敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079   作:霧島 碧

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4-1 独立愚連隊

「───そしてコンウェルを出発してから4日目に、我々は連邦のGM部隊と接触したのです」

 

 コンウェルであった事を語り終えたオレは最後につけ加えた。

 

「オレは別に誰かのために戦ったわけではありません。

 周りが戦っているにもかかわらず、何もできずに自分だけが戦えない状況に焦っていた。

 だから自分が戦う方法を探り、行動した───それだけです。

 周囲にどう思われたかは知りませんが」

 

「フ、クックックッ───ハッハッハッ───」

 

 話を聞き終えたシュナイダー少佐がおもしろそうな笑い声を上げた───

オレは渋い顔でそれを見返す。

 

「そんなにおもしろかったですかね───?」

 

「怒るな。

 貴様を笑ったわけではない───」

 

 少佐はオレに向かって『抑えろ』とでも言うように軽く手を向けた。

 

「うむ、何と言ったらいいか───

 シフェール三級整備兵にスパイの嫌疑がかけられ、部下が調べたと言っただろう」

 

 いきなり話題がクルツの事に戻った。確かに少佐は先ほどそう言ったが───少佐はオレに意味ありげな視線を向ける。

 

「何故、憲兵が自分に協力を頼んできたか分かるか?

 普通は憲兵が他の部署に取り調べの協力を依頼するなど、有り得ないと思わんか」

 

「それは───」

 

 少佐の言う通りだ、捜査協力ならいざ知らず、憲兵が直接の取り調べに他部署に協力を依頼するなど普通は有り得ない。ましてクルツに掛けられたのはスパイ容疑だ。なにか理由があるのだろうが、それが何なのかオレにはまるで見当がつかない。

答えを見いだせないオレに少佐は種明かしをはじめた。

 

「理由の一つはシフェールの1件の前に、自分が憲兵部隊に厄介な仕事を持ち込んでいたからだ。

 だから憲兵は借りを返せと言ってきたわけだな」

 

 分かる話だが『理由の一つは』と言うからには他にも理由があるのだろう。オレは少佐の言葉を待った。

 

「もう一つは、憲兵にも分かっていたってことだ、シフェールがスパイなどでないことが。

 それでなくともオデッサ作戦後、アデンはどの部署も手一杯。

 だからと言ってスパイ容疑者の取り調べに手を抜くわけにはいかん。

 憲兵は手っ取り早くシフェールがスパイではないという保証が欲しかった。

 そこで気の利く憲兵大尉殿が自分に依頼してきたというわけだ」

 

 オレには少佐の言った最後の部分が分からなかった。何故、少佐に依頼すればクルツがスパイでない保証になるのか?

困惑するオレに、少佐は低い声でさりげなく────しかし、とんでもないことを口にした。

 

「詳しく言うわけにはいかんが、

 自分は突撃機動軍内部でも独立した情報部の所属でな───」

 

「───!?」オレは驚愕のあまり言葉を忘れた。

 

「我が部署がシフェールをスパイでないと判断すれば、

 憲兵も大手を振ってシフェールを無罪放免とし、

 コンウェルの兵と共に宇宙に追い出すことができるというわけだ」

 

 少佐の言っていることは理解できていたが、同時にオレの頭は違うことが占有していた。

 

『突撃機動軍内部でも独立した情報部!?

 キシリア少将直属ということか───』

 

 とっさに脳裏に『キシリア機関』という言葉が浮かぶ。だが、知っているのは言葉だけで、実態などはオレに分かるはずもない。オレは少佐の横顔をまじまじと見直す、簡単に明かしていい話ではないはずだ。

それに───

 

「情報部の少佐殿が、なぜ兵の帰還や物資調達を仕切っているのですか?」

 

 オレは用心深い言い方をした。

少佐はチラとオレを見てかすかに笑う。

 

「その少佐という肩書きも、もともと地球で無理を通すためのものでな。

 おかげであちこちの部署から恨みを買った───」

 

 少佐は肩をすくめる。

 

「それは仕方がない。

 こちらも好かれたくてやっている仕事ではないからな」

 

 少佐という階級なら───しかも背後にキシリア少将の存在があれば、たいていの無理は通すことができるだろう。

 

「地球では、あまり口にできんこともいろいろやった。

 それも、いずれジオンのためになると思えばこそだった・・・・・・

 だが、ジオンは地球で敗北した」

 

 少佐は空を見上げる。

 

「自分が地球でやったことのほとんどは無為に終わった」

 

 少佐はタバコの白煙をその空に向けて吐き出す。宙に消える白煙、それは少佐のため息のように思えた。

 

「オデッサ敗北のあとアデンに逃げ込んできたお偉いさん達が

 ワレ先に宇宙へ帰り始めた。

 それだけなら、オレは何も言う気は無かった。

 だが、中には地球で作った隠し財産を持って逃げ出そうとする連中も多かった。

 帰還船を待つ多くの兵を置き去りにしてな────」

 

 少佐はタバコの吸い口をギリと噛み締める。

 

「自分にはそれが許せなかった」

 

 シュナイダー少佐は噛み潰したタバコを吐き捨て、自分が空に向けて吐き出した煙を視線で追う。

 

「調査中に、偶然ある大佐殿の背任の証拠を入手し、その情報を憲兵大尉に渡した。

 憲兵大尉はそれを元に隠し財産を差し押さえた。

 だが、彼は大佐が宇宙に帰るのを止めはしなかったよ───帰ればいいのさ

 地球にいたところで邪魔になるだけだ」

 

 物憂げだった少佐の表情がわずかに歪み、次の言葉を口にした。

 

「ただ、大佐が乗るシャトルには、

 押収した財産の代わりに、置き去りにされかけた大佐の部下達を乗せてやった。

 背任の証拠を持たせてな───

 大佐殿はさぞ居心地が悪かったことだろう」

 

 

 

 あの時、自分はアデン宇宙港内のジオン施設の一角で報告作成──ジオンが地球で行なってきた活動の後始末──に忙殺されていた。

窓の外がいつもより騒がしいようだが、地球からの大規模な撤退が開始されてからは、程度の差こそあれこんなものだから気にもしていなかった。

そこに急いでいるとおぼしき足音が近づき、ドアがノックされる。

 

「ブラッドショウであります」

 

「入れ」

 

 精悍な顔つきの黒人、副官のアーネスト・ブラッドショウ少尉だった。

 

『何をあわてている────?』

 

「失礼します。」

 

 ドアを開け、姿を見せた少尉が敬礼する。

 

「どうした、アーネスト?」

 

「ハ、それが少佐────

 窓の外をご覧いただけますか?」

 

「────?」

 

 俺は顔をあげ、チラとブラッドショウ少尉を見てから立ち上がり、背後の窓に向かった。臨時オフィスの外は狭い中庭になっている。撤退の混乱の中、今はそこらじゅうに物資が並べられているはずだった。

つまんだブラインドの隙間から外を見たオレは眉をひそめる。

そこに50人近くいるだろう兵が整列していた───

全員汚れた軍服、頭部や腕に包帯を巻き、隣にいる兵の肩を借りている兵すらいる。

 

「これは────なにごとだ?」

 

 俺は背後にいるブラッドショウ少尉に問いかける。

 

「先日少佐はマリク大佐の背任資料を憲兵部隊に流されましたが、

 彼らはそのマリク大佐配下の兵であります」

 

 ブラッドショウ少尉が報告をはじめた。

 

「明日以降の便で順次帰還する予定なのですが、

 その前に、彼らを置き去りにして本国に帰還しようとしたマリク大佐を告発し、

 彼らに帰還船をまわすよう働きかけた少佐に感謝したいと・・・・・」

 

「感謝だと?

 ───このオレにか?」

 

 予想外の言葉を聞き、オレはあきれ顔でブラッドショウをふりむく。

情報部───特に俺の部署はきれいな仕事をしているわけではなかった。むしろ普通の軍人にとっては、無理な横車を押してくるだけの唾棄すべき存在と言っていい。

 

「感謝されるだけのことを少佐はなさったと思います」

 

 落ちついた声でブラッドショウ少尉がこたえる。だが、俺は渋い顔で窓の外に視線を戻す。

 

「問題だな、少尉・・・・・」

 

「何がでしょう?」けげんな顔のブラッドショウ。

 

「どうも機密保持がルーズなのではないかね?」

 

 そう言う口元が少しだけ緩む。

 

「この手の噂は足が速いですから、止められるものではありませんよ。

 おしゃべりな憲兵大尉殿もおられるようですし」

 

 少尉は肩をすくめると、ヤレヤレと言わんばかりの顔で首を振って俺の韜晦を受け流す。

 

「パニッシュのヤツか・・・・・」

 

 お堅い憲兵大尉殿の顔を一瞬思い浮かべた俺は、ブラインドに背を向け、部屋のドアに向かって歩き出す。

 

 

 階下に降りたオレは、差し込むまぶしい光に目を細め、中庭に出る。

兵たちの前に立つ下士官がオレに気づき、号令をかけた。それにあわせ、彼らが足を鳴らし背筋を伸ばす。俺に向かって顔をあげ、次の号令でいっせいに右手を上げ敬礼をする。

全員をゆっくりと見渡した後、俺があごを引き答礼すると、彼らはどよめき、声にならぬ声をあげながら喜びの表情でこぶしを突き上げた・・・・・

 

 ヨーロッパにおけるジオンの敗北が決定的となったアデン宇宙港の一角に、時ならぬ歓声がこだました────

オフィスにいる士官、事務方が何事かと顔をあげ、歩いていた兵は足を止めた。

 

 

 

「自分はそのとき初めて、地球で意味のあることができたと思ったのさ───」

 

 そう言ってシュナイダー少佐は空を見上げる。

 

「だから今も地球に残り、兵を脱出させるべく活動している。

 つきあってくれるモノズキな連中のおかげで独立愚連隊の出来上がりだ。

 別に誰かに言われたわけではない、自分が必要だと思っているからやっているだけだ。

 本国もあまりうるさく言ってこないのでな」

 

 何と言うべきか────オレには言葉もない。

 

「どうだ、似ていると思わんか?」

 

「?」

 

 なんのことだと表情で問うオレに、シュナイダー少佐は悪ガキのように人の悪い笑みを浮かべ、オレを指差した。

 

「だれかさんにだ」

 

「う゛────」

 

 オレは意表をつかれ、うめく。

言われてみれば、少佐もオレも自分の信じるところにより行動をしただけだが、周囲から予想外の評価というか感謝を受ける結果となってしまった。その意味でオレ達は似た者同士なのかもしれない。『貴様を笑ったわけではない───』つい先ほど少佐が言った言葉の意味を、オレはようやく理解した。あれは自分自身を顧みての笑いだったのだ。

そのときのオレがどんな顔をしていたのかは分からない。だが、よほどうろたえていたのだろう、オレと目を合わせた少佐が笑いはじめた。最初は低く、だがその笑いは徐々に大きくなっていく・・・・・そして、それにつられてオレもまた笑いはじめていた。

 

 ひとしきり笑った少佐が新しいタバコを取り出しくわえると、そのタバコの箱をオレに向かって差し出した。

オレはタバコを吸ったことはない、スペースノイドはタバコを吸わないものなのだ。コロニーでも、宇宙船でも、宇宙で人が呼吸する空気を作り出すためにどれだけの努力がなされているか、スペースノイドがどれだけの金をコロニー公社に支払っているのか知っているからだ。酸素を消費する嗜好品たるタバコは、宇宙移民にとってとんでもない贅沢品であり、同時に手が出ないほどの税がかけられた高額品だった。

 オレはオード軍曹がタバコを吸っていたことを思い出す。あれは地球で覚えた悪習だったに違いない。

だが、オレはその悪習を試す気になっていた。手を伸ばし、差し出されたタバコを1本抜き取る。少佐は取り出したオイルライターで自分のタバコに火をつけ、そのライターをそのままオレに差し出した。

オレはくわえたタバコの先端を、少しあせって火に近づける。軽く息を吸ったつもりだったが、煙のいがらっぽさと、得体の知れない生臭さにオレはむせかえった。

せきこむオレを見て笑うシュナイダー少佐。

 

「タバコを吸うのははじめてか?」

 

「───ゲホッ・・・

 は、はい・・・・」

 

 咳き込みながらこたえる。

 

「まあ、落ち着いてゆっくり、深く吸え。

 そうすればこいつの何がいいのか分かるだろう」

 

「はぁ・・・・」

 

『なんでアースノイドはこんなものを吸うんだ───?』と思いつつ、オレはその言葉に従った───

 

 

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