敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
朝、顔を洗ったオレは、サミとナオのコンテナハウスに向かう。直したエレカで二人の水汲みにつきあうためだ。
昨日マスードが帰ったあと、エレカの試運転はしてあった。充電時間が短かったのでヤード内をすこし走っただけだったが、後ろに乗ったサミとナオは大はしゃぎだった。
コンテナに近づくと、すでにエレカに乗り込んだナオが手を振る。
「クロウにいちゃ~ん」
「遅いよ、早く行こうぜ」とサミ。
「わかった、わかった────」
オレは運転席に乗り込むと、バッテリーメーターを確認する。フル充電とはいかなかったが水場までの往復に支障はないはずだ。エレカのギヤは単純な仕様だった。ギヤレバーをドライブレンジに入れ、アクセルを踏むとエレカは低いうなりとともに動き出す。
まず、サハドの家の前に車をつけると、ディアが空の水タンクを3つ並べていた。ディアはエレカをまじまじと見ながら言った。
「本当に動くようになったのね」
「いいだろ」
サミが自分で直したかのように胸を張る。
「タンクは3つだけでいいのか?
もっと積めるぞ」
「え───ええ。
いつもは2つだから3つでも大助かりよ」
連邦兵との一件があってから、オレに対するディアの態度にはすこし変化があった。笑いはするが、どこかぎこちない。
連邦兵のせいか?それともオレが銃を持った姿を見たせいだろうか?────いずれにせよ、オレが何かを言って解決する問題ではないだろう。
「それに3つなら途中でエレカが壊れても
3人で歩いて水を運んでこれるでしょ」
「「え~~」」サミとナオが不満の声を上げる。
「やれやれ、信用されてないな。」
オレは嘆息して首をふる。
「それじゃ行ってくる」そう言ってオレは車を発進させた。
「「いってきま~す」」サミとナオが後席でディアに手を振る。
動き出した車のミラーに手を振るディアが映った。
エレカのタイヤが砂利を踏みしめる音が遠ざかる。サミとナオのはしゃぐ声はエレカが遠ざかってもまだ聞こえている。電気自動車は静かなものなのだ。
それを見送るディアの脳裏に、クロウがやってきてからのことがよみがえる。
サジとナオがあれほど明るい顔をするようになったのは、クロウがやってきてからだ。
『・・・・でも、あの人も軍人だ』
ディアの脳裏にいくつかの光景がよみがえる───シャワールームで遭遇したときのクロウ。 ───夜、サジとナオのコンテナハウスに携帯食料を持ってきたクロウ。 ───ジャンクヤードでサジとナオの肩に手を置き二人を励ますクロウ。 ───昨日、銃を手に裏口から入ってきたクロウ。 ───そして、いましがたエレカに乗ってサミやナオと笑いあうクロウ。
悪い人ではないのかもしれない。しかし、かつて自分を襲おうとした連邦兵や、昨日やってきた連邦兵と同じ軍人なのだ。
『いずれいなくなってしまう人・・・・
───そう、いなくなってしまう人ならば
気持ちのいい関係を装っていた方がいいのかしら?』
ディアは頭を振って答のない考えにけりをつけると、朝食の支度のために家に入っていった。
サミとナオの案内に従って車を走らせる。たいしてスピードの出るわけでもない作業用エレカだったが、彼らがいつも水を汲む場所まで20分もかからなかった。そこは山あいの開けた場所にある泉だった。小さな流れが岩の谷間からさして広くない泉に注ぎ、澄んだ水面を波打たせている。周囲には低い木々も生えている。
「こんなところがあったのか」
砂漠で水を手に入れるのに苦労した記憶はまだ新しい。コンウェル基地を出てから荒野ばかりを目にしてきたオレに、その風景は新鮮だった。
オレは土手に車を止め、サジやナオとポリタンクをひとつずつ持ち、水辺に降りて行った。
対岸で小さな女の子が水を汲んでいるのが見える。ナオと同じ位の年齢だろうか、このあたりでは子供も労働単位なのだろう。
オレ達は水辺にポリタンクを沈め、重くなったタンクを引き上げる。
「ヨッコラセ・・・・・」
「ン───」
サジやナオが掛け声とともにポリタンクを引き上げる。彼らにとって不自然な姿勢でポリタンクを引き起こすのは、少々手にあまるようだ。
「適当なポンプとタンクを探してエレカに積むか───
そうすりゃ、ホースを伸ばして水を汲み上げることができる」
「ホント?」サミが嬉しそうな顔をオレに向ける。
「タンクを積めば、毎日水を汲みに来る必要もなくなるだろう」
「ヤッター!」
小躍りせんばかりに喜ぶサミの背後で、ナオがおずおずとオレに声をかけた。
「ねえ、クロウにいちゃん」
「なんだ?」
ナオの方を向くと、ナオはもじもじしながら対岸を指差した。その指が示す先にほ、さきほど見た女の子がいた。水の入ったポリタンクを背負子に背負って歩く姿は、昨日までのサジやナオと同じだ。だが、彼女の身体ほどもあるポリタンクの重さに、その歩みは危なっかしい。
「エレカで運んであげて・・・・・・」
わずかな言葉だったが、ナオが何を言わんとしているのかはすぐに分かった。同じ年頃の女の子が苦労しているのを助けてやりたいのだ。あの女の子が往復する程度の距離なら、このエレカの走行距離が短いと言っても、なんの問題もなく送り届けることができるだろう。
だが・・・・オレは顔を曇らせる。
「すまん、ナオ。
それはできないんだ───」
その言葉を聞き、ナオの顔が失望に歪む。
「もしオレ達があの子を送っていったら、
あの子の家族を通じてオレのいることがあちこちに伝わってしまう。
連邦に知れたらサハドやディア、おまえ達にも迷惑がかかる。
昨日みたいに───」
オレはナオの目を正面に見て説得する。サミとナオの顔におびえがよぎる、昨日やってきた連邦兵のことを思い出したのだろう。
ナオは小さな手を握り締めうつむいてしまう。そのナオにサミが言葉をかける。
「ナオ───みんなが困るんだ」
「・・・・・・うん」
うつむいたままうなずくナオ───幼いながら理屈は分かっているのだ。だが感情は理屈だけで割り切れるものではない。
オレ達はポリタンクを車の荷台に積み込むと、それぞれのシートに乗り込んだ。
後ろの席でうつむくナオとそれを気遣うサミ。彼らをフロントウインドウのミラーに見ながら、オレは車をスタートさせた。
ハンドルを握り前方を向いたまま、オレは後方の二人に言った。
「サミ、ナオ────
おまえ達でも運転できるように、この車のペダルを改造してやる。」
その言葉に後席の二人が顔を上げた。
「オレがいなくなったら、
おまえ達がこの車であの子の水を運んでやれ。」
「ウン・・・・・・」
ようやくナオが、ミラーの中で笑ってみせた。