「べた褒めね。大したものだわ」
東条ハナは率直に感心した。月刊トゥインクルから送られてきた取材記事の最終稿、チームリギルに所属するエアグルーヴとエルコンドルパサーの記事である。
エアグルーヴの記事を書いたのは、東条ハナもよく知る乙名史記者。そしてエルコンドルパサーの記事を書いたのは、北川令という記者だった。その隣に監修として乙名史の名前がある。
(この北川令という記者は、よほどウチのエルに入れ込んでいるみたいね)
何せエアグルーヴの倍のページ数を書いているのだ。そう捉えるのも無理はないだろう。
(確かに今回のジャパンカップは、恐らくエルかエアグルーヴのどちらかが勝つ)
東条ハナはそう確信していた。というのも、今回のジャパンカップは海外の有力ウマ娘が辞退しているという異例の事態となっていた。そのため、東条ハナが最も警戒しているのはダービーウマ娘のスペシャルウィークだった。
(にしてもこれは、見せていいものかどうか)
ああ見えてエルコンドルパサーは少々お調子者のきらいがある。同チームのエアグルーヴや、ダービーで互角の戦いをしたスペシャルウィークをなめるようなことはしないだろうが、こんなべた褒めの記事を読めば有頂天になるかもしれない。
そんなことを考えていると、トレーナー室の扉がノックされた。そして返事をする間もなく開かれる。
「お邪魔するデース!」
「お邪魔します、トレーナー」
予想はしていたものの、そのふたりを見て東条ハナはため息を零した。
「エル、いつも言っているでしょう。ノックをしても返事を待たないなら意味はないって」
「いや~、早くトレーニングしたくて、つい」
「トレーナー、私ももっと……」
「グラス、焦ってはダメよ」
グラスワンダーの言葉を遮って、東条ハナはやんわりと断りを入れた。休養後グラスワンダーは2つのレースに出走したが、5着、6着とまったくのいいとこなしで終わった。
その結果を見て、東条ハナはグラスワンダーをジャパンカップから外した。
「ゆっくりと、じっくりと行きましょう。あなたの本番は来春からよ」
「来春……」
グラスワンダーがグッと拳を握る。親友であるエルコンドルパサーが凱旋門賞を目指して羽ばたき、同期であるセイウンスカイは二冠ウマ娘になり、スペシャルウィークはダービーウマ娘になった。
自分だけが取り残されているような気がする。グラスワンダーにはそんな悔しさがあった。
(有馬記念……もし選ばれたのなら、私は……)
身体はまだ思うように動かない。だが
切っ掛けを欲していた。切っ掛けさえあれば、心に燻っている種火が大火となって燃え上がる。彼女にはそんな予感があった。
「ところでトレーナー、何を読んでたんデスか?」
エルコンドルパサーがテーブルの上に目を向ける。東条ハナは少し悩んだ後、どうせ発売されれば同じことだと思い、エルコンドルパサーにそれを渡した。
「お~、アタシの特集デスね。そういえばこの前の取材でいっぱい写真撮られまシタ」
計8ページの特集に目を通していき、エルコンドルパサーは徐々に体温が上昇していくのを感じた。
――スピード、スタミナ、レースセンス、いずれも一流にしてシンボリルドルフと比してなんら劣るところはない。
――芝・ダート、バ場状態、距離、ペースの緩急といった諸条件を難なく克服できる精神力の強さは群を抜いており、すでに一流の風格すら感じさせる。
――これといった弱点が無く、全てに均整が取れていて、全てが高い次元で融合している。本当にパーフェクトと言っていい。
――間違いなく世界に通用するウマ娘。今世紀最高のウマ娘と言っても過言ではない。
ざっと抜き出しただけでもこんな感じである。過去のレースについても詳細にまとめられており、東条ハナをもってして「よく見ているな」と感心するほどであった。
「ここまで評価されると何だか照れマスね~」
顔の上半分を隠すマスクで分かり難いが、ほほは間違いなく紅潮していた。
自分の世評が高いことは知っている。その評価を受けるだけの成績を残してきた。負けたウマ娘はただひとり、サイレンススズカのみ。それが悔しくもあるのだが。
「でもこんなおとなしい書き方は、乙名史さんらしくないですね」
「グラス、少しルドルフが
「え? うつるって……いえっ! 別におとなしいと乙名史さんをかけたわけでは!」
一瞬キョトンとしたものの、すぐに思い至ったのか、グラスワンダーはすぐさま訂正した。
「ふふっ、書いたのは乙名史さんではない。北川令という
令という名前と、乙名史が女性であることで、東条ハナにはバイアスがかかっていたのだろう。彼女は北川令を女性記者だと思い込んでいた。
そして心配していたエルコンドルパサーの反応も悪いものではない。慢心する様子はなく、逆に奮起しているように見えた。
(どうやら杞憂だったようね。これなら、彼女にエルの壮行記事を依頼するのも悪くないかもしれないわね)
来たるべき時を思い、東条ハナはそんなことを考えていた。
◇
時間は少し巻き戻る。
その日のジュニアAクラスではふたりのウマ娘が注目を集めていた。
「ねぇねぇ、ふたりがあの月刊トゥインクルから取材を受けたのってホントなの?」
クラスメイトにそう問われて、ウオッカはムフーッと鼻息を荒くした。
「いやーそうなんだよ。なんつーか、見てる人は見てるっつーか、俺の身体から迸るオーラっつーの? そういうのがさぁ」
「なに言ってんのよ。あの人はア・タ・シを取材しに来たのよ。アンタはついででしょ」
「なぁにぃ!? むしろついではオメーだろ。俺の方が質問多かったし、見る目が違った。こう、期待してる目だった!」
「質問の数も内容も同じでしょ。アタシたちに取材したんだから。記憶力大丈夫?」
「アァンッ!?」
先ほどまでニコニコしていたふたりが反射の速度でいがみ合いを始める。見慣れない人が見れば険悪に見えるが、クラスメイトたちにはいつものことで、また始まったという感じである。
「写真も撮られたんでしょ?」
ピタっと動きを止めて、まずはウオッカがしょうがねぇなぁといった感じで前髪をかき上げた。
「気の良い兄ちゃんでよ。カッケーポーズを教えてもらったんだぜ」
背景にゴゴゴゴゴとかドドドドドとかパパウパウパウフヒィーンなどが浮かんできそうなポーズを決めて、ウオッカはフゥーとため息を吐く。
「アタシのティアラも褒めてくれたのよ」
母親譲りのティアラを指でなぞりながら、ダイワスカーレットはエヘンと胸を張った。
「で、いつ雑誌に載るの?」
「ん~、なんだかんだ言っても俺らまだデビュー前だからな。然るべき時に、つってたぜ」
「どれだけアタシが有望株でもデビュー前なら仕方のないところね」
窓から曇天の空を見え上げて、ふたりはほほをかきながらつぶやく。
そんなふたりに対し、クラスメイトたちは一斉に突っ込んだ。
「まずはCクラスに上がらないとね」
――と。