とある転生者の遊興日記   作:乾燥海藻類

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第四話

この世界でまず戸惑ったのは、ウマ娘の存在ではなく、ウマ娘(レース)に対する人々の熱量である。競馬ファンの熱量も侮れないものはあるが、あれはお金がかかっているからだ。無論それ以外の部分でお馬さんに入れ込んでいるファンもいるだろうが。

 

この世界の競馬(レース)にギャンブル要素はない。少なくとも表向きは。どちらかといえばアイドルファンに近いかもしれない。幸か不幸か、俺はアイドルに浮かされることはなく、そんな知り合いもいなかったので、彼ら彼女らの心中を推し量ることはできないのだが。

 

ともあれ。

記念である。有馬記念ではなく有記念。

未だに慣れないこの漢字。

小学生の頃、「ウマ娘は四つ足ですか?」と先生にやんわりと怒られたことを思い出す。

意識していないとどうしても馬と書いてしまう。

 

今日はそんな有記念の三日前。俺は枠順発表会を兼ねた記者会見を見ていた。

主に自分のために設置した大型のテレビが目当てなのか、今日は割とお客さんが入っている。

 

「セイウンスカイは1枠2番か。いけるぞ、これは」

 

カウンター席、俺の目の前に座っている会長さんがグッと拳を握る。ヒマなのかな。以前に実権はないと言っていたが、案外本当なのかもしれない。

 

「キミはどう予想するかね?」

「難しいところですねぇ」

 

何となくとぼけてみる。この時点でグラスワンダーはそこまで注目されているウマ娘ではない。ジュニア期は勝ちまくって王者などと持て囃されていたが、怪我をしてクラシックシーズンのほとんどを棒に振ったことに加え、休養明けに出走したGⅡレースふたつも微妙な成績だった。今回選ばれたのも、過去の栄光という部分が大きい。

口さがない連中は「グラスワンダーは終わった」と言っている。

 

一番注目されているのは、菊花賞で世界レコードを出したセイウンスカイだ。女帝ことエアグルーヴと人気を二分している。

 

「店長~。メロンパフェとバナナパフェ追加で~す!」

「了解。メロンパフェとバナナパフェね」

 

聞こえてきた声に、考えを霧散させる。

記念の記事なんかどこも力を入れて書いているから、俺の出番なんてない。

レースの結果は、俺の知る通りだった。

マスコミが手のひら大回転させるさまが目に浮かぶな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年が明けて、俺に二度目の依頼が来た。デビュー前で、スターになりそうなウマ娘はいないかということなので、以前に取材したウオッカとダイワスカーレットのデータを送った。

 

「掲載前にチームスピカに確認取って下さいよ」

『言われなくても分かってるよ。じゃあこのデータ、ありがたく使わせてもらう』

 

編集長とそんなやり取りをして通話を切る。

そして2月某日。チームリギルが記者会見を開き、エルコンドルパサーの海外遠征が正式に発表された。

その翌日、編集長から電話がかかってきた。

 

『昨日の会見は見ただろ。ウチからも取材の打診をしたんだが、向こうはあんたを指名してきたんだよ。よっぽどあの記事が受けたんだろうな』

「なるほど」

 

そりゃ女の子はとりあえず褒めとけと前世で学んだからな。

 

『で、どうする?』

「そうですねぇ」

 

正直リギルって怖いんだよな。トレーナーの東条ハナはやり手のクールビューティーって感じだし、所属ウマ娘もシンボリルドルフを筆頭に貫禄のあるウマ娘ばっかりだし。

 

『なんなら乙名史を付けようか?』

「……お願いできますか」

『ああ、むしろこっちからお願いするわ。うるさいったらありゃしねぇ』

 

そんなわけで、俺は再びトレセン学園にやってきたのだった。

乙名史さんと連れ立って、リギルがトレーニングしている場所へと足を運ぶ。東条トレーナーに名刺を渡すと、ひどく驚いた顔で本人か確認された。

 

「……男性だったのね」

 

これはよくある間違いだった。名前が名前なものだから、字面だけなら性別を間違われることは昔からよくあった。

ここはキレるべきかな? 「令が男の名前で何が悪いんだ! 俺は男だよ!」みたいな感じで。

……やめておこう。ネタや冗談が通じる相手でもなさそうだ。月刊トゥインクルにも迷惑がかかるだろうし。

 

「どうする? エル」

「ちょっと考えマース」

 

ふたりがよく分からないやり取りを交わす。エルコンドルパサーは少し困惑しているようだった。

それから多少の雑談を挟み、俺たちはコース脇に設置された簡易テーブルに案内された。対面に東条トレーナーとエルコンドルパサーが座る。

 

「では始めましょうか。北川さん、エルの遠征、及び凱旋門賞挑戦について、どうお思いかしら?」

 

いきなり直球できたな。ここは少し会話を楽しんでみるか。

 

「シンボリルドルフは何故3度の敗北を喫したのか」

 

俺がそう言うと、東条トレーナーの柳眉がピクリと動いた。エルコンドルパサーも驚いているようだ。まあ自分の話題を振ったのに、全く関係ないシンボリルドルフに話が飛んで行ったのだから仕方ないともいえるが。

 

「あなたたち、トレーニングを続けなさい!」

 

東条トレーナーが右手を振るってチームメンバーに指示を送った。動きを止めていたトレーニングコースのウマ娘たちがいそいそとトレーニングを再開する。

ん? まさか聞こえてないよな。結構離れてるし、俺の声もそう大きくなかったはずだ。

 

「彼女は、ルドルフは私が初めて担当したウマ娘です。すべては私の力不足、指導力不足だと思っています」

「シンボリルドルフ……さんが負けたのは、ジャパンカップ、秋の天皇賞、そして遠征したアメリカでのレース」

 

そう言って指を3本立てる。負けたといってもジャパンカップは3着、秋天は2着と、大敗したわけではない。

問題なのは海外遠征したレース。そのレースでシンボリルドルフは生涯で初めて掲示板を外した。

 

外国勢に対して能力で劣っていたのか? そうではない。敗因は能力とは別のところにある。

そのレースでシンボリルドルフは繫靭帯炎を患った。アメリカ特有のコース事情が影響したと言われている。

個人的な意見だが、これは防げたのではないかと思っている。故障の懸念があったのなら、レースを回避するという選択肢もあった。

 

この世界のトレーナーという職業は、厩務員と調教師と、多少の騎手が一緒になった存在だと思っている。

ウマ娘は馬と違い、人間と意思疎通ができる。

だからトレーナーは、ウマ娘を信頼しすぎることがままあるのだ。

実際シンボリルドルフの海外遠征に対して、東条トレーナーは調整から何からを、本人と現地スタッフに任せている。

当時リギルには、すでにシンボリルドルフ以外にもメンバーがいた。だから東条トレーナーは同行するわけにはいかなかったのだろう。

 

「私がルドルフを、信頼しすぎたから、ルドルフは負けたと?」

「どれだけ成熟していても、根っこの部分は十代の乙女にすぎません。初めての海外遠征。不安もあったでしょう。しかし弱気を見せるわけにはいかない。弱音を吐く相手もいない。日本でも大きく取り上げられていましたね。その重圧たるや、如何ほどのものか、僕には想像もできません。ですがあなたはこう思ったのではありませんか? ルドルフならば大丈夫、だと」

「……そう、ね」

 

まあ本当のところは分からない。所詮は素人の予見でしかないのだ。どれだけ気を配っていても、故障する時は故障する。シンボリルドルフの故障が運命によって決められているというのなら、それはもう諦めるしかない。そうではないと信じたいが。

 

「でもエルに同行することは、現状では不可能だわ」

 

東条トレーナーは申し訳なさそうに、隣のエルコンドルパサーに視線を送った。当時と比べてリギルは大所帯となったが、その頃と変わらず全てのことを東条トレーナーがひとりで取り仕切っている。

有能すぎるのも問題だな。これほどの大所帯なら、サブトレーナーのひとりやふたりいてもおかしくはないはずなのに。

 

「とはいえ、あの頃より体制は整えているわ。だからこそ、あなたに依頼も出したのだから。男性だとは思わなかったけれど。もう一度訊くわ、エル。どうする?」

「そうデスね~。ま、いいんじゃないデスか。部屋も別々デスし」

「そう。では改めてお願いするわ、北川さん。フランス滞在中、エルのことよろしくお願いします」

 

そう言って東条トレーナーは恭しく頭を下げた。

 

 

 

…………つまり、どういうことだってばよ?

 

 

 


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