とある転生者の遊興日記   作:乾燥海藻類

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第一話

受付で会員カードを提示し、簡単なボディチェックを受ける。

 

「チェックOKです。ごゆっくりとお楽しみください」

「どうも」

 

軽く会釈して扉を開く。賑わいを見せる1階を素通りして2階へと進む。その扉の前で再度会員カードを提示して、中に入る。

そこでは粛々とした空気が流れていた。

下が鉄火場だとすれば、上は紳士淑女の集まりだ。

 

「やあ、重役出勤だね」

 

ロマンスグレーの老紳士が話しかけてくる。こんな場所には似合わない仕草で。いや、逆だな。俺の方が場違いな人間なのだろう、たぶん。

 

「山田さん。今日の調子はどうですか」

「うん。まあ、ボチボチといったところかな」

 

老紳士が苦笑いで答える。

 

「相変わらずメインレースにしかこねぇな。皐月賞で大儲けしたからしばらくこねぇと思ってたぜ」

 

次に声を掛けてきたのはチャラ男風の男だ。こう見えてアパレル関係で大成功を収めた時代の寵児らしい。テレビで見たこともある。その時はパリッとしたスーツを着た、如何にも出来る男といった感じだったが、どちらが本当の姿だろう?

 

「といっても2番人気と3番人気でしたからね。大した配当ではないですよ」

「だがあんたは上限一杯まで賭けてただろう。配当は17倍くらいだったな。大金だ」

「それでも、ここでは数日で消えてしまう程度の大金ですよ」

「ははっ、ちげぇねぇ」

 

チャラ男が呵々と笑う。

お察しの通り、ここは賭博場だ。だが違法賭博ではない。パチンコを拡大解釈したようなもの、というのが一番わかりやすいだろうか。

 

大抵の人は知らないと思うし、警察の人もご存じないらしいが、パチンコというのは換金できるのだ。いや、厳密に言えば換金ではないのだが、まあ細かいことはどうでもいいか。

要するに公認ではなく黙認だ。ひっそりやる分には問題ないですよ、といった感じだろう。

だからこの競馬……もといレース予想もそういうものだと思ってほしい。賭博ではなく遊び。ここは遊興施設なのだ。

 

さて、結構時間ギリギリに来たから、雑談に興じている時間はない。壁際に立っている黒服の男を手招きして、告げる。

 

エルコンドルパサー(1番)スペシャルウィーク(5番)。それぞれ単勝で5体。あとオレンジジュースをひとつ」

 

そう言って会員カードを渡す。黒服は恭しく一礼をしてその場を後にした。それを見送って、近くのソファに腰かける。前世では一度も座ることの出来なかった上等なソファだ。

 

「随分と手堅くいくじゃねぇか」

「あまり自信がないので」

 

本当にな。なんでエルコンドルパサーがいるんだよ。イレギュラーにも程がある。予定では上限一杯まで賭けるつもりだったが、エルコンドルパサーが出てきたおかげで全く読めなくなった。

正直スルーしても良かったんだけど、せっかくのダービーだしもったいないと思ってしまったのだ。

まあいい。大勝負は菊花賞までお預けだ。

 

「俺はキングヘイローに賭けたぜ」

 

訊いてもいないのにチャラ男が答えてくる。だが残念だったな。キングヘイローが花開くのはかなり先の話だ。

……とも言えないんだよな。エルコンドルパサーがマジで読めない。もしかしたらキングヘイローがダービー制覇する可能性も、無きにしも非ずだ。

 

チャラ男は俺の反応にも構わずキングヘイローの良さを語ってくる。おまえの推しなのは分かったから少し黙ってくれないかな。

その願いが通じたのか、チャラ男が静かになった。まあ本バ場入場が始まったってだけだけど。

大モニターに出走ウマ娘たちが表示される。

とそこで、ようやく黒服の男が帰ってきた。

 

「お待たせいたしました。ご確認ください」

 

ソファの脇に設置されたテーブルに、オレンジジュースと会員カード、そして『1』と『5』が刻まれたウマ娘人形が5体ずつ、計10体のウマ娘人形が置かれた。

今は1体10万円の価値だが、レースが終われば価値が変動する。

といっても1番人気と2番人気だからな。配当は大したことない。当然だが、どっちが来ても損にはならない。両方当たる(・・・・・)なんてことはないわけだし。

 

「うぉぉぉ。頼むぞキング。今度こそGⅠライブのセンターを。ダービーウマ娘になるんだ!」

 

なんかチャラ男が燃えとる。

 

「セイウンスカイ。ダービーも取って、菊花賞も取って、三冠ウマ娘になるのです」

 

山田さん、あんたの推しはセイウンスカイだったか。そういや皐月賞で涙流して喜んでたな。

 

ファンファーレが鳴り響き、ゲートインへ。

日本ダービーが、スタートした。

 

「うぉぉぉ! キングが行った! キングが行ったァ! えっ、キングが行ったァァッ!?」

 

チャラ男よ、3回も言わなくても分かるよ。キングが逃げ、そりゃ予想外だよな。俺にとっては知ってること(予想通り)だけど。

 

セイウンスカイが2番手。スペシャルウィークが中団に構え、エルコンドルパサーはそのすぐ後ろか。

道中大きな動きはなく、レースは最終コーナーを回ってラストの直線へ。ここでセイウンスカイがキングヘイローをかわして先頭に立った。

 

「ぬぅおおおぉぉ! キングが……俺のキングが……いや、キングならここから……」

 

いや無理だって。あの表情を見ろ。どう見ても一杯だ。

 

「よし!」

 

山田さん。喜ぶのは早いよ。あと500メートルも残ってる。むしろここからが本番だ。ほら、スペシャルウィークがかわした。そして内からエルコンドルパサーがきた。並んで、かわしたな。こりゃ決まったか。

……いや、スペシャルウィークが粘っている。というより、詰まってないか、これ? おいおい、これ追いつくぞ。追いつ……どうなんだこれ?

 

「写真判定ですな」

「どうでもいい。キングじゃないならどうでもいい」

 

チャラ男が燃え尽きて灰になっていた。まあ掲示板も外したからな。完全に作戦ミスだ。セイウンスカイを警戒し過ぎたな。結果論だけど。

写真判定が終わり、結果が表示される。

一番上に表示された番号はエルコンドルパサー(1番)。いや、違う。

 

「……同着?」

 

ダービーで同着? そんな、マンガじゃあるまいし。いや、マンガみたいな世界だったわ、ここ。

 

「いやはや、おめでとう。まさかここまで読み切って?」

「ははっ、まさか。偶然ですよ」

 

さすがにダービー同着なんて読めんわ。

 

「おめでとうございます。ウイニングライブはどういたしますか?」

 

黒服が問いかけてくる。ここでは予想が的中した客に、レース場(現地)まで送ってくれるサービスも行っているのだ。利用したことはないけどな。

 

「いや、結構。このまま帰ります。山田さん、ではまた」

「ええ、次は菊花賞……ですかな?」

「おそらくは」

「次こそは俺のキングが勝つからな!」

 

いや、俺に宣戦されてもなぁ。

残ったオレンジジュースを飲み干して店を出る。

たまたま(・・・・)目の前に在った古物商のお店でウマ娘人形を売却してタクシーへと乗り込む。

今日は豪華な夕食をとれそうだ。

 

 

 


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