日本に戻りたくはないでしょ」

 

「はい……。あの世界での暮らしは、私にとっては地獄のような日々でした」

 

 

 気の晴れない毎日が続いた。

 両親は亡くなり、兄弟からは実家を追い出され、挙げ句に事故死。

 救いようのない末路だ。

 

 

「でも協力はしますよ。ナナホシさんには短期間ですけどお世話になっていますし」

 

「いえ、対価としては足りないわ。私の都合にあなたを付き合わせるのはちょっと……」

 

 

 気が引けてるのか、口ごもる。

 遠慮なんてしなくてもいいのに。

 親しき仲にもなんとやらってやつか。

 

 

「協力を受けるかは別として、ナナホシさんのこれまでのこと。この世界での経緯を聞かせて戴いても?」

 

「良い機会だし話しておきましょう」

 

 

 そうしてナナホシ・シズカは自身の身に起きた不幸を語り出す。

 

 

──

 

 

 アスラ王国内のどこかの平原にナナホシは地球から転移してきたらしい。

 飲み水も食べ物もない状況でさ迷った末に、行き倒れになりかける。

 そこを龍神オルステッドに保護された。

 

 

「オルステッドは悪人ではないのですか?」

 

「人に嫌われる呪いを抱え込んでいるようね。敵に対しては容赦の無い過激な人だけど、私にとっては恩人なのよ」

 

 

 立場が変われば事の善悪も変わると……。

 父親(パウロ)をボコられた俺からすれば、悪い奴という認識は揺るがない。

 

 話の続きだ。

 ナナホシは一年ほどで人間語をマスターし、この世界の基本的な文化や風習を学んだ。

 魔術の存在や、剣士が幅を利かす世界だってのも、この時期に認識したらしい。

 

 翌年には、地球での知識を活かして被服技術や料理のレシピを売り込み、利権を確立。

 一財産稼いでおり、既に生涯賃金数人分の蓄えがある。

 

 3年目、まぁ今だ。

 ナナホシの同級生の男子2人がこの世界に渡っていないかの確認、またその消息を追って世界中を回っている最中とのこと。

 転移魔法陣を活用し、効率的に世界を旅した。

 これといった収穫は無し。

 元の世界へ帰る為の手段も模索状態。

 そんな時に俺と遭遇した。

 というか、オルステッドが俺目当てに探していたようだ。

 

 ふむ、ナナホシの苦労は俺以上かもしれん。

 オルステッドという最強の護衛が付いていても、故郷から遠く離れた異世界の土地。

 家族にも未練があるようだし、心細かっただろうに。

 

 

「もう少し捜索してダメだったら、ラノア魔法大学に拠点を置くつもりよ。方針を変えるの」

 

「それはどういった?」

 

「ある人から言われたのよ。お前は召喚術によってこの世界に招かれたんじゃないかって。もしかしたらあの2人はまだ地球に居て、私だけが此処に渡ってきたのかも。だから地球に帰る為に召喚術を学びたいの。詳しく召喚術を調べたいのなら、ラノア魔法大学が一番って話だし」

 

 

 ラノア魔法大学はロキシーの母校だ。

 やはり権威ある教育機関か。

 いつか俺も通ってみようかな。

 

 

「その方は転移事件について何か言及していましたか?」

 

 

 よく考えれば、ナナホシがこの世界に渡ってきた時期と、フィットア領転移事件の発生時期が一致する。

 関連はあるだろう。

 

 

「その人にも転移事件の仕組みというか根本的な原因は解らないって。でも……私がこの世界にやって来た反動で魔力災害が起きたかもしれないって」

 

 

 ナナホシのせいではないだろう。

 聞いた感じ、何者かが無理やりナナホシをこの世界に拉致し、その余波で魔力災害が起きたと考えるのが自然だ。

 彼女が罪悪感を抱くことはない。

 ただ本人の気分は悪いだろう。

 

 それと……ナナホシが転移したであろう事故現場に俺は居た。

 あり得ないとは思うが、転移災害の原因に俺も一枚噛んでないよな?

 

 

「転移災害にオルステッドは関与していないということですか?」

 

 

 ふと気になった。

 龍神オルステッドは悪者。

 その先入観からもしや転移災害の首謀者なのではと……。

 ここ数日間、そんな考えがよぎっていたのだ。

 

 

「彼は転移事件とは無関係よ。そしてオルステッドにも原因は解らないんだって」

 

 

 ならそれはそれで一向に構わん。

 どのみち油断ならない奴だ。

 警戒を怠るな。

 次にヒトガミに会ったら、対オルステッド対策のアドバイスでも頂戴しようかしら。

 無論、あのモザイク野郎の言葉を全肯定するのは考えものだが。

 

 

「そうだ。進路を決めかねているのなら、ラノア魔法大学へ入学したらどうかしら。以前、赤竜の下顎で拝見したあの魔術の腕前なら、学費免除の特別生として入学できると思うの」

 

「視野に入れたいと思います。その時に余裕があれば」

 

 

 まずはこの軟禁生活を脱却しなければいけない。

 オルステッドの発言が真実なら、黙っていても俺達はじきに解放されるみたいだが。

 

 

「そういえば私、この世界に来て3年も経つけれど年をとらないのよね」

 

「私は普通に成長しているみたいですが?」

 

「転移者と転生者の違いかしら。その辺りも追々調べていくとしましょう」

 

 

 なんにせよだ。

 ナナホシを保護した事から考えるに、オルステッド自身は極悪人かどうかは微妙になってきた。

 ナナホシも話していたように、敵対する者に対しては苛烈に当たり散らし、その上、強行手段に出る人物だ。

 だから余計にその危険性が際立つ。

 俺も抵抗し過ぎて敵認定された……。

 殺されかけもしたし。

 

 人神もそうだが神と名のつく存在はおっかない。

 以前にも思ったことだが、小市民の俺が関わるべきじゃない。

 奴ら、腹の中で何を考えているのか全然分からん。

 

 で、神は神でも龍神の件について──。

 パウロ達は打倒オルステッドに燃えているようだが、今までの話から考えると別に争う必要性を感じない。

 要するに自分から絡みにいかなければ、オルステッドも手出しをしてこない筈。

 

 それなのにパウロ率いる剣士組は、龍神に戦争をふっかけようとしている。

 立ち回り方によっては幾らでも戦争を回避できそうなのに。

 顔を見た瞬間、殺し合いへと発展しそうだな。

 そこは俺が仲裁役を買って出て、話を穏便な方向へと持っていこう。

 

 

「最後に質問だけど、あなたの前世での性別を教えてもらえる?」

 

「今と同じです」

 

「オーケー、女の子ってことね」

 

 

 心は男。

 間違った事は言ってない。

 おっさんから美少女に転生しただなんて知られたら、ナナホシはどんな顔をすることか。

 気色悪がられそうで怖い。

 そうなりゃあ、俺のメンタルはズタボロだ。 

 言葉を濁し、事実を伏せておく。

 

 

「ひとまず今話すことはこのくらいね」

 

「日本語、忘れてなくて良かったです。こうしてナナホシさんと秘密を共有出来ましたし」

 

 

 話していない事はまだある。

 だが教えずとも影響の無いことだ。

 逆にナナホシも俺に秘していることがあるだろう。

 スリーサイズとかな。

 

 以後、日本語をしばらく使う場面はないだろう。

 ロキシーも居ることだし、人間語へと戻す。

 我が恩師もハブられちゃ傷つく。

 

 

「すみません、先生を仲間外れにしてしまって」

 

「気にしてませんけど、今度わたしにもその言語を教えてください。興味が湧きました」

 

「時間があれば、はい。でも発音とか難しいと思いますよ」

 

 

 日本語はガラパゴス化の進んだ言語として有名だ。

 日本語の習得レベルは海外の人間にとって難易度が高い。

 発音や文法、微妙なニュアンスの違いなどで躓きがち。

 それでも勤勉なロキシーなら、いずれは習得するだろう。

 しかしまぁ、話半分だ。

 労力の割に使いどころが無いし。

 

 

「暇をもて余しているんです。今のわたしは魔術も使えませんし、他にする事が無いので」

 

 

 そういえばそうだ。

 ロキシーが俺に付き添う条件として、オルステッドは魔術の封印を指定した。

 彼女は渋い顔をして受け入れ今に至る。

 つまりこの建物内には、白兵戦のできないか弱い少女3人が集まっている。

 いや、俺は多少の徒手空拳は扱える。

 それでも中級クラス以上の相手には筋力で劣り、負けは必至だろうけど。

 

 尤も、建物の周辺にはオルステッドが知人より教わったという結界魔法陣が張られているらしい。

 王級レベルの人間でなければ突破出来んそうだ。

 つまり外敵に怯えることもない。

 逆を言えば俺達も出入りも自由な出入りは無理ってことになる。

 

 けれど生活に不自由が無いようにと1日に1回、オルステッドが物資を差し入れしてくれている。

 というか近くで見張ってんの?

 じゃあ、どう手を尽くそうが逃げ出せそうにない。

 

 

「さあ、今日の検査を始めましょうか」

 

 

 逃走を企てる俺に狙い澄ましたかのようなタイミングで、ナナホシは宣告する。

 今日もまたあの時間だ。

 服を脱がされて、恥部を露出して──。

 ロキシーの目を汚してしまわないか不安である。

 

 

「ルディ、何か心配しているようですけど」

 

「いえ、私の裸体が見苦しくないかと」

 

「気にせず楽にしてください。大丈夫、綺麗ですよ。変なこともしませんから」

 

 

 やや上気した様子でやんわりと言う。

 彼女の胸中にある思いは期待感。

 愛弟子の裸を見たいという情熱が見え隠れしている。

 ……いや、自意識過剰か。

 あのロキシーがそんな邪な感情を俺に向けるものか。

 

 ──そして恒例となった検査タイム。

 ロキシーは誠実だった。

 視線にやや怪しい気配を感じたが、必要最低限の接触に留まった。

 YESロリータNOタッチの精神とお見受けする。

 そもそもロキシー自体がロリっ子体型ではあるが。

 

 もうしばらく窮屈な生活は続く。

 けれどロキシーが傍に居る今、穏やかな時間を過ごせるだろう。

 この時間を有効活用しよう。

 例えばどんな言葉でパウロを説得し、オルステッドとの敵対の意思を鎮めるか──。

 熟慮し誰も犠牲にならない道を模索する。

 

 

 

 

 

 

──ロアの町──

 

 

 エリス達の旅は仮初めながら終わりを迎えた。

 囚われの身にあるルーディアを救出すべく、ついぞロアの町へと到達したのだ。

 龍神の気配は無し。

 されどそう遠くない日の決戦を予感した。

 

 ロアの町の景色を眺める。

 既知のことではあったが目にして実感する。

 やはり転移災害の爪痕は色濃く残されているのだと。

 町の復興はある程度は進行しているようだが、何処と無く寂れた雰囲気が漂う。

 

 何よりも目を惹いた光景は、新造された城壁の外縁部に形成された崖地。

 転移災害による主だった被害は物体の転移であった筈だ。

 断じて地形そのものを変えるものではない。

 真新しさの感じられる地殻変動。

 荒涼とした空気は見る者の心象風景を侵食してゆく。

 

 フィットア領捜索団の拠点、すなわち本部の所在地であるロア。

 この地を起点に復興の輪が広がっている。

 しかし……かつてボレアス家の館が高々と位置していた町の中央部。

 現在、その中心部には一切の建造物は在らず、かつての面影は失われたまま。

 小高い丘だけが静かにそびえていた。

 

 ただし、ボレアス家跡地の周辺を取り囲むように新たに区画整理を行った上で、続々と家屋や商店が建造されている。

 その実態に反して人気は疎らなものだが。

 町へ足を踏み入れて以降、規模の割にはほとんど人の姿を確認出来ない。

 まるで別種の災害に見舞われた直後のような物寂しさ。

 もしや住人は更なる被災を恐れて避難しているのか……。

 

 

「活気が無いわね……。本当にここはロアなのかしら。復興が進んでいるとは聞いていたけど、この感じは……」

 

 

 この世に生を受けてから12年間もの月日を過ごした故郷の変わりように、エリスは胸の奥が痛むのを感じる。

 祖父サウロスや両親のフィリップとヒルダ、剣の師であるギレーヌ、そして義妹ルーディアと紡いだ思い出の町並みは消えた。

 復興は喜ばしいことだ。

 消失した人々の営みが形を変えて取り戻される事は歓迎しよう。

 

 しかし……僅かに見かける人々の顔には、およそ笑顔と呼べる表情は見受けられない。

 誰もかれもが未来に希望を持てず、明日のささやかな幸せすら見出だせずにいる。

 悲壮感に染まっていた。

 

 

「まずは捜索団本部へ向かう。そこで安否報告と現状確認だ。お前はボレアス家の人間。相応の扱いをされるだろう」

 

「でしょうね」

 

 

 ルイジェルドの言葉を空返事で済ませるエリス。

 前フィットア領主サウロスの孫娘であるエリスには、当然ながら捜索願いが発令されている。

 ボレアス家の本家筋の人間であることから、発見され次第、彼女の身は手厚く保護される見通しだ。

 ボレアス家の実権を影より握るパウロからも、そういった旨の指示が出ているものと思われる。

 そしていま、エリスは自らの足で帰還した。

 

 祖父や両親不在の現在、家督は伯父ジェイムズが継いでいるにしても、エリスがボレアス家の一員である事実には変わりない。

 よって一定の立場を保持していると見ていいだろう。

 パウロの後ろ楯だってある。

 必要な情報を得る身分としては十分だ。

 

 

「たしかルーディアのお父さんが捜索の指揮を執っているのよね」

 

 

 パウロ・グレイラットは捜索団の全権を握る最高責任者。

 すなわち彼の下に全ての情報が集約される。

 こちらから情報提供せずとも、龍神オルステッドによるルーディア拉致の報は届いているだろう。

 すべきことには変わりない。

 龍神オルステッドとの戦いに備えて協力関係を築くのだ。

 

 

「この町にパウロが居ますのね。まずはゼニスとノルンの無事を知らせませんと」

 

 

 既にラトレイア家から書簡を送付済み。

 しかし、急ぎ足でロアの町を目指したゆえ、デッドエンド一行が手紙より一足早く到着した。

 詳細は直接対面して説明した方が手っ取り早く正確だ。

 

 

「案内板によると、本部は大通りの先にあるみたいじゃな」

 

 

 新生ロアの町の大通りをひたすら真っ直ぐに進み、視線の先にやや背の高い建物の存在を認める。

 質素な外観の3階建て。

 看板には冒険者ギルドと記されている。

 

 

「あれが捜索団本部なの? どう見たって冒険者ギルドじゃないのよ」

 

「早合点するでない。捜索団が間借りしておるんじゃろう」

 

 

 国の支援が厚くなる以前、捜索団本部は草原にテントを張っただけの簡素かつ粗末な物であった。

 新設された冒険者ギルド・ロア支部がまだ本格的に始動していない状況も有り、捜索団が業務円滑化を目的として一時スペースを借りているのだ。

 

 

「あら、ご立派な建て構え。平常時であれば、ここで殿方にお声掛けしていましたのに。今回は自粛しますの」

 

「酒場もあるようじゃが、いまは飲む気になれんのう」

 

 

 エリナリーゼとタルハンドは、自身の欲求を抑え込み緊張感を持って臨む。

 

 

「情報を仕入れ、パウロ・グレイラットとの面会を図る。やることは理解しているな」

 

「ええ。パウロさんに会うのも久し振りね」

 

 

 捜索団責任者であるパウロへの面会を求めるのであれば、たしかな身元の保証が必須だ。

 この場で確固たる身分を持つ者はエリスのみ。

 対外的にルイジェルドらは護衛として随伴する身に過ぎない。

 よってエリスが代表者として先頭に立ち、ギルドへと足を踏み入れる。

 

 その瞬間、エリスは感覚で理解する。

 姉のように敬愛し、長く再会を待ち望んだ人物が其処に存在するのだと。

 息遣い、足運び、表情──。

 そのどれもが懐かしく、待ち焦がれてきたものだ。

 

 

「ギレーヌッ……!」

 

 

 名を叫ぶ。

 考えるよりも先に駆け出し、ぶつかるようにして抱き付いた。

 彼女がエリスの来訪を認識するより前に。

 

 

「エリスッ──! いや、エリスお嬢様っ……! ご無事でしたかっ……!」

 

 

 当代剣神ギレーヌの姿が目の前に──。

 剣神流の長が何故剣の聖地を離れ、この地に逗留するのか。

 少し考えればボレアス家との縁を通じて、捜索・復興活動に手を貸してくれているのだと分かる。

 なんであれ災害によって別たれた師弟は再びまみえた。

 いまはこの巡り合わせを祝福する。

 

 

「畏まった話し方はやめなさいよ。エリスって呼びなさい」

 

「そうだな……。無事で本当に良かった。こちらから探しにいけず、すまなかった……」

 

 

 力なく倒れる猫耳を、場違いにも可愛らしいと思うエリス。

 とはいえ恨み言などあるまい。

 被災直後、ギレーヌとて混乱の真っ只中であったのは明白。

 責めるべきは不条理な運命だ。

 

 

「そちらの男は手練れのようだが、護衛の者か?」

 

「仲間よ。彼はルイジェルド・スペルディア。スペルド族だけど優しくて懐の深い男よ。私とルーディアを中央大陸まで守ってくれたの」

 

 

 ギレーヌの視線がルイジェルドへ注がれる。

 少し経ち視線をズラすと、旧友の顔が目に飛び込んだらしく表情を一変させた。

 

 

「エリナリーゼとタルハンドも居たのか。なるほど……お前たちもエリスを守ってくれていたのか」

 

 

 黒狼の牙の旧メンバーが会する。

 けれど感傷に浸っている時間すらも惜しんでいる様子。

 まずは互いの持つ情報交換である。

 

 

「ギレーヌ。お祖父様は──」

 

「サウロス様は転移災害が起きてすぐにこちらで保護した。現在は王都のボレアス家本家に滞在している」

 

「やっぱりお祖父様は生きていてくれたのねっ!」

 

 

 祖父サウロスの生存が不明であった事から、エリスは何度も不安を口にした。

 その度にルーディアに慰められたものだ。

 

 

「お父様とお母さまはシーローン王国で救出済よ。私たちより少し遅れてフィットア領へ向かっている最中ね」

 

「フィリップ様と奥様も無事か。ボレアス家からは誰も犠牲者を出さず済んだのだな……。しかし、ルーディアは──」

 

 

 やはり……既にルーディア拉致の件は知れ渡っているようだ。

 

 

「龍神オルステッドに拐われたか」

 

「ええ……。私の目の前で」

 

 

 ただ肯定するのみ。

 言い訳など不要。

 

 

「あたしもロアの町へ戻ってきて日が浅い。アルフォンスから得た情報も芳しくないものばかりだ。例えばルーディアの魔術の師──水王級魔術師ロキシー・ミグルディアも龍神の手に落ちたと聞く」

 

 

 初耳だ。

 ロキシー・ミグルディアは、日々ルーディアが尊敬の念を口にして止まなかった人物ではなかったか。

 

 

「パウロさんは……?」

 

 

 頼るべき人物の所在を尋ねる。

 愛する義妹の実の父親。

 彼次第で今後の作戦が決まる。

 

 

「アイツは……。先日、この町を強襲したという龍神と交戦し叩きのめされた。その末に昏睡状態に陥り、まだ意識が戻らん」

 

「オルステッドがこの町に──」

 

 

 先んじて戦闘が繰り広げられたのか。

 頼りの綱としていたパウロの敗北をここにきて知る。

 思惑は早くも打ち砕かれた。

 パウロを戦力に加え、再戦を挑もうにも本人が目覚めぬ状況では目処が立たない。

 

 

「詳しいことはアルフォンスに聞くといい。その後の方針は皆で詰めていく。エリスもそれで構わないな」

 

「任せるわ。それにしてもまさかあのパウロさんが負けるだなんて──」

 

 

 計画は振り出しに戻った。

 戦力の一人が欠けたとて移ろい行く事態は止まらないし、待ってなどくれない。

 世界はそれでも動くのだ。

 龍神オルステッドとて例外ではない。

 立て直しが求められる──。

 

 しかしその焦りは杞憂に終わる。

 まもなく──パウロ・グレイラットが目覚めたが故に。

 

 彼は唐突に現れた。

 視点の定まらない生気の抜けた顔。

 周囲の身体を気遣う声に耳も貸さずに、ふらついた足取りの中で彼は言葉を発した。

 

 

「夢で神を名乗る存在(人神)が言っていた。龍神オルステッドは家族を不幸にするってな……」

 

 

 狂信的な瞳で続ける。

 

 

「言われるまでもねえが……、オレが必ず──。奴を殺し……、ルディの笑顔を取り戻す──」

 

 

 自ら修羅の道を選択し、宣言した──。

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