敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
トラックにディアが乗っているなどとは露知らず、オレはザクのコックピットに待機していた。開いたハッチからは崖の曲がり角で洞窟の方角を覗きこむサミとナオが見える。二人はふりむくと両手を頭上に掲げ、オレに向かって丸印を作る。OKサイン───トラックが洞窟の前に止まったという合図だ。そして二人はザクに向って走ってきた、そのまま地面に広げたザクの左手の平に駆け上がる。
「しっかり掴まってろよ!」
コックピットから開いたハッチ越しに叫んで、オレは二人の伏せた左手の指を少し曲げると、水平に保ちながら慎重に上昇させた。
「「おおおおおお───」」
ザクの指に掴まる二人の歓声を聞きながら、次いでザクを立ち上がらせる───
『左足は相変わらずだな』
異音と振動を尻に感じながらオレは思った。修理といっても基本電子系ユニットの交換と調整が主で、メカはほとんどいじっていないから当たり前だ。
オレはハッチを閉じる。一応歩行テストはしてはいたが、立ち上がったザクをより注意深く前進させた───
モニターの視界が開け、洞窟の前に止まるトラックとサハド───そして予想外のもうひとりを映し出す。開いた助手席ドアのかたわらに立つ小さな身体を見て、オレは間の抜けた声を上げた。
「ありゃ? なんでディアまで・・・・・」
ディアはサハドより先にザクに気づいたようだった。こちらを見上げたディア───その足がくだけ、座りこむように地面に倒れる・・・・・・・・
「まずい・・・・・」
とっさにオレが判断を下すより早く、左手の平に乗っているサミとナオが、身体を起こしてディアに向かって手を振り、大声をあげる。
「「ディアねーちゃーん」」
オレはその二人の乗る左手を下ろすべく操作した。
ザクが腰をかがめ手のひらが接地するやいなや、サミとナオがディアに向って走り出す。オレはそれを確認して、ザクのハッチを跳ね上げた。
走り寄るサミとナオ、そしてオレがウインチを使ってザクから降りるのを見て、サハドはやっと事態を理解できたようだった。
サハドは倒れたディアをかつてオレの住んでいた洞窟の中に運びこんだ。オレの使っていた毛布にディアを横たえると「ディアについていろ」とナオに指示する。そしてオレ達に向って腕を振り、言外に『外へ出ろ』という仕草をしてみせる。
オレとサミは黙ってそれに従った───
強い日差しの中に出るとサハドの怒鳴り声が響いた。
「おまえら、何をやってやがる!」
サミはオレの背後に隠れようと無駄な努力をしている。
「まあ、そう怒るな。
谷に近づくトラックが監視モニターに映ったんだが、よくよく見たらサハドじゃないか。
ちょっと驚かしてやろうと思ってな───」
オレはサハドをなだめるように片手を前にむけて泳がす。
「まさかディアが一緒とは思わなかった。
光の反射で助手席まで見えなかったんだ・・・・・・」
「おまえらがやった物資の数量チェックが信用できんから、
確認させるために連れてきたんだ」
「数の足りない荷は再チェックしたと言っただろう」
オレはサハドに抗弁する。注文した数量と数の合わない荷がいくつかあり、リストにまとめてサハドに報告してあった。だが、サハドはオレ達のチェックリストをまるで信用しなかったらしい。今日、ディアを連れて来たのは、再確認のためだったようだ。
「それが信用できんと言っとるんだ。
特に今回の取引相手はジオンだ、間違いがあったら───」
サハドは語尾を濁す。
『ジオン相手に下手なことはできんというわけか───』オレは、サハドの言葉を皮肉な思いで聞いた。
「だからディアを連れてきたわけか?」
オレは肩をすくめながら、ディアを気にして洞窟を見る。サハドが「ケッ!」とつばを吐き、オレを無視してハードケースへ歩いて行くとモニターをのぞき込む。
「こんなもんまで設置してたのか・・・・・」
「コンテナの中にあった機材だ、用心は必要だろ?」
「カメラはどこだ?」
「谷の入り口、崖の中腹だ」
サハドは近くに設置された三脚に目を向ける。
三脚にはレーザーの受光部が高くマウントされており、そこからモニターのハードケースまでケーブルが這っている。
「通信はレーザーか?」
「ああ、ミノフスキー粒子が濃いからな」
「たしかにモビルスーツでコンテナを運んだとは言ってたが・・・・・」
サハドは膝を突いたザクをあらためて見上げ、あきれたようにつぶやく。
「なんで言わなかった?」
「隠すつもりはなかったんだ。
戦闘で壊れてほとんど使い物にならなくなっていたし」
「動いていたじゃねえか───」
サハドは不信そうな顔でオレを睨む。
「コンテナからザクの部品が出てきてな、
少し前になんとか動くようになったばかりだ」
「こんなことをやっていやがったとはな・・・・・・・」
サハドはギロリと脇にいるサミをにらみつける。
「直してどうするつもりだったんだ?」
「いや、何かするつもりってわけではないんだが
壊れたままなのは収まりが悪くてな。
だから修理は空き時間をつかっただけだ、あんたも言っていただろう。
『真昼間に何度もトラックを往復させりゃ連邦に目をつけられかねん。
移動はなるべく朝と夕方だけにしろ』ってな」
ザクを修理していることはサハドに伏せていたが、修理は空き時間を使い、物資の搬入スケジュールに影響を与えていない。
「作業は予定よりはかどっているだろう」
「フン、まあな────」
おもしろくなさそうにサハドは顔をしかめる。
ディアの周囲にいる大人達は大騒ぎをしていた。特にTV画面には、ジオンが使用しているモビルスーツと呼ばれる人型兵器の映像が繰り返し踊った。
だが、それは地球に住む人間にとって遠い月の向こう、そしてTV画面の向こう側で起こっている出来事でしかなかった。戦争がどのような決着をむかえるかにかかわらず、それは38万キロ彼方で行なわれていることであり、自分達には無関係なことだと考える者がほとんどだった。
ほどなくしてジオンの作戦行動により、スペースコロニーが地球に落下。コロニー落下による被害と戦争の進展にTVのニュースは埋め尽くされる。人々はその巨大すぎる被害に恐怖し、それ以上に、コロニー落しを行なったのが同じ人間であるという事実に恐怖した。
だが、実際にコロニーが落ちてなお、これ以上ジオンが地球に対し直接攻撃を行うとは思っていない者が多かったのだ。
あの日までは───
3月1日、ジオンが地球降下作戦を開始した。コロニー落下の混乱も収まらぬ中で行なわれたモビルスーツによる侵攻作戦に、地球連邦は対抗する術を持ち合わせていなかった。ジオンの実行支配地域はまたたく間に広がっていった───ヨーロッパ、中央アジア、北アメリカ、アフリカ、オーストラリア、そして中東・・・・・・・
ディアの住む街アルナが巻き込まれたのは、第1次降下作戦後の戦略資源採掘部隊侵攻時に発生した戦闘のひとつだった。
空はしらみはじめているが、太陽はまだ姿を見せていない。アルナ市街を連邦軍の車輌が何台も駆け抜けていく。その車両がやってきた方角から、朝の空気を震わせ遠い砲声が轟き、住人の眠りを破った。
「なに?」
異変に目を覚ましたディアは身を起こす。彼女が事態を把握する前に、ひどくあわてた声でディアの名を呼びながら、寝巻き姿の母親が部屋の入り口に姿をあらわす。
「ディア、街の近くで戦闘がはじまったらしいわ。
避難するわよ、支度なさい!」
母親の言葉に、ディアはあわてて身支度を整え始める。だが着替える間も不気味な砲声と振動が床を震わせ、足元がたよりない。
どうにか着替えた彼女が部屋を出る。母親はまだ寝室で着替えていた。
「学校へ行きなさい!母さんもすぐに行くわ。
ああ、こんなときに父さんがいないなんて───」
「でも───」
「早く行きなさい!」
ヒステリックに叫ぶ母の指示に従い、ディアは何も持たずに家を出た───空はまだ暗い。
その時、足もとを揺らす地響き。
『───近い』ディアは地響きのする方向を仰ぎ、息を飲む。見慣れた街に並ぶ建物の向こう、しらみはじめた空にシルエットとなって浮かぶ巨大な影。人型をした影の頭部には鈍く光るセンサーがひとつ、目のようにこちらを見下ろしている───モビルスーツだ。
「あ、ああ・・・・・・・」
ディアはとっさに、すくむ足をむりやり動かし、避難所として指定されている学校を目指して走り出そうとする。だがそれもつかの間、背後で爆発が起こりディアは衝撃波で吹き飛ばされた。
身体の痛みに耐え、砂煙の中で上半身を起こしたディアの見たもの───それは、崩れ落ち、黒煙をあげる自分の家だった。
『かあさん・・・・・』
だが、その思いは言葉にならず、少女にできるのはかつて自分の家だったものを見つめることだけだった。
彼女は知らなかった。もともとは人の住まない荒野で展開していた地上戦、だがジオンのモビルスーツに追われた連邦の地上部隊が、あろうことかアルナ市街に逃げ込み、街と民間人を楯に反撃を試みたことを───
一年戦争終結後、民間人の街を楯にしようとした連邦の部隊と、それを追撃したジオンの部隊双方に非難の声が上がった。だが、戦火の中で死んでいった人間にとって、それはどうでもいいことだった。
「───いやあっ!」
洞窟の中、叫び声と共にディアの身体が跳ね起きる。
「母さん、母さん・・・・・・・」
両手で覆うようにした口から漏れる、言葉にならない声。目じりに涙が溢れ出す・・・・・
見開いた目の焦点はあわず、横にオレがいることも気づいていないようだ。
「ディア───大丈夫だ、おちつけ」
オレはディアの両肩に手を置き、顔をのぞきこみながら、できるだけおだやかな声で話しかけた。
「オレがわかるか?」
「・・・・クロウ・・・・ここは?」
ディアの瞳に光が戻る・・・やっとオレが誰なのか認識できたようだ。
「おちつけ、そのまま寝ていろ。
ここはオレがネグラにしていた洞窟の中だ」
「あ、ああ・・・・」
状況が理解できたのだろうか、ディアは安堵の表情で地面に敷かれた毛布の上に横たわり、目を閉じる。だがあふれる涙はとどまることなく流れ続けた。
それを見てオレは知る。ディアが心の奥に深い傷を隠していたこと、そして、その傷を自分がえぐってしまったことを───取り返しのつかない慙愧の念がオレの身体を満たす。
「驚かせて悪かった。
あのザクに乗っていたのはオレだ───」
その言葉をディアが理解するのに少しだけ時間がかかった。
『そうか・・・・
だからモビルスーツの手にサミとナオが・・・・・・』
ディアは自分が気を失う前に見た光景を思い出す。今まで見ていた夢と安堵がない混ぜになり、ディアの胸を締め付ける。表現しようのない気持ちが、新たな涙となってあふれだす。その涙を隠すように少女は腕を上げ二の腕で目を覆った。
しばらくして落ち着いたのか、横たわったままディアが話かけてきた。
「ねえ、クロウ
サミとナオから聞いたんでしょう?
私がキャンプで連邦兵に・・・・・」
「───ああ」
とぎれたディアの言葉を否定することもできず、オレはうなずく。
「あのあとキャンプの大人たちからいろいろ言われて
私、本当につらかった───」
返答のしようもないオレに、ディアは話し続けた。
「でもね、ほんとにつらかったのは
私と同じ歳くらいの女の子から言われたことよ」
ディアはゆっくりと上半身を起こす。
連邦がキャンプとして指定した土地には、急ごしらえで建てられた同じ形の宿舎が何棟も連なっていたが、それだけでは増え続ける難民は収容しきれず周囲には多くのテントが設営されていた。
キャンプは連邦の管理だったが、実際の運営はそこに収容された避難民によって行われている。このような状況でも───いやこのような状況だからこそ、わずかでも収入を得るために大人達は働きに出て行く。戦災孤児、負傷した者、長期の避難生活で体調を崩した者も多く、食事、掃除、洗濯───人手は常に足りなかった。ゆえに、労働力として子供も活用せざるを得ず、ディア、サジ、ナオも作業を割り当てられることが多かった。
その日、ディアは連邦兵との出来事を振り払うかのようにキャンプの作業を行なっていた。干してあったシーツ類をバスケットの中に取り込み、それを畳んで収納する部屋となっている一角に向かうため、宿舎の裏手に回ったときにディアは彼女と出会った。
ディアが彼女とそこで会ったのは偶然だっただろう。最近では珍しくなったブルカを深くかぶった少女は、ディアから少し離れた場所で足を止める。自分に用があるのだろうか───怪訝な顔で近づくディアに彼女はこう言った。
「あなたがうらやましい」
「え?」
何故いきなりそう言われたのか理解できず立ち止まるディアの前で、少女は頭を覆うブルカを解いてみせる。
あらわになる少女の顔から首にかけて、ひどいやけど跡が走っていた。おそらくは、襟もとから服に隠れた身体にも・・・・
絶句するディアに彼女はこう続けた。
「あたしは連邦兵に襲われたりすることもないわ
こんな身体だもの」
薄く嘲笑うかのような少女の表情と声・・・・やり場のない憎しみと怒りに満ちた視線が、ディアに向けられていた。突如自分に向けられた理不尽な怒りと憎しみ───言葉を発することもできず立ちすくむディアを置き去りに、少女は再びブルカで顔を隠すと足早に去っていった・・・・・
今ならディアにもわかる気がする。ひどいやけどで傷つき絶望した少女が、連邦兵に襲われかけた自分にさえ憎しみの眼を向けた気持ちが───
「みんな───みんなつらい思いをしているのに
どうしてやさしい言葉をかけあうことができないのかしら・・・・」
うつむいたディアの表情を髪が隠す───オレはディアを見ていることができなかった。かける言葉もなく目をそらす・・・・
サミ、ナオ、ディア、そしてディアが語った少女───他にも大勢の人間がこの戦争の犠牲となっている。ジオンは───オレ達はこんなことをするために地球に降りてきたのではないはずだった。
オレは食うためにジオン軍に入隊し、技術兵科の整備士となった。その後、MSパイロットとして戦闘兵科へ転属となったが、ジオン独立の理想に共感しなかったわけではない。
仮にあったとして、ジオンはそれを達成することなく連邦の反攻作戦により地球から脱出しようとしている。
とりとめのない考えが頭を巡る───やっとオレの口から出たのは、次のような言葉だった。
「すまない・・・・
オレ達が地球にやってきたからだな」
ディアにとってクロウの言葉は予想外の返答だった。
『そうじゃない───』ディアはとっさにそう言おうとして言葉を発することができなかった。たしかに
ディアはただ、こう言いたかったのだ。
『キャンプにいた人たちは
なぜ、みんなやさしい言葉をかけあうことができなかったのだろう。
ジオン兵のクロウでさえサジやナオ、私にも───大人として接してくれた。
二人の連邦兵がやってきたときだって、私を助けるために・・・・』
そこまで考えてディアは思い出す。
クロウが連邦兵から自分を助けようとしてくれたこと、それをサジとナオから教えられてからも、そのことに対する感謝の言葉をクロウに言っていなかったことに。
『ちゃんとお礼を言わなければ───』
だから、ディアは洞窟を支配する沈黙を破り、口を開く。
「ねえクロウ。
この前、連邦兵がやってきたとき、私のことを助けようとしてくれたんだって?」
唐突に変わった話にオレはとまどいながらうなずいた・・・・
「あ? ああ・・・・」
「ありがとう───
だから、今日私をモビルスーツで驚かせたことはチャラにしてあげるわ」
オレはとっさにその言葉に反応できない───短い沈黙ののち、苦笑に唇をねじまげると言った。
「そいつは嬉しいね・・・・・」
オレは気づいた。どうやらディアに気を遣わせてしまったらしい───
いい大人がこんな少女に気を遣われるとは情けない。反省するオレの前でディアは両手を大きく頭上にかかげ、伸びをする。
そして勢いよく立ち上がると言った。
「さあ、荷物のチェックをするわよ。
私、そのために来たんだから───
クロウ、手伝ってよね」
「やれやれ・・・・・」
ぼやきつつ立ち上がってディアを見ると、彼女はプイと顔をそらす。
クロウは気づいていなかった、暗い洞窟のなかでディアの顔が上気していることを───
足早に洞窟から光の中へ出て行く少女の背中を見ながらオレは思う。
ディアは普通の女の子だ───だが、充分な時間ときっかけさえあれば、きっと大抵のことは克服できる、芯の強い───ステキな女の子だ。
その日からディアは物資のチェックのため、たびたびオレ達に同行して谷にやってくるようになった。
次回「夕焼け」