『人を傷つける鬼を許すな!』
(鬼は……敵……!私は……私は……!!)
「禰豆子……」
建物の倒壊から免れた炭治郎は、起き上がって周囲を見回す。そして、少し離れた場所にその姿を見つけた。
「禰豆子!大丈夫か!?」
「――っ来ないで!!」
「ハァハァ……!!近づか……ないで……!!」
禰豆子の瞳孔は鋭く縦に切れ、肩で激しく息をしている。落ち着かせるためなのか、彼女は自らの着物の袖を強く噛み締めた。
「――なぁお前……あの鬼の娘、血縁だろ……?」
「ッ……!!」
「姉か?妹か?」
動けない様子の炭治郎は、逆らうこともできずに質問に答えるしかなかった。
「……妹だ」
「ひひひっ!!やっぱりそうか!!みっともねぇなあお前!!妹を守れずに、逆に庇われて怪我させてよお!!」
禰豆子はうずくまったままで、動ける状態ではない。妓夫太郎は禰豆子に目もくれず、炭治郎へと話を続ける。
「でも仕方ねぇか……鬼は怪我したって治るからなあ?人間と違って……なあ!?」
ボキィ!!
これ見よがしに指を折ってみせる。炭治郎は一瞬身を固くするが、うめき声ひとつ上げずに黙ったままだ。
「それに……妹があんなに苦しんでるってのに、兄貴であるお前は何もしてやれないもんなあ!?本当にみっともないぜ!!」
「でもよ、なんだか愛着が湧くなあ……」
「まだお前にも、妹の為にしてやれることがあるぜ?なあ?」
「食いモン用意してやるんだよ、兄貴のお前が!でも、自分が妹に喰われるなんて言うなよ!?一回あげてそれっきりじゃあ意味ねぇからなあ!!お前自信が強くならなきゃあ守ってやれねぇ、当然だろ!?」
「お前も鬼になればいい。鬼になれば一瞬で強くなれる……さあどうする!?でなきゃ妹もろともブチ殺すぞ!!」
「俺は……俺は……」
「お兄ちゃん!!」
「ちょっと嘘でしょ!?そんな奴に頸斬られないでよ!!」
刀に力を込める炭治郎に向けて、帯が伸びる。
その帯を激しい炎が包み込んだ。
「しつこいのよ!!クソ!!」
「ゔゔゔぁああ!!」
今にも暴れ出しそうな禰豆子が、必死の形相で堕姫の方を向く。
(鬼は敵……!お兄ちゃんを守る……私は……!)
(もう耐えられない!!血を、肉を!!なんで我慢しなきゃいけないの!?どうして!?だって私は!!)
――禰豆子の眼前に、放り投げられた何かが転がってきた。
「柱様の特上肉、有り難く貰っとけェ!」
彼女は転がってきた左手を無造作に拾い上げ、むさぼるように口にする。
「譜面が完成した!勝ちに行くぞォ!!」
「そんな量の肉じゃ、大して回復できないでしょ!!それに忘れたの!?アンタじゃ頸は切れないのよ!!」
禰豆子に向けて堕姫は再び攻撃を仕掛ける。
しかし、禰豆子は堕姫の方ではなく別の方向へ駆け出した。
(建物が崩れる前、すぐ近くにいた……きっとこの辺りに……!!)
「――善逸さん!どこですか!?」
「……禰豆子ちゃん……!?」
禰豆子は声を頼りに、力任せにガレキを蹴り飛ばした。その背中に帯の攻撃が迫る。
「――霹靂一閃!!」
「チィッ!!今さら役立たずを引っ張り出したって、意味ないのよ!!」
雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃
――神速!!
目にも留まらぬ速さで、善逸の刀が堕姫の頸を捉える。
「――アンタがアタシの頸を斬るより早く、アタシがアンタを細切れにするわ!」
「善逸さん!!」
禰豆子では、善逸の速さに追いつくことはできない。
彼女の視線の先で、帯が善逸の周りを囲んだそのとき……突然帯がバラバラに切り裂かれた。
反対側から現れた伊之助が、そのまま頸に刃を向ける。鬼気迫る勢いと共に、二人はついに堕姫の首を斬り飛ばした。
「――向こうは……お兄ちゃんは!?」
達成感に浸る間もなく、禰豆子は兄の姿を探す。
彼女が屋根へと飛び乗ったその時、辺りに声が響き渡る。
「まだだ!竈門!!逃げろォォ!!」
「お兄ちゃん!!!」
(遠い、間に合わない……!)
首のない鬼の肉体から、血の刃が湧き出てくる。
一瞬のはずのその時間は、禰豆子にとって不思議なほどに長く感じられた。
彼女の脳裏に様々な記憶が蘇り、うつっては消えていく。
『禰豆子……』
『禰豆子!』
『姉ちゃん!』
『禰豆子、お願いね』
(お母さん……お父さん……!間に合わない、誰か……!)
『諦めるな!』
『いいか善逸、壱の型は足が全て!!足の先の筋肉、血管の一つ一つに至るまで意識を割くんじゃ!』
雷が落ちたかのような轟音と共に、禰豆子は飛び出した。
彼女が手を伸ばすと、紅い炎が炭治郎の身体を覆うように広がっていく。
「お兄ちゃん……!お兄ちゃん……!」
「禰豆子……」
「他の皆は!?」
「動いちゃダメ!まだ傷が……!」
立ち上がった炭治郎だったが、すぐに膝をついてしまう。
「何があった……?禰豆子……何で俺は……」
「炭治郎……!禰豆子ちゃん……!誰か……誰か来てえ!!」
「……善逸の声だ、向こうから……!」
「待って、私に任せて!」
炭治郎を軽々と背負い、禰豆子は走り出した。
声のする方へ向かうと、善逸がガレキの山に手を掛けて倒れていた。
「善逸!無事か!?大丈夫なのか!?」
「たんじろお……足が痛くて登れないよお……伊之助がこの上に……心臓の音がどんどん小さくなってくよお……」
「そんな……!」
「伊之助、伊之助!!」
伊之助の呼吸は浅く、心音も消え入りそうなほどに弱々しい。炭治郎の呼びかけにも応える様子がない。
「毒をどうにかしないと……でもどうすれば……!」
「何で俺は助かった……?俺も毒をくらったのに……」
「……もしかして……」
隣にいた禰豆子が、優しく手を伸ばした。その身体を炎が包み込み、毒に侵された皮膚の色が元に戻っていく。
「腹減った!なんか食わせろ!」
「伊之助!」
「……良かった……!」
「禰豆子……!」
「うん、急がないと!」
炭治郎の案内もあって、その場所はすぐに見つかった。
宇髄を囲んで騒ぎ立てる三人に、禰豆子が割って入る。
「すみません、ちょっと失礼します」
宇髄の身体が炎に包まれる。
「ぎゃあああ!?何するんですかあ!?」
「落ち着いて、大丈夫ですから!」
「いやよく見たら鬼じゃないですかあなたぁ!?いやあああ!?」
「待て……こりゃ一体どういうことだ……?毒が消えた……」
「ええと……私もよくわかってないんです……」
「おそらく、禰豆子の血鬼術が鬼の毒を燃やしたんだと思います。以前にも他の鬼の術を解いてくれたことがあって……でも傷が治るわけではないので、もう動かないでください」
「いやいやお前も動くなよ、死ぬぞ」
「その通りだよお兄ちゃん、もっと自分のことも……」
「待て待てお前もだ竈門禰豆子、さっきまた理性飛びかけてたろ」
「……おかげで今は落ち着いています。……ええと、その……ありがとうございました……」
「宇髄さん、念のため俺は鬼の首を探してきます。確認するまではまだ安心できない。……禰豆子、頼む」
「……うん」
炭治郎の鼻を頼りに首を探しに出た二人。匂いを辿る途中、鬼の血だまりを発見し、血を採取する。
「珠世さんの所へ頼んだぞ」
(珠世さん、それにあの猫ちゃん……なんとなく覚えてる……)
「禰豆子、こっちに行ってくれ」
「鬼の匂いが強くなってきた」
「……うん」
鬼になった禰豆子は、人間だったころよりも感覚が鋭くなっていた。炭治郎ほどではないが、特に血の匂いには敏感となっている。
進むにつれて、言い争うような声が聞こえてきた。禰豆子は炭治郎を背負ったまま声の方へと急ぐ。
二人が近づいても、その言い争いがとまることはなかった。
「なんで助けてくれなかったの!?」
「俺は柱を相手にしてたんだぞ!」
「だから何よ!!」
「お前こそ上弦だって名乗るならなぁ!大して強くもねえ鬼の小娘に手こずってんじゃねえよ!!」
お互いを罵倒する言葉は、激しさを増していく。
「……アンタみたいに醜い奴が、アタシの兄妹なわけないわ!!アンタなんかとはきっと血も繋がってないわよ!!」
「ふざけんじゃねえぞ!!お前一人だったらとっくに死んでる!!どれだけ俺に助けられた!?」
「――だめだ……」
「――お兄ちゃん……?」
「お前さえいなけりゃ、俺の人生はもっと違ってた!」
「お前なんか生まれてこなけりゃ良かっ――」
「――嘘だよ」
「本当はそんなこと思ってないよ」
「この世でたった二人の兄妹なんだから」
「君たちの味方をしてくれる人なんていない、だからせめて二人だけは……お互いを罵り合ったら駄目だ」
静かにゆっくりと、首は灰になって崩れていく。
ついに二人の手の中で、完全に消えてしまった。
「仲直りできたかな?」
「……うん、きっと……」
(お兄ちゃんが鬼にも優しいのは、私も鬼だから?それとも……)
「善逸、伊之助……ありがとう……」
「よかったあああ生きてるよォォ……」
「ゴホッ……」
喜び抱き合う三人を、禰豆子は少し離れた所で見守っていた。