Viva Saboia!!   作:ペニーボイス

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ジュゼッペ

 

 

 

 

 

サディア帝国

 南部

 海軍基地内

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 如何なる人間であれ、20代の体型を48歳まで維持する事は極めて困難だろう。

 日々運動能力は落ちていき、多くの場合運動時間も確保できず、基礎代謝は下降線を辿っていく。

 少なくとも今年で48歳のサディア帝国海軍大佐ジュゼッペ・パレンティにとっては、それは拷問に近い困難であった。

 

 

 彼は今秘書艦たるジュリオ・チェザーレと共に自らが司令を務める海軍基地の沿岸沿いを走っている。

 かつて地元の高校のラグビーチームに所属していたジュゼッペにとって、若い頃は6kmなんてものは距離ではなかった。

 それが今は万里の長城かなにかのように思えるのだから、時の流れとはなんと残酷な事だろう。

 若い頃は年に一度の体力検定をより早く終わらせるために走っていたというのに、今では年々増える体重を抑制するために汗を流している。

 この習慣を18歳で軍隊に入った時から続けているおかげで、何にでも大量のチーズを載せないと気が済まないサディアの食文化と格闘しても"少々打ち負ける"程度で済んでいた。

 彼と同年代の人間に比べれば、ジュゼッペはまだ「精悍」という名称の及第点くらいはもらえるはずだった。

 

 ただし、同じ習慣を30年も続けることに関しては、多くの人々は敬意を持つ事だろう。

 現にジュゼッペ・パレンティはこの基地にいる軍人の誰からも敬意を得ていたが、30年に渡るランニングはその一端を担っていた。

 

 

「ほら。もう少しよ、指揮官。このままのペースを維持しましょう。」

 

 

 年々老いる彼は数年前に、この習慣を尚も続けるための大きな支援を得た。

 秘書艦として赴任したチェザーレは長身の美女で、歳をとるに連れて折れかけていたジュゼッペの闘志を何度補佐してくれたか分からない。

 もっとも、この美しい秘書艦がもたらした弊害もある。

 

 強い日差しを浴びて肌を浅黒く焼き、ガッチリとした体型の、少し腹の出た禿頭の男がスタイルの良い秘書艦といるのだから、後ろ暗い噂は跡を立たなかった。

 真実に関して述べるなら、ジュゼッペに対する風評は全くの根拠のないものだ。

 彼は所謂7つの大罪の内、自らが犯したのは『暴食』の罪だけだという自負がある。

 それにジュゼッペには愛してやまない妻と2人の子供がいたし、彼女はKANSENではなかった。

 

 

 ジュゼッペ・パレンティがようやく日課のランニングを終えてスポーツ飲料水に口をつけている頃、司令部の方からチェザーレとは対照的に背の低いKANSENがやってくる。

 

 

 

「指揮官、鍛錬を終えた直後で申し訳ないがヴェネトから連絡があった。こっちに来るそうだ。」

 

 

 小柄なカブールはチェザーレの姉であるが、ジュゼッペには本当に姉妹か疑いたくなる時がある。

 性格も体格も正反対な2人であったが、ジュゼッペは2人とも大切に思っていた。

 しかしカブールが要件を伝えた時、ジュゼッペの日に焼けた顔が皺を寄せて明らかに顰められたのは隠しようのない事実だったが。

 

 

「…ヴィットリオ・ヴェネトが?…いつ?」

 

「実を言うとだな、指揮官。もう間も無く…」

 

 

 カブールがそこまで言ったところで、ジュゼッペの耳にアグスタAW109ヘリコプターのローター音が聞こえてきた。

 優美なヘリコプターは遠慮を知らずに司令部へとまっすぐ向かい、やがてはその屋上にあるヘリポートに着陸する。

 その様子をみたジュゼッペは、皺くちゃな顔を更に皺くちゃにした。

 

 

「…まったく、海軍の首領が聞いて呆れる!」

 

 

 

 

 

 

 ジュゼッペは怒ったものの、結局のところすぐにシャワーを浴びて服装を正してからヴィットリオ・ヴェネトとの対談に臨んだ。

 事前連絡に十分な時間を取れなかったところを見るに、ヴェネトはあまり待たされたくないに違いない。

 しかし、ジュゼッペにも急ぐつもりはなかった。

 理由はなんであれ連絡が遅れる方が悪い。

 責め苦を受け付けるつもりもなかった。

 

 

 彼は十分に準備をするとようやくヴェネトとの対面に臨む。

 部屋に入るなり向けられたヴェネトの視線が彼女の意思を物語っていた。

 "待たせすぎです"

 ジュゼッペは汲み取った相手の意思を傍によけ、改めて要件を尋ねることにした。

 

 

「本日はどのようなご用件で?」

 

「ジュゼッペ、私たちの諜報資産が重桜で仕事をこなしました。次は私たちの番です。」

 

「………と、いうことは元老院連中の懐柔には失敗したんですね?」

 

 

 ジュゼッペ・パレンティはただただこの歳になるまで息を吸ったり吐いたりしていたわけではない。

 自分の推測がヴェネトの図星であった事などすぐに分かる。

 ただし、それを知ってのんびり構えていられるわけではないことも承知していたが。

 

 

「…残念ながらあなたの言う通りです。元老院も皇帝陛下も、現状の権限を守るための自衛に手一杯になっていますから…」

 

「共産主義か無政府主義を受け入れるくらいなら、全体主義者に議席を与えた方がいい。」

 

「ええ。私なりに頑張ってはみましたけれど…」

 

「なるほど。あなたの仰っていた"プラン"を発動するタイミングが来たわけだ。このままだと全体主義者のせいで国全体がミキサーに放り込まれる。」

 

「………ジュゼッペ、あなたの私感で構いません。率直に、私たちがロイヤルやアイリスとの衝突に耐えられるかどうか…どう思われますか?」

 

 

 48歳の海軍大佐はヴェネトの質問に言葉を詰まらせる。

 本気で言っているのだろうか。

 海軍に30年間もいれば嫌でも分かるし、仮に外にいたって察しくらいは着くはずだろう。

 或いは、連中は宣戦布告の意味を知らないのだろうか?

 全体主義者は正気とは思えないし、それに権限を渡そうとする元老院も全員銃殺すべき連中だ。

 きっと表情がジュゼッペの返事を代弁していたし、ヴェネトにはそれを察する能力がある。

 

 

「私たちもあなたと同じ考えです。リットリオは"我らの海"での威光さえ陰りを見せることになるだろうと踏んでいる。」

 

「間違いありません。この国は戦争なんてできる状態にない。」

 

「この無謀な選択を止めるためには、あなたの協力が不可欠なのです。」

 

 

 ヴェネトが来ると聞いた時から、ジュゼッペはなんとなくその目的を察していた。

 以前から"プラン"の話は共有されていたのだ。

 ただしいざそれに取り組むとなると、ジュゼッペには躊躇をしたくなるものがある。

 

 

「…本当に"私の友人達"と連絡を取るおつもりですか?あなたは引き返せなくなりますよ?」

 

「カブールもチェザーレも、我がサディアにとっては切り札と言える存在です。それをあなたに任せているのには理由がある。こういう言い方をするのは失礼ですが、あなたほどの経歴の人間は他にもいますから。」

 

「はいはい、承知してますよ。ただ私はあなた自身の良心について警告を差し上げたいだけです。これから我々がやろうとしてるのは、無垢な人間を後ろから散弾銃で狙い撃つようなものだ。後悔だけはなさらないように。」

 

「その段階はもう通り過ぎています。早急に"南の兵隊"に連絡を取り次いでください。」

 

 

 "南の兵隊"…つまり、それはジュゼッペが電話一本で間接的に動かせる武装勢力を指す。

 たしかにヴェネトが彼らを必要とする理由を説明すれば、兵隊達は是非もなく従うことだろう。

 それは兵隊達にとっても利益になる話だからだ。

 反対にヴェネトも彼らが必要であることに疑いの余地もない。

 もし万が一の事態になっても、ヴェネトは兵隊との関係を否定できる。

 彼女は自分の計画に正規の兵力を用いるわけにはいかないから、これは殊更に重要だろう。

 それに…ジュゼッペは自分が強力な正規戦力を扱えるまでに出世できた理由を自覚していた。

 ジュゼッペ・パレンティは生粋のシチリア人で、兵隊達の大ボスとは古い仲である。

 ヴェネトがそれを見込んでいたとしても何も不思議には思わないし、ジュゼッペは仲の良い知人とヴェネトの両方を喜ばせる事ができるのだから当人に躊躇の余地はない。

 だから先ほどの会話は、ただの承認作業に他ならなかった。

 

 

 ジュゼッペは自らが居座るデスクの上の電話に手を伸ばし、受話器を取って幾つかの番号を打ち込んだ。

 自らの要求が実行されるのを見ているヴェネトの前で電話の呼び出し音に耳を傾ける。

 そうしてやった呼び出し相手が応答すると、ジュゼッペはまるで電話をかけた相手が目の前にいるかのように満面の笑みを浮かべた。

 

 

「やあ、トニー!ジュゼッペだ!…あぁ、久しぶりだね。おかげで元気さ。奥さんはどうかな?……うんうん、今度ウチにでも来てくれ。極上の赤ワインが手に入ったから…あはは!その通りだ、お宅のほどじゃないんだがね…」

 

 

 ヴェネトは脚を組んでジュゼッペが愛想をふんだんに振り撒いた長ったらしい挨拶を終えるのを待った。

 軍隊では単刀直入というのがベストなやり方だが、時としてそうはならない場合もある。

 特にジュゼッペの友人に対してはそれが当てはまった。

 

 挨拶は話題を様々な方向に飛ばしたが、最後には"トニー"の息子の進学先についてのアドバイスで締め括られ、そして本題へと達する。

 

 

「…ところで、トニー。いつか北部のお嬢様(スィニョリーナ)の事を話したと思うんだが、覚えているかね?」

 

 

 ヴェネトはジュゼッペが彼女の事を"お嬢様"と呼んだのを聞いて片眉を上げる。

 サディアのKANSENを率いる者としてそれなりの威厳を保持しているはずだが、ジュゼッペ・パレンティとその仲間内にとっては彼女もまた、ただの"お嬢様"という訳だろうか?

 ジュゼッペにその気がないにしろ、ヴェネトは少しばかりプライドをくすぐられたように感じる。

 

 

「そうだとも、トニー。彼女は君の望むモノを供給してくれるだろう。だから力を貸してくれるね?……ああ、ああ、ありがとうトニー…もちろん、それも伝えておこう。それじゃ、朗報を待っていてくれ。」

 

 

 浅黒い男はそう言って電話を元の位置に戻す。

 ジュゼッペの報告を聞かなくともヴェネトが全てを察することは容易だったので、彼女は立ち上がり、そして回れ右をした。

 

 

「ありがとうございました、ジュゼッペ。」

 

「どういたしまして。ところで…もちろん、私もトニーも、返礼を期待していますよ?」

 

「心配は不要ですよ。」

 

 

 ヴィットリオ・ヴェネトはジュゼッペの友人が"善きサマリア人"ではないことくらい承知している。

 彼らの欲するモノを与えれば、少なくとも南サディアの海運業者は致命的になりかねない業績の悪化を受けるだろう。

 ただしヴェネトには彼らを犠牲にしてまで成し遂げなければならない計画があった。

 

 ジュゼッペの執務室を後にしたヴェネトは再びAW109に乗り込んだ。

 次にやることは決めてある。

 極東の"甥っ子"を誉めてやらねばならない。

 

 

 

 

 

 

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