敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079   作:霧島 碧

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3-7 稼働試験

 東の空が白み始めた、夜明けが近い。

休息に入っていたウェイド軍曹たちが戻ってきた。

 

「少尉、作業に戻ります」

 

「夜明けまで寝ていればいいものを・・・」

 

「いえ、そういうわけには」

 

 オレに対する態度が変わらないのは彼ぐらいだ。まじめすぎるというのは本当のようだ。

横にいるオード軍曹に眼を向けると、彼は肩をすくめて見せた。

 

「軍曹、頼みがある。

 昼までにザクをトレーラーから起こして一度動かしておきたい」

 

「───?

 今の状態でなぜ急ぐのです」

 

「ザクと武装のリンクを確認したい」

 

 それは本当の事だったが全てではない。オレは続けた。

 

「───というのはたてまえで、

 コンウェル基地の者達に、ザクが動くところを見せておきたい」

 

「なるほど、脱出行であっても

 動くザクがいると思えば心強い」

 

 横にやってきたオード軍曹が口を挟む。

 

「そうだ。

 ザクに負担をかけぬよう、股関節とひざの可動範囲はシステム上で制限をかけておく。

 だから『このザクは問題ない、整備は完璧だ』───と基地の人間に言うよう、整備員に徹底させてほしい」

 

「しかし、どちらにしても整備は続けねばなりません」とウェイド軍曹。

 

「オレ達は殿(しんがり)だ、ギリギリまで作業を行い

 目立たぬようにザクはトレーラーに載せたまま出発する。

 最初から歩かせたのでは敵を呼ぶようなものだ。

 コンウェル近辺で連邦軍と遭遇するようなら、アデン到着は夢のまた夢」

 

「そういうことですな───

 正しい判断だと思います」

 

「クルツ、おまえもだ。

 もし基地の者に尋ねられたら、ザクは完璧だと答えておけ」

 

「ついでにギーケイ少尉は歴戦のMSパイロットだとつけくわえてな」

 

 オード軍曹がおもしろそうに言い、オレは顔をしかめる。

 

「おい───」

 

 オレは軍曹に苦情を言おうとした。だが、それをクルツの返答がさえぎった。

 

「了解です」

 

 満面の笑みを浮かべるクルツの顔を見て、オレはため息をついた。

 

 

 格納庫のシャッターがゆっくり開き、横たわったザクとトレーラーに光が差し込む。やや離れた格納庫、基地の中庭では、多くの人と物資、車両がごった返し、脱出の準備が整えられつつあった。

だが、それでも格納庫のシャッターが完全に開き、ザクを載せたトレーラーが誘導路に移動していく姿は、彼らの目を引きつけるのに充分だった。

クルツは格納庫の前でこちらを見上げている。オレはと言えば、そのザクのコックピットに座り、モノアイを動かして周囲の状況を把握していた。

 

“トレーラー停止、補助脚展開開始します!”

 

 トレーラーからの状況報告がヘッドセットに響く。しばらくしてから、その補助脚が接地したことを示す小さな衝撃が背中に響いてきた。

 

“補助脚展開完了しました。続いてロック解除(リリース)に入ります。

 ライトアーム、レフトアーム、ロック解除。

 ライトレッグ、レフトレッグ、ロック解除。

 メインロック1,2解除。

 全ロック解除、ザク引き起こし準備完了しました!”

 

「了解、ザク102-4引き起こしを開始する」

 

 すでにザクを稼動させるためのチェックは格納庫内で済ませていた。

オレは念のために外部通話で外に呼びかける。

 

「これよりザクを引き起こす、周囲にいる者は安全な場所に移動しろ」

 

 モニターで人がいないのは確認済みだったが、死角というのは常に存在する。実際、MSを移動させるときに人や物を巻き込む事故は多く、オレが整備をやっていたときにはうんざりするほど注意を受けたものだ。

 

 ゆっくりとザクの上半身が起き上がる。同時に両手がトレーラー上でその上半身を支えた。続いて右足がトレーラーから上がり、トレーラーの外、滑走路上に置かれる。左足がトレーラー上で折り曲げられる、多少の異音はあるが最初にこの機体に乗ったときほどひどくない。左足の裏がトレーラーを捕らえる。オレはさらに上半身を引き起こし、機体の全加重を両足に移していく───

そしてザクはゆっくりとコンウェル基地の滑走路上に立ち上がった。

脱出準備のために周囲の滑走路上にいる人間から、期せずして歓声が湧いた。手を上げ振り回しているの者も多い。彼らはみな、連邦の反攻作戦が始まってから今まで、言葉にできない圧迫感を感じていたはずだ。ザクが立ち上がるのを見たことにより、その反動がきて、鬱屈していたものが一気に開放されたのだろう。これだけでもザクを動かした甲斐があるというものだった。

 

「オートバランス正常、これより可動肢の作動テストに移る───」

 

 オレは本来のテストを開始した。

 

 

 

 ザク本体の稼動テストは1時間程度で終わったが、引き続きザクと武装のリンクテストに入った。

格納庫まえに並べられたザクの武装を取り上げ、照準をはじめとするデータリンクの確認を行なう作業だ。マシンガン、バズーカはじめ、最初からMS用として用意されている武装はさして問題なく進んだ。しかし、地球における陸戦用の武装は、使うのが初めてのものもある。

テスト終盤になるとオレの見たことも聞いたこともなく、ザクの火器管制システム(FCS)にすら登録されていない武装まで出てきた。どのようにして使用するのか、手順を確認しないことにはいざ戦闘というときに役に立たないどころではない。

 最後にテストしたのは、整備中隊到着時にオレがトレーラーから降ろした9連装ミサイルランチャーだった。ウェイド軍曹によると、多数の敵を相手にする状況になった時のために、ベイリー伍長が強硬に持っていくことを主張したらしい。敵に与える打撃力を考えれば、まあ、気持ちは分かる。だが、これもまた火器管制システム(FCS)には登録されていない。

 

「たしかにこれは使えるかもしれんが、一工夫必要かもしれんな」

 

 格納庫前に降ろすとテストを終了し、ザクをトレーラーに戻した。

 

 ザクは再びトレーラーで格納庫内に戻され、整備作業が再開された。

オレはまとめたテスト結果をウェイド軍曹に渡し、トレーラーの横で簡単なミーティングを行なっていた。テスト結果は問題点を再確認したようなものだったが、それは同時に、整備そのものは順調に進んでいることの証でもあった。

 

「武装とのリンク設定で不明点がいくつかあるが、

 これは再度ベイリー伍長に確認した方がいいかもしれん───」

 

 オレは自分の報告をそう締めくくる。

 

「ところで、最後にテストしたミサイルランチャーは、

 FCSに名前さえ登録されていなかったが?」

 

「あのミサイルランチャーは、装甲車両のものを転用したらしいのですが、

 FCS登録用のプログラムが回ってきませんで。

 それでも敵が多い場合に備えて、ベイリー伍長が運ぶことを希望したのです」

 

「ああ───その気持ちは分かる」

 

 ウェイド軍曹の返答を聞き、オレは頷く。たとえ手動で操作するにしても、連続でミサイルを発射できれば、複数の敵を牽制するのも比較的容易だ。

 

「しかし、フルマニュアルで使うとなると、

 モノアイと照準を連動させるとしても、大雑把な照準しかできん」

 

「まあ、どうせミノフスキー粒子の影響下では精密誘導などできません。

 ロケット弾をばらまくと思えば、それなりに有効でしょう」

 

 まぜっかえすように言ったのはオード軍曹だった。それを受けて、オレはテスト後に模索したミサイルランチャーを有効に使う方法を提案した。

 

「ウェイド軍曹、バズーカの照準をミサイルランチャーに取り付けてくれ。

 バズーカの照準と右腕の動きを連動させる。

 部品はあるだろう」

 

「さいわい補給の中に弾薬類、武装関連のパーツは豊富にあります。

 ですが、バズーカとランチャーでは、形状も違えば、射程距離をはじめとする諸元も違います。

 照準を取り付けるだけでは・・・・」

 

 相変わらずマジメに反応するウェイド軍曹にオレは言う。

 

「バズーカ用の動作制御プログラムをコピーして修正する。

 諸元は脚部ミサイルポッドのデータを流用できると思う」

 

「うちの中隊でプログラムレベルの修正ができる人間は・・・・」

 

 言いかけたウェイド軍曹は、不意に言葉を止め、怪しげな物を見る目つきでオレをうかがう。その後を引き取ったのはオード軍曹だった。

 

「まさか───少尉がプログラムを組むので!?」

 

「全てを作るわけではない。

 つぎはぎのプログラムをでっちあげるだけだ」

 

「え?───いや、それにしても

 ・・・・できるのですか?」

 

 ウェイド軍曹は、露骨に不審そうな顔つきで言った。

 

「オレもソフトウェアは苦手だが、同僚に天才的なヤツがいてな。

 そいつにプログラムを組む時の抜け道をいろいろ教えられた。

 慣れればそれなりに何とかなるものだ」

 

 なぜだか、周囲の人間があきれたような表情をしている気がする。

 

「あとでプログラム入力用の端末を貸してくれ。

 すぐには無理だが、基地を出発してからやってみる」

 

「は、はあ、分かりました」

 

 なにやら微妙な空気の中、ミーティングの議題は基地を出た後の編成に移っていった。

 

「出発後の編成はサムソントレーラーと兵員輸送車、連絡用小型車各1台で

 15、6名程度に絞る予定です」

 

「それについてはウェイド軍曹にまかす」

 

 そう応え、オレはクルツに言った。

 

「クルツ、おまえは本隊と行け」

 

「自分も同行させてください!」

 

「出発後は直接整備にかかわる者しか同行させん。

 整備兵にしても全員が同行するわけではない」

 

「自分は『作業班との連絡を密にせよ』との指示をカルドゥ軍曹から受けています!」

 

 クルツが必死で食い下がる、だが彼を同行させる気はオレにはなかった。そこにオード軍曹が口をはさむ。

 

「少尉、差し出がましいとは思いますが

 彼には本当のことを話しておいたほうがいいのでは?」

 

「軍曹、よけいなことは言うな」

 

 オレは不機嫌な声でそれに応じる。

 

「なんのことです?」

 

 クルツがオレを、次にウェイド軍曹とオード軍曹を見る。オレは小さく息を吐き、あきらめて口を開く。

 

「司令はオレに『脱出部隊の後衛を頼む』と言った。

 つまり───」

 

「オレたちゃ、トカゲの尻尾というわけだ」

 

 言いよどんで途切れたオレの言葉を、オード軍曹が引き取った。

 

「トカゲのシッポ?」

 

 その言い回しはクルツには通用しなかったし、実を言えばオレにも分からなかった。

『なんだそれは?』と眉をひそめたところへオード軍曹が説明する。

 

「トカゲは外敵に襲われると尻尾を切り離す。

 切られた尻尾はしばらくのたうちまわり、敵の目はそちらに釘付けになる。

 その隙に、トカゲ本体は逃げ出すという寸法だ。

 地球式の言い回しですよ」

 

『なるほど、そういうことか』納得したオレはクルツに告げた。

 

「つまり、オレ達はいざというときに連邦の目をひきつけるオトリだ」

 

「そんな!?」

 

「本隊が見つかれば、どのみち戦闘になる。

 見つかるのがザクだけならその方がいい」

 

「ま、そういうことですな」とオード軍曹。

 

「わかったかクルツ。

 こんなことにつきあう必要はない。

 最初に言ったが、直接整備にかかわる者しか同行させん」

 

「自分はサムソンを運転できます!

 MS整備をやるために、特殊車両の資格は取っておきました」

 

 何とか同行しようと必死の表情でクルツは訴えるが、オレにクルツを同行させるつもりはなかった。

───だが、そう思わない者もここにはいるようだった。

 

「サムソンのドライバーがいるならありがたいですなあ」

 

 オード軍曹のとぼけた声にオレは目を剥いた。

 

「ここまで運転してきたヤツがいるだろう」

 

「イリヤですか?皆負傷していて、彼しかいなかったのです。

 交代要員が一人いると助かります」とオード軍曹が受ける。

 

「そうだな───

 そうすればオレ達は整備に専念できる」

 

 ウェイド軍曹がわざとらしくしかめ面でうなづいた。

 

「キサマ等・・・・・」

 

 二人の軍曹が話を進めようとしている方向に気づき、オレは言葉に詰まる。

 

「少尉───」ウェイド軍曹がオレに顔を向ける。

 

「少尉はさきほど整備の編成について、

 自分にお任せくださったと思うのですが」

 

 彼がまじめくさった顔でそう言うと、クルツが大声で「ありがとうございます」と頭を下げた。

───そして、オレが頭を抱えたところでミーティングは終了した。

 

 

 ミーティング終了後、オレは医務室を訪れた。再度ベイリー伍長に問題点を確認するためだ。その際、ベイリー伍長はじめ陸路の移動に支障のある負傷者を、連絡機の準備が出来次第バイコヌールへ送り出すことを知った。

 

 

 格納庫に運ばれた遅い昼食を交代で食べている時、リンズ中尉が整備中隊の兵を引き連れてやってきた。中尉だけが格納庫の中へ入ってくる、他の者は格納庫のシャッター前に立っていた。

食事を中断して立ち上がると、そのオレを見て中尉がニヤリと笑った。

 

「どうかね?

 少尉の目から見てうちの整備兵は」

 

 その口ぶりからすると、どうやらオレが元整備兵だということは伝わっているらしい。やれやれだ・・・・・・

 

「自分のような元不良整備兵とは、比較にならぬほど有能な者ばかりで助かっています」

 

「謙遜だな。

 うちの者は少尉の的確な指示に舌を巻いていたぞ」

 

「お恥ずかしい、生き延びたいがためです」

 

「是非生き延びてくれ。

 そうすれば我々も生き延びられるだろう」

 

 その時、外にいた者が格納庫の中に叫んだ。

 

「中尉、タキシングエリアに出ました」

 

 それを受けて中尉はオレに言う。

 

「少尉、スマンが少しだけ作業を中断させてもらう」

 

「は!」

 

 中尉はトレーラー上で作業をしている整備兵達に叫んだ。

 

「第4整備中隊集合、格納庫前に整列!

 ベイリー伍長がバイコヌールに出発される!!」

 

 その声に反応して、食事をしていた者、整備のためにトレーラー上にいた者、102小隊担当だけでなくオード軍曹はじめ格納庫内にいた整備兵ほとんどが格納庫入り口に走っていく。

考えてみれば当然だ、ベイリー伍長は負傷しながらも第4整備中隊全員を守ってコンウェルまでやってきたのだから。いやベイリー伍長だけではない、連絡機には彼等の同僚である負傷した整備兵も乗っているはずだった。

 

 整備兵は格納庫前で一列に並んだ。その前に立ったリンズ中尉が滑走路を加速してくる連絡機に向かって叫ぶ。

 

「我々をコンウェルに送り届けたベイリー伍長、

 並びに負傷した仲間に対し、

 ───敬礼!!」

 

 その号令に従い、一列に並んだ整備兵が滑走路を加速する連絡機に向かい一斉に手を上げる。オレとクルツも彼等の後ろに立ち、機体に向かって敬礼した。

機体はオレ達の前を通り過ぎ宙に浮くと、ランディングギアを収納し上昇していく。機内にいるベイリー伍長は整列した整備兵達に気づいただろうか?───オレには分からなかった。

 

「よし、作業に戻れ」

 

 中尉の指示で並んだ兵がそれぞれの作業に散っていく。MS整備に関わっていない兵も移動の準備に忙しいようだ。

 

「大丈夫でしょうか」

 

 クルツが機影が消えた方向を見送りながら言った。

 

「ああ、陸路でバイコヌールに向かうのは敵の中に跳び込んでいくようなものだが、

 カスピ海を超えていくルートならリスクは低い筈だ」

 

 昨日デニス司令が口にした言葉を、オレは誰よりも自分自身に言い聞かせるように言った。

 

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