敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
コンウェル基地に到着した翌朝、オレは地球に身体を慣らすべく基地内を走っていた。
滑走路端を走っていると、フェンス外側の道を通る地元の人間と時おりすれちがう。だが、彼らは一様にオレに気づくと目を伏せ、足早に通り過ぎて行く。
ジオンの人間はこのあたりであまり好かれていないようだ。仕方のないことなのだろう───
そんなことを考えながら走っているオレの耳に聞きなれない音が届く。規則的に響く聞きなれない音───だが、どこかで聞いたことがあるようにも思う。
『───足音?』
道の先に姿をあらわしたものをフェンス越しに視認して、オレは足を止めた。
大型の動物がやってくる───その動物が馬であることにオレが気づくのに、若干の時間がかかった。
一頭の馬が古びた木製の荷馬車を引いている。後方の荷馬車には老人が一人、手綱を握り座っている───オレが聞いたのはひづめの足音だったのだ。その、どこかユーモラスな足音を響かせながら近づいてくる荷馬車───
スペースノイドにとって大型動物を直接見る機会は少ない。オレには子供の頃、農業ブロックを見学したときに牛や豚を見たぐらいの記憶しかない。食用として飼育される以外の動物は、保護対象として地球からの持ち出しを制限されているため、特殊なコロニーを除けば動物園なども存在しない。
「馬」は知っている───しかしそれはTVなどの映像を通してのことで、馬の実物を見るのはこれが生まれて初めてだった。まして、それが労働用として荷馬車を引いているなどというのは、この時点では想像の埒外だった。オレはフェンス越しに近づいてくる馬に目を凝らした。
荷馬車に座っているのは、浅黒く日焼けした老人だった。呆然と馬と荷馬車を見つめていたオレに、ターバンを頭に巻いた老人が気づく─── 陽に焼けた肌に深いしわをいくつも刻み付けたその顔から、表情を読みとることはできない。だが、瞼を細めうかがうようにオレを見る視線は、決して好意の含まれたものではなかった。
つかの間、オレと老人はフェンス越しに視線を交錯させたが、老人はフイと眼をそらす。そして、何事もなかったかのようにオレの前を通り過ぎて行った。間近で見る馬は、映像で知る馬よりも小型で、足は太いように見える。
おかしな言い方だが、オレははじめて見る馬───その毛皮の下で動く筋肉の密度に見惚れてしまっていた。
オレは老人の荷馬車が小さくなるまで、フェンスに片手をかけたまま見つめていた。
格納庫わきの水道で顔を洗い、汗を拭いていると整備兵が敬礼とともに声をかけてきた。
「おはようございます少尉。
クルツ・シフェール三級整備兵であります」
「ああ、おはよう」
大きな基地ではない、オレが昨日食堂に行ったとき周囲から向けられた視線で、オレのことが知れわたっているのは分かっていた。
「トレーニングですか?」
「ああ、長いこと月にいたから地球の重力に慣れなくてな────」
月の低重力、移動時の無重力から地球に降り立ったオレの身体は、まだ地球の重力環境に慣れていない。コンウェル基地に到着してからぐっすりと眠り、身体を休めたおかげで、連続移動の疲れはなんとか消えたようだった。だが、オレの身体は地球の重力と、コロニーの疑似重力との微妙な違いを感じていた。本隊の到着までに身体を慣らし、合流時には即行動できるようにしておかねばならない。
「月?グラナダですか」
シフェール三級整備兵が驚きの表情を隠さず聞き返してきた。確かに月面防衛司令部から地球に降りてくる人間は少ないだろう。
「ああ、グラナダの防衛部隊にいた」
オレは簡潔に応え、言葉をついだ。
「ところで、このあたりにテーマパークでもあるのか?」
「テーマパーク? 何のことでありますか??」
怪訝な顔のシフェール。
「いや、走っているときにフェンスの外に、馬の引く・・・・荷馬車というのか?
それと出くわしたんだが」
それを口にしたとたん年若い整備兵は、一瞬あっけに取られた表情の後、吹きだし、次の瞬間笑いはじめた。
「・・・し、失礼いたしました。
少尉は地球に降りてきたばかりだったのですね」
あわててとりつくろい、彼は説明をはじめた。
「地球ではまだ馬が農業用に使われているのです。
少尉の見た荷馬車は、農作業用の労働力として飼育されているものですね」
オレは唖然とした───
「動物を労働用に・・・・飼育する?」
環境に負荷をかけずに使用することが可能な、モーター駆動の作業機械がいくらでもある時代に───?実際問題としてスペースコロニーの農業ブロックではそういった機械がいくらでも使われている。
あまりに非合理的と思われる説明に、オレはあきれた顔をしていたのだろう。
「自分もはじめて見た時は驚きました。
テーマパーク・・・とは、思いませんでしたが」
彼は肩をすくめて付け加える───まだ、おかしそうだ。
「いや、
旧世紀の風俗を模したコロニーのことを思い出して、その手のヤツかと思ってな」
オレは言い訳がましく口にして顎をこする・・・
「まあ、地球には驚かされることが山ほどあります。
期待していてください、少尉」
「やれやれ・・・・そいつは楽しみだよ」
嘆息するオレに、彼はやや思いつめた表情をすると背筋を伸ばした。
「あ、あの、ギーケイ少尉。
ぶしつけですがお願いしたいことがあります」
口調もあらたまっている。
「───なんだ?」
「自分は開戦後、軍に志願しました。
ジオンの独立に、少しでも力を尽くしたいと考えたからであります」
いきなり何を言い出すのか?
オレはシフェールを見つめ少し考えたが、彼の好きに喋らせることにした。
「技術兵科を選択したのは、
もともと宇宙用作業機のエンジニアになるつもりだったからです。
軍に入り、モビルスーツを扱うのが自分の希望でした」
彼は熱っぽく話し続ける。
「自分が地球に降り、ここコンウェル基地に配属になったのが4か月前のこと。
ですが、当基地にモビルスーツは配備されておりません」
オレはわずかに微笑む、彼の話が見えてきた気がしたからだ。
「ですから、少尉の小隊がやってきたときに
MS整備のお手伝いをさせていただきたいのです。
軍の研修でMS整備は学びました。
実機に触れる機会はわずかでしたが、整備マニュアルは徹底的に読み込みました。
いえ、整備でなくともかまいません。なんでもやります」
「フム───
しかし、そいつはやってくる整備部隊に頼むのがスジだろう?」
「むろんコンウェル基地の整備兵として上官に願い出ています。
少尉には整備部隊にお口添えをお願いしたいのであります」
「なるほど」
オレは納得して若い整備兵を見つめる。今日彼がオレに話しかけてきたのは、おそらくこれが目的だったのだろう。だがオレはそのことが不快ではなかった。目的のために自分のできることをやる───彼のまっすぐな熱意はむしろ好ましいものだった。
それ以上に、オレには彼の希望をかなえてやりたい理由があった。ただ、それはわざわざ口に出す必要のないことだ───
そこまで考え、オレは唐突に話題を変えた。格納庫の中に積上げられた物資に顔を向ける。
「あれは整備部隊に届いた物資か?」
視線の先にあるのは、昨日オレが便乗してきた輸送機で届いた荷だ。
「は?───そ、そうです。
昨日から分類しているのですが、
コンウェルでは扱わないモビルスーツ用の補給部品、弾薬類が多いので手間取っています」
いきなり変わった話にとまどいながらシフェールがこたえる。
「そうか───なら手伝おう。
オレの小隊も世話になるわけだからな」
オレはシフェール三級整備兵の呼び方を変えることにした。
「手伝え、クルツ。
キサマが協力したことは整備部隊に伝えておく」
オレの言葉を理解したクルツが表情を輝かせ、背筋を伸ばし再度敬礼する。
「ハ、ハイッ!
ありがとうございます!!」
その日からオレは、コンウェル基地の整備兵たちに混じり、補給物資の整理をはじめた。
次回「オデッサ作戦」
前々回(2-6 酒場)でも「クルツ・シフェール三級整備兵」という表現を使用していますが、ガンダム世界におけるジオン整備兵の階級については、調べてもほとんど資料がありませんでした。
一般兵と同じ階級で書こうかと思っていたのですが、「1年戦争全史」という本に次のような記述がありました。
「(ジオン軍の)技術兵科である整備兵の階級は戦闘兵科である一般兵の階級と区別されており、たとえば第二級整備兵は一般兵の上等兵に相当する」
当小説ではこの記述を元に、次のような階級になっているものと推測&設定しています。
第一級整備兵 → 一般兵の伍長
第二級整備兵 → 一般兵の上等兵
第三級整備兵 → 一般兵の一等兵
第四級整備兵 → 一般兵の二等兵
第一級整備兵より上の階級は、一般兵と同じで軍曹、曹長・・・と続いていくものと設定しています。
「MS IGLOO」の主人公はオリヴァー・マイ技術中尉だったので技術兵科の士官は階級に技術少尉、技術中尉のように「技術」がつくのかもしれませんが、特にそういう表現はしていません。
これが正しいとは限らないので、もしこのあたり詳しく知っている方がいましたら、教えていただけると嬉しいです。