敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
「今日の分、確認終わったわ。」
ディアがそう言いながら物資のチェックリストをサハドに手渡す。そのチェックリストにざっと目を通したサハドは眉をしかめる。
「おい、こりゃあ本当なのか?」
「まちがいないわ。
クロウが足りないと言っていた物は、本当に足りなかった」
クロウは、日々ここに運んだ物資をリスト上で確認し、それをサハドに報告していた。だが、その物資のいくつかに不足分があるという。サハドは、それをクロウ、サミ、ナオのチェックミスだと疑っており、ディアを連れてきたのはその再確認作業のためだった。
「ホントだって言ったじゃないか。
ちゃんと梱包にチェックマークを入れて数を確かめたんだから」
「うんうん」
ディアの横でサミが抗議の声を上げ、ナオがそれに応えうなずく。
「それ以外の確認も正確だったわ。
リスト上の数字に間違いはなかった」
「チッ、フライズの野郎に文句を言っておかにゃならんな」
苦虫を噛み潰したような顔つきでサハドが言う。フライズというのがその物資を調達した相手らしい。
「ところで、そのクロウは?」
クロウの姿が見えないのに気づき、ディアがサミに声をかけた。
すでに日は傾き、谷は暗い。
「クロウ兄ちゃんならあそこじゃないかな?」
「?」けげんそうな顔のディアにサミが教える。
「兄ちゃん夕焼けを見てるんだよ、きっと」
「───夕焼け?」
谷に侵入する者を監視するカメラを設置するとき、ちょっとした斜面を登って山の上に出ることができるルートがあることを発見した。荒野が広がっているだけの光景だが、夕暮れには空一面を染める夕焼けを見ることができた。
太陽は、地平線近くのかすむ雲に接する直前だった。岩場に座り込んで、飽きることなく紅の空を見つめるオレの背後に、石を踏む足音が聞こえてくる。サミかナオだろうと思い、ふりむきもしなかったオレの背に声がかかる。
「夕焼けなんて───そんなものが珍しいの?」
「ディアか───
そう言うな、コロニー育ちにゃ信じられない光景なんだ。
何度見てもな」
「へえ─── 」
ふり返ったオレの言葉に、ディアは本気で感心しているようだった。
「サハドさんが驚いてたわ。
クロウ達が確認した物資の数量に間違いなかったから」
「あの手の数量チェックはイヤというほどやっていたからな」
オレはディアの言葉に苦笑する。
「なんで?」
「もともと軍では整備の仕事をしていたんだ。
だから倉庫にある在庫部品の数量チェックは、毎月やらされていた。
兵員不足でMSパイロットにされちまったがな───」
「・・・・そうだったの?」
ディアが目を丸くした、その髪を風が揺らす。
「コロニーは映像でしか見たこと無いけど、
あんなところに住むなんてどんな気持ちなのかしら?
コロニーは大きいし、まわりは広い宇宙空間だし」
オレはその感想に微笑む、サジとナオも同じようなことを言っていた。それはアースノイドのほとんどが誤解するところなのかもしれない。
「ディアは宇宙を広いと思っているか?」
「え、だってそうでしょう」
オレは笑った。
「確かに宇宙は広いしスペースコロニーはでかい。
だがオレ達スペースノイドがそれを体感しているかどうかは、また話が別だ。
特にジオンは密閉型コロニーだから」
ディアには、その言葉の意味が理解できないようだ。オレは説明をつけ加える。
「
コロニーは大きいとか、広いという前に密閉空間という認識だ。
密閉型コロニーでは普通に生活する限り、外の宇宙空間を見ることはない。
展望フロアにでも行かないとな」
少なくともオレが行ったことのあるジオン本国コロニーの展望デッキは、宇宙の広さを意識させるという程の作りにはなっていなかった。
「開放型コロニーなら川から近隣のコロニー、月や地球なども見えるから、また違うのかもしれんが───」
「川?」ディアが短く尋ねる。
「ああ、『川』ってのは開放型コロニーが太陽光を取り込む採光窓のことだ
密閉型コロニーには無いからジオンのコロニーで暮らす限り、
自分が宇宙にいることを意識しなくても生きていける」
「そういうものなの?」
「まあ、それでもたいていのスペースノイドは緊急時の避難訓練で宇宙服を着用するし。
宇宙に出たことがある者も多い。
宇宙服で無重力空間に出れば、宇宙の広さを体感することもできる。
しかし、それもヘルメットのバイザー越しの広さだ。
人間が生身で宇宙の広さを体感できるわけではない」
オレはあらためて紅に染まった空に顔を向ける。
「だからさえぎるものも無しにこれだけ広い空間を感じることのできる地球は
信じられない場所なんだ」
たしかに宇宙空間も、月面も広い。だが所詮、宇宙服越しの広さだ。地球では宇宙服なしに動くことができる、その自由こそが広さを感じさせるのだ。
「これほど空が赤くなるとは・・・・・
何度見ても信じられない」
ディアは何も言わずにオレの横へ腰を下ろした。
「なあ、ディア。
オレには地球の生活が想像できなかったよ。
空気や水の心配をせずに暮らすってのはどんなだろうってな」
「空気や水?」
「コロニーでも、月でも、空気と水はタダじゃない。
スペースノイドはコロニーで暮らすための金をコロニー公社に支払っている。
コロニーで空気や水の再生をやっているのもコロニー公社だ。
オレ達は、水と空気の再生費用を税金として払わなければならない。
生きている間ずっと───だ。」
オレは言葉を切る、ディアの返答はない。初めて知ったのだろうか、少し驚いた顔でオレを見つめている。
「オレたちは、空気や水の心配をせずに生きられるアースノイドがうらやましかった。
妬ましかったと言ってもいい───」
ディアはオレを見つめたまま黙って聞いている。
「だが、仲間とはぐれ、一人で荒野をさまよったときオレは途方に暮れた。
うらやましかった地球で、生きるために何をすればいいか、
どこで水を手に入れればいいのかも分からなかった」
オレの言葉に苦さが混じる。
「目の前の荒野は、映像で見た地球とはあまりに違う。
オレにできたのは洞窟に隠れて、息をひそめることだけだった」
ディアは何も言わなかった、オレは言葉を継ぐ。
「ディアは違う。
サミやナオを守って、生きるために行動した。
サミやナオもそうだ」
チラとディアをうかがう、夕陽に映える褐色の肌が美しい。
「だって───
それは、私たちが地球生まれだからできることよ」
「そうだ。
同じ人間でも、スぺースノイドとアースノイドの居場所は
決定的に別れてしまった───」
ディアの言葉はない。オレも返答を求めたわけではなかった。
短い沈黙の後、オレはつけ加えた。
「オレ達が地球に来たのは間違いだった・・・・」
ジオンは地球侵攻など考えるべきではなかったのだ。
「違うわ」
毅然とした声に驚き、オレは横にいるディアを見る。
「地球に生まれた人たちだって、
戦争の中でいがみ合い、分かりあえないでいる。
同じ境遇にいるはずなのに───
だから私は、せめてサミとナオを大切にしたかっただけ」
オレはディア、サミ、ナオの3人から聞いたキャンプでの出来事を思い出す。
「クロウは私たちの気持ちを分かってくれた・・・
スペースノイドとか、アースノイドとか、
そんなの関係ないわ!」
少しうつむいて、どこか恥ずかしそうに必死に絞り出すような声。オレはその声に安堵する。
「そうか───」
オレはそれだけを言って夕陽に視線を戻す。それ以上、なにも言う必要はないと思えた。
スペースノイドの自分が、アースノイドの彼らに受け入れられた───その時、確かにオレはそう感じていたからだ。
オレとディアがしばらくの間、黙って夕焼けを見ていると、後方で声が聞こえた。
「にいちゃーん」
ナオの声だった、小さな足音が二つ近づいてくる。
オレとディアが振り向く。
「2人とも遅いよ、何やってんだよ」
サミがナオの後ろで文句を言いながら斜面を登ってきた。
「待たせたか?
でも、もう少し待ってくれ。
じき陽も沈む」
「何度も見てるのに、そんなに珍しいのかよ?」
サミはあきれたといった顔だ。
「そんなこと言わないの。
スペースノイドには信じられないんだってさ」
ついさっきオレが口にした言葉を、ディアがからかうように口にした。
「ボクも」
ナオがディアとは反対側───オレの横に腰を下ろす。
「チェッ」
そう言いつつ、サミも後ろに立ち夕陽を眺めているようだった。
オレ達は、日が完全に没するまでの短い時間、4人で夕焼けを見つめていた。
だが、その時オレは気づいていなかった。自分が眺めている光景の正体に───