敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
連邦軍マックール・キャンプの一画、サム・ホーキンス少尉は部下からの連絡を受けた後、司令棟の廊下を足早に歩いていた。
行く先は臨時に設けられたラビオ・アトーレ大尉の執務室。少尉は、その部屋の手前で立ち止まり、乱れた襟を直すとドアをノックした。
「ホーキンスであります」
「入れ」
少尉は応答を受け、ドアを開いた。
「アトーレ大尉、報告が入りました。」少尉は敬礼と共に言った。
「そうか───で、取引場所は?」
「西にある砂漠の山岳部のようですが
正確な場所は特定に至っておりません」
二人は広げた地図を間に挟んで、場所の確認を始める。
「現在監視させている者によれば
14日の夜に受け渡しが行なわれる見込みとのことです」
ホーキンス少尉は大尉の反応を探るように待ったうえで言う。
大尉が直情径行であることはつとに有名であり、何が気に障ったのか分からぬまま怒鳴りはじめることも多い。そうなったら誰が何を言おうが聞く耳を持たない。
少尉はできる限り穏やかに、論理的に言った。
「事前に業者の摘発を行えば、感づかれて取引が中止になる可能性もあります。
取引現場を強襲し、ジオンも、連中に協力する輩もまとめて締め上げるべきでは」
どうやらその提案は受け入れられたらしい、アトーレ大尉は頷く。
「よし、至急部隊を整えろ。
前日の夜に、この山陰に部隊を待機させる」
取り引き場所と目される砂漠地帯から、60キロほど離れた山影を指差して指示を下す。
「これ以上、地球で勝手なことはさせん。
こんどこそ狐野郎共を叩き潰してやる。
ジオンに物資を流してる連中もだ───」
そう言った後、思い出したようにつけくわえる。
「あいつにも声をかけておけ」
「誰のことでしょう?」
「1機、空いているMSがいるだろう」
誰のことを言われたかに思い至り、少尉はニヤリと笑う。
「シルバ軍曹でありますか?」
「ああ、どうせ出番はなかろうが
モビルスーツが後方に立っているだけで威嚇になる」
「全滅小隊の生き残りには似あいの役どころですな───」
追従の笑いが顔を歪ませる。
「ヤツの出動命令は自分が出しておく。
ただ、モビルスーツの移動には注意しろ。
連中に感づかれては元も子もないからな」
「ハッ!」
ホーキンス少尉は敬礼をして中尉の前から立ち去る───そして向ったのは格納庫だった。
夜だというのに、格納庫ではまぶしい照明の下、MSや戦闘車輌の整備があわただしく行なわれている。ホーキンス少尉はその前を通り過ぎ、暗く人気のない一画に向かう。
その奥に、一機のGMが取り残されたように立っていた。
整備用の足場がGMのコックピット前に降ろされている。そこに電子機器が何台か積み重なり、接続されたケーブルがコックピット内部に入り込んでいる。周囲に人影はない───
『あそこか・・・・・・』
少尉はGMを見上げ、短く舌打ちすると壁際の階段を上り始めた。
軍靴が金属の階段を叩く音が格納庫に響く。人がいるならば聞こえないはずはなかったが、目指すGMのコックピット周辺には何の動きもなかった。
「シルバ軍曹、いるか?」
声をかけながらコックピットの前に立つ。
「ハ───」
短い声がした。
暗いコックピットの中、コンソールの電子光に顔を浮かび上がらせた男が自分を見返していた。鈍く底光りしているような目に威圧され、少尉は一瞬言葉につまったあと気を取り直して言い放つ。
「ジオンの残党どもが物資の取り引きを行なう。
その現場を強襲することになった。
軍曹にも出動命令が出る、至急準備を行なうように。
移動は13日の夜、GMにはトレーラーを用意する」
「了解───」
うっそりと、短く答える声の暗い響き───
きびすを返し、再び軍靴で足場を鳴らしながら去って行くホーキンスは、GMのコックピットを振り返るといまいましげにつぶやいた。
「ケッ、さすがは全滅小隊の生き残りだぜ・・・・・」
足音が遠ざかっていく───
久々の出動命令───だが、物資の取引ではモビルスーツの出番は無いだろう。大方、威圧のために後方待機がせいぜいだ。
『何もできなかったオレには、似合いの役どころかもしれない───』
イル・ファン・シルバ軍曹は自嘲する。
自分が全滅小隊の生き残りと揶揄されているのは知っている。攻撃による損害で組織戦闘力を喪失した───という意味ならその通りだ。ブラッドハウンド1機とGM3機の内、まっとうに生き残ったのは自分だけだったのだから。
事実を言うなら、小隊で死亡したのはロベルト・バーリ伍長一人だけだったが、ファルディ隊長は重症、ブラッドハウンドに乗っていた3人も軍務に復帰できずにいる。
そして、シルバ軍曹の思考はいつもと同じところで立ち止まる───
ロベルトの駆るGMの背面が流れ落ちる砂の中に消える───あの時、ロベルトを静止することができなかった。
その直後、砂煙の向こう側でマシンガンの銃声が轟き、爆発が起こるのを見た。何もできずロベルトが撃破されるのを、後ろから見ていた───
砂煙が収まり、現れたGMの残骸を見れば、ロベルトに生存の可能性などあるはずがないと分かっていた。それでも自分の機体を降りて確認をせずにはいられなかった。GMのハッチをこじ開け、名を呼ばずにはいられなかった。変わり果てたロベルトの姿を見てなお一縷の奇跡にすがろうと、その身体を引きずり出し、心臓マッサージを行った───だが、そこまでだった。
奇跡などはなく、自分の前に横たわるのは物言わぬ骸だった。冗談好きで陽気な伍長は、もうどこにもいない。
ロベルトが頭に血を登らせているのは分かっていた。それを御するのが軍曹たる自分の役割だったのに・・・・・
襲撃を受けた場所に戻り、隊長とブラッドハウンド搭乗員の生存を確認した後、近傍を通過した航空機と通信が可能となり、救援要請を行うことができた。
救援部隊が到着したのは夜が明ける頃だった。
現場で、基地で、何度も事情聴取が行われ説明をした、報告書も書いた。
ザクの待ち伏せ現場で、残骸となったトレーラーを見ながら自分の説明を聞いた救援部隊の担当官は言った。
「そのザクは君達の小隊が、ザクの本隊に接触するのを防ぎたかったのではないかな?」
その言葉は全てを合理的に説明すると思えた。戦闘中には気づかなかったが今なら分かる。自分達を攻撃してきたザクの不可解な行動、あれは単に我々を足止めしたかったのだと。
おそらく我々が進んでいたルートの先にヤツの本隊がいた。だからこそあのザクは真っ先にブラッドハウンドを攻撃したのだ。肩アーマーに102のマーキングが入ったザク、あのザクは我々が本隊と接触するのを阻止したかっただけなのだ。
それは分かる。自分も同じ立場になれば、同じ行動を取っただろう───だが、それでもあのザクに対して暗い感情が湧き出してくるのを止めることができない。
航空機により行われていたザクの捜索範囲が、同行部隊を想定したものに拡大されたが、時間が経ちすぎていた。該当する区域にザクも、それらしい部隊も発見することはできなかった。
その後、隊長たちの収容された拠点に向かったが、自分が到着した時に隊長はすでに別の医療施設へ後送されていた。
オデッサが陥落しても、掃討作戦は続いている。いまだ混乱状態にあるオデッサ周辺にただ1機のGMを戻すよりは、後方に下げるべきと判断されたのだろう。自分には『マックール駐屯基地に下がり待機せよ』という指示が出た。
シルバ軍曹は何もできなかった己自身に絶望する。
思考は、再びロベルトのGMが砂の中に消える光景へとループし、彼は暗いGMのコックピットでギリと歯を噛みしめる───