無職TS転生 ~異世界行ったら女の子です~   作:三毛猫丸

6 / 59
5話 卒業試験

 頼れる師匠との移動時間は、つつがないものだ。

 これまで目にしたことのない、田園風景に一々感動したり、見知らぬ村民とすれ違ったり。

 

 (みな)、ロキシーに対して挨拶や会釈を交わし、雑談などもしている。

 田舎の村ってのは、排他的になりがちなのだが、ロキシーは馴染んでいた。

 

 新たな一面を発見した気分である。

 俺とは違って、村の者たちとの交流を重ねてきたようだ、魔族という種族を感じさせぬ愛され方。

 

 一方で俺は村人たちからは見慣れない女の子として扱われた。

 実際、今回が人生初めての外出だしな。

 問うまでもないだろう。

 

 ただ、ロキシーの同伴もあってか、総じて好意的な扱われ方をされた。

 

『可愛らしい女の子だね』

 

『パウロさんとこの子かい? 綺麗な髪だね』

 

『小さいけど、大人になったら美人になるだろうね』

 

 

 おおむね、爺さん婆さんの言葉。

 孫娘のような接し方だった。

 この村にゃあ俺をバカにする人間は居ない。

 今までの怯えがアホらしくなってくる。

 

 心にも余裕が生まれる。キョロキョロと周辺を見渡せば、民家に気づく。

 

 間隔的には、まばらに立っているが、全てカウントすれば30世帯以上か。

 田舎ゆえに2世帯住宅の家庭も多い。

 ロキシーによれば、1軒につき8人以上。

 

 パウロたちのように若い夫婦ならば、子作りが日課となっており、多産のようだ。

 こんな平凡な村でも人口にして300人近くにも及ぶ。

 

 もしかしたら、俺と同年代の子どもも居るかもな。

 友だち……に成れると良いのだが。

 

 風車や水車といった建造物も視界に飛び込んできた。

 麦畑もある。

 こうして見ると、ヨーロッパ風の世界なんだなって、しみじみ思う。

 

 さて、風景に見惚れていると、いつの間にやら村の外へと到達する。辺り一面の草原。

 

 見渡す限り、何も無い。

 時折、風が吹くと草が靡く。

 ロキシーの操る馬は、ポツンと立つ1本の樹木の側で止まる。

 

 

「この辺りでいいでしょう」

 

 

 手綱を木に結び付けると、ロキシーは馬から降りる。

 背丈の関係上、自力で降りられない俺は、ロキシーに抱えられて降ろしてもらった。

 

 ロキシーは見た目こそ中学生ほどで小柄。

 それでも今の5歳の俺程度の体躯ならば軽々と抱っこ出来る。

 

 いまこの瞬間だけの至福の時である。

 大人になったら、こうはいくまい。

 

 

「いまから水聖級魔術を見せますね。術名は『豪雷積層雲(キュムロニンバス)』と言うのですが」

 

 

 試験種目は聖級魔術ときたか。

 ロキシーが水聖級魔術師たる由縁となる魔術。

 手本を見せてもらえるようだが、俄然、期待が高まる。

 

 

「広範囲に雷雨を発生させる魔術です。詠唱するので、ちゃんと聞いておくんですよ」

 

「はい、先生!」

 

 

 なるほど、そりゃあ、家じゃ卒業試験を行えない。

 村の中でも作物に影響しかねない。

 道理で人気の無い草原まで、遠路はるばる足を運んだのか。

 

 ロキシーは両手を天へと向ける。真剣な表情、彼女の本気の度合いが窺える。

 

 

『雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!』

 

 

 魔力の発露を感じる。

 鳥肌の立つような感覚。

 これから行われる儀式の壮大さを予感した。

 

 

『我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!』

 

 

 より一層、魔力の強さを知覚した。

 余すことなく、この空気感を全身で受け止める。

 

 

『神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!』

 

 

 詠唱も佳境に入ったのだろう。

 圧縮、そして開放の段階の迫った魔力は、ひときわ存在感を増した。

 

 

『ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!』

 

 

 その時は近い。

 全てを覆す魔術の極致。

 俺の知る世界の全てを反転させるような奇跡。

 

 

『キュムロニンバス!』

 

 

 時間にして1分。

 果たして世界はどう作り替えられたのか──。

 

 暗転する天空。

 終焉の時を錯覚させる圧力が押し寄せる。

 

 数秒の沈黙の後に、轟音と共に地面を叩きつけるような雨が降り注ぐ。

 暴風が地を撫で、黒雲が雷を吐き出す。

 

 虚空を雷光となって突き進む。

 稲光は紫電へと変貌し、天地に仇なす存在へと昇華。

 

 ことさらに轟音を増した落雷は、容赦なく樹木を呑み込んだ──。

 

 

 視界が明滅する。

 三半規管が揺さぶられ、頭がクラクラした。

 

 けれど俺は()た。

 しかとこの(まなこ)で視たのだ。

 

 ロキシー・ミグルディアという偉大な魔術師が見せた、いや──魅せた奇蹟ってやつを。

 

 目の前に居るのはロキシー。

 神だ。俺にとっての神様だ。

 後光が差して見えるのは、たぶん俺の信仰心が見せる幻覚だろう。

 

 それでも震える魂が、奇蹟の瞬間を記憶に焼き付ける。

 

 

「あああぁっー!」

 

 

 ロキシーが叫ぶ。

 焦り、取り乱した様子。

 何事かと彼女の視線の先を辿ると……。

 

 カラヴァッジョが黒焦げとなって地面に伏していた。

 手足を痙攣されているところを見ると、即死ではなさそうだが、これはいかに?

 

 慌てふためいたロキシーは即座に駆け寄ると『ヒーリング』を施す。

 一命を取り留めたものの、カラヴァッジョは明らかにロキシーに対して怯えている。

 

 ロキシーもロキシーで、脂汗を額に浮かべていた。ホッと一息を入れて、俺に向き直る。

 

 

「峠は越えました……。大丈夫、カラヴァッジョは生きていますよ」

 

「は、はい。そうですね」

 

 

 神様はうっかり屋さんのようだ。

 新たにドジっ娘の属性がロキシーに加わる。

 

 

「詠唱は覚えましたか?」

 

「もちろんです」

 

 

 神の御業を忘れるもんか。

 一言一句、覚えているとも。

 

 

「今度はカラヴァッジョを守っておくので、ルディは心置きなくやっちゃってください。1時間ほど、術を維持出来れば合格とします」

 

 

 そう言って『土砦(アースフォートレス)』を唱える。

 モコモコと土が盛り上がったかと思えば、馬と彼女自身の身体をドーム状に覆い尽くす。

 

 かまくらのように入り口が開いており、そこからロキシーは顔を覗かせていた。

 

 さあて! 師匠の前なんだ。

 俺もカッチョいいところを見せつけたい。

 

 パウロじゃないけど、好きな人の前だと気合いの入れ方が一味違うのだ。

 

 そして唱える。

 長ったらしい詠唱もスラスラと読み上げられた。

 魔力の流れを意識し、制御を怠らない。

 

 俺のすべきことは決まっている。

 ロキシー()の奇蹟をこの手で再現するのだ。

 

 

『キュムロニンバス!!』

 

 

 術の発動──。

 

 中空に雲が現れる。

 魔力を継続して流し込み、術の維持に努める。

 

 こりゃあちっと、キツそうだ。

 魔力量については不安は無い。

 むしろこの数年の魔力量増加のトレーニングの成果により、使い切れない量を、この身体に内包している。

 

 勝手な妄想だが、平均値よりは上だと確信している。

 あれだけ時間と苦労を費やしたんだ。

 そうでなきゃ俺自身が報われない。

 

 で、何がキツいのかという話だが、魔力制御の為に天へ手を上げ続ける姿勢。

 それが体力的にも厳しい。

 

 俺からすれば魔力よりも忍耐力が重要な大魔術である。

 我慢すれば出来ない事はないだろう。

 

 しかしスマートではない。

 もっと効率的な手法があるハズ。模索してみるか?

 

 昔、テレビで視たことがある。

 題目は『雲が出来るまでの過程』とかそんな感じの。

 

 うろ覚えだけど試す価値はありそうだ。

 

 先ほど、ロキシーの作り出した雲が残留している。

 使えるものはなんでも利用してしまおう。

 風魔術でかき集め、俺の作り出した雲と融合させる。

 

 ルディちゃんとロキシーの合作って感じがして心が踊る。

 

 と、気が散った。危うく雲が風に流されるところだった。続けて──。

 

 上昇気流を生み出し、地上を冷却したり、あの手この手で状態の安定化を図る。

 

 時間と集中力を要したが、当初の想定よりは大幅な時間短縮となっただろう。

 区切りをつけて魔力の注入を打ち切ってみた。

 俺の制御からは離れたが、もはや雲は自立していた。

 

 これだけ育て上げれば1時間程度の降雨も期待できよう。

 雷も伴っていることから耳が痛いのは我慢だ。

 

 時には堪え忍ばなければ。

 

 大きく息を吐き、リラックスしてから、ロキシー謹製のドームへと身を寄せる。

 

 

「分からない部分でもありましたか?」

 

 

 俺の行動を(いぶか)しんだロキシーは疑問をぶつけてくる。

 

 

「いえ、自分的にはアレで成功だと考えています。採点してもらっても?」

 

「そんな筈は……。いえ、ルディのすることです。頭ごなしに否定してはいけませんね」

 

 

 ドームから飛び出したロキシーは、雨に濡れることも気にせず、空を仰いだ。

 

 俺はというと、ドームの制御を引き継いで、カラヴァッジョを撫でる。

 

 しばらくして──。

 

 

「そんな……、まさか……、こんな方法が」

 

 

 独り言の多いロキシーが見える。

 ぶつぶつと疑問の解消を繰り返していた。

 彼女の眼ならば、俺の浅知恵により施した裏技くらい理解も容易いだろう。

 

 

「驚きました。ルディ……。貴女は天才です」

 

「合否を聞いても?」

 

「文句無しの合格ですよ、これは」

 

 

 呆然とした顔つきながらも、どこか嬉しそうに微笑むロキシー。

 まるで弟子である俺を誇ってくれているかのようだ。

 

 積乱雲はなおも健在。ロキシーの身体を冷やしていく。

 

 

「風邪、引いちゃいますよ」

 

「ではアレを消せますか?」

 

「やってみます」

 

 

 俺の育てた雲。

 なまじ持続性を高めたせいなのか、生半可な制御じゃ散らせまい。

 だが師匠の指示だ。やってみせるとも。

 

 気流の方向を操作したり、最終的には風魔術の力業で雲を霧散させる。

 少々、手こずった。終わる頃には俺とロキシーはびしょ濡れ。

 

 衣類はヌレヌレのスケスケで肢体に張りついていた。

 ロキシーの(なまめ)かしい身体が目立つ。

 

 パウロがこっそりと、『ロキシーちゃんは可愛いが、俺の好みからは外れる体つきだな』と陰口を叩いていた。

 

 しかし、俺にとっては最高の女体である。

 なんてたって神の肉体だ。

 誤解を解いておきたい。

 断じてイヤらしい目で見ているわけじゃないのだ。

 

 第一、欲情する為の脳も身体も備わっていないしな。

 

 だから純粋にロキシーを崇めているし、師として尊敬し、姉のような存在として愛している。

 こればっかりは譲れない想いだ。

 

 ロキシーは晴れ渡った空を眺めていた。

 陽光が地上を照らし、冷えきった身体を温める。

 

 

「ルディ──」

 

「師匠──」

 

 

 お互いに呼び掛ける。

 

 

「今日から貴女は水聖級魔術師です。誇ってください。ルディはもう、わたしと対等な魔術師です」

 

「私が……()が……ロキシー先生と対等?」

 

 

 トクンッ……胸が鼓動する。全身を巡る血が、やけに熱い。

 落ち着かない、けれど悪い気分じゃない。

 

 

「わたしとルディが出逢って2年──。貴女は、いつもわたしを驚かせます」

 

「先生の教え方が上手いからですよ。そうでなきゃ、ここまで頑張れませんでした」

 

「またそんな、謙遜をしちゃって。でも、わたしは知っているんですからね。ルディが失敗にもめげずに何度も立ち上がってきたことを」

 

 

 彼女の言う通りだ。

 なるほど、俺には魔術の才能がある。

 それこそ両親や師匠の語るように、歴史に名を残せるような資質。

 

 でも、何度も繰り返すようだが、精神は怠惰に生きて朽ち果てた人間のそれ。

 

 失敗だってした。

 最近だってそうだ。

 怖くもあった。   

 今も、これからも、身の縮こまるような失敗談が量産されるだろうよ。

 

 それでも俺は立ち上がれたんだ。自信を持つべきなんだ。

 

 パウロ、ゼニス、リーリャ──そしてロキシー。

 

 皆の支えがあって俺は潰れずに頑張れたし、本気だって出せた。

 自分一人だけの力じゃない。誰かを頼っても良いのだと学んだよ。

 

 

「先生! 私は、もっと!もっと! 魔術の腕を磨きます!」

 

「はい、期待していますとも」

 

「いつかきっと、先生みたいな優しく綺麗な魔術師になって、弟子だって持って──!」

 

 

 ああ、決めたぞ。

 

 

「先生を迎えに行きます!」

 

 

 言えた──。

 

 まるで男の告白だ。

 でも似たような感情なのも事実。   

 いまはガキだから、ブエナ村を旅立つ彼女に付いていくことは叶わない。

 

 しかし誰しもが認める一人前の魔術師。

 それも弟子を育て上げる程の器を持てたなら話は別だ。

 

 その時はロキシーと一緒に迷宮(ダンジョン)を攻略し、世界に名を広めたいものだ。

 なんなら俺の未来の弟子も連れて。

 

 

「それは待ち遠しいですね。ルディなら、あっという間に迎えに来れちゃいそうですけど」

 

「先生の為なら、なんだってやれますよ。()は!」

 

「俺……?」

 

 

 おっと、うっかり。一人称がぶれてしまった。

 感情が(たかぶ)ると、男の部分が漏れ出してしまう。

 

 

「まあ、なんにせよです。ルディ! 今日は記念日です。早く帰って、ゼニスさんとリーリャさんの作ったケーキを食べましょう」

 

「はい!」

 

 

 そして俺たち2人は、カラヴァッジョの背中に跨がると、帰路についた。

 

 ロキシーは弟子の成長に感涙しているのか涙を目に溜めていた。

 俺は俺で、人生で最も強い達成感にポロポロと涙を流していた。

 

 少し涙脆くなったかもしれん。でも泣いたって良いだろ? 女の子だもん──。

 

 

 

 

 その日の晩は盛大に祝われた。

 5歳の誕生日会と比較しても遜色無いほどに。

 

 

「やっぱりルディはスゴいわね! 鍛えれば凄腕の魔術師に成れるとは思っていたけど、たった2年でなんて!」

 

 

 とりわけゼニスのはしゃぎ様は鮮烈なものだ。

 パウロとリーリャも、少し引いている。

 

 

「先生の指導あっての私ですから。母さま、もう少し落ち着きを持ってくださいね」

 

「あ~ん、ルディってば大人ぶっちゃって可愛い!」

 

 

 抱き締められる、おっぱいに。

 

 

「母さまが、子どもっぽいんですよ」

 

「イジワルは言わないの。今日は無礼講よ。少しくらい、いいじゃないのよ」

 

 

 

 反省の色は無しと。まあ、良いッスけどね?

 

 俺だって内心じゃ小躍りしてらぁ。

 達成感とやらが身体中に満ち溢れいる。

 

 

「しかし、まさかオレとゼニスの血から、こんなにも才能のある子が生まれるなんてな。ああ、勘違いしないでくれ。ルディの才能だけを見てるわけじゃない」

 

「わかっていますよ。父さまは、ちゃんと私のことを愛してくれています」

 

「理解が早いな。おう! ルディよ、愛してるぜ」

 

 

 パウロも酒に酔ったのか、ゼニス同様に乱痴気騒ぎ。

 静かなのはリーリャとロキシーくらいなものだ。

 

 

「お嬢様、このリーリャ、感服いたしました。その年でその才覚。鍛練も怠らぬ姿勢は、お見事としか言い様がありません」

 

「褒めすぎですよ」

 

 

 存外、リーリャも冷静さを欠いているようで。

 しかし彼女にも世話になった。

 深夜にも及ぶロキシーの座学授業の際には、夜食を差し入れしてくれた。

 

 今日も濡れた俺とロキシーを確認して、すぐに替えの服を用意してくれたしな。

 

 いわば影の功労者だ。感謝が尽きんよ。

 

 

「いいですよね、家族って」

 

 

 ロキシーが小声で漏らした。誰に言うでもなしに、自分へ言い聞かせるように。

 そういやロキシーにも当たり前だけど、親が居るんだよな?

 

 

「先生のご両親はご健在でしょうか?」

 

「ええ、かなり昔に故郷を飛び出して来ましたが、おそらくは」

 

 

 もしやロキシーって家出少女だったりするんか?

 

 だとしたら、よくぞ悪い男に引っ掛からずにグレイラット家に辿り着いてくれた。

 彼女の所作や言動から察するに、生粋の乙女──生娘だろう。

 

 

「顔を出した方が良いのでは? きっと心配してます」

 

「生存報告の便りすら送っていませんからね。耳の痛い話です。でも、ルディの言葉です。考えておきます」

 

 

 べつに親子仲は悪いわけではないらしい。

 ただ、故郷に関して思うところがあったようで、遠い目をしていた。

 

 それから程なくして祝いの場は御開となった。

 

 こんな日でもパウロとゼニスは夜の営みに(いそ)しみ、情事の経過を家中に実況してやがる。

 

 ロキシーはいつぞやみたいに聞き耳を立てて寝巻きを捲り、自身の性的欲求を満たしていた。

 

 そっとしておこう。ロキシーだって一人の女の子。そういう気分にもなる。

 

 

 

 

 

 そして翌日の朝。

 慌ただしく身支度を済ませたロキシーを、俺は家族総出で見送る事となった。

 

 この2年間の想いが噴き上がる。

 それだけの年月で見た目が変わったのは俺だけだった。

 

 パウロとゼニス、それにリーリャは成人しているから、2年じゃ見た目に変化は少ない。

 ロキシーは見た目こそ中学生だけど、ミグルド族の種族の性質ゆえか、まるで変わらない。

 

 俺はというと、4歳の頃から比べれば身長が伸びた。幼げな顔にも、ちょっぴり成長の兆しが現れ始めている。

 

 親が言うには美貌に磨きが掛かってきたのだとか。

 

 

「ロキシーちゃん、まだウチに居てもいいのよ。ルディも貴女に良く懐いているし。私もお料理とか教えたいことが沢山あるもの」

 

 

 ゼニスが名残惜しそうに説得する。

 

 

「そうだぞ。村の連中だって世話になったんだ。この村に残るってんなら、大歓迎だ」

 

 

 パウロもまたロキシーに強い愛着が湧いているらしい。

 きっと我が子のように思っているのだろう。

 俺とは姉妹同然の間柄だったしな。

 

 

「ありがたい申し出ですが、わたしにもすべきことがありますので。魔術の腕を磨きたいのです。ルディに負けてはいられませんからね」

 

 

 師匠の向上心は、俺という存在を柱にしているのか。

 意識されているようで照れてしまう。

 

 

「そうか、凄いな。ロキシーちゃんは。それほどの腕前でも慢心していない。まだ研鑽を続けるなんてな」

 

「ルディをそばで見ていたら自然とそんな気持ちになりまして。良いお子さんですよ、ホント」

 

「だってよ、ルディ?」

 

「はい、私も先生の弟子として恥じない魔術師を目指します!」

 

「うん、良い返事です」

 

 

 頷くとロキシーはローブの内側に手を突っ込み、ゴソゴソと探り始めた。

 革紐に繋がれたペンダントが眼前に差し出された。

 

 

「これは?」

 

「ミグルド族のお守りです。卒業祝いの品として、これを贈りたいと思います」

 

「よろしいのですか? 大切なものでしょうに」

 

「大切ですよ。だからこそ、もっと大切な人に持っていて欲しいんです」

 

 

 ロキシーにペンダントを掛けてもらう。

 首から提げられたお守りが、ロキシーの温もりを感じさせる。

 

 単純に懐にしまってあったから(ぬく)いのだろうが、俺にはたしかに温かさを感じられた。

 

 

「それでは元気で──」

 

「先生も……お、げん、きで……」

 

 

 言葉が詰まる。喉が締め付けられ、視界が霞む。

 

 別れの時はやって来た。あっさりとしたものだ。

 

 しかし悔いは無い。彼女には、既に多くのモノを贈られた。

 杖にペンダントに数々の魔術の知識。他にも色々。

 

 引き留めることは出来ない。

 だから見送るのだ。ロキシーの背中を。

 

 もっと一緒に居たい。その気持ちに嘘は無いし、今も同じ。

 でも約束した。いつか迎えに行くって。

 

 だったら女々しい事は言わない。

 

 ロキシー師匠──ありがとう──。

 

 

 

 

 

 ぢぐじょう……ざみじい!

 

 どうして涙が止まらないんだ。なんでこうも寂しいんだ。

 

 俺が子どもだから? それとも女の子だから?

 

 涙腺が弛み、止めどなく涙がこぼれる。

 

 

「うわあああーんっ!」

 

 

 大声で泣いた。体面など気にせず、ひたすらに。

 喉が裂ける勢い。

 それでも意識せずに無詠唱治癒術で回復してしまう。

 効力の発生源である手の平を直接当てるまでもない。

 

 ゲームで言う自動回復である。

 

 身体の負担を気にする必要がない為か、俺は泣き続ける。

 文字通り、涙がかれるまで。

 

 困ったように夫婦で顔を見合わせるパウロたち。

 

 そっとゼニスの腕が伸びてきて、豊かな胸の中に収められる。

 

 

「うんうん、寂しいわよね。つらいわよね」

 

「はい……。先生が居なくなっちゃって悲しいです……」 

 

 

 心中(しんちゅう)を吐露する。

 

 

「今日だけはお母さんの胸のなかで沢山泣きなさい。明日からまた頑張れば良いの」

 

「はい……」

 

「たまにはこうやって泣いちゃって、溜め込んだものを吐き出さなきゃ」

 

 

 ああ、ゼニスは本当に母親だ。

 今更なんだって話だが、今日ほど甘えたいと思った日は無い。

 

 

「ぐす……。あれ、変ね。私まで涙が……」

 

 

 ゼニスも泣いていた。

 俺ほどではないにしろ、ロキシーの去ったグレイラット家の寂寥感に、やられちまったらしい。

 

 パウロは泣いてこそいないが、既にロキシーの姿すら見えなくなった道の先を見つめていた。

 

 そうだ、俺だけじゃないんだ。悲しいのは。

 

 皆、同じ。この気持ちを共有しているのだ。

 

 

「よし!」

 

 

 涙は止まった。寂しい感情は不変。だが意識は変わった。

 

 両頬を手で叩いていた気合いを注入。

 

 

「これから──頑張るぞ!」

 

 

 ようやくだ。

 俺はスタートラインに立ったのだ。

 ロキシーという師の言葉を胸に刻み、これまで以上に人生を本気で生きてやると誓った。

 

 

 

 

 

 後日談──。

 

 その日の午後、ロキシーの使用していた部屋を掃除していると、ベッドの片隅にて白い布切れを見つけた。

 手に取ってみると若干小さい。しかし、俺が履くには大きい。

 

 

「これ、ロキシーのパンツじゃん」

 

 

 それも別れの前夜、ロキシーが自分を慰めていた際に着用していた下着だ。

 情欲を鎮めた後、履き替えた際にベッドの隅に置き忘れたようだ。

 

 辺りを見回し、ゼニスやリーリャの目が無いことを確認する。

 そして、何を血迷ったのか、それをポケットにしまってしまう。

 

 

「神の遺物──。厳重に保管しなければ」

 

 

 まだ壮健なロキシー師匠の置き土産を、ありがたく拝借する

 いつかは返そう。俺が大成して彼女を迎えに行った時にでも。

 

 どこぞの海賊の麦わら帽子のようなものだ。

 

 

「師匠。()、頑張るから」

 

 

 今一度、ロキシーの染み付きパンツをポケットから取り出し、握り締める。

 

 そしてパンツに顔を(うず)めて──。

 

 

「ロキシーがそばに居る……」

 

 

 ロキシーを近くに感じる。

 ここに居るんだ。

 離れていても心は寄り添っている。

 

 原動力を得た俺は、以来、走り続けた──。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。