敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
序章 接敵Ⅰ
低い雲に覆われた夜の闇の中、砂まじりの強い風が吹きすぎていく丘のふもとにそれはいた。そこここに設置された作業用照明のもと、トレーラー上に横たわる巨人──モビルスーツ・ザクは、その輪郭を闇の中に浮かび上がらせている。
コックピットハッチは砂よけであろうシートに覆われ、その周辺で2名の整備兵が作業を行なっている。 コックピットハッチ廻りだけではない、ザクの手や足の作る影の中にも整備兵がうごめいているのが見てとれる。
トレーラーのすぐ横には兵員輸送用トラックが停まり、さらに少し離れた丘の上には、そのトレーラーを牽引していたサムソントップが、トレーラーとは反対側に広がる闇を監視するように潜んでいた。
ドアのない仮眠室の壁がノックされた。だが、それ以前にオレは、近づく人の気配に浅い眠りから目ざめていた。
「────ギーケイ少尉、連邦と思われるモビルスーツが接近中です」
クルツの声だ。
「わかった」
オレはサムソントレーラーの狭い仮眠ベッドに上半身を起こす、待機状態なので野戦服のままだ。それでも、パイロット・スーツで待機しなければならない宇宙よりましなのかもしれない。だが、空調は効いていても、絶えずさらされる緊張状態のなかで熟睡は難しい。
「すぐ行く──」
オレは短く応えて仮眠ベッドから身体をはね起こし、立ち上がる。来るべき時が来た────
「何機だ───?」
入るなりオレは言った。サムソントップの運転室内は暗く、コンソールの電子光が3人の顔を下から浮かび上がらせている。報告に来たクルツは、すでに運転席に戻りオレをうかがっていた。
「ホバー車両1機と、モビルスーツがおそらく3機──
距離30キロ前後、南南西から時速約60キロで接近中」
ソナーを担当している整備兵がヘッドホンを左耳に当て、モニターをにらみながら答える。
「このまま進行するとして、前方を通過するまで約30分。
その後、先行する本隊最後尾に2時間程度で接触します」
「わかった、連中はオレが足止めする。
おまえ達は離脱し、本隊に合流しろ。
ウェイド軍曹にも連絡を」
「作業はすでに中断させました。ザクは出撃状態で待機中です。
しかし整備状況は───」
オード軍曹が言いよどむ。それが完全でない整備状況を言おうとしたのだとオレには分かった。
「気にするな、分かっていたことだ」
軍曹は納得していない顔つきで運転席のクルツに指示を出す。
「トップをトレーラーまで移動させろ」
「了解───」
クルツの運転により、サムソントップは後方のトレーラーへ移動をはじめた。同時にオード軍曹がマイクを取り上げ、無線で連絡事項をトレーラー側に伝え始めた
サムソントップがトレーラーに横付けされる。完全に停車するのを待たずに、オレは後部ハッチから身を踊らせ、トレーラーへと走る。闇の中に横たわる巨人──満身創痍のザクに向かい、短いタラップを駆け上がりながら叫ぶ────
「聞いているな!
連邦のMSが近づいている、すぐ出すぞ!!」
整備兵の動きが、さらにあわただしく加速する。
整備作業を監督していたウェイド軍曹が、手にしたパネルの画面上に模式図を表示し、ザクの現状を簡単に報告した。───彼は最後に言った。
「やれることはすべてやりました───
ですが、長時間の戦闘は避けてください・・・・・・」
言いよどむウェイド軍曹───無理なことを言っていると分かっているのだ。
「よくやってくれた、充分だ」
オレは彼に笑いかけ、肩をつかむ。
そう、最初から分かっていたことだ───
ザクに登ろうとしたオレに駆け寄ってくる者がいた。クルツだった。
「自分も戦います」
クルツが、幼さを残した顔に決意をあらわにして進言する。
「クルツ! 何度も話したはずだ。
連中はオレが足止めする。
キサマ達は本隊を追うんだ」
「サムソントップには40ミリ機関砲もあります。
ホバーを駆使すれば連中を攪乱するぐらいのことは────」
オレは、言いつのるクルツの肩を乱暴に掴んで言葉をさえぎり、怒鳴る。
「これは奇襲だ、サムソントップがいても役に立たん!」
唇を噛むクルツと間近に向き合い、言葉を続ける。
「40ミリは本隊を守るために使え。
サムソントップの足があれば負傷者の輸送も楽になる」
「───ッ!」
オレの言の正しさに、クルツは一瞬口惜しそうな表情でうつむいた。
「オレは連中をひきつけて交戦に入る。
むざと死ぬ気はない───先に宇宙へ帰っていろ。」
言い捨ててオレはザクにかけられた脚立に手をかけ、コックピットハッチへとよじ登る────
「クルツ、降りろ。ザクが出る」
ウェイド軍曹が腕をつかみ、クルツを促した。
ザクの上はさらに強い風に吹きさらされている。オレが機体によじ登ったのを確認し、脚立が外された。ハッチにかけられたシートを外し、かなぐり捨てる。シートは風に舞い闇に消える。
コックピットへ入ろうとしたそのときだった。風の中で名前を呼ばれ、オレは地上を見下ろす。
クルツがいた。
彼はまだ幼さの残る顔でオレを見上げ、叫んだ────
────その声はすぐに強い風にかき消されてしまったが、その言葉を聞き違えることなどありえなかった。
オレはわずかに微笑み、片ひざをついたまま彼に向かって敬礼をする。クルツが生真面目に背筋を伸ばして───続いて、周囲にいた整備兵たちが次々に答礼を返しはじめる、オレはそれを見てザクのコックピットへ身をおどらせた。
ほとんど真上を向いた状態のシートに無理やり身体を押し込む。
『宇宙ならこんな苦労をしなくてすむものを────』
ハッチが閉じ、風の音をさえぎる。手早く出撃前の確認を行なっていると。通信機が外にいる整備兵の声をコックピットに伝えてくる。
“全ロックリリース、ザク引き起こし準備完了しています!”
モニター上ですべてのロックが解除されているのを視認すると、暖機状態にあったザクの上半身を起こし始める。
コックピットに響くアクチュエーターのうなりは重く、その中に不快な異音が混じる───スムーズな動作とはお世辞にも言えない。───だが、限られた時間の中で整備班が仕上げたのだ、不平はない。
モニターの中に、ザクが機体を起こすのを確認してサムソントップへと戻るクルツが映っていた。正常な姿勢となったコックピットの中であらためてシートベルトをロックする。
“御武運を、少尉────”
通信機のノイズの底からオード軍曹の声がした。
「トカゲの尻尾はせいぜい派手に暴れるとしよう。
軍曹、世話になった────」
“世話になったのは我々ですよ、少尉───”
それが最後の通信となった。
サムソントップと整備兵を乗せた輸送トラックがゆっくりと離れていく────移動中のコンウェル基地本隊を追うのだ。 すこし回り道になるが、本隊は大人数で動きは遅い。すぐに追いつくことができるだろう。
だが、たどりつくべき目的地───アデン宇宙港はまだ遠い。
オレは接近する連邦機を迎え撃つために、先ほどまでサムソン・トップのいた丘の上にザクを移動させた。
遠ざかる兵員輸送トラックの荷台で、整備兵たちが小さくなって行くザクの影を言葉もなく見つめていた。パイロットのクロウ・ギーケイ少尉が、死を賭してコンウェル基地と第4整備中隊の兵を守ろうとしていることを全員が知っていた。
トラックの前方を走るサムソントップの運転席、そこでクルツ・シフェールは、泣きそうな顔を前方の闇に向けたままハンドルを握っている。クルツは歯を食いしばり、頭の中で自分の任務を復唱していた。
『今やらなければならないのは、整備員を無事に本隊と合流させること───』
初投稿ですので、ハメルンの仕様を探りながらのUPです。
行き届かない点が多いと思いますが、順次修正していきたいと思います。
基本、主人公クロウ・ギーケイの一人称で進行しますが、主人公の目の届かない部分等の描写は三人称になっています。
一人称と三人称の文章が混在するため、読みづらいかと思いますが御理解ください。
気長におつきあいいただければ幸いです。
1月18日補足:
この話は小説形式で書いてありますが、もともとマンガの原作として書いたので、なるべく登場人物の短い会話で物語を転がすように意図しました。
劇中における登場人物のセリフは「───」が会話、『───』が心の声という設定にしてあります。
「これは奇襲だ、サムソントップがいても役に立たん!」
これはクロウが普通に言葉にしたセリフです。
『宇宙ならこんな苦労をしなくてすむものを────』
これは言葉に出したわけではなく、考えただけということです。
マンガの吹き出しを考えてもらえば分かりやすいと思います。
また“───”は無線を通したセリフという表現です
“全ロックリリース、ザク引き起こし準備完了しています!”
無線を通じてクロウに聞こえた言葉というわけです。
いろいろオレ設定で書いてありますが、これもマンガの原作として書いた名残りだったりします。
理解困難というほど難しくはないと思うので御了承ください。