無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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57話 ブエナ村の現状

 またか……。

 またあの感覚だ。

 身体が揺れ動く。

 さながら、ゆりかご気分。

 定期的に訪れる振動によって、意識の覚醒を促される。

 あまり心地好くはないが、それでいて温もりが伝わってくる。

 徐々に認識する。

 大人の男の逞しい背中。

 その背に……。

 胸以外はちっぽけな俺の身体は背負われていた。

 ちっぽけとは言っても背丈そのものは、平均身長に達してはいるが。

 

 文字通り目と鼻の先の至近距離に在る銀髪。

 龍族特有の彩色で、その持ち主は龍神オルステッド。

 毟り取ってやりたい衝動に駆られるが、報復を恐れてここはグッと我慢。

 溜め息をついて周囲の状況を窺う。

 

 すぐ横にナナホシが並んで歩いている。

 顔色が冴えない。

 歩き詰めなのだろう。

 

 傍には愛しのロキシーも居る。

 眠たげに目を細め、足取りは不安定。

 よろめいたりなんかしちゃって、危なっかしい。

 この世界単体での年齢換算では彼女の方が年上ではあるが、つい過保護な目で見てしまう。

 

 さて……思い出す。

 拠点移動に際して、再度転移魔法陣を利用したということを。

 決定的な瞬間や場所は見ていない。

 使徒である俺には詳しい所在地を教えられないとかで、ヌカ族に伝わる催眠魔術で、またもや眠らされていたようだ。

 ロキシーも眠っていたらしいが、俺よりも一足早く目覚めたのか自分の足で歩かされていた。

 寝坊助さんの俺はやむ無く、オルステッドにおんぶされていたというわけだ。

 

 

「目覚めたか」

 

「もう自分で歩けるよ」

 

「そうか──」

 

 

 事務的な短い会話。

 前回のように身をよじって落下なんて痛い思いをしたくはない。

 俺は学んだのだ。

 圧倒的強者を前に、抵抗を強めれば強めるほど泣きを見るって。

 

 いざ自分の足で地面に立ってみると、まだふらつきを覚える。

 眠気あるいは倦怠感が抜け切らない。

 ナナホシに肩を貸してもらい、どうにか歩を進める。

 歩けると強がってみたが、何足る醜態。

 

 

「ナナホシさん達は馬車とか使わないんですか?」

 

 

 この世界での旅における主要な移動手段は馬車だ。 

 しかし俺の知る限り、転移魔法陣を除けば彼女達の移動方法は徒歩のみだ。

 徒歩縛りでもしているのか、もしくは旅費が無いのか。

 なんとも非効率的なことだ。

 

 

「転移魔法陣の設置されている場所に馬車なんて持ち込めないのよ。足場が悪かったり、狭かったりするし。第一、馬がオルステッドを恐れて逃げてしまうもの」

 

 

 シンプルな理由。

 オルステッドも不便な体質なもんだ。

 呪いの影響で馬にすら怖がられ逃げられるとは。

 それでもなお、トータルの移動時間で考えれば、歩きでも大幅な時間短縮にはなるのだろうが。

 

 

「ところで、もう此処はフィットア領だったりします?」

 

 

 見渡す限りの平原。

 元々、アスラ王国は平坦な地形が多く、ところによっては災害以前と以後とで景色に代わり映えが無かったりする。

 一見して現在地の判別などつかない。

 

 

「既にフィットア領内だ」

 

 

 ナナホシへ質問したつもりだったが、オルステッドが回答権を横取りした。

 割と彼は会話好きなのか、こうやって話に参加してくる場面がある。

 思わぬ一面にほっこりする。

 オルステッドの抱える呪いの性質上、独りぼっちの時間はさぞ長かったことだろう。

 ゆえに人恋しいのか。

 顔に見合わず可愛いところがある。

 しかし態度に愛嬌は無い。

 こいつの笑顔とか見たことがないぞ。

 

 

「行き先はお前にとって馴染みの深い場所となる」

 

「え、それってどこ?」

 

「そう急くな。じきにわかる」

 

 

 もったいぶるなぁ……。

 まさかこのままロアの町へ直行というわけでもあるまい。

 と、ここで何も無い場所で躓きかけるロキシー。

 体調不良のようで、歩行にすら難儀している。

 

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

 

 唯一、このパーティーでオルステッドの呪いの影響を受けているロキシー。

 気遣って声掛けをしてやる。

 ぎこちない動きで此方を向いた彼女は、驚くほど真っ青な顔。 

 血色が悪すぎるな……。

 

 原因はやはりオルステッドの発する呪い。

 不可抗力なのは百も承知ながら、オルステッドへと恨めしげに視線を送りつけてやる。

 だが素知らぬ態度で受流された。

 

 

「すこし辛いです……。あれを怖がらないルディは流石としか言い様がありません」

 

「体質の問題ですよ。別に私が先生より優れているわけではありません」

 

 

 ロキシーは人格者で能力も有る。

 俺のような前世の知識に寄り掛かって優位に立っている気の人間など及ぶべくもない。

 人としての格は断然、彼女が上だ。

 

 

「オルステッドさんさぁ……。その呪い、どうにかなんないんですか? 先生が怖がってんじゃないですか」

 

 

 慇懃無礼な調子で愚痴をぶつける。

 字義通り敬語である。

 人に物を頼むときは丁寧な言葉を心掛けるものだ。

 とはいえ不満ゆえにイチャモンをつけてしまった。

 嫌味に取られただろう。

 実際、そうだ。

 機嫌を損ねて殴られたりしないよな……。

 

 

「先天的なものだ。俺とて、これまで多くの手段を試してきたが──改善はみられなかった。もはや手の施しようが無い」

 

 

 こっちの心配を他所に何処吹く風。

 意志疎通に関して彼はニブチンか。

 うん?

 いや、微かだが声に怒気が含まれている。

 オルステッドとは不本意ながら、それなりに長く行動を共にしてきた。

 その為か、彼の心の機微に敏感になってきたような気もする。

 表情の変化に乏しいが、僅かながら言葉に感情が乗っていた。

 

 

「ル、ルディッ! いけませんよ、刺激してはっ! 怒らせでもしたら、八つ裂きにされて食べられちゃいますっ!」

 

 

 スペルド族につきまとう風評被害じゃあるまいし。

 その噂もガセもいいところだが。

 ルイジェルドは良いヤツである。

 

 

「悪かったよ、オルステッドさん。あなたにも色々と事情があるだろうに文句ばかりつけて」

 

 

 敬語の流れを引き継いで、そのままの口調で接する。

 元々俺は、年上相手には敬語が性に合う。

 ロキシーも気が気ではないだろうし。

 生意気な口を利く俺がオルステッドの反感を買わないかを危惧している。

 俺としてもオルステッドの癇に触るのは避けたいところ。

 今後は敬語でいこう。

 取り越し苦労だろうが。

 

 

「この身は遍く生物に嫌悪される。罵詈雑言など聞き慣れたものだ。いちいち気になど留めん」

 

 

 悲しいね。

 同情するわけじゃないが、龍神オルステッドもまたスペルド族同様に悪評に悩まされているらしい。

 ただし彼には実害が伴う。

 現に俺は攻撃されたし、使徒とあれば基本的に殺害が常であると話していた。

 あながち風評と実態に相違無い。

 身から出た錆である。

 

 

「以前にもお尋ねしたと思いますけど、使徒は殺すものと仰っていた割に、どうして私を生かしてくださったんですか?」

 

 

 似たような質問は既に済ませている。

 パウロの娘でラプラス因子持ちである俺に関心を持っていたと彼は答えていたか。

 まぁ、理由を並べた癖に、一度は凶行に及んでるんだけどな。

 そこが信用ならない部分だ。

 

 それは一旦忘れておく。

 要するに俺は安心材料が欲しいのだ。

 彼の下に居て、これ以上、命を脅かされないという保証が。

 理由を明確にせずに、うやむやにするってのも不安が残るというもの。

 

 

「理由は幾つかある。まずはお前がパウロの娘であったこと。単なる人族の娘であれば、配慮などしなかった」

 

 

 パウロの力を見込んで、精力的に勧誘しようとしてたもんな。

 仲間に引き入れる人間の身内を殺しちゃ、お話にならない。

 

 

「次にラプラス因子持ちであったこと。魔神ラプラスに繋がる要素を調べずして始末するのは早計だ。ラプラス討伐の手掛かり、あるいは足掛かりになるかもしれん」

 

 

 誘拐の原因だ。

 お陰でえらい目に遭ったよ。

 エリス達はボコられたし、パウロだって二度も痛めつけられた。

 再起不能でないことを祈ろう。

 なんにせよ、こいつの身勝手で周囲はとんでもない被害を被ったわけだ。

 

 

「ナナホシの言葉も始末を踏み留まった要因として大きい」

 

 

 やはりナナホシの言葉あっての命か。

 彼女には返しきれない大恩ができてしまった。

 

 

「後はお前に利用価値を感じたのだ。これまで出逢ってきた使徒の中では比較的、話の通じる人間だった。人神から遠ざける余地もある」

 

 

 利用価値?

 ふむ……。

 ルディちゃんが可愛いから見逃したってわけではないと。

 

 

「ラプラス因子に由来するその魔術の才覚。捨てるには惜しい逸材だ。可能ならば、俺の仲間として迎え入れたかったが……」

 

 

 過大評価だ。

 俺程度の人間、探せば割かし居るんじゃないか?

 無詠唱魔術であればシルフィにだって使える。

 

 

「しかし──パウロの手前、お前を無理に部下にしようとは思わん。奴の性格からして娘が俺に肩入れすることなど許さんだろう」

 

 

 パウロからすればオルステッドは愛娘を拉致し、左腕を引っこ抜いたサイコパスだ。

 ストックホルム症候群よろしく、俺がオルステッドに靡くなんて事になれば、マジギレするだろう。

 

 

「まぁ、わかりますよ。私の父は思い込みの激しい人間ですからね。何かあると勘繰る事でしょう」

 

 

 きっと対話すらままならない。

 オルステッドにその気がなくとも、争いへ発展するなんてことも想像に難くない。

 

 

「重ねて言うが人神を信用するな。奴の甘言に唆され、破滅した人間を多く見てきた」

 

 

 絶えず続く人神へのネガティブキャンペーン。

 ひとまず頷いておく。

 否定すれば肯定するまで、しつこく言い聞かせてきそうだし。

 

 

「了解です。人神の言葉には耳を貸しません」

 

「本当に理解しているのか? その場しのぎの返答ではあるまいな」

 

「う……」

 

「もしお前が忠告を聞かず、俺との敵対の道を選ぶというのなら、次は容赦せん」

 

「分かってますってば」

 

「どうだかな──」

 

 

 鋭いな……。

 それはともかく──。

 ひとつ懸念がある。

 俺は使徒であってもお目こぼしいただいたが、パウロの場合はどうだろうかと。

 

 

「もしもの話ですけど、ウチの父が使徒だったらどうします?」

 

「その線も有るか、ふむ──。これまで奴が使徒だった事実は無いが、お前という例がある。予期せぬ事態も想定しておくべきか」

 

 

 これまで──とは、どの期間を指してのことか。 

 彼は考え込み、しばしの沈黙。

 瞑目を終え、口を開いた。

 

 

「やはり殺すだろうな。あの男の聞き分けの無さを知った今、仮に人神と繋がりがあったとして、その上で縁を切れなどと説得する気にもなれん。徒労に終わり、殊更に事態を拗らせるのがオチだ」

 

 

 聞き捨てならない発言だ。

 仮定の話とはいえ、殺すと言い切ったのだ。

 短い付き合いの中で、浅い部分ではあるが彼の人となりは理解したつもりだ。

 おそらく、その言葉に嘘偽りは無い。

 殺ると言ったら確実に殺るのだろう。

 万が一にもそんなシチュエーションに成らないように注意を向けよう。

 オルステッドにとって使徒とはNGワード。

 パウロの奴が自分から使徒だとか言い出さないようにしっかりと見張るのだ。

 

 

「だが例え使徒であろうとも、俺に直接的に不利益を与えない限りは処分は見送ろう。人神は俺とは無関係の場所であっても、手駒とした人間を陥れ弄ぶ。己の欲を満たし、悦楽に浸る癖があるのだ。であればパウロの出方次第だ」

 

 

 あら、意外と寛容?

 よし、パパと対面したらよく言い含めておこう。

 てか、人神ってばボロクソに言われている。

 アイツがまともな性格でないのは分かりきってるが、それにしても酷い言われようだ。

 

 パウロの身を案じつつ、徒歩での移動に専念する。

 転移魔法陣の設置場所からどれ程移動したかは知らないが、オルステッドが言うには今日中には到着するそうだ。

 焦らず、遅れがちなロキシーの手を引きながら俺たちは進む。

 

 

──

 目的地には夕方頃に到着した。

 気温は下がり、やや肌寒い。

 身震いをすると、ロキシーが手を握って温めてくれた。

 ありがたや……。

 さて──。

 目の前の光景に意識を向ける。

 

 荒廃した土地。

 かつてそこに存在していた筈の一面に広がる麦畑は消失していた。

 心安らぐ長閑な風景など見る影もない。

 俺の記憶にある故郷とは似ても似つかない景色。

 何一つ一致するものがない。

 そこで過ごした記憶とは、果たして幻だったのか……。

 

 視界には草原しか存在しない。

 いや、僅かばかりの家屋が建てられている。

 ただ、やはり人気は少ない。

 

 地形そのものは思い出のそれと同一だが──。

 ただそれだけだ……。

 木も花も無い。

 雑草だけがこの土地に根付いている。

 

 俺の故郷──ブエナ村には……。

 何も残っちゃいなかった。

 人々の営みも、子ども達の笑顔や笑う声も何もかもが。

 

 

「嘘だろ……」

 

 

 誰に言ったわけでもない。

 独り言を漏らす気もなかった。

 ただ呆然とし、つい口を突いて出てしまった。

 脚から力が抜け、尻を地面につく。

 こうなっているであろうことは予想はついていた。

 悪い予感は的中していた。

 覚悟はしていたが……。

 

 それにしたってこの仕打ちは……あんまりじゃないか。

 見たくもない現実を前に、吐き気さえ起こる。

 すんでのところで嘔吐を留め、じわりと浮かぶ涙に視界が霞む。

 

 ちくしょうっ……。

 どれだけの時間を掛けて旅をしてきたと思ってやがる。

 帰る為の旅の果てにこんな結末が用意されているとは。

 骨折り損じゃないか。

 こんな残酷で鬱展開な誰も得しない脚本を書いた奴をとっちめてやりたい。

 

 だが……。

 誰かのせいじゃない。

 強いて言えば運命の悪戯か。

 俺たち人間は世界に翻弄されたのだ。

 

 

「わたしは3年前にこの土地を訪れています。これでも復興は進んでいる方だと思いますよ」

 

 

 俺の背中に手を置いて、ロキシーは弱々しい声で語る。

 曰く、3年前は建物ひとつ無く、草原にポツンと難民キャンプが設営されているだけだったと。

 たしかに目に映る範囲では、小規模ながら集落が形成されている。

 幾らかの復興民が定住しているのだろう。

 ロキシーの話は本当だろうさ。

 

 けれど最盛期は数百人は暮らしていたブエナ村の姿には遠く及ばない。

 これをひとつの村と呼ぶには物寂しすぎる。

 活気なんて感じられん。

 

 オルステッドも粋な計らいをしてくれる。

 壊滅的な被害を受け、まっさらとなった故郷へ送り届けてくれるとは。

 いや、責める相手が違う。

 これじゃあ、ただの責任転嫁だ。

 でも……堪らなく悲しく、耐えられぬ怒りが芽生えた。

 言葉が詰まる。

 喉が締め付けられ、か細い呼吸がしばらくの間、続いた。

 

 

「オルステッドさん。しつこいようですが、本当にあなたは転移災害に関与していないんですね?」

 

「ああ。俺は人神のように他者の不幸を笑わない」

 

 

 ここでも人神の名前が飛び出した。

 よほど憎いらしい。

 

 

「私の実家の在った場所へ向かいたいのですが、構いませんよね」

 

「好きにしろ」

 

 

 許可を得て水先案内人となり、村の中を歩く。

 とは言ってもオルステッドの監視の目が強い。

 別に無理に逃げ出そうとは思わない。

 

 数分ほどでグレイラット邸跡地へと辿り着く。

 ものの見事に綺麗サッパリ空白の土地。

 ゼニスが大切にしていた庭木なんて跡形も無し。

 知ればさぞ悲しむだろう。

 空き地となったな生家。

 ここで過ごした7年間の日々が甦る。

 

 ブエナ村の駐在騎士パウロ・グレイラットの第一子にして長女として生まれたルーディア()

 母ゼニスの容姿をそのままに受け継いだ可憐な女の子。

 少々、横着なきらいがある子どもだったが、家族と共に慎ましく暮らしていた。

 

 ロキシーを師として仰ぎ、シルフィを弟子として可愛がり、刻まれた年月の分だけ思い入れを強めた。

 パウロの武勇伝に夢中になり、ゼニスに女の子としてのイロハを学んだ。

 リーリャには日頃から身の回りの世話を見てもらい、時には貴族の子女としての振る舞いを教わった。

 まぁ、下級貴族で名ばかりのお嬢様だったが。

 

 まだおしめも取れぬ赤子の妹たちを代り番こに抱っこしてやった。

 ノルンとアイシャ。

 乳飲み子にして性格の違いが如実に表れていたと、思い出す。

 ノルンは頻繁に泣き、アイシャはよく笑う赤ちゃんだったな。

 

 ノルンとはミリスで、アイシャとは俺の10歳の誕生日会以来とご無沙汰。

 2人とも元気にしているだろうか。

 

 

「ああ……。ここで父さま達と幸せに暮らしていたのにな。もう何にも無いや……」

 

 

 裕福とは言えなかったが、それでも幸福感に包まれてた。

 失ったものの重さを現地に足を運んで実感する。

 パウロは既にここの土を踏んだのか。

 アイツにも結構、女々しい部分がある。

 たぶんここに来ている筈だ。

 

 

「この辺りでしたよね。先生が私のスカートを捲ったって、母さまに誤解されてしまったのは」

 

「嫌なことを思い出させないでください……」

 

 

 風に捲られた俺のスカートを直そうとした瞬間をゼニスに目撃されてしまったのだ。

 ロキシーにとって苦い思い出を蒸し返してしまう。

 でも許してくれるだろう。

 苦かろうと月日を経て甘味を帯びてきた頃だ。

 

 敷地内を歩き回る。

 家族団欒の空間である居間。

 両親が毎夜のように子作りに励んでい寝室。

 もう一人の母として慕った侍女リーリャの私室。

 ロキシーにあてがわれ、深夜の特別授業をしてくれた客室。

 俺に与えられ、魔術の鍛練を積んだ子供部屋。

 

 全て懐かしいが、その痕跡は転移災害によって吹き飛んだ。

 不幸なのは俺だけではない。

 多くの人から思い出と、家族を奪い去った。

 

 

「先生が居てくれて良かった。独りだったらきっと耐えきれませんでした」

 

 

 エリス達が傍に居ても同じ台詞を吐いていた。

 けれどロキシーはブエナ村で過ごした記憶を共有出来る貴重な人間だ。

 感じるものも変化してくるだろう。

 

 

「ルディにはまだ家族が居ます。思い出はこれからも作れますよ」

 

「ですね……」

 

 

 少なくともパウロ、ゼニス、ノルンは無事だ。

 パウロに関してはオルステッドに大怪我を負わされたものの、命に別状は無いそうだ。

 みんな揃えば、その先に新しい生活が待っている。

 希望は捨てるな。

 後ろばかりに気を取られて、前を見ないようでは明日へも進めまい。

 

 

「気は済んだか?」

 

 

 空気を読まない龍神の言葉。

 さりとて苛立ちはしない。

 それがオルステッドと性格だと理解しているから。

 

 

「もう少しそっとしてあげましょうよ」

 

 

 しかし、ナナホシが注意する。

 短く唸り、それから気まずそうにするオルステッド。

 感情豊かだな。

 単なる冷血漢というわけではなさそうだ。

 相容れるとは思えんけど。

 

 

「ここに拠点があるのですか?」

 

「そうだ。復興に乗じて小屋をひとつ拠点として借り上げている」

 

 

 ロアの町に程近い位置にあるブエナ村。

 馬車で5~6時間ほどの距離。

 パウロよ……。

 あんた龍神にナメられてるぜ。

 陣地にほど近い場所に拠点を築かれるなんてな。

 

 

「お前達はしばらくブエナ村に滞在していろ。俺は文をパウロ宛に出す。前回の反省を踏まえ、手紙でのやり取りを行う」

 

 

 お、考えたな。

 対人能力が壊滅的なオルステッドに打ってつけのやり方だ。

 顔を合わせれば何が起きるのか分からないし。

 

 

「奴にはルーディアの左腕を預けている。受け渡し時に持参するように伝えんとな。パウロの腕も治療するつもりだ」

 

 

 ボソっと彼は言う。

 彼はとある事情により魔力を節約している。

 四肢欠損の治療にあたっては王級治癒魔術が必要。

 オルステッドは王級治癒魔術を修めているが、いかんせん消費魔力が多大。

 

 けど、切断された腕を断面に合わせて繋げるだけであれば、上級治癒魔術でも事足りる。

 律儀な事に以前、口頭で約束していた通りに腕を治療してくれるそうだ。

 そこまでしてくれなくとも、魔術の封印を解いてもらえれば自力で治せるけどね。

 

 

「ナナホシ。残り日数はそう無い。別れの挨拶をしたければ済ませておけ」

 

「ええ。早いものね。1ヶ月くらいかしら。ルーディアと過ごしたのは」

 

 

 時々、誘拐されている事実が頭から抜け落ちるくらいには、ナナホシとの生活は穏やかなものだった。

 

 

「残りの時間は後悔の無いように過ごしましょう」

 

 

 デッドエンドから離脱してからの極短い時間。

 それでも俺とナナホシは故郷を同じとし、母国語を共通とする事から、深い関係となった。

 単なる友人では収まらない秘密を共有している。

 

 ここで別れるにしても、やり残した事が多い気もする。

 ナナホシはラノア魔法大学へ入学すると話していたな。

 その気になれば会いに行ける。

 そこまで深刻に捉えなくともいいのかもしれない。

 

 それはそれとしてだ。

 出逢いの経緯はともあれ、彼女には良くしてもらった。

 険悪ムード漂うオルステッドとの間に入ってくれて、折衝役を買って出てくれたのだ。

 もし俺とオルステッドの1対1のやり取りだったら、こうもスムーズに事は進まなかっただろう。

 

 感謝を忘れない。

 そして惜別の感情が起こる。

 ゆえに心残りの無いよう、残りの時間を過ごそう。

 

 

「拠点へ案内する。ついてこい」

 

 

 グレイラット邸跡地より移動。

 オルステッドの先導で列を成して拠点を目指す。

 開拓村の入り口付近のこぢんまりとした小屋が、我らの新居だ。

 外観的にはログハウスといった感じだ。

 滞在期間は僅かだが、寛がせてもらおう。

 

 

「では俺は行く。文の内容を熟考しなければな。要らぬ誤解を与えては、今後の活動に支障をきたす」

 

 

 パウロに対していかに曲解させないか。

 誤解から生まれる闘争の防止策として、彼は手紙を連絡手段に選んだ。

 ただ、念を押しておきたい。

 

 

「父さまには、きちんと私の身が無事であることを知らせてくださいよ」

 

「わかっている」

 

 

 ホントかなぁ?

 ケチョンケチョンにした相手に文面越しとはいえ、すんなりと話が通るものだろうか。

 有りもしない裏を探られて、勘違いコントが繰り広げられそうだ。

 これまでのパウロとオルステッドのやり取りが概ねそんな具合。

 

 早々に退散したオルステッドの後ろ姿を見送り、ログハウスへと入る。

 木の香りが漂い、自然と同化したかのような気分。

 簡素なベッドが2つ。

 俺らは3人なので一つ足りない。

 

 

「先生。寝る時は同じベッドにしましょうね」

 

「考える事は同じですね。わたしもそのつもりでした」

 

 

 以心伝心。

 師弟愛の織り成す奇跡。

 なんて風に大仰な言葉で飾ってはみたが、言葉にすると同じ寝具で共寝するに過ぎない。

 

 

「下心はありませんからね?」

 

 

 予防線を張っておく。

 後から詰められたくはない。

 

 

「下心? ルディは何を考えているのですか……。男女の同衾というわけでもないでしょうに」

 

「あはは……。女の子同士ですもんね、私たち。何もいかがわしいことなんて起きませんよね」

 

 

 ごめん、ロキシー。

 ちょっぴりエッチな展開を期待してました。

 寝ている内に寝相の悪さを装って、胸にタッチくらいは企てていた。

 性的興奮はしないにしても、敬愛する師匠の発育度合いを確認しておきたいのだ。

 ミグルド族基準で成人済みの彼女に成長の兆しなど無さそうではあるが。

 俺の自己満足だ。

 

 

「あなた達、仲がいいのね。女の子同士でその様子だと、そっちの気があるのだと疑っちゃうわ」

 

「私は普通に女性が恋愛対象ですけどね」

 

「あ……。そう」

 

 

 しまった。

 ナナホシは現代日本の価値観の持ち主。

 俺の性嗜好はやや特殊な部類だと判断されたか。

 彼女も人様の地雷を践んでしまったかのように、自身のやらかしを反省している。

 

 

「一応言っておくけれど、あなた達はオルステッドに人質にされているのよ。緊張感を持っていないのかしら……」

 

「そういえばそうでしたね。ロキシー先生が居るので失念していました」

 

 

 ご指摘はごもっとも。

 懐かしきブエナ村といえど、俺とロキシーからすればオルステッドの掌中に在る敵地。

 アウェーの中で緩い空気を出し過ぎだ。

 

 

「こほんっ。そうですよ、ルディ。気の緩みは敵につけ入る隙を与えます。どこにオルステッドの目が有るのかわかりません」

 

 

 ガミガミと説教をするロキシー。

 図星だ。

 パウロと合流し、エリス達の無事を確認するまでは油断ならない状況。

 どうも俺は人として抜けている。

 脇が甘く、窮地に陥りやすい。

 

 

「反省します、先生」

 

「あなたは聡い子です。わたしが叱るまでもありませんでしたね」

 

 

 素直な弟子に甘くなってしまうのか、俺の頭に手を乗せて撫で回してきた。

 既に身長は同じくらいなので、もはや外見上、ロキシーからは大人という印象は受けない。

 けど敬いの気持ちは片時も手放さない。

 

 次第に俺とロキシーはベッドの脇に腰を据え、身体を密着させる。

 どちらともなくそうした。

 互いに弱った心を温め合っているかのようだ。

 こうしていると不安が和らぐ。

 

 心が結びつき苦悩を分かち合えるのだ。

 男女の間柄ではないので身体を重ねて傷を舐め合うなんていう慰め方は出来ない。

 でもこれはこれで心に安寧をもらした。

 

 やがて静寂が生まれ、ナナホシも俺たちに倣って沈黙。

 早めの夕食をとり、お湯で濡らしたタオルで全身をくまなく拭いて清潔にした。

 

 ロキシーの裸体──。

 至高の美を拝ませてもらった。

 腰にくびれのない幼児体型。

 胸の膨らみはなだらかな丸みを形成している。

 色気の無さが逆に、光るものを見出ださせた。

 永遠の青い果実。

 未成熟だからこそ、美しい物もある。

 背徳的な気持ちにさせる禁忌に触れてしまいそうだ。

 

 対照的に俺の身体は女性的な体つきへと成長していた。

 まだ成人に至る過渡期だが、現時点でも傾国の美女として権力者を誑し込める粋の艶々とした肉体。

 若さゆえか肌は瑞々しく、今後ますます美に磨きが掛かることが予想される。

 

 ナナホシの裸身はというと──。

 胸のサイズは普通。

 プクッと膨らみ、つつけば適度な反発力を見せてくれるだろう。

 くびれもあるっちゃある。

 俺やロキシー、エリスのような浮世絵離れした美少女ってわけじゃない。

 

 しかし頑張れば手の届きそうな美少女。

 身近な存在の可愛い女の子の裸がすぐ傍にあるという現状。

 現実に起こり得るチュエーション。

 以前の俺ならば胸を熱くし、穴が空くほど凝視していただろうな。

 

 でも今や俺は女だ。

 同性の身体に欲情などしないし、恩人であり友人でもあるナナホシを邪やな目では見られない。

 俺がイヤらしい目で視姦するのはエリスとロキシーだけだ。

 そこらの不節操な男とは一味違う。

 

 我が振りから目を逸らしつつ、就寝の時間となった。

 勿論、ロキシーと同じベッドに入り、その温もりを満喫する。

 明日への不安を抱えつつも、抱擁されながら安らかに眠りへとついた。 

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