Viva Saboia!!   作:ペニーボイス

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若気の至り

 

 

 

 

 

 

 愛宕はベッドの上で起き上がると、同じ床で寝ていた少年の耳元に顔を近づける。

 とても優しげな表情を浮かべると、その顔と同じくらい優しげに語りかけた。

 

 

「朝よ、指揮官。起きてちょうだい?」

 

「……ん…んん………もう少しだけ…」

 

「あらら、相変わらず甘えん坊さんねえ。…分かった、先に朝ご飯の準備をしておくわ。」

 

 

 彼女は自らの指揮官に布団を掛け直すと、1人ベッドから降りて着替え始める。

 パジャマを脱いでその豊満な肢体をKANSENとしての制服に包み変えた。

 ふと、脳裏に浮かぶのは昨日の出来事。

 

『失礼なんだが猫アレルギーなんでね。…さっさと帰ってくれないか?』

 

 あの中佐は彼女の誘いに載るどころか嫌悪感すら隠そうとしなかった。

 彼女自身とて自分の美貌には自信がある。

 それでもあの男ははなから取り合おうともしなかったのだ。

 

 

「………指揮官殿に無用な心労を強いるな、愛宕。」

 

 

 凛とした声に思わず振り返る愛宕。

 声の主は彼女の姉妹艦たる『高雄』で、昨日の件は愛宕の単独で行ったにも関わらずその大凡を既に知っているようだった。

 

 

「…何のことかしら、高雄ちゃん。」

 

「とぼけても無駄だ。指揮官殿はお前が何をしたか既に察している。…そうやって相手を籠絡したのは一度や二度ではないのだからな。」

 

「………」

 

「お前は既に指揮官殿と結ばれている。もうこんな事はやめた方が良い。」

 

「…だけど、指揮官の後ろ盾だった長官を失った今…彼が准将の要求に添えなければどうなるかはあなたも良く理解しているでしょう?」

 

「………」

 

 

 今度は高雄が押し黙る番だった。

 

 いくら能力重視の戦時体制とはいえ、未だ青年の域にも達していない子供に命令されるというのは職業軍人にとって愉快とは言えない事であろう。

 ナツメ大佐はKANSEN指揮に天賦の才こそあれ影で陰湿な扱いを受けてもおかしくない立場にあった…現に直下の部下は陰で彼を『クソガキ』と呼んでいる。

 この前皇室派と見られる不埒な輩に暗殺された海軍長官は大変な人格者で、この若年の指揮官を守るために色々と手を回してくれていた。

 その年代で愛宕と結ばれるという、前代未聞の騒ぎを静めてくれたのも長官である。

 

 長官は厳密には統帥派でも皇室派でもなかった。

 ただし統帥派に近いと言う噂があり、実際にも統帥派連中からはその中心として担がれていたのだ。

 本人は国力増強を重視しつつも、皇室派の若手が願う国民救済にも理解を十分に示していて、何度も青年将校グループと談義の機会すら設けていた。

 ところが…恐らくは…その青年将校グループのうちの誰かに長官が殺された。

 

 暗殺者が何者であるにしろ、統帥派と皇室派の対立はこれで不可避のものとなった。

 統帥派の中心人物は海軍部のモウリ准将で、すなわちヤツメ大佐の直属の上司である。

 准将は今度は副長官を担ぎ上げ、まだ統帥派と皇室派のどちらにも参加していない指揮官達を自身の側に引き込もうと躍起になっていた。

 愛宕の指揮官たるヤツメ大佐に大きな圧力を掛けているのは、きっとそのためであろう。

 

 元々准将と愛宕の指揮官の関係は良好とは言い難かった。

 長官の暗殺事件の後、准将は大佐に対して、もし期待に添えなければKANSENを取り上げた上で更迭するという脅しに近い文句を押し付けている。

 愛宕はそれ以来塞ぎ込むようになってしまった指揮官を心から心配していた。

 

 

「准将の要求にしろ、何か他に手はあるはず。」

 

「でも!…もし失敗したら」

 

「それで指揮官殿が更に塞ぎ込んだらどうする!?」

 

「………」

 

「…愛宕、お主1人ではない。あの中佐を籠絡するにせよ、拙者も手を貸そう。だが、方法はよく吟味せねばならぬ。」

 

 

 高雄の言葉に反省しつつ、愛宕は愛してやまない指揮官の方を見た。

 "この子の安息を保つためなら"

 愛宕は何でもするつもりだったし、邪魔者の排除も視野に入れている。

 そして今のところその邪魔者とは、カツラギ中佐だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛宕が私の執務室に入ってきた時、我々は朝食中だった。

 焼きたてのブリオッシュに濃いめのエスプレッソ、チョコレートスプレッドを塗ったくったビスケットに加えて、私の頼みでキノコたっぷりのサラダも加わっている。

 この朝食を拵えてくれたのは愛するザラで、ポーラも彼女を手伝ってくれていた。

 そんなポーラが豊満な臀部に装着していたホルスターから、突然タンフォリオ製の9ミリ拳銃を手に取ったことにギョッとしたのはちょうどその時。

 我々の朝食会場に上官の"駒"がやってきた時だった。

 

 

 

「…おはようございます、()()。」

 

 

 愛宕は昨日のことなどなかったかのように振る舞っていたが、ザラもポーラも私から詳細を聞いているだけに彼女に対して敵対的な態度を崩さない。

 私も出来るだけ表情を変えることなく腰のホルスターに手を伸ばし、ベレッタの拳銃をそっと引き抜いた。

 昨日、私ははっきりと彼女に拒絶の意思と共に「帰ってくれ」と伝えている。

 それが平然とした様子で私の目の前に現れたということは、下手をすれば私に害意をもっている可能性があるということ。

 隣にあるキッチンのオーブンから焼きたてのブリオッシュを取り出してきたザラも私とポーラのいるテーブルの手前で凍りつき、続いてブリオッシュを置いてから元いたキッチンの方へと引き返していく。

 オーブンの下の隠しスペースには短銃身のベネリM3があり、まもなくザラはそれを手に戻ってくる。

 

 

 我々は即座に取り得るだけの防御体制を整えたわけだが、愛宕の方は何らの動揺もしていない。

 少し冷ややかな笑みさえ向けていて、我々は自然と身構えたわけだが。

 しかし彼女は我々の想像とは異なり、謝意を口にした。

 

 

「昨日は申し訳ありませんでした、カツラギ()()。少しばかり…思い上がった真似をしてしまったようです。」

 

 

 彼女はもう私のことを"指揮官"とは呼ばずに階級で呼んでいる。

 やはり私の推測は大筋あっていたようで、あの行動は彼女なりにヤツメ大佐に尽くそうとした帰結に違いない。

 まだ勤務も始まっていない時間に、アポイントメントもなく、あんな事をした後に私の妻の前に現れるなど無礼も無礼の典型のような行為だが。

 しかし彼女には恐らく彼女なりの思惑がある。

 

 一つは示威行動。

 個人的にはあんな真似をしてよくも、と思いたくなるが相手はあくまで上官の配下である。

 彼女は自らの失態を認めつつも、改めて大佐の権威を振りかざすという冒険的な挑戦を挑んでいるに違いない。

 何故なら二つ目の理由から、彼女は何が何でも私に対する権威を見せておかねばならないからだ。

 

 その二つ目の理由とは、おそらく私に何らかの説得を試みる意図があること。

 昨日の軽薄な行動は元々彼女なりの"説得"だったし、何らの躊躇もなかったところを見るにあの方法を用いたのはこれが初めてではないはずだ。

 大佐の権威を示すだけで私を思うように動かすなら、それはちゃんと勤務時間中に私のところに来て"命令"を伝えるだけでいい話。

 ところが彼女は朝のエスプレッソがまだ熱いような時間帯に来て、直に応対を望んでいる。

 それはきっと、彼女が色仕掛けに走った理由とも通ずるところがあるはずだ。

 要するに、彼女はこの"説得"に於いて大佐の関与を伏せておきたい。

 

 

「………すまないが…ザラ、ポーラ、席を外してくれないか?」

 

「なっ、正気なの指揮官!?この女が何をしたのか私たちは知って」

 

「ポーラ、今は指揮官の言う通りにしましょう。…あなた。私達はキッチンで待っているけれど、もし何か少しでも異変を嗅ぎ取ったらすぐに突入するから…そこだけは了承しておいて。」

 

「ありがとう、ザラ。それにポーラも。」

 

 

 2人が執務室から出て行って、部屋には私と愛宕だけが残される。

 私はまだ何も載っていない皿を手に取って、その上にブリオッシュを乗せて彼女の方へ差し出した。

 

 

「こんな時間に来たんだ。朝食もまだだろう?」

 

「どうかお気遣いなく、中佐。」

 

 

 毅然とした態度を取っているが、私は愛宕の中に一種の迷いがあることを見て取った。

 嘘をつけ。

 お前は朝食なんて取ってない。

 だが私からブリオッシュを取らないのはきっと醜態を晒したくない、なんて理由じゃないんだろう。

 お前はあんな真似をしておいて、しかし"貞操"を保っていたいんだ。

 

 彼女はここに来る前に、愛する指揮官のために朝食を拵えてきたはずだ。

 ところが、恐らくは最近は彼と共に朝食を取れていない。

 いつも彼女は朝早くから出勤していて、大抵は私が朝食を摂り終えて身支度を済ませた頃にはやってくる。

 きっと寝ぼけ眼の私から何か失言が飛び出さないか狙っていたに違いない。

 ザラのエスプレッソのおかげでその可能性はゼロに近いが、彼女が知る由もないのだから。

 

 何はともあれ私の善意は退けられた。

 だから遠慮なく彼女に差し出したブリオッシュを手元に戻して、同じく机の上にあるチョコレートスプレッドを塗りつける。

 しかしそれを口にする前に大切な事を思い出して、キノコのサラダを手前に寄せた。

 まずはサラダを食べて、ブリオッシュとビスケットはその次にする。

 甘いものたっぷりのサディア式朝食に対する、私なりの最低限の健康法でもあった。

 

 

「………それで。君は私を説得に来たんだろう?」

 

「分かりますか?」

 

「ああ。昨日あんな事をしたのは大佐の関与を隠しつつ、私に何かしらの行動を迫りたいからだ。」

 

「………」

 

「あんな事をする前に、一度こうやってくれれば彼女達の機嫌も損ねずに済んだと思うがね。」

 

 

 キノコのサラダを食べ終わり、再びブリオッシュに手をつける。

 バターをふんだんに使ったふんわりとした生地を裂きながら、もはや愛宕に目もくれずに食べ始めた。

 彼女は先ほどから直立不動で、その真剣な様子が良く伝わる。

 

 

「…率直に申し上げます、中佐。指揮官…ヤツメ大佐は同志を求めています。」

 

「同志?…おかしな事を言う。我々は既に重桜海軍という同志だ。共に重桜に尽くす同志だと言うのに、今更忠誠を再確認するまでもないだろう。」

 

「中佐もご存じのはず。今や重桜海軍は一つではありません。現実的な思慮を重ねる側と、無謀なまでに希望に縋る側に別れています。」

 

「随分と辛辣な物言いだな。国民の救済は軍部の義務ではないと?」

 

「彼らの信ずるやり方では不可能なのです、中佐!サディア帰りのあなたが、それに気づかないはずもない!」

 

「…落ち着きたまえ、何も私は"若気の至り"に肩入れをするつもりはない。」

 

 

 ブリオッシュを食べ終えて、エスプレッソを一口含む。

 途轍もなく濃く感じるが、コレが一気に目を冴えさせてくれる…ただし用便が近くなりやすいという欠点もある。

 次いでビスケットを摘みながら、彼女に改めて視線を向けた。

 

 

「………大佐のお考えは私といえどよく理解しているつもりだ。現実的に見れば皇室派連中の若造どもは御伽噺の住人でしかない。」

 

「!……では!」

 

「ただ、忘れてはならんよ?先も言ったが、彼らもまた重桜海軍の同胞なのだ。"若気の至り"なら誰にでも経験はある。大切なのはそれを正してやること。とはいえ………」

 

「………」

 

()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 愛宕の瞳孔が開くのが遠目にもよく分かる。

 一体どれだけ感情を隠すのが下手くそなんだろうか。

 

 

「……まだどちらとも言えんが、少なくとも私はもう皇室派には同情はできんな。奴らは超えてはならん線を越えた。私は統帥派の言う事に賛同することはあっても、もう皇室派連中に賛同することはないだろう………少なくとも。」

 

「賢明なご判断です、中佐。大佐もあなたの判断を高く評価するかと。」

 

「そうか、それは嬉しいね。…さて、愛宕。今日の業務にはもう"応援要員"は必要ない。」

 

「しかし…」

 

「良いんだ、明日また出直してきてくれ。私は君の考えに納得したが、キッチンにいる彼女達を説得するには時間がかかる。何かの拍子に散弾銃で撃たれんとも限らん。」

 

「………」

 

「そう暗い顔をするな。彼女達も陰湿じゃない。明日の朝には曲げたヘソを治してるさ。…ただ、今日のところは大佐の元にいてくれ。」

 

「お気遣い感謝致します、中佐。それでは…お言葉に甘えましょう。」

 

 

 

 やがて愛宕が出て行って、キッチンのザラとポーラが戻ってくる。

 私は最後のビスケットを食べ終えてから、ニコチンガムを口に放り込んだ。

 禁煙を始めてからかなり経つが、朝一番の離脱症状だけは未だコレに頼らざるを得ない。

 

 

「それで…上手くいったの?」

 

「ああ、ザラ。とりあえずは、上手くいったとも。」

 

 

 もし仮にヤツメ大佐から皇室派の排除を命じられても、私は多分やらない。

 連中は潰し合わせたいが、自分はその中に加わるつもりはないからだ。

 でも、もし叔母様(ヴィットリオ・ヴェネト)から要求されれば…私はいちもにもなくやるだろう。

 

 

 

 

 

 

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