Viva Saboia!!   作:ペニーボイス

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内憂外患

 

 

 

 

 

黒海洋上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ!3隻目のフリゲートがやられたぞ!」

 

「艦長、護衛が全滅しました!KANSENの援軍はまだですか!?」

 

 

 サディア帝国船籍の商船の操舵室では、副船長が船長に悲鳴に近い問いかけを行っていた。

 船長は通信士の方へと振り返ると、彼に何か命ずることもなく、ただその方向へと向かっていく。

 次いで通信士を席から退かせると、自らヘッドセットを頭に掛ける。

 

 

「こちら商船"ヴェネツィア"!護衛のフリゲートが全滅した!救援はまだか!?」

 

『ヴェネツィア、こちらはサディア帝国KANSENのドゥーカ・デッリ・アブルッツィだ。全速でそちらに向かっているが、まだ時間がかかる。どうにか持ち堪えられないか?』

 

「護衛は全滅したし、こっちは積荷を満杯に積んだ貨物船だぞ!?無茶を言うな!!」

 

 

 実際サディア帝国海軍のフリゲート艦を沈めた時点で、セイレーンの艦隊は"ヴェネツィア"の正確な位置を掴んでいると見て間違いない。

 つまり船長にとっては一刻の猶予もないわけだ。

 そんな"ヴェネツィア"の無線に、別言語の無線が混信する。

 

 

『商船"ヴェネツィア"、こちらは北方連合所属KANSENのチャパエフよ!そちらの概ねの位置は把握している、すぐに救助に向かえるわ!』

 

 

 ああ!ありがたい!

 船長はそう思ったが、しかしこの女神のようなKANSENに救助を求める前に新しい規則に則らなければならない。

 大変煩わしいことこの上ない無線機の操作を行なって、船長は衛星通信によりサディア帝国海軍に連絡を取る。

 

 

「本部、本部、こちら"ヴェネツィア"!北方連合の艦隊から救助の申し出があった。詳細座標を送る許可をいただきたい!」

 

『"ヴェネツィア"、北方連合の艦隊に救助を求めることは許さない。本国の艦隊が到着するまで待て。』

 

「しかし!新規則上においても緊急時は北方連合との接触が認められているはずです!」

 

『それはこちらの艦隊が派遣できない場合に限られる。貴船舶には現在当海軍のKANSENを向かわせている。到着まで待たれたい。』

 

「冗談じゃない!セイレーンは目と鼻の先にまで迫ってるんだぞ!」

 

『北方連合との許可なき接触は反逆罪と見做す。通信は以上だ。』

 

 

 クソッタレどもが!

 そう叫びたいのは山々だったが、船長はあくまで冷静でいるべきだし叫んだところで現状が良くなるわけでもない。

 船長はヘッドセットを投げ捨てると双眼鏡を手に取って沈みゆくフリゲートの向こう側に見えるセイレーン艦隊の方を観察する。

 敵の艦隊は徐々に距離を詰めており、船長が観察を始めてからいくつか後には早くも砲門を開いた。

 セイレーンの砲弾は商船"ヴェネツィア"に複数の至近弾をもたらして、船長のいる操舵室は大きく揺れる。

 

 

「ここままじゃ船が持たん!総員脱出準備!」

 

「船長、ボートで砲弾の只中へ行けと仰るのですか!?」

 

「この船に満載された貨物と共に沈みたいかね!?北方連合の連中を頼るわけにもいかん、万が一でも可能性がある方に賭けろ!」

 

 

 その時、今までよりももっと近い至近弾が着弾して"ヴェネツィア"は今度は船体ごと大きく揺れた。

 セイレーン艦隊が照準の修正を行なっている証左だし、次は確実に当ててくる事だろう。

 船長は船内の一斉放送装置までどうにか行って、その送信機を手に取る。

 

 だがその送信ボタンを押して緊急脱出の指令を下そうとした矢先に、遠くの方で…しかも先ほどセイレーン艦隊の位置を確認した方角からとてつもなく大きな爆発音が聞こえた。

 次いで衝撃波が"ヴェネツィア"の操舵室を震わせると、船長はようやく事態を理解する。

 

 

「…セイレーンがやられてる………一体誰がやった?」

 

 

 サディア帝国海軍はまだ到着していないし、北方連合の申し出には返答していない。

 もしや北方連合の連中が…連中らしくもないが…機転を効かしてくれたのか?

 

 答えはそのどちらでもなかった。

 やがて"ヴェネツィア"の直上を2機のJu87C爆撃機が通過する。

 この鉄血製急降下爆撃機の存在が意味することはきっとひとつだけ。

 そしてその"意味"は商船の通信設備により証明された。

 

 

『アロー?アロ〜?…聞こえてますの?』

 

 

 いつのまにか入っていた通信に、船長は慌ててヘッドセットを拾い上げて対応する。

 

 

「あ、ああ!こちら商船"ヴェネツィア"!貴艦が爆撃機の発進元か?」

 

『ええ!私は悪い子ですから、連絡を取るより先に行動しちゃいましたの♪』

 

「いやあ!助かった!一刻を争う事態だったから…非常に賢明な判断に感謝する!」

 

『えっ………あ、いや…そ、それは…ええっと…とりあえず、よろしくて。』

 

「貴艦の所属を確認させていただきたい…サディアに帰港し次第大使館を通じて御礼をさせていただきたいのでね。」

 

『お礼なんてそんな…わ、分かりましたわ。こちらは鉄血公国所属空母、エルベですわ♪どうぞお見知り置きを♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チッタ・エテナール

 

 

 

 

 

 

 

 首相はとんだヘマをやらかしたし、海軍はそれよりも大きなヘマをやらかした。

 ヴィットリオ・ヴェネトはもはや全てを投げ出したくなりながら、自身の執務机の上に突っ伏している。

 窓の外を眺めながら、昼過ぎの優雅な赤ワインを楽しむ『リットリオ』を見ていると普段より余計に恨めしさが増してしまった。

 

 

「……あなたは気楽そうで良いですね、リットリオ」

 

「思い詰めても始まらないことを知っているだけだ。こんな誤算程度は想定の内のはずだろう?…ヴェネトらしくもない。」

 

「確かにそうですけど、元老院や皇帝は言うに及ばず海軍まで本格的に国の舵取りを投げ出そうと言うんですから…総旗艦としては嘆かわしい限りです。」

 

「鉄血はこれで貴重な前例を得た。セイレーンの攻撃によって衰退したロイヤルやアイリスに代わって、エウロパ大陸の海上通商の保護者として名乗り出るに十分な前例を。」

 

「これならまだ北方連合に助力していただいた方がマシでした。元老院も議会もますます全体主義者に乗っ取られます。」

 

 

 セイレーンによる通商の破壊は、植民地が経済の小さくない一翼を担っていたロイヤルやアイリスのエウロパ大陸におけるヘゲモニーを後退させた。

 虎視眈々と"日の当たる場所"を狙ってきた鉄血は、ここぞとばかりに勢力を増長させている。

 人類共通の敵という存在を存分に利用して、彼らは新時代における重要な一員としての地位を固めてきたのだ。

 

 セイレーンの活動によって得をしたのは、少なくともエウロパ大陸においては国際的地位を飛躍的に向上させた鉄血と、多くの犠牲を払いながらも巨大な工業力を入手した北方連合の2カ国だけだった。

 サディア帝国は例に漏れず、"損をする側"に留まっている。

 ロイヤルやアイリスが持っていた植民地を、サディアはほとんど持っていなかった。

 これだけでも負担は大きいのに、地中海でもセイレーンの活動が見られるようになるとサディアの本土自体が脅かされたのだ。

 

 ヴィットリオ・ヴェネト達は死に物狂いでどうにか地中海の安全を確保した。

 ロイヤルは自国の通商保護に手一杯だったし、アイリスに至っては分裂の兆候さえ見え始めている現在、サディアは独力で地中海の安全を確保し続ける必要がある。

 現在"我らの海"は小康状態を保っているが、ヴェネト達やサディア海軍が地中海の外にある勢力圏にまで保護力を伸ばすのはもう不可能だった。

 地中海と隣接する黒海ですらその例外ではなく、海軍はなけなしの戦力を投じて最大限の努力を行っていたにも関わらず今回の事件は発生した。

 商船"ヴェネツィア"を筆頭とする通商船隊の護衛はセイレーンの攻撃になすすべもなく撃沈されたのだ。

 

 

「ドゥーカ・デッリ・アブルッツィを責めるわけにはいきません。どんなKANSENでも彼女以上に急ぐことはできないでしょうから。」

 

「ああ。ヴェネトが不満を持っているのは海軍上層部の反応か?」

 

「ええ。上層部は"ヴェネツィア"の船長に、北方連合からの救援の申し出を断らせた。愚かしいことに、自国の通商船の安全よりも政治を優先したのです。」

 

「その原因は硬直した軍組織体系か、それとも政治的な干渉か。」

 

「どちらだと思います?…私はきっと後者かと。仮にも上層部まで上り詰めるような人間なら、いくら海軍が硬直した体制であっても神頼みなんてしないはず。全体主義は間違いなく海軍の上層部まで浸透しています。恐らく担当者は船隊の位置を鉄血側に流していたのでしょう。」

 

「エルベが付近にいたのは全くの偶然かもしれないが、救援のタイミングを踏まえると確かに不自然が過ぎるな。その推測はあながち間違っていないだろう。」

 

「それを偶然のように見せかけることによって、全体主義者達は彼らの同盟者たる鉄血こそサディア通商の保護者だと海運業界に刷り込むことに成功した。…はぁ………してやられました。サディア経済における海運業のシェアは決して小さくありません。」

 

「議会には全体主義者が増えるだろうな。元老院も皇帝もますます奴ら寄りになる。」

 

「無理な事とは理解していましたが…同時にこれは最後の希望でもありました。海軍が冷静でいられれば、いずれ国内の全体主義には歯止めが掛かると。」

 

「そんなものは願望に過ぎないし、願望に頼るのは愚か者のする事だ。だからあの男を使っているんだろう?」

 

「………ふはぁ…本当は奥の手だったのですよ?」

 

 

 ヴェネトはようやく机から起き上がって、少々乱れてしまった衣服を整える。

 そうして改めてリットリオの方を向き、"総旗艦"として彼女に命じた。

 

 

「リットリオ、あなたはビスマルクと会ってきてください。彼らは"下腹部"を固める必要がある以上、あなたを歓迎するはずです。」

 

「ヴェネトの指示とあらば喜んで従おう。…重桜の方はどうする?」

 

「いつも通り、内政は私、外政はあなたが対応する方が良いかと。あなたはあなたの任務に集中してください。」

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