敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
はじめての地球───オデッサに近い基地にシャトルで降りたオレは、そこで配属部隊の辞令を受け取り、部隊の移動先であるコンウェル基地に向かう輸送機に同乗することになった。
コンウェル基地はヨーロッパにおけるジオンの勢力範囲の中では辺境にあたる基地だった。地理的にはヨーロッパと言うより、むしろ中東に近い。もともと民間の飛行場だったが周辺の鉱山開発を進めるためにジオンが接収したものだ。鉱山開発を民間企業に委託し、そこで採掘された鉱石の輸送管理を行うのが主な業務である。そのため基地と呼ばれてはいるが戦略的な価値は低く、軍事的な拠点としてはほとんど機能していないらしい。
このコンウェル基地に、オレの配属される第10MS中隊 第7小隊が後送され、まとまった整備と補給を受ける予定となっていた。
輸送機はコンウェル基地の滑走路に着陸後、タキシングエリアに移動した。オレはそこで輸送機から基地に降り立ち、周囲を見回した。それほど大きくはない────1000メートル級の滑走路に格納庫が並ぶ───小規模の辺境基地という表現にさして異論はでないだろう。
そこにはオレの所属することになるはずの部隊がいるはずだった。
────だが周辺を見渡すかぎり、若干の装甲車両が配備されているだけでモビルスーツは見当たらない。オレの背後で輸送機は補給物資のコンテナを降ろしはじめ、基地の作業員が作業車とともにあわただしくコンテナの周囲に群がっている。途方にくれるオレの前にオープンタイプの小型車両が停まる。運転していた年若い兵が降り立ち、オレに向かって敬礼した。
「ランス・クレーゲル一等兵であります。
クロウ・ギーケイ少尉でしょうか?」
「クロウ・ギーケイ曹長だ」
オレは修正し申告した、階級章を見ればわかるだろうに。彼は不審気な表情で用件を告げた。
「失礼しました、基地司令のデニス大尉がお呼びです。
お乗りください」
こうしていてもはじまらない。オレは自分の荷物を後席に放り投げると助手席に納まる。
動き始めた車でオレは彼に尋ねた。
「第10MS中隊の第7小隊がこの基地に来ているはずだが───」
「移動してくるという話は聞いていますが、
まだ到着していません」
「そうか・・・・・・」
オレの方が先についてしまったようだった。まあいい、はじめて降り立った地球の重力下であわただしい移動を繰り返した疲れもある。部隊が到着するまで骨休めができるならありがたい────そのときはそう思っただけだった。
「クロウ・ギーケイ曹長、第10MS中隊 第7小隊配属を拝命し
合流のためコンウェル基地に到着しました」
オレは司令室でデスクに座るデニス大尉に対し、敬礼とともに申告した。
「デニスだ、コンウェル基地を任されている」
デニス大尉はデスクの向こうで立ち上がり敬礼を返す。
「部隊より先に到着してしまったなギーケイ少尉」
『またか────なぜ少尉と間違えられるんだ?』
オレは当惑した。
「司令、自分は────」
司令は笑いながら『分かっている』といったふうに手のひらを上げ、オレの言葉をさえぎった。
「君は10月31日付で少尉に昇進している。」
「は?」
「グラナダで発行されたが、君は地球に向けて移動した後だったようだな」
そう言いながらデニス司令はデスク上の書類を取り上げる。
「グラナダからオデッサに回されて、やっとコンウェルで追いついたわけだ」
デスクから立ち上がりオレの前に立ったデニス司令が1枚の書類を手渡す。それはオレが少尉に昇進したことを告げる通知だった。
「おめでとう、ギーケイ少尉。
戦時任官とはいえ士官に昇進するとは、いったいどんな戦功をあげたのかね?」
『それは・・・・』
オレは一瞬の当惑の後、背筋を伸ばし失礼にならないよう答える。
「申し訳ありません。軍規により答えられません」
「フム・・・・」
事情を察したのだろう、デニス司令はオレの返答に気を悪くした様子もない。
「グラナダにいれば士官教育を受けることもできたろうが───
タイミングが悪かったな」
月にいた時、オレはグラナダ近郊でGMの偵察部隊と遭遇、交戦した。
この戦闘で、自分は連邦のGMを1機撃破、1機を同僚と共に稼働状態で鹵獲した。このとき同僚パイロットにより、さらに1機のGMが撃破されている。オレが少尉に昇進できたのは、この時の評価によるものだろう。
その際、自分が搭乗していたモビルスーツの評価試験に、協力した件も影響しているのかもしれない。だが───それら一連の事実については口外せぬよう指示を受けていた。
その後、オレは昇進通知が発行されるよりも先に地球へ向かい、オデッサへ降りた。おいてけぼりを喰った通知は地球へ回され、コンウェル基地に先回りして待ち構えていたというわけだ。
「第10MS中隊の第1、第2、第7の3小隊の内、
まず第7小隊と整備中隊の一部が、本日当基地に到着予定だったが到着が遅れている。
少尉が同乗してきた輸送機は、主に各部隊への補給物資を運んできたものだ」
『なるほど、それでか・・・・』
辺境基地にしては降ろしている物資が妙に多かったことにオレは思い当たる。
オレは自分が所属することになる部隊のナンバーしか聞いていなかった。中隊を編成している不ぞろいなナンバーの3小隊は、おそらく消耗の激しい中隊が、再編成を繰り返した結果であろう。それは、地球におけるジオンの苦しい内情を証明するものでもある。オレが不安と緊張を抱くに充分だった。
「107小隊が到着すればそちらに合流してもらうが
それまで少尉は当基地のゲストだ、くつろいでくれ。
部屋を用意してあるので案内させよう」
「は、ご配慮感謝します」
なるほど、第10MS中隊 第7小隊は107小隊と呼ばれているらしい。
「階級章はあとで届けさせる」
オレは再度敬礼をして司令の執務室を辞した。
「こちらの部屋をお使いください」
そう言って、再度オレを案内してくれたクレーゲル一等兵は去っていった。
オレは床に荷物を下ろし、せまい部屋のベッドに身体を投げ出した。
月からのシャトル、オデッサからの輸送機、せまい機内に押し込まれ続けてきた身には、手足を伸ばして寝転がることができるだけでありがたい。筋肉が緊張から解き放たれ、弛緩する─── 心地よい疲労に身を浸し、天井を見つめながらオレはひとりごちた。
「───少尉?
何の冗談だ───このオレが士官様だと?
ハッ! 小隊長でもおかしくない階級だぞ・・・・・」
オレは士官教育を受けていない。戦時任官だとしても、少尉となったオレが107小隊に加わって問題は起きないのだろうか?グラナダの防衛部隊にいた時でさえ、オレとディーンの階級については問題の種だったのだ。
あれこれと頭を悩ませるが、思考はまとまることなく堂々巡りを繰り返すばかりだった。その、オデッサで別れた友の顔が頭をよぎる。
『ディーン───
おまえもどこかで昇進通知を受け取っているのか?』
オレは少尉への昇進通知を追い越して地球に降り立ってしまった───それだけなら笑い話ですむ。だが、107小隊よりも先にコンウェル基地に到着してしまったことが、オレの苦しい戦いのはじまりとなることに、その時点でオレはもちろん───他のだれも気づいていなかった。