敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
「サミ、ちょっと頼む」
オレはザクのコックピットから上半身を乗り出し、ザクの足元にいるサミに声をかける。
コックピットから下ろされたロープを使って、サミが器用にコックピットへ登ってきた。器用なものだ、ウインチを使うよりも早いかもしれない。
「なんだい?」
狭いコックピットにサミが入ってくる。オレは開いた点検パネルの中、たった今取り換えたばかりの電子ユニットを指差す。
「こいつは左手首の制御ユニットだ。
新品に交換したんで腕に信号が行っているかどうか確認したい。
オレが合図したら順番にスイッチを押してくれ」
「リョーカイ!」
敬礼する忠実な部下をコックピットに残し、オレもロープをつたい地面に降りる。そこにはもう一人の忠実な部下が不満そうな顔で待ち構えていた。
「サミにいちゃんばっかりずるい・・・・・・」
「そう言うな、作業が終わったらナオもコックピットに乗せてやる」
「ホント!?」
「ああ、約束する
だから見張りを頼む」
「やったー!!」
『ヤレヤレ・・・・・』オレは歓声を上げて跳び回るナオを見つめる。
「いいぞ、頼む!」
ザクの左手首前にかがむと、オレはコックピットを見上げて指示を出す。
「1番いくよ~」
サミの答えとともに、軽く開かれていたザクの左手親指が、軽いうなりとともに折れ曲がり、元に戻る。オレはそれを確認し、コックピットに叫ぶ。
「1番OK! 2番頼む!」
そして、人差し指、中指、薬指、小指───すべてが終わったとき、オレは再度頭上に叫ぶ。
「OKだ!」
その時、甲高い電子音が聞こえてきた。オレは音のした方向を向く。ナオがハードケースのモニターから顔を上げ、あわてた声で言った。
「クロウにいちゃん、車がこっちに来る!」
「なに!?」
オレは駆け寄るとナオの横からモニターをのぞきこむ。サミが大あわてでザクのコックピットからロープを伝って降りてくる。
モニターには、まだ遠く1台の車両が砂煙を上げている映像が映っている。
「トラック───ここに向かってるのか?
何者だ・・・・」
モニター手前のスティックを操作して、トラックの運転席周辺をズームアップする。その映像を見てオレは眉を寄せる・・・・
「ああ? こりゃあ・・・・・」
「サハドじゃん」
ザクから降りて後ろからのぞきこんだサミが言った。その通り、ハードケースの画面に映っていたのはサハドだった。緊張が解けると同時にちょっとしたイタズラを思いつく。オレはサミとナオにふりむき、ニヤリと笑った。
「おい、ナオ、サミ。
ちょっと驚かしてやらないか───」
オレ達は気づいていなかった。反射で見えていなかったトラックの助手席にディアがいることに・・・・・・・
普段使っているトラックだけでは運搬の効率が悪いので手配したトラックだったが、運転しづらいうえ、振動が強く乗り心地が悪い。サハドは自然と険しい顔にならざるをえない。
「────とにかく人手が足らんうえに、取り引き相手がジオンときてる。
引き渡す物資に間違いがあったらおおごとだ」
サハドは助手席に座るディアに言った。
「しかし、今その物資を運んでいるのは素人と子供が二人というわけだ。
やつら、わしが取り寄せた荷がリストの数量と合わないと言ってやがる。
だからおまえには物資の再チェックを頼む」
「分かったわ───」ディアは短く答える。
「この先の谷がクロウと出会った場所だ」
「こんなところに・・・・・」
ディアは小さくつぶやいて進行方向の谷の入り口を見つめた。
二人を乗せたトラックが左に曲がり、谷の内部が開ける────
「トラックが無いな・・・・・来てないのか?
コンテナの荷物はほとんど運び出したと言っていたが」
荷をまとめてある洞窟の前にトラックがいない────その洞窟の前にトラックを止める。サハドが運転席側のドアを開き、ついでディアが助手席側のドアを開いてトラックを降りる。
「クロウ! サミ! ナオ!
いないのか!?」
大声で呼びかけながら、躊躇なく洞窟に向って歩き出すサハド・・・・その時だった重い金属音が谷の奥から響いた────
「お───?」とっさに周囲を見回すサハド。
「ヒ!」
一拍遅れてディアのひきつるような声を聞き、サハドはディアをふりかえる。谷の奥、やや上方に向かって目を見開き、驚愕の表情を浮かべるディア。サハドは彼女の視線を追い、身体をめぐらせ───そこに出現したモノを見て息を止めた。
切り立つ崖の影から現れたのはモビルスーツだった───その装甲は砲火に傷つき、塗装はくすみ、剥げ、金属の地肌をあらわにしている場所も多い───その頭部のモノアイがサハドとディアを捉え、鈍く光る。
「なぜこんなところに・・・・・」
巨大なモビルスーツが地響きとともに歩を進め、こちらに向かってくる。圧倒的な威圧感に逃げ出すこともできず、ザクを見上げたまま足をすくませるサハドとディア。
目の前に出現したザクに重なるように、ディアの脳裏にフラッシュバックする光景───それはかつて自分の住んでいた町が戦闘に巻き込まれたときの記憶だった。砲声と叫び声、街中を轟音を上げて走る戦闘車両。そして近づいてくる地響き・・・・・・・浮かび上がるモビルスーツのシルエット。
血の気がひく、陽射しが熱い─── 頭の芯が真っ白に灼け、足元がふらりと力を失う───
ディアの身体が崩折れ、サハドがそれをあわてて抱きとめる。意識が途切れる直前ディアが霞む視界に捉えたのは、ザクの左手の上からこちらを見下ろし、両手を振りながら何事か叫んでいるサミとナオの姿だった。
『サミ、ナオ───
なんでそんなところに・・・・・・・・』
薄れる意識の中でディアはそれだけを思った。
次回「谷 Ⅱ」