敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
洞窟の前に荷が積み上げられ、小山を成している。サミとナオが荷につけられたタグを読み上げ、それをオレが確認のチェックマークをリストに書き込んでいく。荷の内容、数量にまちがいがないかどうかの確認作業だ。今日は朝からサハドが同行し、ディアは来ていない。そのオレ達にサハドの声がかかる。
「おい、今日はもう終わりにする。
切りのいいところで帰る用意をしろ!」
「わかった」
オレは首を曲げ、サハドに答えた。気がつけば太陽は見えない。まだ沈んではいないだろうが、谷は影に包まれていた。
オレは荷によじ登ったナオと、タグを読むためにしゃがみこんだサミに言う。
「こいつのチェックが終わったら、洞窟に運び込む。
それで今日はアガリだ」
「「おー!」」
ほどなくして作業を片づけたオレ達は、トラックに乗り込み帰途についた。
トラックは短い砂煙を上げながら荒野を走っていた。サハドはむっつりと黙ってハンドルを握っている。首を曲げ後方の窓ガラスを見ると、荷台では作業に疲れたサジとナオが荷物を背に、身体を寄せ合い眠りこんでいる。
『揺れるトラックの荷台でよく眠れるもんだ───』思わず笑みがもれる。
少佐に引き渡す物資はほとんどそろっている、あとは引き渡し場所に運び込む作業が若干残っているだけだ。
「あと何回往復すりゃ全部運びこめるんだ?」
「明日搬入する分で終わりだ───」
助手席の開け放した窓から巻き込む風が心地いい。うっそりとこたえるサハドの声を聞きながら、オレは荒野に広がる空を見ていた。
もうじき地平線に接しようとする太陽が、進行方向の空一面を赤く染め上げている────
「何度見ても見事なもんだな、夕焼けってのは────」
コロニー育ちのオレが、信じられない光景に感嘆の声を上げるのは何度目だろう。
地球を離れればこの夕焼けも見ることができなくなる。
「ハ! 宇宙人さんは気楽だな」
とげのある言葉にオレはサハドに首を向ける。
「どうした? 夕焼けがきれいだと言っただけだろう・・・」
オレは、突如変わったサハドの口調に戸惑いながら言った。多少の紆余曲折はあったものの、シュナイダー少佐と出会い、ディア、サミ、ナオの3人とうまくいくようになってから、オレとサハドの関係はおおむね良好と言っていい。サハドがいきなりオレの言葉にからんできた理由が分からなかった。
サハドはトラックの進行方向を見つめたまま黙り込む───夕日に照らされたサハドの顔を濃い陰影がくまどっている。
しばらく考え込んだ後、サハドは口を開いた。
「───あんた、地球に下りてきて
すぐにオデッサ作戦がはじまったと言っていたな。」
連邦の反攻作戦はオデッサ作戦と呼ばれるものだった。確かにシュナイダー少佐もそう呼んでいたが、オレはその響きに未だに馴染めないでいた。唐突に変わった話題にとまどいながらオレは答える。
「・・・・・ああ、地球に降りてから3日後だった」
「地球に下りてから、
地球育ちの人間と話したことはあるか───?」
質問の意図を掴めぬままオレは事実を答える。
「いや、なかったな。
なにしろ宇宙から降りて基地から基地へ移動の連続だったんだ。
オレがまともに話したことのある地球育ちは
あんたとサミ、ナオ、ディアぐらいだ───」
オレはふとマスードを思い出す。ヤツは地球育ちなのだろうか・・・・
どうも、そうではないような匂いを感じていたのだ。
「フン、だろうな───」
サハドはおもしろくなさそうな顔付きでつぶやく。
「だから分からんのだ。
地球人があんたら宇宙人をどう思っているか・・・・・」
その口調はオレに返答を求めているのではない───そう感じたオレは、黙ったままサハドの言葉を待つ。
「───クロウ。
あんた夕焼けがなぜ赤く見えるか知ってるか?」
話題が夕焼けへと戻った。その質問にオレは苦笑しながら言った。
「よしてくれ、それぐらいは────」
オレは配属部隊への移動待ちをしていたオデッサ近郊の基地で、はじめて夕焼けを見たのを思い出す。
写真や映像で見たことはあったが、視界に広がる空が赤く染まっているのを実際に見た衝撃は、地球に降り立ったばかりのオレ達コロニー育ちを呆然とさせるのに充分だった。間抜け面で空を見上げるオレ達に基地の作業員が訳知り顔で説明してくれた。
「大気中を光が通過する時、大気に含まれるチリにより短い波長の光は吸収されるのさ。
そして長い波長の赤い光だけが大気を通過する。
昼間、大気層に上から差し込む光はどうということはないが、
夕方斜めに差し込む光は長く大気中を通過して俺たちの目に届く。
だから・・・・」
「──そうだ、大気中のチリが原因で赤い光だけが吸収されない」
「・・・・?」
サハドの言わんとすることが理解できずオレは困惑する。
「こんなに赤い夕焼けが、いつもいつも見えるようになったのは1月からだ────」
サハドの声がいらだちの響きをオレに伝える。
「何が言いたい・・・・?」
「つまり地球の大気はチリだらけなのさ。
今年のはじめ───11ヶ月前からな!」
サハドがオレに顔を向け、声を荒げ吐き捨てる。
「───11ヶ月前?」
オレはけげんな顔でつぶやいていた。11ヶ月前に何があったというんだ?
オレの態度が気に入らなかったのだろう。サハドが、困惑したオレに鋭い目を向けて怒鳴った。
「あんた達がやったんだぞ!」
『11か月前───開戦した頃か?
あの頃オレはまだジオン本国にいて・・・・』
オレは本当にサハドの言葉の意味が分からずに考え込む。
「───!?」
オレは、サハドの言葉が意味するところにようやく思い至った。
衝撃はむしろゆっくりと背筋を這い降りて行き、オレは茫然と顔を上げる。そして、フロントウインドウ越しに赤い空を見つめ、つぶやいた。
「アイランド・・・イフィッシュか・・・?」
「そうだ。
あんた達がやった───コロニー落としだ」
サハドは押しころした声で肯定した───
オレが口にしたのは、かつて存在し、今は失われたスペースコロニーの名前だった。
「ブリティッシュ作戦」と名づけられたその作戦行動で、ジオンは
落下目標は連邦軍総司令部ジャブロー───
だが、連邦の反撃により傷ついたコロニーは、大気圏突入時に崩壊しジャブローへの落下予定軌道から外れた。
アイランド・イフィッシュの主要部分はオーストラリア東部に、一部は北米大陸や太平洋に落下した。────その結果、オーストラリアでは大陸の16パーセントが失われ、死亡者の総数はいまだに確定できず増え続けている。一部では人類の半数を死に至らしめたなどと言われていた。
当時、一介の整備兵にすぎないオレは、当然ブリティッシュ作戦には参加していなかった。だが、作戦内容とコロニーの落下が公表されたとき、宿舎の食堂でニュース映像を見つめる同僚たちの異様な興奮をよく覚えていた。
「落下したコロニーの衝撃は地震や津波を起こしただけじゃねえ。
大量のチリを巻き上げ、空にばら巻いた────」
言葉をなくしたオレにサハドが語り続ける。
「大気中のチリは太陽の光をさえぎり、
赤すぎる夕焼けが空を覆うようになった・・・・・・
地球は寒冷化し、農作物は世界的な大凶作。
このあたりでも季節はずれの砂嵐が増えた。
これがあんたの言う『見事な夕焼け』の正体だ────」
サハドの苦々しげな言葉、オレはその言葉を聞きながら窓の外に広がる夕焼けから目をそらすことができないでいた。
「この戦争は宇宙移民の独立戦争だそうだな。
地球連邦に与したというだけで同じスペースノイドをコロニーごと殺し、
そいつを地球に落として大地ごと都市を消し去る行為の
どこに宇宙移民の大義がある!?」
オレは思い出した、コンウェル基地のフェンス越しに見た農夫の暗い目を───
そして、ようやく理解した。地球上に住む人々がオレ達に向ける視線の意味を───
彼らにとってジオンはコロニーを落とし、人類の半数を殺した悪魔なのだ。オレはサハドの声を聞きながら、返す言葉を持たなかった。
『オレはまだ戦闘員ではなかった───』
『オレはあの作戦には参加していなかった───』
そんなことはなんの言い訳にもならなかった。
短い沈黙の後、サハドはむしろ穏やかな声で続けた───
「あの夕焼けはな、人と大地の流した血の色だ────」
その言葉がオレに追い討ちをかける。
たった今まで、美しいと感じていたはずの夕焼け────数日前にディア、サジ、ナオと並んで眺めた夕焼け。だが、すでにオレの眼には、夕焼けが空を染める血の色にしか見えなくなっていた。
果てしない血の赤に染め上げられた荒野を、トラックは走り続けた────
次回「強襲」
投稿した小説に関して言いたいことは多々あるのですが、自己解説は『無粋だよなあ』と思うのであまりしません。
ただ、この「夕焼け Ⅱ」は「敗残兵の荒野」の中で、ある意味一番書きたかった部分なので、やっとここまで来たかと思っています。
1991年6月にフィリピンのピナツボ火山が噴火しました。この噴火は20世紀最大の陸上火山噴火と言われています。この噴火で大気中にばらまかれた火山灰により、その年の日本から見える夕焼けが、より赤く見えたという事実があります。
また、1993年の日本は冷夏で、米の不作により『平成の米騒動』などと言われる米不足に見舞われました。この冷害の原因もピナツボ火山の噴火によるものと言われています。
この辺りが「夕焼け Ⅱ」のアイデアの元になりました。