無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

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58話 父親(パウロ)との再会

──ロアの町外縁部──

 

 斬るが為に振るわれし刀剣、立ちはだかりし敵を叩き潰さんとする闘気。

 それら二つを併せ持つ剣士が二人。

 張り詰めた空気の中でエリスは牙を研ぐ。

 

 対峙するは──剣聖ニナ・ファリオン。

 先代剣神ガル・ファリオンの実子。

 年はエリスより一つ上の16歳。

 若くして剣聖の位階を授かり、将来を有望視される才能に満ちた剣士。

 

 エリスは自身とニナを比較する。

 剣を握った年数で劣る。

 技量に劣る。

 速度でも劣る。

  

 一つとして上回る要素は無く、また誇れる物も無いのだと気付く。

 特記事項といえば、アスラ王国における大貴族の血筋であることか。

 尤も、貴族の血統など強さに結び付きはしないが。

 妬みが燻る。

 醜い感情だ。

 自身への憤りが募る。

 

 ギレーヌの直弟子として、かつて剣術を学んだ。

 手に取った剣の重みは年々増すばかり。

 守る為の力。

 強くなることを是とし、故郷へ至る旅の中で数多の実戦経験を積んだものだ。

 しかしながら、ルーディアを守護せんとして振るう剣に対して、その身に実力が伴っていない。

 剣を振るうどころか、振り回されている。

 弱さを深く痛感する。

 

 先に発生した龍神オルステッド戦。

 そこで己の脆弱性を露呈させてしまった。

 認めたくない事実。

 けれど否定しようの無い惨状が頭を離れず、荒療治のようにエリスへ現実を飲み込ませた。

 弱き自分を改め、再出発の時とする。

 全てはルーディアを取り戻さんが為。

 

 まずは鍛える。

 初心に立ち返り、欠けていた部分を埋める。

 龍神オルステッドとの決戦までに不足を補うのだ。

 ルイジェルドやパウロの領域に一朝一夕で肩を並べようなどと傲慢な考えなどしまい。

 驕りこそ大敵だ。

 

 よって心機一転、修練に励む。

 その第一歩としてニナへと模擬戦闘を申し込んだ。

 試合の序幕。

 肺に空気を取り込み、精神を統一する。

 

 握る得物は真剣。

 白刃を当てれば皮膚や肉を断つ。

 エリスは本気だ。

 覚悟の度合いが現れている。

 相対者たるニナにも同様の心意にてお相手を願っている。

 

 単なる手合わせと侮ることなかれ。

 斬り合えば刃傷沙汰も必至。

 事前に了知したこと。

 ゆえに躊躇わない。

 迷いは後れを生む。

 

 真っ直ぐにニナの動きを注視し、感覚を研ぎ澄ませた。

 両者共に動きは無い。

 エリスは待つことを苦手とする。

 よって痺れを切らし、先攻へと打って出る。

 剣神流の型に沿った挙動。

 龍神との戦闘を経て未熟を自覚したエリスのそれは、敗北を糧に奮起し、急速に精度を増した。

 電光石火の勢いを発揮する。

 

 が、ニナは反応してみせた。

 先攻こそエリスに譲ったが、切り返すように抜き打ちの一撃にて迎撃に挑んだ。

 

 怯まぬエリス。

 既に奔らせた剣を迎え撃つ刀身へ強引に攻め込ませた。

 一合、二合と衝突を繰り返す。

 都度、火花を散らし熾烈を強める。

 力の強弱を織り混ぜた攻防。

 攻めて、防いで、避けて──。

 決着はつかない。

 膠着状態となる。

 

 双方、攻撃の手を緩めぬ。

 実力は伯仲。

 加熱化の一途をたどる。

 手数は増加し、平等に疲労を蓄積させていった。

 

 周囲にはいつからか人集りが出来上がっていた。

 見物人は新旧剣神ガルとギレーヌ。

 スペルド族の老練の戦士ルイジェルドもまた、弟子であるエリスを見守っていた。

 龍滅パウロ及び北神三世アレクサンダーも、少女たちの行く末を見届ける。

 捜索団の団員ら。

 彼らもこぞって一目見ようと足を運び、群衆となっていた。

 エリスとニナは外野の存在など意識に入れず、剣戟を交える相手のみを視界に定めていた。

 

 強襲するエリス。

 俊敏に対応するニナ。

 拮抗状態が続く。

 速度ではニナが上回る。

 さりとてエリスも負けずと剣の勢いを激化させる。

 スタミナ切れなど考慮しない猛攻は、着実にニナから体力と気力を削り取っていた。

 

 勝てる──。

 そう踏んだエリスは更なる大攻勢へと移行する。

 

 第一段階、彼我の距離を確保する。

 闘気によって増強した脚力を以て後方へと下がる。

 追撃は当然ながらあった。

 されど、咄嗟の闘気。

 その爆発力が振り切る。

 

 第二段階、姿勢の変化。

 体位を低め、視線は真っ直ぐに。

 瞳に捉えた標的は剣聖ニナ・ファリオン──。

 

 

 第三段階、意識が技の起こりの時を窺う。

 来る瞬間。

 脳天から爪先まで、全身の感覚を一点に集める。

 

 最終段階──。

 エリスは光の太刀を繰り出した。

 肉薄する。

 ニナの認識を突破した。

 

 速い。

 そして鋭い。

 全てが加速し、超速にて奥義を発動。

 景色を置き去りにしたエリスは光速の刃を叩き込んだ。

 必中にして必殺。

 エリスの頭から模擬戦闘という認識は失われていた。

 容赦の無い太刀が流れるようにニナの首を目掛けて飛ぶ。

 

 獲った──!

 エリスは確信した。

 

 だが、そうはならなかった。

 ニナは応戦せしめたのだ。

 奥義・光返し──。

 

 既に放たれた筈の光の太刀へ後出しにも関わらず、追い上げてみせた。

 通常、光返しは最高速度に達する以前の刃を握る手。

 その手首を斬り落とすことで技の発動を阻止する。

 しかしニナはその条理を覆してのけた。

 剣先も躯体の全てを含めて、既に最高速度に達していたエリスへと対応する。

 

 驚愕に目を見開くエリス。

 手首には冷たい鉄の感触。

 表皮がプツリと裂ける。

 続く一瞬の内に切断が成ることだろう。

 目に浮かぶ。

 

 間に合わない。

 敗色に歯噛みする。

 やがてエリスの手首は──。

 ──喪失しなかった。

 

 

「どうして……」

 

 

 何故。

 疑問が発露する。

 視線を問い詰めるようにニナへと向けた。

 彼女の剣は寸止めに留まっていた。

 速度の乗った技の中断。

 生半可な熟度では成し得ぬ技能。

 才覚有る乙女。

 前評判自体は耳にしていた。

 

 手心を加えられたのだと理解する。

 己の技量も未熟だった。

 ゆえに逆転を許し、黒星をつけられたのだろう。

 弱さは罪だ。

 罪深き非才の我が身へ呪詛を唱えかねない。

 

 

「そこまでっ──」

 

 

 立ち会いの終了を告げるギレーヌの一声。 

 形式張った戦いではなかったが、剣神の管理下に置かれていたらしい。

 好き勝手やった挙げ句に、敗けを明確にされたかのような心地。

 尊敬するギレーヌの前で大恥を掻いた。

 合わせる顔も無く伏し目となる。

 とはいえ、礼儀を尽くさねば。

 鍛練の相手を担ってくれたニナへ一礼する。

 

 

「エリス、敗けはしたが強くなったな。見事な光の太刀だった」

 

「いいえ……。ニナにああも、あっさりと返されてしまったのよ。私、少しも成長してないんだわ」

 

「そう腐るな。ヤツは直弟子でこそないが数度だけ、あたし直々に稽古をつけてやった。下地も出来ていたし成長も早い。その分だけ技量でエリスをリードしているだけだ」

 

 

 宥めるギレーヌの言葉。

 エリスに忖度しているわけでないことは頭では解っている。

 状況が状況だけに余計に憐れさが際立ち、心の傷を抉る形となってしまったが。

 とはいえだ。

 隣の芝生は青く映るものだ。

 

 

「エリス。お前には才能がある。あたしが保証しよう」

 

「才能? どうかしらね」

 

「少なくとも基礎は仕上がっている。あとは伸ばすだけだ。その方向性をあたしが示してやってもいい」

 

 

 弱気になる。

 挫けるわけにはいかない。

 そう決意した筈なのにだ。

 この有り様ではルーディアを救うなど夢物語。

 

 

「一度の敗北で決めつけるな。あたしだって何度も敗けてきた。たとえばそこの師匠(ガル)にな」

 

 

 ギレーヌの視線の先にはガル・ファリオン。

 エリスの顔を一瞥すると、何やら納得した仕草で頷いている。

 今の一瞬で何を読み取ったというのか。

 

 

「しかし師匠から剣神の称号を勝ち取ったぞ。今回の件で学べ。お前はこれからもっと強くなる。断言しよう」

 

「ありがと……。励ましてくれて」

 

 

 ギレーヌの目に狂いは無いのだろう。

 彼女はお為ごかしなど吐かない。

 それに──ルイジェルドもエリスに才能があると話していた。

 旅の途中でそう漏らしていたのだ。

 卑屈になってマイナス方向へ意固地になるのも傍目からは腹の立つばかりの愚者であろうか。

 ウジウジとしていた自分の頬を手の平で打つ。

 顔を上げると淀んだ視界が良好となった。

 

 

「エリス、お前に剣聖の認可を与える」

 

「いいの?」

 

 

 剣神の口より剣聖の位階の授与を告げられる。

 剣聖を名乗る資格とは光の太刀の習得。

 条件は満たしている。

 

 

「剣神としての決定だ。拒否しても撤回はしない」

 

「天下の剣神様にそうも言われたら返す言葉もないわね」

 

 

 嬉しくはあった。

 あのギレーヌに認められたのだから、喜ばないわけがない。

 弟子入りしてよりずっと背を追い続けていた彼女に成長を評価されたのだ。

 

 

「あなた中々やるのね。剣の聖地じゃ、同年代であそこまで腕の立つ子は居なかったわよ。張り合いがあったわ」

 

 

 ニナが微笑を浮かべ、話を掛けてきた。

 好意的な態度。

 自分のような粗野な女に歩み寄ろうというのか。

 あるいは剣士の性なのか、交わした剣からエリスの本質を感じ取り、親交を深めようと思い立ったのか。

 ありがたいことだ、その厚意を受け入れよう。

 

 

「正直言って──。あなたに負けたことは悔しいけど、私には良い薬になったかもしれない。ずっと焦っていたもの。龍神オルステッドに完敗して以来、何もかもに」

 

 

 揺れる心は鎮まった。

 鼻っ柱を折られ、かえって冷静になれたのだ。

 今一度、昔日の自分に立ち返る。

 

 

「エリス。私ね、嫉妬してるのよ。ガル・ファリオン(お父さん)を負かしたあの剣神(ギレーヌ)様から目を掛けてもらって。その上、才能を認められてるだなんて」

 

「あなたこそガル・ファリオンの実子でしょ。見事な剣裁きに見惚れたわ」

 

 

 リップサービスも含まれていたが、その実力には素直に脱帽した。

 親の七光りなどと思うものか。

 親子だからといって優遇はされず、直弟子でもなかったそうだ。

 仮に多少の手解きがあったとて、それだけで養われた腕ではあるまい。

 ニナの剣の妙手がそれを証明している。

 彼女の剣技は長年の努力に裏打ちされた賜物。

 見誤るほど目に曇りはない。

 

 

「私たち、良いライバルになれると思わない?」

 

 

 充実感に顔を綻ばせるニナがそんな事を言う。

 ライバル──。

 身近で年の近い子といえばルーディアくらいだった。

 剣士と魔術師という職の違いから、土俵は違い競争心はさほど無かった。

 ゆえにその発言は胸に響く。

 ライバルとはエリスにとって新鮮な関係性だ。

 

 

「ニナ・ファリオン──。次は私が勝つから。尻尾を巻いて逃げるんじゃないわよ」

 

「その挑発、乗ってあげるわ。私は負けない。エリス・ボレアス・グレイラット──」

 

 

 視線が交錯し、自然と握手を交わしていた。

 不思議と今のエリスは穏やかな気持ちだ。

 もののついでに、助力を要請する。

 

 

「ねえ、ルーディアを助けるのを手伝ってくれる? あの龍神オルステッドと闘う事になるけれど」

 

 

 死地への誘い。

 ニナに受ける義理は無い。

 

 

「ルーディアって子は、エリスの義理の妹なのよね」

 

「そうよ。スッゴく可愛くって、スッゴく頼りになって、少しエッチなところがあるけど、私の大切な妹よ」

 

 

 自慢の妹だ。

 祖父や両親には悪いが、肉親以上に愛しているかもしれない。

 最近では、顔を思い浮かべるだけで胸の鼓動が速まる。

 悲劇的な別れが、その感情を強めたのだろうか。

 

 

「加勢ならするわ。元よりそのつもり。打倒オルステッドを掲げる剣神様にお供してきたんだもの。それに……。かつてお父さんを負かした龍神には思うところがあるわ」

 

 

 ニナの父ガルは若かりし頃に龍神に挑み、指一本触れることなく負けた。

 実力の一端も引き出せずに。

 完敗どころではない。

 勝負として成立し得ぬ程に一方的な展開。

 切なげに過去を語る父親の表情を受けて、ニナは密かに復讐に燃えていた。

 

 

「目的は一緒というわけね」

 

「そうよ。私とエリスと龍神の鼻を明かしてあげましょう」

 

 

 ニナの心強い言葉に、エリスもニンマリと笑顔を浮かべる。

 ライバルの出現とは、仲間の誕生をも意味する。

 

 

「よろしく、ニナ」

 

「ええ。こちらこそ、よろしく。エリス」

 

 

 その日、2人は生涯の友と出逢った。

 

 

──

 

 エリスとニナという次世代の新鋭を目の当たりにしたパウロ・グレイラットは、現状に胡座を掻いていられないと自らを叱責する。

 

 とりわけエリスには現時点で、有史に名を刻む傑物に至るであろう器を──。

 その片鱗を垣間見た。

 彼女は確実に大成する。

 何ならばパウロ自身が修行をつけてやっても構わないとさえ思えてきた。 

 

 模擬戦闘では敗北こそ喫したが、先々に視野を広げれば、いずれは自身すらも超え得る剣豪となるだろう。

 そう予感した。

 エリスとニナは抜きつ抜かれつの良き関係を築き、今後ますますその力を伸ばす。

 そんな光景がありありと浮かぶ。

 

 パウロとて、ひとかどの剣士。

 後進にそう易々と追い越されては立つ瀬がない。

 七大列強の地位が無意味であることは、先日痛感したばかりだ。

 なればこそ向上心を持ち邁進あるのみ。

 間借りする冒険者ギルドへの帰り道中、気を逸らせ続ける。

 

 出迎える人物が一人。

 ボレアス家筆頭執事アルフォンスだ。

 並々ならぬ表情で待ち構えていた。

 事件性を疑い、彼に尋ねてみる。

 すると……。

 

 

「パウロ殿──。龍神オルステッドより送られた手紙を預かっております。先ほど、速達で届けられました」

 

「なに……?」

 

 

 差し出された手紙を受け取る。

 龍神の紋章が描かれていた。

 封筒を荒々しく破り、二つ折りにされた便箋を開く。

 筆跡は綺麗だ。

 悪人とは思えぬ学の高さを窺い知れる。

 読む──。

 

 

パウロ・グレイラットへ。

 

 まずは謝罪をしよう。

 お前に怪我をさせてしまったこと、申し訳なく思う。

 当初こそアレは不幸なすれ違いの末に起きてしまった事故だと考えていたが、後々になって省みると、俺の言葉足らずが原因だという思いに至った。

 

 敵意は無い。

 天地神明に誓おう。

 娘のルーディアは無事だ。

 ロキシー・ミグルディアも同様に。

 2人の身の回りの世話は同行する少女に任せている。

 彼女らの生活に俺は一切関わっていない。

 辱しめなども与えてはいない。

 

 全ては誤解の上で生じた妄想だ。

 とはいえ娘を想う父親の心情を鑑みれば、お前の反応及び対応は、おそらく正しいものだろう。

 親になった事の無い俺の推測だがな。

 ゆえに責める意思は無い。

 全ては水に流そう。

 そちらにもそうしてもらえると助かる。

 

 さて、近々お前の下にルーディアとロキシーを連れて赴こう。

 具体的にはこの手紙が届いてから、3日後程度を見てくれ。

 その際、ルーディアとお前の切断された腕を持参してきて欲しい。

 俺には治癒魔術のスキルがある。

 

 ここまで言えば解るだろう。

 引き渡し時に親子共々治療する事を約束しよう。

 重ねがさね伝えるが、俺はお前の敵ではない。

 後の事情はルーディアに直接聞いてくれ。

 では後日、また会おう。

 

 オルステッドより──。

 

 

 目を通した。

 どこまで信用できる?

 字面は丁寧なものだが、その腹の底が読めない。

 何を謀ろうとしているのか──。

 

 

「アルフォンス。あんたも読んでみてくれ。意見を聞かせてほしい」

 

「では拝読いたしましょう」

 

 

 アルフォンスにも意見を求める。

 数分後、読み終えた彼は熟慮の後に答えた。

 

 

「いずれにせよ、我々はその後の龍神オルステッドの足取りを掴めておりません。であれば、受け身ではありますが、万全の備えを整え、迎撃態勢を敷くべきでは?」

 

「やはりそうなるか。しかし、龍神の奴……。騙し討ちでも目論んでんのか。治療するとか言って近づいて、そのまま刺されやしねえか?」

 

「ならばパウロ殿も不意打ちを狙えばよろしいのでは──。仮に龍神が気紛れに善意で治療を施すというのなら、それこそ好機でしょうな」

 

「寝首を搔くってんなら、確かにまたとないチャンスだが……。そう上手くいくもんか──」

 

 

 此方の動きも加味しての申し出かもしれない。

 攻撃的姿勢を匂わせた時点で血祭りに上げられるのでは。

 そう危機感を懐く。

 

 焦りは禁物だ。

 まずはヒトガミの助言に従い、己が使徒である事を強く主張するのだ。

 そうすることで奴の行動の選択肢を絞ることが出来る。

 ただし腕の治療を終えてから。

 行き当たりばったりではあるが、力の差を思えば後手に回るのもやむ無し。

 出たとこ勝負だ。

 

 

「みんなに周知してくれ。龍神オルステッドが3日後にやって来ると」

 

「仰せのままに」

 

 

 嵐の前の静けさ──。

 血が凍りつくような感覚。

 震える身体。

 武者震いだと思いたい。

 

 

「勝てるかどうかは関係ねえんだ……。やるしかない」

 

 

 祈るより稼げ。

 刻々と近づく血の決戦を前に決意を固める。

 

 

 

 

 

──ルーディア視点──

 

 

 オルステッドが戻ってきた。

 手紙を出してきたらしい。

 彼が姿を現すと、その度にロキシーは恐怖から逃れようと俺に抱き着いてくる。

 棚からぼた餅だ。

 

 とはいえ憂き目を見るばかりではロキシーが可哀想だ。

 俺が守ってあげないと。

 恩師を背に庇い、オルステッドの顔色を窺う。

 小心者の俺は下手に出るのだ。

 

 

「なぜ警戒している。わざとらしい反応だ」

 

 

 龍神に誘拐されてるんだもん。

 そりゃ警戒するよ。

 今更な反応だけど。

 

 

「気の迷いです」

 

 

 適当な言葉で誤魔化す。

 おふざけが過ぎたな。

 

 

「お前は時々、変わった行動を取る。人族の娘の中でも異彩を放っている」

 

「お褒めに与り光栄です」

 

「褒めてはいないが──」

 

 

 困惑顔を浮かべる。

 珍しい表情の変化だ。

 してやったり。

 

 

「お前と居ると調子を狂わされる」

 

「気分を害しましたか?」

 

「そうでもない」

 

 

 まさか情に絆されたわけじゃないよな……。

 龍神を手玉に取れるとも思えん。

 色仕掛けが通用するとも思えない。

 エロい身体に育ってきたと自負しているけど、所詮俺はまだ子どもの域を出ない。

 

 

「それで、手紙は出せましたか?」

 

「恙無くな。あの内容ならばパウロも態度を軟化させるだろう」

 

「念の為、内容を確認したいと思います。お聞かせ願えますか?」

 

「そのつもりでいた。話そう」

 

 

 語り口は淡々としていたが、説明義務を果たそうという気概を感じられた。

 この時ばかりは疑心はなりを潜めた。

 ロキシーとは正反対に、極めてリラックスして聞き入った。

 

 さて手紙の内容だが──。

 まだ説明不足な印象だ。

 肝心のオルステッド自身の素性や目的を語っていない。

 どこの馬の骨かも知れない状況に変化無し。

 上辺だけの言葉を書き連ねている風にも見える。

 

 というか、俺ですらオルステッドの目的の全容が分からない。

 何度か聞いてみたが、はぐらかされた。

 人神を倒す事に何の意味があるのやら。

 

 手紙の内容に話を戻す。

 俺とロキシーの引き渡し日時や腕の治療の件について通達していた。

 人質返還の意思の有無も最低限は伝わったことだろう。

 

 

「可もなく不可もなくといったところでしょうか」

 

「それで構わん」

 

 

 オルステッド的には満足のいく文章の出来らしい。

 俺は国語教師じゃないので、えらそうに添削しようだなんて言い出さない。

 しかし、彼は手紙の内容を丸暗記していたのか、一言一句、詰まること無く暗唱してのけた。

 龍神ともなれば記憶力も神級並らしい。

 

 

「俺は外に居る。所用があれば声を掛けろ。出発は3日後だ」

 

 

 抑揚の無い平坦な声で言い放ち、小屋の外へと消えた。

 もっと感情を出せば人に好かれるのに。

 などと呪いの影響を無視したアドバイスを脳裏に浮かべる。

 

 

「彼はもう行きましたか?」

 

「そのようです。近くには居るようですけどね」

 

「こほんっ」

 

 

 咳払いの後に素早く俺から離れる師匠。

 もっとくっついてくれて構わないのに。

 師としてのメンツを気にしているようだ。

 俺はどんなロキシーでも受け入れるよ。

 

 

「見苦しいところをお見せしてしまいました」

 

「いえいえ、先生はいつもご立派です。尊敬していますよ」

 

 

 顔を立ててあげよう。

 これも弟子としての務めだ。

 けど、ふとした瞬間にしおらしいロキシーの仕草を思い出す。

 スゴく可愛い。

 待つばかりではなく、こっちから抱き締めてしまおうか。

 

 

「バカにしていませんか……」

 

「そんなことはありません」

 

 

 嘘はついてない。

 バカになどせず、むしろ愛でているのだ。

 

 

「まあいいです。大目に見てあげます」

 

 

 さすがはロキシー。

 不敬な態度も不問にしてくれた。

 

 そんなロキシーに甘えつつ、残りの3日間を過ごす。

 ゆったりと寛ぎ、人質生活の気配など微塵も感じさせない時間。

 

 魔術談義に花を咲かせる。

 ナナホシは魔力総量がゼロゆえに魔術は使えないが、理論への理解は深かった。

 元々、剣と魔法の世界への憧れが強かったと話していた彼女は、知識だけは豊富でいわば知恵袋。

 

 その為、ナナホシの視点からの意見から新たな発見が幾つも有った。

 俺の持論と合わせて良いとこ取りさせてもらう。

 それとロキシーと意気投合したのか、がっしりと握手なんてしていた。

 異世界への遭難者たるナナホシの境遇を思えば、良いことだろう。

 俺とロキシーとで心の支えとなるのだ。

 

 そしてあっという間の3日間。

 ナナホシとは一旦のお別れとなる。

 語り尽くせたとは言えない。

 不完全燃焼だ。

 しかし、俺たちは帰らねばならない。

 パウロの下へと。

 元の生活へ戻るのだ。

 

 オルステッドが出発を待っている。

 別れの挨拶の時間を設けてくれる程度には、彼にも良心というものがあるらしい。

 

 ナナホシとはブエナ村でサヨナラだ。

 これから、ロアの町では何が起こるのか予想がつかない。

 戦闘が勃発でもすれば彼女の身にも危険が及びかねない。

 だからお留守番というわけである。

 次に会う時を楽しみにしつつ、別れの際を惜しむ。

 

 

「ではナナホシさん。お元気で」

 

「シズカでいいわよ。名字でだなんて他人行儀だもの」

 

「それではシズカさん──」

 

「さん付けも要らないってば。敬語もね」

 

 

 注文の多い人だ。

 とはいえ彼女の要求は願ったり叶ったりだ。

 名前の呼び方一つで人の関係には変化が生じる。

 お互いを名前で呼び合うことで、自然と心理的距離を縮められる。

 ふむ、ナナホシに対しては敬語も不要か。

 他でもない彼女自身の望んだことだ。

 遠慮はしない。

 

 

「それじゃあ、シズカ。また会おうな」

 

「男の子みたいな口調なのね、ルーディアって」

 

 

 前世の正体を言い当てられたわけじゃないが、ギクリとした。

 心臓がバクバクする。

 不安がるな。

 引きこもりのニートなんて既にこの世に存在しないんだ。

 

 苦笑いでナナホシと──いや、シズカと向かい合って握手を交わす。

 怪訝そうにする彼女に秘密を抱えたままというのも、スッキリしないが──。

 とにかく最後は笑顔で手を振って別れた。

 また会おう、シズカ。

 元気で。

 

 

──

 

 

 ブエナ村からロアの町までは、馬車で通常5~6時間の道のり。

 しかし、オルステッドの呪いのせいで残念ながら馬車は使えない。

 ロアの町周辺には転移魔法陣が無いそうなので、移動手段は徒歩に限定される。

 徒歩ともなると休憩時間などを考慮すると、1日では到着しまい。

 日を跨ぐだろう。

 

 代替案として、オルステッドが俺達を抱えて走って向かう事となった。

 彼の小脇に荷物のように抱えられる俺とロキシー。

 快適な移動とは無縁。

 猛スピードで景色が流れ、振動も激しく車酔いならぬ龍神酔いへと陥る。

 三半規管を揺さぶられ、平衡感覚を狂わされた。

 乗り心地は最悪だ。

 

 到着する頃には師弟揃って地面に這いつくばり嘔吐した。

 ヨレヨレとなり、立ち上がることすらままならない。

 ロアの町近辺の丘から景色を一望する。

 気を紛らわせて身体の調子を整える。

 

 さて、遠目に見てわかる。

 ロアの町はブエナ村とは比較にならないレベルで復興していると。

 町としての体裁を成していた。

 ケチの付け所なんて無い。

 

 領都ともなると、やはり復興の優先度が違うようだ。

 投じられた費用も人的資源も桁違いだろう。

 歴史的背景を重視してか、町を取り囲む城壁なんかも再建されている。

 復興のシンボル的な位置付けか。

 

 しかし、ボレアス家の館は無い。

 かつては町の外からでもその巨影が窺えた。

 強い存在感を放っていた古城は何処へやら……。

 俺にとっての第二の実家は、どれだけ目を凝らそうとも視界には現れてくれない。 

 こういった部分に災害の爪痕を感じる。

 

 

「今から魔術の封印術を解く。妙な気を起こすな」

 

「何もしませんよ。このまま解放されるのなら、変に抵抗する理由もありません」

 

 

 なんであれ、晴れて自由の身だ。

 今後の事はパウロと相談して決めればいい。

 なにも一人で思い悩むこともない。

 

 オルステッドがブツブツと呪文を唱えると、身体から淡い光が溢れ出す。

 魔力の流れを阻害していた呪縛が解かれたらしい。

 ロキシーを見やれば、俺と同じく輝いていた。

 神の後光か──。

 

 

「具合はどうだ?」

 

「良い感じです」

 

 

 睨み付けるようにオルステッドは視線を寄越した。

 いや、単純に目つきが悪いだけなのだが。

 

 

「では向かうぞ。パウロの下へ」

 

 

 オルステッドの指示に従い、丘からロアの町へと移動する。

 程なくして町の正門へと辿り着く。

 立ち止まり──視線を前へと伸ばした。

 

 居た。

 誰がって……。

 そりゃあ決まってる。

 パウロだ──。

 

 彼は目を丸くして俺を見ていた。

 俺もまた父親を見詰め、膨れ上がる感情の変化に理性を失いそうになる。

 3年越しに目にするパウロは、やはり以前より老けていた。

 年齢は現在32歳だったか。

 皺などはあまり増えちゃいないが、哀愁漂う表情から事情を察する。

 重ねてきた苦労の数は、魔大陸から旅をしてきた俺を凌ぐだろうと。

 

 以前よりも髪の毛が伸びている。

 髭はきちんと剃っているのか、粗野な印象は受けない。

 顔立ちは精悍。

 ワイルドな風貌だ。

 なんというか、自分の父親ながら男前だと改めて思った。

 

 俺も見た目が多少なりとも変わった。

 軟禁生活中に13歳を迎え、肉体の成長も加速してきた。

 乳房はますます体積を増やし、全身の各部位も女性的な丸みを帯びてきた。

 遅れ気味だった身長の伸びも、平均的なペースに戻りつつある、

 生理だって定期的にやって来る。

 ほんの1年前と比較しても、母であるゼニスの容姿へと更に近付いてきただろう。

 

 意識はパウロへ集中する。

 他の事なんてどうでもいい。

 オルステッドを背後に置いてきぼりにして、感情が走り出す。

 彼は止めなかった。

 咎めること自体が野暮であるかのように。

 身体はパウロの胸へと飛び込むようにして駆け出していた。

 

 

「父さまっ……」

 

 

 消え入りそうな声。

 声量とは裏腹に、弾けんばかりの笑顔で再会を喜ぶ。

 そしてポロッと涙を落として噛み締める。

 

 

「ルディッ……!」

 

 

 隻腕ながら熱い抱擁で迎えてくれた。

 逞しい胸板にトンッと受け止められる。

 転移災害発生から3年──紆余曲折を経て父親と娘の再会は叶った。

 お涙頂戴である。

 実際、俺とか泣いてるし。

 

 

「ぐすっ……。父さま……」

 

「本当にっ……ルディなんだよなっ……!」

 

「この顔を見て他に誰だと思うんですか。バカですか……。老眼になるにはまだ早いですよ」

 

「あぁ、その生意気な口の利き方はルディに違いねえ……。ますます母さんに似てきたな……」

 

 

 顔をくしゃくしゃにして男泣きするパウロ。

 みっともないだなんて思うもんか。

 災害によって引き裂かれた父娘の時間を取り戻せたんだって、それだけを考える。

 

 

「すまん……。オレはお前に何もしてやれなかった。ルディは自力で中央大陸に帰ってきて、そしてゼニス達を見つけてくれたってのに……」

 

「いいえ、父さまは頑張りました。ゆく先々でご活躍を聞きましたよ。捜索団を率いて、被災者の人達を助けて回ったって」

 

 

 立派だ。

 誇れることだ。

 子として父を尊敬する。

 俺よりもはるかに多くの人間をパウロは救ってきたのだ。

 感謝されるに値する人物である。

 英雄とはパウロのような者を指すのだろう。

 

 

「立場を考えればオレは身内だけを優先するわけにはいかなかった。いや、そんなのは言い訳だ……。とにかく、生きていてくれて、良かった……」

 

「私も父さまが無事で居てくれて……本当に良かったと思います。お互い、片腕を失ってしまいましたが、命あるだけ儲け物ですよ」

 

 

 話したいことは幾らでも湧いてくる。

 甘えたい気持ちも際限無く生まれた。

 この3年間でおっぱいが大きくなった事も自慢してやりたい。

 胸のサイズに関してはコンプレックスを持っちゃいるが、パウロならセクハラ交じりに笑い飛ばしてくれるだろう。

 身体の悩みを父親にぶちまけて気持ちを楽にしたい。

 

 

「ルディ、パウロさん。再会を邪魔するわけではありませんが、この場にはまだ龍神オルステッドが居ますので……」

 

 

 小声でロキシーが注意喚起する。

 忘れていたつもりはない。

 意識はしていた。

 ただあまりにパウロとの再会が嬉し過ぎて、警戒心を後回しにしていたのだ。

 

 

「ロキシーちゃん。ルディをそばで支えてくれてありがとな。それと──龍神オルステッドからは、1秒たりとも目を離しちゃいない。安心してくれ」

 

 

 険しい剣幕でキッと睨み付け、オルステッドを視界に縫い止めていた。

 ヤバい。

 この2人に争わせちゃダメだ。

 先に手を打たないと。

 

 

「父さま。彼と戦ってはいけません。死にますよ……?」

 

「だろうな……」

 

 

 理解は出来ていると。

 2度も大敗したんだ。

 嫌でも気付くだろう。

 

 

「手紙は読んだな? 腕の治療を施す」

 

 

 オルステッドは敵対の意思が無いことを示すように両手の平を見せながら近付いてくる。

 その接近と同時に、町の門の奥からアルフォンスが四角形の箱を抱えて歩いてきた。

 オルステッドを視認した途端、及び腰になったような気もする。

 呪いの影響下からは、やっぱり免れないようだ。

 

 

「龍神殿。これを──」

 

「ああ」

 

 

 箱を開けると中には大人と子供の腕が各一本ずつ収められていた。

 俺の左腕とパウロの右腕だ。

 仲良く並んで箱の中に鎮座している。

 オルステッドはまず、俺の左腕から掴み取った。

 

 

「一時的に傷口を開く。痛むだろうが堪えろ」

 

 

 接合の際、断面を密着させなければならない。

 そうなると傷口を強引に開かざるを得ない。

 子どもなら泣き叫ぶような激痛が発生する。

 とはいっても、今の俺は魔術の使用はフリーの状態だ。

 魔力操作にて痛覚遮断を行い治療に備える。

 それなりの量の出血はあったが、手際の良い上級治癒魔術によって久し振りに左腕が繋がった。

 グーパーと手の平を開いたり閉じたりして動作に問題が生じないかを確認する。

 よし、オーケだ。

 

 次にパウロの腕の治療。

 同様の流れで治療は進んだ。

 但し、パウロは終始オルステッドへ警戒を払っていた。

 あくまでも敵として捉えているのだ。

 

 さて、パウロは元通りになった腕の調子を確かめつつ、勢い良く俺を抱き締めた。

 捉えようによっては龍神を我が子から守ろうとしている風にも映る。

 事実、そうなのだろう。

 

 

「治療と子の引き渡しは完了した。パウロ・グレイラット。俺はもうお前達には関わらん。だからお前も俺の邪魔をするな」

 

 

 不干渉を約束するオルステッド。

 たぶん、これ以上の接触は軋轢を生むと判断しての言葉だろう。

 結局、彼の目的とやらもハッキリしない。

 人神(ヒトガミ)と争い、魔神ラプラスとも敵対しているとしか判明しなかった。

 仮にも神様であるヒトガミが死ねば、この世界にどんな悪影響が出たものか、分かったもんじゃない。

 せめて俺と家族が生きている間は平和な世界であってくれ。

 

 

「ルディ、危ないから離れていてくれ」

 

 

 不意にパウロは言った。

 危ないって何がだよ。

 オルステッドはもう立ち去ろうとしているんだぞ?

 その言い方だと、わざわざ事を荒立てようとしている様にしか聞こえない。

 聞き間違い……じゃないよな……。

 

 背を向けて歩き出したオルステッド。

 がら空きの背中は、いかにも不意打ちの機会であるかのようだ。

 攻撃を誘ってるわけではあるまい。

 

 

「い、いけませんっ……! 藪をつつく必要がありますかっ!」

 

 

 猛り立つパウロ。

 頼むから大人しくしてくれ。

 

 

「考え直してくださいっ……。オルステッドと戦っちゃダメです」

 

家族(みんな)を守る為だ──。もう引き下がれねえんだ」

 

 

 俺の嘆願は聞き入れられなかった。

 娘の制止を振り切って、独断専行でパウロは突っ走ってしまう。

 抜剣からの光の太刀──。

 龍滅の咆哮が龍神へと迫る。

 そして刃も。

 

 

「意図が読めんな。パウロ・グレイラットよ。娘はたしかに返した筈だが──」

 

 

 刃は素手で掴まれていた。

 意識外からの一撃は通じず。

 ただ単に敵意有りと知らせるに留まった。

 

 

「……っち。すんなりとは殺らせてもらえねえか」

 

 

 剣を引っ込めて距離を取るパウロ。

 ああ不味い……。

 オルステッドの逆鱗に触れたかもしれない。

 

 

「話があるのなら聞こう」

 

「そうかよ。じゃあ、言わせてもらうぜ。オレは人神の使徒ってやつだ。だから、あんたを殺す」

 

「使徒か──。ふむ……。奴に何を囁かれた?」

 

 

 思案するオルステッド。

 まだ弁解の余地はあるか?

 物は試しだ。

 会話に乱入する。

 

 

「待って、オルステッドさんっ! 父さまは混乱してるんですっ! 争う気はありませんっ!」

 

 

 なぜヒトガミの奴が、パウロにオルステッド殺害を命じたのか。

 あいつは俺にもそう行動するように仕向けた。

 まるで潰し合いを望むかのように。

 まさか巡りめぐって本当にパウロがオルステッドを倒してしまうのか?

 しかし、ヒトガミはオルステッドの未来が見えないという話だ。

 わからない。

 

 けど、さまざまな想定を行う。

 俺が挑み敗北し、そいつがパウロの勝利へと繋がる。

 それが布石となっていたのかは定かじゃない。

 でも、そんな展開をヒトガミは予想したのかもしれん。

 あるいは願望か。

 

 

「貴様の娘もああ言っている。剣を引け。今ならば見逃そう」

 

「出来ねえ相談だ。あんたが生きている限り、オレの家族に幸せは訪れない」

 

「ヒトガミの言葉など信用するな。貴様は騙されているのだ。俺と争ったところで、命を捨てる結果となるだけだ。更なる不幸を招く」

 

「命を捨ててでも守りたい家族が居るんだよっ……!」

 

 

 状況が違えば勇ましく思えだろう。

 でも……この空気は悪い。

 これじゃあ、ただの蛮勇だ。

 オルステッドはまだパウロを見逃す意思を残している。

 けれどこれ以上、パウロがオルステッド殺害に拘泥するようであれば、猶予はそう残されちゃいない。

 

 

「最後通告だ。矛を収めろ。家族とやらと勝手に幸せに暮らせば良いだろう」

 

「てめえの言葉は何一つ信用ならねえ。勝手に幸せになれだぁ? そもそもてめえがオレの家族をバラバラにしたんだろうがっ……! 転移災害を引き起こし、世界を滅ぼそうとする悪神だってアイツは言っていたっ……!」

 

「何を言うかと思えば──。戯れ言を吹き込まれ、真に受けるとは。あまり強情だと、殺されても文句は言えんぞ?」

 

 

 オルステッドは辟易とした様子。

 俺には彼が正義か悪か判別できない。

 しかし、この場は事を荒立てることなく切り抜けられる見込みはある。

 だから余計に必死になる。

 

 

「止めて、父さまっ……!」

 

「すまん、ルディ……。オレは──」

 

 

 最後まで言葉を聞く事は叶わなかった。

 唐突に俺の身体を背後から抱き抱える者が現れたからだ。

 予期せぬ自体に混乱しながらも、俺を戦場から遠ざけようとする人間の顔を確認する。

 黒髪の青年だった。

 年の頃は十代後半頃か。

 若い。

 

 

「すみません、ルーディア様。パウロ様のご指示ですので」

 

「あなたはっ……」

 

 

 パウロの部下らしき少年。

 ロキシーの話にあった北神三世の外見的特徴と一致する。

 

 

「僕はパウロ様よりご息女(あなた)を安全な場所へ送り届けるようにと仰せつかっています。避難しましょう」

 

「はなしてくださいっ!」

 

 

 ジタバタと暴れるが、びくともしない。

 魔族の混血児である彼の筋力は、やわな少女などものともしなかった。

 くそっ……。

 俺は父親の為に何もできないのか?

 チャンスすら与えられないのかよ──。

 

 遠ざかる戦場。

 はるか向こうの視線の先にはパウロの他に複数人の剣士達が駆け付けていた。

 パウロより幾らか世代が上の剣士。

 彼がガル・ファリオンだろうか。

 

 ギレーヌも居た。

 オルステッドと戦う事を見据えて、パウロと合流したのだろう。

 つい先月まで共に旅してきたルイジェルドの姿もある。

 彼らは戦端が開かれる瞬間まで近くで息を潜めていたのだ。

 

 エリスはどこだ──?

 

 居た。

 北神三世の走る先に、年若い女の子と共に。

 エリナリーゼとタルハンドも待ち構えていた。

 届け先はエリスか。

 

 

「ルーディアッ!」

 

「エリス……」

 

 

 約1ヶ月ぶりの対面。

 エリスは泣いていた。

 しかし、笑ってもいる。

 笑顔だ。

 屈託のない笑顔である。

 

 北神三世はそっと俺を下ろす。

 遅れてやって来たロキシーと2、3言葉を交わしてから戦線へ向かった。

 だだっ広い草原の先では既に戦闘が始まっている。

 手遅れだったのだ。

 あれこれと考えていた俺の苦労は水の泡だ。

 

 戦況を窺う。

 パウロとガル・ファリオンが果敢に攻め込み、オルステッドが反撃に出れば、入れ替わるようにしてギレーヌとルイジェルドが相手取っていた。

 事前に各人の役割を打ち合わせていたのか、実に円滑な試合運び。

 試合という言い方では甘いか。

 アレは殺し合いだ。

 

 そこに北神三世が加わった事で、あのオルステッドに防戦を強いていた。

 きっとオルステッドは本気ではない。

 様子見に徹しているように見えた。

 

 

「ルーディア! もう離さないわっ!」

 

 

 俺の意識が他所を向いている中、エリスが抱き寄せてきた。

 成長著しい豊満な胸の感触を顔に感じる。

 

 

「エリス。みんなを止めないとっ! オルステッドと戦えば全員死んでしまいますっ!」

 

「いいえ、止めないわ。オルステッドを倒さないと、またいつあんな目に遭うか分からないでしょ」

 

 

 説得は無駄か。

 鬼気迫る面持ちで語るエリス。

 俺を逃がさないとばかりに、抱擁を更に強める。

 

 念願叶って、エリスとの再会も果たした。

 けれど──死にゆく父親をただ見守ることしかできなかった。

 何かしなければ。

 このままじゃ父は死ぬ。

 パウロを失いたくはない。

 抗おうと思索する。

 

 でも世界は無慈悲だ。

 俺がどう思おうが、どう考えようが、どう悩もうが、世界は流動的だ。 

 勝手に進む。

 望まぬ開戦──。

 やがて俺は、世界の命運を決する瞬間──。

 この世の流れを変える転換期に立ち会う事になる。

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