敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
夜の荒野をトラックが走る。
オレは揺れる助手席で、ヘッドライトが照らす道を眺めるともなく眺めていた。
トラックのラジオは、ノイズばかりでまともに聞こえない、ミノフスキー粒子の影響なのだろう。サハドは、しばらくの間チューナーを調整していたが、やがてあきらめてスイッチを切る。街を出てからオレとサハドは一言も口をきいていない。車内に聞こえるのはトラックのエンジン音だけだった。
まだしばらくサハド、そしてあの3人と過ごさなければならない。オレは今まで聞かずに済ませようとしていたことをサハドにたずねた。
「サハド、あんたはなんであの3人の面倒を見ているんだ」
「・・・・んむ」
サハドは、声にならない声をつぶやき、しばらくしてから口を開いた。
「あんたには分からんかもしれんが、この辺りでは宗教が力を持っていた。
いや、今でも力を持っている。昔ほどではないがな・・・・・
信仰しない者も増えた───ワシも寺院にはもう何年も行っていない」
サハドは何を、どう話すべきか考えているようだった。
「その信仰の中に『喜捨』という教えがある」
「喜捨?」
「ああ、富める者は貧しき者に分け与える、
それが神の御心に沿う行為であるという教えだ」
「ふむ、そういうものなのか?」
オレにはピンとこなかった。それだけのためにサハドは3人を世話しているのだろうか?働かせていると言っても、事実上サハドが養っているのはオレにも理解できる。
「ワシには娘がいた───」
「!?」サハドの唐突な言葉にオレは声もなく驚き、そしてたずねる。
「いた?」
「ああ、死んじまった───戦争じゃねえ。
戦争のはじまるずっと前、事故だ。
妻も一緒にな───」
「そいつは───」
何と言うべきか、オレはとっさに言葉に詰まる。
「娘が死んだのは、ちょうどディアぐらいの歳だった」
そう言うサハドは、運転しながらじっと前を見つめたまま、その暗闇の中に何かを見つけようとしているかのようだった。
「だから、ディアを懸命に助けようとしている
サミとナオを見捨てられなかった───」
太陽が照り付ける乾燥した荒野を貫く一本の道。ときおりすれちがう車が土ぼこりを上げていく以外は、動く物も見えない。退屈な運転を続けるサハドの目に人影が映る。
道の傍らで二人の少年が上半身裸で、手に持った布を振っていた。振っているのは自分のシャツのようだ。
『戦争孤児か、珍しくもない───』
サハドは握ったハンドルを操作しながら、そのまま通りすぎるつもりでいた。だが、その二人の前を通り過ぎようとしたまさにそのとき、二人の後方にあるいじけた小さな灌木の下、そこに横たわる少女がいることに気づいた───
サミ、ナオ、ディアの3人がキャンプを出てから、4日が過ぎていた。わずかな食料と水を分け合い、野宿をしながら3人は北の街を目指した。だが、前日から体調を崩し、熱を出したディアは今日起き上がることができなかった。サミとナオは朝からやってくる車を停めようと必死で手を振った。だが、それに応える車はおらず、その日 手を振る二人の前を何台の車が通り過ぎていったか、サミとナオは覚えていなかった。
『またか───』
また一台、目の前をトラックが通り過ぎていった。絶望しそうになるサミ。ナオは泣き出しそうな顔をしている。ディアに対する心配、早く車を止めなければという焦燥、繰り返される徒労感───照りつける太陽の下でどうすればいいのか分からず、サミは自分の無力さに悔し涙をにじませる。
その二人の耳に、トラックのタイヤが路面の砂を噛んで停車する音が届く。顔を向ける二人から15メートルほど離れた場所に、たった今、目の前を通過したトラックが停まっていた。
見つめる二人の前で運転席のドアが開き、やや太った男が降りて2人に向って歩いてくる。男は二人の横を通り過ぎ、ディアに近づくと膝をつき、顔をのぞき込んだ。
「病気か?」
「う、うん。昨日から熱があって・・・・」
男の背後からサミが必死に訴える。
「分かった、トラックに乗れ」
簡潔に言って、サハドはディアの身体を抱き上げた。
「今、どれだけの戦争孤児がいるのか、ワシには想像もつかん。
その子供たち、すべてを助けることなどできるはずもない。
ワシにできるのは、せいぜい戦争が終わるまであの3人を食わせることぐらい───
それがワシの喜捨だ」
「そうか───」
そう言ってオレは黙り、再び前方の闇に目を向ける。他に言うべき言葉などオレには見つけられなかった。
「帰ったぞ」
サハドの声とともに、帰ってくるはずのなかった家の玄関を再びくぐる。
サハドに続き家に入ってきたオレを見て、サミとナオが歓声を上げた。
「クロウ兄ちゃん!」
「帰ってきたの!?」
二人でオレのところに駆け寄ってくる。
「ああ、もうしばらく世話になるぜ」
そう言ってオレはサミとナオに紙袋を手渡す。
「ほら、二人にみやげだ」
「なに?」
受け取ったナオが紙袋の中身を引っ張り出す。サミとナオ用のハーフコートだ。
「いいのかい兄ちゃん!」
「ワ~!」
二人は歓声を上げ、さっそくコートに袖を通しはじめる。
台所でサミとナオ、そしてクロウの声を聞いたディアは料理を支度する手を止め、顔を上げた。
『帰ってきた───!?』
歩き出す足もとが心もとない。もつれそうになる足で隣の部屋に向かう───
「よう、ディア」
部屋に入ってきたディアが、戻ってきたオレを見て驚いた表情を浮かべる。だが、それもつかの間、彼女はプイと横を向くとぶっきら棒に言った。
「───なによ、帰ってくるなんて思わなかったわ。
あんたのご飯なんて作ってないからね!」
「え~、そう言うなよ。
またディアのメシが食えると思って楽しみにしてたんだぜ」
冗談半分にぼやくオレの声に、コートを着たサミとナオが言う。
「クロウにいちゃん、俺のメシ分けてやるよ」
「ボクも、ボクも」
「な、なによ二人とも・・・・私が意地悪してるみたいじゃない」
オレは、もう一着買ってきたコートを彼女に手渡す。
「ほらディアにも・・・・」
「え、あたしの?」
渡された女物のコートを戸惑いながら受け取るディア。
「気にいらないかもしれんが、サイズはそれでいいはずだ」
それを見ていたサミが、ひやかすように言う。
「え~?
いいな~、ディアねえちゃん」
「なななな、なに言ってんのよ。
あんたたちだってもらったんでしょ?」
あからさまにうろたえるディア。
「だから、クロウ兄ちゃんにご飯を分けてやるんじゃないか」
「ボクも、ボクも」
二人の言葉は、結果的にディアを追い詰めることとなった。
「あー、分かったわ!
もう一人分ぐらい何とかするから、ちょっと待ってなさい」
そう言ってオレ達に背を向けると、ディアは台所に入っていった。
───だから、台所でコートを胸に抱きしめるディアの嬉しそうな顔は、誰も見ていない。
次回「コンテナ」
短い話でもあり、クロウが帰るまでの3話をまとめて投降してしまいました。