バイドとはなんだ。
人類を脅かす、機械であり肉塊であり、生物であり精神である怪物だ。
バイドとはなんだ。
人類を守る、ラウンドでありディフェンシブであり、フォースでありR戦闘機である物体だ。
ならばこの空間にある物は————いや、この空間を支配している癖にどこにもいない、たった一つのくせに複数を持つ者は誰だ。
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パイロットは二千の出撃を重ねた、愛機ともいえる流星のキャノピーから識別信号を見ていた。それらはB-1C3『アンフィビアンⅢ』、そしてあるはずのないその先の機体、B-1CX『ウロボロス』で構成されていた。
まるで地球のエビのような形をした複数の機体と、ボスらしき異形に無数のトゲを生やした一機が、彼のR戦闘機の目の前を、優雅にそして恐ろしくいた。生物として完全に自立して、パイロットでは制御のできない末端までをゆらりと鞭毛のように動かして、不気味に『泳いで』いた。
これもあの群れのように、取り込まれたRのなれの果てなのだろうか。
彼は破壊した炉の空間を飛び回っていた、バイドシステムを思い返した。アローヘッドのキャノピーを複数に増やしたうえで、肉塊に埋め込み針と最低限のスラスターのみを飛び出させたような、乗れるとしても触れる気すら起きない、怪物となった我らの愛馬。
それを模して造られたようなバイド系機体のうちの一つが、アンフィビアン・シリーズでもあって、水生生物に酷似したフォルムが特徴、そしてそれが取り込まれて敵になっている。
彼はそう理解していた。しかしそんなことは同時にどうでもよかった。彼にとって敵がそこにいること以外は、もはや完全にどうでもいいのだった。
パイロットは忌々しい怪物を見ていた。宇宙で幾度となく新たな流れ星にした奴らは、かつて異次元から出現した奴らは、数え切れないほどのメメントを彼から奪ってきた。それを根絶するまで戦い続けなければならない。彼が星になり続ける理由は、ずっとそれだった。
はじめそれらは興味がない様子だったが、確かにそれはバイドだと、パイロットはその目で確信した。確かに見た目は人間の作ったそれらと区別ができない物体だ。IFFは中立と警告をずっと示し続け、フォースもわずかに誘因があって、ドースを纏おうと切れ端の一部が蠢く。不明の証拠だ。
だが彼の眼には確実に、バイドであるとわかった。彼の漆黒の目がバイドで間違いがないのだと語った。だから彼は機体にグラビティドライバの泡を纏わせるのだった。
それが敵視されたことと思ったのだろう、ウロボロスを中心とした群れは、いきなり近づいて同じになろうと叫ぶ。
嫌だとパイロットは、フォースレーザーで焼き払う。
耳をつんざく悲鳴が聞こえると、今度は怒りをもって反撃を始める。滅んだアンフィビアンⅢをウロボロスは肉体から吐き出して、速度を増して体当たり。身体ごと同一になれと動く。それを前にかわし、彼は波動砲のチャージを始める。
シューティング・スターの圧縮波動砲は、その照射能力によって、疑似的な薙ぎ払い攻撃を可能とする。地球から月を射抜く素粒子の光、バイドを寄せ付けぬ指揮者の鏑矢であり、同時に彼の人生の半分であった。慣れた通りに動けば、全てを蒸発させられる技量が、彼には間違いなくあるのだ。
行き過ぎたウロボロスが天井に衝突し、脆い岩を砕いて結晶を落とす。回避のために百八十度回頭、右移動。1ループチャージが完了、トリガを引いて照射。
十近くのアンフィビアンが消滅し、ウロボロスのトゲの数本に攻撃がかする。続いて薙ぎ払いに移行しようとするが、どうしてか彼の機体は言うことをきいてくれない。
「!」
だから被害は、それ以上は増えはしない。群れを一掃した射撃だった。射撃のはず、だった。その攻撃は確かに狙いは正しかった。なのに、どうして?
パイロットの頭にはサイバーコネクトから不快感が流れ込んできていて、何か嫌な予感がしてサブシステムに切り替え、一時的にFCSを遮断、手動照準を使う。
狙いも正しかったのか?
本来はウロボロスまでも含めて撃ち抜くはずだったのに、なぜ外したのだ?
そんな疑念が沸き起こるけれど、そんなことはどうでもいい。どうでもいいことだ。
目の前の敵はまた、群れを作り出し始める。引く場所がない、彼は反射レーザーを起動、上下に別れる塊をレールガンを併用して、少しずつ破壊して道を作る。
「!!」
彼の頭が今度は、割れんばかりに苦しく広がる。不快感は不思議に強まる。殴りつけるような頭痛。仕方なくレーザーを中止して、パイロットは最低限出来た道を通り抜ける。そうするとどうしてか痛みが治まる。
野郎、俺の精神に入ってきたか…………!
彼はまた波動砲チャージを開始して、憎むべき肉塊を睨みながら、旧世代の戦闘機のように反転した。後ろには波動砲は撃てない。前にしか攻撃は飛んでいかない。当たり前の機動。
そうだ、それでいいんだ。薙ぎ払えないなら、軸線を合わせてまっすぐに…………!
システムからエラー感情が流れ込んできて、苛立って彼はコンソールを叩きつけるように操作する。内部システムを一瞬ハックされたのか?!
FCSのように解除を試みるが、動揺がサイバーコネクトで反映されて、明らかにガクリと挙動を歪めてしまう。その一瞬のゆれにより、旋回軌道がギリギリでずれる。
装甲にバイド破片がかすったので、すぐさま被弾部がオートでパージ、波動砲のチャージが中断、中途射撃で破壊を起こせず消滅。
「!!!!!」
分離できなかったシステムは、ファイアウオールが働いていないらしい。
不快感、嘔吐感、怒り、悲しみ、様々な感情が瞬間的に頭の中で駆け抜けて、痛みと飢餓、敵への憎悪と血流によって、彼は一時的に手を離す。わずかな間操作が止まる、ウロボロスはそれを逃すことなく、流星群のように装甲に体を叩きつける。
見た目の通りの粘液質が、許容限界を超えて彼の機体にこびりつく。続いて取り込むようにとげが広がって機体を覆い、隙間からアンフィビアンがエサを求めるように、無いはずの口を開けて齧りつく。ザイオンググラビティドライバの限界に達し、機体の制御が完全に凍り付く。
AICSユニットが分離、冷却吸気システム解除、サブ推進バランサー排除。電離設計が虚脱、BJ精神限界に、明確なレッドゾーン侵入。
流星が堕ちていくのがわかる。
その先はどこ?
地獄だろうと考える。ケダモノが眠る先はどこだ。本能のままに殺すだけのそれは、畜生道の存在のはずだ。ならば地獄だ。番犬が開けてしまった門の、その先だ。ルビコンと悪魔が切り開いた人外の先は、琥珀色の夜明けなのか?
揺蕩う人魚に抱きしめられながら、彼は二重らせんが織り繋ぐものの先は何だったのかを見た。瞳孔は限界まで拡大して、動く様子を見せない。鼓動だけはしているくせに、それを求める幹はすべて森の中、水底の奥。
始まりのヒトと生物の書式、きらりと光る粒子を肉体から吐き出しながら、理解と不理解の間をさまよって、バイドシステムは間違いなく、自分の本来を思い出して丸まっていく。
何を脱ぎ捨てた、自分は。バイド性か。人間性か。私はどちらだ、雄か、雌か。許容をするものか、排除をするものか。そうだ、そういうことなのだ。人間でない機械にすらたどり着ける簡単な結論は、動力炉の制御コンピュータでさえわかってしまう理屈は、求めるだけなのだ。光る結晶の、あるべきものだったのだ。
フォースを失い、目玉追尾ミサイルに汚染されながら戦い続けた自分に残っているのは一つだけ。
願望だ。
食いつくように曲がっていた波動砲は、もう一つの手だ。たった一つ壊れることなく残ったコントロールロッドのなれの果ては、保った粘膜の記憶をもとに、構成するのが境界。
ソフィアされるべきフィロのなくした人のフォニィは、ただ戦うだけの意識で形を保っていた。それすらも打ち壊されてしまったのなら、もう彼は元に戻るしかやれることがない。
ボイスレコーダーとデータレコーダーが記録している彼の最期は、開かれるべき先を待ちわびてさらに、機体ごと変質を始める。その形は反り返った、殺したはずの形、輪廻の名前。
「これがバイドの増殖、か」
最後の人間性で彼は、新たなヒュージの誕生に喜びながら、意識の全てを覆いなるものへと任せ、そのまま本能を受け入れた。そうだ、ケダモノが眠るのなら、人間が眠ったっていい。
燃え尽きた流星はそのまま、誰に見られることもなく巡り続ける。朝の星になることもできず、直系を残すことも出来ず。それでも生かされ続けるいつかの先に、バイバイを言ってもらえる日は、来るのだろうか。
照らしてくれるはずの陽は、この地下洞窟に登ることはない。それは誰かの波動の光によってそうされるまで、間違いなく、目覚めの灯りがないことを示していた。
R-9Dよ永遠なれ