無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

57 / 59
56話 人神の囁き

──無の世界──

 人神(ヒトガミ)はその視界から一人の少女を見失った。

 彼だけが居座る世界で独り、ひたすら困惑する。

 人族の少女、名をルーディア・グレイラット。

 フィットア領転移事件の折に、初めてその存在を認識した異世界より紛れ込んだ迷い人。

 

 彼女の出現は人神にも龍神にも予想だにしなかった異常事態。

 少なくとも両者共に関与しておらず、ただ現象として、その者の魂はこの世界に舞い降りた。

 

 人神はとある目的を掲げ、ルーディアの破滅を願い、その行動の全てを監視していた。

 彼女の子孫は龍神オルステッドと徒党を組み、人神を殺し──封印する。

 完全には息の根を絶たれないが、それがまた半端に生き地獄を見せるのであった。

 永遠とも知れぬ苦行を押し付けられ、しかし虫の息の状態を保たれ意識だけは鮮明に残る。

 

 世に憚らぬ振る舞いする人神に相応しい末路と言われればそれまでのことだが、己の享楽的時間を奪われ、苦痛のみを強制されるなど目も当てられまい。

 想像するだけで慄然とする。

 

 ならば手を打つ。

 千思万考──滅びの運命に抗うまでだ。

 手始めに問題について状況の整理を行う。

 原因を洗い出すのだ。

 

 ルーディアの姿は前触れもなく消えた。

 忽然と人神の遠視及び未来視の範囲より外れたのだ。

 その原因には心当たりがある。

 十中八九、龍神オルステッドと遭遇したのだろう。

 奴が関われば人神の未来視も十分に機能しない。

 世界に定められた運命が歪むのだ。

 

 そも──人神の未来視とは生きとし生けるものの運命を観測する能力。

 人神の干渉により、運命の流れに逆らって一定の操作が可能だ。

 個体毎の運命の力の強さに左右される部分も大いにあるが、概ね望んだ結果を手繰り寄せられる。

 

 されど──龍神オルステッド。

 アレは如何ともし難い番狂わせだ。

 人神が自身の都合の良い状況へ仕向けた盤面も事も無げにひっくり返す。

 非常に忌々しく思いながらも、彼に対してこちらから手出しは出来まい。

 逆に龍神からも人神へ直接の攻撃は叶うまいが。

 

 話を戻す。

 ルーディアが消息を絶った最後の場所は赤竜の下顎。

 仲間らと共にアスラ王国へ向かう道中でのこと。

 突如として未来観測が不調をきたし、しまいにはルーディアの未来が読めなくなった。

 遠視にも映らない。

 状況証拠から察するに、先ほども述べたように龍神オルステッドと遭遇し、両者の間で何かしらのアクシデントが発生したのだろう。

 

 彼女には以前、助言にて『一際強い奴と出会ったら、必ず倒すこと』。

 そう告げた。

 その言葉に従ったのなら、ルーディアは死力を尽くして龍神オルステッドと戦った筈だ。

 使徒であることは無自覚であるにしても、オルステッドの側が人神の手駒であることを見抜く。

 

 であれば同士討ち。

 この場合、一方的にルーディアが殺されるものと考えていたが、どうやらそうではないらしい。

 死んではいない。

 死ねば遠視あるいは未来視に映る筈だ。

 けれどこの視界にはルーディアの亡骸など映らない。

 

 つまり龍神はルーディアを使徒であると認識しながら、何かしらの目的を持って生け捕りにしたのだろうと予想はつく。

 事態を察知した頃には時既に遅し。

 もはや少女は自身の制御下より離れた。

 

 

「まさかまさかの展開だ。オルステッドの奴、ルーディアを人質にでも取ったのか──」

 

 

 なんであれ貴重な使徒の枠を一つ、一時的にしろ失ってしまった。

 次の転換点を迎えるまでは補填は利かない。

 これまで時期を迎え次第、順次使徒の乗り換えを行ってきたが、今回ばかりは無視できぬ痛手だ。

 

 目的に則ってルーディアを使徒に定め、その行動の全てを操り、ゆくゆくはその妻を抹殺するつもりでいた。

 とりわけルーディアとロキシーとの間に成される子は厄介だ。

 放置すれば将来的に人神の天敵とも呼べる英雄へと成長する。

 世に放たれるであろう神殺しの子は、人神の心を掻き乱す。

 

 さて、ルーディアの居場所を見失うといった失態は、今後の方針へと強く影響する。 

 計画は破綻し、大幅な修正が必要となった。

 どこから手をつけるべきか──。

 既に予測から大いに外れてしまっている。

 

 そう遠くない未来、ルーディアは自身の肉体構造・組成を組み換え、同性との間でも生殖行為にて妊娠可能となる。

 作用の一部は彼女の身に留まらず妻達にも波及し、女性同士であっても真に愛し合うことで子孫を残せるようになるのだ。

 

 世界の意志に導かれ生まれ出る命は、ルーディアを母胎として育まれる。

 つまり救世主を身籠るのは()()ディ()()()()だ──。

 運命の力の減退する妊娠期間中であっても、ルーディアの因果律は強力なものであり、こちらから行動を起こそうとも、さしたる影響は与えられない。

 実に悩ましいことである。

 

 しかし、自身に待ち受ける破滅を知りながらも傍観するというのは有り得ない。

 ならば別の案を採用し運命に抗うのみだ。

 

 

「僕を倒す人材は何もルーディアの腹だけから生まれるわけじゃない」

 

 

 ルーディアにばかり目を取られて、水面下で蠢く別の敵方から視線を逸らしては想定外の誤算を生み出す。

 足元を掬われて、重要な局面で不意を討たれては堪ったものではない。

 注視すべきもう一人の人間を標的に定める。

 ルーディアの父パウロ・グレイラット──。

 あの男もまた間接的ながら後々の世に、人神へ甚大な被害を与える要因だ。

 捨て置く考えなどあるものか。

 パウロは孫へ、すなわちルーディアの子へ剣を教える。

 アルスとジークハルト──。

 双方共に、パウロの指導下で列強相当の実力を身につける。

 

 パウロは両名を龍滅にも劣らぬ剣豪として導き、後世に名を残す英傑へと至らせる。

 ルーディアの腹より生まれる息子たち。

 彼らは更に我が子へ、その子が孫へと脈々と龍滅の剣を継承してゆく……。

 蒔かれた種子は芽を出し、やがて実りを見せるのだ。

 その果てに人神に対する脅威へ──。

 

 ならばルーディアと比較して運命の力が脆弱であろうパウロこそが狙い目。

 剛の者を育成するというのならば、その元を絶つまでのこと。

 パウロ・グレイラットを排除するのだ。

 

 

「とはいえオルステッドが表舞台に出てきている以上、僕の思惑通りには世界は進まない……」

 

 

 懸念はその一点。

 現在、この眼に見えているパウロを対象とした観測結果。

 順調に行けば数年以内に死へ追いやる事は容易い。

 されど動きの読めぬ龍神の干渉があっては、予測結果も易々と覆させられる。

 

 そうなれば取れる手段は1つ。

 人神の望んだ結果に繋がるか否かは不明だが、パウロとオルステッドの対立を深めてやるしかない。

 パウロに龍神の悪名を、有ること無いことを交えて吹き込み憎悪を煽り立てる。

 その上で、パウロ自身に使徒である事をオルステッドへ喧伝させるのだ。

 

 これまで数多くの使徒を龍神に葬られてきた。

 奴は使徒と見れば、思案に時間を割かずして即座に殺す。

 一部例外はあれど基本方針は変わらない。

 ゆえに単純なオルステッドの思考・習性を利用してやる。

 パウロを龍神にとって無視できぬ程の障害として仕立て上げ、ぶつけてその手で始末させるのだ。

 オルステッド自体は殺せまいが、されどヒトガミ討伐の切り札を減らせる。

 戦力を削ぐことに活路を見出だす。

 

 

「さてパウロに接触だ。どうやら彼はまたもやオルステッドの奴にボコられたらしい。つけ入るには頃合いだ」

 

 

 龍神の姿こそ見えぬが、その行動の痕跡くらいであればたどれる。

 ロアの町周辺の地形が一夜にして変貌した。

 右腕を失い昏睡状態にあるパウロ。

 北神三世アレクサンダー・ライバック、先代剣神ガル・ファリオン、当代剣神ギレーヌ・デドルディア。

 名だたる剣客の集う歴史的瞬間。

 消息不明となったルーディア。

 以上の状況から、龍神オルステッドの出現は、まず間違いあるまい。

 

 良い塩梅にパウロは干渉するまでもなく龍神オルステッドへ強い憎しみの感情を抱いている。

 ゆえに人神は彼の感情を刺激し、オルステッドへの敵対心を高める腹積もりだ。

 勝てる筈のない無謀な戦いに挑ませ、自滅へと追い込む。

 そうやって甘美な死を贈ってやるのだ。

 人神にしては珍しく天命に人の命の行方を委ねる。

 

 

「さてオルステッド。頼むからパウロを殺してくれよ」

 

 

 自らの手で約束された勝利の芽を摘み取り、首を締めるといい。

 未来視が通用しないのなら仲間割れを誘発してやるまでだ。

 尤も、パウロは時系列的には未だ、龍神とは協力関係にはいないのだが。

 ゆえに妨害し、不都合な可能性を潰すに限る。

 

 

「それにしてもルーディア──。君は一体なんなんだい……。女の子同士で子どもまで作っちゃってさ。自分の腹からポコポコと産むなんてねぇ」

 

 

 悪夢のような存在だ。

 異世界から紛れ込んできた異物である事は確かだが、照準を合わせたかのように自分へと刺客を送り込んでくる。

 

 ともあれ──人神(ヒトガミ)は本腰を据える。

 神へ反逆心を向ける不届きへ、いざ裁きを与えん──。

 

 

 

 

 

──パウロ視点──

 

 パウロ・グレイラットは無力だった。

 家族を奪った敵を前にして、感情のままに刃を奔らせたものの──龍神相手には一太刀たりとも届きはしなかった。

 刃先は掠りこそしたが……。

 表皮一枚裂いた程度で鼻高々に誇れるほどバカじゃない。

 

 己の弱さを悔い、憎み、呪い、涙を流す思いだ。

 無情な現実をむざむざと見せつけられ、さりとて目を逸らせば殊更に家族の不幸を呼び込んでしまう。

 ゆえに砕けそうな心を必死に繋ぎ留め、生きる意思を延命させた。

 

 されども……。

 精神は肉体の目覚めを拒絶した。

 目蓋を上げれば、其処には絶望の光景が広がり、無慈悲な世界を、自身の敗北を知らしめてくるのだと恐怖する。

 見渡すばかりの暗黒の世界。

 先行きは真っ暗どころではない。

 ただその場に立ち尽くし、停滞を受け入れていた。

 

 自分は家長として失格だ。

 パウロはそう自身を責め立てる。

 夫として、父としての務めを放棄して楽な方へと身を預けている。

 守らねばならない家族を蔑ろにし、眠り続けることで辛い事から逃げ出した。

 

 いや……落ち着かない。

 ジッとなどしていられない。

 やはりパウロは底無しの家族愛を持った人間なのだ。

 目を覚ませ。

 さもなくば二度とゼニスとリーリャの夫を名乗れない。

 ルーディア、ノルン、アイシャの父親である資格も永遠に失われる。

 耐えがたき喪失を容認など出来ようものか。

 

 景色が変わる。

 暗闇から果てしなく続く純白の世界へと。

 朧気な感覚。

 意識はあるのだろうが現実味の薄い光景。

 

 

「やあ、はじめましてだね。パウロ・グレイラット君」

 

 

 ソイツは音も無く現れた。

 瞬きの間に生じた一瞬の隙に滑り込むように眼前へと立っていたのだ。

 白い世界に溶け込むような輪郭の曖昧な人間。

 いや、人間かどうかも疑わしい。

 されど危険性は感じられない。

 敵意は無し。

 悪人ではないようだ。

 

 

 あんたは?

 

 

 何故、こちらの名前を知っていたのか気に掛かるが、まずは挨拶をくれてきた者へと尋ねる。

 

 

「僕は人神(ヒトガミ)。いわゆる神様さ。君が独りで寂しそうにしてたもんだからね。是非、友だちに成りたくてさ。弱っているところに悪いけど、声を掛けさせてもらったよ」

 

 

そんな気分じゃない。他を当たってくれ……。

 

 

 構ってやる気にはなれない。

 しかし……。

 あまり粗雑な扱いをしてやるのも可哀想だ。

 申し訳無さから、発言を取り下げて聞く耳を持ってやることにした。

 

 

「おや、話し相手になってくれるんだね。ありがとう」

 

 

礼はいらねえよ。しかし、オレのような負け犬によくもまぁ声を掛けたもんだ。

 

 

「さすがに卑屈が過ぎるよ。君、もう少し笑った方が良いよ」

 

 

笑ってりゃあ、オルステッドの野郎をぶちのめせるんなら、とっくにそうしてるさ。

 

 

「そっか。パウロはあの悪い龍神にこっぴどくやられたんだね。アイツ、ヒドイことするよね、まったくぅ」

 

 

 人神(ヒトガミ)とやらは龍神オルステッドと面識でもあるのだろうか。

 やけに軽々しく、奴のことを語る。

 

 

あんた、龍神を知っているのか?

 

 

「直接会った事は無いよ。でも奴は世界を滅ぼそうとしてる悪い龍神なんだ。知らない方が可笑しいよ」

 

 

世界を滅ぼす……?

 

 

 パウロ自身もオルステッドの悪意を直視し、その片鱗を肌で感じた。

 世界の破壊者である事実に疑いの念は無い。

 それに──人神の言葉には不思議と高い信憑性がある。

 優しく語りかけるその声がパウロの心に浸透してゆく。

 

 

「フィットア領転移事件を招いたのも彼だ。君の家族を奪い、娘のルーディアを拐ったのもね」

 

 

どうしてそのことを……。いや、あんたは神様とやらなんだったな。知ってて当然か。

 

 

「うん、そんなところだよ。オルステッドが世界に仇する悪神だとすると、僕は世界を守る善神って感じだね」

 

 

 神の実在性を疑っていたが、こうして対面してみると認識を改ざるを得ない。

 現実に悪神とやらとは交戦し、善神とも現在、会話の最中。

 齢30を過ぎて世界の深淵に触れてしまったらしい。

 

 

なぁ人神。オレはどうすりゃあいい? オルステッドにまるで歯が立たなかった。ルディも拐われたままだ。

 

 

「答えになってるかは微妙だけど、オルステッドを殺すしかないね。奴を野放しにすれば、ルーディアだけでなく他の家族にまで被害が及んでしまうよ」

 

 

そんな事は分かりきってるっ……! だがオレは弱いっ……!

 

 

 七大列強に名を連ねたこと自体に何ら感情に響くものは無かった。

 その筈なのに自分は無意識下に悦に入っていて、増長から力の研鑽を怠っていたのだろうか。

 三年の内に溜め込み、抑圧された悲愴が噴き出す。

 

 

「それでも君はオルステッドを倒さなきゃダメだよ。家族が大切なんだろう?」

 

 

ああ……。オレの命に代えても守らなきゃならねえ

 

 

 核心をついた一言に声を張り上げる。

 激情がパウロへと渇を入れた。

 

 

「なら僕から助言だ。聞くかい?」

 

 

 悪魔の囁き。

 いいや、人神を称する目の前の彼を悪魔呼ばわりなど無礼であるか。

 心の隙間にヌルりと入り込んでくる者を、パウロは無条件に受け入れつつあった。

 龍神オルステッドとはまるで真逆の性質。

 

 

あんたの言葉に従えば、奴に勝てるのか? オレは再びルディをこの手に抱けるのか──。

 

 

「それは君の頑張り次第だよ。オルステッドは途轍もなく強いからね。ヒントくらいは教えてあげられるけど、アイツの力は未知数だ。僕の目に狂いだって生じる」

 

 

 悪神とは善神の目すらも欺くのか。

 底知れない力に戦慄する。

 

 

「アレをどうにかしようと思ったら、君の命そのものを懸ける必要があるね」

 

 

 含蓄のある言葉。

 それはもしや、死ねとでも言っているのか。

 なるほど、龍神オルステッドをこの世から消し去るには、命の一つでも投げ打つ覚悟が求められるだろう。

 それでも構わない。

 己の命で家族を守りきれるのなら安い賭け金だ。

 

 

命くらいくれてやるさ。オルステッドはオレの娘の尊厳を踏みにじり、辱しめを受けさせた。その首を獲らなきゃ、オレの気も収まらねえし、ルディだって泣き続ける。

 

 

 ルーディアを凌辱した龍神に後悔させてやるのだ。

 討ち取ったところで娘が心に負った傷は生涯を通しても癒えぬだろうが、それでも仇は打たねばならない。

 

 

「あれ? 君、何か勘違いしてないかい。オルステッドは女に欲情しない体だよ。とんだ不能野郎さ」

 

 

なんだって……?

 

 

 その発言が確かなら、ルーディアは純潔を散らされていない?

 自分は思い違いをしていたことになる。

 

 

「まぁでも──オルステッドは女を抱かない代わりに、加虐心が強くてね。暴力的な男さ。女を殴り、蹴り、痛めつけることで快楽を得る倒錯的な奴だよ」

 

 

詳しく教えてくれっ……。

 

 

 誤解の内容はともかく、娘が苦痛に苛まれている状況に変化は無い。

 事によっては肉体的な苦しみは、苛烈さを増しているやもしれぬ。

 

 

「オルステッドがこの世界に出現して約100年。特定の誰かと男女の関係になったとか、そういう話は聞かないね。けれど殺してきた人間の数は星の数に上る。その中には惨殺された者も少なくはないんだ」

 

 

 人神は話を継続する。

 それも深刻そうな声をわざとらしく作って。

 

 オルステッドは殺すと決めた人間相手にどこまでも非情に成れる。

 首を刎ね、四肢を斬り、心臓を穿ち、胴を断ち、眼球を抉り、臓物を引き摺り出す。

 殺しの手段は実に豊富で、いかに痛みを与えるかに重きを置いている。

 

 パウロには心当たりがあった。

 記憶を掘り起こす。

 自身の両腕は奴の手刀で斬られた上に、蹴り飛ばされて五臓六腑を損傷した。

 娘であるルーディアの左腕も生きたまま奪われた。

 その証拠として、見せつけるように娘の腕を放り投げてきたのだ。

 

 おそらくは意識のある中で激痛の伴う拷問の末に、切断したのだろう。

 その気になれば何時でも息の根を絶てるというのに、弄ぶかのように……。

 明かに命を軽んじている。

 

 なるべく死なないように加減し反面、長く苦しむように仕向ける。

 その愉悦に他者を巻き添えにする。

 まさに悪魔の所業だ。

 不愉快で吐き気がする。

 龍神の血は何色か──。

 

 つまり今もルーディアは責め苦に晒されている。

 左腕だけに飽き足らず、右腕も……なんて事も考えられる。

 想像するだけで悲痛に歪む己の顔。

 事は一刻を争う。

 再考する。

 今自分が何をすべきかを。

 

 

教えてくれ。龍神オルステッドを滅ぼす方法を。

 

 

「ようやくその気になったんだね。でもね、オルステッドの行動は実を言うと僕にも読めないんだ。だからこれから話す事は確実性に欠ける」

 

 

それでもいい。勝率を上げられるんならな。

 

 

「よろしい。じゃあ、言うよ」

 

 

 言葉を待つ。

 一言一句、聞き逃すなと自身へと言い聞かせる。

 

 

「龍神オルステッドと相対した時、君は人神の使徒を名乗りなさい。奴の行動を狭める一手となります」

 

 

 その心はなんであろうか。

 

 

「彼は君を殺すことのみ考え、視野狭窄に陥ります。そこに弱点が生まれます」

 

 

 急所を作り出し、衝けというのか。

 

 

「オルステッドは確実に君を殺す。けれど玉砕覚悟の一撃は龍神に手傷を負わせます。奴に消耗を強いて、多くの魔力を失わせる」

 

 

 奴に届くのか?

 死を受け入れた諸刃の剣が──。

 

 

「さすれば龍神は魔力の回復に専念し、表舞台から暫しの時を遠ざかります。君の娘達が天寿を全うするまでの時間を稼げることでしょう」

 

 

 殺すには至らずか。

 しかし、娘達の平穏を己が命を対価に手に入れ、築き上げられる。

 娘達の一生を得られるのだ。

 孫や曾孫世代には申し訳無いが、いま自分の力の及ぶ範囲ではこれ以上は望めまい。

 だが、あわよくばその命を頂戴しよう。

 

 

「運が良ければ殺せるかもしれません。しかし、失う物は大きいことでしょう」

 

 

 思考を読んでいるのだろうか。

 だがお墨付きは貰った。

 1%でも討滅し得るのであれば、その希望に縋ろう。

 

 

「さあ、家族を不幸にする龍神オルステッドを殺す覚悟を、君は出来たかな?」

 

 

問われるまでもねえ。それで家族の不幸を取り除けるんなら、オレは命なんて惜しくねえ。悪魔にだって魂を売ってやるよ。

 

 

「僕は悪魔じゃないけど」

 

 

言葉の綾だ……。とにかくオレはルディを助けてやるんだ。奪われた笑顔だって一緒に取り戻す。

 

 

「良い心意気だ。もし生き残れたら、僕と友だちになっておくれよ」

 

 

その時次第だ。まあ、仮に生きてたんなら礼を言わせてもらうさ。

 

 

「うん、健闘を祈るよ」

 

 

 

 送り出す言葉を受け取って、パウロの夢は覚める。

 目覚めた時には、この夢の記憶も曖昧なものへと転じるだろうが、龍神オルステッドへの殺意だけは忘れない。

 そして意識は夢現から浮上する──。

 

 

──

 

 幽鬼の如き形相のパウロは、尋常な精神ではないと誰しもが黙して察する。

 神を名乗る存在──無形滑稽な信仰心を臆面とせずに語りだした。

 妻ゼニスは敬虔なミリス教徒ではあるが、パウロ自身は別段、信仰する宗教など無かった筈だ。

 

 であれば気狂いの類いか。

 2度も龍神オルステッドに辛酸を舐めさせられた屈辱が、彼に良からぬ心境の変化を与えたに違いない。

 目下の問題は、パウロ・グレイラットの乱心を宥めること。

 オルステッド戦において全軍を纏める将としての役割を担う彼を正さねばならない。

 

 渦中に在る一同、まず誰が口火を切るか──。

 皆が皆、互いの顔を見合わせ合い──。

 結局、パウロの異常に触れる者は現れなかった。

 

 が、遅れること数秒。

 場の空気のなど考慮せず、状況を変え得る者がギルド内へと飛び込んできた。

 外見にして十代後半の黒髪の少年。

 北神三世アレクサンダー・ライバックが、主パウロの目覚めを察知して駆け付けたのだ。

 文字通り、ドタドタと騒音を立てながらの登場。

 その場に立つ全ての人間の視線が吸い寄せられた。

 

 そして注目の一言が発せられる。

 

 

「パウロ様っ! お目覚めですかっ! さぁ、龍神オルステッドの成敗へ共に参りましょう!」

 

 

 病み上がりの男に次なる行動を促すせっかちさ。

 生来よりアレクに備わる猪突猛進な性質が、主に対して急かす言葉を吐かせた。

 

 

「うるせえよ。叫ぶな。頭にガンガンと響きやがる」

 

 

 パウロは正気を取り戻したのか、小言でアレクに返す。

 先程の狂人染みた気迫は何処かへと追いやられた。

 

 

「すまん、皆には心配を掛けちまったな……」

 

 

 謝罪し、自らの力不足を嘆く。

 負傷はほぼ癒えた。

 が、右腕の欠損は変わらず。

 分断された右腕は腐敗停滞の魔力付与品(マジックアイテム)を用いて保管してあるが、上級治癒魔術を扱える人間は不在。

 繋げるのはまだ先になりそうだ。

 龍神オルステッドに挑み、その命があればの話だが。

 

 

「状況を教えてくれ」

 

 

 眠っていた時間はどれほどか。

 その間に起きた出来事などを根掘り葉掘り、周囲の人間へと尋ねる。

 細かい部分については、ボレアス家筆頭執事であるアルフォンスが説明を請け負った。

 全ての状況を把握したパウロは、眉間に拳を当てて思案にふける。

 そして言葉を絞り出す。

 

 

「そうか。ゼニスとノルンはラトレイア家で保護済み。オレの迎え待ちか。サウロスの伯父上、フィリップとヒルダさんも無事。そしてルディの身は──龍神の野郎が」

 

 

 既に龍神本人から身柄を預かっていると知らされている。

 次いで、ロキシーの身柄も今やオルステッドの手に在ると、アルフォンスから聞いた。

 

 

「ロキシーちゃんも拐われた。だが、ギレーヌ達が来てくれたわけだ」

 

 

 他にもエリナリーゼとタルハンド。

 黒狼の牙のメンバーが、ルーディア救出という共通の目的を持って集った。

 

 

「エリス、君も辛かったろう」

 

 

 エリス・ボレアス・グレイラット──。

 話によれば3年もの間、魔大陸から中央大陸まで旅をルーディアと共にしたそうだ。

 片時も離れず姉妹の絆を深めたのだと。

 そう聞いている。

 

 

「いいえ、パウロさん。辛いからといって私は止まらないわ」

 

「大した心掛けだ」

 

 

 心の弱い父親と比較にならぬ程に強い、ルーディアの姉の不屈心。

 見習いたいものだ。

 

 

「パウロさん。私たちも戦うわ。龍神オルステッドを倒してルーディアを取り返すのっ!」

 

「ああ、頼む。正直、最初は勝ち目の薄い戦いだと思っていたが、こうして心強い仲間が集まってる。希望は捨てるもんじゃねえよな」

 

 

 スペルド族の戦士ルイジェルドの戦線への参加も、パウロの気勢を強めた一因となった。

 ルイジェルド・スペルディア──。

 エリスの語りが確かなら、彼は帝級相当の実力を保有する。

 パウロ、ギレーヌ、ガル、アレクに次ぐ武芸者。

 正面から龍神と打ち合えずとも、牽制役に徹して貰えれば頼もしい戦力の一人だ。

 

 

「まずは礼を言わせてくれ、ルイジェルドさん」

 

「言われる礼など俺には無い。最後の最後でお前の娘を──ルーディアを守れなかった。罵倒ならば甘んじて受け入れよう」

 

「馬鹿言うな。娘の恩人を責めるかよ。あんたには感謝してるんだ。スペルド族ってのは本来、あんたみたいに良いやつばかりなんだろうな」

 

 

 過ぎたるは失礼にあたるか。

 褒めちぎる口を閉じ、ルイジェルドに向き合う。

 

 

「力を借りたい。頼めるか?」

 

「無論、手を貸そう。むしろこちらから頭を下げ、共闘を願うところだった」

 

 

 明確な言葉にせずともパウロは理解する。

 ルイジェルドもまた、ルーディアへ肉親のような情を芽生えさせていることに。

 妹かあるいは娘か。

 どちらにせよ、ルーディアはエリスとルイジェルドに大切に想われているのだろう。

 

 

「ハッハー! パウロ、お目覚めとは聞いちゃいたが、やる気は損なってねえようだなッ!」

 

「ガルさん、あんたは随分とやる気みたいだが」

 

「たりめえだ。奴には若造の時分に負けた過去がある。リベンジマッチとやらに、俺様も浮き足だってるらしい」

 

 

 興奮を隠すこともなく、ガルは決戦の時を前にして意気軒昂である。

 触発されてパウロもまた闘志を燃やした。

 

 

「ギレーヌ。今更だが、お前が剣神に成るとは」

 

 

 自身と同じく七大列強に名を刻むかつての戦友へと語り掛ける。

 序列の上では彼女が格上だ。

 

 

「目的あってのことだ。パウロの場合、望まずして列強の地位を獲得したようだな」

 

「アレクの奴がとんだ勘違いを起こして突っかかって来たんだ。お灸を据えてやったら、気付けばオレが列強の一人だ」

 

 

 御大層な肩書きを引っ提げようとも、龍神を相手取るに際して何の役にも立たない。

 先の戦闘で実証済みだ。

 

 

「まだ本調子ではなさそうだな。お前はまず休め」

 

「その善意、素直に受け取っておくぜ」

 

 

 痩せ我慢などして不調のまま決戦に臨むなど阿呆者。

 気を張り続けては身体への負担にしかならない。

 その言葉に甘え、しばしの養生期間とする。

 

 夢に現れた人神の言葉を励みとし、パウロは運命の時に備える──。

 

 

 

 

──ルーディア視点──

 

 久し振りにオルステッドが姿を現した。

 ノックも無しに部屋に入ってきたものだから、意表を突かれた形だ。

 だらけきった姿を目撃される。

 ソファーで腹を出して寝そべっていたのだ。

 ルディちゃんほどの美少女の艶姿が目の前にあるというのに、何ら動じる気配は無し。

 表情筋が凝り固まっているのか。

 鷹のような鋭い眼が、俺の顔を一瞥した。

 

 俺の傍らでは案の定、ロキシーは怯えて震えており、ギュッとしがみついてきた。

 役得である。

 どさくさ紛れに彼女の香りを楽しむ。

 もはや仮面を被らなくなったナナホシの哀訴の視線が刺さる。

 

 そんなことよりもオルステッドだ。

 無口のまま俺とロキシーの戯れを見詰め、区切りがつくのを待っているようだった。

 気を引き締め、彼への対応にあたる。

 

 

「なにか言いたいことでも?」

 

「拠点を移動する」

 

 

 業務連絡といった具合の感情のこもらない言葉。

 まだこの男に付き合わされるらしい。

 ナナホシはもっと長い時間、オルステッドと共に居るらしいが。

 それは彼女自身が望んだ事でもあるので勘定には入れないでおく。

 

 

「フィットア領内に入る。次の拠点が最後だ」

 

「検査はまだ続くのか……」

 

「それはもういい。お前からは十分にデータは取れた。女のお前には少々、辛い思いをさせたかもしれんな」

 

 

 謝っているつもりなのか、喋りの最後は尻すぼみ気味。

 

 

「ならすぐに父さまの所に連れていってくれ。いい加減、私もホームシックになってきた」

 

「時勢を見極めて引き渡す」

 

「そうですか……」

 

 

 感触が悪いな。

 こっちの要望は通らないか。

 

 

「検査の結果だが、やはりお前にはラプラス因子が強く出ている」

 

「ラプラス因子ってなんだ? 以前にもあなたはそう口走っていたよな」 

 

「魔神ラプラスは知っているな」

 

「もちろん」

 

「俺は人神だけでなく、魔神ラプラスも倒さねばならん。ゆえに関連性のある物は全て調べている」

 

 

 オルステッドは知識不足の俺に解説してくれた。

 ナナホシの言うように、面倒見が良いというのは事実だったのか。

 おっといけない。

 こんな些細な事で気を許すな。

 

 さてと、ラプラス因子について。

 どうやら魔神ラプラスはかつて勃発したラプラス戦役の際、絶命の瞬間に転生法とかいう秘術を発動したそうだ。

 自身の魂に合致する肉体を作り出すべく、ラプラス因子なるものを世界中にばらまいた。

 人族や獣族、はたまた魔族といった、いわゆる人間と総称される種族の遺伝子に練り込まれ、世代を重ねる毎にラプラス因子が集束していく。

 

 やがて魔神ラプラスの魂にも耐え得る肉体が転生先として完成する。

 その肉体に魂を移して、晴れて復活を果たすのだ。

 俺の身体にはどうやらそのラプラス因子が多く含まれているらしい。

 

 

「じゃあ、私の子どもが魔神ラプラスの転生体になったり……?」

 

 

 考えたくもない想像を不安から口にする。

 

 

「それはない。魔神ラプラスの転生体はパウロの血筋からは生まれん筈だ」

 

 

 何をもってそう断言するのか。

 龍神の思考回路に疑問を向けつつも、追求はしないでおいた。

 知り過ぎれば消される。

 そんな悪い予感がしたのだ。

 ただひとつだけ質問をしておきたい。

 

 

「私を誘拐してまで調べたかったというのは、ラプラス因子が関係してるってことか?」

 

「そうだ。それが、お前に妙な誤解を与えてまで拐かした理由だ。身辺調査時、お前の高い魔術資質については各所より聞いていたからな。ラプラス因子持ちであることは把握していた」

 

「だったらもう少し説明して貰いたかったよ。私は忘れちゃいないぞ。あなたに殺されかけたのを」

 

「あの時はそうせざるを得なかったのだ。人神の使徒であることには一時目を瞑ったが、お前の底力があれほどまでの物とは思いもよらなかった」

 

 

 理由は判明したが、不服を唱え続けてやる。

 

 

「つまり私がパウロの娘でなく、ラプラス因子の前情報も無ければ殺していたと……」

 

「気持ちの良い話ではないだろうが肯定しよう。基本的に使徒は殺さねばならん」

 

 

 俺の命は紙一重だった。

 

 

「ところで使徒ってのはなんだ」

 

「使徒とは人神の尖兵だ。お前に自覚は無いだろうが、その役目を負わされている」

 

 

 ふむ……。

 はたしてオルステッドの言葉を信用して良いものか。

 人神に相談無しに判断するのも危険だ。

 反対に人神の言葉を鵜呑みにするのも危険だ。

 板挟み状態で迷いが生じる。

 神々の争い。

 自分にとって益となる陣営に付くべきか。

 

 いや、どちらとも縁を切れるものなら切りたい。

 争うのなら俺とは無縁の遠くの地でドンパチやっていただきたい。

 俺は何処かで安住の地を見つけて、そこで家族と平穏に暮らしたいのだ。

 その為にもまずはパウロの下へと帰り、リーリャとアイシャを見つけてからでないと話は始まらないが。

 

 

「人神はいずれお前を裏切る。深入りはするな。その腕輪はお前に譲渡する。人神からの干渉を阻害する効果を持つ。間もなく、外れぬように施した術の効力を失い、腕輪の脱着が可能となるが──決して外すな」

 

 

 鬼気迫る忠告。

 妙に耳へ残り、忘れられるとは思えなかった。

 

 

「話はここまでだ。移動する。速やかに準備を済ませろ」

 

「はい……」

 

 

 言いたいことだけ告げると、彼は背を向けて外へと出た。

 

 

 「というわけです、先生。支度しないといけないので1度、私から離れてください」

 

 

 会話の最中、ずっと俺にべったりだったロキシーを引き剥がす。

 オルステッドへの恐怖を捨てきれないようだ。

 震えるロキシーも愛護欲をそそる。

 頬っぺたにチューしてあげたい。

 

 

「不甲斐ない先生でごめんなさい、ルディ……」

 

「仕方がありませんよ。ナナホシさんや彼の言葉によると、龍神オルステッドには人々に怖がられる呪いが掛けられているようですし」

 

 

 アレを怖がらない俺とナナホシが特別なのだ。

 しょげるロキシーを元気付けるように背中をポンポンと叩いてやる。

 調子を取り戻した彼女は、出発の準備に取り掛かった。

 その横顔を眺め、荒んだ精神の癒しとした。

 

 さて──人神と龍神。

 どちらが正義で、どちらが悪なのか。

 俺にはまだ解らないが、翻弄されっぱなしは御免だ。

 自分の道を確固たる決意で進むとしよう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。