敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079   作:霧島 碧

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1-1 遭遇Ⅰ

 男は荒々しい岩の露出する斜面を歩き続けていた。

道はない、わずかに踏み跡らしき痕跡があるだけ。山を登るにはどう見ても不向きなルートだ。まして男の足の運びは、決して山慣れた者のそれではない。

角の尖った石にときおり足を取られそうになりながらも、男は休み無く歩き続けていた。

 照りつける太陽は容赦なく、足元の岩にくっきりとした影を刻みつける。ときおり乾いた風が、遮光マント代わりに頭からかぶった麻布をゆらす。

 

 それまで黙々と歩を進めていた男の足がふいに止まり、うつむいていた顔が上がる。

こころなしか風が強くなったようだ。

男は再び歩き出す。前よりも足早に、顔を上げ、睨み付けるように前方をまっすぐ見つめたままで───

視界は一気に開けた。まず空が、そして眼下に荒野が───

吹き上げる風が全身を包み、男は一瞬眼を閉じる。そして眼を開いた次の瞬間、男は眼前に広がる光景に息を呑み、フードを下ろして頭を露出させた。

 頭上から果てしなく続く空。その空が遥か彼方で白くかすみ、大地と交差している。遠く左右に連なる赤い山々は岩の塊としか見えず、切り落としたかのように急峻な山肌には木の影さえまばらだった。

 低地に向かうにしたがい木々の影はいくぶん増すが、それもふもとに広がる荒野の際までだった。

そして荒野は男の立つ、切り立った崖のある山のふもとまで続いている。

 

 ───荒涼たる風景だった。赤い大地に動く物とて無い。

だが、男はその荒涼たる風景に感動していた。

大気の中に光が満ち溢れていた。あふれた光は風となって荒野を吹き渡り、壮大なパノラマに交響曲を響かせているかのようだった。

 

『美しい───』

 

 男は途方も無く広大な空間が、圧倒的な質量となって自分を押しつぶそうとしているかのように身動きがとれなかった。

 

『今、自分がいるのは地球ではないのではないか・・・』

 

 らちも無い疑念が頭をよぎり、無精ひげにまみれた顔をわずかにゆがめる。

男は大きく息を吐くと、マントの下に背負っていたザックをおろす・・。中から水筒がわりのアルミボトルを取り出し、キャップをひねるとゆっくりと二口だけ飲み下した。

アルミボトルから口を離すと、男はもう一度熱い息を吐いた。

 男はアルミボトルをザックの傍らに置くと、その場に座り込みたくなる気持ちをねじ伏せ、今度はザックから双眼鏡を取り出す。双眼鏡を手に、男は再び下界を見下ろした。

今度はゆっくりと、丹念に───

双眼鏡の中に拡大された光景にも、取り立てて変わったところは見つからない。だが、男は探し続けた。

 

『!』

 

 双眼鏡の動きがふいに止まる。何かを見つけたらしい。

男は双眼鏡を操作すると、地平に近い場所をズームアップした。そこは周囲と変わらぬ荒野だった。何か特別な物があるわけではない。

だがひとつだけ違う事があった。その場所から一条の煙が立ち昇っている。何が燃えているのかは遠すぎて、拡大した映像からでも判断がつかない。ただ細く黒い煙が風に煽られ、斜めに立ち昇っているだけだった。

 

「戦闘があったのか?」

 

 男は疑問を口にしたが、もとより答などあろう筈も無い。自分でも判断がつかない事を、そのまま言葉にしただけだった。

ただひとつ確実な事────それは煙の立ち昇るその場所に人がいたという事だ。

あの煙が戦闘によるものであろうがなかろうが、あそこには人がいた────そして今もいるかもしれない・・。

 

「行くべきか・・・・・・」

 

 男はつぶやくのと同時に考える────

 

『だが遠すぎる』

 

 この荒野を歩いて行くには距離がありすぎる。何もなければ帰って来ることさえ難しいだろう。

クロウ・ギーケイ、彼が最後に人と言葉を交わしてから、既に8日が過ぎようとしていた。

 

 

 男は山道を下っていた。

足取りが重いのは、慣れぬ山歩きに疲れているからだけではない。

 

『決断できなかった───』

 

 その思いが、男を敗北感の中に突き落としていたからだ。

そして、決断できなかった理由も男には分かっていた。

 

『オレが臆病者だからだ───

 だから決断も行動もできず、こんな場所で無為に時を費やしている』

 

 

 

 

 重い足で山を下ったオレは、切り立った崖の裂け目、その入り口で足を止め、顔をあげる。ネットで覆い、目立たぬようにカモフラージュしたザクが腰を下ろしている。

 

『かろうじて歩くことができるだけのガラクタだ。

 まるで今のオレのように────』

 

 自嘲の笑いが口元をゆがませる。そのまま歩を進め、ネグラにしている洞穴に向かう。

 

 不調のモビルスーツによる移動に限界を感じていたオレが、この谷へやってきたのは二日前のことだ。

この谷には大小さまざまな洞窟があった、おそらく人の手により作られた物だろう。ちょっとした倉庫代わりにでも使用できそうな洞窟もある。最初この谷を見つけた時は、ここを一時的な拠点として、なんとか現地の人間と接触することを考えた。

だがすぐに、どうもそれは望みが薄いと分かった。この洞窟群自体が随分昔に放棄された場所のようだったからだ。

少なくとも最近使用された痕跡は見つけられなかったし、いつ頃作られた物かオレには判断できなかった。もしかしたら遠い昔に作られた遺跡のようなものなのかもしれない。

そう気が付いてからは谷の周辺の山を歩き回り、この近くに人の集落のようなものがないかを探っていたのだが、その行動はすべて徒労に終わっていた。

 

 鬱々とした気分で歩を進めていたオレは、ネグラにしている洞穴の数メートル手前、あることに気づき動きを止めた。そして、静かに身体を斜面に寄せる。

マント代わりの麻布の下、腰の後ろにつけたホルスターから拳銃───M-71A1を取り出す。周囲に目を走らせながらコック&ロック状態の銃からセーフティを外し、トリガーガードに指を添わせる。そして、足音を殺し、ゆっくりと洞穴に近づくと入り口の地面を見つめる。 

───洞穴を出るとき、地面にいくつか置いた小石の配置が乱れていた。

 

『誰が来た?

  ───地元の人間か? 連邦兵か?』

 

 洞穴入り口で中の気配に集中すると、ガサガサとかすかな音が聞こえてきた────

 

『誰かいる!』

 

 オレは銃を握ったまま改めて周囲を見回し、人の気配がないか確かめる。

周囲には誰もいない───そう判断を下すと、オレはM-71を両手で下向きにかまえ、洞穴の中に歩を進めた。だが、オレは間違っていた────洞穴に入るオレを岩影から見つめる存在───オレはそれに気づいていなかった。

 

 身をかがめ、足音を殺してネグラにしていた洞穴に入っていく。 自然にできたものではなく、かつて誰かが倉庫代わりに使っていたものらしい。 目を暗がりに慣らし、相手の気配を感じ取ろうと動きを止める。中の人間はガサガサと無遠慮に音を立てている。

一人のようだ────ならば! オレは中に飛び込み、銃を前に向けて叫ぶ。

 

「動くな!!」

 

「ング───!」

 

 銃を向けた相手は言葉にならない声を出し、目を見開き動きを止める。

驚いているようだったが、それはオレの方も同じだった。

 

『────子供!?』

 

 そこにいるのは、10歳ぐらいの男の子だった。周囲には携行食糧(レーション)の包みや水のボトルが散乱し、ほおばった携行食糧(レーション)のせいで口をきくこともできず、おびえた目でオレを見ている。

状況はあきらかだった────腹の減った子供がオレのネグラで食料を見つけ、勝手に食いあさっていたのだ。

こんな事態は考えていなかった、とりあえず構えた銃のセーフティをかける。どうするべきか頭を働かせようとするオレは、スキだらけだった────

その時、背後からオレの腰に何者かがいきおいよくとびかかってきた。

 

「ナオ!逃げろ!!」

 

 その声───、組みついてきたときの身体と力───、冷静に考えればそれが何者なのか見当がつくはずだった。だが軍人として受けた訓練が、考えるよりも早くオレの身体を動かしていた。とっさに相手を振り払い、手にした銃のグリップを頭部に叩きつけようと動いた───その動作の途中で、オレは相手が何者かを認識する。

 

『こっちも子供か!?』

 

 オレにとびかかって来たのは、最初見た子供より多少年かさの───歳は13,4か?───少年だった。

その一瞬、オレにできたのは叩きつける銃の力を弱めることだけだった。それでもオレの加えた打撃は、少年の小さな身体を地面に転がすのに充分だった。

ゲリラとも思えなかったが、オレはそのまま倒れた少年に銃を向けた──威嚇のためだ。

 

「兄ちゃん!」

 

 ナオと呼ばれた子供が倒れた少年に駆け寄る。

そのナオを背後にかばう様に手を上げると、流れた血で顔を汚したまま、少年はオレをにらみつける。

 

「おまえら────2人だけか?」

 

 ゆっくり銃口を下げ、オレは2人に声をかける。

2人は黙ったまま答えようとしない────だが、その答えはすぐに分かった。洞穴の入り口から、遠い声が聞こえてきたのだ。

 

「・・・・・ミ~、ナオ~・・・・・どこにいる~・・・・・」

 

 この二人を探しているのだろうことはすぐに分かった。そして連邦軍とは無関係であろうことも───

 

「外に出ろ」

 

 オレは銃を握った右手をふり、2人をうながした。

 

 

 

 オレの前を少年二人が歩き、洞穴を出ていく。

 

「おまえら何をサボってやがった!」

 

 洞穴を出た二人に気づいたのだろう、怒鳴り声が聞こえてきた。だが、二人に続き銃を手にしたオレが姿を表すと、歩を進めようとしていた男の身体が凍りつく。

 

「う・・・・・」

 

 50前後だろうか、あごから口の周りに濃いひげをたくわえた、小太りの男だった。視線はオレが握る拳銃に釘付けになっている。

 

「こいつらの父親か?」

 

 オレはわずかにあごをしゃくって二人を示し、聞いた。

 

「ち、違う───」

 

 男は肩のあたりまで上げた両手のひらをこちらに向け、否定した。

 

「そいつらは、なんというか・・・・・うちの作業員見習いみたいなもんだ」

 

「作業員見習い?

 仕事はなんだ───」

 

「自動車修理屋だ」

 

 男は一瞬口ごもってから答えた。

 

「───?

 その自動車修理屋御一行様がこんなところで何をしている」

 

「砂漠に戦闘でやられたコンテナトレーラーがあると聞いて探しに来たんだが・・・・」

 

 その言葉を聞いたオレは、唇をねじまげて笑う。

 

「なるほど、商売になりそうなものをあさりに来たってところか・・・・・・」

 

「あんた、宇宙人か?

 頼む見逃してくれ。

 ワシは連邦にも、ジオンにも敵対する気はない。」

 

『宇宙人───?

 スペースノイドのことか・・・』

 

 オレが、原隊とはぐれたジオン軍人だというのは分かっているようだ。何をされるのかとおびえながらも、なんとか逃げ出すきっかけを作ろうと男はしゃべり続ける───オレを見る顔はひきつっていた。それはそうだろう。先に出てきた少年が頭から血を流し、後から現れたオレが銃を握っていれば、顔がひきつるのもやむをえまい。

だが、男の出現はオレにとって好都合だった。

 

「ちょうどいい。

 あんたと取り引きがしたい」

 

「取引?」

 

「そうだ、あんた今言っただろう。

 戦闘でやられたコンテナトレーラーなら知ってるぜ」

 

 オレは男が自分の言葉を理解するのを待った。男のおびえた顔がゆっくりと変化し、こちらを狡猾そうな目で窺いはじめた────

 

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