敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
「世話になったな」
トラックの横でサミとナオの2人に声をかける。
そして、オレの視線は数日を過ごした家のドアの向こうに、今ここにいない人間の姿を探す。
ディアは姿を見せなかった────
「ねーちゃん、クロウ兄ちゃんがいなくなるのがさびしいんだよ───」
サミが笑いながらませた口をきく。
「元気でいろよ」
オレは笑って2人の肩にポンと手を乗せる。これが別れの挨拶だった。
トラックの助手席に荷物を放り投げ、自分も乗り込む。ドアを閉めると、サハドがものも言わずにトラックをスタートさせた。
動き出すトラックの窓から手を上げて、走りながら手をふるサミとナオに応える。
その後方───玄関にディアが現れたのがチラと見えたが、すぐに視界から消えてしまう────
「ディアねーちゃん」
「クロウにいちゃん行っちゃったぜ」
家に戻ったサミとナオが玄関の前に立つディアに言う。
「みんないなくなっちゃうのよ・・・・
これで元通りよ、また3人でがんばりましょう」
物憂げにつぶやいた言葉は自分に言い聞かせるかのようだった。
「結局あの人もただの軍人よ。
連邦兵がいれば拳銃を持って跳んでくる戦争好き────」
そう言いながら、ディアは家に戻ろうと二人に背を向ける。
「違うよ!
何言ってるんだディアねーちゃん」
サミが抗議の声を上げ、ディアの言葉をさえぎった。
「え?」
「あの時クロウ兄ちゃんは、ディアねーちゃんを助けに行ったんじゃないか」
けげんな表情で振り向いたディアは、思いもかけぬサミの言葉に動揺した。
『私を!?』
「連邦兵が来るのが見えて、オレとナオがディアねーちゃんのことを心配してたら
クロウ兄ちゃんは、オレ達にコンテナにいろって言って・・・・・」
「ウソ───
だって、あの人は拳銃を持って・・・・」
ディアの脳裏にあの時の光景がよみがえる。
「あの時クロウ兄ちゃんが連邦兵をやっつけて
何の意味があるんだよ。
クロウ兄ちゃんは隠れていればよかったんだ」
────そうだ、連邦兵が帰るまでクロウは姿を現さなかった。きっと隠れて部屋の中を窺っていたのだろう。
『私を助けるために────?』
ディアの視線がサミとナオの背後に向けられる。だが彼女の求める者の姿はすでになく、目の前に広がるのは見慣れた荒野ばかりだった────
ボリスというその街は、サハドのジャンクヤードから荒野の道を南東に走り、2時間ほどかかった。
街のはずれでトラックを降り、オレとサハドは屋台の続くにぎやかな市場の中を歩いていた。市場は野菜、穀物、肉などの食材だけにとどまらず、さまざまな料理の露店も続き、肉や小麦粉の焼ける音と、スパイスの濃い匂いにむせそうだ。威勢のいい呼び込みの声がかけられる中を、オレ達は通り過ぎる人々にまぎれて歩いていた。
続く屋台の一軒でサハドは足を止めた。
「まだ時間はある。メシにしよう」
そう言ってサハドは屋台の主人と大声で値切り交渉をはじめた。
オレ達は屋台から少し離れた場所に並んだテーブルに場所を取り、食事にすることになった。
サハドが屋台で買い求めたのは、串に刺された大ぶりの肉だった。初めて見る地球の露店で作られている食事があまり衛生的には思えず、オレは食欲が湧かなかった。串を取り上げてみたものの、サハドが食いはじめるのを怪しげに見つめてから、恐る恐る口に入れてみる。
だが、口にした肉の味はオレの予想を裏切った。
「ん!」
オレはひと口ふた口と、続けて肉にかぶりつく。味付けは濃いが、スパイスがきいていて後をひく。
「うまい・・・しかし、何の肉だこれは?」
「羊だ、うちでもディアが時々使っていただろう」
「ん~、そうか?」
こんな肉が使われていただろうかと思い出してみたが、思い当たる料理はなかった。
そもそも───
「味付けも違うし、肉はたいした量じゃなかったから分からなかったぜ」
そう、ディアの作る食事はうまかったものの、あまり肉は使われていなかった。せいぜい鶏肉が少し入っている程度だった。
「やかましい、戦争がはじまってから食い物は値上がりする一方なんだ」
「それなら、さっさとオレのやったコンテナの中身を回収して金に換えろ。
───で、あの3人に肉を食わせてやれ」
毒づくサハドにオレが言い返すと、サハドは串肉にかぶりついたまま、まじまじとオレを見返してきた。髭で分かりづらいがずいぶんと意外そうな顔をしている。オレはそんなに驚かれるようなことを言っただろうか?
「ああ、そうだな───そうしよう」
少し間をおいてサハドは言い、オレ達の会話は途切れた。
だが、その沈黙を埋めるように周囲からは喧騒が響いてくる。オレ達同様に喋りながら食事をする男たち、露店の呼び込み、客の値切る声、売られている鶏や羊の鳴き声・・・
スペースコロニーでは絶対に知ることができない雰囲気だ。
食いながら物珍しさにオレは周囲を見回す、まるでおのぼりさんだ。
「にぎやかなもんだな」
「いや、戦争になって店は減った。
物は足りない、値も上がった」
「それにしては、人出が多いじゃないか」
「その分、物を手に入れたい人間が集まるんだ。
このにぎやかさは、やけくそみたいなもんだ───」
サハドは苦々しげに市場を見まわした。
食事の後、オレとサハドは市場に近い広場へ移動する。
「ここで待つ」
サハドが立ち止まり短く言った。ここが手紙に指定された場所のようだ。約束の時間まで、まだ20分ほど時間がある。オレとサハドは建物の作る日陰に立ち、目の前を通り過ぎる人々を黙って見つめていた。
小さな街だが行きかう人間は多い。今も戦争が継続していることを忘れそうだった。
その場所で15分ほどが経過したとき、背を低く丸めた男がサハドの前で足を止めた。
「サハドか────?」
「そうだ」
現地の人間としか見えない服装だが、こいつはジオンの人間なのだろうか?話しかけようとするオレをサハドが腕でさえぎった。
「ついて来い」男は短く言って歩き出した。
男は細い道に入り込み歩いていく。コロニーや月面都市とは異なる建築群は無秩序でみすぼらしい───だが、その街並みはどこか人の郷愁をさそうものがあった。土壁や日干しレンガの建物が続く入り組んだ路地を何度も折れ曲がる。
もう一度ひとりでこの道をたどれと言われても無理かもしれない──── オレは前を歩く男とサハドの後を追いながら、そんなことを考えていた。
男を先頭にサハドとクロウが通り過ぎた後、路地の影にいた男が3人の背を視線で追う。
男はその場所にしばらく留まり、3人を追跡する者がいないかを確認してから、報告のために路地の奥へ走りだした。
────オレの前を歩く男は、ようやくひとつの建物の中に入っていく。
「ヨソ者用の酒場だ」
サハドが声を潜めてオレに言った。このあたりの人間は宗教上の理由で酒を飲まないとサハドから聞いていたのを思い出す。
『なるほど』
オレは黙ったままサハドに頷いた。
男は厚そうな木製の扉を小さく1回、すこし間をおいて3回ノックした。
ロックを解除する音がして扉が外側に向かって開かれると、男はオレ達に入れと促す。開いた扉から見える内部はカウンターやテーブルが配置された酒場のようだった。
用心はしていたつもりだった。だがサハドの後に続き扉をくぐった直後、後頭部に強い衝撃を受けた。
「グッ───」
目の前が一瞬真っ白になり、オレはレンガの床に前のめりに倒れこむ────