「待たせてすまない、提督。」
トレーズがエントランスで待ち始めて数分後、動きやすそうな露出の多い服装で長門が現れる。
「こちらこそ急を言ってすまないね。」
柔和な笑みを浮かべながら、長門と共に鎮守府内の見学に向かう。
歩きながら、長門は提督の優雅さに感服する。
まるで常に人に見られているのを意識しているかのような、そんな美しさ。
「なにか、気になることでも?」
「あ、あぁ、いや、提督は一体何者なんだろうとな。」
そんな何もかもを見通したような瞳で見つめられ、長門は戸惑う。
トレーズはにこりと笑い、答える。
「今の私は、何者でもないよ。」
長門はそれ以上は聞けず、すこしの申し訳なさを感じながらも、共に施設内を回ったのだった。
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施設の確認や、書類の精査、現状の戦力の把握を終え、トレーズは執務室にて鳳翔の入れたお茶を嗜む。古ぼけた時計が、規則正しく秒針を刻む音だけが、その部屋に鳴り響く。
「日本のグリーンティー、奥の深い味わいだ。」
今現在、その鳳翔は晩の支度があるのだと席を外している。現在財政難でもあるこの鎮守府をやりくりするには鳳翔自らがキッチンに立つ必要があるらしい。
「食事をする兵器……か。私の感覚ではそれは人と呼ぶのだがね。」
かつて自らを武器の一つとして自爆も厭わない兵士たちがいた。彼らの行動やその想いの強さは、トレーズの心を熱く奮い立たせた。
(……彼女たちにもそれはある……だが。)
トレーズは再度お茶を飲む。
特に高いものでもないが、まだ慣れぬトレーズにとっては新鮮な茶葉の味だ。その味わいが消えぬうち、彼はとある資料を手に取った。
(彼女たちの信念には霧がかかっている。しかもそれは、本人ではなく誰かの意思で。)
そこには、本部から支給される高速修復材のことや、指輪のこと、そして、建造に使う資材についてのことが事細かに載せられていた。
「……純粋な願いは、戦いの中で洗練されてゆく。平和への祈りは、強大な力を持つとその心を悪にも染め上げてしまう。……いただけないな。」
小さく音を立てて、茶碗を茶托へ戻す。
(レディ・アン……君の力を借りることができればどれほど良いか……。)
かつての忠臣、レディ・アン。
彼女はトレーズの信頼する部下で、かなり有能な人物であった。また、その忠誠心は唯一無二のものだっただろう。
その忠誠心によって暴走してしまうことはあったものの、彼女は素晴らしい人物であるのだ。
(……今の私にできるのは、これらの使用を控えること……か。戦力の増強は図るべきなのだろうがね。)
どれだけ絶望的な状況でも、最後まで足掻く。
その姿や志に人としての成長、進化がある。
トレーズは立ち上がり、その意志を曲げることなく、足を工廠へと向けた。
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先程長門と共に来た際も、その工廠は異質だった。
何かがいるわけでもないのに、さまざまな資材が移動し、変形し、組み立てられてゆく。
長門はまるで気にすることないどころか、そこに誰かがいるかのように声をかけていた。
だが、トレーズは動揺しない。事前にその存在を知っていたのもあるが、彼は元々取るに足らないことで驚いたりはしないのだ。
(妖精……と呼ばれる存在か。彼らの存在が、現在の人類に与える影響は大きい……。)
艦娘の建造、武装の作成に留まらず、艦娘が撃ち出す戦闘機には彼らが乗ると言うことだ。
さらには、家具などの作成も彼らに任せてると言うことで、トレーズはそれでは人の成長を促せないとのこと。
「こちらの声は聞こえていると言うのに彼らの言葉は聞こえぬのは、どうも歯切れが悪いね。」
言葉とは裏腹に、彼らのことをあまり気にせず奥の方まで歩いてゆく。
そこには桃色の髪をした少女がいた。
「あら?どうしたの提督?」
何か忘れ物?と、周りを見渡してくれるのは工作艦、明石。
この工廠は彼女と妖精さんのみで回しているらしく、かなり忙しそうだ。
「明石、君にひとつお願い事があってね。この奥の工廠を一区画お借りしたいのだよ。」
「奥を?何か作るなら任されちゃうよ?」
疑問に満ち溢れた顔をした明石に、微笑みで返す。
「これ以上君だけにまかせるわけにはいかない。それに、何かを作るのは得意分野でね。」
「何を作るつもりなんです?」
興味から、明石がそれを訪ねる。
「そうだね。君たちが人であるための光……といったところかな?」
「光……?」
トレーズはそれ以上は何も言わずに、工廠の奥へと消えていった。
明石は疑問だらけであったが、そもそもかなり忙しい彼女はそれ以上の詮索はせず作業に戻った。
共に働く妖精たちと話す。
「不思議な人だね、私たちが人だって。」
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「このような作戦で出撃しろと仰るのですか!?」
次の日、会議室では叢雲がトレーズに噛み付いていた。
それもそのはず、作戦内容は随分と破天荒なものだったからだ。
トレーズは着任したて、本部から受ける任務も簡単な正面海域の哨戒程度のものだった。
にもかかわらず、その作戦には叢雲と皐月のみを当て、その他現在保有する戦力である、長門、鳳翔、蒼龍、飛龍を南西諸島防衛線に出撃させようと言うのだ。
「現在の長門さんの練度では鳳翔さんたち空母を守り切れるとは思いません。そもそも、正面海域だけでなく、南西諸島沖の警備実績がある鎮守府でしか、その防衛線には参戦できないのですよ。」
防衛線をこぼれ落ちた弱った深海棲艦にも負けるようでは、防衛戦線には参戦できない。
「その二つの問題に関しては既に解決させている。」
トレーズは立ち上がり、襟を正す。
「まずは参戦の許可だが、それは前提督の実績を引き継ぐと言う形で認めていただいた。正面海域の残敵はこちらが受け持つとの約束の上で、ね。」
横から鳳翔が、許可証を机に広げる。
それは紛れもなく本部からの防衛線参戦許可だった。
「そしてもう一つ、長門の練度についてだが。」
トレーズは許可証の上に設計図を置く。
「彼女には新たな艤装を開発中でね。」