敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079   作:霧島 碧

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3-5 脱出計画

 サムソントレーラーは格納庫前で停止し、トップとトレーラーが切り離された。

サムソントレーラーのトレーラーはトップから外れた状態でも、低速での移動が可能だ。トレーラーはザクを積載状態のまま移動し、格納庫の奥にザク頭部を向けた状態で運び込まれた。

 

「オレはコックピットでシステムチェックをする。

 チェックリストはあるか?」

 

「これにお願いします」

 

 ウェイド軍曹がチェックリストをはさんだペーパークリップを手渡してくる。

 

「可動肢の外部チェックを進めてくれ、特に左足だ。

 よろしく頼む、軍曹」

 

「分かりました」

 

 再びザクによじ登るオレの下でウェイド軍曹が周囲に指示を出す。

 

「おまえら、腕と脚の目視点検だ。

 左足関節の駆動部分は特に念入りにやれ。

 少尉のシステムチェックが終わったら動作テストを行う」

 

 

「軍曹、届いていた補給物資のリストです」

 

 タラップを登ってきたシフェールが、トレーラー上のウェイド軍曹に声をかけ、リストを手渡す。

 

「ああ、ありがとう。

 シフェール君だったな」

 

「クルツでかまいません」

 

「ギーケイ少尉はどういう人なんだ?

 ずいぶんこの手の作業に慣れているみたいだが・・・・」

 

「少尉が基地に来たのは5日前なので、自分も詳しくは・・・

 地球に降りてくる前はグラナダにいたそうです」

 

 自分の聞いた言葉が信じられずウェイド軍曹は目を剥いた。

 

「月!?なにかの間違いじゃないのか?」

 

「いえ、自分は少尉に直接お聞きしました。

 『グラナダ防衛部隊にいた、地球ははじめてだ』と・・・」

 

 軍曹はあごに手をやり、うなる───

 

「ありえない・・・・」

 

「何がですか」

 

 少しの沈黙の後、軍曹は言った。

 

「さきほど少尉がトレーラーにザクを載せるのを見たか?」

 

「はい」

 

「スムーズな操縦だった。

 地球の重力下、まともな状態でないこのザクでいきなりあんなことができるわけがない。

 しかも単独で・・・・」

 

 軍曹がザクを見上げる、クルツには彼が何を言わんとしているのかよく分からなかった。それを察したのだろう、ウェイド軍曹はクルツに言った。

 

「重力下でMSをトレーラーに載せるには

 それなりの技量が必要だ───」

 

 彼は説明した。サムソントレーラーはMS輸送を前提に設計された車両であるが、トレーラーにMSを載せるにはそれなりの手順があることを。MSがトレーラーに対し一気に重量を掛ければ、トレーラーの駆動系やサスペンションを破損する可能性が高い。また、MS側がバランスを崩して倒れればMSが破損する。

それを避けるために、MSの積み降ろしを行う際にはトレーラーの外部にアウトリガーを展開し、さらにトレーラー下面の補助脚を伸ばしたうえ、積載するMS単独でなく、他のMSの補助をつけて作業を行うのが標準だ。

 

「考えてみろ、地球に降りてこないかぎり

 MSを1Gの重力下で操縦することなど普通はない」

 

「たしかに───」

 

 言われてクルツは気づく、MSはもともと宇宙戦を前提に作られた兵器だ。むろん地球上での運用も机上では考えられていただろう。だが、ジオンも当初は地球侵攻など想定していたかどうか───

地球外で1Gの重力下などという状況があるとすれば、遠心力により擬似重力を発生させているスペースコロニー内部だけだ。しかし、MSをコロニー内で運用する機会など実戦ではほとんどないだろう。そして、ギーケイ少尉がいた月の重力は1/6Gでしかない。

 

「あるとすれば、コロニー内部というわけだが───」

 

「訓練や式典、MS開発のため・・・ですか」

 

『その程度では、あの技量の説明にはならない』とウェイド軍曹は考える。

 

「無重力でのMSの移動が簡単とは言わん。

 質量が40トン以上あれば、重力の有無にかかわらず難しさは当然ある。

 だが、普通のパイロットは

 1Gの重力下でMSをトレーラーに乗せるのがどれだけ難しいか

 やってみるまで気づかない者も多い」

 

 ウェイド軍曹の話を聞きながら、クルツはギーケイ少尉がザクをトレーラーに載せている光景を思い出していた。

 

「トレーラー積載時に使う動作プログラムもあるにはあるが、使えない状況も多い。

 少尉がそのプログラムを使っていなかったのは、外から見ていても分かった」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、動作プログラムを使った場合のMSの動きとはまるで違っていた。

 だからトレーラーにMSを載せる場合は、

 他のMSに補助をさせて作業を行うのが一般的だ」

 

 軍曹は説明を続ける。

 

「積載するMSの単独でトレーラーに載せることも可能だが、

 そいつはパイロットにかなりの技量を要求する。

 自分の知るパイロットの中にも、確実にできるのはろくにいない。

 補助脚を出さずにMSをトレーラーに載せようとすれば、

 十中八九トレーラーを壊す。下手をすればMSも───

 そう思ったから、自分はあの時ザクを止めようとした」

 

 もう一度ザクを見上げるウェイド軍曹。

 

『そういえばこの人だったな』

 

 その姿を見てクルツは思い出した。少尉が“このザクはトレーラーに載せる”と言ったとき、サムソントレーラーに向かって走り出した人間がいたことを。

 

「だが、ギーケイ少尉の操縦は見事なものだった。

 あれならサムソンの補助脚なしでも積載できたのではないかな?

 だから自分は、少尉がどこか地球の戦線にいたベテランだと思ったのさ」

 

 ギーケイ少尉の技量を高く評価する言葉だった。クルツは、それがなぜか自分のことのように嬉しかった。

 

「まあ───そんな詮索はどうでもいい。

 パイロットができる人なら我々も力が入るというものだ」

 

 

「クルツ!いるか───?」

 

 そのとき、上からギーケイ少尉の声がして、二人はザクのコックピット方向を見上げる。

 

「はい、ここに!!」

 

「すまんが手伝ってくれ!

 上を向いたままだと検査結果を書き込むのが難しい!」

 

 トレーラー上に寝かせた状態のザクでシートにつけば、当然パイロットは上を向いた状態にならざるをえない。MSの操作はともかく、ものを書くのは難しい。宇宙や月ならそうでもないだろうが───

ウェイド軍曹とクルツは顔を見合わせる。

 

「なるほど、たしかに地球は初めてのようだな」

 

 軍曹が苦笑いをして、クルツに「行ってやれ」と指で示す。

クルツはうなづくと「今行きます!」と叫んでザクの腕によじ登り、コックピットを目指した。

 

 

 

 システムチェック、目視点検に続いて行われた、可動肢の動作チェックが終了した。

 

「腕のほうはシールドのダメージが目立ちますが、交換は容易です。

 大きな不具合はありません」

 

「やはり問題は左足か・・・・」

 

 ウェイド軍曹の報告を聞きながらオレはつぶやいた。

 

「はい、左足の股関節とひざ関節駆動部はかなり痛んでいます。

 部品はありますが、交換作業は時間がかかります」

 

 検査結果の記入されたシートを見せながらウェイド軍曹が言った。

 

「股関節にひざ関節か、両方でまる1日以上かかるな。

 それだけ時間をかけている余裕はない」

 

「はい、それ以外の整備がストップしてしまいます」

 

 オレ達二人が考え込んでいた時クルツが声をかけてきた。

 

「失礼します。

 少尉、司令がお呼びだそうです」

 

「わかった───」

 

 おそらくコンウェル基地の方針が決定したのだろう。短く応え、オレはウェイド軍曹に向きなおる。

 

「まず異常のある電装ユニットだけを交換してくれ。

 現時点で問題ないユニットはそのままだ。

 いざというときザクの状態が分からんのでは話にならん。

 左足は、大型部品の交換無しで対策を考えてくれ」

 

「了解です」

 

 オレは軍曹の硬い声を聞きながら、司令の元に向かうため歩き出す。

 

 

 

 ウェイド軍曹は、格納庫を出ていくギーケイ少尉の背中を見送った後、トレーラー上のザクを見上げた。

 

『───果たして、今度は間に合うだろうか?』

 

 

「クロウ・ギーケイ少尉、入ります」

 

 呼ばれたのはコンウェル基地に到着した日に呼ばれた執務室だった。申告とともにドアを開け部屋に入る。

執務室にいたのはデニス大尉一人だけだった。デスクの向こうで椅子の背もたれに身体を預け座っている。連邦の反攻作戦がはじまってから疲労の色が濃い。

 

「ザクを整備させているそうだな」

 

「は、格納庫を使用させていただいております。

 クルツ・シフェールにそのつど報告はさせましたが、勝手に進めて申し訳ありません」

 

「かまわん、君は107小隊の人間だ。

 107小隊としてできることをやってくれ」

 

 大尉は鷹揚に言って椅子を示す。

 

「座りたまえ」

 

「は、失礼します」

 

 長い話になるのかもしれない。オレは対面にある椅子を引き寄せ、言われたとおり腰をおろす。

司令は背もたれから身体を起こすと、オレに向き直り、テーブルの上で両手の指を組んだ。

 

「リンズ中尉もオデッサ司令部がどうなったか、確実な情報が無い状態で撤退行動を決断せざるを得なかった。

コンウェル基地はオデッサが既に落ちたものとして行動する───」

 

『そうか───』司令の言葉はこれから話す内容の大前提であり、返答を期待してのものではなかったからオレは黙っていた。

 

「連邦はすでにオデッサが陥落したと報道させている。

 事実、昨日の時点でオデッサとの通信はできなくなっていた。

 欧州方面軍の一部はまだ抵抗を続けているらしいが、詳細は不明だ」

 

 はじめて知る情報にオレは愕然とした。オレやコンウェル基地の所属している戦略資源採掘部隊の司令部があるのがオデッサだ。そして欧州方面軍とは指揮系統が異なる。

 

「私はいざとなったら基地の人間を少人数に分散し、

 バイコヌールに脱出させるつもりでいた。

 鉱石輸送を依頼している会社のつてでな」

 

『なるほど』オレは内心でうなずいた。基地司令はいろいろ考えねばならないことが多いようだ。

 

「だが複数の輸送会社からの情報によると、連邦軍は鉄道を含むバイコヌール方面のルートを押さえにかかっている。

 ヨーロッパからバイコヌールに向かう部隊の掃討作戦も始まっているようだ」

 

 連邦の反攻作戦に敗北し、取り残された部隊が地球を脱出するためにバイコヌール宇宙港を目指しているのだろう。

 

「リンズ中尉によると、整備中隊も移動予定のあったコンウェル基地に来て、

 その後バイコヌールを目指すつもりだったそうだ。

 だが───いまや、連邦の目をかいくぐってバイコヌールへ向かうのは難しい」

 

 司令は言葉を切った。

 

「そこで、我々はアデンに脱出することにした」

 

 アデン───アラビア半島の先端に位置する宇宙港だ。それぐらいは地球に疎いオレでも知っている。

 

「距離的には遠くなる、山岳地帯と砂漠を通過しなければならん。

 だが、アラビア半島の多くはまだ連邦の勢力下に落ちていない。

 カイロ基地と接触できる可能性もある。

 リンズ中尉も同意してくれた」

 

「正直、自分には地球の地理はよく分かりません。

 司令の判断に従います」

 

「うむ───」司令はうなづく。

 

「ここからが本題だ」

 

 デニス大尉は言葉を区切ると、椅子の背もたれをギシリと鳴らす。

 

「少尉は私の部下ではない、だからこれは命令ではない」

 

 そしてオレを正面から見すえてから言った。

 

「第4整備中隊とコンウェルの兵がアデンに到るまで、

 ザクで後衛を頼みたい」

 

『後衛か・・・』司令の選んだ言葉の意味がオレにはよく分かった。

 

「司令、自分はもとよりそのつもりです。

 今、自分が引き継ぐべき任務は整備中隊を守ること。

 コンウェル基地の兵も同じです」

 

 デニス大尉がうなづく。

 

「まして、地球に降りて戦いもせずに宇宙に帰る───

 そんなマヌケ野朗にはなりたくありません」

 

「そうか───」

 

 オレの答は分かっていたのだろう、それでもデニス司令は表情をやわらげる。

オレは最も肝心なことを尋ねた。

 

「出発はいつ?」

 

「明日───

 17時を予定している。

 夜間移動でできるだけここから離れる」

 

「移動用の車両は足りるのですか?」

 

「朝までにそろう。

 バイコヌールを目指すにしても最寄の鉄道までは車で移動だ。

 目立たぬように民間のバスを2日前に手配をさせておいた」

 

「2日前?」

 

「司令部との連絡が取れない以上、最悪を考えねばならん。

 無駄になればそれにこしたことはない」

 

 驚くオレに司令は笑う。

 

「食料はこちらで用意した物に加え、

 少尉と一緒に来た補給物資の中にも含まれていたのでな」

 

 穏やかな外見によらず、抜け目のないデニス大尉にオレは舌を巻いた。

そのとき、デスクの電話が鳴り、司令は受話器を取り上げる。

 

「───うむ、そうか。

 伝えておく」

 

 短い会話の後、受話器を置いた司令はオレに言った。

 

「医療室からだ。

 ベイリー伍長が目を覚ましたそうだ」

 

「よかった、MSについて聞きたいことがあったので」

 

 オレはザクパイロットの情報に安堵した。

 

「そのベイリー伍長もだが───」

 

 大尉がやや表情を曇らせる。

 

「陸路の移動に耐えられそうもない負傷者は

 我々とは別に、連絡機でバイコヌールに向かわせる。

 航空機なら、まだ連邦の監視が薄いカスピ海側からバイコヌールを目指すことができる。

 だが、もし連邦軍と接触したなら抵抗せず投降させるつもりだ」

 

「そうですか───」

 

 それが最善の方法だろう───と考えたところで司令の言葉の別の意味に気付く。

 

『司令は脱出部隊と同行するつもりなのだな・・・』

 

 オレは大尉を見つめたあと立ち上がり言った。

 

「それでは戻りますが、電話をお借りします」

 

 オレは格納庫に電話をつなぎ、クルツを呼び出した。

 

「クルツ、ザクの点検表を持って

 医療室に来てくれ───」

 

 オレは医療室として使用されている場所に向かった。担当医をつかまえ、ベイリー伍長の容態について話しはじめる。

 

「少尉、点検表です」

 

 そこにクルツがやってきた。クルツは、ペーパーホルダーに挟んだザクの点検表をオレに差し出す。

 

「それでは」

 

 クルツはそう言って戻ろうとする。だが、オレはそのクルツを呼び止めた。

 

「待て」

 

 ふりむくクルツにオレは言った。

 

「これからベイリー伍長と話をする。

 後ろでオレ達の話を聞いていろ、何も言わなくていい。

 MSの整備をやりたいなら役に立つはずだ」

 

「は、はい───」

 

 クルツは神妙な顔でうなづいた。

 

 ベイリー伍長は個室に入れられていた。医者からいくつかの注意事項を聞き、「長時間の会話は控えるように───」との言葉を最後に面会の許可が下りた。

ベッドのかたわらに立つ。スタンドにつるされた点滴パックから透明なチューブが伸び、腕に留められている。頭は先ほど見た汚れた包帯でなく、白い包帯に取り替えられていた。

オレに気づき視線をむけるベイリー伍長。先ほど自分をザクのコックピットから引きずり出したのが、オレだとは分かっていないようだった。

 

「107小隊のクロウ・ギーケイ少尉だ。

 ───ああ、そのままでいい」

 

 身体を動かそうとする彼を、オレは手のひらを向けて押しとどめる。

 

「107・・・?」

 

 とまどっているようだ。無理もない、彼の認識では107小隊は既に全滅しているのだから。オレは幾度目かの説明を繰り返す。

 

「コンウェル基地で107小隊と合流予定だったのだ。

 小隊のことは聞いた───」

 

 彼の表情は動かない。

 

「よく整備中隊を守り、ここまで送り届けた。

 安心しろ、貴官は任務を果たしたのだ」

 

 小さな吐息とともに、彼に安堵の表情が浮かぶ───オレは言葉を継いだ。

 

「だが、ここコンウェル基地もアデンへの脱出を決定した。

 自分は整備中隊と彼らを守らねばならん。

 そのために伍長のザクを使わせてもらいたい。

 すでに整備作業ははじめている」

 

「・・・お願いします。」

 

 彼は途切れながらも話しはじめる。

 

「自分と整備中隊が生き残ることできたのは

 バード隊長とキーネン軍曹が脱出の時間を稼いでくれたからです───

 彼らのためにも・・・・」

 

 彼が口にしたのは、102小隊パイロットの名前だった。彼らが撤退行動中の戦闘で行方不明───おそらく戦死したことを、オレは整備中隊から聞いて知っていた。

 

「うむ。そのためにもザクについて確認したいことがある。

 すまんが、少しつきあってくれ・・・」

 

 オレはペーパーホルダーを取り上げた。彼が乗っていたザクのセッティングについて、作業中に書き取ったメモを挟んである。パイロットでなければ分からないこともあるのだ。

 

「左足の可動に問題があるが、直接の原因に心当たりはあるか?

 それはいつのことだ───」

 

 オレは質問をはじめる。背後でクルツが身じろぎもせずにそれを聞いていた───

 




次回「MSパイロット」
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