敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
『サハドが裏切ったか────』
だが、小型車両に乗っている連邦兵は二人だけのようだった・・・・・・
「───いや、オレを逮捕に来たのなら
兵が二人だけということはないはずだ」
オレは考えをめぐらせる。
「ディアねーちゃん・・・・・・」
ナオの不安そうな声にオレは気づく。
「ディア!?」
そうだ───オレは、はじめて会ったときパニックに陥ったディアを思い出す。彼女が連邦兵の前でどんな反応を示すか?
「サミ、ナオ!ここにいろ!!」
そう言ってオレはコンテナハウスから飛び降りる。
工具箱の中に隠しておいたホルスターからM‐71を取り出すと、ジャンクヤードを迂回して家の裏側へと走った────
肩から小銃を吊った連邦兵二人は、声をかけることもせず、いきなりドアを蹴り飛ばしてズカズカと家の中に踏み込んできた。
振り返ったディアは目を見開き、手にした花瓶を取り落とす────花瓶は割れもせず、中の水を撒き散らしながら床にころがった。
「連邦軍の者だ。
この家の主人はいるか?」
先に入ってきた小太りの男が横柄な口をきく。
「・・・・あ、サハドさんは・・・・
い、今・・・いません・・・・」
壁に後ずさりしながら、ディアは震える身体を両手で押さえ声を絞りだす。
オレは裏口から様子をうかがい、ドアを開け、台所に入り込んだ。連邦兵のいる玄関側の声に耳をすます。
『ディアは大丈夫か?
連邦兵をやり過ごすことできればいいが・・・・・』
身を隠したまま、オレは手にした銃を握り締める。セーフティはすでに外しているが連邦兵は小銃を持っている。むやみに飛び込んでも返り討ちにあうだけだ。
たとえ二人を倒すことができてもその後の追及を振り切ることは難しい。
『部屋にはオレの荷物が置いたままだ』
調べられればオレのいることもばれてしまう。銃を握った手に汗がにじむ・・・・・・
『もし連中が家を調べ始めたら、
そのときは────』
「ジオン兵の捜索をしているんだが、
このあたりで見知らぬ男を見かけなかったかね?」
後から入ってきたがっしりとした体格の連邦兵の言葉に、ディアの震えはひどくなる。
「し、知りません!
────そんな人!」
ディアの様子に二人は不審げに視線を交わす。
「何か知っているのか?」
小太りの男がディアに向かって歩を進め、肩に手をかけようとする。
「いや!やめて!!」
ディアが連邦兵の手を振り払った。
「こいつ」
男が気色ばみ、ディアが立っていられず床に腰をおとす。
『クッ───』
銃を握るオレの手に、知らず力がこもり、部屋の中に突入しようと身体が緊張する────その時だった。
「サハド!いるかい?」
いきなり、その場にそぐわない陽気な声がした。
開いていた玄関から入ってきた男に、連邦兵が振り向く。そこにいたのは、短いあご髭をたくわえた男だった。
「や! 何かあったんですかい?」
入ってきた男は連邦兵を見ると驚いて動きを止めた。
「あんたは?」
後方にいた背の高い連邦兵が男に話しかける。
「ここのサハドと取り引きのある
ハン・マスードという者です。
ここ何日か取り引きの打ち合わせで邪魔してるんですが・・・・・・」
連邦兵が顔を見合わせる。
「あ、マックール・キャンプの方ですかい?
キャンプにも出入りさせていただいてるんですよ。
これ、鑑札です・・・・・」
男は透明なホルダーに入った書類をふところから取り出し、後方の兵に差し出す。そして、小太りの連邦兵に猫背で近づき、座り込んだディアをチラと見てから耳打ちする。
「あの・・・その娘は戦災孤児でして
軍人さんを見ると・・・・・・」
語尾を濁し何度も頭を下げる。
「失礼があったんならお詫びしますんで───」
「チッ!」
兵は横目でディアを見下ろし、小さく舌打ちする。
鑑札をひととおり確認したもうひとりの連邦兵が声をかける。
「あんた、毎日ここに来てるのか?」
「ヘイ、4日ほど前から・・・・」
それを聞いた男は苦笑いで同僚へと首をめぐらす。
「なあ、不審者というのはこいつのことじゃないのか?」
「どうも、そうらしいな」
やれやれといった調子で首を振る兵士。
「へ? 不審者ってのは何のことです?」
「なに、あんたのことを『ジオン兵じゃないか』って思いこんだバカがいたらしい。
それでオレ達がこのあたりをパトロールで周ることになったってわけだ」
「ジオン兵!? めっそうもない!」
大仰に驚く男に連邦兵二人は下品な笑い声をあげる。
「しかし、そいつはどうも
ご足労をおかけしちまったようで・・・・・」
男はふところに手を入れる。
「お詫びと言っちゃあなんですが───」
あいそ笑いを浮かべた男は、返された鑑札を受け取り、同時にふところから取り出したタバコを連邦兵の胸ポケットに押し込む。ちょっとしたワイロというわけだ。
「気がきくじゃないか、ええ?」
太った連邦兵がにやけた顔で手を伸ばす。自分にもよこせと言うあからさまな要求だ。
「連邦さんにゃお世話になってますんで。
なにかご入り用のものがありましたら、声をかけていただければ・・・・・
勉強させていただきます」
男は卑屈な声で頭をさげ、太った男にもタバコを手渡す。
「ああ、そんときゃ頼むぜ」
男が受け取ったタバコの封を切り、タバコをくわえると、マスードはすかさず取り出したオイルライターで火をつける───
太った連邦兵がひと息煙を吐き出す。
「おい行くぞ───」
彼はもう一人の連邦兵に声をかけ、部屋を出て行く。
ぺこぺこと頭を下げながら二人を見送るマスード───だが、上目遣いに連邦兵を見るその目が、薄く光った・・・・
銃を両手で握り、壁に背をあて彼らの会話を聞いていたオレは、連邦兵が去ったことに安堵しながらも警戒を解けずにいた。
『このマスードという男は何者だ?
4日前からここに来ていただと───そんなわけがあるか!』
二人の連邦兵は連邦の軍用車輌───ラコタに乗り込み、砂煙を上げて去っていく────
マスードは片腕を窓枠にかけてそれを見送ると、背後にチラと視線を流し、声をあげた。
「よお!連邦兵は行っちまったぜ。
出てこいよ」
それはオレに向けた言葉だった。
床にへたり込んでいたディアが、ビクリと顔を上げてハン・マスードと名乗った男を見る。次にオレの隠れていた台所に首をめぐらした。
オレは、手にした銃を男に向けたまま部屋に入っていった。
銃を持つオレの姿を見たディアが、おびえた表情で息を止める────
「何者だ?」
銃を向け、オレはたずねる。
「言っただろ、サハドの取引相手さ」
銃を突きつけられているにもかかわらず、男は飄々とした顔つきでこたえた。
「こいつを知っているか、ディア?」
男を見たままオレはディアに尋ねる。
「は、はい・・・・・
以前サハドさんとの商談に
何度か来たことがあります」
その答えに、オレはためていた息を吐き出すと、緊張を解き銃口を下ろす。
「そうか・・・・・・
悪かったな、助けてもらったのに」
「気にするな───」
マスードは首を振った。
「貸しはサハドから取り立てるさ」
銃のセーフティをかけるオレを見る男の顔つきには、先ほど連邦兵を相手にしていたときの卑屈な様子はかけらも見当たらなかった。
『こいつは食わせ者だ───』
「ディアねーちゃーん!」
バタバタと足音とともに、サミとナオの声が外から近づいてくる。連邦兵が去ったのを見て戻ってきたのだろう。
玄関から跳びこんできた二人は、床にへたり込んだディアを見て叫ぶ。
「大丈夫かい!?ディアねーちゃん!」
「心配するな、何もされていない。
部屋で休ませてやれ────」
「う、うん」
銃を握ったままのオレの姿にすこし驚いたようだが
サミとナオはディアの手を取り立ち上がらせると、奥の部屋に入っていった。
それを見送り、マスードと名乗った男が口を開く。
「連邦兵がここに入っていくのを見てあわてたぜ」
「オレがいると知っていたのか?」
オレはマスードに視線を戻す。
「あんたがいることは知らなかったさ。
3日前、サハドがカナールに来たらしいが、俺は留守していたんだ。
そのサハドがジオンと連絡を取りたがっているらしいと聞いて、
様子を見に来たってわけだ」
その言葉に、オレは驚いて問いかける。
「ジオンと接触できるのか!?」
「まあ、待て────」
マスードはオレを制するように手を上げる。
「俺が手配するのは物のやりとりだけでな、
人のやりとりはしないんだ」
唇の端をつり上げ、ニヤリと笑う。
「だから、俺はあんたの名前を聞くこともしない」
マスードは言葉を区切ると続けた。
「それに今、ジオンの連中はだいぶ神経質になっているようで
簡単に接触できるような状態じゃない。
そりゃそうだろう、オデッサ作戦にやられて敗走のまっ最中だ」
『オデッサ作戦? 連邦の反攻作戦の事か───』
どうやらこの男は、オレの知らない情報を持っているらしい。そう判断したオレは、彼の話に耳を傾けることにした。
「あんた、いつ原隊とはぐれたんだ?
サハドのところに来たのはここ3、4日だろう。
今、地球のジオンがどういう状態か知ってるか?」
それはオレが今、一番気になっていたことだった。
「いや、サハドもそのあたりの情報を持っていなかったからな」
「マ・クベ大佐は宇宙に脱出したとさ。
もう2週間以上前になるか───
ユーリ・ケラーネ少将は行方不明、戦死が噂されている。
これでヨーロッパは完全に連邦に制圧された」
『やはりそうか・・・・』
オレは唇を噛む。
マ・クベ大佐は戦略資源採掘部隊のトップ───つまり、雲の上ではあるがオレの上官に当たる。ユーリ・ケラーネ少将は欧州方面制圧軍の指揮官。この二人がいない状態では「ヨーロッパは完全に連邦に制圧された」というマスードの言葉も、反論のしようがない。
「ヨーロッパにいたジオンは、宇宙に逃げ出すのにおおわらわだ。
バイコヌール宇宙港自体は、まだジオンが占拠しているが
連邦の締め付けが厳しく、そこまでたどりつくのは難しいようだな」
連邦の駐屯キャンプに入り込む鑑札を持っている男だ。その情報を疑う理由はなかった。
オレは顔を曇らせる。
「アデン宇宙港はどうなった?」
コンウェル基地の仲間は無事アデンにたどり着くことができたのだろうか?
「アデンもまだジオンががんばっているようだな。
だが、降りてくる艦も、打ち上げられる艦も少なくなっている。
アデン、バイコヌールにたどりつけないジオン軍は、
アフリカやアジア方面に移動しているってのがもっぱらの噂だ」
そこまで状況は悪化していたのか────黙り込むオレにマスードは続ける。
「だが、ジオンもこのあたりでの活動を完全にやめちまったわけじゃない。
食料に燃料───物資はいろいろ必要だ。
俺にできるのはその取り引きの仲介だけだ。
だから────」
男はふところから一通の封筒を取り出しペラペラとふって見せる。
「こいつをサハドに渡してくれ。
ここに書いてある物を用意できるなら
ジオンとの取引を仲介してやるとな───」
オレは黙ってその封筒を受け取った。
「そこから先はサハドの取引だ。
あんたはサハドがジオンと接触するときに戻ればいいだろう」
マスードは唇をつり上げ、妙に悪魔めいた顔つきでニヤリと笑った。
「それじゃ俺は引き上げるとするか。
とんだところに出くわしちまって、
ディアの入れてくれるチャイを飲みそこねたな」
マスードはそう言い残して出て行った。
夕方、帰ってきたサハドを玄関先で出迎えたオレは、昼間起きた出来事を告げ、マスードから預かった封筒を渡す。
サハドは封筒の内容を確認すると、眉を寄せ「むぅ───」と一言うなった。
その様子を見てオレは言う。
「あんた、ただの自動車修理屋じゃなかったわけだ」
「ただの自動車修理屋さ。
だがな、それだけじゃ喰っていけねえんだ!」
サハドの声が苦々しげな響きを帯びる。
「今、地球の物流はガタガタになっちまってる。
まっとうなルートじゃ何も手に入らねえ。
ワシやマスードは必要な物のやりとりを仲介をしているだけだ」
『つまり闇屋というわけか───』
言葉には出さなかったが、それが分かったかのようにサハドがオレを横目でにらむ。
「こうなったのもジオンが地球に降りてきてからだが───
全部があんたらのせいだと言うつもりはねえ」
そう言って天を仰ぐサハド
「物資を宇宙に頼りきっていた地球も悪いのさ」
サハドは言葉のないオレに背を向け、家の中に入っていった。
次回「泉」